
ME AND MY LITTLE ASSHOLE
藤原たまえプロデュース
シアター711(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/21 (日)公演終了

IN HER THIRTIES 2021
TOKYO PLAYERS COLLECTION
サンモールスタジオ(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/21 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
前作にあたる『IN HER TWENTIES』を観ていないことを激しく後悔してしまうくらい、素晴らしかった。同じ女性の30歳から39歳をそれぞれ演じる10人の役者さんもみな魅力的。

無差別
劇団六風館
大阪大学(豊中キャンパス)(大阪府)
2021/11/18 (木) ~ 2021/11/20 (土)公演終了

ME AND MY LITTLE ASSHOLE
藤原たまえプロデュース
シアター711(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/21 (日)公演終了

THE BEE
NODA・MAP
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2021/11/01 (月) ~ 2021/12/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ああ、この感じ、昔読んだ筒井康隆の世界だよなあ…と何の引っ掛かりもなくすんなりと入り込むことができた。普通に面白い筒井作品。
今回も抽選に外れ、一般発売はもたもたしている内に売りきれ、追加公演のチケットを訓練を重ねてようやくゲット。

IN HER THIRTIES 2021
TOKYO PLAYERS COLLECTION
サンモールスタジオ(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/21 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2021/11/17 (水) 19:00
ある女性の30代の10年間を10人の女優が描く会話劇。面白い。観るべし!
同じ企画の20代版『IN HER TWENTIES』を2011年に上演し、2013年・2020年に再演した上野が、同初演で20歳の役を演じた榊の求めに応じて30代版を上演。『…TWENTIES』は全バージョン観てるが、2014年に大阪で上演された30代版は初めて観る。20代版の女性の30代を描くということになっているようだが、大学と社会人を描いた20代版とは違って、社会に出て役割をもらって…、という30代ならではの話題を同じようにして紡ぐ「技」は見事なもの。静かな会話劇だが、起伏もあり、葛藤もあり、演者の個性によってさまざまに変わるだろう作品をジックリ楽しんだ。
上野の女優の選球眼は私にピッタリはまるのだが、本作も個性ある女優が揃い、見応えありマス。中でも、石井舞は2006年から観ていて、今38歳、と思うと感慨もひとしお。

優しい嘘
劇団BLUESTAXI
ザ・ポケット(東京都)
2021/11/16 (火) ~ 2021/11/21 (日)公演終了

とりわけ眺めの悪い部屋
ピンク・リバティ
浅草九劇(東京都)
2021/11/10 (水) ~ 2021/11/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
■約120分■
若くて美しい地縛霊が住み着いているマンションの一室を舞台に、家主である映画青年と部屋に出入りする二、三十代の男女七人が織り成す群像劇。主人公の映画青年が女幽霊と同居しているという設定があまり生かされていない気がしたものの、劇中人物たちのキャラクターの切り分けがとても上手くなされているため、痴情が複雑にもつれ合う男女群像劇としての面白味は十二分。

イロアセル
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2021/11/07 (日) ~ 2021/11/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初演から数えて10年が経っていた。新国立劇場の芝居を観始めた頃で、震災・原発事故の年の秋。おぼろに思い出すは・・若手実力派の舞台にようやく見えるという期待(国文学系の月刊誌に珍しい特集で演劇界の新たな「書き手」として紹介されていたのが、劇団名でモダンスイマーズ、The Shampoohat、ペンギンプルペイルパイルズ、劇団桟敷童子、ジャブジャブサーキットで、PPPP以外は既に観ていた)。
SFチックな芝居でどうにか結語に辿り着いたものの、特異な着想だけに成立させるには無理の感じる所も・・という感触であった。
今回は初演とは舞台の見た目が全く異なり、初演時にあった円盤型の物体はなく、主人公が閉じ込められる檻と灰色の壁、上手側は壁が開いていて町が見える。主人公の着る囚人服も灰色のシマ柄で、舞台手前の通路を通ってこの場所にやって来る人々はこれと対照的にそれぞれにカラフルな出で立ちで対照が際立つ。
「言葉に色がある」島での、主人公が「みたい」と願った光景が終盤、現れる場面での映像の効果は技術の進歩の為せる所で、初演になかった。主人公は島の外からやってきた者。そして島の人々には言葉に色が付いているが、色が消えるエリアが出来た(作られた?)、それがこの監獄のある一帯であり、主人公は言葉の色を見たいと思っているのとは逆に、人々は言葉に色がないこの場所を何かにかこつけて興味津々でやって来る。吐いた言葉が匿名性を持つ(発言者を特定されない)、という彼らにとって初めての体験を提供する訳である。
完全オーディション制で決まったという役者陣も不思議な取り合わせで、てがみ座の箱田氏が主役をやる姿はてがみ座でも見なかったな、と。町長役・山下容莉枝(映画「12人の優しい日本人」のあの役)、看守役・伊藤正之も映像で観たらしい以外は殆ど知らぬが、役イメージに当てた感は十分見えた。
言葉に色があるという事の含意が、むしろ展開を狭めそうな所、うまく膨らませていた。

