グランパと赤い塔 公演情報 グランパと赤い塔」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
1-20件 / 22件中
  • 満足度★★★★★

    「人と人とのつながり」その本来の姿。

    青☆組を初めて観たのは、たぶん10年近く前になる。
    アトリエ春風舎での公演『雨と猫といくつかの嘘』だ。
    そのときに「上品だ」と感じて、そう感想にも書いたと思う。

    そして、その「品の良さ」は今もずっと続いている。
    こんなに品の良い作品を生み出している劇団は、ありそうでない。

    さらに最近はそれに「風格」も加わった。
    それはここまで続けてきたことの、自信なのかもしれない。

    (以下はネタバレboxへ)

    ネタバレBOX

    この作品は、登場人物が多いにもかかわらず、1人ひとりに愛情が込められているので、物語に深みがある。
    彼らの背景についていちいち細かく書き込まれていないのに、その背景が台詞の端々からうかがえるのだ。
    これが「品の良さ」の源泉であるし、「風格」にもつながっているのではないだろうか。

    今回は(も)、作の吉田小夏さん自身につながる家族の話がベースにある。
    「もはや戦後ではない」と言われた頃から東京タワーが完成する、昭和30年代前半が舞台である。
    1956年ごろから1958年ごろではなく、あくまでも「昭和」30年代前半なのだ。
    西暦ではなく元号「昭和」で切り取られるべき世界。

    青☆組は、『パール食堂のマリア』など、この作品と同時代を舞台にしたものはあるが、現代を舞台にした作品であっても、「平成」と言うよりは「昭和」の香りがする。
    それは古くさいということではなく、「人のつながり」においてスマホやパソコンで「つながっている」と「勘違い」している「平成」の世界ではなく、「人と人」が「顔を合わせ」ることで「つながっている」世界があった時代ということだ。
    その時代が「昭和」のイメージに重なり、確実に行われていたのが、高度成長期が始まる前あたりだった。
    戦争からようやく一段落して人心も落ち着き、さあがんばろうという時期。

    そういう「人と人とのつながり」こそが本来の人の姿である、としているのが青☆組ではないかと思うのだ。
    だから殺伐とした話になるはずもなく、「わかり合えないこと」があったとしても、「信頼できる関係」を築くことができる。

    この作品には、「家族ではない」つながりの人々が出てくる。
    従業員やお手伝いさんだ。
    しかし、彼らも「家族」の一員としてそこにいる。もうひとりの母、古い友、良き兄、弟として。
    だから楽しいこともあるが、苦しくなることもある。
    それこそが人と人とのつながりではないか、ということを示してくれている。

    東京タワーと同じ歳の私としては、この作品で描かれる生活や家族は、その時代(作品の時代には生まれてなかったりするが)に体験したものと比べてピンとはこないのだが(しゃべり方だったり台詞内の単語だっり)、その「空気」には懐かしさに似た匂いを感じる。「確かにそんな感じだった」「家族の会話」や「人々の佇まい」「居住まい」は、と。

    それは単なるノスタルジーではなく、「やっぱりそうなんだよな」という、反省にも似た感覚だ。
    つまり「人は自分を取り巻く人たちの幸福を願い、きちんとつながっていくのがいい」ということだ。

    しかし人とつながることは、甘い話だけではなく、例えば今回の作品で言えば、若いお手伝いさんの過去の話を聞き、求婚した男に「それでもいい」と軽々に言わせないところが、現実的である。こうしたエピソードが作品を物語の上からもきちっと締めている。
    登場人物を愛するあまりに、ここはハッピーエンドにしたいところだとは思うのだが、そうしないところが、吉田小夏さんの上手さではないだろうか。

    青☆組の公演は、吉祥寺シアターサイズの大きな劇場では、セットに高低差を作っている。
    これの使い方が非常に上手い。
    人の出し入れが左右、上下、さらに前後と立体的で、効果も上がっている。

