天の秤 公演情報 天の秤」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-20件 / 20件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    2022年に新型コロナウイルスの影響で中止となったためリベンジ公演となった本作は、風雷紡「よど号」ハイジャック事件を題材にしたスリリングな密室劇である。複数の勢力の利害及び影響関係が、それぞれの視点から取り上げられて見事なドラマへと編み上げられていた。

    ネタバレBOX

    会場となった小劇場楽園の密閉感は、ハイジャックされた「よど号」の密室感を観客に伝えており、加えて描かれる状況の閉塞感、どうにもならない息苦しさをも感じさせていた。そのような狭い空間で演じられる熱量の高い演技は、緊張感を一層高めていたと評価できる。
    実際に起きた出来事を非常に綿密に調査し、一つの群像劇へとまとめた劇作能力には驚かされた。これだけの人数の人物の思想や感情だけでも大変なのに、その人物間の変化まで緻密に描かれていた。そのため観客は本作品を通じて、また劇場を出た後も、「正義」について問い続けることができた。
    そのような構造の複雑さに比して、「正義」とそれを脅かす存在の掘り下げ方がやや安直だったことが気になった。国家や法の「正しさ」を問うのであれば、ハイジャックを行った赤軍派が信じる「正しさ」も問う必要がある。だが、彼らの思想や行動については(ストックホルム症候群的に同調してしまうアテンダントが描かれている割には)あまり言及されていなかったように思う。少なくとも、私は彼らが盲信者であり問い直す必要もなく「悪」であるように受け取られた。
    また、これは恐らく風雷紡の演技スタイルなのだと思うが、狭い空間に比して演技と声量がやや大きすぎるように感じられた。ひょっとしたらより大きな劇場だったら適切だったかもしれない(しかしその場合は閉塞感を手放さなければならず、悩ましい)。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    実際の事件をもとにしているため展開は想像がつくものの、人物の描き方によって、正義とはなにかや、後進を育てる立場のあり方など、ある程度の年齢や立場となった大人の迷いや覚悟が浮き彫りになっていきます。ハイジャックという特異なシチュエーションだからこそ、おそらくだれしもがいつか社会のなかでぶちあたる、育てられるものから、育てるものへの移行の困難が感じられたようでした。

    ネタバレBOX

    会場となる楽園は、二面舞台でその間に柱があります。今回、アクティングエリアを柱をまたいで奥まで設けたことで、視界の悪さがハイジャックされた機内と重なり、良いストレスとなりました。
    緊迫感や人間ドラマなど基本はずっとシリアス。とくに機内は、たった1人でハイジャック犯役として健闘していた杉浦直さんは、なかなかの荷を背負ってのことだったと思いますが、(現実の事件でも)考え方が甘いと言わざるを得ない若者なりの信念には芯が通っていました。地上も右往左往していましたが、日本航空専務役の高橋亮次さんなど、緊迫したままにその頼りなさに頼りなさを感じさせ、かつ客席を沸かせることも何度かあり、私自身もその緩急のおかげで集中し続けられました。

    余談ですが、終演後が誘導により1列ずつの退席だったため、待ち時間のあいだに隣席の年配の男性から「よど号って知ってる?」と聞かれました。その、どこかのめり込んだような口調から、リアルタイムでニュースを見聞きしていた方の感想は、また違うのだろうなと、思いました。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    家族を母体として劇団活動を続けている風雷紡。2007年の結成以降、津山事件、帝銀事件、あさま山荘事件などの昭和の事件をモチーフに作品作りを行ってきました。本作『天の秤』のモチーフとなっているのは、1970年3月31日に発生した日本赤軍による「よど号」ハイジャック事件。奇しくも私が観劇した千秋楽は事件が起きた当日でした。
    妙な偶然の中で見る、「正義」とはなんたるかを問う物語。細かな取材や資料の参照にあたりながら、事件の真相と深層をともに描き出した作品でした。
    (以下ネタバレBOXへ)

