治天ノ君 公演情報 治天ノ君」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.9
21-32件 / 32件中
  • 満足度★★★★★

    期待を超えて
    毎回、この劇団さんには素晴らしいお芝居を観せていただき、今回も期待に違わぬ良い作品でした。
    大正時代という短く、あまり馴染みの無い時代がいかに形作られ、また時の天皇が歴史の闇に葬り去られていく様がよくわかります。フィクションであるとはいえ説得力があり、リアリティを感じさせます。とてもシンプルな舞台装置ですが、役者さんの演技力によって、そこが激動の明治~大正~昭和へと時間が変化するのは圧巻でした。
    客層が年齢層高めだったのですが、できれば若い人にこそ観て欲しい作品です。

    ネタバレBOX

    昨今の土下座ブームはいささか食傷気味でしたが、原敬の土下座は心打たれるものがありました。病に蝕まれながらも懸命に天皇たらんとする嘉仁の姿に、泣けてきました。

    作品の内容とは関係ないですが、E-15という席は一人すっぽり収まる場所にあり、私としては快適でした。花道の直ぐ脇でもあり、良い席をいただいて感謝です。
  • 満足度★★★★★

    語りあえる作品!
    人としてそして天皇として…。生き抜くこと。愛?。考える。仲間と観ればそれぞれの視点があり白熱した談義となる。「嫌い!」という意見出てきても当然。それだけ語り合える作品はあまりない気がする。そして何よりこの作品はフィクションであるということ。私はその自由さが好き。

    ネタバレBOX

    今からでもいいので8月31日祝日にして欲しい。西尾さんの演技に涙しちゃったことは内緒。あと、明治天皇の姿がエイブラハム・リンカーンに見えたのは私だけなのか!!?
  • 満足度★★★★★

    とても良かったです。
    劇団初見でした。歴史ものは社会が大の苦手だったので嫌煙しがちだったのですが、観に行って本当に良かったです。
    別冊付録として年表や語句説明の書かれたものがパンフレットと一緒に置いてあってとてもわかりやすかったです。
    出演者の方々の演技が本当に上手くてどんどんストーリーに引き込まれていきました。とくに貞明皇后節子役の松本紀保さんが素晴らしかったです。
    ストーリーも余計なものはいっさいなくシンプルでわかりやすいのに深く、気がついたら涙がでていました。とても素晴らしい舞台でした。それ以外言いようがありません。

  • 満足度★★★★★

    逃げない
    天皇という運命から最後まで「逃げなかった」大正天皇、彼を支える皇后節子、そして有栖川宮はじめとする周りの人々に、大いに泣かされ、考えさせられました。
    登場人物全員に芯があり揺らぎがないので、全ての人物に好感をもてました。どの立場もとてもよくわかる。脚本素晴らしいです。
    描かれる三代の天皇が事実とは思わない(そう思わせそうなところには恐れも感じる)けれど、フィクションして『天皇とは何か』を見る者に問いかける優れた芝居だったと思います。
    また、ひとりの人間として『いかに生きるか』ということにも答え(suggestion?)をもらった気がします。

    西尾さんは「熱狂」の時からファンですが、今回も、とてもとても良かったです。(言葉が見つかりません)
    そして、他の役者の皆さんも、みんな「その役そのもの」に見えました。
    明治天皇も、昭和天皇も、大隈重信も。

    中でも松本紀保さん演じる皇后節子の品格と優美さ、皇室の女性そのものでした。声、表情、立ち姿、全てが洗練されていました。紅一点、芝居の要。

    上手く言えないのですが、心うたれました。感動しました。
    良いお芝居をありがとうございます。

    ネタバレBOX

    大正天皇と四竃の軍艦行進曲の場面では、涙だけじゃなく鼻水まで出ました。ほぼ号泣です。岡本さんの歌、素晴らしかったです。

    最後の君が代と天皇陛下万歳!では鳥肌が立ちました。「熱狂」のラストと近い気持ちで。

    大隈重信が大正天皇に言った「自分で作った神棚を拝む者はいない」の話は興味深かったです。あれは元ネタがあるのでしょうか。
    今、書きながら松方弘樹の名台詞「神輿が勝手に歩けるいうなら歩いてみいや」を思い出しました。←絶対違う(爆)

