
売春捜査官
今生酔いどれ喫茶
シアター711(東京都)
2020/10/08 (木) ~ 2020/10/12 (月)公演終了
満足度★★★★★
モヘーさんが売春捜査官を演出!
イヤイヤ「観に行く以外の選択肢あったら教えてくれー」ってな感じで初日を観劇
まぁ良いに決まってるんでコメントも何も無いんだが、とにかく格好良い、全てが格好良い
特に主演の小川さんの格好良さがハンパない
実は熱海は何回か観たけど売春は初めて、女伝兵衛を勝手にイメージしてたけど、ああまで格好良いとは…
全く中身の無いコメントになってしまったが、まぁ観に行ってくれ、損はしねぇーぞ

線路沿い獣道
MCR
ザ・スズナリ(東京都)
2020/10/08 (木) ~ 2020/10/11 (日)公演終了

私はだれでしょう
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/10/09 (金) ~ 2020/10/22 (木)公演終了
満足度★★★★★
いろいろなことを考えさせられた。まず、初演も再演も見ているのに、3度目の今回見て、大事なことを全く覚えていないことに愕然とした。同じことは井上ひさしの「ムサシ」の再々演でもあったが、今回はあまりにひどい。実はそこにこの戯曲の深さと難しさがあると思ったので、書き留めておきたい。以下、戯曲分析が中心になります。
初演は川平慈英の記憶喪失の元軍人役が見事だった。様々なキャラクター、見事なタップダンスを演じ分けて、それが最も印象が強かった。それと絡んで、戦後のGHQの検閲下に置かれたNHKラジオの「尋ね人」のスタッフの話で、その責任者がGHQの意向に逆らって最後は連れて行かれる。覚えていたのはそれだけだった。
今回見て、主人公の河北京子の弟が特攻任務に抗命の罪で自殺した「赤縄」の話、CIEのフランク馬場の二重国籍と日本の孤児院支援の話、そして「尋ね人」でGHQから問題にされるのが、原爆の広島・長崎からの投書を読んだことであることを、全く忘れていた。これはこの戯曲の三つの肝とも言うべきテーマなのにである。(例えば「きらめく星座」で言えば、「大日本帝国の大義、ありや、なしや」を忘れてしまうようなものだ)
ここで考えてみると、実はこの戯曲は大きく二つのプロットがある。メインが「尋ね人」の室長のたたかい。サブが、記憶喪失の山田太郎の話である。初演で川平慈英が演じた。この二つの話は実は互いに独立している。ところが、サブの山田太郎の話の細部が面白いために、私の記憶の中で、メインの細部が霞んでしまったのだと思われる。
最後に、権力に対して弱者は「負けて負けて負けて負け続けて、積み上がって勝ちになるまで」戦い続けるのだという歌がある。この作品の最大のメッセージが込められた歌だ。これも全然忘れていた。「負けて負けて負け続けて」ということが、10年前、3年前に見たときよりも、胸にこたえる心境の変化だろうか。それだけでなく、山田太郎の「私はだれでしょう」のサブプロットが、「尋ね人」のメインプロットを食ったせいもあると思う。
そもそも「私はだれでしょう」のタイトル自体がサブプロットのもので、メインプロットがタイトルになっていないことに、作品構造のずれがある。公演の宣伝のために、タイトルは、戯曲を書くよりも前に決める。推測だが、最初は記憶喪失の男の話がメインに絡む予定だったのが、戯曲を書いているうちに、ずれたのではないだろうか。(あくまで勝手な推測です。井上ひさしさんすいません)
メインプロットに、折々の闖入的にサブが絡む構図は、「きらめく星座」の脱走兵の息子、「頭痛肩こり樋口一葉」の花蛍、「人間合格」の活動家の友、「太鼓たたいて笛吹いて」の行商の弟子など、井上ひさしのお得意のものである。しかし、いずれもタイトルはきちんとメインプロットから取られている。また、サブとメインが有機的に絡んでいる点も、ずれが目立つ「私はだれでしょう」とは違う。
この作品は井上ひさしの最後から5番目の作品。戦争を描いたのは、この後では朗読劇「1945年口伝隊」があるだけである。それだけに、集大成的要素がある。原爆は「父と暮せば」、やくざの若親分の話は「雨」、記憶喪失の話は「闇に咲く花」からの借用でもある。日系米人の将校はアメリカの日系人収容所を描いた「マンザナ、我が町」に通じる。実際、実在のフランク馬場の両親は収容所に入れられ、本人も入れられる危険があった。最後に「ラジオの魔法」は、井上ひさしの言い続けた「劇場の奇蹟」に通じる。人生に文化芸術(演劇、ラジオ)はどういう意味があるのかという芸術論である。
そして晩年めざした音楽劇という形式。「誰かの鉄砲玉になるのはもう嫌だ。これからは、私は誰になるべきでしょうを考えていきます」というセリフは、東京裁判三部作のエッセンスと言ってもいい。
とにかく集大成なだけに情報量が多い。(初演は休憩15分入れて3時間20分の長さだった。再演からは休憩込み3時間に少し縮めている)そして一つ一つは割と無造作に置かれていて、見逃しやすい。再演、再再演に価値があるし、何度も見て、新たな発見があるゆえんだと思う。

