マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人 公演情報 マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-20件 / 39件中
  • 満足度★★★★★

    天才
    天才の仕事。

  • 満足度★★★

    やはり
    おもしろかったです!

  • 満足度★★★

    格式の高さまで香ってくるよう
    シリアルキラーものと言えども18世紀の「おフランス」の上流社会となるとお上品で、台詞回しやオーダーメイドだという衣装の効果も相俟って格式の高さまで香ってくるよう。
    休憩前の70分は、どちらかと言えば淡々と事実を示し、しかし誰かの手によるものとハッキリ示すこともなく、チラシ等で予備知識を入れずに観たら疫病で亡くなる人々を看取る天使のハナシか、と思うくらいで。
    それでも真綿で首を絞めるようにごく柔らかく緊張感が昂まって行くのが心地好い。(マゾ気味爆)
    また、ラストも深読みあるいは誤読(爆)可能な思わせぶりなもので「もしや…?」という余韻を残すのも巧み。

  • 満足度★★★★

    物語としての面白さ
    今回DULL-COLORED POP初観劇でした。
    あらすじを見て、演出と脚本が気になり足を運んだ。

    小劇場で古典的な作風に出会うことが少ない。
    16世紀の作家達を思い浮かばせるようなセリフはとても巧みに作られていて関心した。

    舞台はシンプルな素舞台で、作品に集中させてくれた。


    うまく言葉が操れてない役者もちらほら…。
    普段しゃべらない綺麗なリズムで紡がれた言葉は、感情だけではしゃべれない。この場合は作家の勝ちになるのかな。

    世界観は統一されていたので違和感なく見ることができた。

    とても完成度が高く、楽しめたんだが、何か物足りない。
    額縁舞台の中で、観客に芝居をやってますって感じで終わってしまった気がする。
    なんかよくわからないが、人間のパワーみたいなものが舞台上から客席まで迫ってこない。
    臨場感がない。


    マリーの存在が希薄に感じられ、あまりファムファタールに見えない。
    周りの人物の恐怖からマリーの魅力や怖さを際立てようとしていたのだが、なんかうまくいっていないきがする。

    マリーの人物像を深く描かないのであれば、もう少し全体のリズムを崩して気持の悪い演出や構成にしてもよかったのかなと。

    綺麗で端整すぎるがゆえにマリーに対する周りの人物の恐怖が一辺倒になってしまったのでは。

    いろいろ書いたが、演出さんの読物としての戯曲をそのまま舞台にしたという意図があったなら、これは成功である。

    いろいろ書いたが
    作品的にもとても好感がもてる作家さんです。違った作風でも、また古典的なものでも、いろいろ見てみたいと思わせてくれました。

    ネタバレBOX

    マリーが本性を見せる演技の切り替えが気になった。
    せっかくうまく表面的に演じていたのに、本性が軽く見えてしまった。

    少女のいたずらだったのだろう。


    最後の、歩いているの見ているとこのセリフはとても綺麗で、それでいて尖っていてよかった。
  • 満足度★★

    凄い数の
    「観たい」に興味を惹かれこの劇団、初めての観劇。

    まず、作家さんは博学であり、この題材をよく研究し、好きなんだなぁ、と感じました。

    しかし、私は後方に座席を取ってしまったため座っての芝居が全く見えなかったこと、
    そして、マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人がどうしてあのような行動をとってしまったか?という彼女の心の移り変わりを見たかったのに、このような事件が実際にありました、という史実をただ解説されたようで劇中全く心が動きませんでした。

    衣装も豪華で綺麗だったのに照明が絶えず暗めで楽しめなかったことやセットがシンプル過ぎて衣装が引き立ってなかったのも残念。

    まだ若い作家さんだそうでこれからの期待も込めて次回作も観劇したいです。

  • 珍しく
    お友達が出演していたので、珍しく一観客として観劇しに行った。
    名前はよく聞くし、短編は他のプロデュース企画公演で観ていたので気になっていた存在。一言、凄かった。この若さでこのクオリティ。才能があるんだなと思った。このテイストだからそう思うのだろうか・・・。こういうテイストでない作品もやっているようなので、本公演で他のテイストの作品を観てみたいと思うし、また、こういうテイストも観たいと思う。好きな役者さんが出演していたので、個人的にも大満足☆