    すみません。最後の一文はふざけましたが、本当に良い芝居でした。
  • 満足度★★★★★

    なぜ今「大正天皇」か
    文句無しに今年のベスト3に入る作品。
    大正天皇の皇后を狂言回しに3代の天皇が描かれる構成、
    厳選された台詞、例によって役が憑依したかのような隙の無い演技、
    大きな世界観を持ちながら繊細な感情を丁寧に掬う演出、全てが素晴らしい。
    なぜ今「大正天皇」なのかと思っていたが、その答えがあまりに鮮やかに示されて
    自分の知識の無さに打ちのめされつつ劇場を後にした。
    登場人物一人ひとりの誠実さや無念さが押し寄せて、まだ冷静になれない。
    政治的なことより、大正天皇という人物に寄り添ってみたいという
    何か作者の温かい気持ちが作品にあふれているのを感じる。


    ネタバレBOX

    劇場に入ると踏んでいいのかどうか一瞬ためらうような
    赤いじゅうたんがひとすじ敷かれており、
    その先は舞台下手側、3段ほど上がった所にしつらえた玉座に続いている。
    ドレープを寄せた厚いカーテンが下がるだけのシンプルな舞台。
    厳かな光に玉座が浮び上る。

    冒頭ここに座るのは明治天皇(谷仲恵輔)である。
    天皇は畏怖されるべき存在で人情など不要、と説く明治天皇にとって
    純粋で優しい大正天皇は“資質が及ばない、その次の天皇までのつなぎ”と映る。
    大正天皇(西尾友樹)の進取の気性を愛し、彼を支える有栖川宮(菊池豪)、
    四竈(岡本篤)、首相の原敬(青木柳葉魚)たち。
    そして皇后節子(松本紀保)は最後まで彼を敬い、寄り添う。
    しかし時の政治家牧野(金成均)、大隈(佐瀬弘幸)らは大正天皇の能力を認めながらも、
    今この国に必要なのは先帝、明治天皇が唱えた天皇像だという考えに傾いていく。
    そして生来病弱だった大正天皇が脳病を患ったのを機に一気にその動きは加速、
    大正天皇の意思を無視して皇太子ヒロヒト(浅井伸治)が
    摂政(天皇に成り変わって公務を取り行う役職)となることを強行する。
    やがて時代は「殖産興業」「富国強兵」という
    明治のスローガンが復活したかのように転がり始める…。

    「治天ノ君」がフィクションであることを踏まえながらも
    史実の行間をよくぞここまで豊かに創造したと感嘆する。
    誰ひとりとして無駄な台詞はなく、責任ある立場とそれ相応の複雑な心理を抱えている。
    中でも大正天皇の何と魅力的な人間像だろう。
    結婚の際、皇后節子に「仲の良い夫婦とはどのようなものか」と問い
    「一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に怒る」ものと聞いてその通りにしようと答える。
    大正天皇が明治天皇に向かって言う
    「わたくしは不詳の息子でありますが、たゆまず努力します」
    という言葉は「父と呼ぶな」と言われて育った孤独な人生そのものだ。
    奢らず人に教えを請い、素直に人の意見に耳を傾ける大正天皇は
    現在の“新しい皇室”を先取りするかのような人物として描かれている。

    一握りの閣僚が「自分が泥をかぶっても大日本帝国を導かねばならぬ」などと言うのが
    “臣民”にとっていい迷惑であったことは、歴史の結果を見れば明らかだ。
    時代の流れと閣僚たちの思惑に翻弄された47年の生涯は
    あまりに口惜しく無念の連続であり、それが病の元凶だったのではないかとさえ思う。

    その大正天皇を側で見守り続けた皇后節子が、地の文を語るというかたちが秀逸。
    節子による「~だった。~なのだ。~であった。」という書き言葉の語りが
    硬質な物語に相応しく、冷静に状況を見つめていた彼女のスタンスにも合っている。
    摂政となり、さらに喪中にも関わらず明治60年祭を催して
    急ぎ“大正時代”を消去しようとする息子ヒロヒトに節子が語りかける。
    「あなたは父上を二度葬るおつもりですか」と。
    実際の死と、歴史上の死とをめぐる、決定的な親子の決別の場面だ。
    決して激せず、常に美しいことばと発音で優雅に話すこの賢明な皇后を演じる
    松本紀保さん、単語の最後の響きにまで神経の行き届いた発音と
    生来の気品あるたたずまいが素晴らしく、舞台全体をけん引する。