リチャード二世
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2020/10/02 (金) ~ 2020/10/25 (日)公演終了

馬留徳三郎の一日
青年団
座・高円寺1(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了

たむらさん
シス・カンパニー
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2020/10/09 (金) ~ 2020/10/11 (日)公演終了
満足度★★★★
きっと、いまに気骨のある団体が現れると信じていた。
劇場自粛警察には、ほとほと、参っていたが、この公演は無駄な対策を止めている。滑稽でしかなかった切符のもぎり、場内マスクの強制、たけだけしい場内ご注意アナウンス、何よりよかったのは馬鹿々々しいとしか言いようのない席の一席明けを辞めたことだ。感染医学者がほとんど役立たないといっていることばかりだ。感染防止を言い訳にこんな愚行を重ねれば観客席は死ぬ。それが分かっている制作者がいたのだ。いや、演劇に関わるものは内心みなそう思っていただろう。さすが、シスカンパニー。5☆。
久しぶりの満席の客席。京王線の事故で途中入場者も多かったが、それもおおらかに許せる、小屋の客席の空気が戻っていた。観客は半年ぶりに演劇を心から楽しんだ。
さて、芝居の中身。先日、日生で同じような二人芝居「真夏の死」を見て、作者の切れ者ぶりはわかっていた。今回は現代劇。1時間足らずの短編だ。作品的には、三島のような線の太さはないが、作りはうまい。ことに後半の意外な展開には驚くが、人間関係が風俗的なので、三島の場合のような強靭な舞台を支える力がない。俳優も、現代風を意識したのか青年団張りのナチュラル志向で前から12列目くらいの席だったがセリフが届かない。残念。
政権が支配をあらわにしている牙城の新国の地下の貸し小屋でこの快挙に拍手。

私はだれでしょう
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/10/09 (金) ~ 2020/10/22 (木)公演終了
満足度★★★
歌がよいアクセントになっていた。セリフ量が半端ないからだろうか。ちょっと皆さん早口だったのが気になった。早口で聞き取りにくくて、理解が追いつかないところが多少あったのが残念。ジワリと胸にくる。

演氣者塾オンラインショートステージ
ENGISYA THEATER COMPANY
オンライン(東京都)
2020/10/09 (金) ~ 2020/10/09 (金)公演終了

俺の屍を越えていけ
制作「山口ちはる」プロデュース
サンモールスタジオ(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了

リチャード二世
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2020/10/02 (金) ~ 2020/10/25 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2020/10/04 (日) 13:00
「ひざまづいての敬意には、心のともなわぬことが多い。」よいセリフですね。沙翁の他の歴史劇にも転用可能ですね。というか、普遍の定理か。
もうすでに、メンバーはできちゃっている感が強く、よくできていることは否定できないが、彩の国シェイクスピアに比べると、安定感ありすぎで、どうも刺激に欠けるかな。
そもそも、「リチャード二世」という芝居が、他の歴史ものと比べて影が薄く、同じリチャードでも、三世の毒気には、到底及ばぬことをもって、これを上演することには、大いなる遺物の投入が必要と思うのだけれど。
カーテンコールの、岡本、涌井、中島の笑顔を観ては、「アンサンディ」の激情も、「ペール・ギュント」の破天荒も、「女中たち」の猥雑も、求めることはできぬか。
立川、横田などの彩の国シェイクスピアレギュラーには、どいう思いがあるのだろう。

俺の屍を越えていけ
制作「山口ちはる」プロデュース
サンモールスタジオ(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了

