くれないの観てきた!クチコミ一覧

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完熟リチャード三世

完熟リチャード三世

柿喰う客

吉祥寺シアター(東京都)

2015/02/05 (木) ~ 2015/02/17 (火)公演終了

満足度★★★★★

演劇の、ちからの結晶…
ふたたび、すべての大切なご縁の方々と、一緒に観たい舞台…

かもめ~21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~

かもめ~21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~

アロッタファジャイナ

ギャラリーLE DECO(東京都)

2014/02/26 (水) ~ 2014/03/02 (日)公演終了

アルカージナさんは素敵でした…
さきほど、【A】の千秋楽を当日券で拝見しました。うん、やはり、アルカージナ役の方がずば抜けてる。マーシャ役の方もしっかりしていました。正直、チェーホフは何度みてもかったるいっていうか、スローでつかれるというか…チェーホフ、初心者には向かないと思います…くれない的には好きになれないのですが、辻さんがたたれてたので、2時間さほどあきずにみれました。最後席から見守る松枝さんの刃のような視線が素敵でした…(松枝さん、くれないがあのポジションに座らせていただいたのは、舞台と、客席、全体があじわえるからなのです(笑))。★の評価はほかの方々におゆだねします。終幕後のあの号泣さえ聞かなければ、くれないも★★★★★でしたが、残念…気になったことはネタばれ欄にて…

ネタバレBOX

アルカージナとマーシャを除く四役はダブルキャストなので、【A】は千秋楽だからわからないでもないけれど、ニーナ役の方(宇野愛海さんでしょうか)にはひとこと申し上げたいことがあります。感情をおさえきれなくなって裏で号泣されていたようですが、あなたが泣かせる相手はご自分ではなく、客席側のはずではないでしょうか。感極まって泣く若い女優さんは何人かいましたが、そうした方々は皆さん、舞台側から自分をみているのではなく、客席側から自分をみている…すなわち、自分に酔ってしまっている…ようにおもいます。
舞台は、箱(劇場)にはいるまでは作家のもの。箱に入ったら演出家のもの。幕があいたら役者のもの。箱をでたら、観客のもの…。
コントロールできない、という意味で、この言葉は正鵠を射ていると思います。つらく大変だったことはお察ししますが、舞台裏からとはいえ客にもろに聞こえるように号泣されているのを聞くと、正直、はなはだ興ざめでした。女優の自己陶酔におつきあいするために劇場にうかがったわけではありませんので…そこまでコントロールして玄人(くろうと)かと思います。たしかに、後半のニーナは改心のできだったかもしれません。残酷なようですが、このことは、あなたがこれからも女優をめざされるとしたら、とても、とても大切なことかと思いますので、あえて記させていただきます。松枝さん、素敵な舞台をありがとうございました。
(れいさんのレビューを拝見すると、宇野さん、15歳でいらっしゃるそうですね…びっくりしました…てっきり二十歳くらいかとおみうけしてましたので。板の上で歳は関係ありませんが、中学生であれだけのたちすがた、これからがたのしみですね…)
極東の地、西の果て

極東の地、西の果て

TRASHMASTERS

本多劇場(東京都)

2013/07/25 (木) ~ 2013/07/28 (日)公演終了

満足度★★★★★

それは、ずっと、かんがえてきたことだった…

つくすことだと、おもったときもある…
でも、ちがった…

うばうことだと、おもったときもある…
それもちがった…

はなれることだと、おもったときもある…
それも、ちがった…

みかえりをもとめないことだと、しんじたときもある…
どうやら、それも、わからなくなった…

いまはただ、そらにひかるものを、みあげるだけになった…
だたそれを、おもうだけになった…

きっと、ちがうと、おもうときまで…
わたしは、そのひかるものを、ただ、みあげるのだろう…

もし そらに月がのぼらなくなったら…
胸にのこる 白い光をだいて
砂になろう…

ネタバレBOX

ご一緒いただいた、すべての、大切なご縁のみなさまへ
こころから、感謝をこめて
ありがとうございました…
国語の時間

国語の時間

風琴工房

座・高円寺1(東京都)

2013/02/22 (金) ~ 2013/02/28 (木)公演終了

………
おはようございます。今朝も〔観たい〕はおやすみさせていただいて、早速、昨夜出会ったこの舞台から…『国語の時間』。最後列左端から拝見しました………たしかに。この舞台、終幕でしばらく…拍手ができずにいました。いまも、投稿タイトルをつけるところからどんづまっています。強いていえば、tabikujiraさんと同じ『評価することができない。』…となります。出演されている方々、作家さん、演出家さん、いずれも日本人でいらっしゃいますよね。この舞台、歴史そのものではないでしょうか。わたしたち日本人に、描ききれるのでしょうか…そう思ってしまいました。日本には、戦時中、支配してきた歴史があります。この舞台は、支配されてきたひとびとを描いています。世代は異なっても、いまのくらしのなかで、日常意識していなくても、私自身もその業を背負っているのだろうし、海をこえたところからは、そうみられているのでしょう。だからどうだといわれても、ただとまどうばかりで…。私も、『この事実は「わかった」、「わかったような気がする」などということは出来ない。』(あえてなぞらせていただきました)…とおもいます。たちすがたのちからとか、作・演の質とか、美術や音響・映像・照明の技術とか、そんなことはみるひとがみればいわずもがななので、ふれる必要もないと思います。ただ、この舞台、日本人が描いて、彼の地のひとびとにもつたわるのでしょうか。おなじく業を背負うさだめにあるひとりとして、…疑問におもいました。……ただそれだけでした……