    大正天皇を演じた西尾友樹さん、脳病(多分脳いっ血の後遺症とも言われる)を
    患ってのちの言語の障害など、難しい表現が痛々しいほど上手い。
    皇后との会話など初々しい場面も素晴らしく、のちの悲劇的展開が一層哀しく際立つ。
    己を知りつつさだめを受け入れてひたむきに努力する、日本一孤独な男が素晴らしい。

    後に侍従として仕えた四竈を演じた岡本篤さん、“誠実”と言う言葉が似合いすぎ。
    不自由な口で軍歌を歌う大正天皇に合わせて歌うところ、思い出しても涙がこぼれる。
    これほど万感の思いがこもったお辞儀を、久しぶりに見た気がする。

    明治天皇役の谷仲恵輔さん、これまで拝見したどの舞台よりも(と言っても4~5回だけど)
    その声がコントロールされ、役と台詞に活かされていたと思う。
    あの時代を象徴する素晴らしい明治天皇だった。
    立ち姿、お辞儀をはじめ全ての人の所作が美しく、重厚な舞台だった。

    「現人神」だの「天皇機関説」だの「象徴」だのと様々に言われて来たが
    結局はその時々よって“利用法”が変わってきたということなのだろう。
    現人神をも利用して国を動かす、げに政治家とは怖ろしく野蛮な人種だ。
    「アベノミクス」とか言ってケムに巻かれていると、いつのまにか
    「ウミノモクズ」となってしまいそうな気がする。

    くり返す歴史の辻に立って、演劇の力というものを考える時
    必ず思い出す1本になるであろう舞台だった。
    制作に関わる全ての人々に感謝と敬意を表したいと思う。
    ありがとうございました。


  • 満足度★★★★

    自分のありかたを求め続けた者の姿
     人物設定がやや単純化されている感はあるものの、己の定めから逃げず天皇としてのあるべき自分のありようを常に真摯に求め続けることに努めた大正天皇をはじめとして登場人物たちが皆独自の思いや考えを持ち自身と向き合うひたむきな姿が印象に残る、情緒性に溢れると同時に格調の高さもうかがえる舞台作品だったと思います。

    ネタバレBOX

     劇場入り口から中央の玉座へ対角線的にあつらえられた通路は、もちろん役者さんの登退場口にもなっていて演出上も非常に効果的に使われているのですが、それだけでなく、登場人物たちの人生も含めたさまざまなことの道のりを象徴的にあらわしているようにも感じられとても印象的でした。
  • 満足度★★★★★

    現代の時代状況への強烈な問いかけ!多くの人に観て欲しい作品。
    現在の社会状況に、この作品の問いかける意味は大きい。

    現首相は「美しい国」「日本を取り戻す」と声高に叫んでいるが、
    そこでイメージされているのは、「強い日本」のイメージ。
    まさに戦前「明治の日本」であり、「昭和の日本」の姿だ。
    その間に挟まれた大正時代。
    それは、大正デモクラシーや大正ロマンに代表されるように、
    ほんの一時自由が花咲きかけた時代だった。

    その時代の天皇の話。

    作品から、大正天皇が、大正時代が、歴史から消され、忘れられた理由が見えてくる。
    「取り戻す」べきは、明治や昭和の「強い日本」ではなく、弱くても自由な大正の気風なのではないか。

    作品のラストでは、目の前の芝居が、今現在の社会状況とぴたりと重なって見えた。
    私は作り事の芝居を観ているのではなかった。社会の中で自分が置かれている状況そのものを自覚させられていたのだ。こんな感覚を覚えた舞台は初めてだ。

    ブレヒトのような演出(異化効果など)がなされていた訳ではないが、ブレヒトが叙事的演劇として観客に感じさせたかったものは、私がこの作品のラストで感じたものなのだろう。
    理屈では分かっていたが、初めてそれを体感した。

