短編集「ふたり、目玉焼き、その他のささいな日常」
空宙空地
津あけぼの座(三重県)
2017/09/30 (土) ~ 2017/10/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
いい作品は何度観てもいい。配役変更やホンに手が入れば尚更。
山形さんはストーキングブルースを体躯を活かして見事に磨き上げてたし、おナツさんは気性を活かした…おぐりさんバリのダメ出し台詞が効くわぁ。
BGM
ロロ
三重県文化会館(三重県)
2017/09/30 (土) ~ 2017/10/01 (日)公演終了
満足度★★★★
この劇団のことほぼ予備知識ゼロで観たけど、何とも心地よい空気を味わったなぁ。
演出が…優しくてコミカルでユニーク、若者らしくゲラゲラ笑う屈託の無さが可愛らしい。
シームレスに時間軸入り乱れる構成は好みやなぁ。解釈無用の謎めいた感じも多様性を感じさせる。
振って、振られて
光の領地
ナビロフト(愛知県)
2017/09/27 (水) ~ 2017/10/01 (日)公演終了
満足度★★★★
振って、振られて(光の領地)観劇終了。憲法という思わず身構えてしまう題材だが、その内実は…極論を道具に人間の心理の変容、歪み、落とし穴の一端を描く。タイトルが結構核心を突いてるかなぁ。
椿教授役の多様さがかなり効いてて面白い。
はっぱとかみさま
劇団星めぐり
鑪ら場(愛知県)
2017/09/23 (土) ~ 2017/09/24 (日)公演終了
満足度★★★
狭い小屋にギュッと乙女の拘りを詰め込んだ宝箱みたいな舞台。
個人的には、同種の空気に擬似科学や社会風刺も交えた前作「ヒカリノ国」方が好みであったが、敢えて奇をてらうことを避けた感じは、まさしく主人公少女を諭す空気に合わせたかのようでした。
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ネタバレBOX
(続き)
「願いが叶う紅茶」「神様になりたい」
この2つのキーワードが主軸になる展開。空気だけ味わっても十分な芝居だが、私がぼやっとしてたのが、今一つ細部で呑み込めなかった部分もある。
①「神様になる紅茶」を飲んだ主人公が果たして神様になれたのかのくだりで、店主と旅好きの常連客との会話から浮かび上がると思しき解釈…
旅先では自分を作り直せる
→私を作る私は創造主(神様)
→自分を変えられれば神様になったと同等
…は斬新で面白かったが、主人公に何か繋がったのか良く呑み込めず。
…超然としていた店主が唯一惑いを見せていたシーンなので話のキーだとは思うんだが…。
②「力がある物」を得るには「価値のある対価(代価?)」が必要。
この「価値のある…」は経済社会では「その物を売る方にとって…」だが、ここでは「貰う本人にとって価値があるもの」…となる。
まるで生贄的対価…。あくまで何かを捧げさせることに意味がある。童話?寓話?的な匂いが潜んでいる様にも思えて、喫茶店形式だと異質に映って面白い。
③そして結局「本当の願い」とは何だったのか。…
…このお店のルールを理解することが、彼女が本当の願いを理解することにたまたま直結したのか…
それとも「願いを叶える紅茶」は「何でも叶える紅茶」ではなく、「人の喜ぶことを考えるコミュニケーション」が万物の願いを叶える…この紅茶の真髄なのか…
…何となく本作は単発でなく、この「彷徨える喫茶店」を舞台に、迷える複数の客を相手に短編3本立てぐらいで作った方が味が出そうな趣きでしたが、この「本当の願い」の扱いはこのコンセプトの基本設定に関わる気がしたので、ちょっと気になったわぁ。
彷徨える湖 ロプノール湖を彷彿とさせるこの喫茶店。超常的な存在の割りに、意外とこじんまり近所を移動範囲としている気がするのが面白い味。
彷徨える喫茶店を唯一捕捉している常連の旅人かすみは、この世界を膨らませそうな良いキャラでした。
ピアノ奏者るりはちょっと尖った気質で、この世界のアクセントになるキャラ。何か人間ではない布石も感じましたが、タイヤキを前にして「魚の匂いがしない」は…ちょっと萌え要素でしたね(笑)
カーテンコールまでずっとモグモグしてたのは面白かったです。
きんかく九相
劇団芝居屋かいとうらんま
御浪町ホール(岐阜県)
2017/09/22 (金) ~ 2017/09/24 (日)公演終了
満足度★★★★★
全般的にしっかりコンセプトに即した…統一感と美しさと奥深さを感じる舞台美術。
そこに、ただでさえ窮屈な世相の中で、自身の障碍から波及する精神の著しい閉塞感を役者が表現し、そして…そこから生まれる美しいものへの渇望と憎しみ、身勝手な理想から溢れ出す「狂気」を舞台上に映し出した。そして最後のどんでん返し?… 原作から一歩抜け出した印象です。
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ネタバレBOX
(続き)
各論。まず見た目から入るけど、舞台美術を始めとする演出が本当に美しい。
炎や血をイメージしているのか…冒頭、…天井から垂れ下がる意味ありげな赤い布。白赤黒を基調とした統一感ある衣装。三・四層ぐらいに重ねられた襖は舞台に奥行きを与えるばかりか、話の奥深さを象徴する。
見ざる言わざる聞かざる… いや、見えざる、言えざる、聞こえざるか…の、序盤から何か不自由さを予感させるオープニングダンスも、がっちり展開とエンディングに効いてきた。
そして話中で何度もフォーカスされる「美しさの価値基準」と「空っぽ」
川口の…幼い頃から脳内で理想化・肥大化した「美しい金閣寺」と現実の美しさとのギャップは、強烈なコンプレックスから歪んだ価値観となった 「滅びゆく様こそが美しい」として示される。
一方で、川口のみならず、遊女や友人が抱える…世相を反映した閉塞感、無力感が「空っぽ」と表現されている様だ。
認識(知識・見識?)の無為さと行為(行動?)との対比の議論は普遍的に見えたが、川口の犯行を後押しする存在として使われている様だが、時代からの強迫観念の印象も感じた。
中盤は、発言の趣旨がロジカルに理解できない台詞が度々出てきて、何となく時代掛かっているから、その辺は原作に沿っているのかな。理解できないのは自分の教養の無さだろうが、ただ、最後の最後にその印象が一変する。
クライマックスの金閣寺放火のシーンで、同じく(色んな意味で)美しいモノとして…有為子たち遊女に金閣寺を体現させる演出は、川口の精神面に何を作用させているかが非常にイメージし易かった。
燃え盛る中での有為子の語りは(ここは後藤さんの独自解釈/創作な気がするが)、非常に呑み込みやすいメッセージになっていた。
空っぽなモノは美しく滅ぶしかない…と思わせる展開の中で、空っぽな遊女たちの悲痛な想いを糾合していくかんざしのシーン… それを受けて有為子(金閣)が語る川口の思想への拒絶と示唆…「もがき苦しみ、生きることこそが美しい」という趣旨は、…金閣に遊女たちが重なるからこそ、強い説得力を持ち、金閣とともに燃え尽きようとする川口を遊女たちが次々と拒絶し、コンプレックスを抱えながら(口耳目を塞いで)焼失していく様は、川口の毒気を身代わりに吸い取っていくかに見えて、それでこそ川口の「私は…生きるしか…ないんです。」がストンと胸に落ちた。
原作との差異を知るために原作解説を色々読んだが、いずれも川口の生きる決意がしっくりこなかったので、後藤さんの原作の自分色への染め具合に改めて唸りました。"
劇王Ⅺ~アジア大会~
長久手市文化の家
長久手市文化の家 風のホール(愛知県)
2017/09/15 (金) ~ 2017/09/17 (日)公演終了
満足度★★★★★
さすが全国から代表が集まるコンテストには観劇の醍醐味がある。
決勝進出作品と一部の好みの作品について、
ネタバレboxに感想を書きました。
ネタバレBOX
■【救急車を呼びました(平塚直隆[オイスターズ])】
最初はいつものノリで、穏やかに不条理感を滲ませてくるかなと思ってた。このままなら、劇王防衛は厳しいかな…というのが序盤の印象。しかし、それは極めて甘い予見だった…中盤以降、予想を超えて畳み掛けてくる意外性。
…発言や所作から連想する思い込みを…、成立していたかに見えた作中・演出の約束事を…、全て逆手にとってくる。「なぜ君が喋る」「二度と言いたくない台詞」の辺りは秀逸。こういう「騙してくれる瞬間」は芝居の醍醐味だ。大いに笑った。
終始その意図の見えぬ男2(平塚)の不気味さも良い。善意の佇まいから…成立しない意思疎通、本人すら意図を量りかねる様に「あれ?」を繰り返し、入れ替わる「大丈夫ですか?」の主語たち…拡大する疑惑
サイコパスサスペンスさながらで効果的。
本作はこれら2つの柱…
「一種の言葉遊び的、不条理的な会話による意思"不"通への笑い」と
「善意の装いで(あるいは本当に善意のつもりで)近づき、心理誘導してくる者の恐怖」
で構成されている印象だ。
故に"物議"を醸したと思える。
審査員西田シャトナー氏の「不幸になる人を笑う芝居(且つ教訓の示唆もない芝居)は認められない。これを笑う観客が怖ろしい。」という趣旨の発言があったが、果たして観客が本当にそんなことを笑ったのかは冷静に分析すべきだ。客を侮り過ぎでは?
