かずの観てきた!クチコミ一覧

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泣くな研修医

泣くな研修医

劇団銅鑼

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2022/03/18 (金) ~ 2022/03/23 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/03/23 (水) 14:00

座席1階

自分が見たのは千秋楽。満員の客席から拍手が鳴りやまぬカーテンコールにこたえた研修医役の山形敏之のすがすがしい、充実感漂う笑顔が印象的だった。

研修医が経験するただ働き同然の劣悪な職場環境など現実的な話は出てこない。国家試験に合格して現場で経験を積む若い研修医のひたむきさや、自分が医師になろうと決めた幼いころのできごとなどを交えながら、一人前の医師に向かって成長していく物語。ハッピーエンドになっているところも素直なつくりである。銅鑼らしい優しい舞台だ。

終末期の患者に対する治療方針をめぐって先輩医師にぶつかっていったり、気管挿管は「数日延命させるだけ」とクールに(あるいは現実的に)言い放つ同僚に「やれることはまだあるはずだ」と食ってかかったり。この研修医のピュアなところが強調して描かれる。途中で挟む淡い恋愛シーンも、もどかしさ満載で微笑ましい。若くしてがんに侵され亡くなる患者と悲嘆にくれる家族の場面では、すすり泣きも漏れた。

社会派劇にあって厳しい局面を真正面から描くシライケイタの脚本とあって、医療の矛盾、残酷さや病院内部の軋轢などが研修医の目を通して描かれるのではないかと想像して劇場に足を運んだが、まったく違っていた。温かく包み込むようなムードを漂わせながら進む物語に、何だか拍子抜けした感じを受けてしまった。そう感じてしまったが最後、何となくだが「医療ファンタジー」というイメージになってきた。これが、自分の場合、登場人物への感情移入を妨げた。

そもそも、タイトルから分かるように、研修医への応援メッセージなのだ。医師の多くがこのようなピュアな部分を失わずにいてくれたら患者本位の医療に近づくのだろうに、と思ったが、どこかこの舞台が現実離れしているような印象がぬぐえず、やはり、心から楽しめなかった。見立てを間違えた自分のせいなのだが。

舞台転換が頻繁に行われる。これも気持ちが途切れる一因になった気がする。

ピローマン The Pillow Man

ピローマン The Pillow Man

演劇集団円

俳優座劇場(東京都)

2022/03/17 (木) ~ 2022/03/21 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/03/18 (金) 13:00

座席1階

マーティン・マクドナーの作品は、2016年にホリプロ版の「イニシュマン島のビリー」を見たことがある。孤児で足が悪いビリーと、その幼なじみのヘレン。ヘレンを演じた鈴木杏が生卵を頭でかち割るなどの暴力的なシーンを鮮明に覚えている。今作「ピローマン」もすさまじいほどの暴力、拷問、虐待の場面が続く。個人的な見方だが、両作で共通しているのは、理不尽な状況に置かれている障害を持つ登場人物の、何か真っすぐに光を求めているような心なのだ。それを感じるから余計に、暴力的シーンが際立った「理不尽」として浮かび上がる。

知的障害の兄と作家を目指す弟。弟は多くの作品を仕上げているのだが、それは子どもが凄惨な虐待を受ける物語で、兄はその筋書き通りに子どもを殺害したと警察に自供し、弟も取り調べを受ける。拷問が当たり前のように行われ、警察が罪を断罪して処刑することもあるような強権国家が舞台だ。そういう「設定」なのだが、なんだが現代社会にも共通する空気に満ちているような感じがして、見ている客席の胸を突き刺す。「イニシュマン島のビリー」でもそんな空気の存在がうまく描かれていたと思う。

ラストシーンに至るまで息の抜けない場面が連続し、胸が苦しくなる。逆に言えば、客席にそう感じさせている役者たちが見事だということだろう。主役の作家(弟)を演じた渡辺穣も膨大なせりふをこなす力業を披露しているし、官僚的、暴力的という対照的な二人の取調官を演じた俳優も徹底してその役回りをこなしていた。客席に異様なまでの緊張感が生まれていたのは、やはりこの演劇集団の力量によるものだ、と思う。

一枚のハガキ

一枚のハガキ

劇団昴

こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)

2022/03/16 (水) ~ 2022/03/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/03/16 (水) 19:00

座席1階

本物の戦争が続いている中での戦争がテーマの舞台。役者にも客席にもある種の緊張感が流れていた。

戦地からの手紙は当然、検閲される。書いても無駄だろうと出さない兵士。どうせ死ぬのだからと出さない兵士。それぞれに待っている妻がいる。この舞台は、そんな二組の夫婦が戦争に引き裂かれる中で、一枚の葉書が大きく人生を変えていくという物語だ。

キャパが大きい本格的な劇場での上演。バックの幕に場の風景を映し出すなどの演出もあったが、せっかくの大きな舞台を生かしきれていない感じ。さらに言えば、舞台転換が頻繁で、細切れ感が強かったのは緊張感か途切れて残念だった。途中15分の休憩もいれる必要はないのでは。客席は明らかに戸惑っていた。

物語は印象深いし、演じる役者たちも熱演だったが、舞台セットや演出が残念だったと思う。だが、戦争のリアルが頻繁にニュース映像で流れている今だからこそ観る価値のある舞台であることには変わりはない。

