イッヒ リーベ ディッヒ【全公演完売の為、当日券の発売を中止いたします】 公演情報 イッヒ リーベ ディッヒ【全公演完売の為、当日券の発売を中止いたします】」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.2
1-20件 / 23件中
  • 満足度★★

    生演奏の位置づけ?
    クラシックと演劇のコラボレーションということと、堀さんがご出演ということもあり期待して参りました。が・・。生演奏である意味をあまり見いだせませんでした。小さな劇場ででピアノ演奏や声楽の演奏があることの物珍しさはありましたが、演劇は何と言っても俳優の演技と物語が全てで・・。俳優の演技が全く音楽と無関係に存在しているのが残念です。BGMを生演奏にしただけではないかと。歌える役者でも居れば違ったかもしれません。
    お話は映画でも何度も使われたことのあるベートーベンの不滅の恋人の話をそのまま使っているだけなので結末が最初から読めていたことと、軸になっている家族関係の話が重すぎて、辛かったです。

  • 満足度★★★★★

    好き
    私は好き。理屈抜きに好き。世界観がフランス映画のような趣き。あっという間の100分。

  • 満足度

    うまいっ!ある意味でwww
    制作まわりのスタッフと劇場前のお花は凄い♪プロっぽかった♪でも作品は最初の30分何も進まなかった♪設定だけしかない話で100分いくのはきつい♪ベートーベンとジョセフとシューベルトのコントは面白かった♪音楽は良かった。でも聴くなら、埃だらけのパイプ椅子の小劇場じゃ無くて、コンサートやお洒落なバーで聴いた方がいいよね、って思った♪劇団名乗るなら、お話で勝負しないとね♪でも音楽入れて上手い役者がガン泣きすれば、平坦な話も感動的になるっていう誤魔化しテクニックは流石だなあと思いました♪ちゃんちゃん♪

  • 満足度

    新国立に行く前に
    後から思うところあり、再度コメント。
    職業柄、色んな作品を読むのですが、ある作品をチェックするときに一番重要なのはその作品が何を表現しているか。そしてその表現したいものに向かって作品が効果的に設計されているかです。その後に「ここで笑わせよう」といった計算が出てくるのだと思いますが、この脚本は一体何を観客に見せたかったのでしょうか。

    とりあえず音楽を入れる、とりあえず笑うシーンを入れる、とりあえずベートーベンを出す、とりあえず・・・?作品を貫く骨が見えません。音楽のすばらしさ、出演している役者の演技力は確かでしたが、駄作でした。(評価が辛くてすいません)その意味では音楽を入れることは良いアイデアだったのではないかと思うほどでした。
    特に、現代パートは本当に見ていて辛かった。

    この団体は脚本家が主体になっている団体のようですが・・。ベタなラジオドラマを繋げたような、オリジナリティに欠ける作品だったと思います。現代パートもどこかで見たことあるような話、過去部分に至っては実在の人物なので、もはや・・という印象です。

    新国立劇場に行きたいという夢を読みました。少なくとも自分が劇場主であれば、この作品にGoサインは出しません。この脚本レベルで新国立に行けるとすれば、ギャラを払って芸能人を出せればの話でしょう。
    スタッフの劇場案内・開場前対応(いずれも所属の役者でしょうか。)の印象の良さと、上演されていた作品のレベルとの落差に色々考えてもの悲しさを覚えました。

  • 満足度★★★

    クラシカル
    役者さんの演技がすばらしかった。
    ただ、私には少し難しかったかな。

  • 満足度★★

    後は作品かな´д` ;
    この劇団は、昔、拝見したことがあります。その時の作品は好きだったので、今回また参りました。

    自分も劇団を運営しているので分かるのですが、今回のスタッフさんは本当に素晴らしかった。事前には劇団からご丁寧なお手紙もいただきましたし、(自分は日曜日に行きましたが、)当日の受付・整列・入場まで非常に整っていて、礼儀正しく、品がありました。また帰りしなに知り合いを待っていたら、すぐにスタッフの方が声をかけてくださる等、気遣いが行き届いた素晴らしい運営だったと思います。これは一人一人の心がけが本当に良いのだと思いました。

