菊五郎と天狗の冬 公演情報 菊五郎と天狗の冬」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.1
1-9件 / 9件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/02/01 (日) 13:00

     ダメを絵に描いたような、パチスロと競馬好きで、おまけにスナック好きで、金が無いと相手が子どもだろうとお構い無しに、大人気なく難癖付けて恐喝、恫喝する30代の不良中年男「菊五郎」。
     それとは、正反対に物心ついた頃から天狗の元で育った心優しい少年「冬彦」(但し、どう見ても冬彦を演じる小学生役の役者は、老け顔と言うにも無理があり過ぎる、どこをどう見積もっても不細工で味のある思いっきり太ったオジサンにしか見えなかった)。
     その冬彦が、物心ついてから、育ての親の天狗でなく、本当の産みの母親に一度もあったことがないことに思い至り、2人は東京にいる冬彦の母親探しの旅へ出ることに…。
     次第に打ち解けていくふたりの数奇な旅はやがてと言うような感じのロードムービーが劇になったような感じでもあり、どこか懐かしく感じ、昭和の日常平和系特撮ドラマ『怪獣ブースカ』や『チビラくん』、アニメで言うと『ドラえもん』と言うよりかは、『オバケのQ太郎』とかに近い緩やかな展開でありつつ、長谷川伸の戯曲『瞼の母』へのオマージュが強く感じられた。
     それに加えて、民話や柳田邦男の『遠野物語』の座敷童子のエピソードのように、妖怪と人が時に恐れつつ、共存して生きている緩やかな感じが劇全体を覆っていて、良い意味であらすじを読んで私が感じたことと同じような、期待通りの劇だった。
     しかも、今の時代、世界各地で紛争、戦争、飢餓、テロが絶えず、異常気象が続き過ぎて環境問題も解決するどころか、動物にとっても、人間にとっても、地球自体にとってもかなり深刻な状況になっており、さらに、ポピュリズムが台頭し、米大統領は大統領令を連発し、民主主義を軽視蔑視するような言動、行動が目立ち、とても多様性とは程遠い世の中になってきて、日本でも高市早苗首相の支持率が異様に高まっていたりと憂慮すべき自体となっている、かなり将来に希望が見えない世の中において、この劇の中では実際に会ったことも、親子としての思い出もない冬彦の母親に、小学生の冬彦はただ無性に会いたくなった、只それだけの理由でクズ男で腐り切った菊五郎と行動を共にし、冬彦の産みの母親に会いに行くのみならず、その旅を通して、行動を共にする菊五郎の腐り切った心を、人としても終わっているように見える(具体的には、天狗のところで冬彦が修行しているんだから、競馬の予想も当てられるだろうと言ったことや、スナックで冬彦が小学生なのもお構いなしにスナックに一緒に入り、冬彦のことなどお構いなしに、店の女の子やスナックのママと飲み明かして盛り上がったりする言動等)のを、長旅を通して、冬彦にそのような意図はない筈だが、冬彦のちょっとした何気ない発言や健気な言動、行動から、結果的に緩やかに菊五郎を成長させていくと言うような登場人物たちの描き方に、人は年齢など関係なくやり直せるんだと気付かされた。
     今の不寛容な時代にこそ、互いを思いやるようになるまで、根気強く理解しようと努める冬彦の姿勢には、頭が下がる思い出あると同時に、私たちも見習うべきところが多いと感じ、気を引き締めた。