少なくとも私の笑いのツボは意外性だ。先述の通り、成立しないコミュニケーション、男2(平塚)の予想外の問い掛け・反応・切り返しに面白みがあり、それが判明するタイミングで全て男1(中尾)が窮地に陥るところに誤解の余地があると思える。とかく人には「許容できぬ勘所」があって、作品への批評眼を曇らせる。引き合いに出すのはおこがましいが、私自身、某作品で加害者扱いとなる人物の描写・扱いに…自分の身近な者の苦悩を重ねて、冷静に作品の価値を受け取り難かった経験がある。…結果的に男1(中尾)が陥る状況が、氏のそういうツボを刺激したかもしれない。
確かに男2(平塚)のサイコパス的態度がエスカレートする終盤、飯を食いながら虫けらを見る様に男1(中尾)を観察する視線は強烈で、そういう作為を疑ってもおかしくないし、ネガティブな受け取り方…例えば"いじめの構図"を想起させているかも。男1(中尾)の演技も巧みすぎて、もともと心臓疾患でもあったの?とも思える過剰さだった。(そういう殺人のサスペンスって見たことある。)…
…感想の本来の趣旨からは脱線したので元に戻ると、先述の2本の柱を、どういう作意で絡めているかは、物議のお陰で興味が湧いた。
正直、前者の柱だけで十二分に笑えるので満足だが、平塚さんは不愉快な印象を持った人がいたことについて、自ら演出上の課題と捉えている様だ。後者の柱が作品上の調味料に過ぎないのなら強烈さを薄めるのか…。でも、それも勿体ない気もするね。
一方、もっと深い意図を仕込むために切り口を変えるのなら、それこそ西田氏の様な想起を逆手にとり、本来の笑いどころは違っても、笑っていたという事実だけで観客がいつの間にか加害者に転じている様に思わせる…そんな仕込みも面白いのではないか。
後味は悪いが、昨今の「極めて作為的な報道等への対峙の仕方」への警鐘みたいになりそうだな。
■【言いにくいコトは、、([北海道代表] 上田龍成[星くずロンリネス])】
ど・どしのぎ祭、「キンチョーム」で出会った星くずロンリネス再来。持ち味を更に研ぎ澄ませ、観客が心地よく笑える空間を提供。
1アイデアを丁寧に磨いていくスタイルは相変わらずで、キンチョームでの「さ行抜き言葉」ほどの意外性は無かったですが、今回の「早口言葉」は小気味良いテンポにおいてはキンチョームに勝りました。
そして、もちろん中盤以降の飯塚の早口言葉オンパレードが見せ場ではありますが、それを引き立てるための琴葉・邦彦の噛み噛み早口言葉も光っているし、それらの「早口言葉」が登場できる布石を、観客に悟られない様に丹念に布陣していく序盤の手厚さも見逃せない。
全てを気付かせない…というのは無理があるほどの超定番の早口言葉があるのも実態で、予選・決勝で2回観ると、序盤の気の遣いようが見て取れて面白い。
やはり、勘の良い人なら序盤で早口言葉を全て見通せるでしょうから、とっておきのオリジナル早口言葉の仕込みがあれば手厚い仕掛け・意外性になるのにね…という気は否めません。ただ、なんとなく上田さんのポリシーとして「観客の知っている言葉」に拘りがある様な気もします。
ドラマとしては、むしろ定番の感動シーンを茶化しているかの印象も浮かんで、…なんていうか…Youtubeとかに上がる様な「MAD動画」みたいなものも想起しました。エモーショナルな感動シーンのセリフを、滑稽な早口言葉で置き換えてみた…的な。
(別に悪い意味では言ってません。MAD動画好きなので。)
一方で、役者の作る空気は「安心して観れるお茶の間コント」的。
最後のオチ(そこは言いにくいままでいろ)は何となく弱い気もするのですが、そこまで走り続けた後のひと心地…食後のお茶を一杯…お約束の様式美みたいな後味として無難とも言えるかな。
いずれにしても、何度観ても面白いライブ感が確かにあって、2度観て面白かったので実感しています。
演劇とコントの狭間を狙うと標榜する姿勢が遺憾なく表された…これは強み。
■【前兆とか([中国地方代表] 亀尾佳宏[亀二藤])】
冒頭では言葉遊びの様に見せていた「ことわざの珍解答」が「山本の不登校の理由」を解き明かしていく過程は実にダイナミック。
単純に笑いのネタとして賑やかしになっていたソレが、浮かび上がる疑惑とともに…畳み掛ける様に連発される空気にもはや笑いは無く、観客の受け取り方が180°変わる仕掛けは見事なものです。
疑惑を醸造させる…母親の対応の違和感…「それを知っていて何故言わない?」と湧き上がってくる疑問にも、両先生のツッコミの冗談で…観客にカモフラージュされて、「結論」に伴って再び息を吹き返すのも巧妙で良い。
伊藤の正論や、それに対応した第一場・二場の暗転直前の中尾の「問い」…このバランスは観客の頭や論点をきれいに整理して印象付け、お手本の様に綺麗な構成でした。
それだけでも十分な質であるところに、そういう表向きの面白さに添えて…何かモヤッと裏を感じさせる空気に深みがある。
伊藤と中尾の会話の…それこそ冒頭から続く「噛み合っている様で噛み合ってない感じ」。これに大いに含みが感じられる。
…中尾の真意をどう解釈するかで作品の味が大きく変わる。
特に中尾のセリフは「誰を…何を指して言っているのか…」がとても曖昧で、意味深となっている。
同意している様でいて、伊藤とは逆のことを言っている様にも見える余白の広さ。
…「出してたんだよ、前兆とかサインとか。」は、根拠もなく言っている一般論なのか、真実を知っていて皮肉っていたのか…。
一学期にさぼったにしても、いつまでたっても採点が終わらない不自然さ。中尾はどこまで分かっていて、何を期待して、ヒントを振り撒き続けたのか。何らかの理由で真実を明かせぬ中尾が助けを求めるサイン…かとも思ったが、そこに最後の「証拠隠滅」である。
あっさり読みが瓦解して見方を変える。
「前兆やサインが読めない」と嘆く伊藤への慰めと擁護の言葉たち…それは思い遣りではなく、後に明るみになる失策の弁明と同情を求める行為ではないか…
伊藤が自己保身に走らず、事態の理解と共に速やかに行動を起こしたことが、中尾には想定外だったのかもしれない。共者を発掘したつもりが…敵となった感じか?