    ネタバレBOX

    客席と舞台を機内に見立てた美術、離陸アナウンス風の上演諸注意など、開幕前からすでに劇空間が物語に占拠されていることにまず耳目を奪われました。続く内容は事実に忠実に則っており、物語は、赤軍派を名乗る田宮貴麿(杉浦直)らによってハイジャックされた日本航空351便が北朝鮮へ行くことを命じられるところから始まります。
    事件の現場である機内と事件の対応に奔走する社内。その2つの軸を往来する形でシーンが展開していき、立場の違いによって正義が歪む様を皮肉に炙り出していました。

    機内パートには、田宮以外に機長の石田(祥野獣一)、副操縦士の江崎(北川サトシ)、客室乗務員の神木(秋月はる華)と沖宗(岡田さくら)、植村(吉永雪乃)。社内パートには、日本航空専務の斎藤(高橋亮次)、運輸大臣の橋本(齊藤圭祐)、政務次官の山村(山村鉄平)、客室乗務員指導教官の深澤(下平久美子)。立場や視点の様々な10名の登場人物の抱く恐怖や絶望、迷いや思惑、そして、それぞれ異なる正義の形が描かれていく点が最大の見どころです。人命がかかっているにもかかわらず、社内での権力争いや世間への体裁を優先し、そのジャッジに振り回されるのはいつも現場スタッフで…。こういった構造は現代にも通じる不条理であり、過去の事件ではありますが、組織や国家の闇はいつの世も変わらないのだと痛感したりもしました。

    「ハイジャック中の機内」という状況下だけあって、俳優らのお芝居にも緊迫感が走り、また正義を口にする時にはそれぞれ温度も高く、熱演という言葉の似合う作品であったと思います。私が個人的に惹かれたのは、実行犯である田宮に次第に共感を覚えゆく乗務員・沖宗の姿でした。社会運動に刺激されたり、運動者の思想に感化をされる若者の姿は当時の世相を象徴しており、本団体が事件をモチーフに創作するにあたって重要視している「時代に翻弄された人々」をまさに端的に示すシーンであったと思います。

    事件の背景や詳細、その当時の時代性を細やかに捉え、真摯に舞台化された作品であったと感じる一方で、それ以上のテーマ性には踏み込んでいない感触を覚えたのも正直なところでした。「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」というセリフは、本作の核心を突いた言葉であると思うのですが、言葉の力に寄り掛かりすぎている印象がありました。言葉の力が素晴らしいだけあって、こうした言葉を暗に示すような劇的な風景をさらに期待してしまったのかもしれません。また、起きていることの情報を正しく伝えようとするあまりに説明台詞が過多になってしまった感も否めず、全編を通じてではないものの一時的に再現VTRを見ているように感じる瞬間もありました。機内に仕立てた空間や俳優の力量を活かして、演劇でなければならなかった演出がもう少し忍ばされていたら、より深層へと潜って行けたのではないかと思います。

    しかしながら、風雷紡の実際に起きた事件をモチーフに作劇をするといった試みは、今この瞬間にもあらゆる事柄が風化してしまう現代社会において、非常に意義深いものであると感じます。次はどんな事件をモチーフとするのでしょうか。劇場では、そんな風に今後の団体の展開を楽しみにしているファンの存在感も感じることができ、豊かな時間でした。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    未投稿分を遅ればせながら

    楽園という空間を徹底的にいかしきり、場内アナウンスから始まり衣装、照明などのスタッフワーク全てを含めて没入させる作りだった

    再現ドラマなども時々あるなかで、生で事が起こる演劇の強みを、大きく実感した

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/03/31 (日) 17:00

    昨年の初演時に千穐楽での観劇を予定していたのだが、コロナ禍で楽前日と楽日だけが中止となり、観ることができなかった作品。
    劇団としても出演者やスタッフにしても無事着陸できなかった無念が残っていたのだろう。幸いに7ケ月半を置いて再演となったが、私も懲りずに(笑)今回も千穐楽を予約。

    大阪万博が開幕して2週間後の1970年3月31日、JA8315号機(愛称「よど号」)は羽田から板付(現在の福岡空港)へ向けて、普段どおり運航されていたが、赤軍派を名乗るグループによってハイジャックされた。これが日本初のハイジャック事件、いわゆるよど号事件である。
    実は赤軍派が使用した日本刀・拳銃・爆弾などは、すべておもちゃや模造品であったことが後に判明しているし、まだ飛行機での旅行が珍しかった時代であり、当初の予定日の搭乗時刻にメンバーが遅刻して延期されたことなど、今から考えるとお粗末な事件ともいえるが、当時高校1年生だった私には緊迫したTVニュースの画面に釘付けだった記憶がある。犯人グループの「われわれは明日のジョーである」という声明も話題になった。

