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失われた時を求めて 第2のコース「花咲く乙女たちのかげに」

失われた時を求めて 第2のコース「花咲く乙女たちのかげに」

三条会

三条会アトリエ(千葉県)

2010/06/25 (金) ~ 2010/06/28 (月)公演終了

連続芝居のむずかしさ
今回も観劇の3日ほど前に原作を読了。読むにつれ、スケールが大きくなっていく原作に対して、舞台のほうは毎回1時間ほどで完結しているので、頭の中の印象としては小説と芝居の比率が最後には象とその体にとまって血を吸う蚊くらいになるような気がする。テレビドラマなら連続ものは珍しくないが、舞台劇で連続ものというのは考えてみると非常に少ない。あってもせいぜい続編くらいだろう。
そんなわけで大きなハンデを背負っているように思える今回のシリーズ上演。回を追うごとに観客数が減ることも懸念されるが、私個人としてはぜひとも最後まで付き合いたい。

マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の第2篇「花咲く乙女たちのかげに」では、語り手である「私」の若いころの恋の対象となった女性たちが描かれている。スワン夫人、彼女の娘のジルベルト、海辺のホテルで静養中に出会った数人の若い娘。その中の一人、アルベルチーヌ。

小説を読んでいて不思議に思うのは、主人公である「私」の年齢がはっきりと示されていないことだ。学校には通っていたはずだし、学校の場面が描かれていれば学年から判断して年齢も見当がつきそうなものだが、実際には学校の場面はまったく出てこない。主人公あるいは作者にとって、学校生活は思い出すに値しないということか。
歴史的な出来事、たとえばドレフュス事件についての記述があれば、プルーストの生年(1871)から数えて主人公の年齢を類推することはできるが、それでも主人公=作者ではない。

小説の内容について感想を書くのはシンドイのでやめておく。
三条会による舞台版では、前半は小説の中に出てくるラシーヌの芝居「フェードル」を引用して、前回同様にスワン夫人の扮装をした大川潤子が舞台中央に置かれた机にのぼって「フェードル」の台詞を長々としゃべった。
プログラムの解説によると、小説第2篇のモチーフは恋であり、演出家の関美能留にとっての初恋は「演劇」なので、それで小説の中に出てくる芝居を大幅に引用したのだという。プルーストの小説を舞台化したはずの芝居で、ラシーヌの芝居の台詞を長々としゃべるというのがなんとも人を喰っている。

原作の内容をただ再現することはしない、とこれは最初から言っていた。原作と同じタイトルを持ちながらも、原作の内容からどれだけ飛躍できるか。今回の三条会の連続公演は、そういう趣旨の実験とみなすこともできるのではないだろうか。

後半はジルベルト役の近藤佑子が、集英社文庫版の原作小説を手に持って、飛ばし読みするように内容をどんどん要約していく。

少女役で登場した榊原毅と関美能留は、白シャツと細めのスカートという服装が、まるで東南アジアの外国人向けホテルで働く従業員のようだった。榊原は珍しく髭をきれいに剃って若々しく、関は長い髪をポニーテールにまとめていた。出演者はそのほか、少女およびラシーヌ劇の登場人物として立崎真紀子、主人公の私をナレーションのみで橋口久男。

プルーストの小説についてウィキペディアであれこれと調べていたら、面白い記事を見つけた。世界で最も長いといわれることもあるらしいプルーストの小説。その内容を15秒で要約するというコンテストが、イギリスのお笑いグループ、モンティ・パイソンのコントの中に出てくるらしい。この時期、そのコントが猛烈に見てみたい。





鏡花水月

鏡花水月

ハグハグ共和国

新宿シアターモリエール(東京都)

2010/07/01 (木) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★

主人公の内面を…
…RPG的世界として見せるアイデアがステキ。
欲を言えば各局面が彼女のどんな部分かワカればより良い気もするが、これはこれで楽しい。
また、キャラ設定やネーミングセンス、衣装、武器の意匠(鏡面仕上げの刀なんてあまりないのでは?)などもなかなかに見事。

2番目、或いは3番目

2番目、或いは3番目

ナイロン100℃

本多劇場(東京都)

