ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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とりあえずの死

とりあえずの死

劇団1980

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2025/11/06 (木) ~ 2025/11/10 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

伊藤弘子さんの代表作になってもおかしくない作品。伊藤弘子ファンは見逃す訳にはいかない。メイク、衣装、美術、照明、役者陣、目一杯金も労力もかけた総力戦。これが「劇団1980」、通称ハチマルだ!
創立者である藤田傳氏が1992年に書き下ろした戯曲。

旧満洲国ハルピンにある中国から帰国できなかった外国人だけを収容する中国国営哈爾濱(ハルピン)外僑(がいきょう)養老院。4人の中国残留婦人が1989年の今も暮らしている。酒が飲みたくてたまらない伊藤弘子さん、日本からの手紙を待つ早野ゆかりさん、懐中時計の修理を待つ新井純さん、何かを隠している上野裕子さん、全員70代。養老院のスタッフとして韓国人の小谷佳加さんが大忙し。

4人にはまだ満洲国にいた頃の若い自分が分身のように見えている。
伊藤弘子さんには角田萌果さん。旦那である神原弘之氏の残した詳細な日記ノート。
早野ゆかりさんには光木麻美さん。関東軍でラッパを吹いていた曽田昇吾氏。
惚けかけている新井純さんには真っ赤なドレスの磯部莉菜子さん、山田ひとみさん。
上野裕子さんには山川美優さん。

メイクが秀逸。京劇やイタリアの道化師のような過剰な化粧が効いている。伊藤弘子さんも本当にそうなのか確信が持てない位。よくこんな脚本が書けたものだ。伝えようとするものが大き過ぎる。イタリア映画の感覚。

いつか日本に帰る日を夢見ている老女達。敗戦後の地獄を敵国で這いずり回って生き延びてきた。何もかもを失って残るのは遠い故郷への想い。きっと自分に手を差し伸べてくれる人がいつか必ずやって来る。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

死にかけた新井純さんは意識を取り戻す。「もし私が死んだとしても、それは日本に帰るまでの“取り敢えず死んだ”だけだから。」

※曽田昇吾氏が印象に残る。竹籠屋の竹本も。
※椅子と机で表現する両目を抉られた盲目の馬。
※目の不自由な方が多く観に来られていた。終演後、付き添いの方に「中国残留の話は珍しい。面白かった。」と。
風神雷神図

風神雷神図

糸あやつり人形「一糸座」

赤坂RED/THEATER(東京都)

2025/11/05 (水) ~ 2025/11/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

外人客が多い。家族もいた。謎めいた客層。全公演のチケットを買っている人もいた。

開場して中に入ると白い死霊犬オス(田村泰二郎氏)が白塗り褌一丁で通路やステージを這い回っている。暫くすると白い死霊犬メス(Kみかるmicoさん)が登場。白塗りに下着姿、乳首を前貼り的なもので隠している。面白いのが観客は慣れているのか特に反応もせず談笑を続けていること。異化効果のクセが凄い。江戸伝内氏と結城一糸氏が登場し紋付袴の着付け。二人の奥さんである結城民子さんと結城まりなさんが手伝い、かなり時間を掛けてきちんとやっている。やっと終わり二人共正座して観客に深々と頭を下げる。長い沈黙。何も起こらない。突如暗転、轟音ノイズ。ゲロゲリゲゲゲを思わすような破壊的ノイズが耳をつんざき強いストロボ照明がフラッシュを繰り返す。

台本・構成・演出+朗唱=芥正彦氏79歳。客席中央右端に立ち、マイクで詩をがなる。
下手前のスペースに音楽・灰野敬二氏73歳。晩年の内田裕也や往年の早川義夫のようなロン毛にグラサン。『ファントム・オブ・パラダイス』のポール・ウィリアムズのような妖気。横に長いハーディ・ガーディをフィッシュピックのようなT字型の物で叩く。ひたすらノイズノイズノイズ。時折奇声。パーカッション。

チラシに書かれた宮台真司氏の檄文が迫力。「暗闇で名状しがたい力が降ってきて僕を貫いた。(中略)すべきことが確定した。我々の時空からこの力が失われた訳を知り、力を回復する方法を探るぞと。」

ネタバレBOX

江戸伝内氏の操る雷神と結城一糸氏の操る風神が登場。やたら六方を踏む。

真白な観音(上杉満代さん)が客席後方から歩いて来る。これがとても人間とは思えない歩み。人形か亡霊か。微かに動きつつ揺らめく淡い存在。非常に印象深い。

風神(鬼)を演じる杉田丈作氏。裸体に緑色をなすりつけたような風貌でロングショーツを履く。ゴブリン。頭に瘤のようなもの。

雷神(鬼)は鯨井謙太郒(けんたろう)氏。真っ赤に塗られた筋肉美に長目のハーフパンツを履く。修行のような鍛錬のような舞踏。やたらと見得を切る。

箒を持った風婆(田野日出子さん)が現れる。中空に向かって箒を振る。「私、掃くわよ。私、掃くのよ。」ほうき隊の人形が三体現れて一緒になって空を掃除する。汚染された空を綺麗にしているそうだ。

九相(くそう)を演じる小松亨(とおる)さんが客席後ろから這いずり回ってステージに上がって来る。白い死霊犬二匹が身体を貪る。追い払うと亡者達が現れて性行為を連想させる動きを始める。勃起したペニスの形をした芋虫(亀頭の頭をしたモスラの幼虫のようなもの)が六体現れて屍肉を貪る。ゴキブリ達が現れて肉を喰らう。追い払われた白い死霊犬二匹がまた現れて性行為を模す。

親子で観に来たような人達には気まずい空気。子供は笑っていた。

風神(鬼)を結城一糸氏の操る風神が成敗しようとするも苦戦。そこに風婆が箒で加勢。倒した⁉胡蝶がぱらぱらと舞い落ちる。オープニングの江戸伝内氏と結城一糸氏の座礼のシーンに戻る。全てはこのお辞儀の一瞬に垣間見た幽かな夢に過ぎなかったのか。

灰野敬二氏の轟音演奏が始まる度、客席の老女達が耳を押さえ顔を伏せてストロボから逃れる。不思議な光景。

2018年5月、中野テルプシコールにて「NOISE OPERA カスパー」を観劇。一糸座が気になっていた為であり、芥正彦氏に興味はなかった。内容はこれぞアングラ。人形を遣いながら汗と洟と涎をダラダラ垂れ流す結城敬太(現・結城一糸)氏。キチガイが部屋を行ったり来たりしながら訳の分からないことを呟き続けるような話。この時受けた衝撃は作品よりも、金払ってこういうものを観に来る客に対しての方が大きかった。左翼的理論武装したキチガイこそが現代アートなのか。

2020年3月に公開された映画「三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜」でも赤ん坊の娘を抱っこしながら三島と激論を交わす芥正彦氏が一番の見せ場だった。
高知パルプ生コン事件

高知パルプ生コン事件

燐光群

「劇」小劇場(東京都)

2025/10/31 (金) ~ 2025/11/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主演の永瀬美陽(みはる)さんが可愛かった。福永マリカさんに似てるような。ミニスカの登場シーンから惹き付けられる。

土台はアジプロ演劇(革命の思想を大衆に説く手段としての演劇)だが、驚くことに観客の為にSFをまぶしてある。近未来である2026年からタイムスリップしてしまった永瀬美陽さん。気が付くとそこは1970年(昭和45年)の高知県高知市旭町早朝。高知パルプ工業社で働く円城寺あやさんに保護される。円城寺あやさんは物分かりが良く観客に取って面倒臭い遣り取りをすっ飛ばしてくれるのが有難い。永瀬美陽さんは知っていた。来年、ここで何が起きるのかを。

1950年に操業を始めた高知パルプ工業社、旭川から江ノ口川へと一日あたり13500tもの亜硫酸系パルプ廃液を垂れ流し続けた。更に江ノ口川から浦戸湾へと流れ込む廃液は生態系を壊滅させる。魚は死に周辺住民は健康被害に苦しんだ。奇形魚、ドブの臭い、どす黒い水、ヘドロの層。浦戸湾で揚がった魚は買い手がつかなくなる。江ノ口川沿いの旅館は余りの悪臭で客は逃げ出し女中は辞めていった。

記憶喪失の謎の男、大西孝洋氏。夏八木勲と和田良覚を足したような風貌。佐渡旅館の女将、森尾舞さんが面倒を見てやることに。一体彼は何者なのか?