  • 満足度★★★★

    全くダレない
    150分。

  • 満足度★★★★★

    濃厚。
    うーんと、おおあたりっ。
    普段小劇場だけしか足を運ばないヒトにはどんなだったか知らないけどねー。

    なんか現実に戻ってくるのタイヘンだったわ。

    残念ながらDULL-COLORED POPという演劇集団は「同じことは2度やらない」っぽいのでコレは伝説の舞台になっちゃうんだろうなー。

    といいつつ、ちょっぴりてゆーかすごーく再演に期待だ。

    ネタバレBOX

    上演時間2時間15分(途中休憩10分)の二幕劇。

    舞台は17世紀フランス、実在した殺人鬼マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人を描いたストレート・プレイ。ということで全てのキャストがきっちりとドレスをまとい、高々と髪を結い、あるいはキュロットで、あるいはサン・キュロットで舞台を歩きます。

    圧倒されるのは紡ぎだされる台詞の数々。

    「おとうさま、おとうさま。ああ、なんていうことかしら。私の心は悲しみとおののきで張り裂けそうですわ」
    「いいや、今は悠長に嘆き悲しんでいる場合じゃない、早く神父様を・・・父上が息を引き取るその前に、最後の告白を聞いていただかなくては」
    「まあ、なんてことをアンリ!パメラ、パメラちょっと来てちょうだい」
    「いやいや、君だってそうとうにお盛んだそうじゃないか。ああん、ゴオダン・ドサントクロワ?」

    とまあ、全編がこんな調子(セリフはイメージです)。

    色とりどりの薔薇のような絹のような、古い葡萄酒のような言葉たち。

    特に主人公のちょっとカンの狂った調子の高音と後半で対立する死んだ主人公の弟の妻(つまり未亡人。仲村みうに似ててちょっとドキドキした)のよく響くエロティックな低音のバランスがすごく心地よい。
    この二人だけが正規のメンバーらしいけど、さもありなんって感じ。

    あと、大塚秀記氏演じる「主人公の良人(侯爵)」と原田紀行氏演じる「侯爵の遊び仲間で主人公の愛人」、「侯爵の愛人」達の場面がイカニモな退廃貴族とそのとりまきを演じていてものすごく秀逸でした!

    ・・・20代の頃、六本木の俳優座で、銀座の日生劇場で味わったあの「新劇」そのものといった濃厚なコトバに圧倒され、目の前がくらくらします。

    一方で、セットはモリエールのギャラリーや楽屋口をフル活用しての簡素な構成。たぶんカミシモの出ハケとギャラリーからの階段以外には、テーブルと数脚の椅子だけという、このシンプルな舞台セットと衣装や芝居とのギャップを敢えて作り出し、しかも不自然に見えないように、さらには二階ギャラリーから一階の舞台までの高低差を存分に生かした演出と照明はまさに小劇場のもの。

    うーんとね、小劇場で「同ジヨウナちゃれんじ」を見た記憶としては98年の惑星ピスタチオ「大切なバカンス」@新宿・紀伊國屋ホールぐらいかな?故(!)平和堂ミラノさんの作品で夏のフランスの田舎を舞台にした万華鏡のようなお話だったな。

    ・・・いや実は、もうひとつこういったバランスで組み立てられている舞台があるのを知っているような気がする。

    東宝ミュージカルだ・・・ただし唄わないけどww

    「エリザベート」や「レ・ミゼラブル」の虚構と惑溺と省略をそのまま新宿の小さな芝居小屋に濃縮してのけたそんな舞台。てゆか、実はところどころで「あ、コレ『マリー・アントワネット』で見たぞ」的な絵には出くわしたんだ。

    でも、アレ(帝国劇場)をココ(シアターモリエール)でやっちまえるってのは並大抵の力量じゃないよー。

    最初はどこから「ふつうの小劇場芝居」に戻るんだろうと思いつつ、20分も経つ頃「ああ、コレずーっとこのまま行くんだ」と気付いた時の衝撃。そして休憩を挟んで二幕という小劇場ではありえない構成に「狂気を帯びた本気さ加減」を感じつつ酔いしれた2時間15分。
    なんか現実に戻ってくるのタイヘンだったわ。
  • 台本販売
    「観てきた!」の用法から外れてしまって心苦しいのですが、
    公演ロビーにて行っていた台本販売、三日目以降の実施だったため、
    買い逃したというお客様が多くいらっしゃいました。
    ここで告知させて下さいませ。
    今回、期間限定でネット通販台本販売を行います。
    よろしければ是非お申し込み下さいませ。