    (以下、ネタバレBOXにて…)

    ネタバレBOX

    離陸前の機内アナウンスを模した前説から物語が始まる。

    主な舞台はよど号の操縦室。ここでの機長や副操縦士と犯人グループの田宮とのやりとりが太い幹となり、ここにスチュワーデス(まだ当時はCAやFAなどという無味乾燥な言葉は使われていなかった)や対策本部の状況等が枝葉として重ねられていく。
    操縦室には当然航空機関士も居たはずだが、ハイジャック後すぐに拘束され犯人グループとの交渉にもタッチできなかったため、劇中には登場していない。

    劇中で犯人からスチュワーデスの一人が「カラマーゾフの兄弟」を借りて、それによって左翼思想に共鳴を覚えていく場面があるが、実際に「カラマーゾフの兄弟」を借りて読んだのは当時は聖路加国際病院内科医長の日野原重明だった。

    金浦国際空港では山村新治郎運輸政務次官が人質の身代わりになって搭乗して北朝鮮へ行ったことで男を挙げたが、これが自らすすんで人質になったのではないことや、運輸大臣の橋本登美三郎と中曽根康弘とのまるで他人事のような電話のやりとりなど、当時は知られていなかったエピソードも盛り込まれている。
    また、機長がその後女性問題でJALを追われることになったこと、山村が精神疾患を患っていた次女により刺殺されたことなどもそれをうかがわせる会話を劇中にさりげなく織り込んでいる。
    このように、吉水恭子の脚本はよど号事件に関わるさまざまな事柄を要領よく採り入れて、人間ドラマとしても厚みのある内容に仕立て上げている。

    因みにタイトルとなっている「天の秤」は「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」という言葉とともに剣と天秤を持つ正義の女神が司法、裁判の公正さを表す象徴・シンボルとされていることによるものだ。

    まさに息つく暇も与えない2時間弱だった。
  • 実演鑑賞

    満足度★★

    「客席をハイジャックする歴史劇」

     1970年3月31日に発生した日本赤軍によるよど号ハイジャック事件に取材した作品である。2022年に新型コロナウイルスのため上演中止になった公演のリベンジとなった。

     客入れでかかるサイモン&ガーファンクルの曲が往時を思わせ、機内アナウンスを模した上演前の案内が客席を劇世界へといざなう。楽園の二面舞台最奥を操縦席に見立て、そこから対角線上を飛行機内と見立てることで、客席がハイジャック犯に占拠されたかのような気持ちにさせる空間設計がまずうまい。

    ネタバレBOX

     機長の石田真二(祥野獣一)と副操縦士の江崎悌一(北川サトシ)により運航されていた日本航空351便は、赤軍派を名乗る田宮貴麿(杉浦直)らによってハイジャックされ、北朝鮮へ向かうことを強いられる。客室乗務員の神木広美(秋月はる華)は乗客の命を最優先に他の客室乗務員と奮闘するが、新米の植村初子(吉永雪乃)はオロオロするばかり。その頃地上では日本航空専務の斎藤進(高橋亮次)が対応に苦慮するなか、運輸大臣の橋本登美三郎(齊藤圭祐)の代わりに政務次官の山村新治郎(山村鉄平)が自ら人質になることを申し出る。しかし山村には他に隠している家庭内の苦慮があった。

     事件にかかわった人物を実名で舞台にあげた勇気には感服したが、この上演を通して伝えたいテーマが見えてこないため、調べたことをただなぞっていたようになってしまった点が残念である。また状況の変化がすべて台詞で説明されてしまうため劇的な効果が殺がれていた。さらに機内の様子や航空会社、関係省庁や議員が行く末を見守る様子に加え、乗組員のプライベートの描写が入ってきたことで情報が錯綜し、観ていて混乱した。いっそ機内の様子に的を絞ったほうがより緊迫感が増しただろうに残念である。