    でも劇場に入ってから、テンションが下がってしまいました。芝居の内容は本当にごめんなさい。破綻してたかなーと思います。

    現代と中世の話が入り組んで行くのですが、この2つのパートが連関していない。過去のエピソードは現代においては、主人公の父の研究内容として持ち込まれるわけなのですが、中世世界におけるマリアのベートーベンへの献身と、現代における家族の問題(愛情欠乏?)にどう繋がるのか全く分かりませんでした。

    現代世界は、もう既に何人かの方が書かれている通りです。

    過去世界は演出の方向性がよく分かりませんでした。実在の人物の話なので、基本は脚本家・演出家の解釈の問題になるんだと思いますが、そもそもコメディタッチなのか、シリアスなストーリー芝居なのか。下の方が書いていますが、コメディというシステムを採用していたとするならば、普通のストーリー芝居をしているマリアだけ浮いています。

    ただ、ベートーベン役の古賀司照(読み方わかりません)の演技は素晴らしかった。声が枯れていたのが少し気になりましたが、それを補って余りある立体的な演技をされていたように思います。

    愛、美しい歌、美しいピアノ、美しい言葉を連ねて見ても、作品の土台となる世界が全く見えてきません。何も無いんです。

    これでは役者の方は演じ辛かっただろうな、と思います。また復活を支えたスタッフの方も、この作品を本当に面白いと思っているのかな、と思ってしまいました。
    かつての作品と(無伴奏という作品でした)今回の質の差が余りに激しいため、戸惑っています。

  • 満足度★★

    チケット完売おめでとうございました。
    1000枚のチケットを完売させることは容易なことではないです。それを初日前に実現させたわけですから、いかに期待した人が多いか、ということがうかがえます。素晴らしいことだと思いました。
    また、当日の舞台運営も人手が多く、気持ちよかったです。
    こうした裏方の気持ちがこの劇団を支えているのだと感じました。

    ネタバレBOX

    舞台内容について記述します。

    舞台内容に関しては、かなり厳しいものでした。
    多くの役者に「役割のある役」が与えられておらず、
    感情移入する部分を見つけるのが大変でした。
    何名かの方が書かれているように、
    脚本上で「現代パート」が破たんしていました。
    ですので、どんなに役者が頑張っても、
    物語の世界にはいりこめないわけです。
    作家に都合のよい状況説明ばかりでエピソードが展開されておらず、
    起承転結もはっきりしないために、
    ドラマ不在となり、感情移入ができませんでした。
    ベートーベンの方はというと、
    確かに現代の部分よりはドラマっぽくありました。
    ですが、ベートーベンは既存のキャラクターであり、
    周知のストーリーを展開してるだけなので
    オリジナリティを感じることはできませんでした。
    良家の子女であったマリアがあえて「家政婦」となってベートーベンの恋人となっていた、というのはもしかしたら作家のオリジナルかとも思いましたが……
    いかんせん、カツラをかぶった日本人が「ベートーベン」だと言い張っても、結局は着ぐるみと大差ないように思いました。さらにドイツ人が「バカ」を連発するのは、コントですよね。面白ければそれもありですが、マリアは大まじめに演技しているようだったし、どう受け止めていいのかよくわからず、戸惑うばかりでした。ただし、ベートーベン役の古賀氏の力量は素晴らしいと思いました。カツラ姿が途中で気にならなくなりました。
    声楽家の歌は素晴らしいのですが、どういう立ち位置だったのかよくわかりませんでした。愛の告白シーンでいきなり舞台上に連れてこられても……どういう意図の演出なのか、戸惑ってしまいました。
    結局脚本がうわべの「きれいごと」をただ羅列してるだけなので、
    人の心に響いてくるようなセリフがなかったのだと分析します。

    私は作家なので脚本重視でドラマや芝居を観ます。
    なので脚本の出来が作品の出来を大きく左右します。
    脚本はドラマの設計図であり、それが狂っていたらまずいと思います。
    ただ、これはあくまで私の感性です。
    ようは何を楽しんで作品を見るのか、ということの違いでしょう。