ネタバレBOX

途中10分の休憩をはさむとしても、2時間50分。そして、事実を描いている舞台なので、極めて重い舞台です。展開は乱高下せずにフラットなまま最後まで重いことばがつづきます。舞台をはじめて御覧になる方々にはかなりこたえるのではないかと感じました。また、こうしたテーマはすでにドキュメンタリーなどで事実の映像として御覧になっておられると思います。昨夜客席におみえの方々のうち、終幕までおられた方々はセカンドコールをもとめていたように感じましたが、私の目の前の列に座っておられた方は幕があいて十数分で退席されていました。また、途中休憩で戻られなかった方もおられました。うけとめる方々によってことなる舞台かとおもいます…
少女仮面

少女仮面

明治大学唐十郎ゼミ「紅団子」

アートスタジオ(明治大学猿楽町第2校舎1F) (東京都)

2012/12/14 (金) ~ 2012/12/16 (日)公演終了

素人と、玄人の、裂け目…
猿楽町校舎で明治大学さんの舞台を拝見したのは2回目…前回と同じくフリーカンパチケット制(観客の言い値)ということ、そして、今回は唐十郎さんの本ということでうかがいました。前回の『ジゴクヘン』は4500円と査定し、納めさせていただきました。今回は席料を決めるのがとても難しかったです。結果、4600円を納めさせていただきました。私自身にとって、観劇正規料金は1席5000円と考えています。それは、玄人(プロ)として舞台のみで生活する場合、素人の私なりに平均的な社会人の生涯賃金から年収を逆算し、その水準を確保するために必要な席料はいくらか、試算した結果です。今回の舞台ではあらためて、素人と、玄人の、裂け目…を考えさせられました。以下、長文になりますので、ネタバレBOXにて…