第四場で折り重ねられていく伊藤と中尾のセリフ。
そこには「前兆やサインを読むことの難しさ」を嘆くというよりは、明らかに中尾の諦観・自己弁護・同情を求める心情が滲み出ている様な気がして、現場を知る者ならではの空気が漂っている気がしました。
■【アツモリ([東北代表] 遠藤雄史[トラブルカフェシアター])】
地区代表だけあって非凡な仕掛けは少なくない。
・離婚届と見せかけるミスリード
・夫婦の対話をプロレスの攻防に準える趣向
・故人への思慕を象徴すると後から気づかせる「日記、電話の使い方」
・無理のないレフェリーの位置づけ
オチも踏まえると「6年の歳月を重ねた上での自己完結」でしかないが、演出上は2人の対話で育まれていく結論は、存命中の生活から紡がれていた思考の総決算であり、流産経験とも重ね合わせた気づきの形成は…短編ならさほど違和感はなく、すっと納得できる。
それでも、「夫の本当の意識の外からの、新たな気付きの転機が欲しい」という趣旨の審査員評はなるほどと唸ったな。
こういう主軸の展開を彩る描写として、「プロレス」と「食」が使われた。
「プロレスによる描写」は着想として良い切り口だが、如何せん序盤の「脇固めによる押印強要」のインパクトがピークで、後が形式的なマネに留まったのは残念。ほぼ、女優の個性で押し切ったに過ぎない印象で、本当は「夫婦の対話」と併せて本作の両輪になるべき「売り」だと思うので、もっと研究してシッカリした「見立て」にまで作り込んで欲しかった。空気は好きなんです。
「食」については、タイトルに「アツモリ」が使われたり、夫婦の過去話が出てくるんだけど、小ネタ程度の印象しか残らなかった。…「生きるためにゴハンを食べよう」というセリフは良かったけど、それが活かされる空気はさほど感じられず、「プロレス」と「食」に手を拡げた結果として、双方中途半端で終わったのかも。個人的には「プロレス」に絞って磨いてくれた方が良かったな。
さて、こういう本作の本質としての感想とは別にして、やはり震災をネタにする必要性はなかったのでは?という気持ちが先に出てしまう。
一瞬で観客が事態を呑み込んでくれるというメリットがあるのは確かだが、それ故に思考も画一化されてしまう…語弊がありそうだけど…観る側に謎の圧力が生じる。意図せずとも、これに感動しない者は人に非ず的な圧力…。
一方、審査側でもプロの矜持として「感傷に抗する心理」でより厳しい評価を促すのではないか。「必然性」に対する言及が多かったのにも、そういう背景があるのではないか。
実際のところ、扱っているのが「震災でしか起こり得ない状況ではない」ことから、本当はこの設定を避けるのが得策だったと理性では思う。ただ、東北の人だからね… それでも…っていう想いは断ち難いのかもしれないね。
■【コミュニケットボール([関西代表] 福谷圭祐[匿名劇壇])】
決勝に進んで欲しかった1作。かなり地味だが、言葉の扱いがとても繊細。ただしそれは文学的な繊細さでなく、科学的な繊細さだ。
見た目バスケの謎の球技。名前だけ「コミュニケットボール」と明かされている。…そこに投入された3人の…言葉通りの苦悩のコミュニケーション。
メンバー3人はそれなりの知り合いの様だが、知らない者同士のSNS上のコミュニケーションを感じさせる。言葉のキャッチボールが、どうにもスムーズに進まない。…その裏に感じ取れるのは、必ずしも稚拙さではない。
「思い込みを廃し、言葉の他の可能性を無視せず、厳密さを求める気質」であり、使う場面を誤らなければ必ずしも悪い気質ではない。
しかし社会生活においては、大概は「厳密に対象を定義されないと行動を起こせないタイプ」としてコミュニケーション不全を起こす。
本質でない部分の曖昧さを許容して動けない一種の「発達障害」を思わせる。
「パスってどっちの?」
「いいよって、どっちの?」
交わされる言葉は思わずハッとする一種の言葉遊びに映ることもある。
本質を取り違えながら進む論理展開・議論の妙は面白く(ただし、コメディ的な空気はない。)、ゼロベースで考えた時に拡がる言葉の可能性も感じられる意外性もある。文脈で判断できないから同音異義語を交えて会話が出来ない。
言葉の些細な定義にすごく敏感であることの派生として「さしたる意図の無い言葉」がNGワードになって、過剰に周囲の悪意を感じ取る。
それらに晒されているうちに、会話の妙だけを味わっていた自分の気持ちに徐々に変化が起きた。
3人は本当に必死だ。
常人が感じる以上に厳しい針のムシロの上で、ぶつかり合い、せめぎあい、不平不満や皮肉を訴えながら、それでも誰かが関係を繋ぎとめようとする。「ずっと人との関わり避けてきて、うまく人と関われなくなっちゃって、どうしていいか分からなくなっちゃったから、ここに来たんでしょ?」、「こっちが行こうよ。」
最後に、そこまで使っていた言葉の用法をミスリードさせて転機とし、…本当の意味での「言葉のパスまわし」が始まる。
ささやかな結末…そしてささやかな一歩。
この…観客の感情をほとんど煽ってこない演出で、決勝進出まであと1票のところまで票を集めた。
惜しかったなぁ…2度味わいたかったよ。
■【怪盗パン ([東海代表] 渡山博崇[星の女子さん】
敢えて人間味を遠ざけているかの様な演技。童話的な雰囲気で展開するそれは、生ける人形劇を想起させる。
レ・ミゼラブルを下敷きにしている様でいて、心の奥底は正反対に乖離している気もする不思議な一作でした。
…レ・ミゼラブルって原作をちゃんと読んだことないけど、改心したり、不変の愛を貫くイメージがあって…、でも本作では…同じ舞台で大筋をなぞっている様に見せかけて、絶妙に逆のことをしている気がするんだよなぁ。
やっぱりキーワードは…「この足は小銭を踏んずけたままだ」だなぁ。当初は罪悪感なのかと思ったり、「更生の難しさ」みたいなものを描いているのかとも思ったが、何かそこにも違和感が残る。
宗教的観念でいくら愛や正義を説こうとも、そんな単純じゃ済まないのが人間だ。…「どろぼう」にしか才がなかった男は、いったいどう生きていけば良かったのか。
社会に圧殺され、ただ朽ちていくことに甘んじなければいけないのか…
「足の裏の小銭」は…社会に対する…社会の価値観に対する違和感でもあるのかもしれない。…競争社会の中、限られたリソースの中、そのつもりが無くとも他人から何かを奪うことは普通に起きることだ…ただ社会のルールに…多数派の論理・倫理に則ってさえいれば、それが許容されるというだけのこと。
自分の特性が反社会的であることの悲劇か。…一方で、その拘りから抜け出すことの難しさを表している気もした。
実のところ拘っているのは本人だけ…
過去を払拭できれば、忘れてしまいさえすれば、掴めた幸せ。一歩を踏み出す怖さ、難しさ。
昇天し、遠のいていく小雪の服が印象的でした。
『夫のオリカタ』
演り人知らズ
文化のみち二葉館2F和室(愛知県)
2017/09/09 (土) ~ 2017/09/10 (日)公演終了
満足度★★★★★
なんか、いばさんがちょっと今までと違う作風の作品を書き始めた…っていうのは、ツイートやこの前の「想い出づくり」で感じていました。今回もその装いこそストレートな感じはあるのですが、やはり後味は「既存の価値観に抗うもの」ではないかと思えました。…それは個人の「幸せのアリカタ」。
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ネタバレBOX
(続き)
故人に囚われて生きることを、社会一般では良しとしないことが多いし、創作の世界ですら…それを乗り越えて現実を歩き出す結末が多い気がします。
