短編30分×3
小松台東
APOCシアター(東京都)
2013/10/03 (木) ~ 2013/10/06 (日)公演終了
満足度★★★★
2/3+α楽しめました
「大空」はプシコっぽい話で、頭の中が混乱。面白さのツボが自分にはわかりませんでした。「町でいちばんの」はさすが上野氏の作品。ラブコメにちょっとの闇社会のスパイスが効いている。宮崎弁はやっぱりイイ。自分は忘れかけているけど。 「ノリオの病室」は寝たきりの男をめぐる家族と愛人と友人の話。シニカルに笑えて、ちょっと物悲しい。リアルに感じましたね。オマケの「10年ぶりの出待ち」もしつこくて楽しめる短編でした。
2番目の女たち。
崖っぷちウォリアーズ
劇場HOPE(東京都)
2013/10/08 (火) ~ 2013/10/14 (月)公演終了
満足度★★★★
楽しめました
キレイどころキレるってだけじゃなく、結構凝ったサイコサスペンスだったのね。キレイなお姉さんが沢山出てくるのはよかったけど、ポタポタな血糊はちょっと苦手。痛そう~。
賞味期限の切れた毒薬
マグネシウムリボン
d-倉庫(東京都)
2013/10/16 (水) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
後半は良かった
前半は状況説明などのシーンばかりで少々退屈したが、後半になってストーリーが展開し始めると面白くなった。
ただ、どうも「行き当たりばったり」の印象がある。話の内容は面白いので、ストーリーの組み立て方が改善されるともっと良い作品になったと思う。
演技に関しては上手い役者さんが多いが、全体的に役作りが守りに入っていた。もっと柔軟な役作りが出来れば、もっと印象に残る演技になったはず。また、「記号的な演技」(パターン化された演技、「老人は腰を曲げて杖をついている」みたいな演技)も少なからずあった。役者さんの技量の問題なのか演出の指示なのかは不明だが、この作品にこの役作りは判断ミスだと思う。
セツナイカラダ'91
Tricobo×ハイブリットハイジ座
早稲田大学大隈講堂裏劇研アトリエ(東京都)
2013/10/15 (火) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
決意
Toricobo/ 成長著しく、非常に驚く。端正にして、濃密。
ハイジ座/ 独自のスタイルは出来上がっているので、今後どう展開させていくかが課題か。
卒業を控えた両劇団の主宰の決意がうかがえた。
卒業後も演劇を続けるのであれば間違いなくイバラの道なので、軽々しく無責任に「これからも演劇を続けてください。期待しています」とは言えないが、言わせてください。
今後も期待してますよ!
セツナイカラダ'91
Tricobo×ハイブリットハイジ座
早稲田大学大隈講堂裏劇研アトリエ(東京都)
2013/10/15 (火) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
満足度★★★★
盛り沢山でお得
「ブスの背中」は、とてもきめ細かく作られている。キャラもそれぞれ明確で、分かりやすい。見せ場も随所に散りばめられていた。残念な点は、スピーカーが高い位置で客席近くだったため、セリフと音が被って聴き取り難い箇所があった。全体としては面白かったです。
「秋の泡」は、滑り出しは好調で客席の心を掴んでいたが、やや尺が長いと感じてしまった。女優陣が個性的で素敵なのだが、キャラが不明確で、立ち位置が掴みにくい。テンポはいいし、踊りも見応えあるので、もう少し簡潔かつ分かり易いストーリーにすれば、完璧だと思います。
こちらも全体としては、面白かったです。
My Journey to the West
一徳会/鎌ヶ谷アルトギルド
アトリエ春風舎(東京都)
2013/10/15 (火) ~ 2013/10/21 (月)公演終了
満足度★★★★
問答する空間
冒頭からズドンとやられる思考への誘い。頭の中をぐるぐる回す問答に、正直全然ついていけないんだけれど、目の前で繰り広げられてる事がすご過ぎて、目が離せない。一見なんでもないように見える空間が、次々と驚きを産む。光と影と音が、自己と世界をグニャグニャと歪めていく。実在と思考が舞台上で交錯してる感じ。スゴイもの見たなぁ。
あんかけフラミンゴ11【ご来場ありがとうございました】
あんかけフラミンゴ
インディペンデントシアターOji(東京都)
2013/10/11 (金) ~ 2013/10/15 (火)公演終了
満足度★★★★
無理解