ネタバレBOX

お金をもらいさえすれば、すべて玄人だとは、私自身は、思っていません。もちろん、ほかの方々がそうお考えになることは御自由だと思います。
私にとっての「玄人」とは、そのなりわいだけで飯を食っている人です。
したがって、社会人として自ら生計をたてられている方々は、皆さん必ずなんらかのプロでいらっしゃいます。
私にとっての「素人」とは、そのなりわいだけでは飯を食っていない(あるいは食えていない)方です。
したがって、お金を払って観劇する宿命にある純観劇人には、どなたも玄人はいないということになります。くれないも、素人の純観劇人です。
もちろん、観劇によって得た情報を加工し、記事化して、それを売ることをなりわいにしている職業演劇ライターの方はおられますし、観劇サイトの運営者や、個人で観劇ブログを運営して広告収入だけで食べている方もいるかもしれません。
しかし、それはあくまでライターや広告業としてプロなのであって、観劇するだけで劇場にいくたびにお金をもらって生活しているわけではないので、やはりプロの観劇人ではない、ということになります。
一方、もし博打のあがりだけで飯を食い続けている方がおられるなら、その方はまちがいなく、プロの博打打ちです。
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」のデータを用いた労働政策研究・研修機構の推計によると、大学卒の社会人の生涯賃金はおよそ、女性が2億4千万円、男性が2億8千万円だそうです。高卒で女性1億8千万円、男性2億4千万円、中卒でも女性1億4千万円、男性2億1千万円とのことでした。
俳優の皆さんはチケットバックで手取り何割くらいもらってるでしょうか。5割、もらってますでしょうか。おそらく、それだけもらってる方は少ないのではないでしょうか。
あるビジネスモデルを考えたとき、総売上高に占める経費率を50%とした場合、粗利率は残り50%になります。
40年間働いた生涯賃金を仮に2億円とした場合、必要な年収は500万円。
その水準を確保するためには、粗利率50%でも1人で年1000万円のチケットを売り上げねばなりません。粗利率が低ければもっと高額になります。
裏返すと、席料が1席5千円&チケットバック5割の場合でも、そのひとひとりで年間最低のべ2千人を集客するちからがなければならないことになります。
これは、年8回舞台に立つとして、毎回必ずきてくれる純観劇人の方が250人はいなければならないことを意味します。そして、そのなかには同業者は含まれてはなりません。
同業者が顧客たりえないのは、対等な同業関係であるならば、有償で観に来てもらえば必ず、その方の舞台もおかえしに有償で観にいかなければならなくなるからです。それではただ席料をキャッチボールしてるだけです。
これが、同業者をエンドユーザーに含めることができない理由です。
したがって、以前コリッチの『観てきた』でもふれた、席料を1席2千円で設定されている某劇団の方は、ひとり年間最低のべ5千人の顧客をあつめるちからが必要になります。
それくらい、舞台だけで飯を食うというのは大変なことなのだと思います。卒業して10年、20年は、バイトと掛け持ちでできるかもしれません。
でも、30年、40年と舞台だけで生きつづけている方々は、極めて少数のようにおみうけします。人生は1回しかありません…やりなおしはききません。
私は、自分が玄人だと感じた方々の舞台は、1席5千円払ってもよいと思っています。理由は、『ジゴクヘン』の〔観てきた〕に記した通りですし、そうした方々を、ささやかながらおささえしたいと思っています。
一方、1席5千円超の舞台を観に行くときは、厳しくみています。はたして、それだけのお金と時間を投資する値打ちがあるのか…ほかの舞台を選ぶべきではないか…と。
これは、劇団の公示席料が1席5千円の舞台を観に行くということではなく、「1席5千円の質に達しない」と私が感じた方々の舞台を観にいかないようにしているということです。くれないは消去法で選んで観にうかがっています。仕事の合間に観にいくので、一つの舞台を選択すれば必ず、お誘いをいただいた他のどなたかの舞台を公演期間中観れなくなります。絞った舞台はいずれも甲乙つけがたいので、制作、作家、演出家、俳優、劇団の印象など、ちょっとでもケチがつけば即、選択対象外になります。沈黙を守られているほかの多くの純観劇人の方々ももしかしたらお感じになっているかもしれませんが、実は客席側だけうかがっているひとは、舞台人の方のちょっとしたそぶりや視線で、その方が客席をどうみているか、敏感に感じとっています。けして舞台にたっている姿だけみているわけではありません。むしろそれ以外のときをじっとみています。
俳優さんは個人のひととなりですが、劇団は制作の姿勢をみればすぐわかります。なかには、明らかに客席をみくだされた姿勢をとっている方々がいます。それは幕開き間際にうかがったときによくあらわれます。たしかに観客は客席という砂浜の砂ひとつぶにすぎません。代わりは何千何万といるでしょう。そもそも赤の他人ですから。劇場という限られた席数空間では、満席の場合は制作の方は入れるのに苦労します。逆に客入りが悪いと、サイドに空席があるにもかかわらず、ぎゅうぎゅう詰めにすることがよくあります。知人いわく、「舞台に立つ方のモチベーションを下げないため」だとか…しかし、観客は舞台側を満足させるためにうかがっているわけではありません。残り数席なら次のお客様のことは当然私たちも考えますが、明らかにガラガラなのに寿司詰めにすることがよくあります。誰しも見知らぬ誰かと隣り合わせになるのは緊張しますし、そうした状態で長時間いるのは苦痛です。ネットとデジタル映像技術がこれだけ進み、在宅化・モバイル化が加速するなかで、劇場にお金を払いにいくというのはかなり高いハードルです。当然、「なぜあいてる隣の列にいけないのか…」と感じます。だからくれないは、必ず幕開き間際にうかがって、制作の方がどう応対され、さばかれるかをみています…幕開きに遅れた場合はむしろシンプルに、『せっかくですが席を用意できません』とおっしゃっていただいたほうがありがたいです。そもそも遅れていくほうに非があるので丁重に見送っていただくとかえって恐縮します。が、あからさまに代わりのきく砂つぶのごとく、「いまさら何しにきやがった」という態度にも何度もでくわしました。あげくのはては『席はもうありません!』と怒鳴られて帰ったことがあります。■▲◆▲という劇団の女性制作でしたが、未だになんで怒鳴られたのか意味不明です(笑)。そうした出来事は必ずまとめて、客席側のご縁の方々におつたえすることにしています。
客商売はなにも演劇に限ったことではありません。私の業界でそんなことをしたら、一発で干されてしまいます。そもそも、総観劇人口に対して、劇団が多すぎます。コリッチだけで、この一年で、一日ほぼ3劇団ずつ新着しています。1公演1000人以上集客しないと採算がとれないとすると、1劇団年2~3公演するとして、毎日6千人から9千人の観客(観劇数)が増えなければならない計算になります。演劇の観客がそんなペースで増えてるでしょうか…。このままでは早晩、演劇界全体がともだおれ状態になり、『演劇では飯は食えない…』が本当に定説になってしまいます。落語や歌舞伎は門人となる入口で淘汰されますが、演劇ではそうしたことがありません。だからこそ、客席側の選択によって自然淘汰がすすむことが、残念なことですが、私自身は、必然なのだと思っています。
前回の「ジゴクヘン」は1割引きの4,500円、今回の「少女仮面」は4,600円を納めさせていだきました。誤解のないよう申し上げておくと、唐組さんは席料3600円でしたが、今回の質が上回っていたわけではありません。
本の世界は申し分なかったと思います。ただ、千秋楽の風組を拝見して、私自身は三人の方々をのぞいて、お金を払うたちすがたの水準にないと感じました。
本のなかのひとに同化されていた、と感じたのは、ホール主任の方、腹話術師の方、水飲みの勤め人の方です。
春日野さんと、貝さんはとても残念でした。貝さんに至っては風呂桶の水をなめるとき、桶にいれていない渇いた指をなめていたようにおみうけします。水なめないで味なんかわかるんでしょうか。客席にそう思えというのは酷です。ほかのアンサンブルの方々も、出番が短時間だったのでなんともいえないところがありますが、たちすがたはむしろ台詞がないときのほうがむずかしいと思います。客席はなにも台詞をしゃべっている方だけみているわけではありません。舞台全体を俯瞰してみています。センターがしゃべっているとき、アンサンブルがどうその時をすごしているか…そこがじつはとても奥が深く、むずかしいのではないでしょうか。
私は板の上に、ふだんの自分自身をもちこんでいる方がたつ舞台は魅力を感じません。結婚式のカラオケのように、自分の世界にはいってたり、観客の視線に酔ってたりしても同様です。私には、玄人の方々はつねに、板の上では限りなく自分自身を零にされ、本のなかのひとやものと同化しているようにみえます。
そこが、玄人の入り口に立てるかどうかの最初の分かれ目ではないかとも感じています。
唐組さんの紅テントの舞台ではさらにそれを超えて、たとえば藤井由紀さんのたちすがたには、みずからのからだに大地から地霊をよびこむような妖気を感じます。
「ジゴクヘン」に記したように、私も、ある結論をださなければなりません。
2回目は拝見しましたが、3回目はもうないとおもいます。
しばらく、猿楽町校舎から離れて、玄人の舞台の観劇に徹しようと思います。
正直、今回は席料を決めるのがつらかったです。「学生なんだから当然だ…」といってしまえばそれまでですが、皆さんは授業料を払ってこの数か月、舞台指導を受けてきたはずです。そして『客の言い値』という席料を設定した以上、それはたんなる学芸会のだしものではなく、少なからず玄人の舞台にたつことを念頭においたものであるとみられてしかるべきです。
もし1円も求めない舞台なら、私は迷わずほかの舞台に同じ時間を使っていたでしょう。
そうではなかった以上、玄人の方々の舞台と同様に向き合うのが誠意だと思いますし、ここにも玄人の方々の舞台感想と同様に書かせていただくことにしました。
100円の差は、前回拝見した舞台よりも、たちすがたが化けていた方がおられたからです。将来への可能性を感じました。
またいつか、ちがったきっかけでうかがわせていただくこともあるかもしれません。そのときをたのしみにしています。ありがとうございました。
(追伸)ホール主任の方、腹話術師の方、水飲みの勤め人の方、いつかキャンパスの外の、劇場という名の戦場でお会いしましょう…
ファイティングポーズ