    ★は制作と役者さんたちにそれぞれひとつづつです。

  • 満足度★★

    人間が描かれていない。
    脚本・演出に難がある。愛を表現しているはずの女性側の心理が全く理解できなかった。男性目線の話だからか、非常にご都合主義的で・・人間の心理として理解出来ない飛躍があちこちに見られた。感情移入しようにも、あまりに平面的な描写。女性キャストがこんなにも多いのに、彼女達は脚本上のキャラ以上に何も人間が描かれていない。脚本上の必要に迫られて泣いたり許したりする場面にしか見えなかった。脚本家の貧困な人間観・表現力、演出の合理的に割り切れないウェトな感情を表現するセンスの欠落を感じた。

    役者は良い役者が沢山出ている。ベートーベン、マリア、看護婦、犬飼は好演している。楽曲も良し悪しは分からないが生で演奏を聞けるお得感はあった。だが、それだけだ。もしかしたら現代の描写は丸ごと要らないかもしれない。ベートーベンの時代はそれなりに出来ていたので・・

    私が来た日、見覚えのある有名劇団の団長などの顔をみかけた。内容とコネの強さは比例しないのだと思った。受付・場内周りのスタッフは見事。超満員にも関わらず全くストレスが無かった。作品を除けば☆4.5。スタッフと役者が可哀想な舞台だった。

    ネタバレBOX

    ありえないこと。児童虐待を見てみぬふりした母親が、マリアに「大変な男を愛して、大変でしたねえ」と呼びかけるシーン。母親の心理としてありえない。まともじゃない母親だったとして、でも彼女は子どものために旦那を追い出している。母親の子供に対する感情がまず理解できない。変化したのなら、その描写が必要だがそれも無い。

    主人公が捨てた父を理解し受け入れるまでが早すぎる。研究の意義を理解したから、それまでの10年、義父に虐待されて母親に見て見ぬ振りされた悲惨な日々を忘れて暖かく受け入れるのがわからない。

    他にも沢山あったが、長くなるのでこのへんで。

  • 満足度★★★★★

    拝啓、ステージの神様。
    舞台を観ると錯覚することがあったりしませんか。
    観劇好きで音楽好きの人は、ミュージカルを好むという人が多いだろう。
    私もそのうちの一人。
    でもミュージカルでない演劇空間で、音楽のステキに出会えたら。
    “クラシックの楽曲をテーマに、曲に込められた魂を物語に紡ぎだす演劇集団”
    東京イボンヌ復活公演『イッヒ リーベ ディッヒ~ベートーベンの愛した曲~』をワーサルシアター(八幡山)で観た。
    ベートーベンが人を愛し、紡いだ曲がある。
    ベートーベンが人から愛され、継がれてきた曲がある。
    誰もが耳にしたことのあるベートーヴェンの調べに、自分は大のベートーベン好きだったと錯覚したのは、美しい音色とともに、ユーモラスに表現される1800年代の彼らのエピソードに心を奪われたせい。
    物語はもう一方で、現代のとある家族の姿をうつし出す。
    視線を落とし、指を噛む娘、
    ベートーベンの研究に没頭するあまり家族を捨てた父、
    娘の姉、娘の叔母、娘の母、娘の・・・・・・。
    肩が凝り、眉間にシワが寄るのは、
    今の時代のもしかしたらすぐ隣で起こっているかもしれない、
    でも誰もが自分には関係ないと思ってしまうようなエピソードに心がギリッとしたせい。
    メロディと感情と台詞と表情とが幾重にも重なる舞台は、
    当てはめるとすればバームクーヘンみたいな味わい。
    でも、きれいな丸型のただ甘くてしっとりしているバームクーヘンではない。
    ちょっとクセのある、でも確かに舌触りを覚えていたくなるそんなバームクーヘン。

    ネタバレBOX

    次回公演は、「ショパンとその恋人ジョルジュサンド(仮)」(2014年3月18日~23日)だそう。

    観劇好きで音楽好きで、まだ小学生の頃、世界の作曲家の伝記シリーズを読破した身としては、
    次も気になって仕方がない。
    バームクーヘンの次はなんだろう、って。
  • 満足度★★★

    必要性
    開幕までのスタッフの動き・当日パンフレットから劇団の熱意を感じました。また題材にベートーベンの「不滅の恋人」を扱い、生のピアノと声楽を起用し、力のある役者たちが参加していることからも本気さが伝わってきました。しかし脚本・演出がいまいちでした。はい残念。