何とも辛い作品だが、実りの無い純愛の一つの形であろう。DNA変異の可能性など、産む性として生まれた形態を持ちながら、アイデンティティーが、本能や社会的常識とは相反する条件・優生保護法が当たり前とされる生活圏に暮らす人々と反対に産む性としての機能は完全乍ら、恋人が、特殊な傾向を持ち、通常の交わりができない関係の地獄を描いているからである。(追記2013.10.29)
ネタバレBOX
妹の難産がもとで母は死亡。重い障害を負った妹は、兄に言わせれば「生まれて来なければ良かった、肉の塊」である。妹の所為で母が亡くなったと思い込んでいる兄は、優生保護法的発想に縛られ、笑うことができない。おまけに極度のロリータコンプレックスを持つ為、小さな女の子を見ると襲い掛かって悪戯をしたりする。妹に対しても性的悪戯をしている節がある。
一方「恋人、あかり」は、愛の証として彼の子を欲しセックスをしたがるのだが、彼の方では子を望まない。子供が女の子だったら、彼は娘を追い回して悪戯しかねないとの強迫観念からである。2人の関係は、互いに強く惹かれ合い乍ら性を仲立ちにできないことで崩壊する。あかりは寂しさから、仕事先のヌードカメラマンと付き合うようになるが、カメラマンはレスビアンである。カメラマンの仕事場に不妊で悩む女達のグループにライン参加している女がモデルとして入って来たり、あかりがラインに参加したりということが描かれるので産めない女達の問題も提起される。偶々、グループメンバーから人工授精の話を聞いたあかりは、久しぶりに逢った彼から採取したスペルマを用いて妊娠することに成功。然し、「堕ろせ」と言われて中絶、女の子だったが、この事件を契機に精神に失調をきたす。壊れた精神が妹の障害と交響し挙句妹はあかりの首を絞め、妹の首を兄が締め、終に殺してしまったようだ。然し、事実そうだったのかどうかは定かでない。というのも、これは兄に対して問診をしている精神科医との話の中で語られることだからである。あかりが、実際に子を産んだのか堕胎したのかについても、兄の錯乱を描くことが主眼ということになれば、判然としない作りになっている。兄の不幸は、出産事故を妹の悪胤問題にすり替えてしまうコンプレックスと幾重にも屈折して入れ子構造化してしまった狭く深く苦い、彼の精神世界の手応えの無さに対する底なしの不安。これらが、彼の精神世界を四六時中脅かす要素である。為に彼は笑えない。「好きな人に暴力を振るわれると、口角が吊りあがって笑っているように見えるが泣いているんです」とくどい程繰り返されるフレーズが、その精神の危機を表す。と共に、くどさは、粘着質を表してもいよう。だが、この笑いに関する描き方はロートレアモンを彷彿とさせる。更に、この物語全体から立ち上るアトモスフィアは、「ドグラマグラ」をも想起させた。
何れにせよ妹を殺害したと見える場面で、堕胎させたあかりと共に在る彼が笑っているように見えるのを「泣いているの?」と問われ「馬鹿、笑っているんだよ!」と答える科白にこの作品の地獄が、客体化された瞬間が表現されていると見て良かろう。
トキグルマ
ThreeQuarter
ウエストエンドスタジオ(東京都)
2013/10/12 (土) ~ 2013/10/14 (月)公演終了
満足度★★★★
生き様
取り壊しが決まった藤田演芸場、最終公演は、この劇場に嘗て出演していた芸人を呼んでのお笑いライブ・“お笑いリレー”。5年ぶりに一堂に会した面々だったが、オープニングを担当した後、メインのお笑いコンビ「みぶるい」の相方が突然消えてしまった。楽屋、裏回り、倉庫等々八方手を尽くして探したが見つからない。
ネタバレBOX
丁度、その頃、京都。時は慶応二年。新撰組の山南 敬助は、局長、土方らと意見が合わず、隊を抜けたことを咎められ切腹。彼には想う女、明里があったが、彼女を残して逝った。明里は、かつて新撰組が壬生組と呼ばれていた頃から馴染みの旅籠、里屋に、新撰組の斉藤 一の計らいで匿われる。そこへ降って湧いたようにみぶるいの失踪した相方、毛利が出現した。毛利は切腹した山南と瓜二つ。明里や、土方すら見間違えるほどであった。
一方幕府は、欧米の力を見せつけられ、それまでの方針を転換してゆく。だが、薩長を中心とする攘夷派は、なおもこれに抵抗。国論は真っ二つに割れ、新撰組内にも分裂の危機が訪れる。この中で、参謀格の伊藤が尊王攘夷本来の思想に殉ずべきことを解いて、隊内に同士を募ったことから、土方らに暗殺される。この後も隊内の急進派に対する襲撃は続き、隊内は幕府に就く者だけが残るようになっていった。