ファイティングポーズ

劇団光希

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2012/09/13 (木) ~ 2012/09/17 (月)公演終了

おもいだしたこと…
この舞台を拝見して、あることを思いだしていた…

どれくらいまえだったろうか、テレビのあるドキュメントだった。ボクシング・ライト級タイトルマッチ、畑山さんと坂本さんを追った番組だった。試合の前のある日、畑山さんは野外でのインタビューで淡々と、こう語っていた…『ボクにはパンチがないんですよ…ボクはあごがよわいんですよ…だからボクが勝つんですよ』…一瞬、耳を疑った。けしておごりではなく、静かな笑顔を浮かべながら淡々とこたえていた。
一方の坂本さんも、畑山さんの試合のビデオをみながら、『俺のパンチはこれよりあるよ…』、そう、チャンピオンとの戦いに自信をみなぎらせていた。坂本さんも、けしておごってはいなかった。畑山さんは前の試合で勝った直後のリング上から、『次は坂本選手とやります』…観客とカメラの前で、リングサイドで観ていた坂本さんを逆指名した。
坂本さんはある孤児院の出身で、畑山戦での勝利は、その孤児院の子どもたちに約束したものだった。畑山さんは世界王者の責任を、坂本さんもまた、孤児院の子どもたちとの約束を、ともに背負ってたたかった。
孤児院の子たちの応援のすがたは、テレビに撮影されていた…つぶらな、すきとおるひとみたちが見守るなか、壮絶な打ち合いの末、坂本さんがリングに沈む…

勝利した畑山さんの控え室を、元トレーナーが訪れる…『勝ちつづけろ…』そのことばに、畑山さんはとても哀しそうにこたえた…『もうやりたくないよ…』。
インタビューでも、『もう、、目指すものがない…負けるだけだもん。あとは…』…たしか、そうおっしゃっていたと記憶している。
試合場をあとにしようとする畑山さんに、記者がきいた…「『ボクにはパンチがないんですよ…そしてボクはあごがよわいんですよ…だからボクが勝つんですよ』っておっしゃってましたね。あれ、どういう意味だったんですか?」
畑山さんはたちどまって、こたえた…『ボクにはパンチがないんですよ…だから手数で勝負する。相手の打ち終わり際に、パンチを打ち込む…坂本さんはパンチがある。だから勢い、ワイルドになる。ボクはあごがよわい…だからガードもしっかりする。坂本さんはあごが強い。多少打たれてもいいと前にでてくる。だんだんきいてくる…倒れる』
鳥肌がたった。
最後に記者がたずねた…『今日のけんかはいいけんかでしたか?』
畑山さんはしばらく間を置いて、静かな笑顔でこたえた…『ええ、最高に楽しかったです』…その後しばらくして、世界戦に敗れた畑山さんは、引退した…

光希さんの舞台、はじめて拝見しました。
たつみさんはじめ、みなさん、一生懸命舞台を創られているのは感じました。土曜のマチネでしたが、残念ながらやや空席が目立ったように思います。客層は年輩の方々が多く、男女半々。観劇通の方々が多いとおみうけしました。是々非々はありませんが、この客席のすがたにはある理由があるように感じました。私も同世代の知人を誘うには正直迷う舞台でした。それは、おそらく本の世界にあると思います。もうしばらく皆さまの舞台の余韻をかみしめて考えてみたいと思います。お誘いいただいた方のご縁で御席をとっていただいた劇団員の方に直接お礼を申し上げられず恐縮です。ありがとうございました。次作もたのしみにしています。

国民の生活

国民の生活

ミナモザ

SPACE 雑遊(東京都)

2012/08/01 (水) ~ 2012/08/06 (月)公演終了

満足度★★★★★

アフタートーク…
面白い本でした。くれないは第1話がみごたえありました。アフタートークで瀬戸山さんに三つ、質問をさせていただきましたが、瀬戸山さん、おこたえいただきありがとうございました(笑)。以下、ネタばれボックスにて…

