舞台芸術まつり!2022春

万能グローブ ガラパゴスダイナモス

万能グローブ ガラパゴスダイナモス(福岡県)

作品タイトル「甘い手

平均合計点:24.0
大川智史
河野桃子
鈴木理映子
關智子
深沢祐一

大川智史

満足度★★★★

 とにかく会場が温かい雰囲気で、万能グローブ ガラパゴスダイナモスという劇団が、福岡でどれほど愛されているのかというのをひしひしと感じました。ただ、今回の上演の地、北九州はそこまでホームというわけでもないそうで、彼らが公演をおこなうことが多い、福岡市とはまたちょっと違うと聞き、福岡市だったらもっと温かい(もしくは暑い)雰囲気なのかもしれないと驚きました。いずれ福岡市でも劇団公演を拝見したいものです。

ネタバレBOX

 エピソード一つ一つが目新しいわけではなく、全体のテイストもちょっと懐かしさすら感じるのですが、自分達ができること、できないことをおそらく冷静に見極め、限られたリソースの中で、こだわりをきちんと体現すれば、ここまで面白くなるのかと驚かされました。

 窓を作って顔を出したり、自販機を登場させたりと大活躍だった、舞台前面のパッチワークカーテンが、書き割りとしていい仕事をしていたと思います。ガラパだからこそのこだわりが詰め込まれた、本作の象徴のようにすら思いました。

 劇団員が多いキャスト陣もみな熱演で、劇団として何を見せたいか、何をお客さんに感じてもらいたいかを全体が共有しているように見受けられる、見事なアンサンブルでした。

 特に印象に残ったのは、「風紀に厳しい教員だけれど、本当はカワイイものが大好きで、マイメロが大好き」という対照的な二面を見事に演じ分けた横山祐香里さん、スイッチが入ると1人でハムスターのように走り回る熱血教員・尾崎豊を演じた椎木樹人さんの劇団員コンビで、この2人が演技の面で作品を締めていました。また、主人公(?)の世界(という名前です)を演じた荒木宏志さんが、ボケが過剰になる作品の中で、ツッコミ側として奮闘していたのも印象的でした。

 ただ、少しだけ気になったのは、本作のキャラクターは、設定も、キャストの演技も含めて、典型・類型などを積極的に用いてデフォルメ化された人物像がほとんどでした。そのこと自体はともかく、そのせいか、物語の中でキャラクターが生きて話しているというよりは、物語がキャラクターの方向性を決定づけ、それに合うように動かしたり、喋らせているように感じることが何度かありました。物語とキャラクターの関係はどっちが正しいということもないでしょうし、突き詰めれば鶏と卵みたいな話になりそうですが、キャラクターが物語に奉仕しているように思える瞬間があり、そのことが少し気になりました。

河野桃子

満足度★★★★

 ドタバタコメディと言っていいのか……そういう印象を受ける元気の良さ、勢い、キャラクターの濃さ、賑やかさ、コミカルさなどが詰まっており、さらに細部へのこだわりもかなり練られていました。チラシのビジュアルとも重なるパッチワークのような美術が印象的で、サーカス小屋の入口のような、おもちゃ箱のイメージのようなワクワク感もあります。同じく当日パンフレットの顔写真つきの人物紹介も楽しい。音響や照明もベタな挿入だけれど描きたい世界がはっきりしていて思いきりがよく、さらに俳優もふくめて「うちの表現はこうだ!」という自信や信頼も垣間見えました。

ネタバレBOX

 これまで九州ではいくつかの舞台を拝見したくらいですが、演劇に関わる人々の勢いと熱量を毎回感じます。今回はさまざまな俳優が出演していますが、九州のなかでどんなポジションやイメージなのかなど、客席と共有されている方が複数名いるなと思いました。劇団や俳優や演劇が、観客と関係を築いているのだなと嬉しくなる客席でした。実際、わたしも“ファン”になる気持ちです。

 いろんな登場人物のエピソードが、よくこの時間内にこの人数分入ったなぁと驚くほど詰め込まれています。みんなが主人公で、みんなにドラマがあって、みんなに人生がある。どの人物も基本的には「誰か他者を思い、他者のために行動する」。そんなまっすぐな人物たちを生き生きと演じていて、デフォルメもされているけれどリアリティもきちんとあって、この学校に通いたいなぁと思うような(大変そうだけど、笑)、みんなを好きになっちゃう幸せな空間でした。

