フランケンシュタインー現代のプロメテウス 公演情報 「フランケンシュタインー現代のプロメテウス」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.0
1-20件 / 22件中
  • 満足度★★★★

    下北沢の地下劇場のような客席2面の変形ステージ。仄暗い階段を辿り別世界に誘う雰囲気も心地いい。
    原作の醜くも知的な怪物が金髪の中性的な女性に。
    生命の創造と性差の壁を体現し、一考させる深い味わいの物語。
    フランケンシュタインという稀代な作品をベースに想像力豊かに膨らませた脚本。空想の畏怖と現実の恐怖を感じさせる演出。ともに秀逸で惹きこまれる。
    少々残念なのは、この物語を演じるに少し経験と力量が達しない役者さんもおられたこと。そして作品にはまったく関係ないが、メインエントランスに灰皿があることで、周囲を気にせず通路全体で喫煙する関係者さんが多数いたこと。
    良い作品だっただけに残念でした。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/06/09 (土) 18:00

    価格3,500円

    北極海で衰弱しているところを救われた男が語る「生命を創った」科学者の話……。
    200年ほど前の夜はかくや、な薄暗さと、炎・反射光・影などを巧く使った明かりがクラシカルな趣きを醸し出してステキ。

    途中、ヴィクターが精神科医の診断を受ける場面あたりから大得意な誤読をして(ほぼ誤読と自覚しながら)「ヴィクター・呉・フランケンシュタイン・一郎」の物語で、怪物や科学者は北極海の男の別人格なのではないか?と考えてしまったのは前年の「ドグラ・マグラ」の後遺症か?(笑)(なお、装置における鏡の使い方も踏襲していると思う)

    なお、副題部分が原作まんまであることを……と言うよりそんな副題が付いていたことを今回初めて知った。

    ネタバレBOX

    誤読と言えば終盤で「北極海の男が怪物だという誤読もあるな」と思ったら、それは誤読ではなくアタリだったりも……(笑)

    また、「生命を創りだしたフランケンシュタインこそ怪物ではないか?」のような台詞があったが、水木しげる「悪魔くん 千年王国」(←メフィストと妖怪退治をするのではなく、悪魔を呼び出すが役に立たないという原点的な長編)にあった「(役立たずの)悪魔を呼び出す力を持った少年こそが本当の悪魔ではないか?」という使徒ヤモリビトの台詞を思い出してニヤリ。
  • 満足度★★★★★

    現代社会における科学の倫理、生命の扱いの功罪についても考えさせられる、書かれた時代の古さを全く感じさせない新鮮で斬新な作品に感銘しました。

    ネタバレBOX

    博士の創造物である怪物はディープラーニングを思わせる学習能力、知能の進化、主人公の狂気と創造物が人間の想定の域を遥かに超え暴走し、制御不能となってしまった絶望と恐怖、迫真の演技、光と影の表現が絶妙で、生きものように揺れ動くらんぷや蝋燭の炎、仄暗い部屋の中と、天井から滴り落ちる水滴等の演出、音響を最小限に、視覚によって生み出される世界は、激しくて生々しく芯の底まで恐怖の感情に襲われました。
  • 満足度★★★★

    劇場で関係者に質問しそびれたのは、この作品が新作戯曲かどうか。戯曲に漲る作家的野心、完成度が、若い頃の作品かと想像させた。初めて訪れたウエストエンドスタジオは思ったよりしっかりとした劇場。接した二面客席。ワークショップ発表と思えぬ緊迫感。余韻をまだ残している。

    ネタバレBOX

    岩野未知の科学者とそのフランケンシュタインの名を掠奪した怪物役・守屋百子の対決・・孤立して行く科学者とその周囲の人物との関係・・創造主が被造物に裏切られるという、聖書のモチーフを借りた台詞が痛烈。
  • 満足度★★★★★