    詳細:
    http://stage.corich.jp/bbs/detail.php?sure_id=1567&sv=

  • 満足度★★★★★

    東京
    ラストシーン。

    近年まれに見る美しさだった。

    これほどに言葉が乱反射し、サイケデリックと言ってもいいほどプリズムとヘドロを織り成すスクリプトなのに、最後の最後で黙った。
    言葉を持つ人間が黙ると、こういうことが起こるんだな。

    日蝕を見た気分だよ。

    ネタバレBOX

    企画自体、狂気の沙汰だし。
    バカだなー。と思っていた。
    谷氏はバカではない。キチガイだ。御前試合に全裸で赴く阿呆だ。

    この作品は中世の再現でも現代の隠喩でもない。
    ただの物語だ。

    パリだとかそういうものを無下にして、世界をナタで真っ二つに断ったようなラストシーンは、谷氏の原風景のひとつであろう、東京を映していた。

    こうも鮮やかに原風景を見せ付けられると嫉妬の念にかられる。
    これが物語というものだ。
  • 満足度★★★★

    アプローチ

    作者が対象をどう見つめるかで、こうした物語の雰囲気はずいぶん変わってくると思う。
    「こんな恐ろしい女がいたんですよみなさん。信じられますか?」といったような、捕獲したモンスターを見世物とするようなアプローチではなかったと思う。
    主人公のやっていることは恐ろしいが、それをまったく理解できないかというとそういうわけではない。作者の見つめる目、想像力がフィルターの役割をしていたからかもしれない。

    少なくない登場人物に、不自然さを感じさせずにきっちりと見せ場を与えているバランス感覚はすばらしいと思った。
    役者は芸達者な人々がそろっていて、その火花やアンサンブルだけでも見る楽しみがあったが、のみならず、のびのびした台詞の力も感じた。「びびった」、などの現代的台詞などは好き嫌いが分かれるかもしれないが、気にならなかった。

    不思議と、性欲を刺激される物語だった。

  • 満足度★★★★★

    毒薬口に苦し。
    史実を下敷きに、毒殺事件の顛末を追う野心作。
    それこそ、鈴木勝秀などがやりそうな仕事に谷賢一が挑んだ。

    誰もが思うことだが、モリエールに似つかわしくない重厚感。
    隙の無い俳優陣は、小劇場オールスターの様相。それでいて油断が無い。
    2時間強の長尺もまったく目が離せぬ。

    そして、物語はとても苦い。中世フランスのことと捨て置かせない説得力。

    それにしても、谷賢一。
    その作風の乱れ具合は、どこか芥川賞作家・平野啓一郎を思わせる。

    ネタバレBOX

    些細なきっかけの毒殺の暴走は、現代社会の事件の有り様を思わせる。
    幼稚な欲望は、貴婦人という仮面に隠れるからこそ戦慄させられる。
    その様を体現できる適役は、清水那保だけだ。
    少なくともその瞬間、そうとしか思わせなかった。

    また、最後の場面での下女(七味まゆ味)と妹(百花亜希)の対峙。
    疑いの目しか向けられぬ結末は、苦々しいが、現実的だ。

    清水那保と堀奈津美のガチガチのぶつかり合いに感服。
    「ダルカラはこの2人がいてこそ」という谷の魅せ方。
    その期待に見事に応えていた。
  • 満足度★★★★★

    凄い
    17世紀のフランスに実在した連続殺人鬼(シリアルキラー)を主人公とした舞台でした。
    もう完全に舞台に引き込まれて見入ちゃいました。面白いとはいう言葉で片付けてはいけない、凄いお芝居でした。
    各出演者陣の衣装も17世紀を表現するに十分で非常に素晴らしく、でもその衣装だけに任せるでもなく、演技も素晴らしかったです。

    でもその中でのやはり一番は、主人公のマリーを演じた清水那保さんでしょう。
    天使と悪魔の演じ分けはお見事です。まあ、悪魔の顔をそんなに出すわけではなく、表情には出さないが、悪魔の心を感じさせる演技ですが。
    それでも、天使的な表情で悪魔を感じさせるのはお見事です。やはり恐ろしい女優さんです。

