カラカラ天気と五人の紳士
シス・カンパニー
シアタートラム(東京都)
2024/04/06 (土) ~ 2024/04/26 (金)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
別役実が生きているときより、死後、別役作品の舞台が格段に面白くなった気がする。数年前、坂手洋二の演出もよかったが、今回はまた抜群の芝居に仕上がった。とにかく笑える。別役のブラックユーモアとナンセンスとズレが、ひとつひとつ客席の笑いになってドカンドカンと破裂する。
前半も微苦笑がつづくが、後半、女性2人が出てから爆笑パターンになる。とくに高田聖子の、煙草で男たちを翻弄し、パラソルをもって反撃する、押しの強い演技は最高だった。
別役作品は電柱が1本立っているだけ、という美術が定番だが、今回は地下鉄のホームがつくりこんであった。電柱の代わりに、梯子の付いた太い柱だった。美術で変化をつけている割には、戯曲の解釈は奇をてらったものではない。にしても、動きが乏しせいか、スベることも多い別役戯曲を、見事に活気ある舞台にしたのは功績である。男たちの前半は決して動きが多いわけではないが、なぜか笑える。
休憩なし70分
密航者~波濤をこえて~
株式会社エーシーオー沖縄
R's アートコート(東京都)
2024/03/27 (水) ~ 2024/03/30 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
懐かしい嶋津与志さん。30年ほど前に映画「GAMA月桃の花」で取材した。この戯曲は知らなかったが、戯曲と俳優の熱演と相まって、いい舞台だった。
沖縄出身の女優外間結香が、芯の強い沖縄女性を好演。取調官(清田正浩)は、米軍の犬としての強権ぶりと屈従がよくわかる。ブザーが鳴るたびに追い詰められていく様が、しょせん米軍のコマにすぎない苦しさをよく示していた。
取調室から、照明一つでシームレスにヒロ子の部屋、清次郎(齋藤慎平)との回想へという演出がうまかった。
清次郎は直情径行な男で「坊ちゃん」のよう。米軍の土地とり上げに義憤を感じて、伊佐浜の米軍基地の鉄条網を切ったり、横暴な米兵たちに大工道具を振り回して一人で立ち向かったり。齋藤氏に作者嶋は「あれ(清次郎)は馬鹿なの」と語ったそうだ。あんなふうに馬鹿になって、米軍に歯向かいたいという願望が書かせた人物だろう。
ハザカイキ
Bunkamura
THEATER MILANO-Za(東京都)
2024/03/31 (日) ~ 2024/04/22 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
国民的アイドルの橋本香(恒松祐里)は、ヒットメーカーの音楽プロデューサー加藤勇(九条ジョー)とひそかに熱愛中。その熱愛場面のスクープ写真を狙う週刊誌記者の菅原祐一(丸山隆平)…それぞれが芸能界にからむ嫉妬とメディアがつくるスキャンダルに巻き込まれていく。
香が「ヒット曲ってどうやってつくるの?」ときくと、勇は「令和っぽくかな。抜け感が大事。自分の考えを押し付けず云々」とそれっぽいことを答える。これが最初の布石。「令和っぽさ」「こういう時代だから」ということで、多様性やLGBTQ、人権尊重、ハラスメント根絶、SNSのいざこざに縛られて、あるいはメディアやSNSに煽られて、人々の暮らしは窮屈になり、「時代だから」と本音を抑えて、表面的なその場しのぎの言葉を交わしていないか。そう考えさせられる
タイトルの意味が、見ながらやっとわかった。「昭和」の古い価値観とこれからの新しい価値観が交代しつつあって、まだ中途半端な「端境期」のことだ。
今年1月の芥川賞受賞作「東京都同情塔」は、「弱者への配慮」と「多様性尊重」という表面的正義(偽善)の行き着くディストピアを描いた。「ハザカイキ」は同じ問題意識に立つ。そして、危機管理として心のこもらない謝罪が安売りされる、空虚な現在を「これでいいのか」と批判している。いつもはシニカルに見えて、今回の舞台は結構熱い。本物の水を大量に降らせる土砂降りの演出も、熱量のある本気度が見えた。