ところで、江戸時代末期に来てしまった毛利は、里屋の番頭をしていた七三郎と共に新撰組に参加することとなるが、幕府の大政奉還で鎌倉以来続いて来た武士の世が公式には終わりを遂げたことで、それ迄幕府を支えてきた中心藩の一つであった会津藩は朝敵とされ、官軍となった薩長軍に逆賊として攻められることになった。会津城は落ちる。その後、戦の場所を函館、五稜郭に移し土方、七三郎、斉藤、毛利らは次々に討ち死に。毛利からは、藤田演芸場にいる彼女、明実へ死を覚悟したメールが届く。
以上のように歴史が動く中で、藤田演芸場の最終公演、「お笑いリレー」がパラレルに進行している。この進行に小道具として使われているのが、糸車。単に糸を紡ぐという機能のみならず、時を紡ぎ以て空間を紡いで、時空の自在な転移を頗る自然な形でイメージさせており、効果抜群。見事な使い方の一例であろう。無論、実際に物語の中で、布を紡ぎ出す為の諸道具の象徴としても用いられており、具体・抽象の転移にも不足は無い。何より、この小道具の使い方が、舞台に安定感を齎していることに注意すべきであろう。
「お笑いリレー」では“みぶるい”の穴埋めの為“さつまご飯”が持ちネタを総て出し切って演じたが、売れ始めてTV出演も果たしたとはいえ、未だ経験は浅い。自分達だけで、総てのコマを埋め尽くせるわけではない。そこで、制作やプロデューサー、アシスタントら総出で穴埋めしてゆくことになる。(因みに時間の推移は、現代の1分が江戸時代の何ヶ月にも当たるので、歴史的事象の展開と現在、観客の目の前で行われているタイムトラベルの物語が、観客にとって不自然とは感じられない仕組みになっている。また、これを読む諸子は、“みぶるい”は新撰組結成当時の名、壬生組を表しており、“さつまご飯”は敵対し勝者となった薩長を意味している洒落であることは、当然気付いているだろう。)
これら2つの時代、2つの場所を繋ぐもう1つのアイテムが、モバイル通信機器である。まあ、本当に通信可能か? などと野暮なことは、問わないで欲しい。兎に角、スマホが時空を超えて機能することで、互いの時代の雰囲気が共有される。
シリアスな幕末の酷い歴史の中で必死に生き死んでゆく者たちのドラマとアタフタと最終公演に取り組む面々の相似(毛利と山南、明実と明里、緒方と土方など)と史的状況の異相(血に塗れた激動の時代と平和呆けの時代)が糸車の助けを借りて自在に想像力の翼を広げさせるとすれば、スマホは、ドライで表層的で平和で非人間的な世界へ、血塗られ、人間的で宿命的な生き様を伝えて不思議な融合を果たしている。
普段、社会人をしている人たちの劇団のようだが、生き様に共鳴する力があるのだろう。リーフレットの上演履歴では、つか こうへい作品が多い。なるほど、と思う。演ずるという行為より、寧ろ生き様を叩きつけるように舞台上で表現したのが、つか演劇の本質であり、特徴だと思うからである。その意味で、どの役を演じたどの役者もその生き方、生き様をぶつけているようで、とても好感した。
エニシング・ゴーズ
東宝
帝国劇場(東京都)
2013/10/07 (月) ~ 2013/10/28 (月)公演終了
満足度★★★★
壮大!
全員でのタップダンスは惚れ惚れ♪心からのりのりになって、自分も踊っている気分になった♪オーケストラが船上にいるっていうのも面白かったです。
チムニースイープ・ラララ
彗星マジック
浄土宗應典院 本堂(大阪府)
2013/10/11 (金) ~ 2013/10/14 (月)公演終了
満足度★★★★★
私の中ではダブルコールが鳴り響いてました!
Twitterでも呟きましたが素晴らしい作品!
心が痛くなるほどの悲しさや悔しさ表現した作品
観劇後、言葉でできないほど心に届きました!
「差別」という言葉がなくならない限り差別はなくならない
そんな熱い想いのメッセージが込められながら
音楽やライティング、衣装など彗星マジックの
ファンタジー溢れる世界観が散りばめられて表現されています!
何と言っても役者さんの演技が力強い!
一人芝居で印象的だった主役の米山真理さん!
いつも声が突き抜けている立花祐介さん!
いつもと違った一面での熱演の西川さやかさん(月曜劇団)
渋い演技の近藤ヒデシさん(COMPLETE爆弾)
その他の皆さんも含めて熱い演技が伝わってきて
私の中にグングンと入り込んできて最後まで惹きつけられました!
3回ぐらい込み上げるシーンが…(;_;)
今回は分かりやすいのもあったのでモヤモヤした気持ちにはならずに観劇できました♪
今までの彗星マジックの作品の中では私は一番好きですね!
初めて見た彗星マジックの「定点風景」を観た後の感想に
「演劇の目を肥やしてから、またじっくり観たい作品」
あれから2年経ってようやく感動を味わうことができました!
私の目は肥えたのでしょうか(^^)⁈
私の中ではダブルコールが鳴り響いてました!