でも、そんなの社会の都合に過ぎないんじゃないか…と思わせる後味。
結局、小春の生き様のどこにも後ろ向きなところは無い。想う人と伴に、その想いを全うした年月。
「私、ちゃんと生きたよ」の言葉が本当に沁みてくる。その前の「その後の報告」辺りから、純一の何気ない言葉をずっと守ってきた空気がじわっと襲ってきて、目頭が熱くなりました。アレはハッピーエンドの物語であったと強く信じます。
さて今回の公演、会場選定まで含めた演出が高く評価され、場所の佇まいのみならず自然光でのライティングが絶賛の嵐。私が今更言うまでもないですが、その他にも演出がお話の想像をかなり膨らませてくれたことに唸っています
それは客入れから板付きとなっていた香澄の存在…いやここは早川さんと言うべきか。あの…話に絡まないのに絶妙な存在感を放ち、意味ありげに繰り広げられるその所作。
…私、最前の下手端から斜めに舞台を観ていたので、上手の早川さんは必ず視界に入るんですよ。しかも、早川さんの"役"を知らずに観に来ていたので、その所作を巡って、ストーリーと人間関係の想像が膨らむこと膨らむこと。夫婦の関係を揺るがす工作員説、…純一との共謀説、時間軸をずらして舞台に同時に出現させた小春の未来説… それらの想像は一切合切外れるのですが(笑)、あんなにさり気ない演出であんなに惑わされることになるとは思いもしなくて…正直、我がことながら驚きました。…本筋とは別の可能性を多岐に追って、一人でお話を何倍も楽しんでいた自信があります笑。ぶどうさんにしてやられた。
主人公・小春。みさきさんの甘える表情…純一にからかわれ、不満気に口を尖らす…全幅の信頼と愛情を持って、純一に首をもたれかける…ああもう何てことでしょう。微笑ましすぎて眼がとろけそうでした。やっかみで爆発しろとも言うことを許さぬ、圧倒的な幸せのオーラが振りまかれていました。
夫・純一。キレない・あるいは変人じゃない…貴重なタケジュンさんの芝居。
…何たる善人感。特に香澄の語る幼少時の純一の逸話がその人格を膨らませていて、そのイメージ通りの数々の所作に唸る。文句の付けようがないわぁ。あの幸福そうな立ち位置を演じておいて、男にそう思わせるって、ホント、良い空気を作ってくれましたよ。…そして、2人が作り続ける折り紙が、ホント良かった。まさしく想いが折り込まれていく様であり、時間の経過を如実に表現したり、積み重ねた想いを物量的に視覚化させる最高の小道具。
謎の女(笑)・香澄。このところ、幼い役が多かった早川さんの落ち着いた大人の女性役は新鮮でもあるが、とても板についていて…というか年相応なのか(笑)
先述の通り、私は中盤まで彼女の芝居にかなり惑わされましたが、立ち位置が分かってきてからの芝居もしっとり2人への想いが伝わってきて、たぶん小春が想いを貫けた陰には、香澄の想いと気遣いがあるんじゃないかと思えて、二人の終盤の心の交感が素敵でした。そして、それ故にラストシーンの花吹雪を香澄が散らすのには、小道具としての都合じゃなくて、演出上の大きな意図があると思えました。
10th Anniversary Tour
マームとジプシー
穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース(愛知県)
2017/09/08 (金) ~ 2017/09/10 (日)公演終了
満足度★★★★★
10th Anniversary Tour(マームとジプシー)、4作品完走、いや、うち3作品は各々3作品の集合体だから都合10作品か…。
1作家の作品をこれだけ短期集中で観ると、重なる思念も対照的な思念もあり、シームレスに繋がって人類の集合思念の水面に身を委ねた感じでしたね。
トリトメガァル
第6回名古屋学生演劇祭
うりんこ劇場(愛知県)
2017/08/31 (木) ~ 2017/09/03 (日)公演終了
満足度★★★★★
計算高く生きてきた女・安堂が…その考え抜いた数々の「人生設計」を、天才(天然)・如月に ことごとく踏みつぶされ、狙ったターゲットをかっさらわれていった大学生活。…悲観の末に選んだ「自殺」の先には、輪廻転生の終わりなき地獄が待っていた。
…というのが…基本プロットに見えるのだが、その実は決してそんな単純じゃなかった。
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ネタバレBOX
(続き)
単に「転生の果て」というのでなく、…話の構成自体が、「過去」に「未来」に…そして「創作世界」に飛んでいき、同じ役者でシームレスに繋がっていくので、因果関係がだんだん混沌としてくる。
「現実」と思って観てると実は「創作世界」だったりして、あるいはその複合かもしれず…なんか入れ替わってる気もしてきて…現実とその2次創作が混然一体となっている不思議な感覚。
特に近藤綾香さんの数多の役どころは、実際に観ている最中は把握しきれない膨大さです。
そして、話の中で数多でてくる逸話・ネタの数々の…理系的理屈っぽさが私は本当に好きで、その上でゲーム世界的・漫画的な手法やモチーフが散りばめられるのが本当に性に合う。
更に哲学的な要素が入ってきて、…観る側としては完全にオーバーフローになるけど、「分からないことを言われる心地よさ」が滲んでくる、楽しい。
結末。敵対している様でいて、結局2人はつるみ続ける… 何となく如月も安堂を求めている気もしてね、…最後のシーン…作家と編集長…で暗転は、そういう腐れ縁がオチであるかの様。混沌の全ては数々の創作だったって見方もアリか。
好きなとこメドレー。
①何か派手な甲羅を背負った亀仙人が出てくるなぁと思ったら、…家庭用プラネタリウム然の発光装置はLED照明なのか…。スクリーンを背にしたシーンでの映像はとても印象に残った。
②「大器晩成推し」等から滲み出る…数多くの脳内合理化。ああ言えばこう言う的な発想の乱舞。…「読者に媚びること」と「自分のしたいこと」の対比から、「読者の喜ぶこと」⇒「私の脳内で考えた読者の喜ぶこと」⇒「だからこ媚びることも自分のしたいこと・自分に寄り添ったことだ」となる論法は最高にイカス。
③人間とは…棲み分けをせず集団で溜まって、協力しているようにみせかけて仕事を奪い合い、勝負から脱落したものは怠け者になる生物。
④「ゴキブリに転生、即バルサンで昇天」最高。
⑤人類の黒歴史…天動説(笑
⑥「想像(想像)力」と「やり甲斐」と「幸せ」と「苦しみ」の相関。そしてその皮肉。
⑦生き物は「アウトプット」あってこそ。勉強、勉強ではインプットばかりで、アウトプットのない人生になってしまう。
おしまい
第6回名古屋学生演劇祭
第6回名古屋学生演劇祭
うりんこ劇場(愛知県)
2017/08/31 (木) ~ 2017/09/03 (日)公演終了
満足度★★★★
多様な12作品をお得に楽しめました。
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ネタバレBOX
■【コント1/3時間(ギカドラ 豊橋技術科学大学】
コントと銘打ちながら、コントらしからぬシュールさが興味深い。
警察を呼ばない等の序盤の無理やりな「違和感」を、後で合理的に拾って、しっかり展開に繋げる丁寧さには芝居としては好感。
ただ、冷静であればコント的ハチャメチャ感は薄れる二律背反…作品の方向性としてチグハグなところがあるのかも。