2010/06/21 (月) ~ 2010/07/19 (月)公演終了

満足度★★★

おもしろいのだけど
会話を聞いていて、いつもの「ズレてる」がとめどなく連発されていく。。が、延々そんな感じで進んでいくので正直最後は「もうええわ」と思ってしまった。。
一個一個の会話と繋がりはすごく良いのだが最高級の前菜を延々食べ続けた感じ。

それと、近くにケラさんが座っていたのでちょっと緊張した。

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

ナルペクト

劇場HOPE(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

ほんわか
悲喜劇やら恋愛やら社会悪の追及やら中身が濃くて終始面白く見ることが出来ました。こういう世の中なのでホームレス生活は明日は我が身だよなあ。

昼の回では終演後にトークショーがあり、演技中の役者の心の内が垣間見れて興味深かった。みんな、素のキャラもかなり面白かったりして。

清水宏の、世界に告ぐ!!

清水宏の、世界に告ぐ!!

劇団ガソリーナ

萬劇場(東京都)

2010/06/29 (火) ~ 2010/06/30 (水)公演終了

満足度★★★

汗かき男の蒸し暑い夜
役者としても、お笑い芸人としても、何度か見ている清水宏の今回は単独お笑いライブ。劇作家のじんのひろあきが作・演出で協力しているというのが気になって、久しぶりに出かけた。
席について開演を待っていると、客席後方から清水の声が聞こえてきて、振り向くと、たぶん持ちネタらしい名古屋のオバサンに扮していた。すでに座っている客、ちょうど入ってくる客をいじりつつ、開演前からすでに楽しい雰囲気が出来上がる。
内容は大きく分けて四つ。
一つはこの公演の直前に、アメリカで行われたコント大会に出かけたときのいわばルポトーク。実は応募したけれど参加が認められなかったので、次回に向けての偵察も兼ねて強引に現地まで出かけたのだという。カタコトの英語でアメリカ人と渡り合うクレイジーな旅の報告。
次は公演のタイトルにもなっている「世界に告ぐ」という一人芝居。もしも自分に息子がいたらという設定で、自分の父親の奇人ぶり(隣家から伸びてきたススキの穂が邪魔だからといって、灯油をかけて燃やしてしまったり)などを紹介しつつ、芸人の父親に対する息子の反発とそれに対する父親のとまどいをコミカルに描きながら、最後にはちょっと人情味も加えて。ちなみに、「世界」というのは劇中に登場する息子の名前。
三つ目はこれもたぶん持ちネタだろうと思うが、スタッフが用意した横長の白い紙を客の囃し立てる声に乗ってビリビリと破る。その破片をさらに適当な形にちぎって、いろんな小道具に見立てながら即興で小芝居をやる。演者のテンションと即興的なパフォーマンスから、小林健一が動物電気の芝居でいつもやるフンドシ・パフォーマンスを連想した。
最後は清水が実際にそのライブに出演したこともあるという忌野清志郎との思い出を元にして、二人の交流をおおむねコミカルに、終盤ではファンタジー風のこれまたほろっとさせる話として描いている。清水宏によって語られる、テレ臭さがこじれてシュールな禅問答みたいになった清志郎の言動がかなり可笑しい。あれは清志郎という人物を知るうえでのなかなか貴重な証言だ。

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

ナルペクト

劇場HOPE(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★

楽しかった!!
面白かった…というよりは、楽しかった!
今までのナルペクトのようで、あらたなスタートというだけの
新しい空気を感じました。
お話は、やっぱりベタと言えばベタなので、
物足りないと感じる人もいるとは思いますが、
あそこがあーだこーだとごちゃごちゃ言う前に、
「楽しかった!」と一言いえる。
結構ここ重要だと思います。

途中から、私もそうですが、前にいるお客さんも、なんだかなんでも面白くなってきてしまったようで、ずーっと笑ってました。

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

チアローダー! 〜みちなる人々〜(御来場ありがとうございました!)

ナルペクト

劇場HOPE(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★

落ち着くところに落ち着く
オープニングのダンスと導入音楽が素敵だった。幕引き前のダンスは滑稽ながら、バランスの悪い霜月こと島根のダンスには顎が外れるかと思うほど笑った!

