そのとき橋には誰もいなかった
オーストラ・マコンドー
アサヒ・アートスクエア(東京都)
2010/11/06 (土) ~ 2010/11/14 (日)公演終了
満足度★★★
美しい
人の美しさ。人の呼吸の美しさ、が堪能できる。
カトウシンスケはいい俳優だと改めてみつけ直す。
松崎みゆきは予想を超えて成長していた。北京蝶々・私自身の演出・犬と串...作風が変わるといつもちがった姿を見せてくれて楽しいが、ただ変わるという以上の進化をみた。
この二人のだす、意識を研ぎすましてないとノイズとかたづけてしまいそうな微かな仕草と声が、中心にある男と女の物語に深みを与えている。
物語の中心にいない役柄の演者が空間においては中心にいて全ての演者がある意味では主役と言える位置取りをする。それは群像劇というような作劇法の問題ではなく、演出家の社会観の問題な気がする。ものすごく深い世界が構築されていた。
20年目の正直
双数姉妹
赤坂RED/THEATER(東京都)
2010/11/07 (日) ~ 2010/11/13 (土)公演終了
満足度★★★★
倦怠の美しさ
心の中なんてわからない。けれど身体にあらわれでるいろいろな指標がぼんやりと中に何があるかをしめしてくれて、その指標をみることなしにただ心の中を妄想することは意味がないのだな。そんなことをぼーっと考えていられた。
一人の人の現実の一時間をみつめていてもみえてこないことをどうみえるかたちにするか。とても成功していたと思う。
水の中のプール
第七劇場
学習院女子大学 やわらぎホール(東京都)
2010/11/06 (土) ~ 2010/11/07 (日)公演終了
満足度★★★★
白の静かな恐ろしさ
美しかった。とても。
ただ、人が一人もいなかった。というか人の気配が舞台上になかった。静かに鳴海康平の頭の中を堪能する展覧会。何を観察し何を読解し何を外に提示したいのか、とてもよくわかる。それがいいことなのか悪いことなのか、いま考えている。しかしとても楽しんだ。
わが町
SPAC・静岡県舞台芸術センター
静岡芸術劇場(静岡県)
2010/10/30 (土) ~ 2010/11/13 (土)公演終了
満足度★
演出家はどこに?
楽しめるところはあった。しかしそれは牧山祐大と三島景太の俳優としての能力だろうし。仕掛けや舞台美術や衣裳や照明やとあまりにいろいろなものの噛み合いが悪すぎる。べつべつにばらばらにつくっていてまとまることを知らなすぎる。俳優も多くの人が交流ということを全く意識していないのかただ一人でそこにいる。一人でそこにいられることは舞台にたつことの基本かもしれないがその一人が別の一人と何か呼応した時にみえてくるものが生身の身体でしかつくれない藝術なのではないかと思うのだが。
その意味で一人でいることについての安定をみせてくれた、牧山と三島が印象に残ったのだろう。とくに3幕、車椅子をおす舞台監督牧山とただ座る三島の二人の表情と何の情感もないかにみえる静かな語りとが圧巻である。
KUZUNOHA
学習院女子大学 舞台芸術部
学習院女子大学 やわらぎホール(東京都)
2010/10/30 (土) ~ 2010/10/31 (日)公演終了
満足度★★★
ぶれないこと
身体とか思い切りとか。何かこういう段取りこういう仕掛けというったものを提示するのが演出ではなくて、それを最もぶれのない形に実現する算段をたてるのが演出というもののはず。
彼女たちのさらによい姿がたくさん想像できたので、いい公演だったが不満も大きかった。もっと楽しいはずの人々が舞台芸術部にはそろってるのではないかと思う。
こういう公演をみると職業演劇人とは何だろうとつねに考えてしまう。
口笛を吹けば嵐
ピーチャム・カンパニー
イワト劇場(東京都)
2010/10/14 (木) ~ 2010/10/20 (水)公演終了
満足度★★★★
群像劇は難しいのです。
もっと上のある作品だと思う。
でもいまでも十分に楽しめる。
つくりものとなまのいい融合。
この劇団のこれからで、もっと上を必ずみせてくれると信じられる作品だった。
堂下 勝気のカーテンコールでの立ち姿が何よりも美しかった。それはただ立っていることの美しさというよりそこまでの150分の細かい感情のゆれうごきがその姿を美しくみろと命じているようなそんな美しさ。