果たしてこれからここで何が起こるのか?
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

公害闘争の歴史に今も語り継がれる「高知パルプ生コン事件」。
「浦戸湾を守る会」(=浦戸湾の埋め立て反対の会)の4人が事件を決行。
郷土の英雄・山崎圭次会長(猪熊恒和氏)。物語のキーマン。オートバイ・メーカーの起業から成功を重ね、工作機械であるフライス盤の開発・製造トップメーカーとなる山崎技研設立へと。
坂本九郎(川中健次郎氏)事務局長。元公立小学校教員。人望厚く、この事件がなければ市長選にも担がれていた程。
吉村弘(武山尚史氏)、和太鼓も担当。
岡田義勝(土屋良太氏)、漁師。
1971年(昭和46年)6月9日午前4時半頃、旭町電車通りにあった高知パルプ工業社の排水溝マンホール二つをパールでこじ開け、麻袋の土嚢24袋と生コンクリート6.9トンを詰め込んで封鎖。たちまちどくどくと道路に溢れ出した茶色い工場廃液が濁流となり刺激臭を放つ。白いあぶくをブクブクと立てたパルプ廃液の禍々しさ。こんなものを川に海に流していたのか⁉

TRASHMASTERSみたいなガチガチの台詞の羅列。状況説明を全部台詞で役者に喋らせるのは苛酷だ。西部邁っぽい川中健次郎氏の台詞がかなり危うかった。取材した全てを書き込もうとした脚本は歪で物語としては美しくない。

円城寺あやさん、高知パルプ工業社の一番の古株。戦時中、風船爆弾を製造させられていた。1954年(昭和29年)、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験によりマグロ漁船に乗っていた婚約者が被爆。

会長の妻役の樋尾麻衣子さんが銅鑼を鳴らす。

今作のもう一つの告発が発癌性やホルモン撹乱、免疫低下の影響を持つ有機フッ素化合物PFAS(ピーファス)について。その代表的な種類がPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)。2023年、人口約1万人の岡山県吉備中央町の水道水が国内最悪レベルに汚染されていることが判明。汚染源は河平ダムの上流に置かれた山中の資材置場、使用済み活性炭の入ったフレコンバック580袋。血液検査を受けた住民達に基準値の7倍以上の汚染が確認された。
公害は過去の話ではない。人類にとって永遠に続く命題。それを隠蔽強圧し黙らせようとする権力機構とそこで暮らす住民との生存を賭けた闘争。

「テロではない、義憤に駆られた正当な民衆の実力行使である」と劇中で幾度も念押ししているが、無論これもテロの一つであろう。テロとは追い詰められた弱者の最後の選択肢だからだ。確かにテロだが誰かがやらなければならなかった、と言い切るべき。妙な正当化の方が気持ち悪い。メンバーが三島由紀夫の決起と自決に煽られていることが面白い。人間たった独り、一度きりの人生、全てを賭けてでもやらねばならぬことが自分にもある筈だ。
事件前夜の山崎圭次会長のTV番組での発言。「我々自身ももっともっと傷付かねば、公害運動に今後新しい展開がないのではないか。」

※居眠り客がかなり多かった。最初から寝に来ているような人も。謎。
地味な労働者三部作

地味な労働者三部作

Ahwooo

新宿眼科画廊(東京都)

2025/10/31 (金) ~ 2025/11/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈東京ver〉

①Ahwooo「すぐやるか すぐにやるなよ 考えろ(上の句)」
如月萌さんの経営する会社が神戸の海岸通に引っ越し。友達のハイソの専業主婦・牧野亜希子さんがお祝いに駆け付けた。まだダンボールだらけの事務所、何処に何があるのか分からない。その内の一つに謎の文言が書かれた紙の束が。リストラした従業員の誰かの嫌がらせか?

②わたしとともに現前×mooncuproof「キャッチャー・イン・ザ・フトン」
末延ゆうひさんの一人芝居。会社を辞めて実家に帰って来た病んだニート、ダンボールの山の中でハローワークカードを探す。散々なボロボロの自分の半生を思い返しながら。幼い日、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に心を揺さぶられたこと。

③排気口「海につながる湯船のほうへ」
大学の卒業旅行として佐藤暉(あきら)氏、坂本ヤマト氏、中村ボリさん、大久保佑南(ゆうな)さんが海へ向かう。バスを間違えて仕方なく山奥のひなびた旅館に泊まることに。番頭の坂本ヤマト氏は「この村には守って貰わねばならない決まりがある」と語る。

末延ゆうひさんは要チェック。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

①富裕層の神戸の女性の感覚が愉快。急に泣き合ったり妙な笑いのツボにハマったり。「レジ前のおばちゃんって···」(爆笑)。

②末延ゆうひさんがNOKKOみたいで魅力的。声と表情が良いのでずっと観ていられる。凄く人気出そう。小5で『ライ麦畑でつかまえて』の読書感想文を書くのは早熟すぎる。駄目な自分を許容して適当に生きること。適当でいいんだ。

③観客お待ちかねのお笑い。凄く人気があるんだな。「沈黙は肯定ですよ。」
我ら宇宙の塵

我ら宇宙の塵

EPOCH MAN〈エポックマン〉

新宿シアタートップス(東京都)

2025/10/19 (日) ~ 2025/11/03 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

客入れSEにデヴィッド・ボウイ「I Wish You Would」が流れる。何故かそれだけで気分が良い。

ステージ上に置かれた椅子に突っ伏して寝ている宇佐美星太郎(しょうたろう)少年のパペット。幼稚園児位の大きさ。肌はフェルト生地っぽく見える。毛玉が付いている。背面は全て壁面に貼り付けたようなLEDビジョン。どうなっているんだか分からないが迫力満点。星太郎は首の後ろの下辺りにグリップが付いている。後頭部の真ん中にも掴む部分が。左手でグリップを掴み、右手で頭部もしくは他の部分を動かす。歩く時は自分の靴の上に星太郎の足を載せて一緒に動く。床に大量に散乱している紙には何がが書かれている。床の穴から次々と人々が出て来て開幕。

多分、今作が評価されているのは語り口なのだろう。一見何の話なのか全容が見えない。『インターステラー』的なものを期待していたが全く違った。どちらかと言えばジョディ・フォスターの『コンタクト』か。

小沢道成氏を初めて認識した。星太郎を操演。
異儀田夏葉さんは観る度に美しくなっているように感じる。プラネタリウムの背景が高速で移動する度、一人パニックを起こす設定は面白い。
渡邊りょう氏は今回も流石の強キャラ。今年何度観たことか。泣き上戸、笑い上戸の発達障害。彼の小太郎のエピソードからぐんと面白くなった。

※しょうたろう=正太郎だと思っていたので「鉄人28号」から名付けたのかと誤解。

ネタバレBOX

5年前にトラックに撥ねられて亡くなった父親。星太郎は父親が何処に行ったのか知りたかった。毎日骨壺を見つめ続ける。母親(池谷のぶえさん)は「お父さんはお星様になったのよ。」と伝える。その日から毎晩毎晩夜空の星を数え出す星太郎。一体どの星なんだろう?その内、学校でも家でも会話をしなくなる。毎日夜空の星の数を記録し続ける。そしてある朝、家からいなくなった。

ジャイアント・インパクト説(=原始地球に原始惑星が衝突し飛び散った破片が地球の軌道上で合体し月になった)を知った星太郎は亡くなった父親はその周辺にまだ漂っていると仮定。事故現場に向かう。当時の事故現場は工事中だった。頭の中を整理する為、石で地面や壁に絵を描いて考えをまとめる星太郎。落書きを注意しようと見ていた作業員・ぎたろー氏。

父親が運ばれて行った病院に行き、看護師・異儀田夏葉さんに質問する。病院で治療できなかった者は最終的に火葬場に行くことを伝える。

火葬場で立ち昇る煙を眺め、職員・渡邊りょう氏に焼かれた者は何処に行くのか尋ねる。渡邊りょう氏は愛犬・小太郎を亡くした経験を語る。遺骨でも墓でもない、一番思い出のある場所に行った時、小太郎と過ごした日々の記憶が溢れ返ってきた。小太郎はここに居る、と思った。

父との思い出の場所、ぎたろー氏が経営する個人経営のプラネタリウム。星太郎を捜して池谷のぶえさん、異儀田夏葉さん、渡邊りょう氏が訪れる。星太郎はぎたろー氏の語る「地球から夜眺めている月は太陽の光を反射しているから目に見える。月側の時間としては昼間。」という言葉にハッとする。月から見れば地球も星の一つ。

焼かれて煙になったとしても宇宙までは行けない。激しい火山の噴煙でも成層圏止まり。父は地球という星にいる。地球という星を構成するマテリアルになった。

※質量保存の法則、エネルギー保存の法則から、人間が死んでもこの世界の総量は決して変わりはしないことが真理。この世に存在するエネルギーの総量は決して変わらない。増えもしなければ減りもしない。死んだ人間の肉体は化学変化を起こすがそれは原子の組み合わせが変わるだけ。別の形態に変換されエネルギーとしてこの世に存在し続ける。意識や感情や思考も一種のエネルギーだとしたらそれもこの世に形を変えて存在し続ける。そういう意味からは生命は永遠なのだ。
(『あるアルル』の時に書いた文章の再録)。

一体どんな所にまで連れてってくれるのか、発想の飛躍先に期待していたのだが凄く古典的。渡邊りょう氏の「小太郎はここにいる!」の感覚の方がぐっと来た。理性でまとめ上げているので感情が揺り動かされないのか。人や動物は亡くなっても優しい想い出はいつまでも色褪せない。
華岡青洲の妻

華岡青洲の妻

文学座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2025/10/26 (日) ~ 2025/11/03 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