    登場する役者さんたちはどの人も良かったのだが、特にお手伝いさん役の大西玲子さんが印象に残る。
    彼女は幼児からネコ(笑)まで演じる女優さんだが、今回は彼女の上手さが滲み出ていた。

    彼女の腰の据わり方がいいのだ。そこから見えるのは、この一家への愛情。
    全体が浮き足立つようなシーンの中にあっても、しっかりと腰を据えて立っている。
    そのことが作品全体にも効いているのではないだろうか。
    歳を重ねるごとに、さらに深みを増して良くなっていく役者さんではないかと感じた。
    今後が期待される。

    あと、やっぱり「歌」。
    青☆組の「歌」のシーンはいつもグッとくる。楽しいシーンであってもグッときてしまう。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/11/20 (月) 19:00

    座席B列8番

    古くて新しい温故知新的作品。映画やドラマでかつて観た昭和の物語をかつて観たものとは違う形で見せる、謂わば交響曲のリ・アレンジのような。
    あの頃はそうだった、な時代性に戦争批判も加えてユーモア、ペーソス、優しさで仕上げました、なのがまた素敵。
    また、いくつかの伏線とその回収もイイ。σ(^-^)的にはすき焼き、月、手紙がツボ。
    あと、2本の映画を思い出したし、部分的に井上ひさし作品も連想。

    ネタバレBOX

    前半で、会話の端々に戦争の傷痕を思わせる部分があることに井上ひさしの「きらめく星座」を連想。
    思い出した映画は東京タワーの建設中から完成までが背景ということで「ALWAYS 三丁目の夕日」、原爆投下直後の広島に情景描写に「この世界の片隅に」
  • 満足度★★★★★

    舞台スペースを広く高く使ったセット。この造りだけでも圧倒される。しかし、そこにあるのは大仰なものではなく、懐かしい昭和の匂いのする家。開演前からこの家の娘らしき女性があちこちをゆっくり眺めながら思い出にふけっている。実は同じ体験をしているものとして、このシーンだけでもじんわりと涙が浮かんできた。それを感じさせる自然な演技とセットの風情がまず素晴らしかった。そして、家族というもの、働くという事、終わってもなお傷跡を残す戦争のことなど、いろいろな要素がじんわりと心に染みる作品であった。今後も奇をてらうことなく、こういう日常のささやかな想いを表現し続けて頂きたいと切に思った。良い作品と出会えて感謝です。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/11/27 (月) 15:00

    泣かされました。

    戦後・高度成長期の日本と現代の精神世界はこんなに違っていた。時代に交わった一人として、改めて実感。

    アメリカに席巻される以前の日本の家族の姿。父親、母親、祖父、祖母、子供、使用人達。

    戦後を生きた市井の人びとの日常で紡がれていくストーリーが、心に迫ってきた。

    舞台には和室、ちゃぶ台、そして、洋室、応接セット、ピアノの音色。
    従属関係でありながら、安寧な男女。互いの思い。
    親と子の立場をわきまえた愛し方・愛され方。
    戦争の名残。

    若い世代には実感できない事ばかりかも。

    先日観にいった商業演劇(「京の蛍火」 黒木瞳主演)では、高齢者が明治座を満席にしていました。
    明治・大正生まれの人がほとんどいない今、舞台にかけるのは、戦後を真摯に描いたこんな作品もいいのでは。