ところで、そもそも150分超というのは「長い」のか? 別に尺1時間あればおもしろい作品にしたてることはできると思う。それと150分が長いというのは別の話。それぞれの作品には適切な時間があると思う。先に上演時間を告げられることが当然というのは何かおかしい気がする。それは事前にあらすじが告げられる演劇もあればどんなすじだか演じられてはじめて明らかになっていく演劇もある。同様の話。この作品は先に時間を教えられるよりもいまが全編中のどのあたりということをみながら観客が個々に想像した方がおもしろい気がした。なので休憩も事前の告知もない方がよいと思った。
Electronic Marx/エレクトロニック・マルクス
カノコト
HIGURE 17/15 cas(東京都)
2010/10/07 (木) ~ 2010/10/09 (土)公演終了
演劇ではない
駅から会場に向かう。会場で席につく。(開演。) はじまった上演の後ろ、舞台奥の街路をみる。制作の人も台詞を喋る。また奥の街路をみる。ねこがかわいい。道ゆく人がおもしろい。(終演。)会場の2階に行く。会場から駅に向かう。それがおもしろかったことの全て。しかし貴重な体験だった。
箱入り彼女博覧会
NICE STALKER
ギャラリーLE DECO(東京都)
2010/09/29 (水) ~ 2010/10/03 (日)公演終了
満足度★★★★★
とにかくおもしろい。
一人一人をほんと丁寧に見つめてるんだなとつくづく感心。舞台美術のどこにお金をかけてどこにはお金をかけていないかにも感心。つまり、この作品のこだわりに感動した。そして何より女の子中心の作品で一人一人の女の子がそれぞれの持ち味を活かしたかわいさを最大限に発揮しているのがすごいと思う。
手作り工房錫村第13弾公演「ムチムチ」
手作り工房錫村
タイニイアリス(東京都)
2010/09/22 (水) ~ 2010/09/26 (日)公演終了
満足度★★★
砂砂砂
良くも悪くも砂につきる芝居だった。量は偉大である。台詞回しも同様に量は偉大といいたいくらい執拗に人が何かを売り込むさまが繰り返される。その質は高いのだが、今回は砂の偉大さに少しだけ人の偉大さが負けていた気がする。しかしこのこだわりと執拗さは全ての演劇人が真似しなきゃいけないことだと思った。
女中たち
劇団 風蝕異人街
ギャラリーLE DECO(東京都)
2010/08/28 (土) ~ 2010/08/29 (日)公演終了
満足度★★★★
演じるの、演劇
Genetの「Les Bonnes」とこしばさんと私にはちょっとした縁がある。
...2006年の利賀演出家コンクール。私は自分の翻訳・演出で自団体で出品したのと同時に、ドラマトゥルクとしてもう一団体の作品にも参加していた。どちらも同じ「女中たち」。そこに審査員として参加していたのがこしばさんとの出会いだった。
なのでそのこしばさんが自演出の女中たちをやると知って、期待は高まる。
その期待に応えてくれる刺激的な作品だった。2 versionsあることになっているが、これは2 versions別作品として観るべきではなくてまとめて一つの原作者への応答になっていると思う。なのでまだ未見の方は是非とも両方観てほしい。
時間の制約の中におしこめられて、破壊的な速度になった台詞が、微妙なルール変更を施しただけで、同じ台詞のはずなのに違って聴こえてくる。だから結末が違った絵になることが必然にみえる。
そして演じること=戯れることを主題とした作品において、どこまでが遊びであるかの二通りの線引きを両 versionsで提示して、そのことで、さらにどこまでが遊びであるかの無限の可能性へと観るものの妄想をかき立てる。二つ観たあとに、「いや、私だったらこの戯曲のこの段階までを演技と考えここからを演じ終わったもののリアルと考えるよ。」「いや私は...。」そんな議論が観客の間に誘発されたらおもしろいと思う。
4人の俳優のそれぞれに演技体の異なった居住まいが、演じるということについてさらに考える助けとなる。
アングラだ地方の劇団だと比較的マージナルに追いやるような肩書で紹介されるこの劇団、少なくともこの作品においては、演劇史のメインストリームとして、社会の中で「演じる」とはどういう行為なのかその考えを提示している。
ヴィジョン
ミームの心臓
神楽坂die pratze(ディ・プラッツ)(東京都)
2010/09/01 (水) ~ 2010/09/06 (月)公演終了
祭りのあとに期待。。。
