実演鑑賞
7で描かれた母娘の相剋は身につまされるものではあったし、舞台上で進行する芝居も推進力のあるものだった。にもかかわらず、観ている自分の関心は、どこか人生相談を覗き見するような、ワイドショー的なものにとどまってしまう物足らなさを感じた。
一方、8『ある過去に関する物語』の高田聖子+岡本玲の対話には「赦し」をめぐる、葛藤や考察がさまざまに現れ見応えがあった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
Eプログラム(小川絵梨子演出)の2本も見応えがあった。
一つ目は、医師の夫(伊達暁)が同僚の医師から、彼の勃起不全が回復不能であると告げられる所から始まる。妻は「美しい」大学教員(万里紗)。二人の間に秘密があってはならないと考える夫は、触れたくない事らしいと察知して体をかわそうとする妻を彼に向き合わせ、「事実」を告げる。が、鷹揚な妻は「今までと変らない」と夫に告げる。だが事態はすぐに不穏に。夫が無言電話を取り、その主らしい若い学生(宮崎秋人)と妻は逢瀬にいたる。いつものルーティンのようにセックスをする。学生は妻が禁止した電話も自宅にかけるわ、車の助手席の下に自分のノート(だか教科書)をわざと置き忘れるわ、「大人の関係」に向かない。
夫は不信を募らせ、逢瀬の場所である妻の母の実家(今は転居して不在で引き払おうかとも話し、妻はそれに戸惑う)での現場を見てしまう(二人で中に入り、一回に掛かる十分な時間の後退出するのを目撃)。妻の態度は不思議なほど夫の前ではゆったりとしており細やかな愛情も感じさせる。夫が車の助手席下から見つけたノート、妻のバッグ中のノートにメモをした学生の電話番号、そしてたまたま妻が母から頼まれた実家にある品物を、夫に代りに取って来るよう頼まれた事。さらには、その日学生からの電話で「ラブレターを送っておいた」と聞かされた妻は夫が居る実家に電話し、品物があった事を確認しがてら、「郵便受けは見なくていいから」と言ってしまい、「物的証拠」を夫は手にしてしまう。
夫の職場である病院で、一人の患者とのやり取りがある。若い彼女は母親から歌手になるために喉の手術を受けるよう説得されているが、当人は「生きてるだけで丸儲け」と頓着しない。だが病院での日常、腕の良い外科医でもある彼の患者に対する責任は、妻の一件で到底負えず、休暇を取っている。妻への嫌疑の追求を彼は最後まで敢行する。実家の鍵を預かった彼は合鍵も作っており、電話の会話を別室で聞くための細工まで行なった彼は、「次の逢瀬」が明日である事を突き止める。そこへ病院から電話があり、手術を拒んでいた彼女が承諾し、明日行なうと言われるが「今はそれどころではない。頼む!」と同僚に委ねる。
妻が学生に電話をして「明日会おう」と告げた直前のこと、夫は妻とのやり取りの間にキレている。妻は夫の拒絶を悟り、すぐさま学生に電話したのだ。
夫は先回りして実家の一番奥の物置に隠れる。やって来た学生に対し、妻は「これっきりにしたい」と告げる。「それを言いたくて呼んだ」と言う。しつこく食い下がる学生をきっぱりと拒否し、追い返した妻がため息を付いた時、奥から嗚咽の声が聞こえる。夫が崩れるように出て来ると、妻は夫の挙動を責めた後、こう言う。「貴方がこんなに傷つく事を自分がやっていたなんて気づかなかった。」そして怪我を負った者を迅速に手当し、介抱するように夫を遇し、二人で家へ帰って行く。
