花とアスファルト 公演情報 花とアスファルト」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-20件 / 22件中
  • 満足度★★★★

    小さな波紋
    ある団地を通り過ぎるある季節。

    小さなさざ波が立った時、人はその波をどうするのか?

    受け入れること、拒むこと。
    同調すること、反発すること。
    見つめあうこと、見ぬふりをすること。


    小さなコミュニティに引っ越してきた、よそ者をめぐるあるお話。

    ネタバレBOX

    「クマ」が出てきます

    …え???


    という心配は開演前だけ。

    物語が始まって、気がつけば何もかも受け入れられる気持ちにさせられるのはさすが。

    ファンタジーが、すっと心の中に吸い込まれる雰囲気なのです。



    いちばん心がぎゅっとなったのは、女とクマの最初で最後のいちばんの思い出。

    こんなに幸せなのは、きっと今日だけなのかもしれない。

    そんな、夢のような、消えていくのがわかっているような、あの夏の日。


    終わっていくのが寂しい、そんなお話でした。
  • 満足度★★★★★

    花とアスファルト
    初めて舞台を観ました!
    正直メチャ面白かったです。
    リアルにクマを想像すると、あの空間にいること自体が面白かった。
    クマを演じる役者さんの動きも時々クマそのもので笑えました^^。

    舞台特有だと思ったことは、複数の人がそれぞれ出てきて、バラバラな動きをしているときに一人が主役だと他の人が背景になるんですね。そして、また主役が代わって・・・これって、映画とかじゃ有り得ないから面白かったなぁ。
    あと、一人の子共に対して3人のお母さんが出てくるシーン。
    少しずつ表現の仕方が違って、印象的でした。

    それから、暗転したかと思ったら、いつの間にかシーンが代わっていたのも驚きました。真っ暗な中、どうやって役者さんは自分の位置を確認できたんだろう???

    舞台って面白いんだなって思えた作品でした。
    また、観てみたいです。
    また作品を生み出してください。応援しています。

  • 満足度★★★★

    深層に訴えかかけてくる何か
    しずかな会話劇の中に堪能しました。
    吉田さんの脚本・演出力に☆4つです。

  • 満足度★★★★

    森はどこにある
    種のものがたりなんだろう。
    物語が進むにしたがって、なんだかクマに妙に肩入れしてしまい、涙が出てきた。
    さみしかったガキの頃のこと思い出しちゃった。

    この作品は道祖神のよう。
    やさしい顔で笑っているけど、土地のかなしみを吸い込みすぎて、少し顔が欠けている。

    ネタバレBOX

    くまがピクニックで彼女の足だけをスケッチする(けどうまくかけない)シーン。
    それがチラシの写真とリンクするところ。
    くまが描こうとしていたのは、彼女が少女だった頃の足だった。
    と、いうところでシビれた。くま、かっこいいじゃねえか、と。

    最後の別れで、何の逆転もなかったさみしさ。
    くまが最後の挨拶でたべもののことばかりお礼を言うところ。
    ほんとにさみしくなっちゃったよ。

    彼が帰った森は、
    自分の幼少期における傷をたくさん閉じ込めている、記憶の森なんだろう。
    彼には、ゆっくりと、ゆっくりと死んで欲しい。

    とここまで書いて思ったが、ほんと感情移入して観てたんだな。
    丁寧な作風とはりつめんばかりの繊細さがそうさせたんだろう。
    だからこそ、もっと傷つけてほしかったかも。
    心臓をつかんだのなら、そのまま握りつぶしてくれたらよかった。
  • 満足度★★★

    きれいにまとまった
    素敵な世界観を堪能。

  • 満足度★★★★

    楽しめました
    食べたり、合唱するシーンが必ずあるシリーズもの、というのは冗談ですが、自然な会話の中で、ベースに流れる「静かな違和感」がうまく表現されていました。
    そこに「強烈な異物」が乱入しても、「静かな違和感」の延長線上で描かれているところは、演出に工夫されていたところを感じました。
    途中、少し眠たくなりましたが、全体として楽しめました。