     俳優は皆健闘していたが、説明的な台詞のために深い共感を呼ぶようなものが少なかったのも残念な点である。そんななかでも実行犯に一時的に共感する様子を見せる客室乗務員・沖宗陽子を演じた岡田さくら、冷静な指導教官深澤聡子を演じた下平久美子が印象に残った。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/03/30 (土)

    面白い。
    この一言に尽きます。

    劇場楽園の2面客席と入口の3方向と柱を使った臨場感ある舞台の使い方。
    凝らされた音響。
    観客が芝居の場にいるかのような演出に、次第に観客としてではなく、まさに目の前で起きている状況のように、その時代でその意味を考えている自分に気付く。

    日本で初めて起きたハイジャック。
    それぞれの人物が、それぞれの正義と何かを秤にかけ、次々に決断をし実行してゆく。
    その1個人の秤だったものが、個人の価値観を変えさせてしまうだけではなく、国と国の関係性を変えてしまうとてつもなく大きな秤となってしまう。
    その秤の均衡を保つ為に乗せるもの、役者が怖れながら震えながら腹を決めて置くような芝居。
    人生は選択の連続と言いますが、選択の前に秤がある。
    重いのが良いのか、軽いのが良いのか、均衡を保つのが良いのか…。何も置く事が出来ないのか…。

    堪能させて頂きました。
    とてもとても面白かったです!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    前回公演中止前に幸いにも観れてまして大筋の流れは分かっていたので
    台詞と演技を噛み締めて味わいつくしました。
    ニヤニヤポイントが多いで有名な運輸大臣橋本登美三郎ですが、
    前回の霧島ロックさんがヤンチャしたポイントをどうするのか、さいけさんに注目して作品を楽しませていただきました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    史実に基づく舞台 演劇作品で
    ハイジャック事件の流れを
    忠実に再現しながら 人間ドラマが
    見事に描かれ
    それぞれの立場だけでなく
    素性や内面も 会話や振る舞いで
    描かれていたので
    それぞれの気持ちに寄り添ったり
    後ろから頭をバシッとしたくなるような
    苛立ちを感じたり
    地上から奮戦する空港関係者に
    エールを送って、と
    再観劇でストーリーはわかっているけど
    その場面場面に集中して
    共に闘う気持ちで
    最前列で観た時は 役者さんと
    擦り合うくらいの距離感で
    でも ふれあう事のない
    こちらは当然ながら安全な場所いる事が
    自分が飛行機本体で
    機内や地上で起きている事を
    見守っている そんな思いも感じました


    観劇 ではなく
    搭乗 という言葉で
    機内アナウンスのような前説も
    気持ちを高めてくれて
    飛行機が飛び立つ爆音で 本当に
    Gがかかったような感覚がありゾクゾクしました!
    事件の実話ですし 
    乗り越えたから幸せになる
    という話ではないですが
    すごく面白くて 観れて良かったです!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    テレビの再現で取り上げているので分かっているが、映像では伝えられない生の緊迫感を観ることができました。そして、正面のない楽園の使い方が見事でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    少ない人数でよど号ハイジャック事件(1970年3月31日)をよく描いた。脚本の工夫には感心。自分は山村新治郎が次女に刺殺された事件(1992年)や田宮高麿の怪死(1995年)など後追いで事件に興味を持った口。当時『噂の真相』や『創』なんかを毎月買っていた。
    未だによく判らないのが共産主義の魅力。戦前の太宰治的キリスト教文脈の解釈としての憧れならば理解出来るのだが。ただ“革命”に参加したくて、それを肯定する理由付けの為だっただけなんじゃないかと。大義名分による暴力衝動の正当化。

    テーマは「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」。
    ギリシャ神話に登場する女神テミス(=ローマ神話のユースティティア)像。目隠しをして左手に秤、右手に剣を持つ。秤は善悪を量る「正義」を象徴し、剣は裁く「力」を象徴、目隠しは「法の下の平等」を。1872年、ドイツの法学者ルドルフ・フォン・イェーリングの『権利のための闘争』から。その元となったのはフランスの哲学者ブレーズ・パスカルの死後、1670年に発刊された遺稿集『パンセ』の一節、「力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である」。