サンシャイン・ボーイズ

サンシャイン・ボーイズ

加藤健一事務所

本多劇場(東京都)

2022/03/03 (木) ~ 2022/03/14 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/03/11 (金) 14:00

座席1階

数年前からカトケンワールドを拝見させていただいているファンの一人として、事務所創立40周年おめでとうございます。役者人生としては50周年ということで、今作でも背の高いイケメン俳優の息子さんと何度目かの共演。パンフレットの文章ではお孫さんもいるみたいな感じで。政治家と違って役者に世襲は似合わないかもしれないけど、事務所が末永く続くことを。息子さんには新たなカトケンワールド(息子は健一ではないからカトケンではないが)を切り開いてほしい。

さて、今回はニール・サイモンの名作とのことで、さすがに熟練、相方の佐藤B作との呼吸はぴったりだ。コメディー界の名コンビと言われながらも内実は犬猿の仲でちょっとしたことで大喧嘩になるという間柄。そのケンカのネタで笑わせるのが主体なのだが、個人的には「大笑い」というところまでいかなかった。
それはきっと、コンビの二人が結構、年を重ねているということと、加藤健一が演じたウィリーが病に臥せってしまうというリアリティー感がある物語であることがきっと影響している。病の床にある人のトークを笑っていいものなのだろうかという、気を回しすぎなのかも。でも何だか、高齢の二人のギャグを見ていて、心から笑えないというか、笑うのだがどこかブレーキがかかってしまうというか、そんな思いで2時間半の舞台を見た。

かつての演目で、レイ・クーニ―の「Out of Order~イカれてるぜ!~」があった。これは本当に大笑いをした。ニール・サイモンとは笑いの質というか、空気が違うのだろうか。
でも、周囲のお客さんは(高齢の人が圧倒的に多いが)結構声を出して笑っていらっしゃった。思い切り笑えないようなもやもや感があったのは、自分だけなのかもしれない。



横濱短篇ホテル

横濱短篇ホテル

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2022/03/09 (水) ~ 2022/03/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/03/10 (木) 14:00

座席1階

劇作家マキノノゾミと演出家宮田慶子のコンビを「MMコンビ」と言うのだそうだ。紀伊国屋ホール総支配人だった故金子和一郎氏の言葉とのこと。「MMコンビの芝居は間違いなくおもしろい」とおっしゃっていた、とパンフレットにあった。
自分もこの芝居を観るのは二回目だ。「間違いなく面白い」と当然、事前に分かっていて紀伊国屋ホールに足を運んだ。もう一度、初めて見た時の感動というか「ああ、来てよかった」という気持ちを味わいたい、味わえるのだと確信してみる芝居には、特別な味がある。

物語は港にほど近い横浜の老舗ホテルを舞台に、7つの短編から構成される。もちろん、7話はそれぞれ関連している。時を追って登場人物たちの人生を描いているのであり、ホテルという不特定多数が行きかう場を舞台にしているが7つのストーリーは深くつながりあっている。
また、1970年から2000年代まで、その時々の時代のトピックや風俗なども織り込まれ、ああ、そういう時代だったなと50代以上のお客さんは自分の人生に重ね合わせて楽しむことができる。

この7つの物語が人々の心をつかむのは、理屈では割り切れない人間の思い、行動をある時はオブラートに包みながら、ある時はストレートに描き出しているからだろう。いつの時代も変わらぬ、老舗ホテルという味わいのある場所が醸し出す空気の中で、少なからずの偶然が招く運命のいたずらに感謝しながら、人間交差点と言うべき暖かな物語に仕上がっている。

今や青年座の屋台骨であり、ほかの劇団への客演も多数ある野々村のんの絶妙な演技を筆頭に、この舞台の初演の時にはまだ役者をやっていなかった、今回が初舞台の若手の生きのいい姿。バランスのいい俳優たちも安定感を保って今回の再演に彩りを添えている。だから、2回目の鑑賞である自分にも、初めて見るときと同じようなドキドキ・ワクワクの気持ちがあふれてくる。

前回、☆5つをつけたのは間違っていなかった。今回も減ずるところなし。芝居で幸せな気分になりたい人は、見て絶対に損しない舞台である。

 命、ギガ長スW

命、ギガ長スW

東京成人演劇部

ザ・スズナリ(東京都)

2022/03/04 (金) ~ 2022/04/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/03/06 (日) 19:00

座席1階

80代の親に50代の子どもがパラサイトする8050問題を題材に、松尾スズキが手作り感満載のコメディー舞台に仕上げた。今回はクドカンと安藤玉恵、三宅弘城とともさかりえのコンビで味わいの違うステージに挑んだ。

クドカン×安藤玉恵の舞台を拝見。クドカンはアル中の50代息子と大学教授、安藤玉恵は80代の認知症気味のおばあちゃんと女子大生を変わり身で演じるのだが、やはり何といってもおばあちゃんと女子大生という落差のある役を演じたあんたまである。声色から雰囲気までキレのある演技で、途中にダンスシーンもある。最近のテレビドラマではメイクでごまかして、若いころも年老いた時もしゃべり方や雰囲気が同じという情けない俳優さんも散見されるが、ここはあんたまの実力というか、レベルが違うというか、プロ意識を感じた。