    以下ネタばれ↓

    ネタバレBOX

    劇の内容について感想。過去のベートーベンの話は良い感じでした。しかし、現在の話が薄くて浅い。メインストーリーがベートーベンの話よりも深くて濃いものでなければならないのに、完全に逆転していた。また現在の話では登場人物が多く場転も多いわりに内容は薄い。設定条件が最初にパッパッと語られるだけで観客をストーリーに引き付けるには台詞が情報化しすぎていた。また看護師や叔母が物語の中で機能していなかった。

    次に、非常に残念なことに、生演奏と舞台がマッチングしておらず、生演奏である必要性が感じられなかった。上手に演奏しているだけで役者の身体と融合していなかった。

    そして根本的に、この劇を舞台でやる必要性を感じることができなかった。仮に小説やラジオ、映像に置き換えられたものが先にあったとしても舞台で観たいとは思わない。物語もほとんど頭の中で立体化でき、演奏を聞きたければ別の演奏会やオペラを観ればいい。つまり今回の舞台では「迫力」や「生々しさ」、「即興性」、「観客との一体感・緊張感」といった演劇の強みが無かった。そういう意味で生演奏はもっと舞台に侵入して、役者は演奏を身体で感じるような演出にすべきだと思いました。

    劇の内容はさておき、劇団イボンヌにはこれから頑張ってほしいと思います。
  • 満足度★★★★

    すばらしい音楽、芝居は…
    声楽とピアノだけでも来た甲斐がありました。芝居は現代の話(ベートーベン研究家とその家族の物語)と過去の話(ベートーベンと周囲の人々の物語とが交互に進んでいく。映像でいつの時代と場所かが映されるが観劇には邪魔なので無いほうがいいし無くても演技力で大丈夫。しゃがんでの演技は前の観客で全然見えのくなるので椅子に座るところまでにしたほうがいい。ストーリーは悪くはないんだけれど、現代の話も、過去の話も物足りない。2時間という枠なのだからどちらかに絞ったほうが物語に厚みが増しただろう。

  • 満足度★★★

    許すことが愛なのか?
    ベートーベンとマリアの愛には、感動するところもありました。マリア役の女優さんが素敵でした。
    けれども、現代の家族の話はついて行けませんでした。個人的には、あの話は無いほうがよかった。ベートーベンの時代だけで見たかったです。

    マリア役の早瀬マミさんと、浅見さんのピアノに☆一つ追加。

    ネタバレBOX

    母親の愛人から性的イタヅラをされていた少女が「それでも私たちの生活をささえてくれたよね」なんてセリフ、ありえないわ~。
    その幼い娘へのイタヅラを見て見ぬふりをしていた母親もわからない。つか、サイテーですよ。
    最後に、マリアさんと「お互い大変でしたわね」とか笑っているし。
    「おま、母親、それでいいのか!」と心で突っ込みました。
    「あなたとマリアは違うでしょー」と。
    この母親も、娘から簡単に許されすぎです。

    一方、好きなこと(研究)に没頭するあまりに月3万しか稼げず、妻にはDVをふるう丈一郎。家族を捨てて金持ちの女性に養ってもらいながら(それも『吹雪の日に家の前で倒れていた』っていつの時代のどの地方の話ですか?)、研究成果をだせたものの、末期がんに侵されて、最後はいろんな女性に許されて愛されて死んでいく。
    これも、都合よすぎる。
    がんで死ぬからって、DV男を、自分たち家族を捨てた男を、そんなに簡単に許せますか?

    テーマが「全てを受け入れ許す愛」と言うことで、上記のような都合のよい許しが描かれてしまったと思うのですが、何とも納得いかない脚本でした。



    観劇前に【東京イボンヌ復活にかける思い】という文を拝読しました。
    「どうしたら演劇でご飯が食べられるようになるのか」という強い気持ちが伝わりました。
    それに対して、個人的に、一観客としての思いを述べたいと思います。芝居の感想ではありません。