話はもう一山ある。互いと顔をつきあわせるのが困難と見た妻は、当面は別居しようと提案し、自分は休暇を取って遠方にスキーをしに行く(地元に居ては学生との接点が疑われてしまうので)、と言う。その見送りの場面。ところが、その暫く後、スキーウェアに身を包んだ例の学生が空港に現われ、ゲートを通って行く。絶望に見舞われた夫は、自宅で遺書を書く。妻は自分を追って来た学生に驚き、問い詰めると、大学の同僚の教員から聞き出したと言う。ある直感が働いた妻は、夫に説明しなければならないと悟り、公衆電話に走る。まず病院に電話し、夫の同僚から「夫は来ていない」事を確認し、もし夫が来たら「自分は○○から戻っている」と伝えてくれ、と言い置く。そして自宅の方へ掛けようとするが、後ろの男が並び直すように言う。緊急だと訴えるが自分も急いでいると言う。これをじりじりと待つ妻は舞台下手、一方上手の自室で机に向かっていた夫は、遺書を書き上げ、ゆっくり立ち上がる。紙を手にとり、電話機の上にそれを置くと、漸く前の男の電話が終り、妻は懇願するように自宅の電話を鳴らすが、遺書が上に置かれた受話器は既にこの世の者との回路を断ち、夫はふらりと家を出る。自転車に乗る。以前自転車を飛ばし肝を冷やした断崖のある山間へ、向かった事が分かる。疾走する姿が上手上段のスポットに浮かぶ。妻は空港へ。そして自宅へ。電話器の上の紙を見て絶望する妻。夫は過去を振り切るように猛スピードでペダルを踏み、ダイブする。
暗転の後、包帯だらけの夫の前に、妻が現われる。驚いた夫に向かって、妻は「私はここに居る」と言う。
必死に夫との関係をつなぎ止めようとする姿と、いとも簡単に学生と関係し、簡単に関係を終わらせてしまう姿。妻の中の肉体的な欲望があるが、それを捨てる事を厭わないものが夫との関係の中にある・・・その事が「信じられるか」がこのドラマが観客に問う大きな問い、と思える。
万里紗と伊達暁との取り合わせが良かった。
締めとなる第10話も、面白い。「希望に関する」とあるが、冒頭は切手蒐集家だった父が死去し、息子である兄弟の手元に残された切手コレクションが莫大な価値を持っていた、と知る場面。希望とは何か。彼らがこれを処分しようと相談した人間から、切手の「換金価値」以上の価値(記念切手そのものが持つ希少価値)について聞かされ、一転して二人は「売る」のでなくこれを保管し、なおかつ「父が集め切れなかった三点セット」を入手してコレクションを完成させる事に、関心が向かう。180度の転換がここにある。兄は売れたロックミュージシャン、弟は真面目なサラリーマン。二人はずっと意気投合して話を進める。
が、紆余曲折あって、二人は全てを失う。互いに原因をなすりつけ罵りあう、ばかりか強盗の手引きをした張本人ではないかと疑い合う。だが、犯人については二人に思い当たる関係者が浮上し、にわか切手コレクターとなった二人は一枚も二枚も上がいたのだと最後には諦める。
或る時、郵便局に立ち寄った兄、弟それぞれが、切手を買う時にふと記念切手に目が行き、3つのセットを購入してしまう。再び訪れた何もなくなった父の切手保管倉庫で、互いに同じ切手を買った事を知った二人は、互いの心を理解し、笑い合う。
希望とは何か。父の「偉業」を継ぐ事に生きがいを見出したにわか蒐集家の息子らは、その夢を「断たれた」事を自覚したが、凡そ全てのコレクションは凡庸な一つの記念切手から始まる、という本質は変わらない。その事を理解してか否かは分からないが、始めの一歩を二人は刻もうとした。二人が生きている間に父のような崇拝されるコレクターになっているかは甚だ不明だが、切手を愛する事の本質は、「誰が持っているか」とは別の所にある。・・これは愛に似ている。そこに希望を見出そうとした。
実演鑑賞
満足度★★★★
公演の後半にDプログラム、最終盤にEプログラムを駆け込みで観た。順番に感想を書いていたら中々のハードルなので簡略に、まとめて。
Dは上村演出の2つ。一つ目の「ある告白に関する物語」は、「子どもは誰のものか」を問う物語。
母=エヴァ(津田真澄)の<娘>アニャ(三井絢月=Wキャスト)を<姉>のマイカ(吉田美月喜)が誘拐する。実際はアニャはマイカの娘であり、エヴァはマイカの母。