笑いのポイントは随所にあるが、あんたまの役どころが8050問題でドキュメンタリー映画を撮影しようとする女子大生。現実の8050問題はかなり深刻なのだが、その典型的な親子を「福祉関係者から紹介されて」撮影に入る、という設定だ。ドキュメンタリー取材ではよくある入り口なのだが、冒頭の二人の様子から、これがかなり怪しい。実はこの親子には撮影される理由というのがあって、こうした物語が松尾スズキの台本のおもしろいところだ。

初演と同様に、吹越満が効果音担当で活躍する。効果音といっても全部口でしゃべるというなかなか高度な技が必要と思える役割だ。役者の方は、エア、つまりパントマイムで対応する。こちらもなかなか困難なようで、客席はこれに見入るだけでもおもしろい。

ある意味、夫婦漫才のような流れで舞台が進行するが、そのオチはかなり笑える。ともさかの方の舞台は見ていないが、この舞台、あんたまにははまり役かもしれない。逆に言うと、安藤玉恵ならではの舞台なんだと思う。もう一つ思ったのは、クドカンって俳優なんだな、という妙な納得感だ。

見どころ満載の舞台。人気の大人計画だけに、スズナリは超満員であった。

ネタバレBOX

「やらせはだめよ」というセリフが最初の方にあるが、実はこの8050親子はドキュメンタリーの注文に合わせて見せ場を作る「プロ」の疑いがある、というのがこの戯曲の妙だ。問題の深刻さをことさら強調するような作りのドキュメンタリーがないとは言えない。映像メディアへの痛烈な一撃なんじゃないか、と笑えなくなるのだ。
裸の町

裸の町

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場付属養成所

青年劇場スタジオ結(YUI) (東京都)

2022/03/04 (金) ~ 2022/03/15 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/03/04 (金) 19:00

座席1階

「小劇場企画」と銘打っているが、休憩を挟んで2時間の本格的な会話劇だ。

時は戦前、お人好しの男性が金貸しに大金をかすめ取られ路頭に迷うという筋書き。舞台からは当時の庶民の生活、夫婦の力関係などが「こういう感じだったんだな」と思われる。パンフレットによると、作者の真船豊は「意識的に『人間』だけを描いた」というが、舞台から受けた印象は人間の本質というよりも「庶民の生活」や当時の空気だった。

金貸しを信頼して大金を預けるという、かいしょのない亭主に付き従ってきた妻。冒頭、この妻が凛として正座をしている姿が印象的だ。身ぐるみはがされて路上に出るしかない状況を招いたことに、妻は怒り心頭で夫に罵詈雑言を浴びせる。しかし、その激しい罵りもどこか最後は「また付き従うのではないか」という、何だか優しさのようなものが感じらる。こんな情けない男とは、今ならとっくに三行半で離婚というところだが、簡単にそうならないところに、もどかしさすら感じた。
この「凛としている」という表現がぴったりの女性が「もう実家に帰ります」という場面で、なぜかずっと沈黙をしてしまうというところに、昭和初期の夫婦の生活感というか、男と女のつながりのようなものを感じる。「今ならとっくに逃げられている」という状況でも、時代が夫婦の最後の糸をつないでいる、というふうに思われるのだ。

この妻を演じた八代名菜子の演技がすばらしい。当時の「日本の妻」の姿を十分に表現できているのではないか。さらに言えば、今回の舞台はこうした演技を十分に発揮できるこの女優のためにあるような筋書きだ。そういう視点で見ると、この長い会話劇も別の風景が開けて楽しめるのだと思う。

Speak low, No tail (tale).

Speak low, No tail (tale).

燐光群

新宿シアタートップス(東京都)

2022/02/18 (金) ~ 2022/02/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/02/24 (木) 14:00

 詩人の小沼純一氏の作品を坂手流の戯曲に仕上げた、不思議な感覚を得られる舞台。ジャズバーの時間が重なり、小さな歴史となって世の中とシンクロしていく。
 ジャズのうんちくを語って盛り上がっている客の姿から始まる。その場面場面で暗転し舞台が転換していくので時の流れとか、登場人物の人生などをすんなり受け止められるのだが、何だがこま切れの会話劇という感じでもある。ただ、音楽などそっちのけで会社の上司への不満をぶつけあう女性客など多彩なお客さんの姿を無理せず楽しめる。ジャズバーで居酒屋のような会話? でも、自分もやっていると思うし、そういう時代なんだろうね。
もう一つ、並行して進むのが、お向かいの家に出入りする猫たちや猫に声をかける人たちの風景だ。こちらは時の流れはあまり感じられず、あくまでも「風景」といった感じで呈示される。年老いたお母さんとその娘の会話がベースになっているが、この二人、時間が止まったようにずっと同じ姿で登場する。話が進展するということもないので、ちょっと退屈かもしれない。

燐光群が鋭く切り込む政治的、社会的な問題はほとんど登場しない。それもそのはず、声高に議論する場所ではなく、あくまでも店の名の通り「speak low」なのだ。

女歌舞伎 さんせう太夫~母恋い地獄めぐり~

女歌舞伎 さんせう太夫~母恋い地獄めぐり~

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2022/02/06 (日) ~ 2022/02/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/02/12 (土) 14:00