    ネタバレBOX

    ちょっと可笑しかったのは、お芝居の転換点でクマが何気に「もうそろそろ××です」と言うところでした。折り目正しいクマは、ナント空気も読めるのです。私はちょっと爪を研ぎ忘れたけど。
  • 満足度★★★★

    会話劇を楽しめました
    久しぶりに観た会話劇(静かな演劇)で、その会話に集中して
    楽しめました。

    熊が出てくるんだけど、これが、どのように団地生活に
    絡んでくるのか、劇場で確かめてみて下さいね。

    役者さんも、皆さん上手なので話に集中できます。たまには、
    このような会話劇もいいなぁというのが感想です。

  • 満足度★★★

    繊細すぎて苦手かも…
    特に起伏のある物語が発展・展開していくわけでもなく、日常の中の小さな変化といった、そんな空気感を楽しむような淡い感じの作品でした。
    演劇よりも、絵本とかアニメとかで表現したほうが良いストーリーなのかもしれません。
    趣味や感受性の問題でしょうけれど、あまり、自分向けの演劇ではなかった。続きはネタバレボックスへ。

    ネタバレBOX

    オヤジがイライラと怒鳴るシーンがありました。それが物語の中、重要な布石や解決に向かうというわけでもなく終幕になります。
    お金出して劇を観るって行為の中に、いやな現実を忘れたいという気持ちがあるんで、劇中とはいえこういう表現は好きではありません。怖かったです。
    また、初老にさしかかっているおばさんと若くて純朴な男性がデートするようなシーンは、‘共感’ができませんでした。
  • 間違ってなかった。
    かつて青☆組の長編を観た際に「もっとディフォルメやファンタジーに偏るのもありかも」という趣旨の微妙なコメントした事がありますが、外れていなかったかなと。未見の方は『じゃあ今回はファンタジー色が強かったのか』と思うでしょうが、むしろハッキリとしたヒューマンドラマでした。大事なのは人と接する「クマ」の存在をよく見る事。このクマは誰の身の回りにも必ずいるはず。
    老若男女の誰が観ても何かしら通じると思います。子供に観てもらいたいですね。とはいえ子供向けという意味ではありません。むしろ大人がその身に置き換えて実感する物が多くあるはず。自分自身がもう大人になってしまって後戻り出来ないので、まだ間に合う子供には今の内に観ておいて欲しく思うのです。
    『普段仕事で疲れてるから休日に演劇なんか観て余計に疲れるのは嫌だ』と思ってる方にオススメします。これは疲れません。

    ネタバレBOX

    人と人のコミュニケーションに希望と絶望の両方を抱いている自分にとっては、とてつもないバッドエンドでした。出会うから別れがあり、お互いに育んだものだけ残して相手がいなくなるから喪失感がある。心を閉ざした人々は出会っている様で出会っていないし、相手と何も育んでいないから別れても喪失感がない。クマはあの後きっと言葉を忘れて、いずれは喋れなくなる気がしました。森で幸せに暮らせば街で人と暮らした事も過去として薄れていく。経験談ですが、久々に実家に戻ったら飼っていた犬が老齢で自分を忘れたらしく吠えられた事があります。しばらく撫でていたら尻尾を振ったけど思い出してくれたのかどうかは分かりませんでした。初めて会ったけど優しくしてくれる人、と思われていたのかもしれないし。クマはいつまで鈴木さんの温もりを覚えていられるのかな。
    それとは別に、都会での生活に夢やぶれた人のIターンを重ねてみたりも。こちらの場合は下手に覚えているからこそ捨てきれずに新たな生活へ移行出来ないもので。クマが森でちゃんとやっていけるのかが心配になります。
    主婦が三人になるところ。初めはダルカラの「15分しかないの」みたいに見えたけど、意図はきっと別物。「あの妻は夫の三倍の勢いがあるのか」って感じたので、それで良かったはず。
  • 満足度★★★★

