福島三部作 第一部「1961年:夜に昇る太陽」 公演情報 福島三部作 第一部「1961年:夜に昇る太陽」」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
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  • 満足度★★★★

    ダルカラの再々始動公演、福島三部作の第一弾公演でしたが、流石に見事な演劇に仕上げてきましたね。ちゃんと観てもらうためにあえてこういった手法で演出されるのは、素晴らしいと思いました。難しい題材を難しいまま届けて観る者の能力に依存させるより、演劇の力で観客を一歩引き込んで、実際の内容を見せる方が遥かに大事なお話しなので、見事でした。

  • 満足度★★★★

    三部作の第一部で、双葉町が原発を誘致した数日間を描く。
    今後、大河的な広がりを予見させる。なので、登場人物たちをもっとじっくり描いてほしかった。

    小さなトゲのような疑問を残したまま、誘致へ動く様を描く上手さ。

    重苦しい作品になるかと思っていたが、子どものシーンにぶっ飛んだ。そして笑った。

  • 満足度★★★★

    やっと、観劇。なんだろう。観ていて、どこか、もやもやした悲しさのような、もどかしさのような、「未来はこうなってしまった」と声にならない声で心の中で何度も呟いてしまった。
    あの時代の人々からしたら観劇している私は未来の人間なのか。





    「故郷が無くなる」という言葉が今作で出てきた。
    青年が都会で生きていきたいと決心して、家族へ伝える事に関して。
    そして、この言葉は50年後、もっと、大きな意味を持って、「現実」の言葉となってしまった。反芻すれば、するほどぞくっとする谷 賢一さんのホン。


    家で、フライヤー整理して「ああ、成る程。」あの場面、好きだなと感じたんだった。
    「未来」を語る忠の台詞が蘇る。「何もない」自分たちの故郷を、明るい未来の故郷にしようと
    小さな、でも、夢をもって語っていた場面。
    桜の花は咲いたのだろうか。
    咲いたとしても、桜並木の下を歩くことがもう、出来ない。
    だれもが、未来を見ていたはず。


    私でさえ、生まれる前の時代の話。1961年。
    あの時、それぞれ自分の信じる正義を掲げて、「前」に進もうとしていた。
    結果としての、福島を誰も想像すらしてない。
    誰しもが、想像できないと思う。
    誰だって、もっと、より良い未来を生きたいと思うから。


    劇中のパワーバランスがとても、明確だった。
    「家族」という社会のバランスや
    「権力」という世界のバランス、「企業」や、「政治」、「国家」といった
    それぞれの点と、点のつながりの中でのパワーバランスが
    いやらしいほど、明確に伝わる。


    「昔」の話と括れず、

    劇中の様々な台詞が『1961年』と『2011年』そして、『2018年』を結びつけるような、それぞれに通じる台詞のように語られる。



    印象に残った台詞で「国は福島を助けない」という言葉。

    1961年においても、2018年においても、この台詞は重い。



    起こった「悪」の事柄に、だれが責任を持つのだろうか。
    昔も、今も、大きな組織であればあるほど、逃げるような気がした。


    「悲しみ」は勿論感じる。
    でも、その「悲しみ」は部外者である私にはリアルでは無い。
    では、何故、もやもやと沸き起こるものがあるのか。


    「怒り」のような、でも、その「怒り」に対して
    何も行動しない自分の「諦め」にもやもやするのだろうか。
    私は知っている。
    2011年3月11日を。
    でも、私は「福島」に対して、何もしてない。
    そして、「福島」を知らない。
    この公演は「福島」を知るために、必要なものなんだと感じ始めてる。


    「知る」ために、必要なんだと。

  • 満足度★★★★

    当日券5枚目で観劇。観られて本当にラッキー。
    まだ咀嚼出来てない部分は多いけれど、自分が生まれる少し昔に福島であった事実(fact)を知れただけで収穫。知らなければ考えられない(本編の母親同様)。これは、第二部、第三部まで見届けなければならぬ。
    たぶん、私の考えや立場は長男の孝に一番近い。東京に出て自分の為に行動してる。極論、東京に居るからこれを観劇できてる。
    でも、地元が好きで周囲の人との付き合いが大切な次男の忠や、孝の恋人の美弥の話も、説明・説得する大人の論も間違ってない。挑戦なく発展は無い。
    何が正しいかはみんな違って当然だ。
    それでも、「反対しなかった」結果で、2011年の福島/日本があるし、2018年の福島/日本がある。その事実が、じんわりと重い。
    正直、社会には疎い。演劇ほどにはアンテナは張れない。でも、気にしなきゃね。