「女歌舞伎」と冠したこの作品は、プロジェクト・ニクスのこれまでの集大成と言える。前回の「新雪之丞変化」より数段パワーアップして、音楽、舞台回し、美術と迫力ある舞台に仕上げた。

題材は、有名な安寿と厨子王。冒頭の津軽三味線から震える。この三味線は単なるライブの音楽というだけでなく、奏者の駒田早代が立ち回り、声量豊かな歌声を響かせる。舞台の重要な構成要素となっている。

千秋楽前だけに、出演者全員のせりふが板についていて、迫力と妖艶さが増している。スズナリという器もプロジェクトニクスに合っている。狭い舞台と袖を縦横無尽に使って演じる女優たちからは、何かここがホームゲームだというすごみさえ感じた。誰もが知っている物語だけにやりにくかった面もあっただろうが、ラストシーンでは思わずもらい泣きするような場面もあった。安寿は舞台の早い段階で命を失っているのだが、百鬼ゆめひなの操る人形に乗り移ったかのように最後まで存在感を示す。輪廻転生という壮大な空間は、感動的だった。

今回、主宰の水嶋カンナは、寺山修司の句の朗読など舞台の進行に彩を添える役回りで若手のパワーを引き出している。スズナリは、コロナ禍以前と同じような満席。期待通りの価値ある舞台だった。

私の心にそっと触れて

私の心にそっと触れて

メメントC

新宿スターフィールド(東京都)

2021/12/16 (木) ~ 2021/12/22 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/12/20 (月) 14:00

座席1階

認知症は専門である脳神経内科の元教授が認知症を患う。うすうすわかってはいるのだが「自分がそんなはずはない」と介護を拒否。必死になって寄り添う妻も疲れ果て、夫に手を上げるような状況に追い込まれていく。だが、この舞台は認知症介護の厳しさだけを伝えているのではない。認知症が進行し、既に自分だけの世界を生きるようになった人が「自分の心に何か、温かいもの」が触れてきらめく一瞬を舞台で見せるために、2時間余りの物語が展開する。

主人公は医師、娘は弁護士。鎌倉の庭付きの家に住む裕福な家庭である。だが、病気の進行はいやがおうにもその家庭をむしばむ。さらに患者の胸の内や、こだわり、葛藤など本来は外に出ないものを周囲にさらけ出し、ぶつけていく。この点、特に、主人公が誇りをもって勤め上げてきた医師という職場へのこだわりがすごい。かつて診療した患者だったピアニストの女性を登場させ、妻が浮気を疑うという筋立てなどはかなりリアリティがある。この役を妖艶に演じた駒塚由衣という女優はとても迫力があった。

脚本を輝かせたのは言うまでもない俳優たちだ。主人公を演じた元文学座の外山誠二、妻を演じた民藝の白石珠江。この二人の演技は出色である。特に外山は、経験したこともない認知症患者という難しい役を、強烈な迫力とリアリティーをもって演じぬいた。客席が息をのむ迫真の場面が何度も訪れ、終幕時には感涙を誘った。また、壊れていく夫を理解しようと懸命に努力するがどうしても現実を受け入れられない介護者の妻を演じた白石は、せりふだけでなく微妙な表情の暗転までクリアに演じ、胸の内が舞台からあふれてくるような芝居だった。

認知症ケアについては、舞台で描かれたような激しい周辺症状(BPSD)をどうしたら少なくできるかという点など、大きく進んでいる。薬では治らない病気であるが、周囲が理解できなくなってもその人の魂や本質はそこにこれまでと同じようにあり続ける。今回の舞台は、本当にいろんなことを教えてくれた。

秀作だ!

美談殺人

美談殺人

タカハ劇団

駅前劇場(東京都)

2021/12/16 (木) ~ 2021/12/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/12/18 (土) 14:00

座席1階

人は自分が生きてきた人生に意味を求める。どんな人生でも、それが自分にとって、あるいは世の中にとって意味のあるものであったか。これは劇中のせりふでもあるように、人間の根源的なものであろう。舞台は、このように世間一般的に考えられている「生きる意味」を逆手に取るようにして、生きる意味とは本当は何なのだろうかと問いかける。異色の傑作である。

舞台は平均寿命が50歳にまで低下した近未来の日本。超高齢化の今では想像しにくい社会だが、物語では日本人が短命化することで人口が減少し、格差が増大するという世の中だ。ゴミだらけでホームレスがあふれる新宿・歌舞伎町。「貧困化が進み女を買う男が消え、風俗店が壊滅した後にホームレスが住み着き、そのうちの一人が今回の主人公となる。一方、格差の対極にいる著名人の大金持ちたちは、短命化日本で自分の生きた意味を残そうと、死ぬときに「美しい価値ある人生の物語」をニュースで読み上げてもらうために「美談作家」に大金を支払っている、という組み立てだ。ホームレスの一人が美談作家に成り上がり、その行く末と破滅を描いていく。

設定は荒唐無稽に見えるが、実にリアリティーがある。また、歴史の針を逆回転させていくような象徴的な人物が登場するのもおもしろいし、自分には「歴史の教訓を学べよ!」と現代日本に鋭い視線を浴びせてきているようにも感じた。人が自分の人生に意味を持たせることを突き詰めていった結果、何が起きるのか。ここに劇作家高羽彩の強烈なメッセージが込められる。