    2時間10分、半端ない緊迫感の連続でした。

    ネタバレBOX

    時代を感じさせる家具に加え舞台中央に置かれたセピア色の地球儀、そして縦長の一対の鏡が舞台に緊張感をもたらす素晴らしい効果を出していたと思います。
    今回はワークショップ公演とのことですが、ご出演の皆さま方、本当に生き生きとした素晴らしい演技でした。おかげでヴィクターと怪物、そして彼らを取り巻く人々の救われない運命の悲しさがひしひしと伝わってきました。そして、やはり岩野さんの素晴らしさは際立っており、主演のヴィクターを演じつつ全体のコンダクター的な役割もしっかりとこなし、2時間10分を長く感じさせないよう舞台に緊迫感を醸し出していたと思いました。
  • 満足度★★★★

    定番であるモンスターなビジュアルを封印し、心の葛藤に強くスポットライトを当てた演出はとてもガジラさんらしいと思いました。
    原作の本質は尊守されていたとはいえ、それでもビジュアルの影響はかなり大きく、どこか楳図かずお的な恐怖のテイストを感じたのは自分だけでしょうか。

    造った者も造られた者も、そして周りの者も不幸・・・ほんと何故造った。

    ネタバレBOX

    もともとは豊かな未来を考えての研究であったとしても、人間が手に負えない範疇にまで手を伸ばし、結果悲劇をもたらす顛末には、どうしても原発事故の事が浮かんできてしまいました。
    造り出してしまった以上は封印しょうにも、もはや無かった事にできるわけが無く、だとすればどう向き合い共存すべきなのか。
    未来永劫考え続けなければならないという事を突き付けられた思いがします。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/06/11 (月) 19:00

    結構、観劇者の評価も分かれているようですが、これだけのコメントが書き込まれるということは、それだけで観る価値はあったということです。初日に観劇された方々のご不満(セリフの噛みの多さや、展開の単調さ、説明台詞の多さ、音響頼り等)も、私が拝見した時点ではほぼ解消していたように思えます。けして、2時間10分も長いとは思えなかったのですが、登場人物の人間関係が、整理されてくる後半になると、この話の着地点はどこなのだという不安が募ってくるのは確か。残り30分を切ったくらいから、時計の針を見る機会が頻繁になりました。落ち着かないのですね、ただそれはそれでこの作品の魅力かもしれません。

    サブタイトルの「現代のプロメテウス」の「現代」とは、今私たちの生きている現代?それともビクトールが生きていた現代?(もちろん、これが書かれた時点では前者なのだけれど、演出としてはどうなのかな)
    そして、人間を導く「プロメテウス」は創造者であるビクトールなのだけれど、進化を続け人間を超え導いていく怪物にも思える。この作品では、永遠の罪業を背負う意味では、両者とも言えるかな。

    岩野未知、守屋百子両氏の対決を通して、本来は双方男性という前提が、2人が中性化していくのが(結果、2人とも女装になるし、岩野さん下着姿だし)、人間でなくっていくということなんでしょう。私は「神」に近づいていくという意見ではないな。人間を超越していく、あるいは、人間から排除される存在なのだと思う。
    そもそも、AIにしても性別ないし外形で性別を作っているにいすぎないし、サタンあるいは天使は両性だし。

    岩野未知、守屋百子お2人の対決(必ずしも対峙せずとも、相互に拘束しあい、苦しめあっている)が、この舞台の一番の見どころですね。



    ネタバレBOX

    ビクトール・フランケンステインが、自ら創造した生命のために、結局、怪物と同様の自らのアイデンティティも保てなくなるお話。世界に受け入れられない怪物同様、自らを同定できなくなっていく。だって、彼を彼と証明してくれる他者がいなくなり、結果、怪物の指示通りの扮装を身にまとい、自らであることを辞めてしまうのだから。

