阿Q外傳 公演情報 阿Q外傳」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.2
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★

    知らないことへの導き
    阿Qも申亥革命もほぼ知らずに観劇。はっきり言って、難しそうな内容に二の足を踏んだのだけど。若い演出家とキャストにより、未知の分野を悩まずに拝見できた。昔の中国を描きながらも、今の日本に通じるところがあったように思う。また、阿Q正伝を読んでみたいという文学への橋渡し役にもなった。原作があるものでは、これも大きい意味を持つと思う。問題があったとすれば、原作が偉大すぎることかな?私個人としては、楽しかったけれど。

  • 満足度★★

    演出家が余りに鈍感
     辛亥革命を風刺した作品ということで期待していたのだが、演出家が、今作の演出に当たって革命について真剣に考えているという印象は全然無い。Beseto演劇祭のコンセプトに合わせて著名作家・大作家であり、日本に留学していた経験もあることから、影になり日向になりしながら、日中友好に心を砕いた魯迅の作品を下敷きにした宮本 研のシナリオをアリバイ的に持ち出したとしか思えないのである。

    ネタバレBOX

     そも、今作が、今の日本、韓国、中国のどの国にヴィヴィッドに受け入れられると考えたのだろうか? 革命が成功する為には、民衆の逼迫、権力者の横暴・堕落、軍内部の反乱傾向、更に革命の中心を担う指導層の成熟、資金、革命勢力への民衆支持、転覆の好機、社会情勢、世界情勢等々の的確な分析などが、最低限必要である。革命が出てくる作品の演出をするのであれば、命懸けで闘った多くの名もなき革命家が、世界中で何をどうしていたかに目を配って当然なのだ。そういった視点が一切ない。だから、必然性の無いダンスなどが出てくるのだ。
     大体、今の日本で革命ということを、それも、関係も表さずに出すこと自体、考えが足りない。出すならば、辛亥革命を支援していた日本人をっもっときちんと作品の中に出し、その辛苦をも表出すべきであっただろう。宮本のオリジナルシナリオを読んでいないので何とも言えないが、オリジナルをそのまま踏襲したシナリオであるなら、ちょっと、今の日本の状況とは距離が在り過ぎる。
     何故なら、今作を今回、日本で2013年秋に上演しているわけだが、安倍政権は、今や反革命・反民主主義の尖兵、ファシズムの前衛である。然も、愚衆は、一切、危機感を持っていない。それどころか、相変わらず、その日、その日の小市民的発想にしがみつき、アメリカの植民地であることに屈辱すら感じていないようである。その鈍感、その退廃をこそ、撃つべきであった。そこに中国の民衆を介在させる必要は無い。中国民衆を介在させるなら、中国と日本との間に在る差異についてもっとエッジを効かせて描くべきであった。
  • 満足度

    んーーーーっ
    たしかに「熱演」はしてました。
    つまり・・・・・・オーバーヒートしちゃってる場合、クールダウンしてから初期化して再起動しなきゃダメってことですね。
    よくわかりました(笑) →この点は、解かるヤツだけ解かればいい!

    「権力」と、それを持たない「大衆」との関係について、とても単純明快に描いた作品。権力と大衆の構図は、政体の変化にかかわらず存続するわけで、それだけに現在を生きるあたしたちも自己投影して観られるんだと思います。

    ただ、この公演からそれを感じるのは深読みかなと・・・



    ネタバレBOX

    処刑の場面で、あたしはてっきり阿Qを知る取り巻きたちが名乗り出ようとするものの、そんなことをして自分も阿Qの二の舞はゴメンだと思いとどまる葛藤を描くのかと思ってました。
    しかし、「殺せ!殺せ!」と大盛り上がりしている連中に「お前たちの中の、誰か一人でも阿Qの無実を主張すれば、阿Qの死刑執行は取りやめにできる」と言って名乗り出る者は、果たしているだろうか?
    あたしは、この科白を完全に殺しちゃってるな・・・と思いました。

    普段、あたしたちも「政府は、何やってんだ!」とか批判することもあるかと思います。
    が、だからといってデモに参加したりはしません。
    自分に影響のないところでは、言いたい放題批判してるくせに実際に行動する人間は圧倒的に少ないものです。

    阿Qが無実なのは、みんな知っている。
    自分が名乗り出れば助けられた命を自己保身のために見殺しにする。
    そこんところを描くのかなと思いきや、あんなに盛り上がっちゃっては無理ですよね。
    ま、そもそもそういった認識はなかったのかもしれませんが・・・。

    上記のような理由で、あたしがあげられる★は1つですね。
    ほかにもいろいろありますが書きません。
    星の数からご推測を!
  • 満足度★★★★★

    宮本研の想いを2013年に蘇らせる試み。
    「美しきものの伝説」で日本近代の革命家たちの夢と挫折を描いた宮本研が、魯迅の「阿Q正伝」に仮託して描いた、『革命4部作』の一つ。