    *箇条書きのように書きなぐっているので、後日整える予定。

    ネタバレBOX

    私は大正天皇についての知識がないので、
    大正天皇がこの物語のような人物だったのかどうかは検証できない。
    ただ、観客の姿勢としては、大正天皇が本当に善人だったのか、大正という時代が本当に自由なだけだったのかなど、この作品で描かれているものを史実としては信じ込まないという留意は必要だろう。
    視点を変えて歴史を見れば、明治から昭和へと続く発展過程の一段階として大正を捉えることも当然できるのだから。
    それでも、そもそもこれは創作物語でり、事実がどうであったかよりも、
    この作品で劇団チョコレートケーキが問いかけようとしている内容にこそ意味がある。
    これは、過去を扱いつつも、現在を問うている作品なのだ。

    この物語の中で、天皇は、体が弱いが、自由を愛し、権威を振りかざすことのない、心優しい人物として描かれる。
    それは、強さと威厳を誇る父:明治天皇や、父と同じ資質を持つ息子:昭和天皇とは全く異なる資質のものだった。物語の中では、その天皇の資質が、施政にも影響し、大正時代の自由な気風を作り出したとなっている。

    だが、それは天皇の威厳を損なうものにもなりかねない。天皇は臣民には手の届かない神であり、人間であってはいけないのだ。

    それでも、原敬などは、その大正天皇の人間性に大いに敬意を持つ。
    牧野伸顕も初めはその人間性に惹かれたものの、第一次大戦で多くの国が欧米列強に力で征服させられていった様を見て、日本も強くならねばならない。「自由より力を」という気持ちになっていく。ちょうどその時期に、大正天皇に脳の病気が発症する。そして症状はどんどん悪化し、もはや天皇の威厳は保たれないと牧野は判断し、皇太子裕仁を摂政(実質上の統治者)にしようと考える。だが、大正天皇は承知しない。牧野は皇太子と組んで、大正天皇の脳の病気のことを新聞に発表する。それも、幼少期より脳の病気を患っていたということにし、歴史までおも書き替えてしまう。それは国民の記憶を書き替えることでもある。最終的には、皇太子が「父である大正天皇は摂政になるということを許可した」と言い張り、母皇后から「本当にそれでいいのですね」と釘をさされるも、「それでいいもなにも、陛下が許可したことだ」と言い、摂政に就任する(1921年11月25日)。

    その数年後(1926年12月25日)、大正天皇が崩御する。崩御から半年も経たない内に、本来ならば喪に服しているべきなのにも拘わらず、明治60年祭(←正式名称不明)を行う。意図的に大正天皇、大正時代の記憶を消し、明治の「強さ」を昭和で復活させようとしている。(顕著な例は、1927年11月3日に、明治天皇誕生日が明治節として祭日に復帰。その一方で、大正天皇誕生日は平日に。)明治60年祭の直前、昭和天皇裕仁の前に現れた母(元皇后)は「大正天皇を二度殺すことになるのですよ」というようなことを言う。それは、一度生命が死した者を歴史からも抹消するという意味なのか、嘘を付いて摂政になったことを一度目の殺しとし、歴史から葬ることを二度目の殺しと考えているのか、、、いずれにせよ、「歴史からも父を葬り、父や母とは全く違う道を歩むので良いのですね?」という問いかけである。

    これは、物語内で昭和天皇が問われていることであるとともに、現代日本社会が(つまり、観客が)、「優しさや自由を捨てて、強い国を本当に目指すのですね」と問われているようにも感じられる。

    ラストシーンは、昭和天皇が、大正時代を葬り、昭和時代を踏み出すシーンで終わる。
    このシーンが、私には今現在の社会と重なって見えた。単に重なったというだけではない。
    舞台を観ながら、昭和天皇の姿を観ながら、自分の置かれている社会状況について考えていた。
    「本当に、自由を捨てて、強い国になろうとするのか、この国は?」と。
    その入口に、もう私は、私たちは立たされてしまっているのだと。
    戦慄を覚えた。
    舞台作品を観て、こんな感覚に襲われたのは初めてだ。素晴らしかった。

    この時代にこそ必要な表現だ。

    他にも印象的だったシーンを書く。

    劇中、大隈重信は大正天皇との会話で、「なぜ明治維新が天皇を担ぎ出したかと言えば、欧米から日本を守るため、幕府に代わって日本を統率するには、臣民の誰もが崇める神棚が必要だったからだ。その手段として天皇を利用した。だが、時代が経て天皇を崇めるのが当然という世代の政治家が現れると、天皇を崇めることが目的となり、手段と目的が反転してしまう。つまり、国を統治するために、神棚としての天皇が必要だったのに、天皇制を崇め守ることが目的となり、そのために国民が犠牲になる。」という趣旨のことを言う。まさしくそのように歴史は進んだ。