    機長役、祥野獣一氏が物語の重心となる。
    山村新治郎役、山村鉄平氏が事件を追想する額縁。
    ハイジャック犯、田宮高麿役は高橋亮二氏。乗客達に「(退屈しのぎの為、)希望者には自分達が持ち込んだ本を貸し出す」と告げて書名を読み上げる。このシーンが一番観客が沸いた。

    乗客の生命、安全を最優先にすることが日本航空乗務員の“正義”。
    “革命”の為にどんな障害があろうとも計画を遂行することがハイジャック犯の“正義”。
    今、最優先すべきものは何なのか?その判断の根幹、“核”になるものとは果たして何なのか?

    ネタバレBOX

    この事件を起こした共産主義者同盟赤軍派の9人はリーダーの田宮高麿が最年長27歳、最年少の柴田泰弘に至っては16歳の高1。しかも犯行に使った日本刀、拳銃、爆弾など全て玩具でしかなかった。目的は北朝鮮をオルグ(勧誘によって仲間にすること)して“赤軍化”すること。勿論、朝鮮語も英語もできない。こんな無計画な度胸だけの若者達が国家相手に大立ち回りを演じ、見事国交のない北朝鮮に入国したことは世間に衝撃を与える。当時は国家権力は“悪”の象徴だった為、「あいつら凄えことやりやがったな、俺達だって出来る筈、負けてらんねえ。」の気分。ある種、痛快な英雄でもあったのだ。(無論、革命ごっこに夢中な愚かな連中と白眼視もされていたが)。

    この人質を取って荒唐無稽な要求を国家に呑ませるというアイディアは、ゴジが撮った『太陽を盗んだ男』という映画になる。
    冴えない中学校の理科の教師が、自宅で原爆を作る。証拠を携えて日本政府を脅迫。要求は「プロ野球中継を最後まで放送しろ。」「ローリング・ストーンズの日本武道館公演を開催しろ。」(当時、ストーンズは前科が問題となって入国審査が下りず)。実は彼にはそれぐらいしか望みはなかったのだ。

    この事件の裏の主人公は乗客の中にいた米国人のダニエル・マクドナルド神父。彼はどうもCIAのエージェントだったらしく、北朝鮮で尋問を受けることを米国は危惧。日本と韓国に、北朝鮮には絶対に行かせないよう要請。朴正熙(パク・チョンヒ)大統領はKCIAに命じ、よど号を金浦(きんぽ)空港に着陸させた。そして3回、別々の米国人の3人が神父の身代りになりたいと空港に申し出てくる。更に管制塔から神父との交信を求められる。山村新治郎が身代わりになることで乗客は解放され、飛騨号で帰国することに。だが神父の姿は消えてしまい、結局日本に帰ることはなかった。この神父の存在がこの事件をここまで込み入ったものにしている。

    一番ぐっと来たのは山村新治郎が母親に電話して「母ちゃん、最後にもう一度、直義(彼の幼名)と呼んでくれないか」と頼むところ。国交のない北朝鮮に行けばどうなることか誰にも分からない状況。死を覚悟した男の名シーン。

    後年、山村新治郎は24歳の次女により、寝室で出刃包丁で滅多刺しにされて死んだ。精神疾患を患っていた次女は「心神喪失により責任能力なし」で無罪に。その4年後、飛び降り自殺。

    今作の物足りなさはよど号グループ、田宮高麿に全く感情移入していないこと。ただの馬鹿ガキの起こした事件にしてしまっている。これではドラマにならない。“正義”を後生大事に崇めているだけでは何も変わらない。間違った何かを変えるのはいつも“暴力”だ。行動なくして何も動きはしない。そんな異なる“正義”の対立が観たかった。その為には全く別の視点が必須。
    前田日明が批判としてよく使うのは、歴史の「後出しじゃんけん」について。結果を知っている現在と、何も結果が未確定の当時とでは評価が違って当然。いつだって闇の中を無我夢中の手探りでどうにか進んできたのが人間の歴史。現在から過去を安易に断罪することの愚かさ、無意味さ。未来から見れば今の世界の“正義”など全くの無意味、ナンセンスなのかも知れない。