     去年、原作長谷川伸の戯曲『瞼の母』の映画化である無声映画『瞼の母』を活弁上映で観たことはあるが、その中に出てくる旅の博徒でヤクザ者の番場の忠太郎が実の母親と出会うが、宿屋を経営して娘がいる母親は、『息子は9つで死んだ』と言うようなことを言って聞かず、金目当てと番場の忠太郎を疑い、お互いにすれ違い、1人、再び番場の忠太郎が宿屋を出て、悪漢を斬って去っていくという在り方で、どこか物悲しく、鬱屈とした終わり方で、それと今回の劇の最後のほうで冬彦が産みの母親を前にした場面とで、全然置かれた状況は違えど、今回の劇でも冬彦の本当の母親に娘がいるのは共通しており、偶然かも分からないが、こんな偶然あるものなのかと感じた。
     また、今回の劇の最後のほうで、冬彦と菊五郎が、冬彦の実の母親が娘と幸せそうなのを見て取って、これで良いんだと自分に言い聞かせて冬彦はまだ小学生なのに、その辺の大人より大人になろうとする踏ん切りの付け方をする在り方に、長谷川伸の戯曲原作無声映画『瞼の母』の番場の忠太郎と実の母親との場面と全然違うけれども、どこかオマージュを感じさせる場面に、既視感を感じさせられた。
     冬彦の本当の産みの母親を前にしても、冬彦が内心動揺しながらも、ここで自分が出て行って、娘と幸せそうにしている母親の現在を壊し、過去を思い出させるのは酷だと考え、冬彦は自分が挨拶さえせずに、ひっそりと身を引く決断をするという在り方に胸を打たれた。
     それと同時に、冬彦の判断が非常に現代的な価値観だとも感じた。
     その何とも言えない、どこか切なく物悲しい在り方に、親子とは、必ずしも本当の親と再会することばかりが良いことなのか、本当の親を前にして、もはや人間ですらない自分を育ててくれた育ての親の天狗のほうが大事にした方が良い存在なのか、答えが出にくい問いが頭の中を駆け巡り、深く考えさせられた。

     シナコ役がイメージを思いっきりブチ壊していて、もはや実在のシナコを侮辱してるんじゃないかと思う程、太っていて、思いっきり見た目オバチャンで、とんでもなく痛くて、存在感あり過ぎて、逆に大いに笑えた。
     天狗や雪女、天狗のもとで修行する子どもたち役も、冬彦筆頭に明らかに小学生には見えない雰囲気も笑え、個性豊かで、大いに楽しめた。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    これは何故かグッとくる。寅さん的な人情劇ですね。とっつあん小学生はなかなかです。気にしない、気にしない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    千秋楽観劇です
    妖怪と人間が共存してる世界観で
    天狗様の下で修行をしている
    四季の名を冠した4人のうちの1人
    冬彦が生き別れの母に会いに行こうとする話
    レトロ感と不条理気味なコメディと
    笑えながらも芯の通った90分の作品
    ロードムービーの定義にも当てはまるかねぇ
    入場時に渡されたポチ袋は
    各役者さんへの投票券だそうです
    また1回300円の25種の妖怪御神籤も
    なかなか面白そうでした

    ネタバレBOX

    タイトルからの想像通りに
    ビートたけしの映画なぞりもあり
    「昼間っからブラブラしてると
    こんなおっさんになっちゃうよ」が出たわね

    さて 荒筋ですけど
    様々な天狗の神通力の中から
    (6つの神通力があるそうデス)
    心を読む力を目覚めさせた修行中の冬彦
    天狗様の心を読み東京に居るという
    母に会いに行こうとします
    何かと面倒をみてくれてるおばちゃんから
    一人では無理だろうと
    おばちゃんの連れ合いである菊五郎を
    交通費と共に付けられるも
    ダメおっさんの菊五郎は資金を増やそうと
    競馬に手を出し冬彦の神通力で儲けるも
    呑みに使って散財し
    ヒッチハイクで行こうとするも上手くいかず
    追ってきた冬彦の仲間に助けられます
    道中での妨害が実は冬彦の祖母にあたる
    雪女の仕業で母には会わない方が
    よいと言われるも覚悟を決めて仲間の助けで
    母を見つけるのだが
    母は既に別の家族として幸せな生活をしており
    それを見た冬彦は会わずに去る事を選ぶのでした

    冒頭のシーンで冬彦を母から奪う
    雪女が描かれるのだが
    理由があり雪女の産んだ子は
    女なら雪女だが男だと人間で
    触れるだけでものを凍らせる雪女では
    人間は育てられないという理由があったのでした