華岡青洲、江戸時代和歌山県の医師。外科手術を行なうにあたり、麻酔薬の開発こそ必須だと知る。十年間動物実験を重ね、六種類の毒草を調合して麻酔薬を作る。曼陀羅華(まんだらげ=チョウセンアサガオ)、トリカブト、白芷(びゃくし=ヨロイグサ)、当帰、川芎(せんきゅう)、天南星(てんなんしょう)。全身麻酔薬として発明した麻沸散(=通仙散)。だが実際に人間に投与する為には更なる人体実験が必須。十数人の親族の協力があったとされる。
1804年、記録に残る所では世界初、全身麻酔での乳癌手術に成功。(アメリカでウィリアム・モートンがエーテル麻酔での手術を成功させたのは1846年)。
それ以前の外科手術は患者に激痛をひたすら我慢させる悲惨なものだった。

一番今作を象徴するのが現在では使われていない江戸時代の紀州弁。語尾にOshiが付く独特の語感。「〜のし」「〜よし」「〜とし」と音として面白い。この会話を女性陣が柔らかく紡ぐ屋敷にはゆったりと漂う優しげな空気感。これが後半、どろどろ煮えたぎる修羅界へと堕ちた屋敷にて見事なる異化効果を上げる。小面(こおもて)を被った般若達の口にする雅な方言として。

華岡青洲(幼名・雲平〈うんぺい〉) 釆澤靖起(うねざわやすゆき)氏
妻・加恵(かえ) 吉野実紗さん
母・於継(おつぎ) 小野洋子さん
妹・於勝(おかつ) 太田しづかさん
妹・小陸(こりく) 平体まひろさん

原作者有吉佐和子は華岡青洲の偉業よりも嫁姑の確執に焦点を当てた。母・於継を杉村春子が演じた舞台は大評判、当たり役となった。女優陣の織り成す剥き出しの生き様こそが人気の所以。

8歳の時、美しくて賢いと噂で聞く於継をどうしても見たくなり、乳母に頼んで隣村まで足を伸ばした加恵。夏の照りつける太陽の下、垣根越しにこっそり庭を覗き見ると無数の気違い茄子(キチガイナスビ)の真白な花が狂ったように咲き乱れている。その中に凛と立つ於継の横顔。余りの美しさに眩暈がする。真白で清らかな美しい花と於継を重ねて見た幼き加恵。その正体が気違い茄子=チョウセンアサガオ=曼陀羅華であることを後に知る。実に巧い文学的仕掛け。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

華岡青洲の理念とした活物窮理(かつぶつきゅうり)=治療を具体に即して考え、方法を合理的に見出す。目の前の生きた患者に合わせて柔軟に治療法を見出すこと。重要なのは知識や経験だけでなく、目の前の患者の症状である、と。

江戸時代最大の飢饉、天明の大飢饉は1782年から1788年、冷夏や長雨が続いた。全国で90万人以上が餓死。

第一幕 1782年
第二幕 1785年
第三幕 1793年〜1795年
第四幕 1808年
(原作は小説なので事実とは年代も違っている)。

話の構成や演出は古くて退屈も感じた。前半は居眠りが多い。だがその伝統故の良さもある。重厚な歴史あるドラマを味わっている悦楽。商売としては嫁姑の見応えある攻防をこそ売りにすべきホン。そしてそれを身近に目撃し続けた妹・小陸が結婚に恐怖し生涯独身を貫く悲劇にも。
平体まひろさん目当てで観に行ったのだが流石の存在感。嫁姑の地獄を目の当たりにして自身の縁談に震え出すシーンは客席から笑いが起きた。

松竹が8月に大竹しのぶさんで『華岡青洲の妻』をやっていた。大竹しのぶ版母の於継も観たかったなと思ったら68歳にして妻の加恵役だった‼(青洲の母・於継役は波乃久里子さん)。

映画版は増村保造監督で市川雷蔵主演、若尾文子VS高峰秀子‼これも観なくては。ここに高峰秀子をキャスティングしてくるセンスが素晴らしい。絶対に悪女ではなく善なるイメージの女優がやらないとこの作品は駄目。往年の倍賞千恵子とかが演ると客は興奮する。

映画版では加恵が於継に対し憧れを超えた同性愛的なものさえ感じさせたらしい。青洲の取り合いではなく、深遠なる女の性を描ければこの作品はもっと別の意味を持つ。
デンジャラス・ドア

デンジャラス・ドア

劇団アンパサンド

ザ・スズナリ(東京都)

2025/10/23 (木) ~ 2025/10/29 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2023年4月に「爍綽(しゃくしゃく)と」(=女優・佐久間麻由さんの企画ソロユニット)の第一回公演として脚本・演出したものをセルフカバー。TOKYO MXにて全3話のドラマとしても放送されている。安藤奎さんが初監督。

永遠の主人公・西出結さんは過酷な職場の新入社員。仕事もまだ覚えられず戦力にはなっていない。常に運が悪く日常の細々な事でもタイミングが合わない。悪い星の下に生まれてきた。
優しい先輩の永井若葉さんは沢山話し掛けてくれるのだが結構面倒臭い。ロッカーにお菓子を大量所持している。社会人の娘と暮らしている。
安藤奎さんも優しい。図書館で本を借りている。
安藤輪子(わこ)さんは「資本主義」に対して思うところがある。カレーはある店でしか食べられないがそこが閉店してしまった。
西田麻耶さんは部長のビリヤードのような指図に苛ついている。間接的に人を使わず直接本人に言えよ。
藤谷理子さんはスピリチュアルか宗教にハマっていて「人生は魂を磨く修行の場だ」と念じながら苦行のように働いている。ミスが多い。

リーダー格だった「ミツザキさん」が辞めてから職場の苛酷さが増した。皆満足に食事休憩も取れず長引く残業で帰れない。
西出結さんはオフィスの片開きのスライド式ドアが開けると間を置いて勝手に閉まる事が気になってしょうがない。そもそもそういう設計のものではない。一体どういう仕組なのか?

とにかく会話が面白い。細かいワードのセンスが冴えている。各々のキャラがかなり細かく設定されており、それが観客に丁寧に共有されていく。その為、会話の流れが脱線する様も観客の予測通りで皆ニヤニヤしながら眺めることとなる。ああこの人、絶対話の流れを堰き止めるよなあ、とか。この人、やたらと面倒臭い拘りがあるよなあ、とか。逆に全く予想もつかない方角に会話がすっ飛んでいく痛快さも。

ネタバレBOX

観客誰もが一番気になるのはドアの仕組み。人力だろうがタイミング合わせるの大変だろうな。

ドアが意思を持ったかのように通る人を襲い始め、挟まれた永井若葉さんの左手が千切れる。ここの美術が好きじゃない。コント仕立ての感じ。メチャクチャリアルで観客をドン引きさせてこその永井若葉さんの「大丈夫だから」が活きる場面。このどっちつかずの絵がイマイチでそこからはボンヤリしてしまう。(観客に不快感を与えたくない気持ちは分かる)。藤谷理子さんの右手の親指が千切れ、西田麻耶さんは頭を割られる。安藤奎さんが首チョンパ。

小道具仕込みの時間稼ぎとして突如始まるK-POPのような(?)ダンス・シーン。安藤輪子さんのやたらキビキビとしたダンス、藤谷理子さんのattitudeな顔付きが印象的。

藤谷理子さんのブツブツ呟く「日々の誓い」の内容ももっと捻って欲しかった。(「日月神示」っぽいのが理想)。

不条理残虐スプラッターの世界。それを超越して安藤輪子さんと西出結さんは自分自身を取り戻す。ずっと己を抑圧してきたものの正体を知りそれからの解放を掴み取る。資本主義の、長縄の呪いから自由に。人間の再生と云うテーマが対位法として構築されるような奴こそが自分は観たかった。(ギャグとして)。だが観客大受けだったのでこれはこれで正解なのだろう。
蛍の光、窓のイージス

蛍の光、窓のイージス

劇団文化座

あうるすぽっと(東京都)

2025/10/17 (金) ~ 2025/10/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

流石の畑澤聖悟氏、高校教師だっただけに職員室モノは圧倒的リアリティー。(定年になったと聞いたが今も?)。

2019年3月1日、秋田県の私立高校卒業式の朝。卒業生代表の答辞を読む季山采加(あやか)さんの原稿が問題になっている。担任の髙橋美沙さん、学年主任の津田二朗氏の困惑。6年後に高校から300mの距離に位置する陸上自衛隊新屋演習場にイージス・アショアの配備が決定。これはレーダーによる探知で弾道ミサイルを迎撃する防衛システム。北朝鮮からの弾道ミサイル発射が大いなる懸念となっており、政府はアメリカからの購入を決めた。季山采加さんの答辞はそれに不安を抱く内容。髙橋美沙さんはこういう発言が左翼系メディアの格好の餌となり、無用なトラブルに巻き込まれることを危惧。無駄に大人の政治的対立に巻き込まれても碌な事はない。何とか書き直させて無難な内容で終わらせたい。学校の経営を握る理事長がタカ派の与党政権の支持陣営であることも。

秋田の英雄、栗田定之丞(くりださだのじょう)の存在が作品の背景を支える。古来より飛砂(ひさ)害に苦しんできた海沿いの住民。栗田定之丞は独自の植林法・塞向法(さいこうほう)を考案し全長120kmに及ぶ黒松の海岸砂防林を築き上げた。