    そして、ビクトールの怪物への復讐が失敗に終わり、死を迎えた時、彼ら(彼女ら)は、完全な鏡像関係に身を置くことにある。ご指摘があるように、ビクトールは怪物によって、創造される可能性をもって、、、

    ビクトール・フランケンステインと怪物が名乗っているということは、回想シーンを見せられている限りは、開始早々に判るのだけれど(だって、小説と違い、ビジュアルがあるのだから)、果たしてそうした認識でよいのかな、ということが、最後まで結論付けられない。ビクトールは何度も意識や記憶のない時間を過ごしているし、怪物の知らないはずのビクトールの周辺で起きた事柄をなぜ怪物は知っているのか?
    怪物(らしき金髪の女性)は、北極の氷の中で生きていたのだから、人間じゃなくて、やはり怪物なんだよなあ、と思っても、どうも喉が詰まっているような気分の悪さを感じる2時間。(ラスト10分ではっきりしますが)

    ラスト間近から、舞台中央のテーブルに落ちてくる雫は何?水分のように見えるけれど、粉末状でもあるし。怪物と話す冒険家は、その雫を手で受けて、明らかに存在に気づていたし。ここの辺りは、ちょっと鐘下さんに聞いてみたい。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/06/11 (月) 19:00

    予想をはるかに超える重厚なステージでした。現在にも通じる科学文明批判。古くて新しい作品。

  • 満足度★★★★

    照明、音響の演出が特徴的な舞台でした。蝋燭・ランプがメインの照明、全身に響き渡るような音響は、初めての経験でした。北極探索の冒険家の語りという形をとっている部分が原作とは違いますが、内容はほぼ原作に忠実で、照明・小道具などが200年位前のうすら暗いヨーロッパのイメージを、程よく醸し出していました。
    原作では、2m超の異形の化け物として描かれていた創造されたものが、金髪の美形の女優さんが演じていたところが最初ちょっと違和感がありましたが、ラストに近づくにつれ、人間とは何か、男女とは何かという根源的な問題に悩む姿にマッチして、かえって物悲しくもありました。
    語り口も現代風ではなくわかりにくい部分もあり、終始ほの暗い陰湿なムードの漂う舞台で、楽しいとか面白いとかといったものとは対極に位置していましたが、とにかく初めての体験でした。ただ正直、2時間超は少しながく、もう少しテンポよくてもよかったのではと感じました。舞台の雰囲気に明らかな変化がないので、途中から単調に感じてしまいました。
    原作のフランケンシュタインを読んでから見ると、さらによくその世界観に浸れますので、事前のご一読をお勧めします。原作も古い作品だけあって、なかなか難解です。

  • 満足度★★★

    なんとなくストーリーは知っていましたが舞台で観るのは初めてでした。大音量の効果音と役者さんの活舌の悪さに始めはなかなかこの芝居にに入っていけませんでしたが、見終わってみれば面白さが伝わってきます。迫力満点の芝居でした。

  • 満足度★★★

    なかなかに怪奇的な要素を強く前面に押し出していました
    が 詰め込みが過ぎて少々消化不良というか
    煮詰まりすぎ~な感じを受けた2時間15分の作品

    ネタバレBOX

    原作は そこそこ踏襲してるものの
    かな~り自由に膨らませていましたな
    怪物さんは綺麗で性別無いという設定だし・・・
    いろいろと性差とかも組み込んだ分
    理解が複雑になった感ありました

    全体的に暗めで
    効果音なども不気味で
    リアルなランプや蝋燭の使用は
    雰囲気のUPに繋がっていたが

    原作にある
    捨てたはずの醜い怪物が
    静かに背後から迫ってくるような圧迫感は皆無で
    静かな会話からの突然な狂気の表現が多いように思えて
    繰り返されると飽きも少し出てきたです
    この手法は
    え~っと確か女流の映画監督でヴァンパイアモノの映画で
    カフェに乱入した吸血鬼どもが
    静かな会話から
    だんだんと狂気に彩られてゆくのに似ているかなーと
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/06/10 (日) 18:00

