
「その命、書店に返してもらいます−」
その命?書店に?返してもらいます?!
思わず、二度見ならぬ二度読みしてしまいそうな、大インパクトなセリフ。チラシ裏面、あらすじ1行目にあるその言葉通り(?!)、本作は、書店を巡る復讐劇なのだと言う。
そして、「書店を巡る」と言うのは、物語の内容に限ったことではない。上演期間中、会場である北千住BUoYは実際に書店、いや、書店街に変幻する。

観劇前後に舞台上で「物販」として台本や関連書籍が売られたり、それらを買うなんてことはままあるが、本公演の設えはそれともまた違う。つまり、同時多発的に「書店街」と「演劇」が爆誕する空間なのだ。遊星Dの『書店からきた女』という演劇と、『北千住BOOKSODOM』というブックイベント。その二つのが同時に楽しめるところが本公演最大の個性であり、「書店街劇」と謳われている所以である。

出版社から作家、演劇団体まで多彩な書店ブースがひしめきあう、ここだけ&今だけの書店街。新たな本との出会いが期待できそうな空間で、突如その演劇は始まる。
最初のセリフはこうだ。
「あの、すみません。コートの中、見せてもらってもいいですか?」
そんな期待通りの物騒さで幕を開ける『書店からきた女』。物語の舞台は、小六洲ブックセンター。書店の名前からして、もうすでに本作が強火のハードボイルドであることは決定している。この小六洲ブックセンターには、読む者に「憲法をも書き換える力」を授ける禁書『共同体の胎』が眠っているらしい。

そんなものが盗まれたらえらい騒ぎであるが、ここで冒頭のセリフに戻ってほしい。そう、盗まれるのである。それもなんと年に一度の棚卸しの日に、しかも、邪悪で名高い万引き集団<五人のイヴ>に。謎に包まれし集団の襲撃の果てに、生き残った書店員のまなみ。そこから、彼女の孤独な戦い、そして類を見ぬ書店復讐劇の火蓋は落とされる…。
『書店からきた女』は、梢はすかの書き下ろした戯曲を、これまでも創作をともにしてきた旦妃奈乃が演出する。キャストは、名古屋愛、辻村優子、鈴木正也、こばやしかのん、荒若梨緒、穂高の6名のほか、高橋利明[20日のみ]、こっちゅん[21日のみ]、北條風知[22日のみ]の3名が同役・日替わりキャストとして出演。

ドキドキ、ハラハラ、ちょっとワクワク。そんなミステリアスかつハードボイルドな復讐劇であるが、その創作現場はとても楽しげで、ソフトな印象に包まれていた。そんな稽古場の様子をレポートする前に、まずは遊星Dというカンパニーとその活動について前置きしたい。

遊星Dは、劇作家・梢はすかと演劇をつくる小規模な集まり。独自の編集的発想に基づき、複数作家の戯曲をシームレスに繋ぎ合わせた上演や、DJのように書店内で大量の本をミックスしながら朗読するパフォーマンスなどを展開している。メンバーは梢はすかのほか、共同主宰のTKG、俳優・こばやしかのんの3名。これまでの作品に、オムニバス公演『低き楽園』、『どこへも帰らない』のほか、Nanori presents『Mix tape』にて上演された『函館の女の子、どうした?』などがある。

(メンバーで、キャストのこばやしかのん 写真/旦妃奈乃)
また、2024年10月に上演された『遊星Dのファイヴ・フィンガー・ディスカウント』を皮切りに、「書店演劇」なる新ジャンル&新シリーズを始動。昨年5月には、日本屈指の書店街である神保町の月花舎にて、『カハタレの現在地Vol.2-カハタレの分身計画-』内で『遊星Dのバンデ・ア・パート』を上演。小説や随筆や詩だけでなく、CDの歌詞カードや商品説明書など、会場に散りばめられたあらゆる媒介物をシームレスに朗読していくこの書店演劇は、本から本へ、言葉から言葉へ、文字から文字へと遊泳する身体を実践し、一見無関係な文字に次ぐ文字のモンタージュが、言葉と身体のえも言われぬ一体感に導くような不思議な体験であった。書店という空間を演劇化したある種の発明。読書、あるいは立ち読みの際にまれに起きる天啓のような言葉との邂逅を図らずも体験し、私はひどく興奮したのである。その発明と実践と並行して、新たなアイデアとして生まれたのが、今回の「書店街劇」である。