髙橋美沙さんは東ちづるの宝塚風で華がある。
田中義剛風秋田弁丸出しの教師、白幡大介氏がムードメーカー。峰竜太っぽくもある。
軍事オタクの演劇部顧問、桑原泰氏。
隠れてデモ活動を個人で行なっている早苗翔太郎氏。
長年の勤務で教師の中にも教え子が沢山いる教頭の米山実氏がキーマンに。

政治と教育と国家の進む道、いろんなテーマを巧く組み込んだ脚本。答辞の内容一つで大騒ぎする大人達を戯画化する視点。感心した。後期岡本喜八っぽくもある。

ネタバレBOX

『仰げば尊し』といえば遠藤ミチロウな訳で、ザ・スターリン解散LIVEが印象深い。

書き換えた答辞の代読を頼まれた演劇部の神﨑七重さんが大人達の思惑をひっくり返し、季山采加さんに「戦え!」とエールを送る。この辺りから話はぐーんと盛り上がる。

クライマックス、髙橋美沙さんが意見を翻す。季山采加さんには傷付く権利がある、と。大人の視点から良かれと思っていろいろ考えていたが、彼女には間違える権利、戦う権利、自分の意志を通す権利がある。それは若者の特権だ。人生は問題集の解答の丸暗記ではない。正解のない問題を抱えて生きていくことだ。
キュクロプス ─貧民街の怪物(東京公演)

キュクロプス ─貧民街の怪物(東京公演)

清流劇場

駅前劇場(東京都)

2025/10/23 (木) ~ 2025/10/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「タマコさ〜ん、私生きてます〜」
川が決壊して氾濫、河川敷のバラックだけが孤島のように浮かび上がる暴風の中、橋の上に逃がした荷物の見張り番をし続ける80代の老婆。
「タマコさ〜ん、私生きてます〜」と30分毎に橋の上から大声で伝達しなくてはならない。報酬として300円。多分貨幣価値は今の十倍だろうから3000円か。身寄りがなく誰の目にも映らない浮浪者オシズを演じた曽木亜古弥さんがMVP。

ステージ中央に廻り舞台、回転する盆を人力で動かす。ぐるぐるぐるぐる台風で飛ばされかかる危機的なバラックを表現。ぐるぐる回りながらどうにか家を守らねば。SEのせいで台詞がよく聴き取れないのが残念。マイクの音が混ざる。全編この調子か···、と危惧したがオープニングだけだった。

1961年(昭和36年)7月、兵庫県尼崎市武庫川(むこがわ)河川敷、国道武庫大橋の袂にバラックが建つ。屋根に火の玉のようにも見える一つ目のマーク。(現実には集落に1200人程が暮らしていた)。
1895年(明治28年)から川の氾濫を防ぐ為の大規模な工事が始まり、集められた労働者達は河川敷に作られた飯場に寝泊まりした。危険で過酷な作業の為、朝鮮人の割合が多かった。仕方なくそこで暮らし続けた者達が邪魔になれば不法占拠の名のもとに追い払う。
町の住民から「一つ目」と呼ばれて差別されている集落に対し7月28日、国は強制代執行を行なう。半日で解体除去、全ては何もなかったかのように。それは1964年の東京オリンピックに向けた美観整備でもあった。

BC5世紀に古代ギリシアのエウリピデスが書いた戯曲『キュクロプス』。BC8世紀にホメーロスが成立させたとされる叙事詩『オデュッセイア』の第9歌を元に作られている。英雄オデュッセウス一行が乗った船がキュクロプス島に流れ着く。そこは一つ目巨人族の島で洞窟に囚われた一行は次々と食べられてしまう。オデュッセウスはキュクロプスを酒で酔わせ、一つ目を潰して脱出する。名前を聞かれたオデュッセウスは「ウーティス(誰でもない)だ」と嘘を教える。仲間達に「誰にやられたのか?」と聞かれ「誰でもないんだ、誰でもないんだ」と答えて皆が呆れる笑い話に。
今作はこの話の舞台を昭和36年の武庫川バラック強制代執行に翻案。正義の英雄オデュッセウスが愚かな未開の蛮族を成敗する逸話は果たして真実だったのか?そもそも正義とは本当に正しいのか?

開演前に主宰の田中孝弥氏のビフォアトーク。これが秀逸。田中孝弥氏はガタイのいい古坂大魔王。話が面白い。

クズ鉄屋の親方(アンディ岸本氏)とその妻タマコ(日永貴子さん)。キツイ仕事ばかり押し付けられるタマコの弟(大対源氏)と妻の山本香織さん。親方の妹(八田麻住さん)と旦那の辻登志夫氏。皆家族だと信頼し合っては不安に苛まれ、いつか離れることを考えては日々の生活に追われていた。

一つ目の一家は漁師町の着物を古代ローマの軍装風アレンジで着こなす。
代執行の役人達は制服的な青を混じえた服を着る。

アンディ岸本氏はスキンヘッドの川津祐介。愛用タンバリンでの怒りながらの陽気なムーヴが最高。「俺は河川敷の王子様」と歌う。美声。
八田麻住さんは岸本加世子っぽい。左目の充血と常用する杖が気になる。
辻登志夫氏は芸達者で酒飲みの見事な屑キャラ。アコギで歌う「ならず者」が良かった。香港功夫映画でお馴染みの火星(マース)っぽい。
代執行責任者の髙口真吾氏はフット後藤っぽい。
下手でピアノの生演奏、仙波宏文氏。曲が良い。

凄く面白かった。桟敷童子でこのネタをやったらどうなるのか、気になる。差別される側とする側を早着替えで同じ役者がこなす妙味。

ネタバレBOX

名前を聞かれた代執行責任者は「乃場出英雄(のばでひでお)」と名乗る。NOBODY HEROだと。
自分達を抹殺した者など誰もいない。そもそも自分達は存在などしていなかったからだ。塗り潰された黒歴史。俺達の痛みや苦しみ、怒りや悲しみ、ささやかな笑顔でさえ全部かき消されてしまった。
正義にも法律にも俺は屈しない。お前が拠り所にしているモノにいつかお前は食い殺される。

絵として目を潰される象徴的なシーンが欲しかった。血塗れの自分の手に戦慄する代執行責任者の顔が。
明日を落としても

明日を落としても

兵庫県立芸術文化センター

EX THEATER ROPPONGI(東京都)

2025/10/22 (水) ~ 2025/10/27 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

捩れた時間軸。この作家の武器は語り口にある。話が時空を超えてすっ飛んでいく刹那の快感。遣り口が小説っぽい。あれ?これ、いつの話なのか?と頭の中でガチャガチャ構成を手繰り寄せる。ばら撒かれたフラグメントを脳内で整える。BUCK-TICKに『VICTIMS OF LOVE』という曲があって再録BEST版では歌詞の順番がバラバラにされている。当時、櫻井敦司は「歌詞を書いたカードをばら撒いて拾い集めたような構成」と語っていた。それでも伝わるものは伝わる不思議。話の関係性を読み取る脳の認識機能。関連する物事を推理し少しずつ組み立てていく。

阪神・淡路大震災、1995年1月17日5時46分52秒にマグニチュード7.3の地震が発生。死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名。2011年3月11日に起きた東日本大震災は死因の9割以上が津波による溺死であったが、こちらは建造物の倒壊による窒息、圧死が殆どであった。
震災から10年、復興のシンボルとして建てられた兵庫県立芸術文化センター。開館20周年記念作はピンク地底人3号氏の書き下ろし。
作家は演出の栗山民也氏との相性がいいのでは。互いに足りない部分を補うような関係性。

舞台は新神戸駅近くの桐野旅館、2025年現在の様子と1994年から1995年に掛けての日々が交互に描かれる。旅館を継いだ社長に尾上寛之氏。妻の田畑智子さんは女将として取り仕切る。産まれたばかりの赤ん坊、遥。先代からの番頭格、春海四方氏。
主人公である佐藤隆太氏はやる気のない従業員、社長の弟である。かつて定時制高校に通っていた時代、ボクシングに情熱を燃やしたがそれも靭帯を切って呆気なく終わった。追憶の残り火のように吊るされたままのサンドバッグ。
物語は田畑智子さんの学生時代の級友(富田靖子さん)が息子(牧島輝氏)のバイト採用のお願いに来たことから動き出す。息子は喧嘩っ早いヤンキーで礼儀知らず、定時制高校にも禄に行ってない。職に就いてもすぐに喧嘩でクビになる。社長はこのどうしようもなさが弟そっくりだと思った。3ヶ月の見習い期間中、教育係として佐藤隆太氏が面倒を見ることに。

MVPは牧島輝(ひかる)氏。リアルなイキったヤンキーキャラを自然に演じている。富田靖子さんを背後から軽々と持ち上げたり人形のように横抱きにするシーンは場内バカ受け。
佐藤隆太氏がヤンキーをスポーツで更生させる流れは『ROOKIES』っぽいのでは。(観ていないが)。ボクシングに嵌まっていく流れが興奮する。