映画のように短いシーンをたくさん重ねていくが、回転セットを左右に二つ、奥には陸橋という舞台装置でよどみなくシーンをつなぐ。音楽も大変効果的だったし、香は失意に打ちのめされた謹慎の部屋で中島みゆきの「時代」を口ずさむ。スーッと伸びる高音が心地よい。エキストラが20数人。街頭の通行人や、謝罪会見に集まった記者に扮する。舞台上を多数の通行人が列をなして次々横切っていく様は、無機的な街の景色を舞台で再現して、秀逸だった。大変贅沢なつくりで驚いた。
1幕50分+休憩20分+2幕1時間40分=2時間50分
崩壊
糸あやつり人形「一糸座」
座・高円寺1(東京都)
2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
白鯨を追うイシュマエルたちは人形で、それとともに海を行く夢を見る女(松本紀保)は、病院のベッドと船の上を行き来する。女は白鯨を追いかけていった友を探しているのである。白鯨を追う航海は、戦争にまきこまれ、病院もまた戦場になった(と記憶する)。
「白鯨」にモリ撃ちのクイクェグという南洋出身の大男がいるとは知らなかった。
月の岬
アイオーン
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/02/23 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
静かだが心のざわつく芝居である。結婚しない姉(谷口あかり)の沈黙が何を語ろうとしたのか、いつまでも心に引っかかった。余白の多い芝居で、ぽつりぽつりと事情が分かっていき、最後に大きな余韻が残る。
長崎の平戸沖の島、姉・平岡佐和子と弟・平岡信夫(陣内将)が長年住んできた古い家。弟の結婚式に出るのに、近所に嫁いだ、騒々しい妹・大浦和美(松平春香)がやってくるところから舞台は始まる。
弟は中学教師で、新婚旅行に行っている間に、家に生徒が男の子2人(赤名龍乃介、天野旭陽)女の子1人(真弓)やってくる。そこに弟が帰って来ると、女生徒は「先生が結婚したから、この男子と付き合うことにした。それでいいですか?」と不穏なことを言ってくる。いっぽう、佐和子と高校生時代に駆け落ちしようとした男・清川悟(石田佳央)が島に帰ってきて、佐和子に一緒に島を出ようと迫る。女子中学生に迫られる信夫、昔の男に迫られる佐和子、の二組の思うに任せない恋が、島の平凡な日常に波乱をひろげていく。
佐和子は子どものころ海でおぼれかけて、助けた父がそのまま流されたという過去がある。佐和子は表面的には穏やかで、何も言わないが、父のことは大きな負い目、自分は幸せになってはいけないと考えているのだろう。それがラストの思い切った行動になるのだと思った。
舞台奥の白い小さい花は、萩の花。
さすが90年代「静かな演劇」を代表する戯曲である。キャストもみな好演でいい芝居だった。
キラー・ジョー
温泉ドラゴン
すみだパークシアター倉(東京都)
2024/03/15 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
人間の欲と色と愛憎がぎゅっとつまった、こってりどろどろの濃ゆい芝居であった。面白い。殺し屋ジョー(いわいのふ健)以下、兄クリス(山崎将平)、妹ドティ(内田敦美)も、それぞれの役をよく演じていた。
後半の見込み違いから、フェラチオみたいなきわどいシーンも直球ど真ん中で堂々と演じ、壮絶な家族(?)喧嘩の熱演はすさまじかった。本物かと見まがうような血みどろの熱演である。そしてこの熱い悲劇が、人間の愚かさを語っていて、俯瞰してみれば笑える。ジョーが最初にいう「家の中のけんかが、警官がもっとも怪我をするものなんだ」とか、ドティの「誰かが私を怒らせないかぎりね」とか、何気ないセリフが伏線になっている。話の展開の面白さといい、よくできた台本である。
東京輪舞
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2024/03/10 (日) ~ 2024/03/28 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
シュニッツラーの「輪舞」を学生時代に読んだのが懐かしくて、見に行った。男と女がベッドインする前後を描くオムニバスになる。前半は、ナンパや口説きの場面が続き、飽きてくる(そういう話であることは分かっていたのに)。休憩時間に帰りたくなったが、そこは我慢した。後半になって、いまのジェンダー問題を取り込み変化してくる。