    心地よく、そしてきゅんとくる。
    この世界観はどうにも抗えないです。すーっと染み入ってくる不思議な説得力。団地の住人にクマがやってくるっていうのに。ありえないじゃん、嘘にも程があるじゃん、そんなメルヘンにだまされるほど純粋じゃないんだよ、って逆らいながらも、それでもクマと住人の交流に胸を打たれてしまうんです。うそっこやら作り物やらに飽き飽きしてても、ふんわり浮かび上がらせられちゃいます。

    ネタバレBOX

    団地の自治会っていう妙に生活に根付いた場を舞台にしているのも鍵なんでしょう。そこに出席している人々の生活は群像として生々しく描かれます。新参者としてクマが参加するようになって、少しずつ意識や関係性が変わっていくのが、クマがいるっていう突飛さを超えて伝わってきました。

    さらにそこにクマさんの、メルヘンでありながら異形としての存在っていう心理がかぶってきて、切なくなるんです。人間社会に溶け込もうとする努力やそれが叶わない孤独、関わってくれる人をとても大事にして、でもやっぱり自分の元のコミュニティも大切で。そういう気持ちが実直な表情からじんじん伝わってきます。変装すらしてないのにちゃんとクマに見えるマジック。

    黒澤世莉さんと吉田小夏さんのアフタートークを聞いて、私がこの作品を好きだと思った理由がおぼろげながらわかった気がしました。
    交流する人間の密度というかコミュニケーションの濃さっていうか。そういう部分を重視した見せ方をしてらっしゃるとのこと。だからなのか、クマを演じた荒井志郎さんとクマと親しくなる住人役の羽場睦子さんの印象がすごく残る。設定や会話の中身ではなく、そこにおける俳優同士のあり方に引きつけられてたのね。
  • ほのぼの。
    ハチミツは出てこないんですね。

    ネタバレBOX

    しゃがむとここから月が見える、というシーンがあったので、このクマさんは月の輪熊という意味なのかと思って見てました。ヒグマと違って体も小さく(といっても150キロ以上)本当はこちらからちょっかい出さなければ滅多に人を襲うことがないといわれる月の輪熊。身軽なのでヒグマと違って木登り上手。僕は大人しいですよ、音で知らせてくれれば僕から離れますよ、という舞台上のクマさんの物腰柔らかなイメージがそれ。
    一切変装しなかったのが人間寄りなクマさんを感じました。
    自分ならクマさんをどうするか、手だけもじゃもじゃか、「クマ」と書かれた幼稚園児の名札を胸に付けるか、耳だけ可愛く頭に乗せるか。あれはあれで成功例に感じる。
    最後友達と思っていたクマさんを熊汁にして食べるのかなあと考えて行ったら、とっても可愛らしいお話でほげほげ楽しみました。
    私の席からクマさんがどう描かれていたのか見えなかったのが残念。外が暑いので中で待つにも狭いのが辛かった。というか知ってる顔がいると恥ずかしいのもあり。無、になって観たい。

    おやつがトマト、きゅうり、とうもろこしというのが良かった。
    そこでチョコとかポテチとか出てくるとアスファルトの世界がわっと出てしまう気がしたので。
    役者がまた良く。★4に近いくらいで。
  • 花もアスファルトも
    いとおしい
    私はそう感じます。
    チラシから想像される、繊細で優しげな雰囲気を纏いつつ、日常に潜むきしみや毒が時折あらわれる、なかなか好みの舞台でした。
    音楽や効果音は極力排されており無音の場面も多く、いい意味でけっこうな緊張感を強いられました。

    ネタバレBOX

    「くま」をどう捉えるか、どう描くかで印象が変わると思いますが、作家もそれはだいぶ意識したようで、毎回PPTの対談相手に「あなたならどういう姿にするか?」と質問していたそうです。ちなみに私が観た回では『DULL-COLORED POP』の谷賢一さんが登場しましたが「裸にするかもしれない」と話され、これには小夏さんも驚いておりました。
    小夏さん曰く「メタファーととらえる人と、ファンタジーととらえる人が半々くらいだとうれしい」という旨の発言をしていたと記憶しますが、ある種の曖昧さは作品の弱みになるかもしれませんが、そうした曖昧な部分を頭の中で補完できるところが演劇の魅力とも思います。
    と書きながら『ホテル・ニューハンプシャー』が無性に観たくなりました。
  • ふわり
    ゆたかに ながれる物語