    足折った競走馬の末路とか
    マキバオーのパロディとか
    ほんに昭和な感じが受けます♪
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    なぜタイトルが冬彦ではなく菊五郎なのか。見終わるとそうゆうことなんだと納得。
    天狗の神通力が欲しくなる作品です。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    不良中年男と少年の母親探しの旅に天狗がどう絡んでくるのかと思っていたが
    なるほど!妖怪と共存する世界観が枕返しらしいオリジナル設定
    おかげで二人旅感が薄れてしまうくらいに賑やかではあったけれど(笑)
    エピソードが沢山積みあがっていくロードムービースタイルというのはやっぱり面白い

    ラストにきて「えっ泣かせようとしているのか!?」「これはカッコよく決めようとしているのか!?」と思わずツッコミを入れたけれど、拍手の後には「いいもの見せてもらったなぁ」という余韻がしっとり染み入っているのでした
    いろんな存在の合わせ技で面白かったです!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

     板上は奥に平台を敷いて一段高くしたスペースを設け天狗が棲む秘境を暗示したりもする。オープニングでは若い母から乳児を奪い取る場面が描かれるが、奪った者は天狗では無い。ただ、天狗と関りのある著名な怪異の一人でありこの子は天狗の弟子として他の仲間と共に修行に励むこととなった。(追記後送)

    ネタバレBOX


     物語は、日々修行研鑽に励む子らが九歳を迎え明日からは冬休みに入るという処へ間もなく飛ぶ。ここで子供たちが課されている日々の鍛錬の内容が示される、天狗への道である。天狗の能力は高く予知、人の心(思念)を読む力、あらゆる音を聞き分け例えば捜索対象が何処に居るかを知る力、他人の来歴、前世などを知る力など人知を超えた力である。こんな超能力を身につける為、日々厳しい鍛錬に明け暮れている子らだが、当然学友同様に遊び惚けたい、内心ではそんな風に思っている。而も明日からは冬休み。本来なら友達と遊び廻る時間が一日の大半を占めるハズなのだ。然し・・・。厳しい修行は逃れられない。というのも修行する子供たち総てが身よりを持たないからだ。
     こんな子供たちの前に遊び人の菊五郎と菊五郎のダラシナサを何くれとなくケアする女性が現れ伏線で敷かれていた冬彦の生母探しの旅への段取りがつけられてゆく。菊五郎はギャンブル好きで粋がってはいるが、可成りシャイな人間であることが原因でこのような態度を取らせることもおいおい分かってくる。更に、弟子仲間も冬休みらしい行楽に憧れる者が多く各々に超能力の芽生えも見え始めた。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2026/01/31 (土) 13:00

    不良中年がいい味出してるのと、天狗の優しさにグッとくる。
    冬彦、この冬大きく成長したんだね。

    ネタバレBOX

    大音量のBGM、小さな赤ん坊を無理やり取り上げられて追いすがる若い母親…。
    冒頭のこのシーンが、思いがけなく深い秘密を持っていたとは、この時はわからなかった。

    赤ん坊を連れ去ったのは真っ赤な顔で長い鼻をもった天狗。
    天狗のもとには春・夏・秋・冬の名前を持つ4人の子どもがいて、修行中だ。
    そのひとり、冬彦が「東京のお母さんに会いに行く」と言い出して
    不良中年菊五郎が連れていくことになったのだが、
    この菊五郎が、中学生からカツアゲするようなしょうもない男。
    なんだけど見事なダメっぷりで一気にキャラが立ち上がる感じで素晴らしい。

    冬彦を取り巻くほかの子ども3人の中で突出してユニークなキャラ、秋○(男?夫?彦?)が秀逸。演じる役者さんが丁寧に作りこんでいて巧い。
    性別不明の自由人でそれを自然に受け入れている天狗と仲間の懐の深さが心地よく、
    冬彦の境遇が決して不幸ではないことが感じられる。
    不良中年が、ちゃらんぽらんだが大事なものは守るいいヤツで、
    終盤冬彦のけなげな成長を見守り受け止めるところがとてもよかった。
    大きな9歳が泣くところ、本当に子どもが泣いていた。

