デカローグ7~10 公演情報 新国立劇場「デカローグ7~10」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    Eプログラム(小川絵梨子演出)の2本も見応えがあった。
    一つ目は、医師の夫(伊達暁)が同僚の医師から、彼の勃起不全が回復不能であると告げられる所から始まる。妻は「美しい」大学教員(万里紗)。二人の間に秘密があってはならないと考える夫は、触れたくない事らしいと察知して体をかわそうとする妻を彼に向き合わせ、「事実」を告げる。が、鷹揚な妻は「今までと変らない」と夫に告げる。だが事態はすぐに不穏に。夫が無言電話を取り、その主らしい若い学生(宮崎秋人)と妻は逢瀬にいたる。いつものルーティンのようにセックスをする。学生は妻が禁止した電話も自宅にかけるわ、車の助手席の下に自分のノート(だか教科書)をわざと置き忘れるわ、「大人の関係」に向かない。
    夫は不信を募らせ、逢瀬の場所である妻の母の実家(今は転居して不在で引き払おうかとも話し、妻はそれに戸惑う)での現場を見てしまう(二人で中に入り、一回に掛かる十分な時間の後退出するのを目撃)。妻の態度は不思議なほど夫の前ではゆったりとしており細やかな愛情も感じさせる。夫が車の助手席下から見つけたノート、妻のバッグ中のノートにメモをした学生の電話番号、そしてたまたま妻が母から頼まれた実家にある品物を、夫に代りに取って来るよう頼まれた事。さらには、その日学生からの電話で「ラブレターを送っておいた」と聞かされた妻は夫が居る実家に電話し、品物があった事を確認しがてら、「郵便受けは見なくていいから」と言ってしまい、「物的証拠」を夫は手にしてしまう。
    夫の職場である病院で、一人の患者とのやり取りがある。若い彼女は母親から歌手になるために喉の手術を受けるよう説得されているが、当人は「生きてるだけで丸儲け」と頓着しない。だが病院での日常、腕の良い外科医でもある彼の患者に対する責任は、妻の一件で到底負えず、休暇を取っている。妻への嫌疑の追求を彼は最後まで敢行する。実家の鍵を預かった彼は合鍵も作っており、電話の会話を別室で聞くための細工まで行なった彼は、「次の逢瀬」が明日である事を突き止める。そこへ病院から電話があり、手術を拒んでいた彼女が承諾し、明日行なうと言われるが「今はそれどころではない。頼む!」と同僚に委ねる。
    妻が学生に電話をして「明日会おう」と告げた直前のこと、夫は妻とのやり取りの間にキレている。妻は夫の拒絶を悟り、すぐさま学生に電話したのだ。
    夫は先回りして実家の一番奥の物置に隠れる。やって来た学生に対し、妻は「これっきりにしたい」と告げる。「それを言いたくて呼んだ」と言う。しつこく食い下がる学生をきっぱりと拒否し、追い返した妻がため息を付いた時、奥から嗚咽の声が聞こえる。夫が崩れるように出て来ると、妻は夫の挙動を責めた後、こう言う。「貴方がこんなに傷つく事を自分がやっていたなんて気づかなかった。」そして怪我を負った者を迅速に手当し、介抱するように夫を遇し、二人で家へ帰って行く。
    話はもう一山ある。互いと顔をつきあわせるのが困難と見た妻は、当面は別居しようと提案し、自分は休暇を取って遠方にスキーをしに行く(地元に居ては学生との接点が疑われてしまうので)、と言う。その見送りの場面。ところが、その暫く後、スキーウェアに身を包んだ例の学生が空港に現われ、ゲートを通って行く。絶望に見舞われた夫は、自宅で遺書を書く。妻は自分を追って来た学生に驚き、問い詰めると、大学の同僚の教員から聞き出したと言う。ある直感が働いた妻は、夫に説明しなければならないと悟り、公衆電話に走る。まず病院に電話し、夫の同僚から「夫は来ていない」事を確認し、もし夫が来たら「自分は○○から戻っている」と伝えてくれ、と言い置く。そして自宅の方へ掛けようとするが、後ろの男が並び直すように言う。緊急だと訴えるが自分も急いでいると言う。これをじりじりと待つ妻は舞台下手、一方上手の自室で机に向かっていた夫は、遺書を書き上げ、ゆっくり立ち上がる。紙を手にとり、電話機の上にそれを置くと、漸く前の男の電話が終り、妻は懇願するように自宅の電話を鳴らすが、遺書が上に置かれた受話器は既にこの世の者との回路を断ち、夫はふらりと家を出る。自転車に乗る。以前自転車を飛ばし肝を冷やした断崖のある山間へ、向かった事が分かる。疾走する姿が上手上段のスポットに浮かぶ。妻は空港へ。そして自宅へ。電話器の上の紙を見て絶望する妻。夫は過去を振り切るように猛スピードでペダルを踏み、ダイブする。
    暗転の後、包帯だらけの夫の前に、妻が現われる。驚いた夫に向かって、妻は「私はここに居る」と言う。

    必死に夫との関係をつなぎ止めようとする姿と、いとも簡単に学生と関係し、簡単に関係を終わらせてしまう姿。妻の中の肉体的な欲望があるが、それを捨てる事を厭わないものが夫との関係の中にある・・・その事が「信じられるか」がこのドラマが観客に問う大きな問い、と思える。
    万里紗と伊達暁との取り合わせが良かった。

    締めとなる第10話も、面白い。「希望に関する」とあるが、冒頭は切手蒐集家だった父が死去し、息子である兄弟の手元に残された切手コレクションが莫大な価値を持っていた、と知る場面。希望とは何か。彼らがこれを処分しようと相談した人間から、切手の「換金価値」以上の価値(記念切手そのものが持つ希少価値)について聞かされ、一転して二人は「売る」のでなくこれを保管し、なおかつ「父が集め切れなかった三点セット」を入手してコレクションを完成させる事に、関心が向かう。180度の転換がここにある。兄は売れたロックミュージシャン、弟は真面目なサラリーマン。二人はずっと意気投合して話を進める。
    が、紆余曲折あって、二人は全てを失う。互いに原因をなすりつけ罵りあう、ばかりか強盗の手引きをした張本人ではないかと疑い合う。だが、犯人については二人に思い当たる関係者が浮上し、にわか切手コレクターとなった二人は一枚も二枚も上がいたのだと最後には諦める。
    或る時、郵便局に立ち寄った兄、弟それぞれが、切手を買う時にふと記念切手に目が行き、3つのセットを購入してしまう。再び訪れた何もなくなった父の切手保管倉庫で、互いに同じ切手を買った事を知った二人は、互いの心を理解し、笑い合う。
    希望とは何か。父の「偉業」を継ぐ事に生きがいを見出したにわか蒐集家の息子らは、その夢を「断たれた」事を自覚したが、凡そ全てのコレクションは凡庸な一つの記念切手から始まる、という本質は変わらない。その事を理解してか否かは分からないが、始めの一歩を二人は刻もうとした。二人が生きている間に父のような崇拝されるコレクターになっているかは甚だ不明だが、切手を愛する事の本質は、「誰が持っているか」とは別の所にある。・・これは愛に似ている。そこに希望を見出そうとした。

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    2024/07/23 04:38

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