    ちなみに田宮高麿の子分だったのが後の連合赤軍トップ・森恒夫。田村は森を腰抜けだと馬鹿にしていた。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    様々な点で考え抜かれ作り込まれた舞台だと感じた。
    開演前のBGM、劇中での言葉遣いや会話の内容、客室乗務員の制服は「時代」を感じさせる。コックピットを模した舞台装置、冒頭の機内アナウンス、音響や照明、そして「楽園」という劇場が持つ濃密感そのものが飛行機内という「場」を感じさせる。
    必定、観客は「よど号」の乗客と化している。臨場感や緊迫感が半端ない訳だ。

    物語は歴史的事実を正確に追いながら、登場人物の心の機微にも触れていく。速いテンポのセリフの応酬はますます緊迫感を高める。演者さんたち、見事だったな。犯人役の杉浦さんは口角泡を飛ばしていたし、客室乗務員役の吉水さんは終始、目が潤んでいるように見えた。運輸大臣役の斎藤さんの狡猾さも見ものだったし、指導教官役の下平さんのらしさも光っていた。

    そして何より吉水さんの脚本がなければこの作品はこの世に生まれてこなかった訳です。脚本の力を改めて感じました。

    観終わった時には何時間も経過していたように感じた(大げさでなく)のだが、劇場を出て時計を見たら2時間経っていなかった。これぞ舞台のマジックだ。映像では決して味わうことのできない感覚。これは演劇初心者の人に観てもらいたい作品だなあ。



  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    久々の風雷紡観劇。再演だったとの事。好評ゆえとすれば納得である。冒頭でよど号ハイジャック事件が題材と分かる。透明プラスティックの椅子二台を動かすだけの転換で、場面を淡々と構成。「楽園」の狭い舞台で感情が爆発するとダイレクトに波動を受ける。ハイジャック犯一人の他は、機長、副操縦士、CAのキャップと部下二名、行政官(大臣と政務次官)、キャップの先輩も行政サイドに居る、という人物構成で、事件解決に向かう人物たちの群像だ。乗客がゼロ、ハイジャック犯が一人(ここはやや気になったが)でも、この歴史的事件をうまく現代に浮かび上がらせ、観客に強い関心を持って事件を見据える事を促している。各場面が事態の進行と共に人間模様の簡潔な描写を兼ねて面白い。後半の展開のテンポも良い(程よく間を省いている)。

    ネタバレBOX

    改めてよく出来た作劇、テンポ感、照準の絞り方、広げ方がよく、蠱惑的な空気があったのだが、何故だろう?と考える。答えは見つからないが、やはりこの劇団の特徴である「左翼」の歴史に分け入ったドラマである点が一つ、考えられる。ハイジャック犯の役は一人で代表させている点では、ステロタイプを担わせ、グループメンバーそれぞれ背景の異なる個人の人生までは分け入ってない。が、理想を望む情熱と、打算の振れ幅を体現させ、観客目線では身近な存在として見る事を許している。
    もっとも、法を犯した者を絶対悪としがちな昨今の風潮では、予め悪人と見、韓国の金浦空港に騙して連れて来られた後に人質入れ替えにより平壌へ向かう算段が付いた時の犯人の浮かれた名調子、演説の軽薄さに「悪の烙印」を押させてもらって溜飲を下げた、といった感想があってもおかしくない。
    「悪」には両義性、多義性があり、ルールがそう決まってるから悪とされているに過ぎない悪もあれば、たとえ法に規定がなくとも倫理上はどう考えたって「悪」だろうという事もある。こういった題材はそれを考えさせる。
    旅客機の乗客の代わりに人質となった外務官僚のその後の顛末として、ある悲劇が冒頭とラストで僅かに紹介され、恐らく史実をなぞったものと思われるが、ドラマの中に意味的に取り込みづらい。単なる英雄譚で終わらせられなかった人生への大いなる謎。
    とは言え、よど号犯人たちのその後は決して「楽園」でのそれでは無かっただろう事と、波長として重なり合うものがある。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    事実を基にした上質な作品で最後まで飽きる事なく楽しめた。
    事件発生当時は物心つく前で記憶知識はほぼ無いので、フィクションとノンフィクションの境目が分からないが、敢えて言うなら登場人物の内面をもっと深く描いて欲しかったかな。
    ラストだけがどうにも消化しきれず。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    初演に引き続き2度目の観劇。何度観ても、緊張感が高くて、見事な舞台ですね。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    実際の事件を基にした再現劇です
    (たぶんこうだったんじゃなかろうか劇)
    コロナで中途上演が中止となり今回無事に再演という
    なんとも根性のある作品=二時間弱ですわ
    全席自由・・・やはり柱寄りが見易いかなぁとかは
    思った