舞台回しというか、主人公の妹で声を失った女性の役で、舞台手話通訳が見事な演技を見せる。単なる手話通訳ではなく、登場人物の一人として立ち回る。今回、脚本の妙で、それが非常に自然な形でステージに溶け込んでいるのがいい。聴覚障碍者もそうでない人も「通訳」でなく「役者」を見るという形になっていて、障害の有無にかかわらず同時に舞台を楽しめる。ただ、そうは言っても役者をやりながらの通訳だから、それを補うためにタブレットを貸し出してせりふの字幕を座席で見ることができるという配慮もなされていた。バリアフリー演劇の進歩系として一つの成果を出して見せた。



三文オペラ JAPON1947

三文オペラ JAPON1947

Pカンパニー

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2021/12/15 (水) ~ 2021/12/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2021/12/16 (木) 13:30

座席1階

ブレヒトの有名作を翻案して、舞台を終戦直後の日本に設定。焼け跡に闇市がたち、人々が食うや食わず、生きるのに精いっぱいという世情での物語に仕上げた。「芝居だからハッピーエンド」という宣言があって、いつものPカンパニーとはかなり趣が違うが、街にクリスマスソングが流れる中での上演ということもあって何となく勇気づけられるような気持ちになって劇場を出ることができる。

ミュージカルなので当然、役者たちの歌唱力も問われる。でも、これはさすが。よく鍛えられている俳優陣だけあって、安心してみていられる。役者の年齢を問わず、ダンスの切れもいい。演出もシンプルで、分かりやすい。ブレヒト劇によくある難解なところは今回、まったくないので、役者たちが見せてくれる多彩な表情までしっかり楽しむことができた。

終戦の混乱期だが、そういう時代だからこそ才覚を発覚してうまく稼ぐ人たちはいるものだ。でも大多数の人は赤貧の海の中で苦しむ。「世の中金だ。金があれば何でもできる」という劇中のせりふは、豊かになったように見える現代でも、格差社会の構造は変わらない。同じ意味を持って通じる言葉だ。ブレヒトが「人生は厳しい」と言っているように、この終戦直後に本番の三文オペラでも人生の厳しさがガンガンと伝わってくる。
ただ、そうはいいながらもどこかいい加減で、どこかテキトーなところもしっかり盛り込まれて、ああやっぱり人間が生きていくにはこうでなくっちゃね、という思いにもさせられる。

ラストシーンは結構面白い。予想外の展開もあって楽しめます。


ホテルカリフォルニア

ホテルカリフォルニア

劇団扉座

紀伊國屋ホール(東京都)

2021/12/07 (火) ~ 2021/12/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/12/08 (水) 18:30

名曲「ホテルカリフォルニア」の名に魅かれて劇場へ。結論から言うと、この名曲と今回の戯曲に直接の関係はない。しかし、この曲だけでなく当時の日本ポップスなども舞台ではふんだんに使われ、1970年代に「青春」(今は死語かも?)を過ごした元若者たちのツボを打ち抜く楽しい舞台だった。自分的にはチューリップの名曲に泣きそうになった。

作・演出の横内謙介など劇団オリジナルメンバーがつむぐ、劇団創設前の実話をベースにした青春グラフィティー。当地の進学校である県立厚木高校の演劇部(扉座のメンバーも所属)が全国大会で活躍したことも触れられているが、舞台で繰り広げられるのは文化祭の後夜祭でいかに盛り上がることができるか、青春の思い出を作りたい、という若い情熱が物語の中心である。

まったく同時期に高校生だった自分にとってはずばりストレートの直球という舞台だ。あの頃はやった「マジソンスクエアガーデン」のバッグ、受験勉強の定番である「赤本」。神奈川県では「出る単」と言っていたのか(自分の出身の愛知県では「しけ単」と呼んだ)「試験に出る英単語」という受験生のバイブル本。地元各地区の中学の優等生だった子が集まった進学校で、上には上がいると打ちのめされたあの頃。東大を頂点とする受験レースが象徴する学歴社会への疑問。生きるとは何かと沈思した時間。そして、校内で男子生徒が回したエロ本(舞台では「プレイボーイ」だったので、エロ本とは言えないかも)。こうした小道具、多彩なエピソードが40年も前の自分を鮮明に浮かび上がらせた。

受験勉強が第一と指導され、それを受け入れざるを得ない生徒たちには、文化祭で盛り上がるということですら「勉強しなきゃなのに」と罪悪感を覚える。そんな中で愚直にも、当時のディスコダンスで爆発しようぜ、としらけ世代を鼓舞する生徒会メンバーたちがなんだかとてもいとおしい。
田舎者の自分にとっては、歌舞伎町のディスコなど話に「そうだげな」という与太話でしか知ることができなかったが、神奈川は田舎とキャストは言うが、小田急線一本で新宿まで行けたというのはやはり、そこでの高校生の文化が変わってくる。実際にディスコに行っていた生徒はさすがに優等生学校だけあって珍しかったようだが、舞台上で繰り広げられる「サタデーナイトフィーバー」「ジンギスカン」には、「神奈川の高校は大人への扉が近かったんだ」と感じてしまった。愛知県から新宿は新幹線で行かないと無理なのだから(笑)

この舞台は90年代後半からの再再演という。小劇場志向の劇団が40年も続くのは慶賀の至りであって、まさにこの舞台、還暦近いおっさんたちが高校生役をやるという、横内氏も言っているように「もう最後の機会」なのだろう。それだけに力が入っていて、熱量も高い。扉座研究生たちの若手も力を発揮した。

オリジナルメンバーの六角精児が開幕前からDJを務めるのも楽しい。これだけの完成度の舞台なのに、空席が目立ったのはもったいない。還暦前後の善男善女、この舞台を見ないと一気に老化が進むぞ!