個人的には、姿をみせないオギの…可愛いところから一転するテロリズム感が大好き。これをもっと育てて欲しかった。このちょっとサイコパスっぽいところを、もう少し序盤から匂わしたり、中村との協力関係に「裏」を仕込んだり、猟奇的にエピソード膨らましてくれると、私的にはもっと好みになったなぁ。…ま、私が喜ぶだけだけど(笑)
「6分残し」で終わることろは、何となくモヤっとした、勿体無い。せっかくの「時限」の設定をスポイルしてしまったような気がする。ロウソクの火の輻射熱で誘爆っての無理があるし、ここは是非とももう一仕込み欲しかったかなぁ。
■【眼をつぶってごらん(愛知県立芸術大学演劇部 劇団ムヂンエキ】
芸大生らしい感性で「空気」が繊細に表現されていて、それらが観る者に染み入ってくる感じ。音と光で…切なくも美しい感覚が迫ってくるのが好き。専門の異なる者の集まりの強みか。
光にすがる…音の無い世界の住人。音にすがる…光の無い世界の住人。本来なら邂逅し難い2人の…ほんのひと時の出会い。
…すがるというのは適切ではないか…。何かを失った者が、残った何かに""すがる""のでは無く、残る感覚に…より鋭敏に感性を注ぎ込む。そうして得た「大事な何か」を他者と共有したい気持ちは自然なことで、それを誰が責められようか。
しかし、失った経験を持つ身には、「大事なものを共有させる行為」が…「失ったことを強く感じる」ことを他者に強いた結果になったという罪悪感は、容易に拭えるものでは無かったか…。
まるで天罰であるかの様な音の喪失のタイミング。事件の後でも待っていてくれたと思しき浜辺の彼女。…きっと分かり合えるはずなのに、お互いがそれを望んでいるはずなのに…何とも切ない結末。
涼やかな音を聴かせてくれた「眼をつぶってごらん」というタイトルが、最後の最後にダブルミーニングとなって主人公の後悔を…封印していくのが、何とも皮肉であり、臆病さのリアリティでもあった。
浜辺の彼女に求められる芝居は、その境遇を簡単に悟らせてはいけない…でも分かった後に、思い返して不合理に見えてもいけない…という難しいものですが、十分に呑み込めるレベルで観ていて心地よよい。また、境遇を悟れた後でも、その作る空気を十分に楽しめたので、そういう作りは作品として強いね。察していても、最後の白杖はインパクトあって良い終幕。"
■【昨日を0とした場合の明後日(はねるつみき】虚を突く感じの「常住さんらしさ」あふれる芝居。でも「いつもの」ってわけではない。
常住さんの作演、これまで観たのは新栄トワイライトでの「夭逝」「私が考えた最強のニンゲン」なのだけど、これらは斜に構えてはいても、人間の自由奔放さや強さに溢れてた。個々の人間に対して愛情があった。
しかして本作は、その愛すべき人間が集団と化した時に…果たしてどうか…ということを思い起こさせた。歴史は繰り返すというが、より単純化し…滑稽な装いを纏わせることで、その愚かさを際立たせる。「単純化による愚行の可視化」といったところか。
「ネックピロー」を王冠よろしく支配者(神)の象徴にしてみたり、…「ウルトラスーパーミサイル」なんてネーミングセンス…、いずれも権威を完全にコケにした感じが良い。
そして、繰り返される愚行への不満、揶揄、皮肉を、率直な…むしろ若者の拙い言葉で叩きつけるのが印象的。
…そして…何よりも「諦観」の趣きが全般に強い。ここが、常住さんの「人間個人に対する眼差し」と「社会に対する眼差し」の違いに思えた。
この集団…社会の怖さ。支配者ですら結局、権力争いの道具でしかない。…いや、支配者に祀り上げられているからこそ、ただの神輿…モノなのか。
非人間的な営み。この世界を動かしているのは…いったい何なのか。初めはアダムとイブの2人だけだった。そこには慈愛だけがあったはずだ。…
…人が増えて、増えて、増えて…、増えると人は人では無くなるのかもしれない。あるいは増えすぎると、人と見做せなくなるのか。社会は拡がって…いつしか魔窟となる。
やがて人類は、再び""同じ""歴史を紡ぎ始める…そして最後に、先に触れた「ネックピロー」が、また一つ良い効果を生み出して芝居は終わる。
世界から耳を塞ぐ …
…愚行を無かったことにするかの様な…人の振る舞いに見えた。"
■【I;dea(アイデア)(名古屋芸術大学劇団 超熟アトミックス】
その身から何かを紡ぎ出して世に晒す人たち… それで身を立てようと志す人たちの葛藤。
まさしく芝居の作り手としての率直な気持ちを形にしたもの。共感を得られるであろう反面、観る側の作り手たちの身近にありすぎて、ディテールで粗を感じさせてしまうかもしれない。
マジレス?すると…他人の意見を容れるか否かが本質ではなく、自分の志向に照らして、他人の意見をどう取捨選択するか、インスピレーションとしてどう使うか、どう自らの血肉にしていくか…にこそ意味があるかと思うが、言葉の上ではそういう拡がりはみせず、情緒的に展開。
言葉の一つ一つは間違っちゃいなし、切実さも伝わる。…ただ、その言葉が発せられる動機や行動の裏付け、背景、影響等が…一般論的な感じでしか伝わってこなくて、何かドラマに乗って行き難かった。(卯月の苦悩や、乙葉の誠実さ等の個々には良いものあったのだけど…)
…特に乙葉の行為の動機が見えず感情移入できないのと、卯月が具体的にどういう発想で創作をクリアしていくのかが感じ取れず、実感して楽しむには何かが足りない気がした。
「書きたいことを書け」では解決しないよね…。"
■【ちぇんじ!(もぐもぐ熱帯魚】
エンタメとしてはたっぷり楽しんだんですけど、俳優がもともと持っている面白さへの依存が強すぎる懸念もあります。それは定番を持つ強みとも言えますが、もう少し驚きが欲しいな…と思うのは、私、欲張りさん?…あっ、でも、いきなりの吉田ショーコ出現は、出オチ級のインパクトか(笑
コメディ主体で観た時、この座組に期待するトコは期待した通りに出してくれました。折角の畳み掛ける台詞がやや上滑りする等の稽古不足?もありましたが、…そういうトコにも、喉潰したアクシデントにも、逆境すら逆手に取って客を楽しませようとする意欲と柔軟性でチャラですね。このノリ好きなんよ。
さてここから、一つ強く思ったことを…。
オクムラショーコの葛藤の表現として、本体の立花ショーコから分裂したとして吉田ショーコを再登場させる着想は面白い。
ただ、あれだけトシくんを悪く描いてしまったら、「彼を諦める決断」が簡単になってしまって、ショーコの葛藤が薄く感じられる様になる。単に「元のショーコの方が好きだった」とだけ言わせる方が両選択肢に重みが出て「元のままであるべきか…可愛くあるべきか」の葛藤が引き立つと思う。
多分、タイトル「ちぇんじ!」通りの「自分を変えていく…可愛くなる…」への…作り手の想いが強すぎて、対照となる「今のままでいる。止まる。」ってことが対比として矮小に表現され過ぎてないだろうか。それ故に、対する「ちぇんじ!」が一方的で傲慢な行為に映るのです。逆に折角のポジティブさに影が差す。
同様にリコ部長も挫折者扱いするのでなく、別の意思として尊重した描き方は出来ないかな…。
結局、同じ結末に持っていくにしても、逆の立場の者はディスるより、まず尊重した上でアプローチした方が主張に客観性が生まれると思う。"
■【グッドラック(劇団モーメント】
無能感が先に立って、そもそも挑戦ができない…無傷のケンジ。
結果よりもまず努力を怠らないマミは、挑戦の上の挫折で傷だらけ。
…となると、シナリオはどうしても予定調和に落ちていってしまうのだけれど、それでも、最後の「頑張れ」は率直に心地よかった。
一時期蔓延した「頑張れ」の言葉狩りの風潮が、私はあまり好きではないので、とても好感。