冒頭、夜泣きする赤子に手をこまねくマイカの姿がある。マイカは年端が行かないか世間知らずの(発達障害的な?)風情で、これを見かねたようにエヴァが赤子をあやす・・という象徴的シーンが切り取られる。アニャはやっと学校に上がった位の年頃で、<姉>のマイカにもなついているが、頼りにしているのはエヴァのよう。現状を納得していないマイカはかねてからの計画を決行する。ある日アニャと<母>二人が劇場に行った際、エヴァが席を立った隙にマイカがアニャを連れ去る。アニャは「誘拐」を楽しんでいる風だが、エヴァの方は顔面蒼白、夫(大滝寛)に告げて心当たりに電話をかけまくる。一方マイカは子どもの「父親」(章平)を訪ね、一晩の宿を請う。かつてエヴァが校長をしていた学校の生徒だったマイカは、若い国語教師だった彼と「出来て」しまい、子を授かったのだった。
エヴァは激怒して二人を別れさせ、男は教師を辞めたらしい。地味に暮らしていた彼はマイカを見て驚き、自分の子を見て戸惑うが、最初は拒絶感の強かった男もマイカの純粋で一本気な人間性を思い出してか、一個の人格として愛した過去が蘇ってか、宿を与え、彼女のために自分がやれる事をやって良いという気になった事が分かる。男の所にもエヴァから電話が掛かり、彼は「知らない」と答える。
夜、マイカは実家に電話を掛けるとエヴァはホッとするのもつかの間、マイカの強い決意を聞かされ、絶望する。夫はそんな彼女に、「なぜマイカを拒否するのか」と諫める。エヴァは自分がマイカをとうの昔に失っている、とこぼす。ここで母娘関係のしこりが見えて来る。そしてエヴァが「マイカの代わりに」アニャという娘を得たと思っており、仕方なくアニャを引き取ったのではなく「かけがえのない存在」として迎えたのだという事が知れる。十戒の「他人の財産を欲してはならない」が浮上する。私達は如何にマイカが力不足であろうと、子を奪ったエヴァに疑問を投げかけなければならない、と促される。そんな予感が押し寄せる。
マイカは早朝目が覚めると家を出て、近くの駅へ向かう。彼女の行く先はカナダ。遠い。男は彼女の不在に気づくと、エヴァに電話をかけ、マイカが居た事を告げる。酷寒の早朝、始発までの時間駅員は暖かい駅員室へ二人を誘う。うたた寝の間にマイカたちは捜索者に見つけられ、アニャは「ママ」とエヴァへ駆け寄る。ちょうど電車が着いた時だった。エヴァはほんの僅かな変化をここで見せる。アニャを諦め、一人でホームへ向かおうとしたマイカの背中に、「あなたが必要だ」と声をかける。直情的で決めた事に一直線に進む習性のマイカは、去る。彼女の内心は分からないが、娘を奪われた思いだけは消えずに持ち続けるだろう。母はそんな娘を受け入れられなかった過去をどうにかこの時、辛うじて「否」と言えた。マイカの挙行に見合うだけの内省を要請されている事に、気づいたのである。
キェシロフスキの書くエピソードはどれも悲しい運命と、僅かながらの光がある。
二演目めは、他の作品中最もストーリー性に乏しい(又は描き切れてない)話だった。テーマは最も社会的に重いホロコーストである。観察者である「男」(亀田佳明)が唯一、台詞を喋る場面がある。ポーランドの大学のゼミで教授(高田聖子)が与えたテーマを考察するために学生が持ち込んだそのエピソードは「デカローグ」の何作目かのもの、だからそれを「知っている」男がこれを代弁する(女学生は口を動かし、声は亀田のもの)形である。このゼミには訪ねて来たばかりの女性(岡本玲)がいる。教授の著書を英訳した女性であるが、それ以上の縁があった事がやがて明かされる。戦中、アウシュビッツで親を亡くした彼女に関わる事になった教授は、彼女を冷遇したのだった。(ただその具体的な出来事が台詞だけで説明されるその台詞がよく聞き取れず、把握できなかった。)
ユダヤ殲滅が企まれたホロコーストと、その行為がどう重なるのか、別物なのかが不明。ただし「赦し」がテーマである事は分かる。最後の場面までに演出的な趣向が凝らされた後、教授側から彼女へ手を差し出し、抱擁するという美しい形で幕となる。独特な語り口の話であったが、「何があったのか」がその説明台詞以外から汲み取るヒントが得られず、それはその事実を多面的に見る視点ないしは感情が人物を通じて見えてこなかったためではないか・・といった事を考えてしまった。
やはり短くは書けない(言っちゃってるし)。最後のプログラムは別稿にて。