高木雄也目当てらしい若い女性客で満席だった。
美術、空間づくりはうまかった。白い壁面と床に「東京、とうきょう、トーキョー、TOKYO」をずらーッと並べ、高さ2メートルほどの「RONDE」の文字パネルも同様にもじだらけ。このパネルと、最低限の家具を組み合わせて、次々異なる場面をつくって変化をつける。
休憩15分込み2時間50分
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
ホリプロ
東京建物 Brillia HALL(東京都)
2024/03/09 (土) ~ 2024/03/30 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
次々人を殺す陰惨な話なのに、楽しく見られるという不思議な作品。ホラー・コメディというところか。市村正親・大竹しのぶのオーラがすごい。オーケストラも生演奏で、音楽が実に雄弁である。
カタブイ、1995
名取事務所
小劇場B1(東京都)
2024/03/15 (金) ~ 2024/03/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
沖縄のサトウキビ農家の一家の物語。反戦地主なので政府の卑劣な嫌がらせがかけられるが、死んだおじいのあとを継いだ和子(新井純)は、契約拒否を貫く。政府の離反策によって、反戦地主の一家は、集落で孤立し、かつてのユイマールは壊れてしまったというセリフもある。そこに、国会議員秘書になった杉浦(高井康行)、防衛施設局沖縄本部の久保直子(稀乃)がきて、沖縄の現実と本土の人間の考えがぶつかる。
この芝居の見どころはこの後にある。9月4日の少女暴行事件が、この一家に身近な問題としておき、見ながら心がワジワジした。和子の「50年間、あきらめていた。せめて契約はしないと思っていた。でも、それだけじゃ足りなかった。アメリカは罪のない少女を踏みつけにして、それで許されると思っている。私はもっと声を挙げなければいけなかった。自分で、自分の言葉で」のセリフが胸に響いた。
さらに10月21日の沖縄県民総決起大会の横断幕、「地位協定の抜本的見直し」の横断幕。今の辺野古の問題も、オール沖縄もここから始まったのだと、30年前が思いだされ、思いがけず涙がこぼれた。前半の杉浦の「いまも日本も沖縄も占領されたまま」という解説ではなかったことだ。
前作「カタブイ、1972」の印象的なセリフもリフレインされる。「本土にいると、沖縄のことは遠くの土砂降りなんです」「でも、あんたは一緒に雨に濡れてくれている。それで十分だ」
重い主題をストレートにぶつけつつ、笑いも多い舞台だった。孫娘役の宮城はるのの歌三線もよかった。沖縄民謡の若いスターらしい。安室奈美恵に熱を上げているという設定もほほえましい。芝居見物のだいご味を満喫した。当日パンフ、資料配布もよかった。とくに、沖縄民謡の歌詞カードのおかげで、劇の内容と歌詞が合致していることが分かり、理解が深まった。総決起集会の晩の、カチャーシーで歌う「唐船ドーイ」の「今日の嬉しさは何に例えられる」の歌詞は、何よりぴったりだった。
1時間50分
全3部作の第二部。第一部「カタブイ、1972」の概要は、以下のサイトで読める。戯曲は『悲劇喜劇』1923年5月号に掲載。第3部「カタブイ、2025」は来年11月、紀伊国屋ホール。楽しみだ。
https://performingarts.jpf.go.jp/J/play/2302/1.html
ながい坂
平石耕一事務所
シアター1010稽古場1(ミニシアター)(東京都)
2024/03/14 (木) ~ 2024/03/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
山本周五郎の最後の長編小説「ながい坂」を劇化。江戸時代の某藩(信州か飛騨あたりのイメージ)の平侍の少年(将来の三浦主水正=武藤広岳)が、16歳にして、その才覚を藩主‣昌治(=志村東吾)に見込まれ、若くして藩政の立て直しと治水工事の責任者に抜擢される。と同時に、藩の世継ぎをめぐるお家騒動が先々代から続いており、三浦は23、24歳で、なぜか治水工事は中止を命じられ、反藩主派に命を狙われる窮地に立たされる。