観にいったかいはあった。
いろいろこれからなかんじだった。
しかしいろいろこれからやりつづけそうなかんじだった。
少なくとも現時点で持ってる武器は、作中の時間の管理かな。誰でも考えつきそうな、そこらの小劇場にいくつでも類似品のありそうなそんな物語。かといって演者の能力が傑出してるわけでもない、台詞回しのうまい台本でもない、美術も照明も音響も全く空間づくりに寄与してない...そんな悪いことづくめにもみえてしまうような、ある意味では平凡な企てが、各場面の絶妙なタイムキープで構成されていたと思う。どこまで自覚してるかわからんがこの演出家けっこうやるなと思った。
その歳で旗揚げしたんだと注目された今回から次回・次次回と着実に客の関心は遠のいていくと思う。その間にじわじわ力を蓄えて、離れていったお客さんを数年後に後悔させる。そんなしぶといこれからの活動を期待します。
渡り鳥の信号待ち
世田谷シルク
サンモールスタジオ(東京都)
2010/09/02 (木) ~ 2010/09/07 (火)公演終了
満足度★★
牛と乳と鳥
意図はいろいろわかるのだ。演出家はこういうことがやりたいんだろうなということは。そしてそれにはものすごく共感できる。
が...以下、おもいっきり違和感をかきます。そのあとでネタバレBoxの中ではよかったところを褒めます。誰かにけなされたからって観にいかないようなお客さんはたぶん行かなくていい。そんな尖ったことをやろうとしてる集団だと思うので。(コメントタイトルはネタバレBox内の分についてのタイトルです。)
...しかしあまりにも音響がずさんすぎる。空間は音をつくる。演者の声とかぶる楽曲を流すことを前提に、そして演者の声を掻き消すことが主眼ではないはずの演出で、なぜ演者と観客の間にスピーカをおくのだろうか?もちろんそこにおいてそれを感じさせないエフェクトを用意することはできるがそのような配慮はない。
それだけでなく音楽がこれだけ流れ続ける作品で、なおかつ、抽象美術というかほぼ空の小屋そのまんまであれば、音の響き方でいくらでも場面の差、空間の差をつくれる。それを全くしていない。
さらに音楽のかけ方としてあまりに調整がずさん。ライブで残響と各音域帯のバランスの調整までしろとは言わないが(ほんとはするべき演出プランに思えるが)コンクリートの壁かつ地下室という劇場の特性にあったEQをほどこしていないため、ダンスに対して拍がものすごくぼやけているし、会話の場面に戻っても中音域が無駄に響く。いい選曲をしていると思うし、終盤でかかっていたUnderworldの二つの楽曲のmixはこの作品のために施したremixならばとてもうまい編集だと思うが、それが空間に落ちていない。
その結果として、演者の声も含めた音の流れに緩急がない、リズムがない。ものすごく平板な一定の音圧を観客に与え続けるなら、観客の耳と肌はだんだん麻痺してきて終盤でどんなに大きな刺激を与えられようと感受しがたい。
演者の身体について。たぶん演出家が人間の身体の構造に詳しくない。軸をどうつくるのか、重心を落とす/浮くに関わる制御がものすごく甘い。なのでふだん小劇場の舞台で活躍する演者たちは無駄に腰が落ちているし、おそらく古典バレエをやっていたことのある演者は無駄に胸の位置が高いままで安定している。それがいい場面もあるが全体を通すと全員両方できるべき作品にみえる。みたい絵をみたいといってなげるのならば演出家ではなくて観客である。これだけ身体表現の多い作品なのに残念でしかたがない。
~花よりおはぎライブ~【劇場版:バナナ学園の暴走】 (ご来場まことにありがとうございました!!!)
バナナ学園純情乙女組
王子小劇場(東京都)
2010/03/22 (月) ~ 2010/03/22 (月)公演終了
まだまだいける、次に期待。
もっともっと完成度があがる。台詞がきこえなかろうが、歌声がきこえなかろうが、踊りがずさんだろうが、それでも迫ってくるものがある。その迫り方にもっともっと意識を注いでほしい。
まさかゲネで壁に穴あけたから身体が萎縮したなんてことないよね?
前園あかりさんがますます好きになった。機会があったら自分の作品に呼びたいと舞台をみるたびに、思いが募っていく。そしてここが彼女のホームグランドなんだと体感できる強さがあった。
性能のよい
COLLOL
王子小劇場(東京都)
2006/01/06 (金) ~ 2006/01/09 (月)公演終了