さてそんな中、芝居に潤いを与えたのが、様々な小ネタの数々。…「シフト、入れ替わってる~」に始まって、「誰がお母さんだよ!」のツッコミ等々…
そしてクロさんが良い味だしてたなぁ。妻との電話や、語っている最中に暗転にされちゃうシーンなんかは最高にウケた。"
■【トリトメガァル(アルティメットドラゴンナイフ UDK 劇団ハイエナ】
計算高く生きてきた女・安堂が…その考え抜いた数々の「人生設計」を、天才(天然)・如月に ことごとく踏みつぶされ、狙ったターゲットをかっさらわれていった大学生活。…悲観の末に選んだ「自殺」の先には、輪廻転生の終わりなき地獄が待っていた。
…というのが…基本プロットに見えるのだが、その実は決してそんな単純じゃなかった。
単に「転生の果て」というのでなく、…話の構成自体が、「過去」に「未来」に…そして「創作世界」に飛んでいき、同じ役者でシームレスに繋がっていくので、因果関係がだんだん混沌としてくる。
「現実」と思って観てると実は「創作世界」だったりして、あるいはその複合かもしれず…なんか入れ替わってる気もしてきて…現実とその2次創作が混然一体となっている不思議な感覚。
特に近藤綾香さんの数多の役どころは、実際に観ている最中は把握しきれない膨大さです。
そして、話の中で数多でてくる逸話・ネタの数々の…理系的理屈っぽさが私は本当に好きで、その上でゲーム世界的・漫画的な手法やモチーフが散りばめられるのが本当に性に合う。
更に哲学的な要素が入ってきて、…観る側としては完全にオーバーフローになるけど、「分からないことを言われる心地よさ」が滲んでくる、楽しい。
結末。敵対している様でいて、結局2人はつるみ続ける… 何となく如月も安堂を求めている気もしてね、…最後のシーン…作家と編集長…で暗転は、そういう腐れ縁がオチであるかの様。混沌の全ては数々の創作だったって見方もアリか。
好きなとこメドレー。
①何か派手な甲羅を背負った亀仙人が出てくるなぁと思ったら、…家庭用プラネタリウム然の発光装置はLED照明なのか…。スクリーンを背にしたシーンでの映像はとても印象に残った。
②「大器晩成推し」等から滲み出る…数多くの脳内合理化。ああ言えばこう言う的な発想の乱舞。…「読者に媚びること」と「自分のしたいこと」の対比から、「読者の喜ぶこと」⇒「私の脳内で考えた読者の喜ぶこと」⇒「だからこ媚びることも自分のしたいこと・自分に寄り添ったことだ」となる論法は最高にイカス。
③人間とは…棲み分けをせず集団で溜まって、協力しているようにみせかけて仕事を奪い合い、勝負から脱落したものは怠け者になる生物。
④「ゴキブリに転生、即バルサンで昇天」最高。
⑤人類の黒歴史…天動説(笑
⑥「想像(想像)力」と「やり甲斐」と「幸せ」と「苦しみ」の相関。そしてその皮肉。
⑦生き物は「アウトプット」あってこそ。勉強、勉強ではインプットばかりで、アウトプットのない人生になってしまう。
おしまい"
■【56db(幻灯劇場】
これは観るんじゃなく、演るんが一番楽しいヤツや〜。
演劇というよりは、ゲームでありスポーツでありアトラクションであり…、他ジャンルのパロディまで取り込んだ空気作り…異文化融合パフォーマンス。
京都の劇団ですが、既存概念に縛られない…ルールを自ら作るスタイルは大阪のdracom(ドラカン)を彷彿とさせます。
さて、この舞台には他では味わえない様々な経験が待っていた。
初めての特異なルールを理解しょうとする愉しみ、…最初は理解しきれないが故の…プレイヤーの一挙手一投足への意識の集中…それに伴う緊迫感、初体験の光と音の各種効果に息を呑み、想像できないKAGUYAの挙動にワクワクし、徐々にそのレギュレーションの工夫に唸りはじめ、…それを超えた「現場での偶然」に驚き、それに四苦八苦するプレイヤーに笑……
…っちゃダメ(笑
そう、笑っちゃいけない芝居なのだ!
何故なのかは京都公演があるので秘密(笑
未だかつて経験したことのない、笑ってはいけない芝居。…笑いを噛み殺す楽しさを知りましたよ。…
そして観客にも左右される偶然性、意外性の楽しさ。
子供客怖え(笑)
そして予選最終ステージでの、感極まったプレーヤーが発した…ある行為!
まさしくヤッテモーター(=゚ω゚)ノ
良い回観れたよなぁ。
貴重な体験という意味では、今回のあらゆる作品を凌ぎました、素晴らしい。
これは目指すはアミューズメントパーク出店だよね!
どっかから白羽の矢が立たんかね。そして自ら体験してみたいよ、ホント。
芝居としてみた時には、時間の関係もあるけど、今回は山場のプレイに注力したダイジェストの印象が強い。
芝居的な趣向を凝らすなら、やはりスルガフジ開発の過程にありとあらゆる屁理屈とドラマを盛り込んで膨らますと面白いかもね。
そしてプレイの実績が溜まれば、「好プレー珍プレー」みたいに珠玉のプレイを再現する様な…計算し尽くした感動と笑いの舞台に磨き上げるのも良いかも。
無限の可能性を秘めてます。"
■【ダスイッヒ(愛知学院大学演劇部 ""鯱""】
自分の隠された気持ちを探る…心理カウンセリング的な構成。彼女と気持ちの疎通ができず破局目前の主人公の前に現れた謎の男。
相手に自分の心は見えない… だから、自分で表現していかねばならない。
喜怒哀楽の感情を分担して体現すると思しき4人の支援者とともに、感情と心理を掘り起こすトレーニングを始める主人公。この着想は面白い。実際、カウンセリング技術として本当にあるんじゃないかと思えるぐらい。
4人の組み合わせによる表現はコメディ芝居としても面白い。ちょっとした脳内劇でもあるね。
ただ、結局、そこで得られる気づきが、あまり納得のいくもの…あるいは納得のいく帰結として感じられないところがあって、もう少し練る余地があるんじゃないかと思った。
あと、彼の彼女への「気持ち」というのがどうしても予定調和になってしまうので、芝居として驚きが薄かった。「俺は君が嫌いだ。」で始まるくだりは工夫部分と思うが、とにかく最初から「彼女が好きで別れたくない」という気持ちが絶対の結論として決まっている展開だったので、序盤から「彼の心変わりもあり得る」と読める何かを仕込んでおかないと、せっかくの工夫が活きない気がしました。
"
■【エンドレス水族館(南山大学演劇部「HI-SECO」企画 ハイセコ】
「私の旦那が冷たくなった」
先入観を逆手に取ったミスリードを…ソレと感じさせずに冒頭から提示しておく…こういう手法は大好き。しかも超シンプルで無理がない、…
…ソレと分かった時に条件反射的に沁みてくる文意、ずるいわぁ。
当初、「旦那ユキチを取り戻す決意と覚悟」にみせた水族館行きは、反転して主人公タマコの心象を映し出すものとなっていた。
コミカルな魚たちのいる水族館は、…その楽しさと対照的に、ミスリードが察せられるにつれ、タマコの閉じ籠った「心の殻」と姿を変えて目に映る。
ユキチとの時間のみならず、これまでの人生で大切にしてきた絵画、友人たち、魚たちとの交わりを映しながら、…自分の価値観と現実を整理していく時間。それはただの引き篭もりではなく、悲劇を消化するために必要な時間。
現実を受け入れるため…タマコを外へいざなうための想いが様々に流れて…最後にタマコを連れ戻しにくるのが…父である寿司職人というのが学生演劇としては新鮮でした。
最後に差し出される寿司をみっともなく頬張るタマコの姿は、「死を受け入れる行為」と「生き物の命を糧とする行為(食事)」を重ねたものに映り、無様であればあるほど、人の営みとして心を打つ。良い結末でしたね。
さて、この作品。演出として意見が分かれそうなのは、魚たちの扱いかなぁ。