アザゼルの山羊
チャリカルキ
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2013/10/09 (水) ~ 2013/10/15 (火)公演終了
満足度★★★★
中国人らしく、韓国人らしく
日本語学校の雰囲気が出ていました。
ネタバレBOX
今は日本語学校の先生をしている元小学校教諭の女性が、13年前に児童を体罰で死なせたとされる事件の真相やその背景が明らかになる話。
日本語学校でお世話になった先生のために蒸し返された事件の真相を探ろうとしたチャンですが、子供が生まれるのを前にして、彼自身の育った家庭環境から父子関係に自信の持てないこともあって調査を通じて親子関係について学んでいく話でもありました。
10月に水泳の練習を強要して死なせたと裁判では認定されましたが、新たに調査していくと、少年が自ら要望書を書いて練習したんだとか、その書面は他の先生による捏造だったとか紆余曲折があって、最終的には少年がいじめ側にいじめの辛さを味合わせるために生贄と呼ばれるいじめの対象を交代させる制度を作って運営していたものの破綻し、最後の生贄として先生を選んだ上で母親の狭心症の薬を大量摂取して自殺したことが明らかになりました。
当時もマスコミで取り上げられていた事件という割にはおざなりな裁判でした。
仲間外れを作り手を差し伸べる人たらし方式で自分が常に優位に立つ制度は一巡するとダメになってしまうものなのか、少し不思議でした。
そもそも13年前の事件をほじくり返したのが上級クラスに昇級できなかった韓国人女性の逆恨みによるものだったことも明らかになりましたが、バイトに明け暮れていた本人のせいであったとしても本人にとっては切実な問題で、そんな他人から見ると何でもないようなことが引鉄になるという意外性には衝撃を受けました。
ただ、少年が実は元教諭が産んだ子供だったという事実には、衝撃を通り越して何でもありかと思ってしまいました。
熱帯男子 2
オデッセー
こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)
2013/10/12 (土) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
満足度★★★
前作を観ていただけに
後味の清々しさは相変わらずですが、このスケールダウンは1の素晴らしい完成度と比べるとなんとも残念。
「2LDK」-2013-
ネルケプランニング
俳優座劇場(東京都)
2013/10/11 (金) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
満足度★★★★
2LDKは女の戦場か。。
流血もいとわぬ凄まじいバトルの行き着く果ては。。。。
冷蔵庫を開ける場面が最高!!
アザゼルの山羊
チャリカルキ
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2013/10/09 (水) ~ 2013/10/15 (火)公演終了
満足度★★★★
圧倒的な存在感
先生役の女優さんに惹かれました。私にはサスペンスミステリーというよりサイコホラーの感覚でした。
あんかけフラミンゴ11【ご来場ありがとうございました】
あんかけフラミンゴ
インディペンデントシアターOji(東京都)
2013/10/11 (金) ~ 2013/10/15 (火)公演終了
満足度★
ひどい♪
過激なことやってる俺達って小劇場っぽいよね♪勢いとパワー♪ちゃんちゃん♪下半身だけで芝居作るとこうなる♪思想とか意図とかくそくらえなのか♪
金払って乱痴気騒ぎ見るのは時間のムダ♪
『マイムジーカ』
山田とうしパントマイムシアター
杉並区立産業商工会館(東京都)
2013/10/14 (月) ~ 2013/10/14 (月)公演終了
満足度★★★
切れが欲しい
マイムと音楽のコラボ。ピアノ、アコーデオン、叩かれる木片の下に瓢箪のような物が、様々なサイズに切られ大きいのから小さいのへ順繰りに連なっている木琴のような楽器、タンバリン等々。マイムについては、結構、鍛えた体の人が演じたのだが、体の使い方に余りエッジの効いた表現を感じなかった。
エドワード二世
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2013/10/08 (火) ~ 2013/10/27 (日)公演終了