ネタバレBOX

四つのお話のオムニバスでした。
第1話はFXをめぐる作品…瀬戸山さんにした三つの質問は以下のとおり。

問い『FXの脚本は人物を取材されましたか、それとも文献取材ですか』

答え『最初文献をみて、あとで専門家に監修してもらいました』

問い『瀬戸山さんは賭け事をしますか』

答え『しません』

問い『賭け事に絶対はあると思いますか』

答え『ないと思います』

くれない『ありがとうございました。ちなみに、わたしはあると思います(笑)』

会場にいた方々のうち、けっこう多くの方々が『こいつ馬鹿じゃなかろうか』と思われたのではないでしょうか(笑)。そういう方々は、博打にはまったことのない健全な方々です…すなわち、その方々は瞬間的に『賭けごとに勝つ絶対』をイメージしたでしょうから。
博打打ちならこの問いにすぐぴんときたはずです。くれないは『賭け事に絶対はあると思いますか』とは聞きましたが、『賭けごとに勝つ絶対はあると思いますか』とはひとこともきいてません(笑)
博打には、実はしてはならない鉄則がひとつあります。
それは、自分より資金力のある相手と闘い続けてはならない…ということです。これはたいていの業界ならビジネスの基本だとも思います。FXをあれほど鮮やかに要点をおさえて描かれたのだから、美咲さん、賭けごともけっこういける口なのかな〜と拝察しましたが、また別の感性を発揮されたようですね。
博打の負けの意味を知ってる方ならすぐ思いだすでしょう…博打の負けとはなんなのか。博打の負けとは、すなわち、おけらになってはれなくなること…です。
てら銭なし・いかさまなしの丁半博打は、確率では二分の一だと思っているひとがいるかもしれませんが、じつはまったくちがいます。続けるかぎり、いつか必ず資金力の小さいほうが先にすっからかんのおけらになるときがきます。事実、この作品の本にもそう描いてありますし。資本主義の国でのビジネスは、本質的にはすべて博打。限られたマーケットシェアと顧客の金を奪い合い、勝ったものがいきのこる。銀行が合併を繰り返してでかくなり続けるのも負けないため…リーマンなんとかとかいう巨大ヘッジファンドがこけたのも、相手が自分よりもっとでかいマーケットそのものだったから。てもちの金がつきたところで負け。個人の財布より、競馬ではJRAのほうが資金力ははるかに上。有馬記念に個人で勝負する金はせいぜいたかがしれてますが、相手のJRAはその1レースだけで何百億の売り上げ規模。たしか一時期八百億円以上だったと思います(昨年はネットでみると388億円くらいらしいですが)。ひとが賭けごとにはまるのは、博打で負けた金は博打でとりもどそうとするから。もし数学の方程式であらわせるとしたら、『a>bにおいて、lim x→∞ (b/a)x=0』…賭けごとの絶対とは、「自分より金がある相手と勝負し続ける限り、必ずいつか負ける(おけらになる)」ことであり、究極の話、「勝負しなければ(賭けなければ)負けることはない」…ということです(笑)。陳腐な話ですが、ただそれだけのことでしかありません。うそだとおもったら実際毎週競馬場に通ってみるのも一興です。実は瀬戸山さんに最もしたかった質問は二番目の『瀬戸山さんは賭け事をしますか』でした。くれない、劇団主宰の方々は全員、筋金入りの博打打ちだと思っています(笑)。くれないは観劇人で、演劇人ではありません。はいるかはいらないかわからない水ものの客席を相手に高額なリスクをおって演劇興行を打ち続ける度胸は、くれないにはありません。今回の本は、ロスカット狩りのことなどよく取材されてコンパクトに整理されてたし、面白かったです(笑)。枚方さん役の方が最高でした(三話と四話の外山弥生さんも素敵でしたね)…絶対って、やっぱあるんですよ(笑)。絶対勝てないひと(確実に博打でかもになるひと)って、いるんですよね〜。でないとこういう商売、世の中にうまれてこないじゃないですか…かくいうくれないも、なんどおけらになったことか…。だからいまは博打、やってません(笑)…絶対負けないことって、一番てっとりばやいのは勝負(博打)しないことですから。ここまでたどりつくのにどれだけ授業料はらったと思います?(笑)
ジゴクヘン

ジゴクヘン

MOW+project

アートスタジオ(明治大学猿楽町第2校舎1F) (東京都)

2012/05/25 (金) ~ 2012/05/27 (日)公演終了

4,500円…
まずは、旗揚げ、おめでとうございます。
劇場で配布されたパンフをみると、高知の高校演劇仲間だった岡林孝祥さんとヤマダケントさんが旗揚げされた劇団とのこと。
『主宰でありながら、多くのことをまなびました。自分の未熟さをとことん思い知らされました。』…代表の岡林さんが初日三日前の朝記したことばだそうです。
くれないは客席側の一観劇人にすぎないので、舞台を創るご苦労は経験したことがありませんが、皆さまの旗揚げに立ち会えたことは、うれしかったです。
今回は、フリーカンパチケット制という、なかなか他の劇団が選択しない料金設定をされておられたことが、うかがう直接の理由になりました。
誠に勝手ではございますが、私自身の御席料は4,500円と査定させていただきました。
以下その理由について、長文になりますので、ネタばれ欄に記させていただきます。
辛辣な書きぶりもしておりますが、有償でうかがった舞台はどんなご縁の方であれ、感じたままをおつたえしております。
皆さまの船出を御祝いするとともに、これからのご発展をお祈り申し上げます。

