公演情報
「第一部『1961年:夜に昇る太陽』 第二部『1986年:メビウスの輪』 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』」の観てきた!クチコミ一覧
『第二部 1986年:メビウスの輪』をいわき公演初日に拝見。2018年に先行上演があった『第一部 1986年:夜に昇る太陽』は、一部キャストが変わった東京公演も拝見。『第三部 2011年:語られたがる言葉たち』は東京公演で観た後に、いわき公演も伺った。
『第二部』稽古場レポート:http://shinobutakano.com/2019/08/03/13036/
『第二部』感想:http://shinobutakano.com/2019/07/25/12932/
昨年の第一部で衝撃を受けた。今回3部作を見て、それぞれが違ったテイストで描かれており、単純に原発が誤りだとかではなく、忠実に起きたことを描いているところに感銘した。電気の恩恵に授かっている人たちに見てほしいと思った。いろいろ考えさせられる作品であった。
満足度★★★★★
(わ、観たい!)というより(観ておかなくてはいけないんじゃないか……)という強迫観念めいた何かに背を押されてチケットを確保した。
それぞれ独立した作品として鑑賞することも可能だけれど、この日は通し券のみの販売で、第一部と第二部、第二部と第三部の間は30分ずつしかない、
なので、別々の作品を続けて観るというよりひとつの長い物語として観ることになった。
題材の重さや丁重な取材が注目されていてるし、もちろんそれはこの作品にとって大きなウエイトを占めていると思うけれど、実際に拝見すると演劇としての面白さや完成度の高さもしっかりと備えていた。
キャストはそれぞれに見応えがあって、それだけでも1日座っている甲斐があった。
第一部は、そもそもの始まりについて、故郷を離れようとする若者とその家族を中心に据えて描く。東電、政治家、そしてそこで暮らす人々、それぞれの立場や思惑や夢。町の青年団で活動する次男が、桜を植え続けていつかこの町が桜の名所として賑わう、という夢を語る。見渡す限りの桜並木とそれを見に訪れる人々の姿を思い描き、すぐに実現するはずがないのはわかっている、「50年後でいい」という言葉にその胸が痛む。その50年後は2011年なのだ。
出て行く自分には何も言えない、という長男に向かって「覚えておけ、お前は反対しなかった」という祖父。観る側が50年後に事故が起こることを知っているからこそ響く台詞だろう。町の発展と託した新しい事業の始まりは、希望の中にすでに不穏な空気をはらんでいた。
第二部では、第一部で桜を植えることについて話していた若者が年を経て、町長になりチェルノブイリの事故を受けて日本の原発の安全性を主張するまでの物語だ。
原発反対派だった彼が容認派として町長になり「日本の原発は安全です!」と繰り返すブラックな政治コメディ風の展開を、死んだ飼い犬の優しい目線を通して描くことで主人公の悲しみや葛藤にフォーカスをあてた。一方で、彼を翻弄するメフィストフェレス的な人物の造形が印象的だった。もちろんあの曲も劇中で使われていた。
第三部では、報道の立場から震災と原発事故への向き合い方を問う物語で、大きな災害を一人ひとりの物語として再構築することで、まだ終わってない、という認識を新たにさせられた。
冒頭で震災を表現するシーンにインパクトがあって、そんなはずはないと思いつつ劇場が揺れているように感じられた。
現実とのつながりが、物語で描かれるそれぞれの痛みや希望に切実さを加えた。
三部作を通して、原発事故にまつわる膨大な出来事を、ひとつの家族の50年に集約して1本の物語として立ち上げていた。第三部で登場した一人ひとり誰を中心にしても長い物語が紡げるかもしれない。
多くの方に方々に現在も影響を与え続けている原発事故について、どうやって語るべきか、という問いの答えのひとつがここにあった。
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/28 (水)
DULL-COLORED POP 福島3部作の第1部『1961年:夜に昇る太陽』(2時間)
28日の福島三部作通し上演で拝見。
さすがにジャストでないものの、ほぼ同世代の人間なためか、三部作のうち、本作に一番親近感を覚えた。
満足度★★★★