    座席1階1列

    演劇企画集団THE・ガジラ『フランケンシュタインー現代のプロメテウス』ウエストエンドスタジオ

    ビリビリくるような圧倒的な臨場感。特に照明、音響の演出が素晴らしかったです。

    原作は未読だったのでWikipediaでざっくりとあらすじを確認してみた感じでは
    だいたい原作通りの展開みたいですね。
    200年近く前のお話ですが、AIとかシンギュラリティなんかが話題の昨今にはぴったりのテーマなのかも
    と感じました。

    上演時間2時間10分
    二面客席。通常使用時に客席側になっている方が正面かなという気がしました。

  • 満足度★★★★

    完成度はとても高かったと思います。 北極探索の冒険家の語りで補足しながら物語が進んでいきます。 役者の皆さんの演技も鬼気迫るものがあって、とてもよかったと思います。次回作も期待ですね。

  • 満足度★★★★

    劇場に入ってすぐに音と明かりで雰囲気を盛り上げてくれ期待度は↑。
    ただセリフが少し難しい表現をつかっているのですんなりとは入っては来ず、隣の方は途中で居眠りを始めてしまうほど。
    女性が男性の役をしている為か人間関係がつかめず苦労しましたが、だんだんと夢中になれた。
    轟音と殺害シーンが多いので苦手な人はいるかも。

  • 満足度★★★

    舞台でフランケンシュタインを見るのはナイロン版以来。ただ、これもほぼオリジナルだね。博士も怪物も女優さんが演じていて、どういうことだろうと思っていたら、終盤、性別を超えた神のような存在に。

  • 満足度★★★★

    入口から薄暗い地下におりると、ほのかに聞こえるSE、照明へのこだわりなど、始まる前からワクワクしてしまった。

    ネタバレBOX

    探検隊の船が北極点に向かう途中で助けた男・ヴィクターが、隊長たちに話す、自らの体験談という形式。ヴィクター、彼が生み出した怪物、それぞれ女性が演じているのが面白く、時折、氷山がこすれ合うもの凄い音響が、足元や椅子のお尻部分から響いてくる。130分は少々長くも感じたが、光と音の演出は凄い。
  • 満足度★★★★

    原作が書かれて2百年。今なお、いま生きている人間がやってみようと思うほど大きなテーマを持った作品だ。二百年経って、なんと内容にも現実性も持てるようになったと言う事ともある。
    さまざまな上演があるが今回は、大詰の北極海からの回想形式。サスペンス・ホラー仕掛けでは経験豊富の鐘下・作・演出だけに、真っ暗な舞台、ギョッとさせる人物登場、小劇場とは思えない巨大氷河の音響、ゴシック風の猟奇的な俳優演技、ヤヤッツと思っているうちに2時間は過ぎるが、注文を言えば、この仕掛けはもう少し上級者の舞台で見たい。俳優も形にはなるが、そこへ行くまでの動きやセリフが支え切れていない。総勢60人くらいしか入らない劇場なのにやたらと声を張りあげるので、バランスも悪いし聞き取りにくい。この話、主人公の家庭事情が時代のせいもあっていり組んでいるのだが、台詞で解らせようとしているので、これではよくわからない。ここは脚本で少し整理して今回のテーマである、人間とは何か、に絞ってもよかったのではないか。家庭の葛藤では、男女はその役割(結婚)があるが、人造人間にはそこが違う。しかもその人造人間を、かなり性的には女性が出る女優がやるので、生理的にもつかみにくい。
    もう一つ、脚本後半は体言止めの台詞だおおくなってなにやら燐光群みたいだが、体言止めは内容を強く一つに規定してしまうので社会劇にはいいかもしれないが、こういう劇には不向きだと思う。その辺から私はこのドラマから外れていった。前作の夢野久作がよかっただけに今回も大いに期待したのだが、もう一度、少しプロダクションのレベルを上げて見たかった。

