劇トクッ!

ハイバイ・岩井秀人|「日常」を劇的に変える。名作の再発見と、言葉の壁を越えるリアリティ〈中編〉

前回のインタビューでは、4年間の引きこもり生活からいかにして演劇の世界へと足を踏み入れたのか、その数奇な「原点」について話を伺った。第2回となる今回は、劇作家・演出家として数々の名誉ある賞を手にしてきた岩井氏の「創作の現在地」に迫る。

偶然が重なって受賞したという向田邦子賞の裏話から、世界各国での上演を通じて見えてきた「家族」や「言葉」の普遍性まで。岩井秀人が見つめる演劇の可能性とは。

偶然の「向田邦子賞」と、世の中を呪った日々

岩井氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、映像脚本での「向田邦子賞」と、戯曲での「岸田國士戯曲賞」のダブル受賞だ。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかった。

「実は『ある女』で岸田(國士戯曲賞)を受賞する前、ある若手向けの賞で『ヒッキー・カンクーントルネード』を落とされたことがあるんです。その選評には『今年は引きこもりをテーマにした台本が多すぎたので、全部落としました』と書いてあって。本気で世の中を呪いましたね(笑)」

その経験から、「賞レースよりも、目の前のお客さんだけを信じて作ろう」と決意したという。その後、NHKの若手ディレクターとの縁で書いたドラマ脚本『生むと生まれる それからのこと』が、審査員の目に「たまたま」留まり、向田邦子賞を受賞。歯科治療中に受賞の知らせを受けたというエピソードは、いかにも岩井氏らしい。周囲の評価に振り回されず、日常の地続きにある「おかしみ」を掬い取り続けた結果が、後に演劇界の最高峰・岸田國士戯曲賞の受賞へと繋がっていった。

前川知大・上田誠――同世代の名作が描く「愛」

岩井氏は「新作を次々と生み出すよりも、面白い既成作をもっと上演すべきだ」という持論を持つ。そんな彼が「もう一度見たい名作」として挙げたのが、前川知大氏(イキウメ)の『散歩する侵略者』と、上田誠氏(ヨーロッパ企画)の『曲がれ!スプーン』(初演時の原題は『冬のユリゲラー』)、そして同氏の岸田賞受賞作でもある『来てけつかるべき新世界』だ。

特に前川氏に対しては、「30歳そこらで『愛』というテーマにフルスイングで向き合っている。あの若さであれを書けるのはちょっとおかしい(笑)」と、最大級の賛辞を送る。また、上田氏の作品については、「人間ではないものに、どのタイミングで愛着を持ち始めるか」という思考実験の鮮やかさを評価し、「難しいテーマを、ちびっこでもわかるほどキャッチーに描く。そこには絶望ではなく、人間側への希望があるんです」と語った。

「引きこもり」は日本だけの病気か? 韓国での衝撃

岩井氏の作品は、フランスや韓国、ロンドンなど海外でも高く評価されている。しかし、国が変われば作品の受け取られ方も驚くほど変わる。

「韓国で『ヒッキー(引きこもり)』を上演したとき、当時はまだ韓国語に『引きこもり』という言葉がなかったんです。アフタートークで50代の女性から『これは日本独自の病気ですよね?』と聞かれたのですが、隣の若い女性が『あなたが知らないだけで、韓国にもいっぱいいますよ!』と反論し始めて、その場で喧嘩が始まってしまって」

言葉が存在しないことで、社会の中に「見えない分断」が起きている。その光景を目の当たりにした岩井氏は、言葉が文化に浸透し、概念が定着していくプロセスの重要性を再認識したという。

笑いの先へ。「資本主義」や「宗教」を等身大で描く

最新の活動である『ワレワレのモロモロ』シリーズでは、参加者が自身の体験を台本にし、自ら出演する。かつてゴールド・シアター(高齢者劇団)と共作した際には、戦時中の過酷な体験談の中で、俳優がセリフを忘れ、隣の出演者がそれをフォローする姿に「これこそが演劇の良さだ」と感じたという。

「今までは『笑い』を重要視してきましたが、最近はそれだけじゃなくてもいい。笑いで逃げずに、もっと深いところを捉えたい」

今、彼が関心を寄せているのは「資本主義」や「宗教」といった、日常の裏側に潜む大きな構造だ。「資本主義ってすぐ悪者にされがちですが、必死に何かを生み出そうとしている個人の冒険でもある。そういう目線の違う物語を、うっかり語ってしまうような生々しさで届けていきたい」

日常の些細な会話から、国家やシステムという巨大な壁まで。岩井秀人の演劇は、今また新たなフェーズへと進化しようとしている。

次回:最終回「演劇の枠を超えて――『いきなり本読み!』が変える表現の未来」

シリーズ完結編となる第3回では、大人気企画「いきなり本読み!」の誕生秘話や、岩井氏が考える「これからの演劇の形」、そして今後の野望をお届けします。


※本記事は動画でお話いただいた内容の一部をピックアップし、コンパクトに集約した形になります。記事の元となった動画はこちらからご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=cGnBIaC5EtM

ハイバイ・岩井秀人インタビュー動画 第2回

シリーズ:ハイバイ・岩井秀人 インタビュー全3回

▶ 第1回|「引きこもり」から演劇」へ。人生の伏線を回収し続ける表現者の原点

▶ 第2回|「日常」を劇的に変える。名作の再発見と、言葉の壁を越えるリアリティ この記事

▶ 第3回|演劇の「外」へ。世界を舞台に『本読み』が拓く表現の新たな地平

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