8歳で入門を願い出た恩師谷宗岳(武田光太郎)との絆、同じ門下の三羽烏の衝突と友情、城代家老の娘つるの嫁入り、幼馴染の娘ななえとの思いやりなど、20年近い人間模様の軌跡を3時間を超える舞台に仕上げた。場所も時間も異なる場面が次々展開し、テレビドラマか時代劇映画のような起伏ある物語である。時代劇では欠かせない力強い殺陣シーンもいくつもあり、主人公たちの刀さばきが見ごたえあった。
菅原道真が民の貧窮を詠んだ「寒草十首」の「何人に寒気早き」をひいて、貧しい民を大事にする政治の理想を語る。これは山本周五郎の原作にはなく、劇作家平石耕一の工夫だが、話の内容に大変マッチし、主題を深めていてよかった。主人公が、城代家老の息子(木村徹)に、「すべてをあたえられて育ったあんたと、みずから獲得した俺では、見えているものが違う」というくだりは、弱い者、貧しいものの目線から書き続けた山本周五郎らしいせりふだった。
チェロとオカリナの音楽(寺田テツオ担当)が、喜怒哀楽に寄り添って芝居を盛り上げて大変よかった。音楽が、その場その場の芝居の基調、色合いを決定するというほど重要な役割を果たしていた。
リア王
パルコ・プロデュース
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2024/03/08 (金) ~ 2024/03/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
リア王は初めて見た。幕が上がると、王国的な装飾や衣装の何もない舞台にびっくりしたが、さらに白壁も取り払って、がらんとした素舞台になったのはさらに驚き。それだからこそ、人間関係と喜怒哀楽がくっきりと見えた。思い切った演出だ。
主筋より副筋のグロスター(浅野和之)とエドガー(小池徹平)が哀れで、二人で助け合っていくくだりが印象的。数年前のシェイクスピア名場面集的な河合祥一郎の「ウイルを待ちながら」でも、見せ場になっていた。エドマンド(玉置玲央=大河「光る君へ」でも、屈折した悪役で活躍中。今回はダテ眼鏡であまり悪人顔には見えない)もイアゴー的な悪党で、二人の姉(江口のりこ、田畑智子)より悪党ぶりがすごい。三人が醜い三角関係になり、それが自滅の原因になるのも因果応報になっている。
諜報員
パラドックス定数
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2024/03/07 (木) ~ 2024/03/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
期待の劇作家・演出家による、ゾルゲ事件の劇化だったが、不完全燃焼に終わった。ゾルゲや尾崎など、直接の当事者でなく、事件を末端で協力していた(らしい)4人の男と、それを取り調べる2人の男。終始暗い舞台で、腹の探り合いのようなやり取りが多い。思想犯なのに、独房でなく、簡易ベッド付き(!)の隔離部屋。ベッドを使う回想場面の為にこういう作りにしたのだろうが、戦前の拘留施設にベッドはおかしい。そこは作者も分かっていて、特高を快くなく思っている憲兵隊が貸してくれた傷病兵の隔離部屋、ということになっている。なんと回りくどい。
警察の一部が、特高に反発し、対抗して取り調べるという設定も違和感が大きい。自宅や職場で逮捕した人間の顔と名前が一致しないというのも、ありそうにない。
アカの動向を探るためにキリスト教会に潜伏という設定も首をかしげる。戦前戦中、共産主義者は宗教を嫌い、普通は教会にいったりしない(と思う)。
一番の問題は、ゾルゲ事件の本体がよくわからないうえに、登場人物たちのゾルゲ一団での役割もほのめかし程度でぼんやりしていること。事件は共産主義を信じる者たちが、ソ連防衛のために結束したスパイ活動だったし、尾崎は戦争回避も願っていたと思う。にもかかわらず、木下順二がゾルゲ事件を描いた「オットーと呼ばれた日本人」のような思想的葛藤や強い信念がないのも残念。
アンドーラ