ネタバレBOX

客席側から観ていても、劇団を旗揚げするのは容易ではないと思います。学生時代であっても、それは覚悟次第で、企業の立ち上げと同義になるでしょう。
大阪のある劇団は学生時代に旗揚げして、三十年間健在ですし、もちろん各地にそうした劇団があります。
しかし、客席側からみていると、そうした劇団の方々の運営方法に疑問を感じることも少なくありません。
まず、人件費の考え方が企業人とまるで異なっているように思います。企業人は1時間でも人件費単価をかけてすべてコストとして計算します。
どうも演劇の場合、稽古段階の時間も含めて、待機時間を度外視していることがほとんどのようにおみうけします。
ふつう大人1人を1か月拘束したら、最低約二十万円~三十万円のコストを計上しないと、人件費はでません。
個人単価に差こそあれ、スタッフを含めた総人数にその最低単価をかけた総額以上を売り上げねば、当然赤字興業になります。
残酷なようですが、人件費も含めて、席料収入が経費をうわまわらない劇団の方々は、わたしからみれば、すべてプロではありません。プロとはそれで家族を養い生計をたてている職業人だと思っています。
実は先日、ある劇団の方から『制作をやらないか』ともちかけられたことがあります。即刻お断りしました。
どうも、『制作をやる…』ともちかけることが、その方にはわかっておられないようです。
それはすなわち、今の勤め先を退社して、同じ給与をこれから将来ずっと保障されなければ、とうてい受けられるはずのないことです。
企業人は、劇団の制作を片手間でできるほど、甘い世界には生きていません。とてもがっかりしました。劇団主宰とは、企業の責任者であり、経営者です。
そんな感覚の経営では、とうていさきゆきはおぼつかないでしょうし。経営者ならば、負債が発生する前に、速やかに撤退しなければならないと思います。
『演劇はそんなに席料があつまらない…』、『助成金がないとやってられない…』、本当にそうでしょうか。わたしはちがうと思います。
よく演劇を税金で公的に支援するのがあたりまえのようなことをおっしゃる演劇人の方がいらっしゃいますが、賛成いたしかねます。
演劇に限らず、興業の運営見通しは客席からの席料を算定基礎に経営すべきだと思います。結果的に公的な助成対象となったとしても、最初からその助成金がなければ興業がなりたたないのであれば、それは企業経営としては失格だと思います。演劇を職業として生きている方ならなおさらです。
一客席人としての私の観劇数は平均よりは多いかもしれませんが、だからといって無原則に寛容なわけではありません。
経営者としての年間運営試算でしっかりと黒字をだし、顧客に支持されて三十年、四十年と生きている劇団がどのくらいあるのでしょうか。
社会保険料などはおいておいて、おおまかな試算なら社会人ならどなたでもすぐできるはずです。
例えば、大卒直後から定年まで働いた方の生涯所得は個人差はあれ2億~3億円の間といわれています。40年間の個人総収入目標を2億円と仮定。年収は500万円。劇団が、主宰、作家(または演出家)、看板男性俳優、看板女性俳優、制作の5人のみ年俸制をとるとして、その合計は2500万円。客席料収入に対する粗利率50%として、必要な総客席料は年間5,000万円。興業回数を年間3作品、劇場サイズを客席300人と仮定。1作品「金土土日日月火(水休)木金金土土日」の13ステージとして、毎回満席で3900人、平均客席率9割で3510人。年間3公演で10530人。端数をとばして、年間有償集客数1万人。
5000万円を1万人で割れば必要な席料単価は最低5,000円になります。すなわち、1回の席料に5000円払う有償客を興業期間中むらなく毎日9割以上集客する舞台の質を40年維持し、毎年のべ1万人以上客席をうめなければ、この条件、はたせないことになります。それでようやく、劇団で5人だけ、年間500万円の年俸が支払えますが、肝心な社会保険料が計算に入っていません。厚生年金は半額企業負担ですから、仮に演劇関係者の厚生年金基金がもしあったと仮定して(聞いたことありませんが)劇団を企業とした場合、この5人の将来の年金負担分まで保障しなければなりません。当然、ほかの俳優さんは今までどうり自分でチケットを手売りして出来高払いです。どうも小劇場演劇の席料は3000円前後が平均的なようにおみうけしますが、各劇団一体どういう計算で設定されているのか、企業人からすると疑問です。
そもそもそんな単価で生活できるのでしょうか。「それ以上にすると客があつまらないから…」とおっしゃる方もおられます。
ちがいます。わたしの知人でそうしたことをおっしゃる方は、同業者が客席の相当数を占めている、客席側が「雨の日の学園祭の模擬店状態」の劇団の方です。観るだけの観劇人は質が伴えば5千円はだします。
実際それ以上の金額を投資してでも観にいっている方々は、私の知人にもたくさんいます。
もちろん、舞台は生き方ですので、採算があわなくても、それでも舞台を創られるのは結構ですし、事実そうして数十年生きている劇団もあります。ただ、採算があわない場合は当然、主たる職業は俳優以外に維持しながら続けるしかありませんので、その主たる職業が本来のプロということになると思います。
劇団四季、宝塚歌劇団、わらび座、NODA-MAP、SIS-CAMPANYなどの大劇場興業はこの際議論を混同しないよう除外するとして、「条件の悪い小劇場や野外劇でそんな劇団があるのか…」といぶかる方もいるかもしれません。あります。すくなくとも、私はひとつ、存じております。琵琶湖畔で『呼吸機械』という舞台を創られた劇団は、そうした劇団のひとつです。さきほどお話したように、参加者全員が俸給をうけているわけではもちろんないと思います。しかし、事実40年間作品の創作活動を継続され、劇団は生きています。
だから、その劇団の客席には時とお金をおしまない、コアな純観劇人の方々が、距離をいとわず全国から集まります。交通費や宿泊料で合計数万円かけても、私はいきますし、ほかの方々もうかがいます。『呼吸機械』では500人の客席が満席で、私が伺った回は数人入りきれなかったと記憶しています。
そうした観客層を維持できず、同業者どうしで客席をささえあっている劇団は残念ながら、やがて世の中に作品をおくりつづけることができなくなるのではないでしょうか。十年、二十年、三十年、おおむねこの区切りで解散なり、かたちをかえるなりされていると思います。
コリッチに今日登録している団体は6939。この半年、平均一日3つずつ新着しています。そのうち仮に半数以上の3500団体が年3回公演しているとして、年間10500作品…小劇場興業の興業期間中の客席規模はおよそ数百人から1000人以上。低くみて平均500人お集まりになるとして、年間のべ525万人の有償純観劇人がいなければならないことになります。1興業で500人というのはおそらく参加者のもちだし確定の興業水準ではないでしょうか。週2で年間100作品かよっておられる方が1000人いても、10万席分…10000人いても100万席分。全然たりません。だからこそ、客席側の主役は、年1回から数回だけ、千円札をにぎりしめて通う、圧倒的多数の方々こそが主役なのだということがわかります。
文化庁の現行制度そのものをここで全否定するつもりはありませんが、客が劇場にあつまってこそなんぼの世界ではないでしょうか。
だから、劇場法をめぐる両論とも、私にはとても奇異にうつります。くれないは1回5000円でかまいません…うかがう舞台の質がそれにみあうなら。
今回の旗揚げ公演の席料は、4500円を納めさせていただきました。理由は、私のなかでのこの演劇正規料金5000円にみあう舞台ではなかったからです。1割引かせていただきました。この500円の差にはとても大きな意味をこめています。
それは、次拝見したときにその質に達しなければ、私はその後迷わず別の劇団の舞台を選択する…という意味でもあります。
お金はかわりがきくことがありますが、時間はまったくかわりがききません。観劇人は、どちらかというと席料水準より、時間こそ重視している方が多いのではないでしょうか。
いまの私にとって、ひとつの舞台をみにいくということは即、いくつかのほかの劇団が興業期間中みにいけなくなることと同義になっています。昨日千秋楽だった舞台も、観たいに記した作品のうち6つはうかがえませんでした。そして、今回はみなさんの千秋楽を選択いたしました。それは、この舞台の関係者の方から、直接お誘いをいただいた方がおひとりおられたからです。
観劇は職業ではありませんし、演劇評論家などの職業にするつもりもまったくございません。仕事の合間に観劇予定をいれているのでどうしてもこうなってしまいます。くれないは、チケットプレゼントや観たい割引では伺わないことにしています。3000円以下では、皆さんに「今週下北沢で興業しているほかの劇団なみ」というまちがったメッセージが伝わるおそれがありました。舞台の質だけいえば、同じ明治大学出身の方々が2000円でもしびれる舞台を今週から来週にかけて上演されています。
ちなみに、わたしの1日の食費は約1500円です。どんなに高い日でも2000円以内におさめています。2食のときもあれば3食のときもありますが、平均1食500円前後におさめるようにしています。3000円は2日分、4500円は3日分…もし私が文無しになって空腹になったとき、これまで観てきた舞台ひとつひとつの重みは、それだけの食事の重みと同じになってかえってくるでしょう。それでも、私は、琵琶湖で『呼吸機械』と出会えて、演劇と客席で出会えて、よかったと思っています。
4500円は、「席料5000円で興業し続ける質を追究してほしい」というくれないの願いでもあります。
これからの、みなさまのご発展を、お祈り申し上げております。
 ま ○ る