実演鑑賞
満足度★★
三月にわたった公演も後半になって後二話。このブロックDはともに上村聡史の演出である。出演者にも疲れが見えるが、観客の方も疲れてきた。今回は客席もやっと半分としか見えない入りで気勢が上がらないことおびただしい。
7は高校生妊娠で出産した子を母親が子として育てる。若気の至りだが、父親は別の町で暮らしている。実の母も成人して、子とともにカナダへ出国しようとする。出国を企てる一日の80年代後半のワルシャワの集合住宅を舞台にした一話55分。実子のつもりで育ててきた母親(津田真澄)の喪失感。母親が守ろうとしてきた娘(吉田美月喜)が孫を攫って去っていこうとすることへの思い。娘の子(娘・この子役のさらりとしたうまさでずいぶん救われている)、への思い。世上混乱期の話なので、なんだが戦後の大映映画の母ものみたいな設定で、津田真澄が現代版の三益愛子をうまく演じる。父親の元若い教師(章平)にとってはすでに過去の話だ。しかし、ぬいぐるみの製造を仕事にしている父親のところに娘が転がり込んで、気まずい親たちをよそに娘が作業場の片隅に寝てしまうところなぞ、大映映画調設定が生きて洋を問わず、人心は変わらないと思いはするが、そんなことなら七十年前から見ている話である。
8話は女性大学教授(高田聖子)のもとにそのポーランド語の本を英語に翻訳した英語圏の女性(岡本玲)が訪ねt来る。翻訳を立て前にしているが、実は訪ねてきた女性は、戦時中のナチのホロコーストをのがれた経歴があり・・・というあたりからは、日本では伺いにくいナチのユダヤ人虐殺の現代に残ろ来ず傷跡の話になっていくが、これは、日本が原爆投下されたからと言って同一に解釈するわけにはいくまい。さすがに製作者側もケーススタディのドラマ進行だが、それだけに今度はこちらには伝わりにくい。
8話を分かったつもりになるよりは7話のほうが面白く見られた。しかしここまで、このポーランドのテレビ連続ドラマの舞台版を見てきたが、一話一話は良く出来た短編集みたいで面白く見られるものもあったが、この8話のように深いところは描き切れてもいない。そこがテレビと演劇の大いに違うところで、そこを、日本の演劇作者は甘く見て簡単に取り組んだとしか思えない。亀田佳明が演じる十話通しの無名の登場人物、などただただいい役者をもったいないことをするものだという印象しか残らない。異国で演劇化するなら、そこをこの演劇上演の核としてしっかり立つように考えておかなければ、30年前のほとんど知らない異国のドラマを上演する意味がない。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2024/07/05 (金) 19:00
D(7・8)を観た。非常に面白い。56分(20分休み)64分。
7「ある告白に関する物語」女子大生マイカは母エヴァと父と同居しているが、高校時代に産んだ娘アニャをエヴァの娘として育てることにしたが、エヴァに邪険にされ、アニャとともに家を出ることにして…、の物語。悲劇的な結末に向かってしまいそうな展開が、ある意味で落ち着いた結末に向かうが、その過程を興味深く観た。
8「ある過去に関する物語」倫理学を教える教授ゾフィア(高田聖子)を、その著作の英訳者であるエルジュビェタ(岡本玲)が訪ねて来て、ゾフィアのゼミを見学するが、そこで議論の題材としてエルジュビェタが提示した話題は、…の物語。2人が対立するのかと思ったが、穏やかな展開と意外な展開を交えた作品で、デカローグ10作の中で最も面白いと思った。高田と岡本の組合せが見事だ。岡本は新国立の作品では常に光る。
10作を全て観たが、一種平凡で事件が起こらないものから、いきなり事件に展開するものまで幅がある。ポーランドという国の事情もキリスト教という文化的背景も違う私には、10作観てどう、とは言えないなぁと思う。
実演鑑賞
満足度★★★
E ⑩⑨ 演出:小川絵梨子
⑩「ある希望に関する物語」