以下はネタばれBOXにて。。

ネタバレBOX

ホームレスを潜入取材するという使命のジャーナリストは潜入したものの、ホームレスにも色々な事情があることが解る。ホームレスたちと関わることで本来の人間としての行き方をも見つめなおすジャーナリストと、ホームレスの中にも、利害関係が生まれ、慈善者だと思っていた炊き出しの男が実は偽善者だったとあぶりだした作品。

終盤のダンス大会に出場することで、日々死んだように暮らしてたホームレスらが活き活きとする場面はベタ中のベタなシーンだけれど、そこそこ笑いも随所に見せて全体的にはコメディだったような気がする。それぞれのキャラクターの立ち上がりは面白かったものの、長すぎると感じた。

そこそこ笑える展開と島田の薄気味悪いチアが見もの。ここでの見ものとは動物園のパンダみたいなミセモノのこと。笑

ROCK’N JAM MUSICAL III

ROCK’N JAM MUSICAL III

ライズ・プロデュース

紀伊國屋ホール(東京都)

2010/06/27 (日) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★

洋楽&ミュージカルファンの中高年におすすめ!
1960年代から1980年代の洋楽の珠玉の名曲が(歌唱力には問題ありだが)楽しめます。手拍子、足拍子にSing-Alongして楽しみましょう。個人的には懐かしい「Rockyo Horror Show」の曲がよかったなあ。(一緒に踊らせてくれ~!) イケメン目当ての若い女の子たちの親世代の方が楽しめそう。

恋する剥製

恋する剥製

クロムモリブデン

赤坂RED/THEATER(東京都)

2010/06/22 (火) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

デタラメ。
演劇でデタラメを題材にする。それ自体がネタだし、デタラメ。ギャグにもシリアスにも行けるのをクロムはやっぱりギャグに仕立て上げていました。社会風刺が入りながらも分かりやすくてワクワク出来る。気軽に勧められますね。お子さんにとってのハンバーグくらいハズレがない。
魅力的は役者も多い中、個人的には女優にパワー型が多いのが印象的。女優でパワー型って言ったら普段の姿もインパクトの強い方を想像するじゃないですか。二文字で言えばブ…ゲフゲフン。クロムの場合はみんな可愛いらしいさがあるんですよね。なんかズルい。何がズルいかは分かんない。憧れと紙一重の僻みみたいなもんです。
対して男優は良い意味で癖のある人が多かったかな。普通の芝居で一人か二人の盛り上げ役がいっぱいいる感じ。誰を観てても楽しめる。
掘り下げて欲しい登場人物もたくさんいたけど、多分それは愛故。その人物が気になるからもっと知りたくなったのであって、知ったら本編がより楽しめたかって言うとあんまり変わらなかった気もする。目の前で起きている事を観てれば充分に楽しかった。ザ エンタメ。

ネタバレBOX

ラストは『これで終わり?』と思う人もいるかも。でも思い返したら別にそれで不満もないはず。ザ デタラメエンタメ。
女ともだち

女ともだち

劇団競泳水着

「劇」小劇場(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/06 (火)公演終了

満足度★★★★

どこにでもありそうな物語を丹念に見せる
少女から大人の女性へと成長する主人公の10年を友情と恋を主軸に描いた秀作。

ネタバレBOX

どこにでも、どの時代にもありそうな設定ながら、成長とともに変化する主人公の人情の機微を丹念に描き、唯一無二の作品に仕上げている。

題材がありふれたものである分、縁者にかかるプレッシャーは大きいが、女優陣の落ち着いた演技によって舞台は引き締まったものとなっている。
特に、主人公の美月を演じた大川翔子が出色。物事を常に深く考えてから言葉を発する主人公を見事に体現していた。

時間堂「月並みなはなし」で見せた彼女のつかみどころのない演技もよかったが、本作の演技はそれを大きく上回っていたように思う。

当劇団初見ながら、作品ごとに、作風が変わるようで、今後に大きな期待を持たせる。
Wannabe

Wannabe

柿喰う客

アトリエ春風舎(東京都)

2010/06/29 (火) ~ 2010/07/19 (月)公演終了

何が起きていたんだろう。
あ、深い意味じゃないです。自分が遅刻してしまったのです。すみません。観られなかった間に話の流れとして何が起きていたのかは想像が付くけど、それをどう表現していたのかが気になる。確かめにもう一度行きたい。
普段の圧倒的な勢いで押して来る柿とはちょっと違う感じ。でも「圧倒的な勢い」ではない別のもので押された感覚がありました。張り詰めた空気に居場所を狭められた様な。