馬留徳三郎の一日
青年団
座・高円寺1(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了
満足度★★★★
地方暮らしの老夫婦のほのぼのとした一日を描く・・・と思いきや
一本の電話から意外な展開に。
前半はいわばシチュエーションコメディ、後半は笑えない笑い話から誰もが避けて通れない切実な問題へ
ベテラン陣の重厚な演技と若手の肩の力を抜いた演技がジャストフィット

StarDust Tales~絶滅編~
兎団
レンタルスペース+カフェ 兎亭(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/12 (月)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2020/10/08 (木)
価格2,000円
この団体の作品にしては珍しく「遊び」の部分が少なく、登場人物(?)達の「行方」がメインストーリーの流れに集約されていく様には、グイグイと迫るものがあった(上演時間80分)。

ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~【9月11日(金)開幕決定 / 公演中止 2020年7月12日(日)~8月30日(日)】
ホリプロ
赤坂ACTシアター(東京都)
2020/09/11 (金) ~ 2020/10/17 (土)公演終了
満足度★★★★
少年ビリーがダンスに目覚め、困難を乗り越え王立バレエ団のオーディションに合格するお話。
困難とはいってもダンスについては易々と上達して行く。私が作者ならビリーは育ちが悪いので優雅なニュアンスが表現できないとか余計な話を入れたくなるのだが、このお話のもう一方にはマーガレット・サッチャー首相と労働組合の戦いがあってそんな時間の余裕はないのだ。そして困難は主にその方面からやって来る。「こんな戦いのときに男がバレエなんかやってる場合か」などと父親を含む周りの人々から非難されてしまう。どうやら作者はビリーの物語と同等かそれ以上にサッチャー批判がしたかったようだ。日本の若い観客にとってはサッチャーって誰?だし、年寄りには何を今更となってしまう。少し無理のあるテーマの貼り合わせに思えるが意外に相性が良くストーリーに躍動感と緊張感を生み出し、3時間(含25分休憩)の長丁場を飽きずに楽しませてくれた。
ビリーのダンスは子供にしてはよくやっているなあという以上のものがあったが、親でも親戚でもない私を感動させるまでには至らない。そんな最初から分かっていることに文句をたれていてはいかんよと思うものの、成熟したダンサーの隙のない身のこなしがもっと観たかったという残念感がやはり大きい。ただしフィナーレの群舞は文句なし。これに匹敵するものをもう一つやってくれたら星5つだったのだが。

売春捜査官
今生酔いどれ喫茶
シアター711(東京都)
2020/10/08 (木) ~ 2020/10/12 (月)公演終了

馬留徳三郎の一日
青年団
座・高円寺1(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了
満足度★★★★
大変笑えた。山村の過疎の老夫婦宅に、東京にいて何年も帰らない息子の、部下を名乗る男がやってくる。オレオレ詐欺師らしい。老父は金に困っているなら仕事を紹介するといい、それがなんと「ロシアのスパイ」。金髪美人にロシア語を習える、という。怪しげなロシア語まで操り、爆笑した。
いっぽう、近所の親子三人が用もないのに何度も来る。最初は詐欺師に、息子の部下なら息子の似顔絵をかけという。詐欺師を追い詰めるかと思うと、だんだんこの親子自体がおかしなことを言い始める。別々にやってきては、息子は両親がボケ始めえてるといい、両親は息子が若年性アルツハイマーだという。互いに、相手が逃げた、行方不明だと言っては助けを求めて、混乱させる。
かと思うと、別の村人が「この家の息子は死んだ。あんた調査が足りない」といい出し、老妻は「いや、生きてる。今海外で商社マンだ」と。
いつの間にか、詐欺師は家の息子に扱われ、甲斐甲斐しく朝食を作る…。
同じ人でも、出てくるたびに言うことが変わる。コントの連続のようで、笑いにはことかかないが、なにが真実かというと、つかみどころがない。すべての解釈をするりとかわす、軟体動物のような舞台。老人役の三人が、自然体でユーモアがあって良かった。これは痴呆化(高齢化)進む日本の桃源郷かもしれない。ボケても人は幸せに生きていけると。
途中の場面の区切りに、テレビの甲子園中継の音が効果的に使われていた。冒頭の老人の会話からして「加山雄三と歌丸は同じ歳だぜ」「嘘だろ」と、懐かしい昭和ネタでくすぐっていた。歌丸が司会の「笑点」といい、甲子園テレビ中継と言い、古き良き時代のノスタルジーをくすぐる。高齢者を描くツボにはまっていた。

