舞台芸術まつり!2022春

シラカン

シラカン(神奈川県)

作品タイトル「マがあく

平均合計点:19.8
大川智史
河野桃子
鈴木理映子
關智子
深沢祐一

大川智史

満足度★★★★

 どことなく不思議な世界観をつくりあげていましたが、あまり不条理性は感じず、観終えてからも「なんでだろう」と思っていました。

ネタバレBOX

 個人的な所感ですが、各登場人物が「本人なりの正義」のようなものを誠実に守り続けている感じがあり、それによって全体的に大きな違和感も覚えず、その不思議な世界観にすんなり入り込みました。作劇にも演出にも大きな破綻がないことはもちろん素晴らしいのですが、(仮に多少の瑕疵があったとしても)もう少しダイナミズムが欲しいかなと思ったのもまた事実です。

 その意味で、終盤で部屋が人を閉じ込めてからの展開は、人間たちが部屋に翻弄されている姿に新しいベクトルを感じました。

 不動産屋の社員を演じた大橋悠太さんが、翻弄される側から翻弄する側、そして全員をまとめようとがんばるところまで、ちょっととぼけたような味わいがあり、作品のいいアクセントになっていたと思います。

河野桃子

満足度★★★

 あるお部屋のお話。

ネタバレBOX

 ドミノの舞台美術は触れたら倒れるのではないかとドキドキしましたが(固定しているのかもしれないけれど)、誰も触れませんでした。狭い空間にたくさんの俳優がいて、大きく動くシーンもあるにもかかわらず、です。広くはない「部屋」の空間を俳優達の身体が把握していて、そういった空間の感覚が第7番目の登場人物である「部屋」にリアリティを持たせていました。効果音や、マイム的な動きなどもふくめ、そういった細部の積み重ねが、劇空間をつくっていたと思います。

 そのなかでの登場人物たちは、理不尽な主張の応酬だったり、あえて(だろう)わざとらしいせりふ回しといったいくつもの「違和」を登場させます。

 違和感はあるけれども、なにかが起きそうなほどはなにも起きないので、そのもやもや感が居心地悪くもあり、その居心地悪さが面白くもあり、その面白さがすこしだけ物足りなくもあり、でもその物足りなさがクセになりそうでもあり……独特の不思議さをもった作風でした。

 たとえば、不思議なゆっくりしたテンポでしゃべり、不思議にズレたテンポで会話する人物と一緒にいると、ちょっとクスリとしてしまうような、そんな感覚です。「なんだか、この人、好きだわぁ」と言いたくなるような、愛しい作品でした。

鈴木理映子

満足度★★★

 「部屋」=領域をめぐる諍いを淡々とシュールに、ポップに描き出す不条理劇でした。

 舞台は入浴中の男の部屋。「下見」と称してこの部屋に忍び込んだ女性と何も知らない女友達、不動産業者と客が鉢合わせし、権利を主張しあっているところに、大家も登場、さらに風呂上がりの男も交え、事態は混乱を極める。最終的には「部屋」自身が争いの幕引き役として乗り出してきて−−。

 登場人物それぞれの主張に一貫性はそれほどなく「えっ!」となるような発言も淡々となされるため(それが笑いを誘うのですが)、今目の前で起こっている攻防戦がどういう状況にあるのか見失ってしまうこともありました。とはいえ筋やテーマでなく、目の前で展開する状況そのものを見せるという意味では、とても演劇的な試み、企みを持った作品だったと思います。「部屋」自身の声や目線の導入も、(ある種の「神」の存在のように)状況を俯瞰し、設定に立体感をもたらす役割を果たしていて、面白かったと思います。ドミノでつくられた部屋の境界線が、上演中ずっと、登場人物たちの身体との間に、えもいわれぬ緊張感を生み出していたのも、印象的でした。