ネタバレBOX

みささん、それはネタバレな気がします。
男と女と浮わついた遺伝子

男と女と浮わついた遺伝子

熱海五郎一座

サンシャイン劇場(東京都)

2010/06/18 (金) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★

アドリブ満載!
三宅が発するアドリブで出演者の面々がドギマギする仕草が可笑しい。今回は水野真紀がイジラレテ下を向いてる姿が実に愛らしかった。真紀ちゃんっていいよねー。料理はプロ級だし。欠点なんてなさそう。笑

以下はネタばれBOXにて。。


ネタバレBOX

イワシ信仰のカルト教団に入っている水島(水野真紀)は、冴えない遺伝子を持ち会社でも浮きまくっている春風の遺伝子欲しさに、彼をたらし込んで教団に誘い入れようとするも、公安の潜入捜査によって阻止されマインドコントロールから放たれる。という筋。

ここでの教祖役が三宅。公安らの面々が公務員というぬるい環境を甘んじて受けてる、いわば公務員の代表のような人材。笑
一種の社会風刺をしながらも笑いという絶対の中で公務員に対してのきついマグナムをかましていた。笑

序盤から終盤までの笑わせかたは 絶妙で、その笑も大衆を意識したコメディだから、年齢を問わない笑い。流石に プロを感じた舞台だった。
中盤、渡辺と東のお歌が導入されるが、はっきりいって聞きたくない歌声だ。実に下手なのだ。心底から下手なのだ。むしろ、春風亭昇太の歌が良かった。照れながら一生懸命に歌う姿に感動して手から血が出るほど拍手しちゃったわさ。

大衆的コメディ。
女ともだち

女ともだち

劇団競泳水着

「劇」小劇場(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/06 (火)公演終了

満足度★★★★

(*´艸`)
トレンディードラマシリーズとも、前作とも違うけど、上野さんらしい切り出した日常の観せ方が優しい気持ちにしてくれる佳作。どの程度当て書きなのか不明なれど絶妙なキャスティングと応える女優陣も見事。皆素晴らしいですが、敢えてなら変幻自在な川村紗也☆彡

アット・ホーム・アット・ザ・ズー

アット・ホーム・アット・ザ・ズー

シス・カンパニー

シアタートラム(東京都)

2010/06/17 (木) ~ 2010/07/19 (月)公演終了

満足度★★★★

家と動物
愛。について投げかけられました。男女そして男男。2部構成の舞台転換も面白かった。ピーターとアンは本当の夫婦にしか見えず、ピーターとジェリはそのたまたまの出会ったばかりの情景をすごくうまく魅せてくれました。
作品が良いのか、演出が良いのか、キャスティングが良いのか??すべてが良いんだ。動物園の脚本は読んでいたので想像はついたけど、それ以上のものが観れて大満足。しかも家では舞台上でしか発せられないような会話を楽しめた。

男と女と浮わついた遺伝子

男と女と浮わついた遺伝子

熱海五郎一座

サンシャイン劇場(東京都)

2010/06/18 (金) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

いや面白かった
前回は伊藤四朗一座公演とのジョイント?でも拝見しましたが、ここの一座の公演は楽しませてくれます。今回は少しラブストーリーをからめていましたが、相変わらずの面白さでした。この公演はどこまでが台本どおりでどこからがアドリブなのかの境目がなく、また、それが楽しみであったりします。三宅さん、渡辺さん、小倉、東さん、昇太さんの掛け合いは観ていて飽きることがありません。大変面白かったです。あと東貴博さんは親父さんにも引けを足らないコメディアンですね。次回も楽しみ

元気で行こう絶望するな、では失敬。

元気で行こう絶望するな、では失敬。

パラドックス定数

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2010/06/25 (金) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

どこかの暗闇に忘れてきてしまったコトたちが、(個人的にも)鼻の奥がつーんとなりながら蘇る
かつて、そういう年齢を過ごした者としての共感と、大切な記憶と、探られたくない記憶が交錯する。

ホントに、とてもいい舞台だった。

ネタバレBOX

何ごとが始まるのか? というオープニングから、引き込まれた。
よく考えれば、実際の高校生とダブルスコア近く年齢が離れている役者が、高校生を演じているのだが、どう見ても高校生にしか見えず、とてもいい(あの年代でしか出せないような)エネルギーを発していた。