ま ○ る

miel(ミエル)

ザ☆キッチンNAKANO(東京都)

2012/05/09 (水) ~ 2012/05/14 (月)公演終了

満足度★★★★★

演劇を観にいく理由…
金崎さんのたちすがたと初めて出会ったのは、客演していた方に誘われたmiel#001だった。観客が舞台を観にいくきっかけや理由には、いくつかのファクターがある。①先輩に強制的に拉致されて【笑】(あるいはお義理もふくめて前向きにも後ろ向きにも知人に誘われて)、②好きなひとととにかく一緒にデートする口実がほしくて、③脚本の魅力で、④演出の魅力で、⑤たちすがたの魅力で、⑥路上でたまたま劇場の看板を見上げて、あるいはティッシュ(?そりゃねっか笑…いや、北海道の某劇団が確か中野駅で配ってた!)をもらって暇だから芝居でもみてみっか~と、エトセトラ…かくいうくれないが最初に小劇場で生舞台を観たきっかけ・理由は、①の『拉致された』だった。が、いまのように人生まちがって(笑)しまったのは、実は②が原因だ。とにかく一緒にいたかった。なんだかんだ時間をみつけては下見にかけずりまわり、これならという舞台に誘って一緒に観にいった。つきあい観劇にそんな大切なひとをつれていったことなど一度もない。劇場からすがすがしく一緒にでてこれたとき、とてもしあわせだった。打率は九割だった…笑顔だったらヒット…涙だったらホームラン。だから舞台に通えた。選んだ舞台は下見した作品の十に一つ弱だった。ひとに観せてよろこばれる舞台を選ぶことほど、骨が折れることはない。制作スタッフの姿勢も含めて、あとあじがわるかったら目もあてられない。時間なくして、おかねつかって、こころも折れて…。もちろん観せる相手を知らなければ選ぶ舞台なんてきまらない。私自身のこのみがどうとかいう問題ではなく、観てもらう方がどういうひとかですべてかわる。裏返すと、どんな舞台でもその世界が好きな観客はいる。ただ、いまの観劇界には、客席にまとまった水の流れをつくろうとするひとが少ないと思う。いるとは思うが、接点がない。みんなばらばらに観ている。しかたないんだけど、もし客席が一滴の水のあつまりではなくて、おおきな海にそそぐ川の流れになれたなら…こんなすてきな演劇の世界と、もっと出会える機会がふえたなら…仕事が終わったら劇場にでもいこっかとあたりまえになるような…そんな素敵なかんじになったらいいなって…オーストリアのウィーンの空気を思いだす。なにも鑑賞団体を創れば川ができるという単純なものではない。とかく団体や組織なるものはしがらみが多くてわずらわしい。そのわずらわしさそのものが自由に観る壁となる。顔がみえないままでも、ひとりひとりのままでも、純粋に演劇がすきな、素敵な方々はたくさんいる。演劇に少なからず関心のある方々も、まだまだたくさん世の中にいる。もちろん、コリッチに登録されている6,888団体ぜんぶなんてフォローできない…十年いきのこれるのはその十分の一かもしれないし、舞台だけでご飯がたべられるプロになれるのは百分の一以下かもしれない。どうしたら川はうまれるのか、ずっと考えてきた…そして、ある方法で客席側にくぼみをつくれば、少しだけあつまれるところまではたどりついた…次に、穴をあけるちからさえあれば、そこに水は集まり流れだす…そこまではみえている。でも、ひとりでは、とてもその…客席に穴をあけるちから…なんてない。そのちからは、おかねではない。たとえおかねをつんで一時の動員はできても、ひとは流れにはならない。なぜなら、ひとのこころにうつる舞台の姿までは、買うことはできないから。それは、たとえれば、こころにリンゴの木の種をうえること…育って木になって実をつけて、その実がまたそのひとの大切なひとにもらわれて、育って木になって実をつけて…いつかそんな、リンゴの森を創りたい。その種は、劇場にいかないともってかえれない。くれない自身は下見さえできればくれないの大切なご縁の方々にはとどけることができる…ただし、その下見は最後列からでなければならない。ゲネプロのように客がいない舞台でも無理だ。私はゲネに誘われてもそれが公開ゲネでない限りいかない。ひとりでみたって客席の空気がゆりかえして共振するかしないかなんて、わかるわけがない。舞台と観客とその両方の空気を感じてはじめて、どんなひとにあう舞台かを実感できる。まだ観劇初期の頃、有名人の名前だけで大劇場に後輩をつれていったら、二度と演劇をみなくなってしまった。私は彼の観劇人生をだいなしにしてしまった…私には、出会って人生がかわった作品が三つある。でも、もう彼は、彼にとっての『骨唄』や『呼吸機械』には出会えないだろう…ひとつの舞台をひとに観せるというのは、くれないにとってはそれほどの重みがある。だからよほど信頼できない限り、ひとをさそうときは必ず下見する。アル・カンパニーさんの『罪』のように本読みを公開ゲネしてくれたら最高だ。でも、本物の舞台は、⑤でみにいく舞台だとおもう。③と④は、俳優によって左右されてしまう。最後は板の上にたつ、⑤で演劇はきまる。よく一緒に呑んでいるとき、『本がわるいからさ~』とか、『演出がなってなくて~』とか、はては『制作(営業)がさあ~』とのたまう俳優さんがおられる。ちがうって。あなたという俳優のたちすがたに、華(はな)があるかどうかだって。つきあい観劇ではないエンドユーザーの純客席人は、あなた自身のたちすがたに魅力があるかどうかで観にいくんです。【ひと】を観にいくから、どんなに遠くても時間をおしんでもおかねをつかっても、【ひと】はあしをはこんでいける。演劇という超アナログな世界で生き、ネットやデジタルという在宅化・モバイル化の世界と正面から戦わなければならない宿命を背負う演劇界の方々が、見失ってはならないことはこの一点…そうとはいえないだろうか…。舞台も【ひと】、客席も【ひと】…金崎敬江さんという方は、わたしを⑤で劇場につれていってくださる数少ない方々のひとり…そして、小劇場に限っていえば、ここ一年でもっともStanding率が高い方でもある…この舞台も、6劇団を背負う作家さんの本と、彼女の構成・振付・演出とのコラボレーション…たちすがたにも華がある。…関東の、すべての大切なご縁の方々と、一緒に観たい舞台…