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2024/03/11 (月) ~ 2024/03/26 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
久々に人間の怖さと愚劣さを突き付ける、社会派ポリティカルドラマを見た。一種の寓話なのに、ひりひりするようなアクチュアリティーがある。「永世中立」を標榜して、ナチスドイツのホロコーストを黙認した祖国スイスに対する、峻厳たる告発状である。
架空の小国アンドーラの市民たちのユダヤ嫌い・偏見から始まるが、ユダヤ人が身近でない日本人として最初はピンと来ない感じもある(朝鮮人に置き換えると、面白い翻案劇になりそうだ)。息子アンドリ(小石川桃子=臆病な自尊心を好演)は実はユダヤ人ではなく、父(沢田冬樹)の不倫で生まれた隠し子だった。その事実は早くからほのめかされるのに、父は煮え切らず、なかなか本人に伝えない。このじらしには、じれったいとともに感情がざわざわしてくる。
しかも、ユダヤ人迫害を避けるため、事実を周りが一生懸命説得するようになっても、アンドリは「僕はユダヤ人だ。今度はあなたたちの番だ…ユダヤ人をを受け入れる」とはねつける。「第二の性」ではないが、人はユダヤ人に生まれるのではなく、ユダヤ人に作り上げられるのだ。自分をユダヤ人にこしらえあげた人間にとって、それはもはや血の問題ではない。人間のアイデンティティとは、共同幻想であることを突き付けてくる。
「黒い国」は「黒い森」が広がるドイツを示唆しているし、「白い壁」はスイスのアルプスの山々を連想させる。
アンドリをユダヤ人と決めつけ、石を投げた容疑をかぶせた男が、戦後は「私のせいじゃない。残虐な行為には反対です」と、すべてを忘れたかのように言う。
冒頭で壁を白く塗っていた妹バブリーン(渡邊真砂珠=狂乱を好演)が、再び「白く塗る」意味は、かつての罪を隠蔽する卑屈な市民に対する皮肉であり、告発である。
アカデミー賞国際長編賞を受賞した「関心領域」は、アウシュビッツ収容所の隣で暮らすドイツ人たちの楽しく平穏な日常を描いて、現代の私たちの「無作為」「無関心」の罪をついた。「アンドーラ」も同じである。
メディア/イアソン
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2024/03/12 (火) ~ 2024/03/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
「オイディプス」などより知名度は劣る話だが、常軌を逸した怨念と血まみれの復讐で、ギリシア悲劇のすさまじさを堪能した。前半のギリシアのイアソンが「金羊皮」を獲るために東の最果ての国で冒険し、王女メディアと恋する話は、どうってことはない。獰猛な牡牛を手名付け、巨人を倒し、金羊皮を守る大蛇をメディアが子守唄で眠らせというあたりは獅子舞のような牡牛や、長崎くんちのような大蛇など見て楽しめる。
逃げる二人が、父王の追っ手をかわすために、メディアが自分の弟を切り刻んで海にまく。彼女の尋常ならざる性格が垣間見え、これが後半の「悲劇」の予告となる。
後半、新しい女を作ったイアソンに対するメディアの怒りと復讐のすさまじさ。奸計に落とすための偽りの和解の演技も含め、まさに鬼気せまる迫力で、圧倒された。こんな南沢奈央は見たことがない。女優として大きな飛躍を遂げたと思う。その点では、井上芳雄も食われそうだった。しかし、井上も負けてはおらず、いつもの甘い歌声とは別人の、野太い声で南沢と渡り合う。
とにかく後半は圧巻の舞台。さかまく波の山と谷を、いくつも超えていく長旅のような話なのに、終わってみれば2時間ぴったりと、濃縮した時間だった。
千と千尋の神隠し
東宝
帝国劇場(東京都)
2024/03/11 (月) ~ 2024/03/30 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
2年ぶり2度目の観劇。宮崎駿のちょっと変な映画を、人力とパペットで徹底的に舞台に再現する(映像の使用は冒頭の森と、銭婆のもとへいく電車が通る海のみ)、その正攻法はやはり称賛されるべきだろう。元が映画なので、セリフでの表現が少ない分、音楽が感情や状況を示すために大きな役割を果たす。全編に音楽が鳴っていると言っていい。すべて生のオーケストラの演奏。カーテンコールでオーケストラが舞台背後にいるとわかって、ぜいたくなつくりにびっくりした。