佐藤隆太氏は昨年の『GOOD -善き人-』の自然に段々とナチスに取り込まれていく大学教授役が素晴らしかった。普通の人間の尺度を持っているので観客も心を寄せ易い。

酒向芳(さこうよし)氏は映画『検察側の罪人』に大抜擢され、怪演で狂い咲き注目を浴びた。蜷川幸雄似。今作でも妙に意味有りげな存在感。

30年前の震災の傷が全く癒えないままの主人公。同じ所をぐるぐるぐるぐるループしている感覚。歳だけ取るが見える景色は何も変わりゃしない。そのリアルさといつまでも繰り返す悔恨。もしあの時ああだったら。もしあの時こうだったら。全てが自分の選択でどうにかなったものだとの誤解。そんな力は個人にはないよ。受け止め切れない現実と時間を掛けて折り合いを付けるしかない。とにかく時間は掛かるだろう。けれどきっとその時は訪れる。きっと訪れる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

旅館のモデルとなったのは「料亭旅館 ほてるISAGO神戸」。売りが同じく神戸ビーフロースト・握り・ステーキ・しゃぶしゃぶのフルコース。

56歳の富田靖子さんと44歳の田畑智子さんが幼馴染、45歳の佐藤隆太氏が恋愛対象として好意を抱く。それを成立させる富田靖子さんの美貌。まだまだ可愛い。

川島海荷さんが赤ん坊だった自分を抱いていた女性が誰だったのか気になり、震災当時にそれを見た酒向芳氏に写真を見せて尋ねる。この話は佐藤隆太氏も父親も亡くなった母親について詳しく教えてくれなかったことを示す為のエピソードなのだが、誤解を招きやすい。川島海荷さんの母親が別にいるのではないかとミスリードさせる。(全くそんな話ではない)。

佐藤隆太氏が富田靖子さんに恋する展開も道理が欲しい。ただ顔が好みなだけだと話として浅い。(以前から見知っていて気になっていた、とか)。

自分に出来ることは人に体験を伝えることだけ、と知った佐藤隆太氏は川島海荷さんに語り出すラスト。死んでいった奴等と生き続けた奴等。どうせいずれ死者の世界に帰るのならば、せめてそれまで生者の世界にバトンを託そう。
焼肉ドラゴン

焼肉ドラゴン

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2025/10/07 (火) ~ 2025/10/27 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕90分休憩15分第二幕75分。

チェーホフの『三人姉妹』をだぶらせる人が多いと思う。立ち昇る諦念は『ワーニャ伯父さん』や『桜の園』にも。人生を蹂躙される不合理を運命だ宿命だと無理矢理受け入れ生きていかざるを得ない。無力なんだ、人間は。でもそれだって気持ち次第だろう。気持ちの持ちようで何とか生きていける。それはどんな気持ちなのか?一体どんな?

飛行機が近くを飛ぶ度に轟音と振動、桜の花が音を立てて散ってゆく。ピンクの雨がスラムのトタン屋根を染め上げる。少年はそれが好きで好きで堪らなかった。明るかった少年は日本人ばかりの私立中学校に入れられ差別と虐めで失語症を患う。登校拒否で日がな屋根の上に登り自分の世界に浸った。こんな町は大嫌いだ!こんな連中は大嫌いだ!自分の出自を呪うように汚らしいゴミの町を睨みつける。そんな町を一瞬にして桜吹雪が塗り替えてくれる。

1969年春、大阪国際空港に近い伊丹市中村地区、国有地を不法占拠して暮らす在日韓国人の集落。太平洋戦争で左腕を失くした隻腕の男、金龍吉〈キム・ヨンギル〉(イ・ヨンソク氏)の営む「焼肉ドラゴン」。妻(コ・スヒさん)、右足の悪い長女(智順〈ちすん〉さん)、次女(村川絵梨さん)、クラブで働く三女(チョン・スヨンさん)、中学生の長男(北野秀気氏)。
常連客の太った陽気な櫻井章喜(あきよし)氏、アコーディオン奏者の朴勝哲(パク・シュンチョル)氏、韓国太鼓(チャング)奏者の崔在哲(チェ・ジェチョル)氏。櫻井章喜氏の親戚であるキム・ムンシク氏が時折顔を出す。彼はリヤカーにドラム缶二つ載せて5km離れた豊中まで豚の餌としてうどんの茹で汁を貰い受ける仕事をしている。
次女の婚約者、千葉哲也氏、大学出だが仕事が続かず遊んでばかりいる。
三女の働くクラブ支配人、石原由宇氏。かっぽれが持ちネタで多才な男。歌手を夢見る三女は彼に夢中。
砂利をトラックで運搬して羽振りのいい韓国人、パク・スヨン氏は舞の海似。

1970年に大阪万博が開催される為、都市開発の名のもとに朝鮮部落の解体が強制執行、1971年までの物語。

お父さん=アボジ、パパ=アッパ。
お母さん=オモニ、ママ=オンマ。

「これが私の宿命なのか···。」といつも嘆いているコ・スヒさん。
「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる。」と自分に言い聞かせるように呟くイ・ヨンソク氏。
「帰るところはない。日本で生きていくしかないんや。」

キャスティングが神懸かっている。当て書きとしか思えない。この中で暴れ回る千葉哲也氏は日本代表の貫禄。
必見。

ネタバレBOX

開演20分前から舞台上で宴会が始まっている。チョン・スヨンさんが日本の歌を熱唱。巧い!集落に一つしかない共同水道で智順さんが食器を、松永玲子さん扮する婆さん(何と彼女は三役!)がホルモンを洗う。松永玲子さんは聴こえて来る歌に合わせてノリノリに踊る。

休憩時間にはロビーにて朴勝哲(パク・シュンチョル)氏と崔在哲(チェ・ジェチョル)氏の演奏会。帽子に括りつけられた白く長い紐をぐるぐる回転させながらチャングを叩く妙技。拍手喝采。

演劇をチェサ(韓国の亡くなった先祖を祭る儀式、全ての子孫が命日に集まり用意した御馳走で冥福を祈る)に準えた作者の鄭義信(チョン・ウィシン)氏。まるで目の前に死者がいるかのようにもてなしていく祭祀。無数の無縁仏、無数の流離う人々に贈る一夜だけのチェサ。観客はチェサに集う親族であり、チェサに祀られる無縁仏でもある。(パンフレットの内田洋一氏の文章は必読)。

今回は自分の体調面に問題があって、完全に作品を味わえたとは言えず。12月の凱旋公演のチケットを買った。
鄭義信氏「今回(12月)の中劇場公演をもって『焼肉ドラゴン』はラストステージとなります。」
観ざるを得ないだろう。

※ラストシーンは吉田拓郎の『唇をかみしめて』みたいな気分。

理屈で愛など手にできるもんならば
この身を賭けても 全てを捨てても
幸せになってやる
人が泣くんよね 人が泣くんよね
選ぶも選ばれんも 風に任したんよ
ロンリー・アイランド

ロンリー・アイランド

ティーファクトリー

ザ・スズナリ(東京都)

2025/10/10 (金) ~ 2025/10/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

冒頭、前説かと思いきや月船さららさんの挨拶からスタート。劇中劇の前説シーン。トライアウト(試験興行)として上演後に観客を交えたディスカッションを行なうと。

ところは新宿歌舞伎町のバー、マスターで劇作・演出家の田中壮太郎氏がいる。トライアウトが終わり、打ち上げを兼ねた意見交流会。加藤虎ノ介氏は役者を辞めたいと相談。月船さららさんは日系アメリカ人の鈴木裕樹氏の演技が大仰なので本公演では代えてくれと言う。それを聞いた鈴木裕樹氏はエキサイト、差別ではないか?と。近くのガールズバーで働く水野花梨さんが顔を出す。「東日本大震災の年に生まれたから絆と名付けられました。この名前は嫌いなのでキズって呼んで下さい。」田中壮太郎氏の古くからの友人、沢田冬樹氏が訪れる。反社らしい。舞台のテーマである「今現在の日本人と戦争」についてのディスカッション。突然そこに轟音と振動、爆発。北朝鮮からのミサイルが着弾したらしい。パニック。

白地に墨筆の斜線が幾筋も入った背景。セットの椅子やカウンター、テーブルにもそれに合わせた斜線が。戦場のシーンになると背面の幕がステージ全体に掛けられ裏地になる。赤地に黒の斜線。カウンターやテーブル、椅子の凹凸で戦地の地形を表現。

加藤虎ノ介氏は桑マン似。
月船さららさんは漫画顔。『この世界の片隅に』の義姉、黒村径子や時代劇漫画に出て来る女キャラのよう。独特な目。特に今作は表情が多彩。
新宿周辺に今夜も棲息する業界ゴロ、沢田冬樹氏。宇崎竜童や成田裕介監督とかミッキー・カーチスみたいな風貌。じゃあ飲み屋はburaか。
水野花梨さんは巨乳で可愛い。『abc♢赤坂ビーンズクラブ』からの振り幅。
鈴木裕樹氏は目が薬物中毒者。

ネタバレBOX

昨年『ヘルマン』を吉祥寺シアターで観て、余り好意的には受け止めず。金と時間を持て余している老人相手のステータス舞台。(老人客は今更何を学ぶ気もないのでステータスにしか関心がないという偏見)。こういうのも必要だろうけれど自分には関係ないなと思った。今回、月船さららさん出演ということでチケット購入。また難解な詩的演劇かと思いきや全く違って攻めに出てる。観客に伝えようとしている。(分かる人にだけ分かればいい、的な偉そうな態度がない)。前半はかなり面白かった。これこそmétroで演るべき舞台だと。だが演劇人が戦場に出てからが幼稚。安易に志願し安易に戦場で無力さに打ちのめされる。そこから先は天願大介氏に任せるべきだった。