    工藤花之助の演出は、テンポよく主題を浮かび上がらせることに成功。出演者たちも、調和のとれた熱演ぶりだったと思う。

    そして、改めて思うのは、宮本研という作家の素晴らしさである。


    ※「美しきものの伝説」も以前、こちらのNATで上演、とても素晴らしい舞台だった。私が☆5つを付けた「観てきた!」は、こちら。ご一読ください→http://stage.corich.jp/watch_done_detail.php?watch_id=133869


    以下、ネタばれ。

    ネタバレBOX


    もちろん話は、中国のものだが、作者の狙いは日本戦後の政治運動のあり様における疑問、限界、挫折を描いている、と思しい。

    「革命」と「大衆」、「革命組織」と「前衛」といった問題を、作者はある意味冷ややかに、しかし前衛であるが故に死んでいく者に、限りない愛惜を持って描く。


    無実の罪で捉えられ、死刑に処せられることになった阿Q。死刑執行の前に、役人の担当が村人たちに言う。

    「お前たちの中の、誰か一人でも阿Qの無実を主張すれば、阿Qの死刑執行は取りやめにできる」。

    しかし村人たち(大衆)は、阿Q(前衛)に冷たく、誰も言い出す者はない。


    処刑される阿Qは、村人たちに言う、「本物の革命軍はいらねえんだな。いたら迷惑ってことだな」

    そして処刑されていく。

    阿Qが死んだあと、村人たちはささやく。
    「無実の者が、死刑になんか、なるはずがないよね」

    この構図、まさに戦後の日本である。


    劇中、坂本九の往年のヒット曲『明日があるさ』が流れるシーンがあった。

    この歌が作られヒットした時、私は「なんて陳腐な歌詞なんだ」と思ったが、今、聞くと「明日があるのかどうか、本当に分からない時代になったなあ」と、その彼我の落差に、戦慄さえ覚えるのだ。



  • 満足度★★★

    まさに中国!
    昔も今も体質は変わらない。個人の存在がいかに軽いものか明白。
    場面転換のロック調の踊りは役者個々をクローズアップさせたい意図は理解できるが、芝居とはそぐわない。
    感心したのは、時代性を考慮して、BGMにドビュッシーの亜麻色の髪の乙女を選曲したこと。これはなかなか良かった。
    奸匪と偽革命軍の意味を知らずに死んだ阿Qは自国発信の報道しか知らず他国発信のそれを知らない国民への皮肉であろう。

  • 阿Qの集まり
    何かやっているようで何もやってない。
    ただ覚えたセリフを自分の番が来たらしゃべってるだけ。
    何を描きたいのか、何を訴えたいのか何も伝わってこない。作家が気の毒になった。演出がまったく機能してなくて役者が暴走してる。
    立ち稽古初日みたいな芝居をみせられても客が迷惑します。ちゃんと稽古の成果を見せてくれなきゃ。

    観ていて、この人たちは本当に芝居を好きでやってるのかなと思った。
    ただ単に「ニート」だとか「プー太郎」って言われるのが嫌だから、とりあえず「俳優してます」みたいな。
    そう考えると出演者全員が阿Qってことか。

  • 満足度★★★★

    全員ひどい
    為政者も大衆も勢いがつくとひどいことをするものです。

    ネタバレBOX

    お調子者阿Qが、勢いにノセられて行き着くところまで行ってしまった話。

    公開処刑が大衆の楽しみだった時代があったのですね。江戸時代の日本もそうだったのかもしれないし、北朝鮮じゃ強制動員もあるのでしょうが、今でも明日は我が身の怖さ半分、楽しみ半分なのかもしれません。文化大革命の頃に見掛けられた罪人を人前に立たせて晒し者にする行為などもその名残なのかもしれません。韓国では今でも犯人が警察に入る前に記念写真を撮られています。芸能人の謝罪会見などもそのような面がありますね。

    調子に乗り過ぎて革命軍の名を騙った阿Qが、革命軍の仕業と見せかけた強盗に間違われて処刑される段になっても、大衆は、知り合いたちも含めて誰一人助けようとはしませんでした。なかんずく阿Qが蓄えを譲ると言った、過去に言い寄られたことのある女性ですら、アリバイなどと大げさなものではなく単にそんな大それたことをする人間ではないと一言申し出れば良かったにも拘わらず何もしませんでした。

    執行側も彼が無実だということを知っていながら、とりあえず誰かを犯人にする必要があるということで事が進行していく様に、全員人道的にどうなのよと思いましたが、いったん大衆に火がつくと一方向へ向かう勢いを誰も削ぐことができない、そんな時代だったのかなと思いました。

    場面転換の際のダンスはお粗末で無意味でした。

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