(『遊星Dのバンデ・ア・パート』キャストで『書店からきた女』にも日替わり出演するこっちゅん 写真/Masahiro Miyao)
さて、稽古場に戻ろう。私が訪れた日は “復讐”のクライマックスシーンが念入りに稽古されていた。そして同時に、そんな復讐劇の裏に隠された家族(もちろん愛猫を含む)の秘密、父と娘の別れとその行方が紐解かれようとしていた。

(写真左から)10年前に突如失踪した父役の鈴木正也、書店からきた女ことまなみ役の名古屋愛、その胸に抱かれているのが愛猫・ハーモニー役の穂高。3名とも物語において重要な「秘密」と「役割」を握る重要人物(&猫)だ。しかし、家族の物語の片鱗が見えかけたと思ったら、「待った」と言わんばかりに、ただならぬ風貌の女性が現れる。新たな重要、いや要注意人物の御出座である。

ボリューミーなドレスに身を包み、そろりそろりと書店街の区画を分け入って歩くのは、謎の女・ミツキ役の辻村優子。こんな格好で書店街にやってくるとは、一体何者なのか。ゆっくりであればあるだけ緊張感が走る。おっとりと艶っぽく喋られるほどに狂気が増す。見事なまでの怪しさ×妖しさの体現である。銭湯跡地であった廃墟をそのまま残した北千住BUoY。あの空間に佇む辻村の姿、そこに響く声色を想像すると、ますますワクワクしてしまう一幕だ。

そんな刺客(?!)をよそに達観にも諦観にもとれる態度で周囲を翻弄する父を、時に未練たらしく、時にあっけらかんと演じる鈴木。そして、時にどっちつかずで、分かりやすく舞台上を右往左往とするその様は、今まさに失踪してもおかしくないようにも、失踪の成れの果てのようにも見える。どこかアニメの闇落ちしたキャラクターを思わせるそのムードは、舞台上に一部2次元的空気を召喚…。この配役の絶妙な説得力をぜひ堪能してほしい。

ただかわいらしい、ただ気まぐれな、そんなどこにでもいる猫を想像してもらっては困ります。コロンと丸まった背中から、そんな何かが起こりそうな「予感」を立ち昇らせる不思議な猫・ハーモニー。その命名通り、穂高の動きは、この物語に重層的な“ハーモニー”を与える。彼女の毛並みがうわっと逆立つ瞬間、あるいは尻尾がくるんと揺れた瞬間、ハードボイルドは一転、突如として童話へ。そんな瞬間もまた見どころである。

そして、一言、二言とセリフを発する度に、その魅惑の低音ボイスとミステリアスなムードを以て、完全に空間の温度と湿度、そして緊張感を占拠してしまうのが「書店からきた女」ことまなみを演じる名古屋愛である。かくいう私もその一人であるが、これまでも様々な作品で多くの観客を魅了してきた名古屋。そんな名古屋が挑戦する、これまでにはない新たな役どころ。それが目撃できるのは、やはり観客冥利に尽きる。ちなみに、梢いわく、本作は名古屋のキャスティングありきでアイデアが進んだと言う。そんな期待をお釣りがくるまでに返上する怒涛の存在感。まなみはたしかに、名古屋愛しかあり得ない

この日の稽古はおもにこの4人の登場シーンに絞って進められたが、対話は決してそうではなかった。人物の挙動の細部に目を凝らしながら提案を重ねる演出の旦を筆頭に、作家の梢はすか、21日のみ出演するこっちゅんも交え、多彩なディスカッションが繰り返される。遊星D過去作でも印象深い存在感を放っていたこっちゅんの日替わり出演も乞うご期待である。