狼少年ニ星屑ヲ 総動員数773人!

狼少年ニ星屑ヲ 総動員数773人!

おぼんろ

パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)

2011/10/19 (水) ~ 2011/10/31 (月)公演終了


倍々ですか…博打と同じ経済感覚に陥ってませんか。そうみえますが…千秋楽の開放感と高揚感は現実感覚を麻痺させる薬にも似たもの…それが演劇のおそろしいところだともおもいます。なまじ結果がで続けていることが、事態をより深刻にしているのではないでしょうか…倍の倍の3千人は席料2千円でも600万円の興行規模…6千で1200万円…1万2千で2400万円…2万4千で4800万円…当面の目標5万で1億円ですか…経費も当然比例しますね…生業と関係ない宝くじなら夢一枚って感覚もわかりますが、演劇で飯をくっていくことが最終目標とおっしゃっていた方のプランにしては、どうなんでしょう。私には疑問ですが…もっとも、目標のコクーンの基本料金は平日1日96万6千円、土日祝で115万5千円。747席のうち毎回500人以上入らないと今の1席2千円では箱代もでないですが…ひとと出会うことだけが目的ならそれでもいいのでしょう。生業がほかにあって、いきかたとして演劇をされている方は実際おられますし、それならわかります。でも、末原さんは「5万人集客できるちからがあれば、職業として飯をくっていけるから」…そうおしゃってましたよね。そうおっしゃったので、ささやかですがご協力しました。つまり、末原さんが掲げた最終目標は舞台で飯を食うプロの職業演劇人になることで、それはたくさんの才能ある舞台人の方々が目指している、ごくごくあたりまえのことです…6公演後に1億円興行…この本で…確かに「可能性はゼロではない」でしょう…でも現状では賭け金を倍々にして飯を食おうとしてるのと同じにみえますけどね。連続倍々の勝負なんて博打打ちでもようせんもんですが…コリッチで確認できるだけで七千数百劇団がひしめく演劇界。もっとも、その半数も実際にいきのこっているか、全部数えてないからわかりませんが、各劇団1興行1000人集まらないと人件費込みで採算すらとれていないのではありませんか。この1年で新しい劇団が毎日3団体以上ここに新着しています。1劇団がみなさんと同じく年3回以上興行すると、毎日9千人以上観客(あるいは観劇回数)が増えないとおいつかない計算になります。演劇の観客がそんなペースで増えてるでしょうか?年1回興行でも毎日3千…知人の観劇数が週1から翌年には週2になるのは観てきましたが、個人は年三桁でほぼ飽和状態です。あたりまえのことですが、観劇は趣味であって、職業ではありませんので。残念ながら、全国で1日9千どころか3千も増えてるようにはみえません。明らかにマーケットのユーザー規模に対して総興行数が多すぎます。個人が時間的に観れる作品数に限りがある以上、おのずとユーザーは必ずしぼりに入ります。だから、演劇で飯を食っていくなら、動員数ではなく、作品の質をさらに高め、席料単価を高めても観客がそれにこたえてくれる方向を模索せざるをえないはずなんですが…事実、コクーンで興行されているプロの職業演劇人の皆さんはそうして生きていますし、客席にあつまる方々もそれにこたえています。それでも毎回綱渡りだと思います。現実に興行の負債で苦しんでいる舞台人の方の姿をまのあたりにしなければ、こんなことは申し上げませんが…再起不能になるほどの負債をかかえてからでは遅いと思いますけど…最初は応援しようかと思いましたが、感覚があぶなっかしすぎてとても知人の方々には紹介できません。

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