豚になった両親の話は、映画では途中で振り返らないと思ったが、舞台では2度、豚舎へ行く場面と、夢とで出てくる。そこが大きな違いのように思うが、映画もあったかもしれない。
千尋とハクが手をつないで、名前を取り戻す場面は、映画そのものだのだが、舞台で見てもよかった。
テーマパークのような、おもちゃ箱をひっくり返したような舞台なので、俳優の演技がどうこうということはあまりないのだが、そのなかで朴路美の湯婆婆の迫力あるドスのきいた声と、坊を猫かわいがりする甘えた声は素晴らしかった。
3月11日の初日は、くしくも宮崎駿が「君たちはどう生きるか」でアカデミー賞を受賞した日と重なった。
う蝕
世田谷パブリックシアター
シアタートラム(東京都)
2024/02/10 (土) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
僕の好きな横山ワールドはリアルな会話劇だったので、架空の島の架空の災害という話は意外だった。しかも今回は不条理劇。ちょっと戸惑った。それでも横山らしい会話で展開するのだが、その中でからグッと引きつける ドラマ が立ち上がってこない 恨みがある。後輩役の坂東龍沙汰がうぶな好青年をはつらつと演じてよかった。
冒頭で舞台幕代わりの封筒が開いて、荒野が現れるという舞台装置は驚いた。演出は頑張っていたと思う。途中一度、時間がさかのぼるのだけれど、その場面が過去だったことは、後でわかる。その場ではぼんやり、違う時らしいなと、舞台の地面の変化で示す程度。
そういえば「粛々と運針」はファンタジーだった。が、あれも最初からずっと、ホームドラマのような会話劇で、二組の登場人物の片方の真実がわかるのは終盤。その意外性に感動があった。
「悲劇喜劇」3月号に戯曲掲載
1時間45分
掟
TRASHMASTERS
駅前劇場(東京都)
2024/02/15 (木) ~ 2024/02/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
改革派の若い市長と、古い議員たちとの対立を描いた。腐敗の温床だったなれ合い市政を変えるという市長の姿勢はいいが、議員に前もって予算案の説明や根回しは一切しないというかたくなさには首をかしげた。しかし、「調整、というのは、結局、議員へのご機嫌伺ですよね」という市長の言葉になるほどとも思った。
さらに財政改革として公共施設の3割削減を打ち出して進める。これは住民サービスの切り捨てにならないか? 議会からも「失業者が出るのに、当事者に視聴は直接会おうともしない」とつかれる。これは議会に理があるように見える。
つまり、議会もかたくなだが、市長もワンマンすぎる。どちらかが一方的に悪いとはなっていないところが、この芝居の最大の長所である。
新聞記者(目黒省吾)が、自分の小5の息子の不登校を打ち明けて、子どもの未来のために、議員たちに副市長人事に賛成してほしいと訴える場面は心に響いた。人を動かすのは、大声ではなく、静かな声だと感じた。議長(葛西和雄=青年劇場)が、支援者の息子が農業を継ぐ気になってくれたんだ、だから「無印企画」との提携のため、議員に一言説明してくれと、市長に土下座する場面もよかった。互いに、対照的な関係になっているが、この舞台の二大ハイライトである。
青年座の山本龍二をはじめ、新劇系劇団から、5人のベテラン俳優が参加したことで、議会の古参議員たちに説得力があった。このキャスティングが素晴らしい。葛西だけでなく、それぞれの見せ場をもう少し練りこめば、さらに良かった。
骨と軽蔑
KERA CROSS
シアタークリエ(東京都)
2024/02/23 (金) ~ 2024/03/23 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
ケラの頭の上にウクライナとガザの戦争が、重くのしかかっていることがわかる稀有な作品。ケラのような、一見、浮世離れした別世界を舞台上で追求する演劇人でさえ、これほど時代の動きに強く反応するとは意外だった。
