舞台芸術まつり!2024春

ながめくらしつ

ながめくらしつ(東京都)

作品タイトル「この世界は、だれのもの

平均合計点:20.8
丘田ミイ子
河野桃子
關智子
深沢祐一
松岡大貴

丘田ミイ子

満足度★★★

ながめくらしつは、2008年にジャグラー・演出家の目黒陽介さんによって結成された現代サーカス集団。これまで、サーカステクニックを基底に、音楽家やダンサーなど多ジャンルのアーティストと接点を持ちながら、幅広い場で活動をしてきました。
そんなながめくらしつが久しぶりに新作として上演したのが本作、『この世界は、だれのもの』。
コロナ禍での公演形態や主催の独演などを経て、新たに取り組むアーティストとの協働。サーカスやダンス、音楽などジャンルを横断し、舞台芸術の魅力を訴えるような力強いパフォーマンスでした。

ネタバレBOX

出演者は、目黒陽介さん、安岡あこさん、目黒宏次郎さん、入手杏奈さんの4名で、名前を挙げた順の2名1組の男女によるパフォーマンスが順次展開されていきます。身体を密着させては突き放す、恋の駆け引きのようにも愛憎の応酬のようにも見えるパフォーマンス、机とボールを用いたゲームがやがてバトルに展開していくようなパフォーマンス、体に複数のリングを絡ませて行うパフォーマンスなど、さまざまなダンスとジャグリングの融合が見られました。
身体の先端から末端までを駆使するダンスの本領や、誰も真似することのできないサーカスにおける超人技など、アーティストの圧倒的技量をも感じることもできました。
本作のもう一つの大きな特徴として挙げられるのが圧巻の音楽です。現代音楽家として活動するイーガルさんによるピアノ生演奏は、舞台上のアーティストの身体の流れやうねりに文字通り伴走するような力強さがあり、空間全体を縁取るようでも、音を介してダンサーやジャグラーの身体を導くようでもあり、とても興味深かったです。
全体のムードとしては決して暗いわけではないのですが、ドラスティックな不協和音を奏でているような趣がありました。怒涛の音楽に包まれながら、4名の俳優が自身の身体やその個性や技量を使い果たすようにパフォーマンスを成し遂げていく様、そして、それらが交わり、重なることで、ペアだからこそできる表現の魅力や可能性を示していたことも素晴らしかったです。

その一方で、どうしても2人1組のパフォーマンスを交互に見る趣が強く、全体を通してショーケース感が否めなかったのが残念な点でした。4人が1組となったパフォーマンスも最後にあったはあったのですが、個人的には、せっかくこんなにも魅力溢れる4名のダンサーとジャグラーが集っているのだから、全員が一つの作品の出演者として存在しているシーンや、それぞれの強みが一つ二つと融合していく様子をもっと見たかった、という心残りがありました。人が他者と関わり、重なり、交わることで物事やその景色は大きく変わること。そういったコミュニケーションがもたらす変化については、ペアのパフォーマンスによってしっかりと描かれていたと感じました。『この世界は、だれのもの』という言葉の惹きつける力が大きかったこともあり、他者が複数存在する「世界」というものへの接続を期待してしまったのかもしれません。

しかしながら、言葉を発さず、表情さえもほとんど変えずして、一人ひとりが濃密かつ情感豊かなパフォーマンスに仕上げている点、その表現力の高さはやはり抜群に素晴らしく、5名のアーティストには改めて大きな拍手をお送りしたいと思います。
「他者への関心」というテーマをそれぞれが身体に落とし込み、さらに、舞台上で生まれる新たな反応を信じる姿勢で臨まれたのであろう、純度の高いパフォーマンスでした。
異ジャンルを横断しながら「今」に向かって放たれる、ながめくらしつならではの創作・表現活動。そのパフォーマンスのさらなる飛躍を今後も楽しみにしています。

河野桃子

満足度★★★★

パフォーマーそれぞれの持つ経験や技術が、ときに机や椅子やボールなどを媒介としながら、互いに行きつ戻りつしていく。それぞれの異なる技術の高さ、有機物と無機物が、同じ板の上で融合していく。……舞台上に在るものの異なる経験と個性がバラバラにならず、相互の関係性の揺れを感じられる時間でした。そこには、音や光の役割が大きくあります。

ネタバレBOX

ピアノの生音は、空間を包むように震えています。音と身体、音と空間の共鳴を感じる瞬間。客席もふくめ、そこに在るものを結んでいく柔らかな網目のような存在となっていました。
光は、空間を深く遠く広げます。薄暗いなか、身体を柔らかく照らしたり、ぎゅっと集約させたり。どこまでも奥行きが続いていそうで、ぽんと体ひとつで闇のなかに投げ出された気持ちになりました。そうなると、自分という個の孤独を意識してしまう瞬間があります。テーマとして事前に書かれている「他者への関心」について思いを馳せました。

パフォーマーたちは、他人のように見えることも、恋人のようにも見えることもあるし、全員が無表情なこともあり無機物と無機物の交錯に見えることもある。ただ、振りによっては意味のあるカタにはまっていて、見る人の生活や価値観によって受け取り方が変わりそうに感じることもありました。
けれども総じて、モノと身体、身体と身体、音と身体の共鳴を、肌で感じる充実した作品でした。