 先生と付き合ってる(かもしれない)女子生徒というのは、一瞬「この設定大丈夫かしら…」ともよぎりましたが、先生側の思いが明らかになるにつれて納得できる展開に。女子生徒の恋心に限らず、いろんな型にハマっている若者の思いは肯定しつつ、その関係を肯定するわけではない作劇でした。昔ながらのキャラ設定ではあるのでもっと批判性をもって描いてもいいとは思いますが、基本的にはどんな思いの、どんな価値観の人物も、愛を持って作り上げられていました。

 また、方言の響き(とくに語尾)が明るくて、その音の余韻が劇全体に漂っていく。方言であることが作風にとっても効果的でした。最高のエンターテイメントであるとともに、九州のことも好きになる地域密着の魅力がたっぷりでした。

鈴木理映子

満足度★★★★

 文化祭前の学校を舞台にしたドタバタ青春群像劇。

 若者……に限らず、誰にもある「ほんとうの私」をめぐるモヤモヤを、複数のエピソードを織り交ぜつつ、変に深刻にならず、ラストの盛り上がりへと昇華させていく手つきが爽快で、楽しく観劇しました。一定のテンションを保ちつつ単調にならない演技、スピーディーな場面転換も、演出力はもちろん、劇団力の強さを感じさせるものだったと思います。

 俳優の年齢と役の設定のギャップもありますし、これがリアルな高校生活だとは思いませんが、もう少し上の世代によるノスタルジーとして描かれた若者のイノセントさ、呑気さ、右往左往だと思えば、ちょっと甘酸っぱい感慨も湧いてきます。

 (ガラパはだいぶ以前に観たことがあるのですが、作り手が若者ではなくなったことで、むしろ、フィクション、エンターテインメントに振り切れた面もあるのかもしれません)

 横山祐香里さん演じる堅物先生、椎木樹人さん演じる熱血先生の佇まいも、個性的でありつつ、ちょっと大人の余裕としての重しにもなるような魅力がありました。

關智子

満足度★★★★

 地元に愛された、俳優の個性が活かされているエンターテインメント作品である。

ネタバレBOX

 高校の学園祭を巡る群集劇であり、「周囲を気にせず好きなものを追求する」という本作のテーマは団体の方向性も示しているように感じられた。そういう意味において、内容と一致した劇作術が巧みである。個性の強い俳優たちは個々に魅力があり、しかもそれぞれにマッチした役を演じていたことから、客演の俳優とも良好な創作関係を結べる劇団としての強みが見られた。特に劇団所属の横山祐香里氏は、登場人物のキャラクターの落差を見事演じ切っていた。

 そのような団体に対する客席からの愛情が強く感じられた。普段、首都圏の劇場ではなかなか感じられない温かさを持った客席は、筆者のような外からの観客も排除することなく飲み込み、「ホーム」という印象を与えた。そのような客席を、時間と誠意をもって作り上げてきたであろう団体の努力が感じられた。

 他方で、かなり力技で押し切られているという印象も拭えない。戯曲の構成や設定、俳優の演技も細かく見れば瑕疵が見えるが、勢いとノリで乗り切ってしまっている。作中の劇中劇が「これなんー!?(これ何!?)」という展開で終わってしまったことから、もう力技でも色々崩壊していてもエンタメだからOK!という表明だとも受け取れるが、小さな無理も見えなくなるほどの力技ではないとも言える。

 このことから、エンターテインメントとして成立していれば許されてしまうこと、許してしまうことについて考えた。恐らく、勢いで押し切ってしまうというのは劇団の方針の一つだろう。巧緻な細工よりも大きな柄で人の目を惹きつける方が、本作のテーマとも合っている気もする。しかし、他団体や他作品ならば必ずマイナス点として議題に挙がるであろう点を、エンタメだからというだけの理由で見逃して良いのだろうか。