満足度★★★★
アフタートークの日
シェイクスピアと同時代の作家による作品、若くして早世した為、作品も3年前のコクーンで上演された「ファウストの悲劇」位しか知らず、その時も悪魔とか宗教観とかかなりぶっ飛んだ印象だったが、今作の王様の末路もかなり悲惨。BLっぽい描写はあるけど、実在の人物と事件。また、話の展開の面白さに、これってまんま歌舞伎に応用出来そうな、と思ったり。
エドワード2世の約40余年の時間経過、ブレヒト幕を使い、一気に時を変える演出。一瞬「え?」と思うが見慣れると苦にならず。
男色家エドワード2世と成り上がりヒールの立場になってしまったギャヴィストンとの恋愛中毒から来る御家騒動、のめり込んで政治やら妻放ったらかしで惚ける姿は正にバカ殿、でもどこかそれを装っている風にも見えたり。
柄本明氏や時生氏とも違う柄本家のDNAの面白さと凄さ、と言うのかな。
四方が金箔色で囲まれた簡素な空間、同色の玉座、場面転換のブレヒト幕。そんなセットの中を、座長級のベテラン俳優陣がメガネと髭を蓄え、ビシッとスーツを着こなした姿や、動き回る姿に惚れ惚れするやらシブカワに見えたり。紅一点の王妃イザベラ、歌わない中村さんのドレッシーな姿も綺麗で、確固たる気品を保った王妃さま、他に終盤の老モーティマーの甥の石田さんや王子エドワードの安西さん達には、目が離せなかった。
休憩込みの3時間近い舞台だったけど、話の行方に時間の経つのを忘れてしまった。面白かった。
当日、観客層が中高年の男性客が多めだったのには驚きました。
面白い演目だし、告知の仕方によってはもっと若い(演劇部以外の)観客呼べると思うんだが・・・。
当日アフタートークあり。(11/6up)
発言をそのままメモ書きし,羅列記述しているので、非常に読み辛い箇所が多いです。
ネタバレBOX
公演終了後に中井美穂さん司会、演出の森(以下、森)さん、芸術監督の宮田(宮)さんによるアフタートーク、途中から柄本(柄)さん、中村(中)さん参加。約1時間。明確な質問会話はあまりなく、話の流れで会話が和やかに進んだ感じ。会話部分、箇条書きで簡略。
・シリーズ企画の「Try・Angle 三人の演出家の視点」の企画意図、森さんを選んだ経緯について
宮/若い演出家視点で今回の3人を選んだ。劇作と演出を兼ねた人は多いが今回は演出専門の人を選んだ。世界を視野に入れていると思った。上演作品は3人とも好きなものを選んでもらった。
森さんとは、2011年に「ゴドーを待ちながら」を上演して以来。震災の時期だったので色々苦労したが、良い作品を作ってくれた。
森/3本選んだ中のエリザベス朝時代の作品。マーロウはシェイクスピアほど有名ではないし、余程の演劇マニアでなければ日本で知られていない。(選んだ)3本の中で一番下に置いといて宮田さんに出したらこれが一番面白い、と言われた。若い内はいくらでも失敗しろと言われて〜云々
・(森さんと観客に対し)貫禄あるが幾つと思いますか?
森/37です。演劇集団 円の所属。飲み屋に行くと橋爪(功)さんから「マーロウが面白いんだよぉ〜」と言ってて(自分は)言う程そうか?と思っていたら、読んだらその気になった。エドワード王は向こう(海外)では超有名、シィクスピアと同い年なのにかなり無茶苦茶な人で最後は飲み屋で刺されて死んだ〜(この件の解説は公式サイト参照して下さい)もし生きていたら、良きライバルでシェイクスピアより人気があったのでは。(戯曲の)リチャード二世はこれが雛型ではないがシェイクスピアみたいに埋めの台詞を言うのではなく、マーロウの場合はじたばた言って終る、それがリアル、成長しないまま(がいい)
・40人位(の役柄)でているが唯一お妃が王様の事を考えているのでは?
ーー俺、悪くないもん。みんな自分第一。死んじゃうんだけどね。
ここで柄本さんと中村さん合流。
・キャスティングについて→宮/演出家がリストを出して、宮田さんや他のスタッフが加わって最終的には演出家が決める。(今回)濃いキャストになった。