ダルカラ自体さほど観ていないが谷賢一氏の演出らしさというのはあり、自分の中では成否がある。前回アゴラで演った福島三部作第一部の時は、演劇特有の「喧騒」が耳についた。戯曲の方は「癖」が無く(無色のイメージ)、それは堅実な作である証と考えているが、シアターイーストで観た今度の第二部も同じ印象ながら、喧騒のエリアから出て後方席から俯瞰で眺めると、舞台としても堅実な作品である。
原発立地自治体の首長となった元反原発運動家の「変節」を描いた悲喜劇。古典劇のような明快な主題がある。チェルノブイリ事故の1986年の設定をどう使うかも関心だったが、史上初の苛烈事故を受け、町民から説明を求められた彼がどう答えるかが焦点。「今回の事故を受けて我が自治体の原発にもヒューマンエラーの余地がないか点検し、備えていく所存」と真っ当な姿勢を語るのか、東電や政府当局がやってきた通り「日本の原発は安全です」と答えるのか・・。
日程に苦慮し、公演終盤で第二部観劇に漕ぎつけたが、第三部は当てにしていた千秋楽当日券狙いが「セット券のみです」との回答に敢えなく沈没。
だが、第二部『メビウスの輪』が投げかけるものは、霞が関に巣食う無謬性の原則(何とアホな原則)なる最も巨大で動かしがたい日本の中枢のモンダイのくすぐりに過ぎないとも言える訳で、考える素材としては腹一杯の感がある。時間を経て是非再演にお目にかかりたい。
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/28 (水)
DULL-COLORED POP 福島3部作の第3部『2011年:語られたがる言葉たち』(2時間)
28日の福島三部作通し上演で拝見。
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/28 (水)
DULL-COLORED POP 福島3部作の第2部『1986年:メビウスの輪』(2時間)
28日の福島三部作通し上演で拝見。
満足度★★★★★
2部を観劇させていただき、その後、3部、1部の順でチケット入手しました。
とても良かったです。
私自身、福島へは災害ボランティアで何度も行っており、その際に原発に関わった人の原発に対する現地の声を聞く機会がありました。建設反対運動をしてた人、建設工事関係者、東電社員、元町議会議員…様々な言葉を思い出しました。
満足度★★★★★
第三部。また「えーーーっ!」と言う演出がと思って覚悟と期待で行きましたが、今までとは全然違っていました。ラジオ体操くらい?残念ながら一緒にはできませんでしたが(笑)。
良かったです。忘れてはいけない、考え続けなくてはいけない福島がそこにありました。
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/16 (金)
第三部『2011年:語られたがる言葉たち』観劇。第二部を観て自分の好みではないけど気になって当日券で観劇。メビウスの輪とはまた違った味が。でもやはり同じ(笑。冒頭のあの音響には参った。スゴイ。そして震えた。「劇」だわぁ。
満足度★★★★★
三部作一気に1日で拝見しました!とにかく素晴らしい作品で、時間の長さ(約2時間×3本)は気にならず、夢中でした。最後は涙、涙、涙でした。
どの部もそれぞれの良さが有り、作品の良さを感じました。谷さんの熱さが伝わって来ました。
満足度★★★★
ダルカラ初観劇。第二部「1986年:メビウスの輪』を観て来ました。
丁寧な取材と調査の上で組み立てられていて、パンフレットもアフタートークも含めて面白かったです。そして物語は悲劇的でない。
印象に残っているのは谷さんに「もう東京では風化している原発事故の話」と言われて、そんな風に感じているのかと。自分はそうではないし、少なくとも作品を観ようとしている人はそうでもないと思うけど。第一部と第三部も観たい。
満足度★★★★
かなり昔の話だが、柏崎の原発の見学に行ったことがある。一番感じたことはこの町は原発で成り立っているという事。そして、それを失うことは町が停止しかねないという事。危険なのは十分わかっていても、その必要性はあまりにも大きく・・・このストーリーの中で語られた部分に改めて、どうにも出来ない現実を感じた。可能性より切実な現実。言葉をすり替えて生きることになってしまった町長。その苦しみの大きさとやがて来る悲劇。福島出身者としてはあまりにも痛みを感じる内容でした。出演者の演技も素晴らしかった。しかし、残念乍ら、この舞台の上に土の匂いは感じられなかった。聞き慣れた方言がいくつか出てきたが、なじんでいないことに違和感を感じてしまった。