  • 満足度★★★★★

    東京タワー建設中のちょっと戦争の影を引きずる昭和時代。自分が生まれる少し前の話ですが、懐かしさを感じますね。切なくて、優しい世界に引き込まれてしまいました。

  • 満足度★★★★★

    思いつくままに「ネタバレ」に長ーーーく書きました。よろしかったらお付き合いください。

    ネタバレBOX

    なんとも幸せな135分だった。
    そこに生きる人たちの姿は、人を信じること、自分を信じること、人生を信じること、未来を信じることの大切さ、そして家族の愛しさを思い出させてくれた。
    人にはドラマがある。
    目に見え、語られるものばかりではなく、心の奥底にしまわれているものもあれば、そこにはいない人たちとの関わりの中にもある。
    離れて生活する家族の元に届けられる荷物から愛が溢れ出す。
    それは家族本人だけでなく、その周囲にいる人へも向けられる。
    そうした愛の連鎖が、人の営みの過ちや不幸を浄化すると信じさせてくれる豊かさに満ちた135分について、思いつくままに書き連ねてみたい。

    昭和の東京オリンピック前後の高度成長期の日本。
    敗戦国としてうちひしがれ、世界での地位向上を目指して焼け野原から立ち上がり駆け上る姿が逞しく、そして微笑ましく、でもどこか愁いを帯びて映る人たち。
    そんな時代の愛しい人々の姿がノスタルジックに浮かび上がる。
    作演出の吉田小夏さんが、曾お婆様からお母様までの家族の出来事をモデルに書かれた作品。
    全編を通して流れる柔らかな空気は、演出家としての吉田小夏さんの姿勢そのものだ。
    劇団の企画で稽古場見学の機会を戴いたとき、そこは優しさに満ちた人肌の温もりのような空気に包まれていた。
    小夏さんはまるで保育士のように俳優さんと作品を見つめ、スタッフさんとは文字通りそれを育てる仲間として見守っていた。
    稽古のトライアンドエラーにおけるリクエストも、世の巨匠と呼ばれる人が世間にもたらした演出家のイメージとはかけ離れ、シンプルで明確でありながら、実にソフトだった。
    産み落とされた作品は、確かにその延長線上に立ち上がり、携わる全ての人の愛が芳醇に香っている。

    劇場に組まれた美術は、まるで生まれ育った家が帰省した自分を迎えてくれているかのように温かく美しかった。
    稽古場のあの平面にバミられた空想の世界は、見事なセットが組まれて、人が憩うかけがえのない家となってそこに確かに存在した。
    豪邸であるけれど派手ではなく、豊かさと謙虚さが同居して嫌味がない。
    これは、今作品において共感を呼ぶ胆であるように思う。
    そして細部まで行き届いた照明の美しさが、家が有する幸福と、人々の機微を照らし出す。
    一場ラストの僅かな時間の微かな明かりの変化が、確実に世界を変えてみせた。
    それは、きめ細かな演出力とスタッフの技術の高さの賜物である。
    衣装やメイクも時代を映し出す大きな要素。
    高度成長を支える男たちの労働着、気品と華やかさのある女たちの着物、慎ましい割烹着、モダンで艶やかな洋服…どれも美しかった。
    音楽は、特に歌への思いが明白だった。
    これまでの作品も然り、吉田小夏さんはBGMよりも生の歌声に価値を見い出しているに違いない。
    劇中のクリスマス会で歌われたあの歌は、稽古場見学の時にたくさん拝聴した唱歌『冬景色』だった。稽古のウォーミングアップで歌われたその曲に、こんな形で再会するとは思わずにいたので、まさにクリスマスプレゼントを戴いたような喜びに浸っている。

    一つの家での二つの時間が紡がれる。
    そこにずっといるのは女中のカズコの大西玲子さんただ一人。
    その間にグランパとグランマ、運転手のコタロウは他界し、この家ももうすぐ取り壊される。
    おそらくそれは戦後という時代の終焉と、高度成長の完成期となる時代の幕開けそのものだ。
    今作品を牽引しているのは紛れもなく大西玲子さん。
    これは視線のお芝居だと思う。
    それを大西さんが体現している。
    ところどころで慈愛に満ちた柔らかな眼差しや、「うふふ」を含んだお茶目な眼差し、時には苛立ちを押し隠そうとする強さも瞳に宿す。
    最後?のお見合い相手が我が同業者だったことに胸を痛めるとともに、国語教師にあるまじき目の曇りように情けなくなる…ごめんなさい。
    今泉舞さん演じるトモエが、両親への愛情欲求が満たされずに彼女の膝枕で呟く台詞がカズコの豊かさを表している。