⑧に出て来た切手コレクターの男が亡くなっている。彼の子供である兄(石母田史朗氏)とパンク・バンド(?)のヴォーカルをやっている弟(竪山隼太氏)が遺品を整理する。
弟は何故かGuns N' Rosesの1991年発売『Use Your Illusion』Tシャツ。歌の内容はデス・メタルっぽい。彼の音楽性に疑問符。
父親のコレクションの価値など全く判らなかったが、実は国内有数のマニアで世界的にも知られた存在。とんでもない莫大な資産であることを知って二人の目の色が変わる。
MVPはドーベルマンのセシルちゃん(湘南動物プロダクション)。可愛い。動物と子供を出しておけば皆優しい気持ちになれる。
凄くポップな話で観客受けが良い作品。
⑨「ある孤独に関する物語」
性的不能の為、性行為はもう一生出来ないと診断された外科医(伊達暁氏)。それを妻(万里紗さん)に告げると「離婚はしない。SEXなしでも夫婦として暮らしていきましょう。」との温かい言葉。だがその裏で若い大学生(宮崎秋人〈しゅうと〉氏)と不倫を重ねていることを外科医は知ってしまう。
伊達暁氏天性の喜劇調の明るさ。堺正章や柴田恭平に通ずるこのキャラがコメディーリリーフとして機能し、陰陰滅滅たる物語を軽やかに奏でてくれる。自転車のシーンが爽快。
心臓の手術を受ける声楽家志望の少女(笠井日向さん)のエピソードが印象的。
面白かった。
是非観に行って頂きたい。
実演鑑賞
満足度★★★
D ⑦⑧ 演出:上村聡史
⑦「ある告白に関する物語」
夜中にうなされている小さな娘(三井絢月ちゃん)。それを見ながら何もしてやれずまごまごする姉(吉田美月喜さん)。やって来た母親(津田真澄さん)が娘を抱きしめて、姉を叱り付ける。「ほら、あんたは何も出来ないんだから!」娘に「また狼の夢を見たのね。ほら狼なんていやしないのよ。」とあやす。
その後、姉はふと母親に訊く。「何で狼だと思ったの?」母親は何も答えない。
数日後、姉は妹を連れ去ってしまう。
娘役の三井絢月(あづき)ちゃん7歳がMVP。一流。彼女一人の誕生で関係者全員の人生が良くも悪くも振り回されていく。本人は我関せず真っ直ぐな瞳でこの世界を見つめ続ける。純粋なものこそがこの世界の中心であるべき、という思想。
⑧「ある過去に関する物語」
倫理学の大学教授(高田聖子さん)、彼女の全著作を英訳しているアメリカの大学教員(岡本玲さん)が来訪。彼女の授業を聴講することに。一人の学生が②のエピソードを提議する。不倫で妊娠した妻、闘病中の夫が死ぬのなら産むし、快癒するのなら堕ろすと。医師は生まれてくる子供の生命こそ大切だと考えて「夫は死ぬ」と嘘をつく。大学教授がこの話に対して「子供の生命こそが一番に優先されるべきだ。」と講評したことで、岡本玲さんに火が点く。手を挙げて彼女が語り出した課題は、1943年ナチス占領下のポーランド、6歳のユダヤ人少女のエピソードだった。
オープニングがカッコイイ。壁越しに罪を刻印された男の影。
岡本玲さんとは判らなかった。ちょっと配役的に若すぎる気も。
MVPは高田聖子さんだろう。何かリアリティーがある。良くも悪くも人間は生活し続けなくてはならない。頭の中で生きている訳ではない。何を考えていようと動物として生き続けなければならない。思想を抱えた動物のリアリティー。
素晴らしい作品だと思う。キェシロフスキ抜きで立派に成立する舞台だった。
是非観に行って頂きたい。
実演鑑賞
満足度★★★★★
7から10を一日で見た。1から通して、庶民生活に起きる小さな話を10個も並べる、しかも「社会主義」ポーランドの40年前のテレビシリーズが元ネタ、というと、普通はあまり食指を動かされないだろう。ところがそれがそうでもない。どの作を見ても、巧みな展開に引き込まれ、登場人物の心理や選択をめぐって、こちらもハラハラ・ドキドキさせられ、大小はあるが確実に心動かされる。それぞれ無関係の話をデカローグ(十戒)という枠で緩く(あるいは緊密に)つなぐアイデアもうまい。