新宿に北朝鮮のミサイルが着弾。混乱の中、南から中国が北からロシアが攻めて来る。北朝鮮は誤射とのことだが裏で中国がやらせたらしい。全ては計画通り。安保条約からアメリカが介入、自衛隊と民兵が入り乱れ日本国内は地上戦に。沢田冬樹氏は志願者を民兵として戦場に送る手配師に。水野花梨さんは頭が悪く貧乏に育ったので戦地に適応していく。月船さららさんは野村秋介的な男の娘。賢く恵まれて育ったので戦場では使い物にならない。

加藤虎ノ介氏の父は町中華の店主。アル中で手が震える為、彼の作るチャーハンは「アル中チャーハン」と呼ばれた。

北の地震、南の台風で戦争が継続困難に。停戦という名の分割統治。加藤虎ノ介氏は発狂して拳銃自殺。沢田冬樹氏は裏切り見捨てた水野花梨さんに復讐され絞殺される。残った田中壮太郎氏と月船さららさんに鈴木裕樹氏は演劇をやろうという。今こそが演劇をやるにふさわしい時。ずっと続いてきた人間の歴史とは光と闇の繰り返し。こんな気持ちこそがずっと皆が抱いてきた本物の人類の歴史。永劫回帰。無限の繰り返しの中で生きている。

まあ戦場に話が移ってからかなり話は散漫。いやこれ戯曲内の話だったってことにしてくれよ。これで戦争と日本人を語らせるのは無茶だ。ぬるい日本人と戦争論を聴かされても···。

ロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』が素晴らしかったのは追い詰められた人間は食うことしか頭にない様の描写。思想も哲学も余裕からしか生まれない。戦争とは余裕の全くない状態。如何に物を考えないか。キューブリックの『フルメタル・ジャケット』みたいにやれたなら。戦争は知性の放棄なので知識人には戦争を止められない。止めるとすれば知性とは全く関係のないものだ。

『フルメタル・ジャケット』は第一部でベトナム戦争に送られる新兵の教育が描かれる。徹底的な人間性の破壊、精神的肉体的に極限まで虐め抜き、何も感じない軍隊の機械にしていく。鬼教官役の退役軍人R・リー・アーメイはテクニカルアドバイザーとしての参加だったが、演技指導として行なった罵倒が凄すぎて実際に演じて貰うことに。そして第二部、ベトナムに送られた普通の青年は普通に殺人を犯す。映画の2時間の間で観客も戦争に参加し、何も感じず人を殺したような気分に。凄くリアルな感覚。誰もが仕事として人を殺せるようになるシステム。
セイムタイム, ネクストイヤー

セイムタイム, ネクストイヤー

劇団しゃれこうべ

スタジオしゃれこうべ(東京都)

2025/10/11 (土) ~ 2025/10/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

戯曲の出来が素晴らしい。これは傑作。一夜限りの情事が余りにも良過ぎた為、毎年一夜だけ不倫する事を決めた家庭持ち男女の25年間の物語。思いっ切り下ネタとリアルな男性の思考回路からスタートする為、登場人物に信頼が置ける。SEXの相性がいいというのは理由として通る。笑いのセンスはウディ・アレン。時代をリンクさせる手法は後の作品、『フォレスト・ガンプ』へと続いていく。(この戯曲は1975年、『フォレスト・ガンプ』の原作は1985年)。

時代は1951年、アメリカ東海岸ニュージャージー州の会計士ジョージ(木田博喜氏)27歳。丁度合衆国中央に位置するオクラホマ州の主婦ドリス(和泉美春さん)24歳。この二人がたまたまアメリカ西海岸カリフォルニア州のレストランで出逢う。家から遠く離れジョージの泊まる海辺のコテージで一夜限りの情事に耽ける。毎年同じ時期に顧客の監査業務の為この地を訪れるジョージ。そのコテージの老管理人チャーマーズとして安田美忍さんが登場。前説、暗転時の場面転換などかなりの作業量を一人で見事にこなす。二人芝居でネタは続くのか?と思いきや、ありとあらゆるアイディア満載。血を見ただけで失神してしまうジョージのキャラが効いている。年と共に二人の生き方が変わっていく様をファッションやメイクで表現。年毎にちゃんと演じ分けてみせるのが面白い。

朝食の出来が良く、食品サンプルかと思う程綺麗。和泉美春さんが本当に食べていた。回る天井扇。木田博喜氏は本当にピアノを弾いていたとしたらかなり巧い。

二人の会話の中にしか出て来ない妻や夫や子供のエピソード。会ったこともないのに段々と親しい友人のように思えてくる二人。

ネタバレBOX

ドリスの夫が「軍隊時代が一番楽しかった。」と戦友と語り合うのが聴こえてしまい、ドリスが傷付くエピソード。「だって5年の兵役中、4年日本軍の捕虜になっていたのよ。」私との生活はそれ以下か···。

1951年、出逢い。1956年、喧嘩。1961年、EDと破水。1965年、ヒッピー・ムーブメント。1970年、夫婦仲。1975年、告白。

自分的には1970年で終えた方がO・ヘンリーみたいで綺麗だと思うが、1975年のエピローグがあった方が物語の強度は高まるのだろう。

JACROWに日本版を作って欲しい。秘書から自民党の総理へと駆け上がる男と野党(共産党系)の女議員とが年一回だけの不倫関係を密かに続ける。戦後政界史自民党史にもなりうる。
ハハキのアミュレット

ハハキのアミュレット

(公財)可児市文化芸術振興財団

吉祥寺シアター(東京都)

2025/10/09 (木) ~ 2025/10/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

和歌山県の過疎化した町、大正時代創業の由緒ある棕櫚箒(しゅろほうき)工房、倉西商店。働くのは四代目の南果歩さんと弟子入りして一年目の橋爪未萠里さん。町興しの一環として神社の奉納返礼品、荒神箒(こうじんぼうき)を卸している。神主(福本伸一氏)は観光客を呼び込もうと子宝祈願の御利益を大々的にアピール中。地元のホテル経営者で町会長(?)の緒方晋氏。その娘の東宮(とうみや)綾音さん。南果歩さんの息子(田中亨氏)はIT企業の在宅勤務。そこに突然帰って来る南果歩さんの兄、平田満氏。高校を出て東京の大学に行ってから47年間で僅か三回しか帰郷しなかった男だ。

傑作2022年版『あつい胸さわぎ』の田中亨氏&橋爪未萠里さんコンビだけで嬉しくなる。

奏(かなで)=南果歩さん、穂香(ほのか)=橋爪未萠里さん、凛=東宮綾音さん。名前の響きが心地良い。

東宮綾音さんは松たか子と小川麻琴を足したような美人。長身スラリ。

福本伸一氏が会場の笑いをかっさらっていく。

横山拓也版『男はつらいよ』かと思わせて作家の狙いは別にあるようだ。人の心こそが故郷。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

荒神箒(こうじんぼうき)とは現在では小型の箒の総称。
棕櫚箒(しゅろほうき)は棕櫚の樹皮から繊維を取り出して作るもの。

ハハキ=「羽掃き」、音が変化して箒になった。
アミュレット=お守り。中世ヨーロッパでは三つ編みに魔除けの効果があるとされていた。

横山喜劇お馴染みの失恋賑やかしキャラ、福本伸一氏や東宮綾音さんに勘違い求婚するズレた田中亨氏。そういったネタを笑いで引っ張るいつもの作風ではなく、話はこれといってない。2時間10分、ある意味要らないシーンも多い。無駄を削ぎ落とすタイトな作風ではなく、無駄にこそ人々の心のうつろいが宿るとの視点。丹念に時間を塗り込んだ、ある懐かしい空間への郷愁を表現するかのような小津安二郎的世界。(風景が主人公で人はモブと言ったら『白貝』みたいだが)。今後横山拓也氏はこういう作品が増えそうな予感。
マクベスに告げよー森の女たちの名前を

マクベスに告げよー森の女たちの名前を

MyrtleArts

劇場MOMO(東京都)

2025/10/09 (木) ~ 2025/10/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

五月に趣向の『パンとバラで退屈を飾って、わたしが明日も生きることを耐える。』を観劇。アフタートークのゲストがくるみざわしん氏で非常に興味深い内容。今作の予告があったので絶対観ようと決めた。その時の直感は間違っていない。凄まじい作品。観逃したら後悔じゃ済まない。大手忍さんが凄すぎて途中からもう怖くなった。人は余りに怖ろしいものを目撃すると興奮が頂点を突き抜けて無感覚になり背中の方から冷えてくる。想像力の範疇を超えてきた演技。自分のキャパシティではとても受け止め切れない。昨年末の桟敷童子、『荒野に咲け』と地続きのキャラ。『荒野に咲け』に戦慄を受けた人は必見。

百年続く由緒ある精神病院、神滝病院。七年前、とある事件で病院を辞めた看護師(岩戸秀年氏)、復職する前夜、夢の中で探し物をしている。三枚の扉の向こう側から格子窓越しにそれを見ている三人の魔女(小林美江さん、三浦伸子〈しんこ〉さん、滝沢花野さん)。岩戸秀年氏が探していたのは学生時代に心に刻まれた一冊の本、「患者を尊敬しなさい。」と書かれている。次に迷い込んで来たのは院長(原口健太郎氏)。子供の頃に遊んでくれた三人の「分裂のお姉さん」を探している。拍子木がカンと音を立て緊迫感を煽る。「きれいはきたない、きたないはきれい。」