    一番好きなシーンは、小瀧万梨子さん演じる社交ダンス講師でBarの女ハルが、藤川修二さん演じる酔っ払いのコタロウを介抱する場面。
    これも膝枕だ。
    吉田小夏さんの作品には、水商売などの「夜の女」がよく登場する。
    彼女たちに共通するのは粋で鯔背。
    陰はあっても決してイヤらしさはなく、看板花魁のような眩しさを纏っている。
    そう、彼女たちは女神なんだ。
    男女平等を謳うウーマンリヴの現代社会ではお叱りを受けかねないが、彼女たちの立ち居振る舞いは美しい。
    女性の地位向上は必要だし、そうあるべきで異存はない。
    それでも彼女たちはオトコのプライドを上手に立てて、イイ心持ちにしてくれる。
    それでいて手が届きそうで届かない、少し高嶺の花のマドンナの距離に居る。
    なんとも男心を擽られる。
    彼女たちの描かれ方には、作家吉田小夏さんからのリスペクトが感じ取れる。
    容姿だけではない女性の美しさ、気配りやゆかしさに敬意を持って女流作家が書いていることに、むしろ女性としての誇りを感じて嬉しく思う。
    今回の小瀧万梨子さんの巻き髪や口紅も、鼓動を早める艶やかさがある。
    同時に、あの少し鼻を膨らませて口を尖らせた「おほほ」や「あらま」が溢れる表情が堪らなくチャーミング。
    これだけ男心を擽られたら惚れずにいられる術はない。

    最も泣けたのは女中ミヨと鳶の技術者コバヤシとの求婚を受けられない身の上話。
    三人娘を持つ父としては、ミヨの父の気持ちが痛いほど解って苦しい。
    二人の娘を連れて過ごした特別な時間の幸福と、アレに遭遇してしまった地獄。
    戦争の是非や、加害被害の立場を超越して、語り継がなければいけないものがあることを突きつける。
    ミヨの石田迪子さんの健気さと、コバヤシの竜史さんの一途さや実直さが胸を締め付ける。彼女を追うコバヤシの姿と、数年後の時間にミヨはいないことで、人生に負い目を感じている二人が幸せになってくれていると願う。
    流れた時間以上に戦後から遠く離れてしまったこの日本は、いつのまにかまた戦前に入ってしまっているのかもしれない。
    あの大戦を生き抜いた方々から直接お話を伺える時間は、もうそれほど残されていない。
    今夏の中学一年生への宿題は「戦争体験者にインタヴューして新聞を書く」にした。
    彼らには、この国が過ちを繰り返さないよう次世代に語り継ぐ役割を担って欲しいと思っている。
    だから、あのシーンのメッセージは胸の深いところまで突き刺さった。

    グランパの佐藤滋さんとグランマの福寿奈央さんを観て、やはり金は稼がなきゃダメだなと実感する。
    金銭的余裕は心にゆとりを生み、人に優しくできる器を作る。
    グランパの懐の深さは人を魅了する。
    その姿から「男とは…」という永遠の命題に思いをめぐらせている。
    大きな要素の一つは、男気と女心の掌握力にあると思う。
    部下の成長を願うこと、仕事を任せること、部下の失敗を黙し責任を負うこと、言い訳や言い逃れをしないこと...そうした全てがグランパから中間管理職キムラ(吉澤宙彦さん)へ、若手技士ササキ(有吉宣人さん)へと受け継がれていく。
    人は期待されれば意気に感じて頑張り成果を上げるもの。
    役(責任ある立場)が人を育てるという。
    人を育て、組織を育てるとはこういうことなんだ。
    やたら「報・連・相」だと言って全てを把握したがる管理職の下で、人が育つはずがない。
    現代の日本にどれほどのグランパがいるだろう。
    重箱の隅の汚れを寄って集って突き吊し上げ、スケープゴートを求める現代。
    マスコミ、ネットが作り上げたこの状況を憂うばかり。
    彼らから、見習うべき男気が匂い立つ。
    本物の男には素敵な女性が寄り添っているもの。
    できる男に連れ添う女は、やはり気風がいい。
    家族を救うために退職金の前払いを申し出たキムラに、瞬時に承諾するグランマの姿に器の大きさを感じる。
    それはある種「極道の妻」ばりの格好良さだ。