  • 満足度★★★★

    意表を突かれた内容だった。数年前アフタートークか何かで谷氏が福島取材について話していたが漸くお目見え、しかも三部作に結実する第一弾とあって期待全開、否、怖々覗き見た。
    第一話は高度経済成長期の日本の地方と東京の構図が軸になっている。その二つを結ぶ鉄道の車中が、当時流行った歌謡曲(失念)がゆったり流れる中ムーヴで示され、一人去り二人去って残ったのが、物理学専攻の東大学生(主人公)、そして男女のカップル。行先は共に主人公の実家福島の双葉町とあって意気投合。芝居の主たる舞台はその双葉町、「日本のチベット」福島県の浜通りである。3年後の東京五輪もまだ遠い(情報伝達状況も当時は違う?)、だが未来は仄かに明るく、貧しくとも活力溢れ、戸外には子どもの世界が広がっていた時代、古き昭和の戦後の人びと(特に地方の)の意識・風俗がいささか戯画的にこれでもかと描写される。そ田舎へ、原発立地の話がやってくる。
    「流れ」に抗うのが如何に厳しかったか、今振り返れば嘘であった「安全神話」を如何にして言い含められたか。そこにどんな「ドラマ」があったか。既に知られている歴史を辿る話ではある。だがそれだけに誘致の話がまとまった時、複雑な思いで見守る主人公(孫)に祖父が念を押すように三度言う「おまえは反対しなかった」、最後には泣きが入り、確信犯的に「現在」の目が重ねられる。それが反則にならず演劇的場面として成立した時、この話を始めた発端の事実(原発事故)が迫ってくる。

    ネタバレBOX

    オラこんな村ァいやだ、東京サ出るだ、でも意中の人(相思相愛)は一緒に東京に行かないという。家を、故郷を離れられない。福島県双葉町(合併して町になったばかりの実質県下最貧の村)、東電社員の男女がミッションを負ってやって来る。意気投合するかに見える主人公の学生との話とは科学の未来について。人間の想像した事は必ず実現してきたのだ・・。学問に恋愛に、未来に熱い情熱を注ぐ青年像、全国の溶鉱炉にまだ火が赤々と入っていた時代のいささかデフォルメされた青年像ではあるが、これを「科学信仰に浮かれていた人間」と見る事も可能な「現在」がある。ただし芝居のトーンはどこまでも快活。
    双葉町では山高帽をかぶってリュックを背負った怪しげな男が出没するという噂、芝居には人形として登場する子供らの間で持ち切りとなり、悪者退治(赤銅鈴之助)、もしくは正体暴露(少年探偵団)の対象となる。この賑やかしい子ども達が、息子(主人公の弟)をいじめたと見て怒り、張り倒しブン投げる母(百花)の姿や、主人公の「彼女」に選ばれたぽっちゃり系女子とのシーンなど、楽しい作りのシーンが展開して飽きさせない。基本福島弁で進んでいくシーンの延長に、いつしか迎えている後半のシリアスな場面がじっくりと見せる。「謎の男」、実は県の公務員で地質を調査していた調査官(東谷)と、東電社員の二人(古屋・大内)、そして主人公の家と懇意である地元議員(大原)が集まり、主人公の祖父(塚越)をまず説得する長い場面が「福島三部作」第1部の核。「当事者」たる彼ら一人一人がどう立ち回った事で原発誘致に至ったか、も重要だが、それ以上に抗い逃れがたい構図にはめ込まれている事実が見えて来る事が重要。長丁場の息詰まる対話には原発誘致を正当化するための論理が凝縮されてドラマチックでさえある。演劇的と言っても良いだろうか。ドラマの登場人物として積極的にたち振る舞うのは誘致賛成側の者たちだ。祖父が所有する買い手のない山林に破格の買値が提示され、笑うしかない実家の者たち。この落差を埋めるべく丁寧に説明を始める東電社員。「それだけの価値があるんです!」原発は安全か否か
    に話の焦点が移ると、東電の男は切り札を切った。広島出身の自分は原爆で兄を亡くし、きのこ雲をこの目で見た。安全でないものならこの私が真っ先に反対する。。素朴な質問に今度は女社員が腹の底から笑いながら言う「原爆と原発は全く別物です(以下双方の原理説明)」。「(原発の安全性を主張できるのは)被爆国の国民である私たちだけなんです」。社会党系の活動に参加している次男坊は言葉にならない苛立ちを漸く言葉にして言う、「被爆国だからこそ原子力の危険性を訴えていくのが筋でねえか」。だが守勢に回るしかない反対派は自らのドラマを立ち上がらせる事はできない。「原子力って本当に安全なのかしら」とやっと口にした母も及び腰。筋書の決まった物語にまんまと乗ってしまう祖父。
    祖父が唯一、意見を訊いたのが長男である主人公だったが、しかし彼は実家に訣別(家を継がない意思)を伝えに帰って来ていた。出稼ぎの父代わりである祖父にその最終結論を伝えるため、彼はその質問に「俺には関係ない事だから」と答えるしかなかった。再び野原での「彼女」との場面。青年も彼女も自分の意思を変えず別れとなる。そして彼女が言う、「偉くならんといかんよ」故郷も私も捨てていくんなら。。激励を胸に、大望を抱いて汽車に乗り込む主人公の後ろ姿で物語は終え、次回予告の字幕で締められた。今回は「先行上演」、ならば続く2部、3部はどんな上演形態に?話はどこに着地するのか?大体の所いつ観られるのか?
    いやいや焦らず待つ事にしよう。
  • 満足度★★★★★