そのエネルギーは、自己意識過剰のなせるワザで、例えば、「相手をいじめないと、優しい言葉がかけられず、人とつながることができなかった」りしてしまうのだ。
そのエネルギー(負のエネルギー含む)は、もてあまして、顔にニキビとかできてしまったりする。そんなエネルギーを舞台から感じたと言っても言い過ぎではないだろう。

それぞれは、知らず知らずのうち、「闇」のようなものを抱えている。
「闇」と言うほど大層なものではないとしても、「不安」という言葉では言い表すことのできない「モノ」が、鬱々と心にあり、それを「友だち」に知られたくないという、自意識と、無意識がとても困った状態を生み出してしまう。

これって、よくわかる。
たしかに、あの頃はそんな感じだった。

「太宰治は永遠の高校生」なんて言う、フライヤーにある言葉は、「なるほど」と思い当たったりする。
でも、太宰にはなれないのだ、みんな普通の高校生だもの(あるいは「だったもの」)。

そうした「闇」のようなものを内包した男子高校生たちの前には、「森」がある。「誰かに見てもらっていないと、森に飲み込まれてしまう」という都市伝説的な設定には、泣けてくる。

そんな伝説は、これぐらいの年代の妄想から生まれたものなのだろう。
「内なるモノ」を「外」に求めるというのは、最もわかりやすい反応だ。

「森」という共同幻想により、彼らの自意識は保たれているのかもしれない。
この設定は、ホントにうまい!
これが現実と、フィクションの狭間にあって、見事に物語を成立させているのだ。

記憶の隙間に落ちていた、いろいろなコトが、ふと浮かび上がったり、忘れてしまっていた記憶が、蘇ったりする。
私も誰もが、みんな「森」の中に置いてきてしまったモノが、たくさんあることに気がつく、
この舞台では、忘れられてしまったクラスメイトのように。
そう、まさに忘れてしまったクラスメイトは、「森」の中に忘れてきてしまったのだ。そんな記憶は、誰にでもあるのだろう。
そういう、ちょっと柔らかい部分を刺激してくる舞台でもある。

登場人物は、男子高校生20名。
だけど、20名という単位ではなく、そこにいるのは、1名1名1名・・・・の20名だ。どの役者も、鮮やかな印象を、きちんと残している。

これは、役者だけでなく、脚本も演出も素晴らしいとしか言いようがない。
私は、『東京裁判』しか観ていないのだが、あちらは、凝縮された空間で、火花を散らしていたが、今回は、大きな空間を見事に使い切って、エネルギーを発散し、集中をもさせていた。
シンプルなイスだけのセットも効果的だし、廊下のようなつながりのセットもうまいと思った。

また、実年齢に近い36歳への転換(なぜか全員メガネ・笑)もよかったし、演劇をやっている2人という設定も、ちょっと泣けてくる。
高校生までの18年間、そしてそれからの18年間その時間軸の持たせ方がナイスなのだ。
「おめでとう」「ありがとう」のラストの台詞が憎い。
「黄金の時代はこないかもしれない」なんていう台詞もあったけど、いつだって黄金の時代だったし、これからもきっとあるんだろうと、個人的には思うのだ。

何も考えずに、手放しの、輝く未来を期待するのではなく、過去のしがらみと、記憶が重なって、ラストに「未来へ」と、少しだけ橋渡しをしていくところが、またとてもいいのだ(タイトルがその意味ではストレート!)。

これは、ひょっとして個人的な感覚かもしれないのだが、男子の友だち関係って、こんな濃度だったのだろうか、と思った。もっと、表面上はあっさりしていたような気がする。多少のドロドロ感もあったとしても、意外とさらりとしていたような気がする。相手のことなんか考える余裕もなかったということもあろうが(そして無関心でもあった)。

そういう意味で、この舞台は、「女子校版」もあり得るのではないかと思った。

パラドックス定数、これからも目が離せなくなった。
「運命/未完成」・「真夜中の訪問者ほか」

「運命/未完成」・「真夜中の訪問者ほか」

ブラジル

ギャラリーLE DECO(東京都)

2010/06/29 (火) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★

息をのんだ短編集のような公演
すごく息をはっと吸ってしまうような短編が多く、
ブラジリアン山田さんの会話のセンスを感じました。
私は凄く好きです。

恋する剥製

恋する剥製

クロムモリブデン

赤坂RED/THEATER(東京都)