・柄本さんにしたのは→森/エリザベス朝ぽく。いかにもシェイクスピアになって喋られるのは嫌、出来れば遠く離れた人にしたかった。朗々と喋られるとヤだな、と。〜ここら辺から司会そっちのけで登壇者喋りまくる。〜それについて柄本(以下、柄)「呼ばれたから来たのにw」森/馬鹿馬鹿しく笑い飛ばしてくれる人、ここまで頭悪く出来るとは思わなかった。柄/演出通りです!と。本(戯曲)が面白いし、台詞が面白い。(演じてて)日々変化ある。宮/本番始まっているのに、まだ稽古やってる。森/明日は3時集合で〜、で、稽古またやっている。こんな感じが毎日。柄/(だから)わざと違ってやってみたりして。まだまだ、日々新しい事が見られる。千秋楽までこんな感じ(と思う)。
・王妃に名前あがったとき→中村(以下、中)/「やりたい」と思った。デビューの時、芝居して唄歌ってという役割が多かった。(今回のような本格的に演じるのみの)芝居をやってみたかったので良かった~云々。戯曲読んで自分は多分イザベラをやるだろうなーと(笑)、(彼女は)幸せなのか不幸せなのかと考えた。歴史上では「悪女」と評される美貌の持ち主、男狂わせてコントロールさせて行動起す(イメージだけど)これ(戯曲?)を読むとよくわからず、役作りまでいくと余計にわからなくなった。徐々に悪女になったのではないか。(台詞を)言ってて変わっていった。
森/(イザベル)はフランスのメス狼と言われる人。マーロウが(彼女の)尊厳を回復させる為に描いたと宣言して書いた。これを考えたら誰にしようかと。以前、中さん見たとき「凄い人なんじゃないか」と、「毒を食らわば皿まで」でどんな化学反応起こすのかと思って2人(柄本、中村)を配役した。毎日変えるので他の女優だったら怒るのでは、中さんもそう思っているのではと思ったら、(王と王妃は)2人して楽しんでいる。
・王と王妃、よく子供作ったねー、の話題には全員入り乱れて発言。
ヤリチン、史実通り、(貴族とかの)やっかみとか。話は3時間の舞台だけど、10代から30代の約20年の出来事。いつの間にかハイスピードな作りになっているのが勉強になった。ベテラン勢(瑳川さんや西本さん等)最後は顔を見せない別の役になって出てくるが、そのせいか前(客席)より後ろ(背後)からの「圧」が凄い、厚みが凄い。ダメな側近だけどね。今も昔も日本もイギリスも変わんないなと。
・セットはシンプル、衣装はスーツ着て派手なシャツ着てる人いるし、音楽とかポスターのイメージと違い過ぎる。
森/最近はシンプルに(作る事に)拘っている。堀尾さんの舞台セットのイメージもそう(単純化?)だったようで、色は「金かなー?」と言ったら「そうでしょ!」と。金色が決まってこの衣装にした。じゃ、殺し屋だったら「赤で」
・おじさま達はメガネ、スーツで揃えてるが、中さん曰く「極道みたい」
森/単純に頭良く見えるように(したかった)でもそうでもなかったw。
・髭は邪魔じゃないか?→柄/特殊な作りでつけている、痒い、はずれそうになるので押さえたくなるが押さえないで、と言われている。イザベラが喋っている時とか目立たない所で(押さえつけを)やっている。「髭を剃ってしまえ」と本に書いているので、あの特徴ある髭になったそう。最後の場面で黒塗りの姿になってしまうが、そんな姿にさせる事を森さんは「(柄本さん)黒塗り怒るだろーなー」と思ったら、意外と御本人は楽しんでいるらしい。
イザベラが喋っている感じや揺れる感じ、怒っている等、日によって細かく違ってやっている。
・王妃だけは綺麗なロングの衣装、唯一ふざけなくていい役柄なのに本人曰く「笑いが欲しい」「むしろ笑わせたい」と欲求があるらしい。「紅一点になる事があまり嬉しくない話だなー、みんなを見ていると笑わせたくなる」と。あの衣装にしたのは普通(現代風?)の衣装もあったが、元々の品があるのであえてクラシック(になりすぎない)衣装にした。
・玉座が高い位置にあるが→柄/走ったり駆け寄ったり、もう大変。一回目に「僕、高い所ダメです」言った(あの高さの玉座は)リアルな高さなので、どこから落ちたらどれだけ痛いか〜色々わかる高さなので余計に怖かった。王妃も(玉座に)上るけど「助けてくんなかったので毎回自力で登っている」そんな態度を見せる柄本氏を「リアル王」ですね、と漫才みたいな掛けあいを見せる。
・(出てくる)人多いし、時間も長いし、眠くなるんじゃないかと思っていたがサンバとか影絵とか、2人で歌い出したりと見ていて落ち着く暇がない(位面白い)→森/お客に対して開けている。ブレヒトは(話が)「作り事」とわかるが、マーロウとかエリザベス朝とかは(小屋の)灯りの元で客に向かって喋りながら、コミュニケーション図りながらやっていたので(それをめざした?)