    ネタバレBOX

    ラストのフランソワーズ(七味まゆみ)とエレーヌ(百花亜季)のやり取りや表情は、なにかさらに裏があるように感じ取れたのだが。
    もしかして、本当の悪??
  • 8月17日(月)M
    チャレンジングな試みに感嘆

  • 観ました
    観ました。伏線の張り方やタイミングの心地よさと、一幕の終了間際にあった、演出家得意のレイヤーな感じは今までで一番しっくりした。しっくりしている分、かなりリラックスして観ることになり、シリアルキラーをこんなにリラックスして観てもいいものなのか、とか考えた。ブログなどで「あえて小劇場っぽくないことを思いっきりやる」といった様なことを書いてあったが、全くその通りなのだけれども、空間の狭さに圧されてしまった印象(2階で日傘をうまくさせない感じなど)はもったいない。公演終了後のブログに「あと二回りでかいとこでも演劇悪魔として羽を広げて高笑いできるという自信はある」と書いている通り、やはりその規模で観たいと思ってしまったのは事実。

  • 美しい・怪獣映画
    興行として、20代の小劇場系劇団なのにオリジナル新作で赤毛モノ、貴婦人なのに毒殺魔、などなど、ギャップの振れ幅や思い切りのいい「ぶっこみ加減」が見ていて素敵に思える。

    テーマの射抜き方、とか伏線、とかの「構造」じゃなく(もちろんシンプルながら巧みな構成なんだけど)、共感とか憧れとかの「感情移入」でもなく、台詞や姿の美しさって大事よね、ということを再確認させられた。

    ネタバレBOX

    マリーとテレーズの食卓での対決は、最早怪獣映画かと思った。あの瞬間は、目の前の人間が豪華なドレスを着た現代人女性とは到底思えない。

  • 言葉の美しさに魅了されました
    物語のしたたかさに加えて
    台詞たちの美しさに魅了されました。

    その言葉に引きずられることなく
    きちんと武器にして物語を重ねていく
    役者たちの力にも瞠目しました。

    ネタバレBOX

    「覆われているもので現されないものはなく、
    隠されているもので知られずに済むものはない」という聖書の言葉に
    「隠されているものは、手から離さない限り絶対に見えない」というマリー。

    その見えない部分で貧民窟の人々を毒を試すための道具と扱い
    自らの肉親を葬りさっていく。
    神の言葉に抗うマリーの傲慢は
    高貴な嘘にくるまれているのに、
    その一方で昨今新聞を賑わせた
    身近にあるモラルハザードたちと
    同じ色にも思えたりして。

    敬虔なシスターと貧民窟から取り立てられた少女が交換する
    パンと葡萄酒が
    マリーの行いから芽生えた疑心に行き場を失う結末も
    実にしたたかだと思います。
    キリストの血と肉の象徴ともされるそれらが床に落ちる姿に、
    マリーが欺いた神がバベルの塔のごとく人を罰する姿までが浮かんで、
    そこに、戯曲が内包する
    人の行いの因果についての普遍性を感じたり・・・。

    2時間30分、役者たちの力に圧倒されつつ、こ
    の戯曲の秀逸さと作者の才の深さに
    ただただ瞠目したことでした。
  • 満足度★★★

    大衆はマリーよりも危険
    「良かった」と書かないといけないような雰囲気。何だか危険を感じる。


    谷氏は文体を真似るのは上手いようだ。プログ記事の『もっとお菓子をちょうだい』を読んで感心したし、『JANIS』の時のセリフも「らしい」セリフだった。でも、セリフを聞いていてパソコンのキーボード打っている姿が眼に浮かんでしまうのだ。

    小劇場で活躍している役者は古典はやらないのだろうか。せいぜい学校や養成所でやらされた程度かな。
    シェイクスビア風に作り上げられた文体に振り回され、あるいはセリフを振り回してしまっている。

    意欲作だというのは分かった。しかし、出来上がったものは思っていたのとはだいぶ違うんじゃないだろうか。それでも観客は良かったとほめる。もしそれで満足しているのだとしたら、やはり危険だ。

  • 満足度★★★

    観劇
    感受性の低い私ですが、きちんと作品に引き込まれることが出来ました。

    一瞬、作者の狙う台詞に飲まれているように感じる場面もありました。

    この作品の色味が団体の持つカラーであり、そうなるように仕向けた演出なのかなと感じました。初めてですが観れて良かったです。

  • ですね
    いい役者はいい、と感じました。

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