(演出の旦妃奈乃)
「まなみはここに何をしにきたんだろう?」
「父はそのことにいつ気付いたんだと思う?」
「ミツキがここで叫ぶとしたら、それは高音?それとも低音?」
「ハーモニーの動きはもっと“もっちり”した感じはどう?」
「もしかしたら、この人、そうは思ってないのかも?」
各々が人物造形に迫り、その背景を探り、フラットに意見を出し合っていく。そして、そのことによって、シーンはみるみると豊かになっていくのだ。コナンの怪盗キッド、ポケモンのピカチュウ、エヴァンゲリオンのゲンドウ…既存のキャラクターになぞらえて表現を試みる楽しげな瞬間もあり、物語はハードボイルドながら、稽古は常にカラフルかつエンタメな展開を辿っていた。

稽古終盤、名古屋はこんなセリフを口にする。
「残念ですが、まだ続きがあるみたいです」
仕事が終わっても、何が起きても、明日が、人生が、命が続いていくということ。そのある種の悲劇的な絶望感。劇作家・梢はすかは、この一言にそんな感触を忍ばせたのだと言う。そう聞いて、なるほど、本作は荒唐無稽な設定ながらも、やはりヒューマンドラマでもあるのかもしれないと思う。そして、そのセリフが目の前の演劇にまだ「続き」があることをも意味しているのだとしたら、それを見届けない他はない。

「その命、書店に返してもらいます−」
劇場に入ると、そこは書店街。そして、ここは小六洲ブックセンター。一歩足を踏み入れた瞬間から誰しもが命を狙われるこの書店において、返される命が、一体何の命であるのか、誰の命であるのか、その真相は、まだ誰にも知らされていない。ここから先に必要なのは、「続き」という絶望と希望を知る覚悟。そう心して北千住に降り立ちたい。

取材・文・稽古場写真/丘田ミイ子
<公演情報>
遊星D『書店からきた女』
日時:2026年3/20(金祝)〜22(日)
3.20(金祝) 17:00開演
3.21(土) 17:00開演★
3.22(日) 14:00開演★
★終演後アフタートーク(3/21ゲスト:伏見瞬、3/22ゲスト:掟ポルシェ)
※受付開始:開演45分前
※上演時間:90分(予定)
会場:北千住BUoY 地下スペース
チケット:1日券[「北千住BOOK SODOM」入場+『書店からきた女』鑑賞]
前売4,000円/当日4,500円
販売サイト:https://yuseidkbs.peatix.com
※「北千住BOOK SODOM」のみの入場券は1,000円(予約不要、当日券のみ)
作:梢はすか
演出:旦妃奈乃
出演:名古屋愛、辻村優子、鈴木正也、こばやしかのん、荒若梨緒、穂高
*高橋利明[20日のみ] *こっちゅん[21日のみ]
*北條風知[22日のみ](*同役、日替わりキャスト)
空間創造:旦妃奈乃、徳丸倖汰、山元汰央、中務航
舞台監督:桝永啓介
制作:大蔵麻月
宣伝美術:星加曜
宣伝撮影:芝田日菜
宣伝音楽:名古屋愛、setta
記録撮影:Kinomama
劇評:西村紗知
文芸協力:バターンひやま
トークゲスト:伏見瞬、掟ポルシェ
協力団体:青春五月党、青年団、劇団MOYU、ぽわぽわの、まにまに記、イデア絶対掴むズ、ヨゴト、四日目四回目、白昼夢、Peatix
助成:アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成(単年助成)]芸術創造活動
<「北千住BOOK SODOM」書店街出店>
機械書房、本屋lighthouse、All Books Considered、ISBbooks+鹿のデコイ、南十字、代わりに読む人(友田とん)、零貨店アカミミ(柿内正午)、Mourir d’ennui、イデア絶対つかむズ、窮理舎、コバヤシフミカ、下嶋やゆん、空想と地図の企画室、燦燦たる午餐、四角三人衆、スナックあや、もゅぷっ工務店、遊星D
※出店者は日替わり。詳細はhttps://note.com/yuseid/n/n9af662bb1c43
主催・お問い合わせ:遊星D
Mail:yusei.d.2019@gmail.com
X:@yusei_d_
instagram:@yuseid_ig
WEB:https://note.com/yuseid