    ダルカラはセシウムベリー ~からの付き合いなので、何となく原子力の話の成分が多い気も...? 中盤のドールパートは、恐らく硬くて真面目過ぎる演出を嫌っての ゆとりの部分という感じ?あまりカチカチの真面目芝居でないところを目指しておられる気がしました。それにしてもシリアスなのは、現在の福島。あまり変わり映えしないまま、歴史になって風化するのもちょっと...福島に7年住んでましたので、状況はよくわかるところもあります。続編にも期待です。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/07/25 (水) 14:00

    価格3,700円

    1961年、原子力発電所建設のための用地買収交渉を受ける家族の物語。
    クライマックスとなる交渉場面はその後の震災による事故を知っている身としては「ダメだダメだ、そっちに行っちゃダメだ!」とやきもきするし東電側が悪役のような気もするが、当時は誰しも「新エネルギーによる明るい未来」を信じており事故の可能性など全く考えていなかったのだろうと思うと複雑な気分に囚われる。
    また、余所者に対すして警戒する小学生たちや大学卒業後に帰るのではなく東京で暮らす決意をする若者など、昭和真っ只中の人々も描かれてタイムトリップ感覚を味わったりも。
    あと、交渉場面で子供役の人形を操っている井上さんの表情が、いかにもそういう場に居合わせた子供のそれなことに感嘆。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/08/02 (木) 19:00

    何回観ても思うこと。感想が直ぐに出てこない。それだけインパクトを受けているのだろう。しっかり笑って、しっかり泣いて、凄く考えさせる作品。今回心に引っかかった台詞は「ジュール・ヴェヌルは言っている。人が想像出来ることは、人は必ず実現出来る」そうだから原発は安全だと思った。でも、臨界点を超えた後の事は、人の想像を越えてしまったんだ。実際にあったパンドラの箱。

  • 満足度★★★

    鑑賞日2018/08/01 (水) 19:00

     3部作の第1作で、福島第1原発を誘致する村の物語。3部作を全て観てみないと何とも言えないのだが、こんなにエンターテインメントによった作りにするとは思わなかった。それでも、シリアスな部分もしっかりと作り、来年の2部・3部への期待を持たせてくれる。
     本筋とは違うが、1961年の東京の描写には違和感がある。

  • 満足度★★★★★

    重たい話をエンタテインメント性満載で貫いたのは素晴らしかったです。

    ネタバレBOX

    東電、県庁、双葉町役場が、地主でオピニオンリーダーの男から原発用地買収の確約を取り付けた、まさに福島原発がスタートした1961年の話。

    広島で原爆を経験した先生風の東電の男はいくつぐらいなのでしょうか。2011年当時は生きていたのでしょうか。気になります。東北地方は地震が少ないなんて、どこから来た認識だったのでしょう。反対運動は無かったのかと気になりましたが、金と他の候補地をちらつかせる手法は巧みでした。