ネタバレBOX

客席の大半が若い世代だったのは希望を感じる。おじさんたちとは笑うポイントが違うのも愛嬌だ。
飛ぶ太陽

飛ぶ太陽

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2021/11/26 (金) ~ 2021/12/08 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/11/30 (火) 13:00

座席1階

終戦直後、福岡県・添田町のトンネルに旧日本陸軍が隠していた大量の火薬を占領軍が処理する際に大爆発が起き、山全体が吹っ飛ぶという惨事で住民ら147人が犠牲になったという史実を舞台化した。今回も期待を裏切らない、素晴らしい舞台だった。爆発事故で犠牲になった人や、腕を吹き飛ばされるなど大けがをして生き残った人など、それぞれの人生を事故の前後でうまく描いていた。

今回は、役者たちがグレードアップしていたと感じる。客演の宮地真緒もよかった。桟敷童子の鍛えられた俳優たちによくついていったと思う。そして、毎度のことながら舞台装置と演出は見事だった。種明かしはネタバレボックスに入れてある。

当時の大手メディアが占領軍を恐れて事故を報じなかったという場面も出てきた。戦争が終わっても言論の自由がすぐに獲得されたわけでなく、占領下の報道が制限されていたというのも状況としては理解できる。それでもやはり、当時も気骨のある記者がいた。現場に入り、写真を撮り、話を聞いて事故を伝えた西日本新聞は、しっかり仕事をした、と言っていい。

舞台は事故の悲惨さだけでなく、被害者たちが戦後どのようにして国と戦って賠償を勝ち取っていくかというところも描かれる。最後まで住民たちに寄り添った物語で、好感が持てた。

力作である。見ないと損するかも。

ネタバレBOX

いつもは最後にドーンとくる舞台装置だが、今回は爆発シーンを最初に持ってきたところでセットしてある橋がこなごなになるという大技だ。戯曲を彩る真っ赤なもみじはずっとそのまま舞台後方にあり、悲しみを演出した。

これをまた組み立てるのだろうか。舞台終了後のお話ではそのようらしい。上演期間中壊しては組み立てるというのは気が遠くなる話。敬意を表したい。
集金旅行

集金旅行

劇団民藝

俳優座劇場(東京都)

2021/11/24 (水) ~ 2021/12/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2021/11/26 (金) 13:30

座席1階

劇団民藝が全国各地で巡回する公演でロングランを重ねている演目という。自分は初めて拝見した。井伏鱒二の原作を、コメディータッチで描く。アパートの部屋代を踏み倒して逃げた元借主から家賃を回収する旅に出る売れない作家。これに同行したのが、かつての交際相手から慰謝料をふんだくろうとする女性。夫婦に見えてまったく違う、風変わりな男女の珍道中、といった物語だ。

アパートの大家が突然亡くなるところから物語は始まる。住人たちはお人好しの大家とこのアパートを気に入っていたのだが、借金のかたにアパートを取られるということが分かって、住人たちがこのアパートを守ろうと考えをめぐらす。そして、少しでも借金返済に充てようと、お人好しに付け込んで部屋代を踏み倒した連中から回収しようと、集金旅行という発案になる。

井伏鱒二が別名で登場し、集金旅行の主人公として描かれる。アパートに転がり込んでくる大学生の太宰治とか、文豪の名前が次々に出てきて面白い。
借金の取り立てといってものんびりしたもので、列車に乗って旅館に泊まり、家賃を踏み倒した人物のところを訪問してお金を返してもらう、というゆったりとした時間が流れている。電話もあるにはあるが、交換手を通してつないでもらうという時代。そういう時代背景もあってか、借金取り立てというぎすぎすした雰囲気はまったくない。
一方、別れた男から慰謝料を取ろうと考えた女性もこのアパートの住人なのだが、一緒に旅に出るというシチュエーションに、何となくお互いの気持ちを通わせていくというのが、少し微笑ましい感じだ。旅先でのドタバタ劇もあったりして、笑えるところがたくさんある。

井伏鱒二が自分を売れない作家として描いているのも興味深い。実際、売れなくて苦労を重ねたという。代表作「山椒魚」で描いたこの魚の心は、井伏の実感だったのかもしれないなあ、と舞台を見ながらぼんやりと考えた。こうした自虐的な物語は、日本の文豪たちには珍しいのではないか。

休憩を挟んで3時間近いので、長いと言えば長い。しかし、このゆったりとした時間はこの芝居のベースにあるべきものなのだろう。通信手段が発達し、新幹線で目的地まであっという間という世界に住んでいると、何かしらこの時間の流れがとてもうらやましく感じる。

シアトルのフクシマ・サケ(仮)

シアトルのフクシマ・サケ(仮)