能『羽衣』
シアターX(カイ)
シアターX(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/17 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
シアターXレパートリー久々の観劇は能。一回公演だがうまく時間が合って観る事ができた。Xではお馴染みの清水寛二氏のシテと、ワキ1名による「羽衣」はフルバージョンだという。純正の「能」は夏に新作能をやはり清水氏の企画と主演で観て衝撃であったが、こちらは古典の割と知られた能の演目で、「絶対に寝る」法則が当てはまるかどうかも検証。うとうとはしたが、完眠は避けられた。もっとも、うとうとして良いのだと思っている。音楽劇であり能役者の動きや喋りは説明的部分と言え、五感に来るのは強烈な「音楽」、即ち地謡と囃子である。これは心地よいので眠って良いのだ。恐らくかなり良質な睡眠が約束される(私の隣の青年はほぼ寝続けていた)。
それはともかく、「羽衣」は、能の多くが鎮魂を描く処の複式夢幻能とは異なり、羽衣を浜に忘れた天女がそれを拾った漁師に頼むと「舞いを舞う」事を条件に返してやるというので舞うという話。ミソは、天女の舞いは羽衣を着て舞うものなので、衣を返すように言うと漁師は「先に返したらそれを着て天に帰って行ってしまうだろう」と疑いをかける。すると、嘘は人間のもの、天に嘘などというものはないと天女は告げ、漁師に羽衣を返してもらうというやり取り。
シアターXでの能公演は十数年前、観世榮夫らによって多田富雄の新作能「原爆忌」が演じられたというが、毎年のレパートリーにしようという話が、観世氏や中心人物が翌年相次いで亡くなり、立ち消えたという。今後Xでは能の企画を積極的に考えて行くというので、ちょっと楽しみ。

15(Fifteen)
円盤ライダー
アトリエファンファーレ東池袋(東京都)
2021/10/25 (月) ~ 2021/10/31 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
円盤ライダーは確か3度目か。以前観たのもそうだが、舞台として仮に設定した場そのものの面影を残したまま、芝居は何となく始まり、次第に世界が出来て行く。社会に生きる男が登場人物で、個々のキャラに合った(実際そういう仕事に就いてるようにも見える)人物を演じるその風味がこの劇団の魅力であったりするのだな。途中何だかケッサクな場面も織り込まれて、美味しい時間であった。(女性が登場する円盤ライダーは初めてか。)