2010/06/22 (火) ~ 2010/07/04 (日)公演終了

満足度★★★★

役者さんの良さが際立った!
役者さんが皆さん、
観ていてスカッとする演技をされていてとても魅力的でした。
それにあのラスト。怒濤の演出感が好きです。

14+

14+

FOURTEEN PLUS 14+

ぽんプラザホール(福岡県)

2010/05/20 (木) ~ 2010/05/23 (日)公演終了

満足度★★

作り手の精神年齢が14歳
 宮沢章夫『14歳の国』を今なぜ上演しなければならないか、もちろんそこに意義はあるわけですが、それが観客に伝わる形で再構築されるまでには至っていないように思えます。
 原作は既に12年も前の作品で、その背景には神戸連続殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)があり、劇中でもそれを暗示する単語がいくつかつぶやかれるのですが、現代の「14歳」を中心としたティーンエイジャーの観客は、事件のことは殆ど覚えていないでしょう。彼らにとってもこの事件が「他人事ではない」と感じ取ってもらうためには、原作戯曲を現代の状況に合わせて、大胆に脚色、加筆する必要があったと思います。そうしなければ、この物語はただの「持ち物検査」の是非を問う程度のものとしか認識されない危険があります。
 いえ、大人ですら単純な教育問題を扱った物語としか受け取れていない様子を見ると、残念ながら今回の演出は殆ど失敗していると言わざるを得ません。一見、高い評価を受けているように見えますが、いずれの感想も原作戯曲のごく表層的な部分しか捉えていないのは一目瞭然で、そうならないことを演出は目指すべきであったのに、その視点が決定的に欠けていたことが残念でなりません。
 

ネタバレBOX

 そもそも『14歳の国』が提起していた問題は、持ち物検査によるプライバシー侵害の問題でもなければ、現代教育のあり方の問題だけに留まるものではありません。ましてや酒鬼薔薇聖斗の心の闇を探ることでもありません。教師と生徒、親と子、大人と子ども、人と人、その関わり方そのものに確たるものを見出せなくなっている現代、それを「教室」という空間によって象徴させようとしたものでしょう。しかし、宮沢章夫の原作は、決して普遍性を持ったものではなく、あの1997年の事件を想起する形でなければ観客への訴求力を持たない、極めて基盤の不安定なものです。
 教師たちがそこにはいない生徒たちの問題について語り合う設定は、すでに山田太一が『教員室』で描いています。時代は「校内暴力」が問題化していた頃で、教師たちは、暗闇からガラスを割って投げこまれる石に、自分たちの力の及ばぬ「何か」を感じ取って、恐怖に怯えていました。教師たちは自分たちが「人間」だと信じている。しかし、窓の外にいる「彼ら」は得体の知れない「闇」そのものでした。
 しかし、宮沢章夫が描く教師たちは、既に人間らしい心を持たなくなった、酒鬼薔薇聖斗と同じ「透明な存在」です。誰もが神戸殺傷事件の悲惨さに怯えていた12年前、実は「彼」を生み出したものが、この社会そのものではないのか、「彼」は我々の「写し絵」なのではないか、そこまで踏み込んで書かれたのが『14歳の国』という戯曲であろう、と思われます。タイトルの「14歳の国」とは、14歳の子供たちにとっての国という意味ではなく、「この国の全ての人間が14歳である」という、そこまで冷徹に見通した上で付けられたものではないでしょうか。

 事件当時は、16歳未満の未成年は刑事罰には問われないことになっていました。14歳であった「彼」の責任能力を認めないということは、「彼」はまだ「人間として認められていなかった」ということです。精神鑑定によって「問題」が指摘されたことも、「彼」の非人間性を証明しているように思えました。
 しかし、「彼」を「特殊な存在」と決めつけて、彼の「狂気」だけに責任を負わせようとしていた「大人たち」。つまり「我々」ですが、我々もまた「狂っていたのではないか」。即ち、生徒も同僚の教師の目も盗んで持ち物検査を行わねばならないと思いこんでいた「狂人」は、我々自身なのです。
 「子どもの持ち物検査を行わなければならないのではないか」、そう考えるのが「正しい」と誰もが思いこんでいた時代、あの1997年だったからこそ、この物語は、私たち一人一人の心に、「自分もまた狂っているのだ」という事実を、冷水を浴びせるかのように感じさせてくれていたのです。