燐光群

座・高円寺1(東京都)

2021/11/19 (金) ~ 2021/11/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

座席1階

なぜ仮題となっているのかは、劇の最終盤で示される。珍しいタイトルだが、まさに、地震・津波や原発事故で痛めつけられた福島を象徴する主題だとわかる。

物語はフィクションだが、極めてリアリティーの高い描かれ方をしている。それは、背景にある原発事故を政府が「アンダーコントロールされている」と強弁したところや、放射能で汚染された古里の土地についての地元の人の思い、試行錯誤の観光振興の取り組みなど、現実世界をベースに描かれているからだ。それは、この物語を構想した坂手洋二さんの真骨頂なのだろう。

津波や原発事故で廃業の危機に直面している浜通りと中通りの酒蔵が、お互いに手を取るようにして米シアトルで日本酒づくりをするという夢のような物語だが、実現したら本当にいいだろうな、と思う。現実にはこの物語でも描かれた酵母菌だけでなく、コメ、水をどうするのかということになる。カリフォルニア米はあるものの、日本米のように日本酒になったときに深みのあるあじわいを保てるのか、水の質も違うだろう。でも、それを乗り越えて生きようとする人たちの姿はとても力強い。半面、原発事故の罪深さを浮き彫りにしている。

舞台の左右に大きな酒の樽が鎮座する。これが、福島第一原発でメルトダウンした炉心を冷やすために使われた後の汚染水タンクとオーバーラップしてとても興味深い。造り酒屋の樽でなく汚染水タンクが果てしなく連なる現実を悲しまずにいられない。

セイムタイム,ネクストイヤー

セイムタイム,ネクストイヤー

演劇企画イロトリドリノハナ

オメガ東京(東京都)

2021/11/11 (木) ~ 2021/11/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2021/11/11 (木) 14:00

座席1階

不倫劇というより大人の恋物語という言葉が似あう舞台だ。カリフォルニアのコテージの部屋が舞台であるせいかもしれない。それよりも、この二人が後ろめたさをぶつけあいながらも前向きに自分の人生を理解し、複線の生き方をまじめに、力強く進めているある種のすがすがしさが感じられたからかもしれない。

ブロードウエイの傑作であるという。いつもの出張先で知り合って偶然にも一夜を共にした男と女。二人とも家族持ちであることから最初の朝にこれきりにしようという雰囲気も流れたが、お互いへの思い絶ち難く、年に一回コテージで会うということになった。まるで七夕の織姫と彦星だが、その年に一回の関係が二十何年も続く。
それだけ時が流れれば、お互いの家族の子どもが大きくなり、仕事が行き詰まったり、引っ越したりいろいろなことが起きる。だが、この二人はそれらの多くを隠さずにまるでエピソードを楽しむように語り合い、体の関係だけでなく、物理的な距離は離れているが心は支えあっているという絶妙な関係を築き上げていく。

途中休憩を挟んで2時間半近く。長せりふもバンバンある熱のこもった二人芝居に拍手を送りたい。ソワレとマチネでダブルキャストで行う構成で、私が見たのは公演を主宰した森下知香。今回は演出家ではなく主演女優ということだった。もう一つのペアの平野綾子も演劇ユニットを主宰している演出家であり、女優とのこと。女性主導の舞台だから全体がきれいに流れていた、という面もあるかもしれない。

とてもよかったと思う。森下、平野のオリジナル作品も見てみたいと帰り道で思った。


ネタバレBOX

驚いたのは、彼女の方が臨月に近い体でコテージに現れたことがあったことだ。既に3人の子どもを産んでいるから、自分の体の変化は良くわかっている。この逢瀬の時に破水し、医者を呼ぶこともできず、夫の子を不倫相手の男が取り上げるという想像もつかない展開になる。

こうした毎年のエピソードが二人の関係を絶ち難くしたのだろう。いろいろ事情を抱えたままで最後はまるで夫婦のようになっているところが、なんとなくホッとしたりする不思議な感覚なのである。
廻る礎

廻る礎

JACROW

座・高円寺1(東京都)

2021/11/04 (木) ~ 2021/11/11 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/11/09 (火) 14:00

こうしてみると、本当に終戦後の昭和史は舞台になる。演劇だから多少、強調されている部分はあるだろうが、登場する人物のそれぞれが個性的で、エネルギッシュである。戦争の惨禍からこの国をどう復興させ、残った日本人が生き抜いていこうとしているか。舞台はこのドラマを十分に堪能させてくれる。

ジャクローは田中角栄元首相をいろんな角度から描いたシリーズで知られるが、毎度感心するのは役者が演じる政治家によく近づいているということだ。狩野和馬の田中角栄はもう、はまり役といっていい。今回も新潟から当選してきたばかりの1年生議員としてまず、登場する。主役の吉田茂を演じた谷仲恵輔にしてもそうだ。自分は本物の吉田茂を見たことがないが、小説吉田学校を読んでのイメージや写真を見て思い描いた人物像そっくりだったから驚いた。イメージが一致したのは自分だけかもしれないが、だからこそ自分には、この演劇が極めてリアリティーの高い物語として胸の内に入ってきた。このほかにも、山口シヅエはよく似ていたと思う。