    その文中に「四季や宝塚のようにチケットが発売されると即完売する劇団がある。この違いはなんだろう」と書かれていましたね。
    私はかつて、四季も宝塚も、友の会にはいってまで通い続けたものですが、このふたつの劇団にあるのは強烈なリピート力です。見終わった後に、もう一度観たいと思わせる、音楽、芝居、役者の魅力。そして見るたびに新しい発見がある「生」の面白さ、息遣い。
    私の周りにも、宝塚や東宝ミュージカルは一公演を最低5回は観るというのがゴロゴロいます。新感線や三谷作品も、面白かったらリピートしますね。友達も誘って。チケット取るのが大変ですが。

    一方、小劇場の多くは、もう一度観たいと思わせてくれるものが、とても少ないと感じます。
    私の小劇場観劇歴はまだ2年ですが、ざっと200くらい観た中で「同じのを2回見たい」「これは友達誘ってもう一度観よう」と思わせてもらったのは、ほんの3作品くらいです。
    (面白いと思った劇団はもっとたくさんありますが、同じのをリピートしたというのは3つくらい)

    「お客様は気にいってくれたら来てくれるもの」
    これは、間違いじゃありません。気に入ったら、通います。友達も誘います。
    新たな顧客は、顧客が呼びます。口コミだけじゃない、好きになったらYou tubeでもニコ動でも、発信できるところは今はいくらでもあります。
    営業活動に力を入れるより、スポンサー活動に力を入れるより、面白い脚本を一本書いて、魅力的な役者と印象的な音で、ひとりの観客の心を動かすこと、それが大事じゃないかと思います。

    長々と、個人の意見を書いてしまいました。
    演劇関係者でもなんでもない(だからお金が無い劇団の苦労などわからない)素人が何を言ってる、って感じかも知れませんが、商業演劇のチケットを買って支えているのは、ただの演劇好きの素人です。

    次回、「これ絶対見た方が良いよ」と友達に勧められるお芝居を期待します。
  • 満足度★★★★

    なんか客層の雰囲気が違いました
    ぴ~んと張り詰めてるような空気がちょっとありました。

    ベートーベンの音楽を主軸に展開する過去と現在。
    音に配慮したBGMや無音の時のバランスなど良かった♪

    しかしながら話半ばで女性客が1名途中退席したりしてましたので、
    好き嫌いなど好みは分かれるのではないかなぁと思うところありです。

    (100分)

  • 趣のある作品
     話の流れや方向性にややぎこちなさがあったものの、クラシックの楽曲をテーマに曲に込められた魂を紡ぎ出すというコンセプトどおりの、非常に趣のある作品で、最後のマリアと佐和子の会話の場面はベートーベンの時代と現在の話の最終交差点として心に残るとても印象的なシーンでした。

  • 満足度★★★★

    クラシックが芝居に上品さを与える!
    過去の出来事ー貴族出身でありながら、靴屋の娘と偽り、本当は作曲の勉強のためにやってきたのが、家政婦として10年余りベートーベンを慕い続けたマリアの無償の愛と
    もう一方の現在の出来事ー研究と暴力のため、家をだされたベートーベン研究者とその次女が10数年後に病に侵されわずかな命となった父にの憎しみは裏を解せば父を愛しすぎていたこと。
    両者の愛を対比しつつ、ある部分共通な愛を表現。慈しむ者全てをうけいれること。とても分かりやすかったです。
    私は、ベートーベンは、ほとんど交響曲、バイオリンソナタ、ピアノソナタ・協奏曲中心に聞くことが多いので、声楽曲は新鮮で舞台にとてもマッチしてたと思いますし、クラシックだとひと味ちがった上品さがでますね。
    こういう舞台とても好きです。

  • 満足度★★★★

    声楽を意識して
    お行儀良くし過ぎたかも。

    ネタバレBOX

    振られっぱなしのベートーベンにも相思相愛の恋人ができたというエピソードと、その史実を発見した日本人研究者と彼の家族など周辺の人たちを巡るエピソードがシンクロしながら進行する話。

    ベートーベンのひょうきんな面が浮き彫りにされていて、素直に笑ったりすれば良いはずなのですが、研究者の娘の悲しい出来事があり、またピアノの生演奏と特に声楽家による歌唱があることが分かっていましたから、私は笑いましたが、それでも少々お行儀良くし過ぎてしまったかなと思いました。