タマコ・ユキチを明らかに食ってしまう魚たち(特にタイ)の目立ちぶりは、バランスとして大丈夫かなぁと…心配の念も浮かんだ。しかしソレを極めた結果として、タイがバイクに乗ってハケる時に自然と拍手が起きるなど、単体としても見所となったし、タマコを翻弄し、諭す大きな流れや壁としての圧力を感じさせて、結果残せたんじゃないかなぁ。"
■【かけがいのないインスタントな私(魚眼ベニショウガ 】
筋肉をこよなく愛する名古屋学生演劇界きってのマッチョマン・林知幸さんが作演?ってとこから興味津々でしたが… 全くもって失礼な言い草ですが、予想以上に面白いものを見せてくれてビックリ。…しかも、かなり知的に捻ってる。名に冠する""知""の字は伊達じゃない。
最も特徴的なのは、本来ならモノローグになるところを4人1役で回す表現。続くと単調になりかねないモノローグにリズムを生み出して観る側を飽きさせぬ面白い趣向。当番(?)の識別として数珠を回していくのも、分かり易いのみならずパフォーマンスを付加して見た目に楽しかった。しかも、この空気で舞台が葬式ってところも良いよなぁ。
そういう外見だけの話でなくて、1つの人格をうまく配分して分解すると、こういう風に多重人格を作れるのかなぁ… これって実は多重人格の仕組みなのでは?っていうとこが、ちょっと脱線した個人的興味(笑)…本当は人の心の中にある個性の発露のバリエーションなんだろうけども。状況に応じて要素を取捨選択して形成される即席の個性…いわゆる外面(そとづら)ってところか。それは環境によっても大きく変わる。
父の死に際し、喜んでいる…嬉しがっている…というくだりの(へ)理屈は面白かった。特におぼつかな~い感じでふらっと立場を変える寺田宗平さんの演技が、非常に人間臭くて好きなとこ。そういうもんだよなぁ…
…ここも、人の考えは割と簡単に変えられる…変えて""みせられる""ってところの一端。… ディベートが競技足りえる所以。
もう一つ興味深かった点。
この手の深層心理を表す分裂した人格(登場人物)は、脳内の""天使""と""悪魔""みたいに「第三者」のよそおいで本人に客観的にアプローチしてくるのが一般的だけど、本作はあくまで「自分の主観」を現す分身として…自分の事として振舞っているのが面白かった。"
■【シック・ソサエティ(公募出場枠】
滅多に観れない青山さんの大人数を使った芝居。人混み、雑踏、雑多な意識の集合…という雰囲気がよく出てた。言わば寄せ集めのメンバーでよく作ったね、この空気を。公募に飛び込むメンバーの意識の高さでもあるか。
…どことなく「パブリックイメージリミテッド」が思い浮かぶ趣向だけど、かの作品の「何が起ころうとしているか分からない」感じとは違って、扱おうとしている空気はより具体的に思えた。
率直にタイトルを真に受ければ、何を「病んだ社会」と捉えているか…ということになるが…
本作には、昨今の「漠然とした危機感」に対する各々の反応の違いがふんだんに盛り込まれている。いや、実在するリスクに「漠然とした」は適切でないかもしれないが、明かなリスクを「漠然とさせてしまう空気…そう受け取って生きていかざるえない空気」は今の世の中には確かにある。
ネット社会の発達により、あまりにも多くの相反する情報に曝されることで身動きがとれないイメージだろうか。作中に出てくる、結論ありきのインタビュー収集・作意的な選別が暗示している様に、全ての情報が信憑性を失って、情報が広範には機能しなくなっている「社会の停滞感」…そんなものを想起した。
「逃げないといけない」、…「災いと一緒の街」…煽る雰囲気の言葉も出てくるが、世の中、煽りにも慣れちゃったね… というのが率直なトコ。実感できないリスクより、それで行動を起こすことにより失われる目の前の生活のリスクの方が怖いということもある。→
…もはや作品の感想というよりは、作品に誘発されて思うこと…ほぼ「随筆」の様相を呈しているが(笑)、概ね、青山さんがこういう作品を作るときは、それを促している気もするので、それに乗せられたって…ってトコでお終い。
…余談だけど(いや、コッチのが感想に近い?)…、
『如何にバレずに「お願いします」を崩して言うか。』にはむっちゃウケた。
世の中の不安に圧し潰されて泣きだす彼氏…の繊細かつヤバい感じも印象的でしたね。"
新年工場見学会2018
五反田団
アトリエヘリコプター(東京都)
2018/01/02 (火) ~ 2018/01/05 (金)公演終了
満足度★★★
■約200分(途中休憩込み)■
今年はふるわず。ハイバイのは別役っぽくも山内っぽくもなかった。
憫笑姫 -Binshouki-
壱劇屋
HEP HALL(大阪府)
2017/08/25 (金) ~ 2017/08/28 (月)公演終了
満足度★★★★★
五彩の神楽のはじまり、憫笑姫。
前作の独鬼で言葉の無い殺陣のみのお芝居に心動かされ、期待大で見に行ったのだが、期待を超えられた。
姉である主人公が妹のために剣を振るう。ストーリーは単純明快。決して強くはない姉が妹を想う様子が、主人公の動き、周囲の人々、照明、音響、ひとつひとつから非常に丁寧に紡がれていく。言葉を使わないが故に、少しでも情報を得ようと目を凝らす、その度アクションモブ達の表情や動きにまた心動かされる。勘弁してくれよ、こっちはもう胸いっぱいなんだよ。
劇作家である末満健一さんの威圧感やNMB久代梨奈さんの華やかさがまた良い。ストーリーに説得力を与えている。主演である西分綾香さんだけでなく、客演、他の劇団員、アクションモブたち、どこも外せないバランスの良い舞台だと感じた。
ななめライン急行
ホナガヨウコ企画
吉祥寺シアター(東京都)
2017/12/01 (金) ~ 2017/12/10 (日)公演終了
満足度★★★★
ダンス+演劇、みたいな公演は意外とよくある。
舞踏+演劇、なんていうのも珍しくない。
(余談ではあるが、ダンス+演劇(的要素)のカンパニーであれば、ミクニヤナイハラプロジェクトが最強ではないかと思う)
この作品もダンス+演劇(さらに+音楽もあるが、まあ音楽はダンス公演では欠かせないのだが)であり、つまり「ダンス+演劇」が斬新だ! とは言えないぐらいの、それだけでは「売り」にはならない中での公演。
まずはダンスである。
とにかく4人のダンサーが素晴らしい!
彼らのダンスはいつまでも観ていられる。
出演者全員がハイレベルな感じはなかなかない。
ホナガヨウコさんはダンサーであり、振り付け師でもある。
NHKの『シャキーン』とかMVなどの振り付けもやっていたと思う。
だから(こちらの思い込みか)「振り付けされたダンス」の印象が強い。それぞれのダンサーから溢れてきたダンスというよりは。
振り付けをきちんと踊っている、という感じ。
でも上手い。惹き付けられる。
中でも杉山恵里香さんのしなやかさにキレがあるダンスがカッコいい。特にさよならポニーテールの曲のときの。
上田創さんの武道的なカタもきまっていた。
ただ1人ダンサーではない新谷真弓さんのキャスティングもナイス!
さよならポニーテールの曲の振り付け&ダンスもさすがだ!
MVを観ているようで、楽しい。
残念ながら演劇パートがもうひとつ。演出次第でもっと面白くなりそう。
ストーリーは単純だが、悪くはないのだから(上からの偉そうなコメント? 笑)。
神々の黄昏
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2017/10/01 (日) ~ 2017/10/17 (火)公演終了
満足度★★★★
『ニーベルングの指環』の3日目にあたる作品。
上演時間5時間55分(!)