藤田嗣治〜白い暗闇〜
劇団印象-indian elephant-
小劇場B1(東京都)
2021/10/27 (水) ~ 2021/11/02 (火)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
「ケストナー」に続き歴史上の人物(芸術家)を戦争との関わりを焦点化して描いた秀作。前作が初見の劇団印象の過去作は見てはいないが「演出家」のユニットという認識は「劇作家」のそれに変った。
「戦争画」を巡ってのやり取りに後半長い時間が割かれている。
話は逸れるが・・今ハマってる朝ドラが「花子とアン」(時々思いついたように過去の朝ドラを見る事がある)なのだが、村岡花子の幼少からの人生をじっくり描いていてスパンが長い。「赤毛のアン」はいつ出て来るのかと思いながら見ていたら、殆ど最終段階に、ひそやかに、その英文の本が手渡される。今、それどころではない、戦争の渦中に。ドラマは花子(本名ははな)が甲府の貧しい農家から東京の女学校に上がり、社会人になった頃でもまだ大正時代、社会は徐々にきな臭さを帯びるが、描かれるのはあくまで花子の生活圏のドラマ。時折「社会」の風が姿を見せるのであったが、回も大詰めを迎えた第141回の今は日米戦争真っただ中の1943年。社会(国)は覆っていた布の下から露見した般若の形相でむき出しの暴力性をあらわしている。1930年代後半から強まっていた息苦しさが、息継ぎをする間も与えられず胸が抉られるように苦しい。あと2年もこの時を耐えねばならないのか、と。
・・芝居に戻れば、主人公・藤田嗣治が芸術家が食って行けない時代に「戦争画」を書いた、と言ってしまえば実も蓋も無いが、芝居ではこの藤田にそれを書かせるまでに様々な契機を与え、周囲に説得させている。つまり「何故」との問いに単純には答えられない「戦争期」というトンネルを潜った藤田の暗中模索の時間を思うのである。ポツダム宣言受諾後「戦争犯罪」の訴追を予想した、架空の弁明の台に芝居は藤田を立たせる。体制に協力したか否かは、確かに重要であろうが、この作品が描く藤田は果たして何に学べただろうか、とふと思ってしまう。
コロナの間、いとも簡単に「一色」になり、お上の制限を受け入れ、殆ど感染確率のない不要な「対策」を自らの判断で受け入れるだけならまだしも、他人を非難する行為が(TV出演の医師、専門家の一部さえも)横行した。
学ぶべき財産である先人の大きな失敗から、何も学んでいない日本の現実を見れば、それに比べて一人の画家の当局への協力が、戦争を「描く」という行為が、何ほどのものだろうというのが実感だ。
「アン」に戻れば・・(戻る必要もないが)
花子とは紆余曲折ありつつも常に腹心の友であった蓮子(白蓮、仲間由紀恵)は、愛を貫いて築いた家庭を守る思いばかりでなく、子どもたちのために戦争を終らせねばならないと昔とった杵柄、活動家として動き始める夫にも理解を示し、心の底で結ばれている。その蓮子は「一色に染まる」時代の変化にいち早く違和感を抱き、その事を言葉にする。それに対し、まだその時は「空気に逆らわない事が個人のため(時代がこんなだから)」と信じて周囲を気遣っていた花子は、同じように蓮子に「口にしない」ことを助言するが、既に夫が一度投獄され、現状に甘んじる事こそ子供たちへの裏切りと強く感じている蓮子にとって、「何も言わない・しない」事はあり得ない選択であり、花子に「あなたのような卑怯な生き方はしない」と言わしめる。
戦争を背景にした生活の細部での理不尽さ(大いなる滑稽さ)を、このドラマでは「静かに」描いている。
2014年放映というから、「まだ」7年だが、震災・原発事故の記憶がまだ生々しい中、このような真摯にテーマ性と向き合う場面が作れた時代だったのだな、と思う。この後、戦争法案可決、20万人デモが徒労に終わった揺り戻し、安倍政権のやりたい放題(森友、加計、文書偽造(役人忖度によるが圧力はあったのでは)、統計偽造や統計法変更(アベノミクス成功を印象づける)等々)と、個々の案件は個々のものだが「それを許す」面倒臭がりの市民を生み出した。中でも地味で大きな変化は報道に携わる人員の変化だろう。
蓮子と袂を分かつことになった花子も、譲れない一線を見てある決断をする。
恐らくドラマは戦争の経過をなぞり、降伏。花子は翻訳を完遂し、広く読まれる事になった「赤毛のアン」の初版本の装幀のアップで終わるのだろう。
戦争を生きた者にとっては、忘れたい時代であるかも知れない。だが、そこから何かを見つけなければ、踏み締めがいのある足がかりがなければ、望みの持てる未来への期待など湧いてこないのではないか。苦痛を避けたい弱い存在であるが、苦痛の中に希望を見ようとするのも悪くないと思ってみる今日である。

IN HER THIRTIES 2021
TOKYO PLAYERS COLLECTION
サンモールスタジオ(東京都)
2021/11/17 (水) ~ 2021/11/21 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
#榊菜津美 #野木伶那
#三浦真由 #梢栄
#都倉有加 #小嶋直子
#望月めいり #工藤さや
#石井舞 #Q本かよ
10人の素敵な俳優さんが、一人の女性の30代の10年を1歳ずつ演じる走馬灯。昨年の『IN HER TWENTIES』で29歳で29歳を演じた榊菜津美さんが、30歳で30歳を演じる素晴らしい企画公演。前回下手(しもて)で振り返った彼女が、今回は上手(かみて)で30代の展望をキラキラと語り、40歳を目前にしたポジションでQ本かよさんが30代を総括し、境界線を飛び越えようとする。涙もろくなる……を立証するその滴に、挫折、失望、羨望、困惑、躊躇、期待、歓喜……さまざまな感情が映る。
四捨五入。
アラサーとアラフォー。
その境界線には転機が潜む。プラスとマイナス。喜びと悲しみ。最も大きな振り幅を都倉有加さんがビタリと決めてみせる。まるでサッカー日本代表の左SB中山雄太が右MF伊東純也に大きなサイドチェンジでチャンスを生み出すように、公演を豊かにした。大迫に対する森保監督以上に、都倉さんに対する作演出の上野友之さんからの絶大なる信頼がうかがえる。うん、そうだよね……の向こう側に、彼の発した言葉が見えた。
違いを見せたのは工藤さやさん。流石としか言いようがないほどの存在感。その対極のような落ち着きを示した石井舞さんも流石。
10人が相手役になったり、それぞれの時間で同じシーンを共有したり、時と場所が見事に交差する秀作。
これは、なっちゃんのライフワークとして毎年上演したらいい。いつか20'sと30'sのセット上演も期待しよう。
■追記■
作品もキャストも素晴らしかった。
だからこそ、客席がブチ壊したらダメだ。
携帯を鳴らしたり、カバンをガサゴソしたり、ブツブツ呟いたりして台無しにしてはならない。
あまりにも演者に、送り手側に失礼。
自粛明け、こういうことが増えてやしないか。