    抽象的でもあり
    それでいて
    そこに あるような

  • 満足度★★★★

    ほんわかしました
    確かに川上弘美っぽいかんじですが「くまやまださんとわたし」という童話のほうがイメージ的に似てた気がしました。
    くまがちょっとホロニガですが、とても寂しげ爽やかなかんじで癒されます。白いポールと椅子しかない舞台もなんだかシンプルで面白かったです。
    いつのまにか群像になってたりとか面白いです。

  • ハイホー
    川上弘美の『神様』をモチーフにしつつ、アーヴィング、さらにはヴォネガットを感じさせる文学的な作品。クマの丁寧な口調だけですぐさま涙してしまったのは、こちらの過度な感情移入もあっただろうか。できることならば、対比としての必要性は認めるも、俗なるものを極力排した、純化した物語であればとてつもなく好みだったのだけれど。

  • 満足度★★★★

    リアルさ・説得力
    黒い空間に白い円形のテラスが組まれている。テラスの上には白いイスがひとつ。
    下は白いイスが円形に置かれ、舞台左手には太さの違う白い円柱が何本もそびえていた。
    白と黒の空間に青と緑の照明が落ちている。
    抽象舞台っぽい。

    客層は若い人(20代前半)が多い印象。
    春風舎はキャパ少ないんですね。小さいハコでびっくりしました。

    春夏秋冬と時の流れがあり、舞台上で団地の人々の日常が進んでいく。
    それぞれ家庭に抱えているものがあり、互いに関わり合い、時に遠ざけ合うリアルな距離感と関係性。
    その中での「異質さ」や「陰」という「甘い毒」の描き方が印象的だった。
    確かにそこにある何の変哲もない日常を見ているのだが、
    痺れ薬を飲まされてずっと弱い毒におかされたまま見ているような印象。


    役者たちの演技が丁寧で、安心して見れた。
    そこには確かに会話があったし、説得力がある。リアルだった。
    「くま」というファンタジー感あふれる存在を交えてなお、現実的に見せる演出が見事。
    それでいて「くま」と人間とかかわる中で発生するリアルな笑いが良かった。
    常に全裸ですけど、あ、そうですよねーwという笑いとか。
    思わずあるあると頷いてしまう。そういう笑い。

    見終えた後になんだか心地よくなってしまう、
    それでいて考えさせられる芝居でした。私はすきです。

    これからも青☆組に期待しています。
    ご招待ありがとうございました。

  • 満足度★★★★

    たとえクマが来ても日常は繰り返され、続く
    吉田小夏さんの、というか青☆組の雰囲気は肌に合うようだ。

    やっぱり、前作と同様に「品の良さ」を感じた。
    そういう視線で観ているから、そうとしか見えないのかもしれないが、生成りの衣装や木材そのものの装置の色合い、役者の会話、立ち居振る舞いなどにそれを感じる。

    ゆるやかな、日常の時間が過ぎていく。

    ネタバレBOX

    団地に現れたクマという異質の者は、いわゆるガイジンに他ならないと単純に読み替えることも、できそうだ。

    例えば、明治生まれの一世に厳しく育てられた、日系ブラジル人の三世が、団地にやって来たという設定だ。
    妙に丁寧な日本語と物腰だけど、細かいところでの表現がイマイチわからない。見た目は日本人なのだが(ここがクマとは違うところだが)、どこか外国人の印象があり、住民からすると、理由はないのだがなんとなく恐ろしい(猛獣のクマという見えている怖さとの裏返し)。
    そして、結局、その三世は日本には馴染めず、故郷が恋しくなってブラジルに帰ってしまう、と、いう話に読み替えられそうである。