    登場する三世代の真ん中のタカコを福寿奈央さんと演じ分ける土屋杏文さん。
    同一人物であることを思いながら観るのも楽しい。
    大先輩と役を作るプレッシャーは如何ばかりか…と親心のようなものが芽生えたりもするが、これもグランパの会社同様の、劇団の男気、いや親心ではなかろうか。
    期待に応えるように成長し、やがて柱となっていくのだろう。
    教育や育成の壮大な夢計画…の実現を感じる。

    最も心がざわついたのは、今泉舞さん演じる幼いトモエが父ジロウの細身慎之介さんからビンタを受ける場面。
    幼い娘が叩かれるだけでざわつくのに、あんなにカワイイ娘なのだから余計にいたたまれない。
    ましてや悪気がない失敗なのだから尚更だ。
    今ならすぐにDVだなんだと大騒ぎになる。
    ただ、ジロウも真っ直ぐな男で、その主張も解らないではないというギリギリを攻めてくる。
    その上、トモエの素晴らしさを盛大に褒め称えてみたりするのだから面倒だ。
    マスオさん的なポジションのジロウの、その面倒くささをみんなが受け入れている希有な家庭という小さな社会。
    刺々した空気を中和してくれていたのが代田正彦さんのマツシマと、田村元さんのヤマムラ医師。
    何よりトモエの可愛らしさを見事に演じきる今泉舞さんに脱帽するしかない。
    グランパと並んで双眼鏡を覗く時に脚を肩幅に開き、はしゃぎながらも囁くように返事する様子が堪らない。
    彼女の可愛らしさをMAXに引き出した、小夏さんの見事なリクエストの勝利と言えるだろう。


    「言葉はレンズと同じだ」という台詞に勇気を貰った。
    遠くにある見たいモノを大きく見せてくれる魔法。
    どんよりとしてボンヤリとしている靄の向こうにあるモノを捉えてくれる魔法。
    そのモノはきっと明るい未来であり、希望であり、叶えるべき夢だ。
    それを捉えるために言葉を磨かなければいけないことを教えてくれる。
    悩める中学校国語教師の背中を押してくれていると勝手に解釈している。
    ありがとう。


    明日もう一度、素晴らしい作品と135分過ごせる喜びに胸を躍らせている。
    そんな中で唯一、欲を言わせて戴くなら、グランパと呼ばせる理由はもう少し違った形で明かされたいなぁと思う。

    さぁ、おさらいだ。
    もう少し頑張って生きなきゃな。
  • 満足度★★★★★

    優しい気持ちになれました。

    ネタバレBOX

    昭和44年7月、目標が定まらない受験生の女子高生が、新盆のためかつて一緒に住んでいてもうすぐ取り壊される祖父母の家を訪れた際に、東京タワーが立った頃の大所帯の様子を回想し、英語が好きで国際ジャーナリストになりたかった夢を思い出し、前向きになる話。

    明治の人だからというわけでもないでしょうが、経営者とその妻には覚悟がありました。昭和33年頃は陰に陽に原爆の影響が色濃く残っていました。戦時中急いで見合い結婚した夫婦に愛情があったのか無かったのか、あって良かったです。歳を取ると親に似るって本当ですね。上手い演出でした。そして何より、女子高生と小学生を演じた今泉さん、可愛くて素敵でした。