    声楽家の影響力は大きいですね。その代わり、お芝居全体のぶっ飛び方の幅が縮小されてしまうような気がします。音楽劇そのものの功罪、限界を感じます。

    ところで、研究者の発見したこと、マリアさんの件は真実なのでしょうか。
  • 満足度★★★★

    芸術のために
    それぞれ家族なり周囲の人なりを犠牲にしていく二人の男。

    ネタバレBOX

    篭島氏にもベートーヴェンにも自分が信じたもののために突き進むのだという覚悟がもうちょっと見えると良かったかなと。最後はどっちも今までの自分を顧みちゃう所がどうかな、と思いました。
    プロジェクターで場所を示すのは良かったと思います。文字だけでなく画像も入っていたので。
  • 満足度

    男にとって都合の良い女=愛?
    初見でした。うーん、脚本に疑問。ワガママな男を受け入れ許し慈しむこと=愛なの?

    愛をテーマにと言いながら、基本的に甲斐性の無い研究バカや才能以外は破綻している作曲家を見守る女性達(しかも男にとって都合の良い女ばっか)の犠牲でしょ。甲斐性の無い研究バカの父親に捨てられた娘も、最後父親の研究を理解し受け入れるけど。全然分からない。

    分からないのは、男サイドからそういう女性達への愛があんまり見えないから。それに見守られるしょうもない男(特にカゴシマ)のキャラに魅力がない。ゲゲゲの女房みたいな愛嬌が無いから、特に現代編が特にぴんとこない。ベートーベンのほうは奇矯なキャラが表現されてたから、まだアリかなって思ったけど。

    要はこれは言い訳の作品なんだと思った。俺は芸術をやっている。俺は大事な研究をしている。だからお前達を犠牲にした。ワガママを許してくれ。そして許すことが愛というまとめ方。古典的な男目線の作り手の作品。感動するって書いている人がいるけど、役者が必死に泣いてあげてお涙頂戴な感じになっているから、釣られて感動した気になるのかもしれないけど、正直あざとい。

  • 満足度★★★★★

    観客を選べる作品
     籠島 丈一郎は音大で音楽史を学んだベートーベンの研究家、妻は作曲家を目指していたが、卒業後、直ぐに結婚、音楽の道は諦めた。二人とも、実家が決して裕福ではなかったので、無理をして音大に通ったクチである。
     因みに、音大など芸術関係に進む人達の実家は、裕福な家庭が多い。ピアノが自宅にあるのは、当然として、レッスンに個人教授を雇う。ピアノもスタンドではなくグランドピアノ、音が漏れる関係で練習室には、特別の防音装備が施してある。グランドピアノを置くスペースだけでも、都心部であれば、下手をすると1平方メートル当たり億単位の地価である。
     少し、付け加えておくならば、このような環境でレッスンを受けながら育ち、実際に現在作曲家をしている友人が語ってくれたことである。仮にAさんとしておこう。彼女が、或る時、音大の友人と一緒に旅行にでたのだが、ホテルの近くにあった山間の展望台のような所で寛いでいた時、彼女の友人が言った「あら、救急車かしら?」その時、自分の友人Aには、その音が聞こえなかった。プロの音楽家を目指していた彼女にとってこのことは、聞こえる友人を殺したい、とまで思いつめさせる事件であった、という。無論、その時、どんな位置に居て、耳はどの方向を向いていたか等、条件を考えることはできたであろう。友人は、頗るつきで頭の良い女性なので落ち着けば無論、その程度のことを考えることができる。然し、そんな事実より早く、彼女の心に浮かんだのは、殺したいほど憎い、という嫉妬の感情であったのだ。音楽家にとっての耳とはそれほどのものである。(寝不足で書いているので後ほど手直しの可能性あり)