    役者さんたちも本当に素晴らしかった。全員素晴らしいのだが、
    特に松本紀保さん(貞明皇后節子役)は、淡々とした演技で、最初はそれほど印象的ではなかったのだが、芝居の最後には、その存在感に圧倒されていた。彼女の静かな振る舞いと、穏やかでありながら、強い信念を持った問いかけが、芝居全体を支配していた。大正天皇を支えた妻であると同時に、芝居を底辺で支えていた演技であり、彼女の言葉こそが、最終的には観客への問いかけにもなっていた。驚くべきことだ。
    また、いつも思うが、チョコレートケーキの劇団員、西尾友樹さん、浅井伸治さん、岡本篤さんは特に良い。
    西尾さんはヒトラーを演じた時も思ったが、繊細な人物を演じる時の揺らぎのようなものが絶妙だ。

    基本的には絶賛なのだが、一つだけもったいないと思ったのは、皇后節子と昭和天皇が話をする時の二人が、親子に見えなかったということ。<『治天ノ君』関連年表>には「節子、昭和天皇裕仁を出産」とあるので、実の親子のようだ。だが、そう見えなかった。史実としても、二人には確執があったようだが、いくらいがみ合っていても、母と子の関係は、愛情であれ、憎悪であれ、もう少し情が見え隠れするような気がする。それが感じられなかったのはもったいなかった。

    そうは言っても、作品全体としては、本当に素晴らしかったです。
    ありがとうございました。
  • 満足度★★★★★

    カンペキだった。
    どこにも突っ込みようがない脚本、
    見事な演技、すべて芝居はカンペキでした。
    さすが、チョコレートケーキ。

    雨なので今日はやめようかと思ったが
    ミドルエイジさんの感想を見てしまったので
    無理して足を運んだ。

    内容とは関係ないが、席が自由席でなかったのを知らなかったので、
    ちょっと残念だった。

    チョコレートケーキは後ろで熱気に触れられないのは惜しい。

    ネタバレBOX

    いつもの熱気を押さえるように、
    松本嬢の演技がきいていた。
    それにしても、前にも小さい劇場で彼女の出ている芝居を
    見た記憶がある。

    オオバコでぞんざいに扱われる大衆演劇よりも、
    熱気を感じられる小劇場に活動の場を移しているのかも。
    と見る前には思った。しかし、これほど皇族を演じるのに
    ふさわしい人はいないかもしれないと見ながら思った。
    上品な演技と口調は、そのへんの女優では役不足だ。

    天皇が3人も出て、君が代が歌われ、しかも天皇陛下万歳!という
    台詞まであるのにどこも違和感がない。
    いかに天皇がふだん描かれている世界は右に寄って
    書かれているのか、と改めて思うと同時に、
    チョコレートケーキの素晴らしさを再認識した。

    平日の昼間とあって、演劇関係者とか有名な先生が多くいたようだ。
    やはりチョコレートケーキは今、絶対見ておかなければならない劇団だ。

  • 満足度★★★★★

    二代目
    大正天皇の人となりを知りました。昭和天皇への見方が少し変わりました。

    ネタバレBOX

    皇太子(後の昭和天皇)を大正天皇の摂政に就かせようとする動きに皇太子本人が積極的に関与していたのでしょうか、昭和天皇に対する見方が少し変わりました。本当だったとしたら、昭和天皇自らが初代回帰、即ち明治の勇ましさへ回帰しようとしていたことになり、戦争への道に進んだのも納得できます。

    丸めてポカリの大正天皇と、軍部にいいようにやられましたとばかりにマッカーサーと並んで写真を撮り、地方への行幸でニコニコしていた印象の強い昭和天皇のイメージが変わりました。

    三代目の徳川家光然り、金正恩然り、昭和天皇然り、初代回帰を目指しての頑張り、暴走は共通ということになります。そして、徳川秀光、金正日、大正天皇は治世の期間も短く、つくづく二代目だなと思います。