 しかし、この戯曲を、現在そのまま上演しても、それだけの効果は生まれません。ここに感想を書き込んでいる誰一人として、神戸の事件に触れていないことが、演出の不備を証明しています。何となく事件のことを思い浮かべた人もいるかもしれませんが、この戯曲を理解する「重要な要素」だとまでは思い至らなかった、それどころか、劇中の年号を聞き漏らして、これが1997年を舞台にしていることにすら気付かなかった人もいるかもしれません。
 それは全て、戯曲の改訂と適切な演出を行わなかった演出家の責任です。

 一応、『14+』には大きく三つの特徴的な演出が行われてはいます。
 一つは教師の一人を女性にしたこと。二つ目は、教師の一人に博多弁を喋らせたこと。けれどもこの二つは戯曲を現代化、現実化することにたいして寄与していません。はっきり言えばしてもしなくてもいい演出です。
 一番大きな演出は、登場人物たちがいつも舞台の側に「人形」のように立っていて、出番が来た時だけ舞台に上がるというものでしたが、これは彼らの本質が「ぬけがら」であることを表現しようとしたものか。それにしてはたまに舞台の袖に隠れて道具を取ってくることもあって、この「人形演出」が徹底していません。「何となくの雰囲気づくり」以上の効果を生み出してはいないのです。

 6年前には佐世保で少女による同級生殺傷事件も起きました。漫画やゲームを模倣するかのように未成年の殺人が行われ、ものごとを短絡的に捉えたい人々は全ての責任をそういった「非実在」の作品に押しつけようとしますが、現実感を失い、透明な存在となっていたのは、そもそも「私たち大人」ではないのか。私たちがそもそもこれらの事件をすぐに「忘れ去っている」ことが、「狂っている」ことの証拠なのではないか。
 私たちは、どうやったって「正常」にはなれないのです。では「狂った我々はどうやって生きていけばいいのか、ただ最後の崩壊を待つしかないのか」。
 現代に『14歳の国』を再生する意味があるとすれば、そこまで描いてこそだと思います。時代を現代に移し、新たに起こった事件、新たに起こりうる事件、それらを付け加え、「まだ何も終わってはいない」ことを示さなければ、これは単に教師の狂気を描いただけの、あるいはただの教育問題を扱っただけのものにしか受け取られないでしょう。ましてや現代は、「14歳以上」が刑事罰の対象となり、12歳程度でも少年院送致が可能になるように、少年法が改定されているのですから。
 ついでに言えば、劇中にあるような「生徒の目を盗んだ持ち物検査」などは、現代では殆ど行われていないでしょう。保護者に許可を得た上での一斉検査もごく少数になっていると思われます。その意味でも、この劇の設定は現代に合致していません。教師たちの存在、台詞が既に「うそっぽい」ので、彼らの狂気もリアリティを欠いた形だけのものに留まってしまっているのです。


 作品についての感想は以上で終わりですが、演出家による、一部の観客の感想に対する感情的な反発については残念としか言いようがありません。演出家が「裸の王様」になっていて、周囲の誰も「王様は裸だ」と指摘してもらえない、そういう可哀想な状況になっていることが露わになってしまいました。
 批判的な意見に対して、シンパらしい観客が、感想も書かずに星だけ五つ付けているのも頂けない。
 こういうことは「やっちゃいけないことだ」と叱ってあげる大人が、福岡の演劇界にはいない、このことが一番の問題であるようです。
(この最後の感想は演出家氏と観客に対してのもので、作品評価の星には反映させていません)
女ともだち

女ともだち

劇団競泳水着

「劇」小劇場(東京都)

2010/06/30 (水) ~ 2010/07/06 (火)公演終了

満足度★★★★

心に染みいる良作。
 前回のサスペンスドラマから一転して、派手さは全くない作品。ナイーブな女の子の心の揺れ動きをていねいに描いた作品。むしろこちらの作品にこそ上野友之の真骨頂はあるかもしれない。

 10年の月日の流れを見事に表し、その間の女性間の変化をしっかりと描いている。ノスタルジックな気持ちに包まれながら、心に染みいる。

 役者では大川翔子が難しい役を好演。抑えめながら陰影のある演技を見せた。

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