  • 満足度★★★

    狂気的な様子がよく出ていて、ハラハラしました。人という定義の難しさに改めて向き合うことになる作品でした。
    音響にこだわって迫力の演出をされているようで、大音量のため心臓の弱い方は気を付けた方が良いかもしれません。

  • 満足度★★★★

    とても緊張感がありました。

    ネタバレBOX

    前半は断片的に感じられた内容が、つながっていって、継続する緊張感とともに、くいいるように観ていました。こころに響いた劇でした。熱のこもった演技が印象的です。
  • 満足度★★★★★

    「人間とは」、それを問うような無限に広がる心の世界観を描く秀作。可視化が難しい、いや出来ない人の心の中を家族や周りの人間関係を通して覗き込むような不思議な感覚。物語は不穏・不安にさせるような雰囲気の中で重厚に展開していく。
    ある心理学者は、人は一般的に快を求め不快を避けると思っていたが、それだけではなく不快極まりないと分かっていても、敢えて向かう執拗な傾向が人間にはある”という。自分は不快は好まないが、本公演は別の”深い”を堪能した。
    (上演時間2時間15分)

    ネタバレBOX

    客席はL字型ひな壇で舞台を半囲い。舞台は1798年の北極圏を目指す船内。古いテーブルと古机その上には地球儀が置かれ、壁際には姿見がある。全体的には薄暗く不穏な感じがする。物語は重層化された劇中劇、語りは日記を回想するような展開で、いつの間にか観客(自分)を物語に導き溶け込ませる導入手法は見事であった。

    梗概…北極探検隊の隊長・ウォルトンの日記(手記)という形式。ウォルトンは北極点に向かう途中、北極海で衰弱した男性を助ける。彼の名はフランケンシュタインでウォルトンに自らの体験を語り始める。フランケンシュタインは大学の専攻とは別に生命を自在に操ろうという野心の下、”理想の人間”を創ろうとする。それが神に背く行為であると自覚しつつも墓を暴き人間の死体を手に入れ怪物の創造した。しかし創造主たる人間に絶望した怪物は、復讐のためフランケンシュタインの家族等を次々に殺害するが…。そして長い話を語り終えたフランケンシュタインは、ある願いをウォルトンに託し船上で息を引き取る。
    ちなみに作者は男装した女性、その性にどう向き合い正直な気持になるのか。現代的にも通じ気になる。

    一見、難解で抑圧されたような雰囲気は不快のように思えるが、自分は別の”深い”というか可視化が難しい心の中を覗き込んでみたいという衝動に駆られた。重層した物語の不思議な時空間、そこに在るであろう幻影をどう炙り出すのか。精緻にして魅力的な台詞や幻想的な舞台空間の作りに感心した。
    例えば、神を認めないことは不完全な人間、自分の存在-自分を知る者がいなくなった時に、自分をどう証明するのか、という心の咆哮が聞こえるようだ。また夜中の語りという状況下、隠微な雰囲気を漂わせる。その中で蝋燭の火-ランタンは幻想的であり、実に上手い心象形成であった。照明は群衆と個人または対話時における照射を使い分けるなど印象的な観せ方は巧み。闇と寂寥そして残酷な感触をしっかり描く。

    公演タイトルは「フランケンシュタイン-現代のプロメテウス」で、人間を創造したという共通点を並列している。その創造の動機や過程が違うことは、現代におけるITに向かう姿勢そのものに投影し警鐘を鳴らしているようだ。
    時空間を行ったり来たりさせながら、主人公はフランケンシュタインなのか怪物なのか。つまりどちらの視点から捉えた”心”の中、深淵なのだろうか。自分が観えたのは狂気のような…。それを演じた役者の体現こそが驚喜であった。
    次回公演を楽しみにしております。

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