優しい嘘
劇団BLUESTAXI
ザ・ポケット(東京都)
2021/11/16 (火) ~ 2021/11/21 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
年季の入ったスナック空間を観客も一緒に共有して味わえた、笑いと哀しみミックス盛り。
ヤニが染みついた壁、酔っ払い、幸薄き姉妹、男と女、母と娘。(㊟喫煙シーンはありません)
コロナ禍がやって来て以来、「良し」とされなくなった濃厚で猥雑な人間関係をここでは思う存分、豪快に堪能できるという幸せ。
SNSなど介さない人と人と人、泥臭い酒場コミュニティーからは、惚れた腫れたや胡散臭い話、これからの話や終わらすべき話などが溢れんばかりにテンコ盛り、懐かしい匂いもしてきてもうたまりません。
散々笑い、憂い、楽しんだ後に押し寄せてくる哀愁。
カラオケの余韻に浸りつつ、まだ大晦日でもないのに「今年も色々あったなぁ~」と、まるで劇中の一員になったが如くしみじみとした思いに包まれながら帰路につくのでした。

優しい嘘
劇団BLUESTAXI
ザ・ポケット(東京都)
2021/11/16 (火) ~ 2021/11/21 (日)公演終了

もやっぽい針の先
王様企画
in→dependent theatre 1st(大阪府)
2021/11/13 (土) ~ 2021/11/14 (日)公演終了

筋肉蕎麦屋の初恋と密室
劇団ストロベリーフレーバー
難波サザンシアター(大阪府)
2021/11/13 (土) ~ 2021/11/14 (日)公演終了

たましずめ
SPIRAL MOON
「劇」小劇場(東京都)
2021/11/10 (水) ~ 2021/11/14 (日)公演終了
実演鑑賞
数年ぶりに拝見。トートバッグのプレゼントを継続されていることに感服。作品世界をより深く体感できる舞台美術も相変わらず素晴らしい。鑑賞マナーのアナウンスも心配りが行き届いている。ただ正直、作品は(あまり好みでない作風だったというっこともあるが)少々物足りないという印象です。特に3本目は1本目の後日談とはいえ、サラッとしすぎているような気がしました。

ザ・ドクター
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2021/11/04 (木) ~ 2021/11/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
現代社会の様々な問題がおりこまれているが、アイデンティティー・ポリティクスのことを考えさせられた。人種、ジェンダー、宗教など人の属性(アイデンティティー)による差別・利害を政治的課題とすることをいう。ブラック・ライブズ・マターやミー・ツーなど今大変盛んである。しかし、そういう属性で線を引くと、見えなくなるものがあるのではないか。
医師ルース(大竹しのぶ)が「人間である前に私は医師です」というセリフの意味はそこにある。白人、ユダヤ人、女性etcという範疇で「神父の入室を拒んだ行為」を批判されるが、医師として医療として考えなければならないという訴えだ。2幕のテレビ討論番組ではこれが焦点になる。
1幕は病院の役員会での議論場面がつづき、少々疲れる。しかし2幕でいろんな仕掛けがなされて、舞台の奥行きがぐっと広がる。
1幕では、死んだ娘のカトリックの父(益岡徹)が「中絶という大罪を犯した娘が、罪の許しを得ないまま、地獄の業火で苦しみ続けているんだぞ」と泣き崩れるところが心に響いた。カトリックのまじめな信者は、そう考える灘、だからルースの行為が大問題なんだと。私も宗教に疎いので、その場面でようやくことの意味が分かった。

ベンバー・ノー その意味は?
はえぎわ
新宿シアタートップス(東京都)
2021/11/03 (水) ~ 2021/11/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
■約110分■
はえぎわ約3年ぶりの新作公演。
シンプルな舞台の上で次々と演じられる断片的シーンが脈絡を生んだり生まなかったり、笑いを生んだり生まなかったり、哲学を生んだり生まなかったり…。こうした“はえぎわのような演劇”は他に類がなく、はえぎわ公演でしか味わえないことを強く強く再認識し、急な公演だったために参加できないメンバーもいたものの、この稀有な演劇集団が久々に揃ってじつに“らしい”公演を打ってくれた、そのことにまず感動。
なくなることをテーマにするあたりがまず“らしい”し、そこから“ない”と“ある”の弁証法を展開し、それが、ないことをあることに、あることをないことにすることで成立するこのジャンルを自己言及的に語った演劇論にもなっていて、こうしたメタ構造もじつにはえぎわらしく、その相変わらずっぷりに嬉しくなった。
ただひとり客演として参加した内田健司さんはイキのいい演技で作品を活気づけて、本作の見応えを倍加。劇団員になっちまえ!