もちろんストレートな反戦ではないし、ブラックなユーモアで一貫している。しかし、開幕から最後まで、周辺で砲声が鳴り響き、西と東に分かれて内戦が長く続いている設定である。若い男たちは死んでほとんど残っておらず、女性と子供が戦場で戦っている。「戦争のおかげで食べている」軍需工場を経営する一家の物語となれば、戦争にどう向き合うかは避けて通れない。ときおりつけるラジオから、「本日の死亡確定者数」が知らされ、「○○はいなくなってしまった」が延々続く投書や、DJ自身の「墓森の父が職を失った。墓地を兵器工場にするからだ」という 告発が、家の外では何が起きているかを思い出させる。そのうえで、ラストのどんでん返しと急展開は見事だった。
誤解のないように書いておけば、堅苦しい社会派ではない。基本は、ナンセンスとすれ違いの笑いに満ちた、俗物ブルジョア一家のホームコメディである。作家の姉マーゴ(宮沢りえ)と妹(鈴木杏)の、欲しいもののとりあい(真剣だが笑える)、テンションの高い居候ナッツ(小池栄子)、アル中の母グルカ(峯村リエ)、家の財産を狙う、父の秘書のソフィー(水川あさみ)、登場は一番遅いが、重要な舞台回しの編集者ミロンガ(堀内敬子)、そしてナレーターでもあるおしゃべりなメイドのネネ(犬山イヌコ)。花も芸もある女優陣は、期待にたがわない。宮沢りえと小池栄子の、呼び捨てで呼び合って心が通じ合うダンスシーンなど、見ているだけで幸せな気分になる(二階では父が危篤だというコントラストもいい)。
徴兵忌避で家出した夫から、何通も届く手紙が道糸になり、戦争と直接つながってもいる。
上演時間3時間(20分休憩こみ)
ぼっちりばぁの世界
劇団青年座
ザ・ポケット(東京都)
2024/02/15 (木) ~ 2024/02/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
冒頭の、キャンプ場の受付の杓子定規すぎてシュールなオーナー(綱島郷太郎)の受け答えから笑える。面白い方言だなあと聞いていると、これが高知の幡多弁らしい。若手の角田萌果が演じる、引きこもり系女子の、殻に閉じこもったくら―い感じがとってもよかった。若いよそ者のアドバイザーの男(伊東潤)の天然系いい男ぶりはトクなキャラ。彼の「ショートコントのつもりでやれば? おれもそう。ショートコント社会人と思って、もう5年やってる」という、明るく社会人を演じていくという発想が根底にあって、明るい舞台にしている。髪をまだらに赤く染めた、破天荒に明るい女性も、尾島春香の髪までキャラに合わせた役作りが光る。尾身美詞が、角田の対極にある、やる気で引っ張るキャラを好演していた。
ワークショップから生まれた演劇 「マクベス」
彩の国さいたま芸術劇場
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2024/02/17 (土) ~ 2024/02/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
上演時間100分のマクベスなので、何よりテンポがいい。だが、それだけではない。暗殺決行前、マクベスが空中の剣の幻を追う独白シーンを、3人の魔女たちが剣をマクベスに渡さないように投げ合って、マクベスをいたぶるなど、見せ場の独白を立体的重層的に見せる工夫が光る。スピーディーで斬新なシェークスピアだった。
暗殺決行後のマクベスの「この手の血は七つの海の水でも落ちない」と、自身の悪行におののくシーン、実際に黒い塗料を手に塗りながら演じ、その塗料はマクベス夫人の手にも…。忠臣マクダフの妻子が刺客に殺される場面では、殺された子に母が語る独白を「あなたに言い忘れていたことがある命は一つだけ。死んで勇気をたたえられるより、逃げて生きて」と、子守歌にして、演者たちも場悪ダンスで支える。マクダフの子が「裏切者は、約束を守らな方人たち。世の中は、そういう人が正直者よりずっと多いんだから、みんなで正直者を殺せばいいのに」と、野蛮な王への反逆を進め李せりふも印象に残った。
音楽も、フォーク調の歓喜の歌や、ビートルズの「ラブ・イズ・フィーリング」、だるまのラップなどおもしろい。既成曲もすべて編曲し独自録音したオリジナルアレンジ。舞台上に於いた64脚(数えた)の木の椅子を組み合させて、寝台、玉座、宴会場、城を作る。