    東大を出たら東京で就職しようと考えている地主の孫に当たる長男が、原子力分野の会社にでも入って今後とも主人公的存在になるのかなと思っていたら、次回作は地元に残った次男を中心に、そして三作目は、新聞記者になった三男を中心に話が進むそうです。人形劇で、三男を操作していた人だけが他の役を兼任していなかったという印象は、そういうことだったのかと得心しました。

    重たい三部作かと覚悟を決めて見始めましたが、まさかの大声演劇、子供を人形で表現した人形劇はめちゃくちゃ楽しく、エンタテインメント性満載で素晴らしかったです。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/07/31 (火) 19:00

    1961年。福島に原発誘致を決めた年。「お前は反対しねかったなからな」この言葉は凄く考えてた。今の日本にも通じる言葉だから。でも、凄く楽しくて、泣かせて、考えさせる舞台だった。観なきゃ損だけど、予約は完売。だけど当日券は必ずでるそうなので、是非チャレンジしてみて下さい。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/07/26 (木) 19:00

    1961年。福島に原発誘致が決まった年。「お前は反対しねかったからな」この言葉は今の社会にも通じる言葉。ものすごい深い言葉。すっごく考えさせるけど、笑わせて、泣かせて、凄く楽しかった。凄い人気で予約は出来ないけど、当日券はチャレンジする価値ありです。スタッフもとても親切でしたよ。

  • 満足度★★★★

    ■約120分■
    こんなにもドタドタとしてにぎやかな劇に仕上がるとは…。とはいえ、福島が原発を受け入れるまでの顛末が当時の視点でドラマティックに描かれていて、苦い思いに駆られながらも見入ってしまった。

  • 満足度★★★★

    やりきっていて観ていてとても気持ち良かった。良くも悪くも人は土地にこびりつくように生きてるんだなと実感。
    語りづらいことを真っ正面からとらえた心意気もステキ。
    好みの問題だけど、ちょっとバーバルな情報が過多な印象。面白いノンフィクションを読んだような楽しさはありつつ、驚きという要素はあまりなかった。取材に引き摺られた,,,,?
    個人的には一番罪深いのは風評だと感じてるので続編でそこをどう扱うのか期待。
    とにかく演劇の楽しさを存分に味わえた一本でした。

  • 満足度★★★★

    120分。

    ネタバレBOX

    福島県双葉町が原発誘致を決定する1961年の数日の、地元の顔役・穂積家や町長、県職員、東京電力職員らを描く。

    戦後復興の波に乗れず、ただただ貧困な東北・福島で育ち、東京大学で物理を学び、東京で働き日本のために生きたいとする長男・孝(内田倭史)を中心に、人と人との想いが描かれる。
    家族や地元への愛情という軸と、低い地域経済性といったヒトモノカネの欠乏という軸に、発展という夢がぶっこまれる。その夢はきっと地域の活性化につながったし、多くの人がその利益を享受し続けたが、原発誘致決定から50年後、その夢が悪夢となったワケだけど。
    東電社員の佐伯(古屋隆太)らが穂積家へ集まり穂積正(塚越健一)に土地の買収を迫ったあの夜。原発反対にはならなかったのは、とても自然かなと思う。「広島出身」の佐伯のセリフが映写されたのは、多分ファクトな部分だからだと思うけど、それ抜きでも皆が皆、夢(想像)を膨らませていたからかなと。悪い方でなくて良い方に。じゃないと生きていくのがツラすぎるから。
    ちなみに、終盤で佐伯が東電の黒幕(えらい人)と話している中で、「反対する人間は札束で叩け」的なセリフがあったけど、あれは創作かなと思った。根拠はないが。よくわからずにいうのもアレだけど、結局原発誘致(原発推進)は利己的な性質なものなのか、一部の人間の損得なモノだったのか。上にも書いたけど、あんまりそんな気がしていないので。

    色々笑えるトコも多くて、小道具とか衣装とか照明とか、コロコロ変わるトコが多くて、ここらへんも楽しめた。
    孝が田舎から出て東京へ行くというシーンの、正や母・豊(百花亜希)のセリフが身に応えた。

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