・歌唱指導は中村さん、出演者の中では大谷さんがつい大声で歌ってしまうため、台詞聞こえなくなるので、ちゃんと歌わない方が良いですよ(笑)と言っていたとか。
・演出について→森/柄本君の好きなようにさせている、色々させている、右回りに動いているが次第に腰痛くなるそう。それを見ている役者6人が面白い。柄本曰く、痛めつける演出らしい。
宮/(森さんは)演出家として良い仕事している。大きなおもちゃをもらって、舞台装置もらって楽しく会話出来るまで、稽古場からその前のやり取りや時間をかけ、お互い真面目にちゃんとやって信頼関係から来る遊びが上手くいけば、マーロウというハードル高い作品を選んでも現場が良いように行けば(作品もちゃんと完成する)これが演劇の面白さ。今ここでしか見られない。(舞台が出来ているのが)嬉しい。ある日、稽古見学したら、オジさん達がヘトヘトになってて、何やっているんだろうと思ったら、変更が多かったり動き回っていたので「あー大変だ」と。でも、出演者みんながスピード感を面白がって楽しんでいらっしゃるのを見て「流石おじさま♡」と。
森/気がついたら8時間くらい稽古してたりする、今日疲れてても、ソワレだけの日とか7(?)時半に終ったら、じゃ明日は9時まで稽古〜とか平気で言ってる。→連日ハードになるので、おじさま俳優達は「早く死んで(舞台から)ハケたい」とぼやいてりしてるとか。これも演出家が30代だから〜とも。
これからも変化していく演出家、この作品が指針になるんではないか。日本では作+演が多いので演出家だけが料理したらどんな化学変化があるのかと頑張らなければ、と思う。
・おじさま俳優陣について→森/西本さんの凄さは80代になったらわかると思う、一幕の時の衛兵と殺し屋の違いとか。衛兵でウキウキノリノリの衛兵は大谷さん、各々無責任な誰が誰かわかる、でもアンコールでヘルメット取ったら各自カッコいいんですよね。
終演のカーテン(ブレヒト幕)は王様が閉めるが毎回「楽しい」と。
・そのブレヒト幕について→森/「ブレヒト」って人が発明した。あれをやる事により、本当のお芝居!(って感じがする)幕を開けたら、話の展開が(一瞬で)違ってて、今回使用したのも堀尾さんから勧められたが、やってみたかったのでやった。
・気に入った台詞→中/「世界中がこんなに嫌っている人をなぜ愛しているのか」という台詞、イザベラ終演後の帰り道、エドワード二世の気持ちのわかるようになってきた。
柄/(うなりつつ、しばらく考え込む)どれを喋ってもツラい。泣きながらハンカチ出したり、王冠譲ったりする場面、この後長台詞があるので「喋りたくないなー」とか。日々ちょっと違うので「これで」とは見つからない。どういう想像力を満って喋ったときに上手くいかなかったとしても、何かあるのではないか、と。いろんなエドワード像に手を出していきたい。-いろいろと言葉を選びながら話していた。
宮/翻訳に左右されやすいが、その河合さんは作業好き。作品の意図と演出家の考えを優先して作っていた。作品に対する尊敬や贅沢。(森さんと河合さんは)メールでやり取りしたが、台詞の変更があったら赤→青→緑→紫とその都度訂正の色も変わっていくので、終いにはとてもカラフルな改訂台本だったと。その結果、台詞をシャープにしてもらったから役の台詞も言いやすかったのでは。
・ラストの場面→イメージとして「頭に剣刺して掲げれば?」と何気なく話題に出て「まさかw」と思いつつやってみたら、やっぱり面白いかも、で採用したらしい。
・Q&Aー①特徴ある髭について。貴族はつけているがロイヤルファミリーつけていない、なぜ?
ー王や貴族としての権威、主張、象徴。明治時代の人のイメージの髭。ただ、安西君は美しいのでつけさせなかった。
ー②イギリスと日本の演出の違いはあるか?
ー文化庁で3ヶ月アイルランドに言ったが向こうは何があっても謝らない、それを味わって曖昧さより「こうだ」と思うようになったが、日本人もそれはあるかな、ひと皮むけばあるかなー?と。
・最後に
森/マーロウの作品は滅多に(上演を)やらない。シェイクスピアとは違うテイストの面白さを見てほしい。
柄本/面白いと思わなくても、どこが面白くないのかとか、エドワード二世〜って呟くだけでも良いので。〜〜興味本意で見に来てほしい、ような旨の発言。
中/また見にきて下さい。
宮/次回の「アルドラの幽閉者」まで、30代の演出家を見続けてほしい。楽しいし、ライバルでもあるし応援してほしい。
蝦夷地別件
ピープルシアター
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2013/10/10 (木) ~ 2013/10/16 (水)公演終了
満足度★★★★★
世界観が素晴らしい
昨日、今日と連日で観に行ってきました。
昨日は昨日で心が奪われ
今日は今日でまた心が奪われました。
見終わったあとはいい意味で心が疲れ
舞台の世界観にとにかく吸い込まれる作品でした。
演劇に詳しくない素人の意見ですが
照明、音響、役者さんの演技だけで
セットの変わらない舞台上が
森にも見え、海にも見え、建物の中にも見えるという
演出の素晴らしさがありました。
時代の変動がある話でしたが
特に洗元とハルナフリの
人間の変わり様に魅せられました。