神滝病院六号病棟は他の病院が収容に困る患者を引き受ける社会の暗部。「死亡退院」として死なないと外には出られない。精神病院での患者虐待は知的障害者施設での虐待と同一で患者を人間とみなしていないことが根本にある。
そこに十代から百以上の精神病院を転々として来た三十代の患者、坂上(大手忍さん)が現れる。

『マクベス』の三人の魔女の台詞を上手く使って、この世の地獄を邁進する現代のマクベスを描写する。登場人物の誰のどの立場も人として充分理解出来る。いつだって現実と理想は相容れないものだろう。「逆さま逆さま」。

これ、映画化した方がいい。
必見。(全日程、前売りで完売だそうだ)。

ネタバレBOX

原口健太郎氏は田崎潤っぽくもある。大熱演。
事務長の川口龍氏は松井章奎、堀口恭司系の格闘家顔。
小林美江さんの葛藤。三浦伸子さんの重ねた経験。滝沢花野さんの人生経験の薄い正義感。
岩戸秀年氏の裁判では裁かれなかった自分の罪。自分を裁くのは自分自身だ。

大手忍さんのキャラは黒沢清の『CURE』の萩原聖人、『羊たちの沈黙』のレクター博士。診察をしている筈がいつのまにかされていく。病んでいるのは自分の方なのか?
「逆さま逆さま」
「ババンババンバンバン」
「ドリフ診察」
「この世は何もかも逆さまの逆さま」
パワーワード連発。

アンビバレンツ(両価性)=相反する感情を同時に抱くこと。実は人間は自分の感じていることの真逆の感情も無意識で同時に抱いている。その存在を無視し続けるとどんどん巨大化していつか抑えきれなくなり爆発する。誰もが持つものだが統御しきれなくなると精神病と見做される。岸田秀は精神分裂病は外的自己と内的自己の分裂だと説いた。外的自己(現実に適応する為に仕方なく妥協している社会的な自分)と内的自己(本当の自分自身だと認識している妄想の自分)が乖離し続けると壊れてしまうことが原因だと。その治療には「あるがまま」を受け入れること。

三月にやった名取事務所の『淵に沈む』と作品の主題は同じ。人間をモノとしてしか認識出来なくなった病人が、人間一人ひとりが人生というオリジナルの物語を背負った稀有な存在なのだと思い至る話。人間讃歌である。
埋められた子供

埋められた子供

劇団昴

Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)

2025/10/03 (金) ~ 2025/10/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

Pit昴公演の見ものと言えばやり過ぎ舞台美術と小道具、狂気すら感じる。今作では本物の土塊や砂がステージを覆っている。設定は普通の民家の居間なのに。登場する奴等は安いB級ホラー、スプラッター映画の馴染の連中。映画なら皆惨殺されるだろうが今作はそういうものではない。ヘロインでダウナー状態のデイヴィッド・リンチが朦朧として書き殴った覚書みたい。例えるならトビー・フーパーの撮ったエクスプロイテーション(低俗搾取)映画をタランティーノがプロデュースしてリメイク、監督にデイヴィッド・リンチを起用。『悪魔のいけにえ』のようなメジャーなものではなく、あえて『悪魔の沼』のような作品を選択するセンス。70年代ホラーの空気感とマジックリアリズムのハイブリッド。

深夜、土砂降りの大雨、長いドライブ。知り合ったばかりのヴィンスが6年振りに故郷に帰るのに付き合うあばずれのシェリー。寂れた田舎町、荒れ果てた農場、崩れ掛かった古い家。主演のシェリーには映画なら若い頃のジュリー・デルピーかロザンナ・アークエットでどうだろう。家に入るとそこに居る連中は誰一人孫であるヴィンスのことを覚えていない。どうにも噛み合わない会話。シェリーはその異様な雰囲気に帰りたくてたまらなくなる。老人に頼まれて酒を買いに行くヴィンス。シェリーは独り残される。悪い予感。

MVPはシェリーを演った髙橋慧さん。マルシア似。人参の皮を削ぐシーンが良い。
家の老主人ドッジ役金尾哲夫氏は津川雅彦みたいでカッコイイ。病気持ちで酒を止められている、
その妻、ハリー役、一柳(ひとつやなぎ)みるさんの声が冒頭二階からキンキン頭に響く。
ニューメキシコ州から実家に戻って来た長男ティルデンに佐藤洋杜氏。トウモロコシが本物なのかフェイクなのか判別つかず。
左脚が義足の次男、ブラッドリーに中西陽介氏。
ハリーと親密な関係の神父、ファーザー・デュイスに宮島岳史氏。
ドッジの孫でありティルデンの息子、ヴィンスに赤江隼平氏。藤井尚之似。

去年、名取事務所がやった『メイジー・ダガンの遺骸』に近い感触。現代のある意味ステレオタイプの家族像を過剰なまでに描き込み無意識の底をひたすらに掘り下げると集合的無意識に行き着く。誰もが何故か共有する感覚。辻褄の合わない正解の出ない物語にこそ普遍的な強度が宿るのだろう。妙な面白さに充ちていた。隠し持ったスキットルで一杯飲りたい気分。
是非観に行って頂きたい。『ツイン・ピークス』や『ロスト・ハイウェイ』好きにも。

ネタバレBOX

サム・シェパードって同姓同名かと思ったら、あのアメリカ俳優か。

※ずーっと凝視していて葉っぱが紙に糊付け?と思いつつも毎公演この量を作るのも流石に無理があるだろうと。あの量、全部作るのか···。参りました。

※ドッジとハリーの間に子供が3人。長男ティルデンは学生時代アメフトのスター、三男アンセルはバスケで名を成し、次男ブラッドリーは劣等感の塊。三男アンセルは軍隊に入った後、イタリア女と結婚するもハネムーン中にモーテルで殺された。次男ブラッドリーは事故で左脚を切断、義足生活に。長男ティルデンは母親ハリーとの間に子供を作ってしまう。家庭の平安を取り戻す為、ドッジが赤子を水に浸けて殺し、裏庭に葬る。ティルデンは家を出てニューメキシコ州で独り暮らすも酒で揉め事をやらかし逃げ帰って来る。精神を病んでいるのか、ある筈のない農園からトウモロコシや人参を掘り出して来る。病気で寝たきりのドッジ、家はハリーとブラッドリーが仕切っている。
孫を名乗るヴィンスはドッジに殺された赤子の成長した姿なのか。ドッジは財産一切を贈与する。

そもそも全てがドッジの妄想だったのか。ハリーからの愛を失い、存在しない赤子を殺したドッジ。存在しない赤子は成長して帰って来る。存在しない孫に家督を譲る。ハリーだけヴィンスに反応するのも不思議。ハリーの妄想の具現化なのか。

※アメリカを一家族に準えているのが評価されたのだろう。老いさらばえて病んだ第一世代は寝たきりで酒浸り。家庭に愛はなく信仰もまがい物。過去の栄光にばかり縋り未来なんて何処にも見えない。第二世代は心に傷を負って病んでいる。二つの世代は互いに疑心暗鬼。隠し続けてきた罪が明るみになる恐怖心。本当に自分の血が繋がっているのかさえ解らない第三世代が国を継ぐ。第二世代が掘り起こした赤子の白骨死体。やはり正当な血筋の者は死に絶えていた。
小さな王子さま/夏の夜の夢

小さな王子さま/夏の夜の夢

座・高円寺

座・高円寺1(東京都)

2025/08/30 (土) ~ 2025/10/11 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「夏の夜の夢」

これは傑作だと思う。この手の芝居でこんなに子供達に受けているのは余り観ない。岩崎う大氏の上演台本にも感心した。65分で「夏の夜の夢」で子供達にも楽しめる娯楽作として成立。演出のシライケイタ氏にも感服。テンポがいい。何役もこなす役者の着替えは上手下手でやっていて全て観客の見てる前。舞台美術・青山健一氏がまた凄い。巨大な発泡スチロールを不均等な多角形の球体として黄色基調の様々な色で塗りたくる。その月が空に昇っていく。月を多面体にしたセンスが図抜けている。色とりどりな段ボールの箱がカラフル。更に衣装・摩耶さん。電球を帽子や服に仕込んで光らせるアイディア。花や蝶や果物をイメージした妖精の衣装。鈴木光介氏作曲の歌もいい。ララランランランランララン。

跳ねないように工夫されたプラスチック?の小さなゴムボール。赤青黄緑紫が1000個程ステージに撒き散らされる。このアイディアが抜群で役者が歩き回るたんびにザザザザザとそこら中に転がりステージ外へ落ちたりする。時には怒りの表現として拾ってコミカルにぶつけ合う。

手話表現者・西脇将伍氏は生まれつき耳が全く聴こえないろう者。彼は妖精パックとして台詞を手話で伝える。その際、同時音声通訳として上手端や下手端でマイクを持った役者(武田知久氏、峰一作氏)が代わりに声を出す。無音の世界で生き生きと見事に踊る姿に驚く。何処でタイミングを合わせているのか。