    タイトルは正義の女神の持つ秤
    「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」
    正義と力が法の両輪であることに掛けたものですわね

    そしてこの事件は日本初のハイジャックであり
    ハイジャック防止法が制定されることにもなる
    ターニングポイントな事件でもあります

    小劇場でもあり
    シンプルなセットな分
    いろいろと照明や音響にも拘りをみせた
    作品でありました

    で なぜか妙に妙齢の有閑マダムっぽい方々が
    客席に多かったのか珍しく感じました~満席でした~

    ネタバレBOX

    運輸政務次官山村新治郎氏を人質交換に用いる
    運輸大臣の台詞の間というかタイミングが絶妙で感動!
    豊臣秀吉が徳川家康を自分の母を人質に差し出して
    臣下に落とし込んだ手法も
    こうだったんだろうなぁーと思わせる
    天晴見事な芸でした

    劇団の不屈の根性に星数はオマケ付けて五つ星!

    そういやぁニュース映像で
    本物の犯人らの北朝鮮での生活見たことあるけど
    日本に帰りたがってたねぇ
    こんなことして まぁぬけぬけと 
    と感じたっす

    韓国に借りができて
    ソウルの地下鉄の技術(ホント)やら
    想像だが裏金(確認しようがない)も渡したりしたんだろうなぁ・・・
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    面白い、お薦め。
    前回公演は 千穐楽に観劇予定であったが、止む無く中止になってガッカリしていた。今回再演を観ることが出来て本当に良かった。前評判 そして期待通り、いや それ以上の満足感を得ることが出来た。全回完売、開場前から劇場である楽園の前は 長蛇の列で驚いた。

    風雷紡は社会的事件の概要を描きながら、その中に人間ドラマを息衝かせる。今回も「よど号ハイジャック事件(昭和45年3月31日~)」を取り上げ、その事件の過程における人物の心情を丁寧に掬い上げ紡ぐ。当時は、いや今でも大事件である 日本初のハイジャック事件。劇場地下に降りる階段の壁に、当時の新聞や週刊誌の記事コピーが掲示されていた。

    シンプルな舞台美術であるが、この劇場の特徴(ほぼ中央にある柱)を巧く生かし、旅客機内(コックピットと客室)と地上を描き分ける。同時に肉声とマイクを通した音声の違い、さらに映像で時刻を表示し、刻々と迫る状況を表す。怒声に対し平静に対処する、その緩急とも言える表現が得も言われぬ緊張感を漂わす。

    事件は報道等で(後日でも)概要を知ることが出来るが、その場にいた人々の心情は解らない。風雷紡公演の面白さは、舞台という虚構性の中に 人の心情を想像させ、さもそうであったかのような臨場感を味わわせてくれるところ。今回は、人それぞれの<正義>とは を問い、さらに人間的な成長譚をも描いている。見応え十分。
    (上演時間1時間50分 途中休憩なし) 

    ネタバレBOX

    舞台美術はシンプルで、柱を境に 前は操縦席、後ろを客室に見立てた飛行機(よど号)内。機長・副操縦士の透明椅子、そしてスチュワーデスが別椅子で並んで座る。事件発生と同時に、刻々と刻まれる時間表示が緊張感を漂わせる。時間稼ぎをして対策を練りたい政府と航空関係者、一方 早く国外に出たいハイジャック犯との攻防が見どころの一つ。