舞台の構成も秀逸だ。開幕前のアナウンスは、吉田茂の演説会に観客がきているという設定で行われる。客席は開幕前からこの政治の舞台に引き込まれているわけだ。開幕前に流れる当時の流行歌も雰囲気を高めている。

今回のテーマは日本国憲法。GHQに押し付けられ、軍備を捨てざるを得なかった当時の状況や、朝鮮戦争が起きると百八十度態度を翻して再軍備を迫るというアメリカのご都合主義に翻弄されながらも、自分の中にある筋を曲げようとせず立ち向かっていく政治家の姿はすがすがしささえ感じる。安部政治の一強に文句も言えない今の自民党メンバーとは雲泥の違いで、どうして政治家たちは志や哲学を失ってしまったのかとため息が出る。

そして、やはり終戦直後だ。保守も革新も、軍隊を持つか持たないかという立場を超えて、もう戦争は二度とやってはいけない、という強い信念にあふれているところは感動的ですらある。日本の国土と国民をどう守っていくか。特に外交で紛争を解決していこうとする吉田茂の信念には、本当に拍手を送りたい。敵基地を攻撃するしかない、みたいなことを言っている自民党政調会長はこの演劇を観るべきだ。

もちろん、今の国際情勢は当時とは違うし、軍備の性能や規模も違う。だが、軍備でなく外交交渉こそ国を導く手腕であるという吉田茂のせりふは、今も色あせていない。
この舞台は社会派劇の妙味であるドラマチックな展開と、現実世界との交錯、そして歴史の教訓、いろんな楽しみ方ができる。座高円寺という少し広い劇場で行われているのも、この舞台にふさわしい。公演終了まで幾日もないが、観ないと損するぞ。

ネタバレBOX

タイトルにある礎(いしずえ)とはこの舞台では国家の土台である憲法を指している。その礎が廻る、とはどういうことか。非常に示唆的なタイトルである。
フタマツヅキ

フタマツヅキ

iaku

シアタートラム(東京都)

2021/10/28 (木) ~ 2021/11/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/10/28 (木) 14:00

「フタマツヅキ」とは二間続きの部屋のことだ。落語家の夢を追ったが鳴かず飛ばずでぬれ落ち葉のようになり、一人息子に蛇蝎のように嫌われている初老の男と支え続けた妻。その男が高座を持った小劇場でお笑いを続けるピン芸人と、ひょんなことからファンとなって結婚し、支え続けようとする女性。この二つの夫婦が二間続きの舞台で縦横の糸のように交錯する物語。構成がすばらしく、2時間ほどの上演があっという間で、さわやかな感動を残してくれる秀作だ。

芸のためなら女房も泣かす、という昭和演歌を地で行くような貧乏な家庭だ。妻に家庭を支えてもらっている負い目を心に刻みながらも落語を捨てきれない悲しさ、どうしようもない自分に対する怒りみたいな感情を、モロ師岡が熱演する。ほかの俳優たちも鍛えられていて、本音と違うことを言ってしまう男女の胸の内をうまく演技に乗せている。

お金はないが夢はある、と聞こえはよいが、夢を追うにも生活がある。その厳しさをストレートに表現しているから単なる夢追い物語に終わっていない。人間は支えあって生きていくものだとは分かっていても、支える心が相手を追い詰めたりすることもある。そうした一筋縄ではいかない人の心を、この芝居は丁寧に物語に織り込んでいた。

大阪出身の劇作家横山拓也率いる演劇ユニット。初めて拝見したがファンになりそうだ。

太秦ラプソディ

太秦ラプソディ

劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)

サンシャイン劇場(東京都)

2021/10/22 (金) ~ 2021/11/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2021/10/26 (火) 13:00

座席1階

 スーパーエキセントリックシアターの舞台でいつも期待するのは、座長の三宅裕司と小倉久寛の掛け合いだ。今回も盛り込まれてはいたものの、主な笑いどころは劇団員たちによる軽妙なギャグの数々だった。それはこの舞台が大部屋俳優たちを主役にしているからであり、タイトルにもあるように「名無し」の出演者たちの軽快な動きが今回の舞台を支えている。
 
 コロナ感染対策?のため1回に制限されているカーテンコールの後の恒例のトークで、三宅さんは「SETは非常に幅広い年齢層で構成されている」と言っていた。舞台のテーマである「いつかは主役を」という夢にあふれる大部屋俳優たちのような劇団であるようだ。老若男女が入り乱れての今回の構成に、それこそ幅広い年齢層が集まっている客席もみんな、よく笑えるわけである。
 SETが時代劇を取り上げたというのもいいな、と思う。描かれている通り、時代劇はテレビの主役からとっくに締め出されていて、今や専門チャンネルのBSで固定ファンをつないでいる状況だ(NHKだけは頑張っているが)。そのテレビも若者たちは見なくなっていて、人気ドラマという言葉さえ存続が怪しい。パンフレットに「時代劇基礎知識集」が載っていたのは、なんだか寂しい気もしたが、時代劇というジャンルを次世代に引き継ぐためには必要なのだと思う。
 時代劇では定番の「人情」を描いているためか、今回の舞台は派手な笑いが起きる仕掛けにはなっていない。だが、私としてはSETの面白さは思いっきり笑える舞台だと思っている。そういう点では少しおとなしい舞台であった。

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