
引きこもりから俳優を志し、劇作家・演出家として確固たる地位を築いた岩井秀人氏。全3回のインタビューもいよいよ最終回。最後にお届けするのは、近年、演劇界に旋風を巻き起こしている大ヒット企画『いきなり本読み!』の誕生秘話と、岩井氏が描く演劇の「その先」にある未来図だ。
稽古場の「奇跡」をそのまま観客へ
今や日本武道館での開催も視野に入っている『いきなり本読み!』。俳優がステージ上で初めて台本を受け取り、その場で読み合わせを行うこの企画は、驚くべきことにコロナ禍の産物ではなく、2019年末の「ある実感」から生まれたものだった。
「松尾スズキさんの舞台『キレイ』に出演していたとき、稽古場が本当に面白かったんです。阿部サダヲさんや神木隆之介くんといった化け物たちが、試行錯誤しながら役を立ち上げる瞬間。本番はもちろん素晴らしいけれど、あのクリエイティブな熱量は、繰り返される本番よりも稽古場にこそ宿っているのではないか」
「あのままの純度でお客さんに見せたい」。その想いに共鳴した俳優たちが、大阪公演の千秋楽翌日に集結したのが第1回。当初は3年かけて本多劇場を目指すつもりだったが、蓋を開けてみればわずか4ヶ月で到達。異例のスピードで巨大化していったこのコンテンツは、期せずしてコロナ禍における「最強の演劇体験」として定着することになった。
俳優の「高性能な情報処理能力」の凄み
なぜ、ただの読み合わせがこれほどまでに人を惹きつけるのか。岩井氏は、俳優が文字から感情やテンポを計算し、瞬時に出力する「情報処理能力」の高さに注目する。
「俳優が台本を受け取った瞬間、頭の中で行っている計算スピードは一般の人から見れば異次元です。うまくいかない瞬間も含めてそのプロセスを晒すことは、完成された劇を見せるのとは全く別の、演劇が持つ根源的な価値の再発見なんです」
この「演劇の機能」は、今や劇場を飛び出している。岩井氏は、精神障害を持つ人々や一般の方々を対象としたワークショップ『ワレワレのモロモロ』を通じて、演劇を「自分の人生を客観視するためのツール」として活用し始めている。
「作品を完成させて発表することだけがゴールじゃない。作る過程で起きる変化こそが、人々の人生に役立つ。演劇を演劇の中だけに閉じ込めないことで、その価値はもっと跳ね上がるはずです」
目標はラスベガス――世界中に広がる「本読み」文化
インタビューの締めくくりに、今後の野望を問うと、岩井氏からはスケールの大きな答えが返ってきた。
「国内では武道館、そして最終的なゴールはラスベガスの『スフィア』ですね。あの球体劇場の巨大ビジョンに台本を映して、いきなり本読みをやる。絶対に面白いですよ」
その夢は決して荒唐無稽なものではない。『いきなり本読み!』を一つの文化、あるいはフォーマットとして世界に広めたいという。「例えば、イタリアのバーをふらっと訪れたら、現地の人が僕の作ったフォーマットで本読みを楽しんでいる。それを見て『あ、それ俺が考えたやつだよ』って言えたら最高にかっこいいじゃないですか」
一方で、等身大の活動も忘れない。8月の終わりには自身が手塩にかけて育てた「シャインマスカット」の販売も控えているという。「ぶどう作りも、演劇も、地続きの活動なんです」。
既存の枠組みを疑い、立ち止まり、常に「本当のこと」を探し続ける岩井秀人。彼の挑戦は、私たちに「表現とは、生きることそのものである」というシンプルな真理を突きつけている。
※本記事は動画でお話いただいた内容の一部をピックアップし、コンパクトに集約した形になります。記事の元となった動画はこちらからご覧いただけます。

シリーズ:ハイバイ・岩井秀人 インタビュー全3回
▶ 第1回|「引きこもり」から「演劇」へ。人生の伏線を回収し続ける表現者の原点
▶ 第2回|「日常」を劇的に変える。名作の再発見と、言葉の壁を越えるリアリティ
▶ 第3回|演劇の「外」へ。世界を舞台に『本読み』が拓く表現の新たな地平 この記事