西脇将伍氏はさかなクンっぽい。
峰一作氏は深沢邦之っぽい。
滝本圭氏は佐野史郎っぽい。
坂本夏帆さん、木ノ下藤吉氏、武田知久氏、何役も見事にこなす。
山﨑薫さんはヘレナを眼鏡で猫背で劣等感丸出しの喪女として表出。その自嘲気味な話し方など子供達に大受け。分かり易さで笑いを取る。その後、別の役は別のアプローチで演じ分け、その意図が子供達にも伝わっているのは流石。空気で笑いを掴む勘の良さ。

かなりの完成度。来年もやるだろうから観た方がいい。

ネタバレBOX

ラストの西脇将伍氏が独り手話で観客に語り掛けるシーンは印象的。
風のやむとき

風のやむとき

演劇集団円

吉祥寺シアター(東京都)

2025/09/27 (土) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

昭和50年(1975年)、演劇集団円を設立するも持病の肺結核の悪化で入院中の芥川比呂志55歳。病室には見舞い客と劇団関係者、夢の中では亡くなった者達が訪れる。病床で『夜叉ヶ池』の演出方法をひたすらに追い求める執念。それを甲斐甲斐しく支える妻。

主演・芥川比呂志役、石井英明氏がカッコイイ。久米宏と三田村邦彦を足したような。
その妻に高橋理恵子さん。MVP。この作品の文鎮。
弟で作曲家の芥川也寸志に瑞木健太郎氏。寺山修司っぽい。
語り手である孫娘に大谷優衣さん。綺麗。
亡くなった弟に和田慶史朗氏。
劇団制作担当に近松孝丞氏。
仲谷昇役に中田翔真氏。

35歳で自殺した芥川龍之介、まだ7歳だった芥川比呂志。子供達に宛てた遺書には「若しこの人生の戦ひに破れし時には汝等の父の如く自殺せよ。」と。若くしてとんでもない十字架を背負わされてしまった。

ネタバレBOX

芥川比呂志が最後に演出した泉鏡花の『夜叉ヶ池』。昭和53年(1978年)7月5日〜28日ABC会館ホール、昭和54年(1979年)3月1日〜6日サンシャイン劇場。昭和56年(1981年)61歳にて逝去。

劇中劇である『夜叉ヶ池』がどうにも面白くなさそう。実際の公演に準じたのだろうが、観たいとは思わなかった。劇中の芥川比呂志の台詞、「それを本気で信じていなければ本物にはならないんだ!」。とても役者達が竜神だの眷属だのを信じているようには見えなかった。何か安っぽい。

内藤裕子さんの『カタブイ、1995』は凄まじい作品だった。だが今作は焦点がずれていると思う。「演劇集団円の創立50周年記念作、創立者芥川比呂志の称揚」というお題に雁字搦め。芥川比呂志に何の思い入れもない観客からしたら「芥川龍之介の息子が演劇やってたんだな」くらいのもの。しかも亡くなって44年、皆知っていて当然の感覚はずれている。岸田今日子にしたって今は判らない人の方が多いだろう。知らない連中にその凄さを知らしめるホンでないと意味がない。知ってる連中だけ相手に商売していくには無理がある。リアルタイムでなく後追いで知ったものだって充分人を興奮させられる。重要なのはその伝え方。

やはり芥川龍之介の存在こそが重要な呪縛であり蜘蛛の巣状に張り巡らされた彼の作品内で藻掻き続ける子供達。比呂志は弟達とジャングル探検隊を組織してそこからどうにか逃れようと舟を漕ぐ。襲ってくるのは戦争、弟が命を落とす。それでも先に進まなければならない。心破れたら死あるのみ。何処までも何処までも漕ぎ続けこの川を先に進まねばならない。その先に夜叉ヶ池が見えたのか?
ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス

ドント・ルック・バック・イン・マイ・ボイス

公益財団法人三鷹市スポーツと文化財団

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2025/10/03 (金) ~ 2025/10/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

予算をふんだんに使い、やりたいことをのびのびとやった開放感すら感じる気持ちのいい作品。劇団の総決算のような笑いの渦。厳選された小劇場オールスターズのコンマ単位のボケ、客席は笑いと拍手で最後まで揺れ続ける。偏執狂的な笑いの組み込み方、アドリブも多いのだろう。役者が笑いをこらえる場面が幾度もあった。

西出結さん主演は大きい。アンパサンドの絶対的エースである彼女の持つバランス感覚。いつも困った顔をしている彼女は笑いとシリアスを同時に成立させる稀有なキャラ。やらされている感がなく本当そのまんまの人なんだろうと思わせる。物語に観客が気持ちを乗せやすい。存在自体がそのまま天性のツッコミのよう。

土本燈子さんの使い方で演出家のセンスに差が出る。今作は素晴らしい。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

1968年(昭和43年)、『ぼーっとぼう子』のパイロット・フィルムの製作。集められた声優陣は事務所に言われて仕方なく来た若手俳優が多かった。まだ黎明期、アニメに声を当てるなんて役者の仕事とはとても言えない。主役のぼう子に抜擢されたのはまだ舞台にも立ったことがない研究生、西出結さん。相棒のサエモンにベテラン声優の高畑遊(あそぶ)さん。プライドの高い女優、土本燈子さん。東野良平氏、てっぺい右利き氏、近藤強氏、事務所の代表・加藤美佐江さん。
プロデューサーにひたすらボケ続ける立川がじら氏、演出家に江原パジャマ氏。

かなり出来のいいアニメはドラゴン(四柳智惟)氏制作。サウスパーク調の『ドラえもん』。

近藤強氏は篠原信一みたいな強面だが無駄に長い説教が始まると奈落と共に落ちていく仕掛け。

大ヒットして長寿アニメとしてずっと続いていく『ぼーっとぼう子』。皆、歳をとり一人また一人と声優が代替わりしていく。

劇団4ドル50セント×東京にこにこちゃんコラボ公演『となりの奪言ちゃん』が自分的には消化不良だったので今回は大満足。(ラスト辺りに不満はあるが)。

一番好きだったネタ。加藤美佐江さんがマイクでアフレコしようとするも低いマイクは他の人が使う為近藤強氏用の背の高いマイクでやらざるを得ない。上半身を反り後ろ手に上を向いて必死に当てる。「リアム・ギャラガーじゃないんだから!」

クライマックスに流れる「Don't Look Back In Anger」、終演後には「Champagne Supernova」。
脈〜MYAKU〜

脈〜MYAKU〜

劇団フィータル

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2025/10/03 (金) ~ 2025/10/03 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

奇妙な葬式から開幕。アングラ仏教の式典。母親が事故死して独り取り残された中学生の息子(浦嶋建太氏)。親族は誰も手を差し伸べない。独り施設送り。

時は経ち、新人新聞記者になった主人公。小さな町、海まち市の地方新聞社・海洋新聞。同棲している恋人(小峰千采〈ちうね〉さん)は大学院生でネットで書いた詩が評判を呼んで出版された。彼女を見付けた出版社の渡邉理衣さん。中学の廃部寸前の演劇部では空木彩(うつぎさい)さんがその詩を演劇化して演出、部員は栗原菜瑠さん、片瀬尋さん、香取八重子さん。臨時顧問代理として滝本美成(みな)さん。
主人公の取材先の菊農家と花屋の夫婦(梅﨑信一氏、小川友子さん)。

時折、挿し込まれる奇妙なコンテンポラリーダンスや擬音の行進が印象的。呼吸。奇妙なセンス。テイストがホラーなんだよな。無機質な集団の群舞が作家の武器だと思う。

前説の(ジェシカ)さんが秀逸。忘れないようにボールペンで両腕にメモを書き込んでおり、更には脚にまで。

ネタバレBOX

(ジェシカ)さんの描く世界は病んでいる。トラウマによるPTSDに悩まされどうしてもそこを断ち切れない。「あの時のあの人の悪意が今も自分の身体に脈づいている」。その感触が身体中の血管を巡り侵食し汚していく。だが悪い記憶が自分を苦しめるのならば、同様に良い記憶が自分を救けてくれる筈。演劇部の顧問教師に性暴力を振るわれた中3の少女はもっと楽しいこと優しいこと元気になれることに自身を向ける。若き新聞記者は社の意向で、ある候補の当選に貢献。当選した新市長は劇場を建設する為に縁ある菊農家のビニールハウスを埋め立てる。絶望して亡くなった菊農家の老主人。記者は仏壇に焼香を上げに来て、遺された妻に謝罪する。「何にも出来なかった。一体自分のやってることに何の意味があるのか?」妻は以前彼が書いた記事が家に飾られている様子を見せる。「人を喜ばせることだって出来るのよ。」人の為にだってなれる。実はこの世の全ての力は相反する方向性を併せ持つ。人に光を射すことに半分、闇に突き落とすことにも同じく半分。その加害性に絶望もするが人を苦しめるばかりではない、もう半分で人を救えもする。

物語のキーとして、恋人の詩が重要なのだが使わないのは勿体ない。主人公の記者を詠んだ詩に感銘を受けて、中学校の演劇部で公演。その舞台を観てかつての自分自身に励まされる記者。亡くなった母親の記憶が絡むべきだろう。

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