    天皇機関説で、誰が天皇でも一緒かなと思っていましたが、やはりその個性は否定し切れないと思いました。一緒に怒って、一緒に笑って、一緒に悲しむ、大正天皇はそんな夫婦像を目指したアットホームな人でした。大正天皇が健康で長生きしてくれていたら昭和も変わっていたかもしれません。非常に悔やまれます。

    原首相の暗殺死も摂政問題に影響したことも分かりました。歴史の妙、巡り合わせが悪かったですね。

    大正天皇の姿はほとんど記憶にありませんが、明治天皇、昭和天皇は良く特徴をつかんでいたと思います。大正天皇のお妃役の松本紀保さんも歌舞伎界というちょっと近付き難い世界の出身であり、高貴さを醸し出していました。皆さん素晴らしかったです。
  • 震えた。
    素晴らしい舞台だった。素晴らしい、としか言えない語彙力のなさが情けない。そんなに簡単な言葉で表せるものではないのに。

    大正天皇の生涯を軸に、明治の終わりから昭和の幕開けまでを、皇室を中心に描く。
    大正天皇の妻である皇后節子がストーリーテラーとなって話は進む。

    物語の構成、台詞の一つ一つ、どれをとっても秀逸。登場人物一人一人、それぞれに、それぞれの確固たる生き方(信念、誇り、考え…とかそういうの全部!!)があり、またそれらの全てに無理がなく、どの生き方も理解できる。
    作家が紙面に込めた思いを、役者は見事に舞台上に表現した。増幅させた。お辞儀一つとっても、洗練されている。特に大正天皇と侍従四竈の熱演、皇后節子の高貴さ、明治天皇の威厳が印象に残る。
    私、公演中何回泣いた?というくらい泣いた。

    ラストシーン、あの君が代に身体が震えた。

    君が代とか皇室とか書きましたが、軍国主義的な内容ではありません(^^)


  • 満足度★★★★★

    大きく正しい
    2時間10分、全然長くありませんでした。

    ネタバレBOX

    みどりの日(昭和の日)、建国記念日。
    大正天皇の日がないことにいままでなにも気づかず過ごして来ました。
    大正について、もっと、知りたくなりました。

    この題材を取り上げて、創ってくださった、チョコレートケーキのみなさんに大きく感謝したいです。
    有難うございました!
  • 満足度★★★★★

    厳か
    観終わった瞬間のこの複雑な気持ちはなんだろう。

    各々の登場人物の人としての生き方が深くかつ明確にセリフと演技に織り込まれていて、それが大正という時代と天皇という厳かさを背景にしているので、いろんな意味で圧倒されたからなのだろうと思っている。

    まあ、こんな示唆深い作品をもし学生の頃、もっというと中学生ぐらいで観ていたら人生変わっていたんじゃないだろうか?それがくやしい。くやしくてたまらない。

    (おまけ)
    台本頂きましたが、500円は安すぎる気がする。ちゃんと製本されてあの枚数だと、手間賃もでないのでは・・・。

    ネタバレBOX

    まず、観終わった瞬間感じたのは「絶望」。2つの意味で絶望した。

    1つめは各登場人物がそれぞれ軸を持って素晴らしい生き方をしていることに対して。
    人物像が含みのあるセリフと、気持がこもった芝居に落ちているので、深い。
    自分と照らし合わせたときに、自分の人としての浅さに絶望した。
    出てくる登場人物のように、確固たる価値観を持っているか、と問われると答えられない。

    もう1つの絶望は、(芝居そのものの感想から外れるが)物事の捉え方。
    話とその表現が、これだけ深く、それでいてシンプルに伝えられるこのチームの才能に対する嫉妬なのかもしれない。

    とはいえ、芝居としては、ポジティブないい話。登場人物すべてから感銘を受けた。これが複雑な感情になってしまった要因。

    明治天皇の威厳も強烈。あれは一つの目指すべき姿だと思う。
    また、皇后の存在感はすごい。

    原のまっすぐさや大隈の政治家としての自信は一つの生き方を示してくれている。大隈の神棚の話は、的を射すぎているぐらいぐさっときた。

    大正天皇夫婦のありようが温かなものを感じる。
    かたや、昭和天皇の考え方も理解できる。

    深い。ほんとに深い。
    すべてはまだ頭の中で整理しきれていないのだろうが・・・。


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