關智子

満足度★★★

ながめくらしつの作品を拝見するのは初めてであり、ジャグリングと音楽をメインとするパフォーマンス集団と聞き、また過去作品の映像も見ていたことから、元々期待値は高かった。作品における技術面でのクオリティは、その期待を決して裏切ることはなかった。

ネタバレBOX

「他者への関心」をテーマとする本作では、各人が他の出演者と、ダンスやジャグリングを通して距離を縮めたり広げたりする様が描かれた。それが時に暴力的になったり、慈しみを感じさせたりする表現力からは、技術力の高さだけではなく各パフォーマーの演技力と協調性の高さも窺えた。
特筆したいのは照明と音楽の美しさである。観客との距離が近い劇場でのパフォーマンスは、しばしば観客に閉塞感も感じさせがちであるが、照明は劇場を本来よりも広くかつ幻想的なものに感じさせており、そこに加わるイーガルによる音楽も、それだけでパフォーマンスとして成立する程に観客を惹き込むものであった。
総じて技術力の高い上演であったが、(むしろ各人の技術力の高さゆえか)全体としてまとまりがあったとは言い難い。テーマとなる「他者への関心」についても、深掘りできていたとは言えず、観客の方が寄り添ってようやくテーマが見えてくるものとなっていたと言わざるを得ない。コロナを経て他者という主題について観客もより敏感になっているため、その点についてはより深める必要があっただろう。
したがって、技術力の高さと比較して、作品としてのまとまりに欠ける散漫な印象を受ける公演となっていた。

深沢祐一

満足度★★★

「激しくも静謐な男女の交錯」

ネタバレBOX

 開演前の舞台上に男(目黒陽介)がひとり、椅子に座って小首を垂れている。ときおり宙を仰ぐ目には光が灯っていない。定刻になると袖から他の出演者が舞台上の椅子や机を動かしてあっという間に場面が変わり、いつの間にか男は消える。われわれ観客はこうして本作の激しくも静謐な世界に誘われる。

 やがて別の男(目黒宏次郎)と女(入手杏奈)によるダンスが始まる。男の首に女が腕を絡ませるところを見ると恋人のようだが、近づくかと思いきや激しい振りへ変わり、やがて離れていってしまう。まるで出会った頃の男女の濃厚なラブシーンが倦怠期に突入し、果ては喧嘩沙汰に発展して別れていくかのようなカップルの時間の経過を見たような心地になった。

 次の場面で冒頭の男は別の女(安岡あこ)とお手玉のような、パンの種のような、たるみのある白いボールを使ってゲームに興じる。陣取り合戦のようにもオセロのようにも見える他愛のないやり取りがいつしか体を乗り出した奪い合いとなり、ボールの動きは激しさを増す。暗い舞台上にその白さは一層映える。

 こうしてダンスのとジャグリングそれぞれのペアが交互にパフォーマンスを続けていく。ダンスペアで圧巻だったのは、男が椅子の背に手をかけたり女にしがみつかれた状態で見事な倒立を見せたり、長机の背後に張り付き壁に見立てた状態で縁から顔や手を出したところである。まるでスパイダーマンようなしなやかな身体性に目を見張った。机や椅子は出演者が安全にパフォーマンスができるよう、今回のための特注したということにも驚いた(舞台美術:照井旅詩)。他方ジャグリングのペアが見せた、数個の白いリングを腕や首に絡ませて互いの体を近づけては離す、その過程が切ろうとしても切れない縁のようにも、知恵の輪を解くべく苦慮しているようにも見えたところが面白かった。

 全員が無表情ながらペア同士激しく体を使うため、息つく暇のない濃密さに溢れゆたかな感情が交錯しているように感じられた。このように書くと張り詰めた舞台のように思われるだろうが、ゆったりと伸びやかに展開していくというのが本作の大きな特徴である。淡々としていながらも不協和音が耳に残るイーガルのピアノ伴奏や、ダンスやジャグリングに陰影を与えた秋庭颯雅の照明も作品に大きな貢献をしていた。ただ男女が近づいては離れていくという振付やジャグリングに型があるように思えてしまい、先の展開がおおよそ読めてしまうきらいはあった。

 最後は、それまで交わることのなかったペアが合同で綱を引き合う。ここでもペア同士協力し合ったり邪魔をしたりして面白い。しかし高跳びや縄跳びのようなじゃれ合いも見てみたかったというのは無理な頼みだろうか。

松岡大貴

満足度★★★★

2人が2組と、1人と1台と

ネタバレBOX

ボールを介して繋がる入手杏奈と目黒陽介はそれぞれの存在を確かめ合うかのように慎重で、徐々に近づき重なり合い、また離れていく。対照的に安岡あこと目黒宏次郎は、お互いの体を引っ張り合い、追いかけ、暴力的なまでにぶつかり合う。恋愛にも、広く人間関係にも、さらにはこの世界と個人との関係にも連想し得る広がりの中で、1人ピアノに向かうイーガルは孤高の象徴か。それでもイーガルが紡ぐ演奏は、2組の存在を絶えず感じている。
「現代サーカス」の概念はこの日本の舞台芸術の中でどのように位置づけられるのか。道具や技術は身体表現を阻害せずに拡張していると感じた。その拡張された身体表現の先にあるものが、現代サーカスをそう呼ぶに足らしめるものなのだろうか。

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