(つい先日、山田太一「男たちの旅路」シリーズの「車輪の一歩」をDVDで見たが、庶民性、一話完結の連作というスタイル、そして何より各回にそれぞれ異なる強いテーマ性など、共通点がある)
7「ある告白に関する物語」十戒7盗む勿れ
22歳の娘マイカは16歳のときに産んだ女の子を、校長だった母親(津田真澄)が実子として戸籍に入れ、自分はその子の姉として生きてきた。うばわれた娘を取り戻すための思い切った反乱。娘は母親に向かって「私の娘を盗んだ!」となじる。6歳のアニャを誘拐することは「これは盗みではない取り戻すだけだ」と。「盗む勿れ」の戒律から、こんな話を着想したところに舌を巻く。
津田真澄の母親像にリアリティがある。かつて蒸す値を切り捨てたことに負い目はあるが、決して悪人でも冷血漢でもない。アニャを失いたくない悲痛さが胸にしみる。
8「ある過去に関する物語」十戒8隣人について偽証する勿れ
ホロコーストの過去をめぐる話。かつてユダヤ人少女を見捨てた女性と、見捨てられた少女の、40年後の再会を描く。テーマは10作の中で随一の注目度だが、内容は10作の中で一番茫洋としている。結末が肩透かしというか、何か不全感が残る。裏切られた少女の話を聞いても、当事者の二人をよそに、大学生たちはケーススタディとしてしか考えない。子の若者たちの姿にポーランドでも戦争体験の風化が示唆されているのかもしれない。
9「ある孤独に関する物語」 他人の妻を欲する勿れ
不能になった夫(外科医)と、不倫する妻。しかし、妻の不倫は、相手の大学生に押し切られたもので、妻は夫を愛している。よくある夫婦の疑心暗鬼と心理戦なのだが、夫の不能という設定が、男としてのプライド、夫としての自尊心にかかわるヒリヒリした問題にする。妻を疑う夫の行動と、情事がばれるかどうか、夫はどういう行動に出るのかに目を離せない。これこそどうでもいい小さな話のはずなのに、芝居に引き込まれ、一喜一憂させられた。
10「ある希望に関する物語」他人の財産を欲する勿れ。
父が莫大な価値を持つ切手コレクションを遺した、兄弟の話。人情としては、よくわかる話。天国から地獄へ、見事な落差を作って見せる展開がうまい。番犬として本物の犬が舞台に現れ、言うことを翌期うのはユーモアが漂い、舞台がなごんだ。
実演鑑賞
満足度★★★★
7-10を1日で通して観たが、これまでと同じく、どれもなかなか面白く印象に残る短編の佳作。劇的な展開をみせるものもある。何度も観てくると、あの舞台上の建物がそこに住まう者の運命を操り見つめているように思えてくる。
オリジナルの映画がそうだからか、どれも短い場面が次々連なって展開するが、うまく舞台上で捌いている。最前列の場所によっては建物の2階で演じられる場面が角度的に死角になってやや見えにくくなる。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2024/06/29 (土) 13:00
E(9・10)を観た。最後に観る方がいいとは思ったし、Aとは大分雰囲気が違う。57分(20分休み)54分。
9「ある孤独に関する物語」性的不能と診断された医師の夫が、妻と離婚を話し合うが、実は妻は若い大学生と不倫をしていて…、の物語。不能が分かったことで、妻の態度が変わるあたりが面白く、展開はドキドキするものになり、エンディングが見事だと思う。元が映画だと思うと、エンディングの演出は当然なのだけれど、感動する。
10「ある希望に関する物語」父の死で疎遠になっていたサラリーマンの兄とパンクバンドのヴォーカルの弟が父のマンションに行くと、そこには莫大な価値を持つ切手のコレクションがあり…、の物語。父と疎遠だったがゆえに、残された切手コレクションの価値が分からない、というのもありそうだし、切手コレクターたちの挙動も良く分かる、と思ってみていた。最後は一応ホッとするエンディングで良かったなと思う。
都合で、Dより先にEを観ることになったが、Eが最後を意識した作品になっていて、Dを先に観たかったなとは思った。