 とはいえ、このような普遍的な問いは、万能グローブガラパゴスダイナモスがエンタメとして優れていたからこそ生まれたものであろう。評者である關も、その点について問いつつも作品自体については大いに楽しんだ。強引さも団体の強みとしてこのまま猛進してほしい。

深沢祐一

満足度★★★

 「学校」という社会の二面性

 福岡市(と思われる)の高校を舞台に学生と教員の悲喜こもごもを描いた群像劇である。全編博多弁の台詞は活力がみなぎっていた。

ネタバレBOX

 高校2年の演劇部員・野村世界(荒木宏志)は1週間後に控えた文化祭で、隣のクラスが急遽上演することにした人形劇の台本を書いている。世界は隣のクラスの木内早苗(脇野紗衣)に思いを寄せているが、学内一の情報通である熊野宗助(友田宗大)から、早苗は先生と付き合っているという噂を耳にして心中穏やかではない。他方体育会系でツッパった部員の多いサッカー部の部長・古賀純白(古賀駿作)は、最近付き合いの悪い副部長の北山ヒロ(西山明宏)と大きな喧嘩を起こしてしまう。ヒロは皆に言えない悩みを抱えていたのだ。生徒指導室で二人をきつく注意した英語教師の館山絵リ咲(横山祐香里)は学生たちから煙たがられているが、彼女のくだけた一面は駄菓子屋の店主日ノ出まゆ(杉山英美)をはじめ限られた人しか知らない。館山は同僚の川崎一穂(山﨑瑞穂)と一緒に文化祭で踊るダンスの振付を3年の森古田緑子(悠乃)から教わっていた。緑子はクールビューティーぶりで井端芽吹(柴田伊吹)をはじめ女子学生から慕われているが、実は緑子にも皆の前では伏せている秘密があった。

 本作の主題は人間の二面性である。自分のキャラ設定に思い悩む多感な高校時代の葛藤が、コメディタッチで描かれていた点に好感を持った。また現実世界では葛藤があるもののネット空間では自由であるという描き方が現代的であると感じた。さらに学生だけでなく教員の二面性も描いたことで「学校」という社会の二面性が浮き彫りになったように思う。

 ネタの入れ方もうまい。自宅で飼っているウサギの体調が思わしくないため、不登校の妹・小枝(石井実可子)と一緒に献身的に看病しているヒロは、「マイメロディ」のアニメを観てウサギを飼い始めたことが恥ずかしいと言っていたり、その「マイメロディ」をきっかけにサッカー部員と館山が邂逅するという流れも周到に計算されていると感じた。また急遽人形劇を上演することを決めた教員の尾崎豊(椎木樹人)のあだ名が、ハムスターが回り車をひとりで回転している様子から「ハム」と名付けたなどうまいものである。

 私が疑問に感じたのは高校生を演じた俳優の自意識の所在である。登場人物の二面性を際立たせやがて底を割る作劇であるため、実年齢よりも若い配役が劇のリアリティとは異なるリアリティを生み出したため混乱を覚えた。たとえば世界が早苗と会う前にスキンケアをしたいから早く帰りたいと嘆く台詞は面白かったが、演じた荒木宏志にその台詞を言わせると劇の内容とは異なる意味が生じるように感じた。俳優と役柄の距離感は難しいところだが、この困難さ自嘲したり喝破するような自己批評の台詞や設定があってもよかったのではないか。他方で教員を演じていた俳優にその違和感はない。椎木樹人の人はいいが空気が読めない熱血教師ぶり、横山祐香里のエキセントリックな芝居が特に印象的であった。

 また文化祭の大どんでん返しは本作のハイライトであるが、おおよそネタが割れているために予想範囲内で終わってしまった点が残念である。カラオケでサッカー部員たちと館山が遭遇するところや、オタクぶり全開の緑子など部分では面白い要素が、文化祭へと至る大きなうねりに繋がっていればなおよかったのではないだろうか。

 本作は失恋し人形劇も失敗に終わった世界の新たな門出と、じつはちいさな頃から世界に思いを寄せていた隣のクラスの羽美みさこ(野間銀智)との展開を示唆する場面で幕を閉じる。このラストは腑に落ちるものの、欲を言えば群像劇で描いた「学校」という社会から見えてくること、全体を貫くメッセージを感じ取りたいと思った。

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