さすがにお腹いっぱい! かと思っていたら、そうでもなく楽しめた。
非常にわかりやすいのは、演出の力なのだ、と納得。
「槍」を象徴的にイメージした装置類。中央に刺さるような槍の穂先が、場面に効いてくる。
抽象的でシンプルなセットなのだが、もう少し何かあってもよかったのかな、とも思う。
ジークフリートは、英雄というよりも、ぽっちゃりの体型と、落ち着きがなかったりする演出のためか、やんちゃな暴れ者というイメージ。
ブリュンヒルデが上手い。
読響の演奏はとても良かった。
『ゴールデンバット』『セブンスター』
うさぎストライプ
アトリエ春風舎(東京都)
2017/11/29 (水) ~ 2017/12/09 (土)公演終了
満足度★★★★
『ゴールデンバット』
地下アイドルが主人公の1人芝居。
面白い!!
(以下はネタバレboxへ)
ネタバレBOX
地下アイドルが観客に語りかけるという設定なので、一人芝居であることに無理がなく、物語に入りやすい。
菊池佳南さんの熱演&昭和歌謡&フォークの熱唱で、主人公がどんどん魅力的になっていく。
そういう中で、彼女の生きる力の強さも同時に感じる。
「生きる力の強さ」というのは、「彼女ならば、この先もなんとかやっていけるだろう」と思わせるような、そんな感じのことである。
さらに年齢が彼女の2倍ぐらい上の、かつて歌手を目指していた瑛子の人生と、徐々に重なり合い、ラストのカーペンターズの『Yesterday Once More』で2人が交差するラストは感動的。
なんていい選曲なんだろう。
主人公は何度か設定を変えている地下アイドルなのだが、現在は喪服の似合う未亡人アイドルという設定になっている。
これって、彼女を捨てた元彼への当てつけなんだろうか(笑)。
『ゴールデンバット』『セブンスター』
うさぎストライプ
アトリエ春風舎(東京都)
2017/11/29 (水) ~ 2017/12/09 (土)公演終了
満足度★★
『セブンスター』
一人芝居って、面白くするのが難しい。
役者の力量がモロに出てしまうし(相当なレベルが必要)、演出も複数の役者が出てくるものとは、気の使い方が異なると思う。
(以下ネタバレboxへ)
ネタバレBOX
いい感じ系の話だが、兄に対する憧れ度というか、兄の魅力自体がわからないのと、小6ならば種子島がどこにあるのかぐらいわかるだろう! という突っ込みでストーリーに乗れず。
この話は、「弟と兄」の関係を軸に、弟から見た話に集中すべきではなかったのか。
それがテーマになっていくのだから。
「兄のしてくれた話を友だちに(学校で?)話す」なんて台詞があったのだから、弟が塾で仲良くなった女の子を家に呼んで、宇宙の話をするときに、そんな感じが出るべきであろうし、言葉の端々に「兄」のこと「兄自慢」みたいなことが出てもよいのではないか。
最初のガレージ(?)をスペースシャトル内に見立てたシーンの台詞にも「兄」が出てくるべきではないかと思う。「兄の作ったこのスペースシャトルで…」みたいな。
兄のほうは中学でタバコを吸っているし、途中で学校にも行かなくなっている。せっかくそんな展開があるのだから、弟の兄に対する憧れも嫌悪に変わってもいいのではないか。そしてまた「誇れる兄」になっていき、現在に至るという心の変化も出せたはずだ。
小学校6年生ぐらいであれば、種子島がどこにあるかぐらいは(ロケット打ち上げを知っているのであれば、ニュースなのか兄からなのか、そのソースはわからないが)わかって当然な気もする。
さらに小学校高学年になるとスポーツタイプの自転車を買ってもらうことが多くなり、友だちと遠出をすることも始まる。そのときには、ます違いなく地図で行き先の道順を確認する。実際、自分たちもそうして、サイクリングをした。そうしなければ、家からどう行くのか方角もわからないからだ。したがって、何も考えずに海に沿って、みたいなことはあり得ないなあ、と思いつつ観ていた。小学校低学年ならばあり得るけど。
せめて演出か演技にキレがあって勢いで見せてくれれば…。
シーンの切り替えとか、もう少しどうにかならなかったのかなあ。
劇場の壁を黒板のように使っていて、チョークで絵を描くのだが、それがそれほど効果的ではない。せっかく黒板あるのにホワイトボード使う必要があった?
むしろ黒板を使ったほうが、他の絵と混ざって効果的だったと思うのだが。
アテネのタイモン
彩の国さいたま芸術劇場
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(埼玉県)
2017/12/15 (金) ~ 2017/12/29 (金)公演終了
満足度★★★★
気合いの入った渾身の作品。見応えあり。
そこまで人を呪うかというタイモン・吉田鋼太郎さんの熱演。
将軍役・柿澤勇人さんの、客席での一人舞台のようなシーンに迫力あり。
観客はスタンディングオベーションで、蜷川幸雄さんから引き継いだ、吉田鋼太郎さんの新しい「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の開幕を祝った。
荒人神 -Arabitokami-【2018年6-7月wordless殺陣芝居シリーズで東名阪ツアー決定!】
壱劇屋
HEP HALL(大阪府)
2017/12/22 (金) ~ 2017/12/25 (月)公演終了
満足度★★★★★
チラシが気になって休みの日に観に行ったんですが心の底から行ってよかったって思いました!殺陣がかっこよすぎて冒頭で思わず泣いちゃいました(笑)
『部屋に流れる時間の旅』東京公演
チェルフィッチュ
シアタートラム(東京都)
2017/06/16 (金) ~ 2017/06/25 (日)公演終了
満足度★★★★
これは能だ。
それも夢幻能。
名乗りから始まり、亡霊(幽霊)が登場するところなど。
チカチカする照明や何かわからないが、回る白いものや石。
それは「能」で言うところの「囃子方」にも見えてきた。
(後はネタバレboxへ)
ネタバレBOX
冒頭で「目を閉じてくれ」ということを役者が言う。
舞台の上を暗転させたり、幕を下ろしたりする(トラムに幕が下りるかどうかは別として)のではなく、「目を閉じさせる」(従わせる)ということに意味があるのだ。
そう言われたから観客のほとんど(たぶん全員)は「開けていい」と言われるまで目を閉じていた。
観客は特に何も考えずに指示に従う。
(舞台上の)部屋に流れる時間は、過去と現在と、過去から見た未来とが交わる。
演劇では別に特殊なことではないが、過去の現在が「幽霊」として存在する。
観客は「目を閉じて」「目を開けて」、部屋に流れる時間の中に連れてこられた。
私たちは過去になってしまったもの(コト)をいつまで覚えていることができるのだろうか。
幽霊になった妻は、いったい誰が見ている(見せている)のだろうか。
思い出す夫が「見せている」のか。
あるいは「思い出さない」夫の「過去」から幽霊は現れることで呼びかけているのか。
椅子に座り、ゆらゆら揺れる男の足が、どの時間軸に「足」を置くこともできずにいるのだろうか。
あの「ゆらゆらする足」にとても不安を感じてしまう。
「過去からの呼びかけ」に気づくことなく、ゆらゆらしているのだから。
マンスリープロジェクト・リーディング公演「やとわれ仕事」
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2017/11/19 (日) ~ 2017/11/21 (火)公演終了
満足度★★★★
現代カナダ戯曲のリーディング公演。
演出は、新国立劇場芸術監督でもある宮田慶子さん。
それぞれが自分の気持ちに忠実であろうとすることで、すれ違い、ぶつかり合ってしまう。
いい戯曲で、役者もいいので、情景が目に浮かぶようなリーディング公演だった。
この公演、無料なのに空席があったのがもったいない。
ネタバレBOX
ラストは悲劇的かと思っていたら、予想外(笑)のハッピーエンド。「老い」がテーマであり、それを見守る温かく救いのある話だった。