    特段事件が起こるわけでもなく、日常を描いて優しい気持ちにさせてくれる素晴らしい作品でした。

    天体望遠鏡を見るととある作品を思い出しますが、それはさておき、時空が広がる素敵な小道具です。
  • 満足度★★★★★

    「雨と猫といくつかの嘘」の時同様、本公演でも観劇後は雨が降り出した。太宰治の小説「富嶽百景」に 「富士には、月見草がよく似合う」の一句があるが、吉田小夏女史の世界は雨が似合うのかも知れない。その”しっとり”感は情緒豊かで観終わった後の余韻が実に心地良い。
    ちなみに、物語には「月」も出て来るし、「月見草」は竹取物語を表現していると云われ、その意味では宇宙も登場する。しかし、言葉のイメージが持つ浮遊感はなく、どちらかと言えば地に足が着いた物語である。
    (上演時間2時間15分 途中休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台美術は上手側に洋室、中央に廊下とその先には二階への階段がある。下手側は和室。中央の廊下から和室前にかけて廊下もしくは縁側へ続くような回廊。二階部は場面ごとに自宅ベランダや外の道路をイメージさせる。冒頭のみ傾斜した三階部も出現させる。洋室には応接セット、和室(畳敷き)には木机・卓袱台・座布団・古い型のラジオが置かれている。もっとも、上演前には白い布が被せられており、その存在は物語が始まってから観ることになる。この布は、演出上重要な役割を果たしており、観終わってから合点する。

    時は昭和44年。物語は高杉ともえ(高校3年生)が、母:貴子・妹:幸子と祖母の一周忌法要のため生まれ育った家に来たところから始まる。彼女の視点を中心として見る家族とその時代。今はお手伝いしか住んでいない家を処分する。この家に居た頃、昭和33年(小学1年生)へ遡る。その頃は祖父母、父母、お手伝い2人、さらには祖父が経営する会社の従業員3人、運転手も同じ敷地内に同居。そしてタイトルにある赤い塔(建築中の東京タワー)の工事のため一時寄宅していた男性と私、計12名と賑やかである。物語の別の主人公は、この”家”と言えるかもしれない。

    昭和33年…戦後から13年を経ているが、戦災の爪痕をしっかり織り込んでいる。一方、電波塔の建築、それに携わる人々の暮らしや何気ない会話(戦時中の苦難からアポロ11号の打ち上げ等)を通して、時代の流れが見えてくる。過去と現在は地続きであり、家はその時々の時代背景を見ている。Grandfather(グランパ)が、ともえに買い与えた天体望遠鏡。そのレンズを通して見る宇宙は暗闇、しかしその先に僅かな光明が…それは”希望”という光だと言う。繁栄(タワー)であり平和(反戦争・原爆)を意味する。また当時の夫婦関係(亭主関白)について、直接的な”声が聞こえる”と”気持が伝わる”を日常会話に溶け込ませるという伏線で描き、夫の戦地からの手紙に結びつけ余韻を残す。

    昭和33年と44年では家にある調度品が異なる。それを白い布(一周忌法要の白引き布?の意味もある)で目隠し、観客に時代背景の混乱をさせない細やかさ。また舞台美術は、骨格(柱)にすることによって、家の概観を見せつつ、客席のどの位置からも演技が観える巧みさ。その演出が独特の空気感を漂わせる。また演技は、役者一人ひとりのキャラクターが立ち上がり、繊細で瑞々しい会話、生き活きした動きの中に逞しい市井の人々の暮らしが感じられる。ラスト、鬼籍の人々が現れ優しく18歳のともえを見守る。
    「富嶽百景」は、疲れた魂が富士と向き合う事によって再生する物語だったが、こちらは、ともえが進路で悩んでいたが、東京タワーと向き合い小学生の時の夢、国際ジャーナリストを目指すのだろうか。