關智子

満足度★★★

 STスポットの空間をよく活かせた、演劇的想像力を巧く活用した作品である。

ネタバレBOX

 アパートの一室を契約するというシチュエーションに、リアリズム的な作品なのかと思っていたら次々に不条理な言動と展開が待ち受けている。小劇場の不条理的シットコムと呼び得る巧さで、不気味さと滑稽さのバランス感覚に優れていた。

 思わず吹き出してしまうような台詞と俳優の演技も魅力的だった。他方で、その俳優たちが汎用性の高い上手さであるかはやや疑問であろう。あくまで本作の作品傾向とスケール感に合った演技だったため、他の作品でも見てみたいと思わされた。

 総合すると、巧いが故に良くも悪くも後味を残さなかった。不条理にもシットコムにも振り切ることのないバランス感覚はあるが、それによって何を目指しているのかが伝わって来ない。また、応募書類に見られた問題意識や目標が作品を通じて見られず、その点も残念だった。若手の団体であるため、向かう先が垣間見えると一層の強みになるのではないかと思われた。

深沢祐一

満足度★★

 部屋をめぐる「ちょっと、変」な不条理劇

 ドミノが四方を囲んだ空間で、黄色いシャツを着た男が横になっている。どこからともなく人の声がする。「風呂が沸きました」。男はやおら起きあがり部屋の奥に姿を消す。客席後方から登場したスーツ姿の男は客席に向かい「ご来店ありがとうございます」と観劇上の注意を呼びかける。こうして『マがあく』は「ちょっと、変」な空気感を醸し出しながら幕を開ける。

ネタバレBOX

 蓑田空(岩田里都)は知り合いの藤家ゆり(村上さくら)を連れて契約したばかりだという部屋を訪れ、ビニールシートを広げてお茶会をはじめる。そこに不動産営業の勝村忠(大橋悠太)が内見を希望する森山奈央(高下七海)を連れて現れる。じつは空はこの部屋を契約しておらず、勝手に鍵を持ち出し入室していたのだ。当然勝村は抗議し藤家と奈央は戸惑うものの、空は「ここは私の部屋だ」とふてぶてしく主張する。騒動が大きくなり隣室から大家の丹野武蔵(神屋セブン)が諌めにくるが、なぜか4人に言いくるめられてしまう。

 しまいには風呂を終えた冒頭の男・太伏大器(干川耕平)が裸で出現、「ここは誰の部屋でもないから所有した」とおかしな主張をしてさらに場が混乱する。最終的にはなんと部屋が「(扉は)開かないよ」などと話しだし、この部屋から誰も出られなくなりーー作・演出の西岳はコロナ禍で外に出られなくなった体験をもとにこの悲喜劇を創作したという。

 私が面白いと感じたのは上述した幕開きを含めた空間設定や俳優たちの醸し出す空気の独特さである。「ガチャ」「ガラガラ」など扉を開ける音響効果に人間の声を当てていたり、客席後方から出入りする役者がまるでアヒルのように体を小さくしながら入退場していたり、部屋から出られない登場人物たちが暇を潰すために円陣を組みゲームをする場面の息のあった具合など、この劇団ならではの雰囲気を徹底させた点が面白いと感じた。

 一方で公権力に頼めばある程度解決しそうな事件を展開させる仕掛けが少ないため(「騒動になるから警察は呼びたくないでしょう」と勝村を諭す台詞はあったが)、設定そのものに違和感を覚えた。結果、私は劇のリアリティに馴染めず、場面が進むごとに台詞が空疎に響いてきた。当日パンフレットのあらすじに「部屋と悪をめぐるハートフルバイオレンスタイム」をあったため、ルイス・ブニュエル 『皆殺しの天使』ばりのものを期待した者としては肩透かしを食らった気持ちになった。

 また、不条理の象徴たる部屋の存在も含め、本作の登場人物たちは決定的な対決行為はせず、なんだかんだで仲がいい。コロナ禍があぶり出した人命にかかわる不穏さ、人間のダークな一面を感じるくだりがほしいと思った。

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