    ネタバレBOX

     ベートーベンの耳についても、自分は、前提知識としてこのような事実を基に考えている。
     物語は、現代に生きる籠島一家とベートーベンの生きた約200年前を交互に対比するように進む。籠島 丈一郎は優秀な研究者であるが、誰も解き得なかった謎に挑戦している。為に、行き詰まることがあった。その度に、妻にDVをふるっていた。それを見ていたのは、長女らであった。当然、娘は母の側に付き、丈一郎は、孤立する。だが、既に心の離れかけている妻にも、妻の側に付いた娘にも夫・父の孤独と寂謬、不安は理解できない。必然的に家族は崩壊し、妻は夫を追い出す形になった。偶々、不遇をかこっていた丈一郎を見出す裕福な女性があり、丈一郎は、彼女の庇護の下、研究に没頭、数々の研究書を著わし、その筋では他の追随を許さない研究者になる。而も、彼は誰もその時まで発見できなかった、ベートーベンの謎を解き明かすことにも成功した。
     一方、丈一郎を追い出したとは言え、音楽以外には、何もできない妻は、子供達を守るためにも生活を救ってくれた男と暮らすようになる。然し、彼には、特殊な趣味があった。ロリータコンプレックスである。偶々、末娘のみちるは、当時11歳、義父のターゲットとして適当な年頃であった。彼は、みちるに悪戯を仕掛ける。無論、みちるは抵抗した。ナイフ迄持ち出して必死の抵抗を試みた。が、大の男に11歳の少女が抗うことは不可能である。彼女は、義父の餌食になった。以降、10年間、童顔の彼女は義父の慰み者にされる。然し、母は、素知らぬ振りをすることしかできず、姉たちも積極的に義父を止めることができなかった。みちるはトラウマから精神のバランスを崩し、精神科に通うような状態である。
     10年が経っていた。そんな折も折、実父から、弁護士を通じて、会いたいとの連絡が入った。父は、重篤で余命いくばくもない。みちるは、愛憎半ばする父を訊ねる。父からは研究ノートを託された。彼女は、当代隋一のベートーベン研究家となった父の著作を読み、研究ノートを紐解いて、当時のベートーベンの苦悩、惨めさ、悲嘆、そして彼の伴侶となったマリアの慈しみの意味する所を、深い所から理解する。というより実存的に出会う。それは、彼女が、義父の慰み者となってからの10年体験した地獄を、ベートーベンも抱えており、才能とは不幸の代償でしか無い、という事実を確認したからでもあった。更に、彼女は、父もまた、少なくともこの地獄を生きた人間の一人であることを理解する。こうして漸く、丈一郎とみちるの関係は、未だ多少ぎくしゃくしながらではあるが、正常な父子の関係になろうとしている。
     一方、ベートーベンの生活との入れ子細工になっている舞台では、ふられ続け、背は小さく、耳は聞こえず、親友だと思っていたゲーテからは馬鹿にされ、乞食と間違われて逮捕されたベートーベンの不評や不名誉・恥じを総て受け入れ慈しんだマリアの愛を通じて、深いコンプレックスから解放され、純化された魂に溢れ出るように湧き上がり曲想を作って行く過程が、否、その奇跡が、その本質を虚飾を削いだ素の形で表現され、ケレンミなく表現されている。ベートーベンは難聴になってから6つもの交響曲を書き上げたのだ。
     観客は無論、作品を選ぶ。然し、同時に作品も観客を選ぶのである。演劇はこの相互作用であるが、今作は、作品が観客を選べる域に達した稀有な作品と言えよう。
     虚飾を剥いで行く過程を示すと同時に、その結果、地獄下りという辛い体験をした魂を救済する所迄を描いたシナリオの素晴らしさ、シナリオを正確に読み込み舞台化することに成功した演出の巧み、役者陣の素を通して本質を提示した演技、ピアノ演奏、歌唱の素晴らしさ、照明、音響、効果の細かい点迄配慮した腕、スタッフの丁寧且つ合理的な対応、どれも素晴らしいのは言わずもがな、であろう。

  • 満足度★★★★★

    芸術の領域
    復活公演で何をするのか期待していていたが、想像を遥かに超えてきた。
    これは芸術の領域であると感じる。
    戦慄が走った。
    世界観とその着想が見事。

    ただし、これだけの世界観と、完売、当日券停止を出すのであれば劇場を大きくするべき。
    開場時間前の長蛇の列に驚愕。

    ネタバレBOX

    難を言えば喉を枯らしているベートーベン役。
    プロ意識の観点から頂けない。
    発声の勉強をしたほうが良いのでは。
    脚本と演出。相性が抜群。

このページのQRコードです。

拡大