人の心の奥の奥の感情まで見られる
素晴らしい作品だったと想います。
こんなに素敵な作品を二度も観られた事に
幸せと感謝を。
ありがとうございました。
STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)
株式会社ダイス
Zepp DiverCity TOKYO(東京都)
2013/10/12 (土) ~ 2013/10/20 (日)公演終了
この方程式は一度 観ただけでは解けない
『シュタインズゲート』というプレイング•ゲーム作品の舞台化。
会場は、ジャパニーズPOP等のコンサートが開催されるZEPPダイバーシティ東京であり、一部、歌や踊りも見受けた。「メイドカフェ」の二回にわたるショータイムは、一つのエンターテイメントとして成立する内容だったと思う。
肝心のストーリーについて述べると、『シュタインズゲート』なるゲーム作品すら知らなかった私は前半、全く理解が進まず。
『Dメール』という過去へ送信したメール、あるいはキャラクター設定を提示することが前半の役割だった。本作はタイムマシンを取り扱うためか、毎回結末が変わってしまう。後半で それを描く。
テレビアニメーションの映画化作品も前半20分間をかけ、まずは作品の設定及び登場人物たちを紹介するだろう。つまり、「知ってる観客」「知らない観客」の壁を取り除く共通項を本編の前に与えるのである。
しかし、少なくとも本作『シュタインズゲート』に関しては、共通項など必要なかったのかもしれない。なぜなら、『Dメール』を巡る、改変された過去のストーリーがSFの真髄そのもので、圧倒的説得力を有していたからだ。
映画『バックトゥザフューチャー』にしろ、タクマフェスティバルジャパンの舞台『晩餐』にしろ、男女の経緯(いきさつ)」 をSFが炙り出すジャンルは、条件無しで おもしろい。
My Journey to the West
一徳会/鎌ヶ谷アルトギルド
アトリエ春風舎(東京都)
2013/10/15 (火) ~ 2013/10/21 (月)公演終了
満足度★★★
実験的演出
実験的な演出だったが、私にはその実験意図がわからなかった。
ただ、それがわかる人、感じられる人にとっては、面白い作品なのかもしれない。
というのは、詳しくはネタバレBOXに書くけれど、確かに何か強い筋の通った論理・意志で世界が構築されていたからだ。
ネタバレBOX
そもそも、どこまでが演出意図なのかわからないが、率直な感想を書く。
台詞やその意味内容が、観客である私の中にまったく入ってこなかった。
ただし、わざとそうしているんじゃないかと思わせるようなところが随所にある。
まず、文語体の台詞が多いこと。難解な用語が多様されること。
そして、書き言葉のような台詞(モノローグや日記文の朗読)が多いこと。
(これはおそらく中島敦の文章をそのまま使っていたからだろうが、、、書き言葉と話し言葉は違う訳で、、、と私は思ってしまうが、、、難しいところだ)
そのような台詞を役者が発する際も、敢えて感情移入をさせないような、そんな発語の仕方をしていること。
ダイアローグの場面でも、お互いは顔を見合わさず、心の有機的な繋がりを敢えて切断しているように見えること。
など。
舞台上がそもそも有機性を排する形式なので、必然的に、客席に伝わってくるものも、無機的な言葉ばかり。
なぜ、敢えてこんなことをしているのか?
演劇の命(のひとつ)と言っても過言ではない台詞(言葉)の有機性を敢えて異化する意味とは何か?
役者をオブジェ化するということか?
人間中心主義(ヒューマニズム)への反逆か?
この作品のテーマの一つに、西洋から東洋に持ち込まれた「自我」の問題がある。それらは、言語を基にした思考によって生み出されるもの。そのことをこの演出形式で何か観客に問いかけようとしているのだろうか?
自我の基本である思考、その思考の根本にある言葉のことを。
でも、そんな感じもしない、、、
もしそうだとすると、後半の展開がわからなくなる。
近代的自我の話から始まった物語は、後半になるにつれ、西洋の植民地主義と東洋との関係などに話が敷衍されていく。
そこまでくると、もはや「自我」「言語」とはテーマが離れてしまう(勿論、根底では繋がっているにしても)。
それに、深い意味内容の物語を語っているのだから、きちんと観客にその内容は伝達したいはずだ、、、
または、言語的意味内容よりも大事なことをこの舞台で表象しているというのだろうか?
確かに、新奇で美的な演出は面白くはあった。それに、役者の身体も鍛え抜かれたものではあった。だが、物語の意味内容を食い破る(取って代わる)だけのものとは思わなかった。
敢えて観客に、無機的な言葉の海を見せたということか?
もしくは、敢えてそうしたのではなく、単に衒学的に脚本が書かれいているだけなのだろうか?
このように、テーマとその方法が重なっているような、重なっていないような、、、
少なからず、私はこの作品を観ながら、そして見終えた後も、
ずっと、作品内容よりも、なぜこのような演出が為されているのかが、気になって、気になって、そっちにしか意識が行かなかった。
東洋の近代受容における西洋の暴力性というようなことは、うっすら考えたけれど、そのことと、この方法に対する「?」は私の中で全くリンクしない。