    次回公演を楽しみにしております。
  • 満足度★★★★★

    135分とやや長尺ながら、それを感じさせない。特に終盤のある一日、あれを描く為にもこの時間は必要だったように感じる。何ら事件らしきものも起きず、ただ日常の風景が綴られるこの舞台。上っ面の「刺激」的事象や演出などなくとも、私には充分刺激的だった。

  • 満足度★★★★★

    せつなくて、きゅんときて、静かなお話の中に熱い想いを感じる、すてきなお話でした。演者もすばらしかった。次回も期待してます。

  • 満足度★★★★

    一家に家長がいたなあ。そして赤い塔も大きな大黒柱だった。台詞がぎっしりだったので、もっと間があるとそこに深い味わいが出たと思う。

  • 満足度★★★

    作品はあらゆる面で隙がなく一級品ではあるが、一つの物語としてみると私にはあまり魅力的には感じられなかったというのが正直なところです。

    ネタバレBOX

    タイトルにある「グランパ」と「赤い塔」が象徴になるのかと思っていたがどうも両者とも輪郭がはっきりと見えてこない。グランパはもっと年嵩な役者でないとピッタリこない感じがしたし、群像劇のせいか彼についてのエピソードが不足していたのでラストシーンが今一つピンとこない。また東京タワーはその時代の象徴としてしか描かれていないようだ。舞台となる家庭も女中がいたりピアノがあったりと少々裕福な家庭のようで、物語全体にふわふわとした手触りしか感じられなくてあの時代が持つ泥臭い力強さがなかった。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/11/22 (水) 19:30

    座席H列

    19:30の回(小雨)

    19:10会場着、受付(全席指定)。

    「パール食堂のマリア(2011/7@三鷹)」からでとびとびながら5作目。

    会場に入れば吉田さんが客席の誘導、隅々まで気を配りお客さんを席までご案内し、前説ではよく通る声で諸注意を。

    上下をつかった構成、後方列でもとても観やすかった。

    小さいころ、まだ田んぼがあり、道路は舗装されておらず、TVには色がなく、自分の視界だけが、歩いて行けるところまでが世界であったころ。

    灰色に近いイメージの時代、禁煙などなく、まだまだ父権が強かった時代、それでもアメリカはアポロ11号を宇宙空間へ、月世界へ送った。

    何もない真空の世界のその向こうに何が見えるのか。今では重力波でさえ感じる世界になった。

    きれぎれながら憶えていること、あとで知ったこと、戦争、被ばく、大地に沁みこんだものはけっして乾くことがない。

    それは常にすぐ後ろに迫っている怖れ。

    自分のあのころを重ねながら観ている自分に気がつく。大人になって...など考えもせず、今だけを感じていたころ。

    大家族、大人数があたりまえ、子供は親の言うことをきくことがあたりまえ、長男は...。

    時間は音もなくながれ、木々は色づき世界は拡がる、未来への希望と不安。太陽系を超えて飛び、深海まで行く。

    そして家族はどこへ。

    いろいろ感じながらの2時間強、とてもいい時間を過ごすことができました。

    今泉さんはてがみ座の公演(2011/4~)で、また@ゆうどの青空文庫や「砂利塚アンリミテッド(2015/5@駅前)」「さよなら、三上くん(2015/4@APOC)」
    「青(2016/9@OFFOFF)」への客演。どの作品でも芯の強い役を演じていらっしゃいましたが、本作ではまた違った面をみることができました。
    ランドセルが似合う、というと失礼かもしれませんがとても懐かしいものを感じました。