世界も三角、土俵も三角/特殊になれなかった者たちへ
マチルダアパルトマン
インディペンデントシアターOji(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2020/10/08 (木)
観てきました☆ 世界は~の方は なんだかリアリティーのない話。照明の暗さもあって眠くなってしまった。特殊に~のほうが良かったかな☆

ブカブカジョーシブカジョーシ
オフィスコットーネ
小劇場B1(東京都)
2020/11/12 (木) ~ 2020/12/10 (木)公演終了
満足度★★★★
「部下と上司」のブラック・コメディだが、面白いのにあまり笑えない。
芝居は常に上演されたその時の影響を受ける。この中身では90年代初演かとも思うが、そのは時にはタイムリーで、客も大いに笑ったのではないか。カレント・トピックスが多い。今は常識化したエピソードが多くパンチがない。
しかし、上司と部下という現代会社社会の中の構造喜劇としては結構よくできている。二人芝居に組みなおした佃典彦の演出も緩急ところを得て中身の古さを補ってダレさせない。よく出来ているのに、さほど受けていないのは時代のせいのような気もする。今、岸田國士は復活したが、ひところはだれもやらない惨憺たる評価だった。大竹野の本にはそういう古典性もある。
今回の出演者では野坂弘が好演。この現代的な、ある種の不気味なキャラクターを演じて、この本のフルさを掬った。受けの高田恵篤はベテランの安定感。

世界も三角、土俵も三角/特殊になれなかった者たちへ
マチルダアパルトマン
インディペンデントシアターOji(東京都)
2020/10/07 (水) ~ 2020/10/11 (日)公演終了

All My Sons
serial number(風琴工房改め)
シアタートラム(東京都)
2020/10/01 (木) ~ 2020/10/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
戯曲はすでに古典的な有名作だが、初めて舞台を見た。すばらしい傑作だった!!。戯曲、演出、俳優、美術と3拍子も4拍子も揃った充実の舞台だった。ケラー家の庭での朝から翌未明にかけての一日の出来事。古典的な三一致の法則にのっとったかのよう。最初はご近所たちとのたわいもない話で幕を開けるが、次第にこの家をむしばむ「罪」が明らかになる。背景の二階家は、内面で傷ついた家庭を象徴するかのように、一部が焼け焦げて崩れている。庭のど真ん中の、大風で倒れた木は、リンゴ。聖書にあるように「罪」を象徴するようだ。
次男のラリーの戦死を受け入れずに現実を逃避する、母親役の神野三鈴がとくにすばらしい。あらためて気づいたが、声がいい。低音が混じり奥深く響く。しかも、この現実逃避した母親が、最も現実に近づいていたことが最後に分かる。つまり、他の人は気づかない怖ろしい深淵を、ただ一人予感していたから、母親は逃避するしかなかったのである(現実は、母親の予感以上に過酷なものだったが)。
父親役の大谷亮介は、最初はただ偉そうにしているだけに見えたが、それが自分の秘めた罪を虚飾するものとわかってくる。元共同経営者スティーブ(パイロット21人が死んだ大事故の原因の、欠陥部品納品の罪で刑務所にいる)の息子のジョージ(金井勇太=好演)に対し、悪いのはスティーブだということを、自信たっぷりに丸め込む場面は見事だった。長男・クリスの田島亮はかっこよく、死んだ次男の恋人だったアンの瀬戸さおりも美しく素敵だった。
日常のリアリズム芝居から、奥深い思想、戦争批判、おカネが人を狂わす資本主義批判へ。「戦争も平和もつまりはカネだ」という資本主義・帝国主義の醜い事実を照らし、「戦争で儲けたやつら」に裁きを下す。井上ひさしの「闇に咲く花」「太鼓たたいて笛吹いて」を思い起こさせられた。似ているところが多々ある。
最後に。日本で戦争を批判すれば戦争指導者(天皇も含むかどうかは別にして)による無謀な戦争がまず批判の第一になるが、アメリカのこの劇に、その要素はない。「正義の戦争」だからだ。「戦争で儲ける奴ら」への批判が第一となる。それが、逆に普遍的な資本主義批判につながる。
また、子世代が父世代を批判する厳しさも欧米的なもの。ドイツのナチス世代を批判する戦後世代も同じ。日本では、元兵士だった父親を息子たちはあまり批判しない。あるいは、戦死した戦中世代が、戦前世代を批判したりしない。あるいは批判は少数にとどまる。この違いはどこから来るかはわからない。