    ただし、そう単純に読み替えてしまうと、身も蓋もないし、この物語の面白さがぼけてしまうかもしれない。
    クマはクマなのだ。

    観ていて思ったのは、「母」だったり「妻」だったりする人が、「三者三様ではない」ということだ。しかも繰り返す。
    ひょっとしたら、作者の吉田小夏さんは、団地の主婦は、毎日同じことを、単調に繰り返している、と思っているのではないだろうか。
    あるいはそういう単調さに「日常」を込めたのだろうか。

    いずれにしても、クマなんかが現れなくても、日常は単調ではなく、刺激に満ちあふれているということを見せてほしかった、とも思ったりした。

    ただ、どんな異質なモノが侵入してきても、日常は盤石であり、そう簡単には揺らぎはしないということなのでもあろう。

    アスファルト(団地の日常)にあっても、花(心のよりどころみたいなモノ)を見つけられる者は幸いということなのだろう。
    追いつめられて、雨の夜に団地の屋上に上がってしまう男のように、絵を描いているのに、「見る」ことができない者が多い。
    たぶん、「よく見る」ことでそれができるようなるのだろう。
    例えば、クマという外側じゃなくて、内側を・・・というのはベタすぎるたとえかもしれないが。

    クマにはそれができるのだが、日常に埋没してしまっている団地の人々にはそれができなかった。唯一、独身女性の鈴木さんは、その一端に触れることができたのだが、自らだけではそれ以上先には進めなかった。

    クマはそれを伝えに来たわけでもないのだが、自分の居場所はここではない、ということに気がついて去っていったのだろう。

    青☆組は年齢の幅があるのがとてもいい、年齢を増すことでの落ち着きだけでなく、繰り返しの日常からはみ出てしまった、いらだちのようなものも現れてくる。

    なんと言っても、クマ役の方が、「人のよさそうなクマ」を演じていたのがとてもいい。彼の、その存在で、この舞台の、異質なんだけど、異質じゃなくて、異質じゃないところが、実は違和感というような不思議な空気が生まれたと思う。

    そして、観ながら思ったのは、これって、パペットアニメで観たら、うんと楽しかったのでは? ということ。と言っても、舞台で役者が演じることを否定するわけではないのだが。
  • 200908031930
    200908031930@アトリエ春風舎/終演後PPT有

  • 繰り返しで満ちる空気が揺らいで
    団地の空気の表現が
    すごくしなやかで秀逸。

    新しい住人たちからやってくることでのゆらぎが、
    ゆるやかに沁み入るように団地のなかに伝わっていくなかで、
    変わらずに流れる時間が浮き彫りになっていきます。

    新しい住人たちの感覚がみずみずしく伝わってきて、
    舞台上の非日常や
    そこから垣間見える日常の世界にまで浸りこんでしまいました。

  • 満足度★★★★★

    異質者との距離感
    或る団地に、本物の「クマ」が引っ越してくることからはじまる物語。
    どうやら、世の中には、一定程度、本物の「クマ」が、言葉をしゃべり、人間と一緒に暮らしているようだ。

    ネタバレBOX

    田舎にあると思われる団地では「クマ」を見るのは初めてという人がほとんどだが、ニューヨークにはたくさんいるらしい。ニューヨーク帰りの娘は、「クマ」とルームシェアをしていたという。

    一見寓話の形を取っているが、この物語は、突然、入り込んできた異質者とのどのように接するか、それを観客一人ひとりに問いかけていたように思う。
    異質者とは、現在の日本でいえば、「外国人」と置き換えればわかりやすい。
    「外国人」を何の違和感もなく受け入れることができる者、外見だけで、危険と決め付け本質を知らずに拒否する者、同じような境遇にあることで親近感を覚える者。あなたはどうですかと聞かれている気がした。
    「クマ」が発する、”一見知らんぷりしながら、影でじろじろ見られるより、興味本位でもじろじろ見られるほうがいい”ということは、彼ら異質者の本音ではなかろうか。

    舞台は役者の台詞回しも美しく、ところどころ、笑いを誘うようなせりふもあり、全体としてほのぼのとした雰囲気をかもし出していたが、私のは今の日本を風刺するシニカルなストーリーのように感じられた。

    たいへん楽しめる舞台であった。

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