    石田迪子さん「短篇集:ノスタルジア(2014/7@APOC)」「わたしたちのからだは星でできている(2016/7@青少年センター)」。

    小瀧万梨子さん「小瀧ソロ(2011/5@gallery Bauhaus)」が初めて、いろいろ観ていて最近では「夏の夜の夢(2017/3@サンモールS)」。

  • 満足度★★★★★

    すーっとした雰囲気の中で人のあたたかさがにじみ出るように感じました。

    ネタバレBOX

    人のあたたかさ、温もりが感じられました。一人の人に焦点を絞るのではなく、それぞれの人がそれぞれに、感じ、考え、行動する様が、共感できる部分もあり、また、考えさせられところもあり、目が離せない展開ではありました。
  • 満足度★★★★★

    物語にドラマチックな展開があったりすることはないのですが、心に残る本作。
    その時代の世相や光と影をさりげなく描き出し、惹き付けて離さない脚本力は本当に素晴らしく吉田小夏さんの才能を改めて感じた作品です。

  • 満足度★★★★★

    青☆組は今回初見です。

    1960年代生まれの自分にとっては親の代くらいの物語か。
    戦後から高度成長期へ向かうなか、比較的裕福なほうであろう一家を中心に描きながらも戦争の影もそれぞれにまだ残っていたり。
    細かいエピソードがチクチク刺さりました。

    悪い人も出てこないし、想定外のどんでん返しもないけれど、
    それでいて135分があっという間なのは初めての経験かも。
    もっとそれぞれの登場人物のエピソードを見ていたかったです、現代が違うとは言わないけれど皆が一生懸命に生きていた感じが伝わってきました。

    主義主張を押し付けがましく訴えてはいないのだけれど、でも最後には観る者の心に何かを残してくれたような。
    そんな気持ちのいい作品でした。

    観る年代で感想も異なるのかもしれませんが、若い方が見てもきっと何かを感じ取れる内容だったと思うし、是非そんな方にも観劇をおススメしたい作品でした。

  • 満足度★★★★

    東京タワーが建設中だった頃、私は、あまり覚えていません。そして思い出すのは、映画『三丁目の夕日』。その時代は同じです。ともえが祖父から望遠鏡を買ってもらった。この家族の方がはるかに豊か。特に大きな事件が起こるわけでもありませんが、その時代の人たちの様々な想いを描いています。「良い芝居だ」というイメージなのですが、『三丁目の夕日』同様、やはり「きれい」過ぎる。一部の実業家や商人は別ですが、全体としては、もっと貧しい雰囲気があっても良かったのでは無いかと思いました。

  • 満足度★★★★

    青☆組は本作で三度目-
    今回は自分にとって、物語の吸引力も弱く緩すぎたかな。
    その人となり、精神性がノスタルジーでなく、時折古臭く平板に感じてしまった。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/11/20 (月) 19:00

    事件といったら夫婦喧嘩くらいしかない、何気ない日常を淡々と綴っただけなのに、なぜかステージにグイグイ引きつけられました。本当に良いものを見ました。戦争を直接経験した人がまだたくさんいて、彼らが敗戦と戦後の復興にどう向き合ってい、どう心の中で折り合いをつけてきたか、東京タワーが完成してから生まれた私も少しは覚えています。そこから今を考えると、戦争を知らない子供たちがあれこれねじ曲げて、世の中を変にしちゃってる感が半端ないです。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2017/11/18 (土) 19:30

     懐かしい芝居だった。昭和44年、祖父母の家が取り壊されるということで久々に訪ねた母娘達が、一緒に暮らしていた昭和33年を回想する。ボイラー会社を経営する三世代の家族と、従業員やら居候やら女中やらの群像劇だが、当時7歳だった長女(今泉舞)をヒロインのように描くのは、青☆組では珍しい。東京タワーが建っていくのに連れて、物語は進み、余韻を残して昭和44年に戻って終わる。135分という上演時間も本劇団にしては長いが、それが意味を持つ長さになっている。私自身が、同じような三世代が同居した家に育ち、東京タワーの完成を見ているので、何だか懐かしい感触にとらわれた。しかし、そうでない世代が見ても、人間を暖かい視線で見る同劇団の本作品は、暖かい気持ちになれるだろう。

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