    「よど号ハイジャック事件」の概要をなぞりながら、観客には その場(機内)にいたであろう臨場感を味わわせる。どの事件もその場にいなければ第三者的な立場で俯瞰しているに過ぎない。この舞台では、観客をよど号の乗客であったかのようなリアル錯覚へ誘うよう。国内初のハイジャックという社会的な事件を扱いながら、一方でそこに居合わせた人々、そして政府関係者の立場や思惑を描く。もっとも乗客は1人も登場させず、状況の緊迫さは 女性・子供の様子や特別な事情がある客の話など、スチュワーデスの機長への報告・説明をもって表すところが巧い。

    登場人物は、航空(機内と地上)関係者、政府関係者そしてハイジャック犯。その人物たちの性格や立場そして思惑を絡めた人間模様がもう一つの見どころ。機内では機長と副操縦士の言動と行動の違いで緩急を表し、スチュワーデスによって 登場しない乗客の様子を逐一報告させることで緊迫感を漂わす。また政府関係者である運輸大臣と運輸政務次官が自ら人質になって という政治家としての揺らぎを皮肉る。逆に韓国政府との関係に苦慮し、金浦国際空港で人質解放時に韓国人に犠牲が出たら国交問題になると…。
    この登場人物たちを役者陣が特徴を捉え、実に上手く表現している。また石田機長とチーフスチュワーデスとの会話、山村運輸政務次官が母に娘(孫)についての電話は、この事件後の私的(艶聞や殺人事件)なことまで垣間見せているようだが…。

    公演では「『剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力』そして、これは『正義』の物語」と謳っているが、国 政府の面目か人質の命かといった秤を描いていることは明らか。同時にスチュワーデスになった動機、さらには先輩後輩もしくは上司部下といった関係性に絡め人の本音と建て前を描く。高額な収入の必要性、先を歩く者は、絶えず後ろから見定められているといったプレッシャーがある。そこをどう乗り越えていくかといった成長譚をも描く。その意味では衝撃的な事件の中に普遍的な人間性を垣間見せる上手さがある。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    芝居屋風雷紡『天の秤』
    開演前の「機内アナウンス」で、劇場は飛行機となり、観客は自分が搭乗していることを知る。上演中は、ハイジャックされた機内にいる臨場感を味わうことになる。ハラハラドキドキの120分。
    搭乗客でありながら、目の前の人物の背景、キャラクターが描かれる中で、登場人物に感情移入していく。客観から主観へ、主観から客観へ。登場人物それぞれの中に自分を観てはハッとする。それぞれの立場の「正義」がある。言い分、言い訳、大義、理由、信念、生きる意味、背景・・・。人は、それぞれが自分の持っているものを秤に懸けながら、選択、決定して生きている。上司は部下に比べて重い決断を数多く下さなくてはならないし、親も子供に比べて多くを判断する。そして、今回の舞台では、人命を秤に懸けながら、国家を背景に選択、決断しなくてはならない極限の状況が設定されている。中身のない人間ほどよく吠え、威嚇するのに対して、深く考え、自分の信念を持っているものほど、落ち着いたトーンで話す。舞台という空間だからこそ、客席にはその差が一層目立って見えてくる。120分、惹き込まれ、時を忘れると共に、様々なことを考えさせてくれる作品だった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/03/30 (土) 14:00

    価格3,800円

    開演前のアナウンスから非常に凝った没入型観劇ができる作品だと思いました。
    それぞれの信念が熱く感じられる素晴らしい作品でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/03/29 (金) 19:00

    一昨年上演された作品の再演。見事、としか言いようがない舞台。(山手線遅延対応で5分押し)106分。
     1970年に起こった「よど号ハイジャック事件」を舞台化。現実の出来事に沿いつつ、フィクションとして創造する。ハイジャック犯は1人しか登場せず、2人の操縦士、3人の「スチュワーデス」(当時はCAという呼び方はなかった)、2人の地上職員、2人の政治家で構成される。私が16歳の時の事件で、記憶も一部あるが、こんな出来事が起こっていたのかも、と思うと興味深い。後にストックホルム症候群と呼ばれる現象があったかも、という場面は特にいい。役者陣全員が熱演だが、機長役の祥野とチーフパーサー役の秋月が印象に残る。
     2022年の8月に上演された作品だが、私がコロナに感染したこともあって観られなかった。評判が良い作品だったけど、今回観られたのが本当にヨカッタ。

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