    雪女の哀しい運命や、天狗の密かな企てなど、切なく温かなエピソードが重要なカギだ。
    これがとても素敵なエピソードなのにさらっとしすぎてもったいない気がした。
    どん!とメリハリつけてもっと揺さぶって欲しかったというのは私のわがままか。

    馬とか車とか綿あめとか、超アナログな演出がおかしくて妖怪ものに似つかわしい感じ。
    頸椎捻挫も芝居に取り込み、真っ赤な顔のまま平然とほかの役もこなす、
    そーゆーところ、結構好きです。



  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    生き別れた母を探す少年と、不良中年男との一冬の旅と交流を描いたロードムービー的な物語。

    題名と設定から自分が思っていた映画に準えているが、どうして天狗に育てられることになったのかが カギ。劇団のコンセプト「真面目にふざける、必ず妖怪が登場する、なぜか漂う昭和感」の通り、今回の妖怪は「天狗」だが、それ以外の「存在」が重要。また物語は 古き良き時代を思わせるような郷愁に溢れている。ちなみに下北沢では「第94回 下北沢天狗まつり」が開催されている。

    緩い演出と演技だが、不思議と物語を引っ張る力は強く、心に響いてくる。小道具などは 学芸会かと思ってしまうものだが、笑いの中にしっかりと情景を表出する巧さ。なにしろ9歳の少年という設定にも関わらず、中年男より体格がデカい。それでも いつの間にか少年と大人に見えてくる。
    冒頭の緞帳代わりの幕開けを始め、小道具の乱れが(悪)目に付き勿体ない。少し辛口の★3
    (上演時間1時間30分 休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台美術は 段差があるだけの素舞台。
    準えた映画は「菊次郎の夏」(北野武 監督)で、それに伝承「雪女」の後日談を組み合わせた異界作のよう。競馬(映画は競艇だったような?)やヒッチハイク等のエピソードは準えているが、母親が子供と別れた理由はべつ。劇団の謳いである〈人間と妖怪を共存〉させたオリジナル作。

    物語は、赤ん坊を抱いた女から別の女が子を取り上げ、天狗に渡す(預ける)ところから始まる。後々わかるが子を奪ったのは、祖母にあたる。母は雪女でその母である祖母も同じ。雪女の産んだ子が 女の子であれば(雪女として)育てられるが、男の子(人間)の場合は殺(凍死)してしまう。そんな悲しい定めから泣く泣く我が子を手放した。今 母は女の子を生んで幸せに暮らしており、その姿を見て冬彦は諦めがついた。

    ちょっと可笑しくて 切ない旅、そこに天狗の下にいる兄弟のような子供が絡んでユーモアとサプライズに満ちたロードムービになっている。天狗の下で修業し神通力を身に付けようとしているが…。人の心が読める、色々な音(声)が聞き分けられる等 6つの神通力があるらしい。その片鱗が寄り道だらけの旅を助ける。冬彦だけの旅ではなく、仲間との絆を深める機会にもなっている。冬彦の孤独感や菊五郎の温かさを 優しさ溢れる眼差しで紡ぎ、笑いと涙を誘う爽やかな感動作に仕上げている。また菊五郎は、介護施設に自分を見捨てた母の様子を見に行くが…その親子の情が彼の成長譚にもなっている。冬彦、菊五郎ともに大人(母)の事情によって捨てられが、それでも力強く生きていこうとする。

    布を張り合わせた緞帳代わりの幕(中央に墨痕で「枕返し」と書かれている)が開き切らず、冒頭のシーンが観えない。また錫杖の先頭(遊輪)部分が抜け落ちる、競馬の番号札(ゼッケン)が落ちるなど小道具の乱れが散見されたのが惜しい。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 実演鑑賞

    鑑賞日2026/01/30 (金) 19:00

    価格3,500円

    ロードムービー。親に会いに行く道中で巻き起こるおかしな出来事、といえば14年前に見た舞台を思い出した

    ネタバレBOX

    天狗になると性器がしぼむという葛藤はどこにいったのだろう

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