満足度★★★
今後に期待しています。
私の中では初演を上回っていない。というか、初演とは別物でした。やはり出演者数が大幅に少なくなっているから、脚本も大きく書き直したのですね。内容はスッキリ、シンプルになっていて、そのためか説明的な台詞が多く、同時に(4つのオムニバスで構成されていたからか)物語らしさはあまりなかった。残念。もっと物語らしい作品を期待して観ていたものだから…
それと、アフタートークでは、もっと作品の背景や裏設定みたいなものが聞けるかと思っていたのですが、特に作品には触れておらず、それもまた残念でした。
シリーズ化構想のスタートからまだ2作品目。きっと、これまでとは違った銀石になっていくんだろうなぁ…と感じました。
今後、どんな作品を創っていくのか、気になります。
満足度★★
アフタートークも拝見して
なんだか主宰の方がしゃべっておりましたが、説明しないと分からなかったことや、説明過多なところが余計にあってむしろ聞かない方がよかったなという印象でした。
あんな説明をするならば、それを理解したり感じられるような演劇を作って欲しいです。
満足度★★★
面白かった
千秋楽の回を観ました。このサイトの書き込みが、厳しい意見が多かったので、観る前から不安を感じたけど、良かったと思います。
初見だったので、この劇団が追求するコンセプトがよく知らずに観ました。役者さんたちの演技は素晴らしかった。二人の女優さんの微妙な表情が良かった。内容は、ちょっと中途半端な感じがしました。すみません。笑いがないのは仕方ないとして、何か一つ驚きが欲しい。余計な事をひとこと。主宰の方は、あんまり前面に出ない方がスマートですよ。
満足度★
残念なお芝居でした
基本ファンタジーなお話なのに、重いというか、なのに深くないと言うか・・・
あんなに大きな声でギャラリー公演をやらなくてもいいと思いました
満足度★★★
既視感あり
芝居としては結構楽しめましたが、使い尽くされたテーマだけに、あまり新鮮さは感じませんでしたね。説明的なセリフが多く、冗長に思えるところも多々ありました。考えるかわりに、手塚治虫や石森章太郎、永井豪あたりの古いマンガやブレードランナーやA.I.などの映画を思い起こしながら観てました。
満足度★
もうやめたら良いのに
脚本の解釈力や構成力のなさを感じた。この団体は難しいことにチャレンジしているが、毎回消化不良の作品になっている気がする。学生演劇ならよく頑張ったと言えても、活動歴が長い劇団にしては稚拙。身の丈にあった作品をやったらどうかと思う。長く見てきたからこそ思うけど。
満足度★
熱意は感じるが・・・・
空回り感が強く出ていたように思える。
SFでもありR.U.R.のなぞりでもあるが細やかさが足りないです。
SFは台詞や設定もミリミリと・・・、
いやSFなんだからナノナノと詰めて話なども組み立て作る筈が、
大雑把に感じました。
素直にR.U.R.を上演してみて古典を肌に感じた方が良かったのでは?
(1時間45分)
満足度★★
誰のための演劇?
脚本、演出、役者(1名)がお金を取る水準に達していませんでした。
脚本はカレル・チャペックという方の『ロボット (R.U.R.)』を参考にしたようです。自分は彼の作品を読んだことも彼についての知識もないので以下に書くことは推測です。当時の科学技術と現代の科学技術との溝についての批判は他の方が書いているので述べません。自分は、カレル・チャペックが『ロボット (R.U.R.)』を書いたときの思想について言及します。Wikipediaの情報とその時代から推測するに文明批判だけでなく政治・社会思想も含まれていたと思います。しかし、そういう部分は垣間見えませんでした。こういう要素を見えない程度にストーリーに敷くと深みが増すのでは、と内容が薄っぺらかったので、老婆心ながら言っておきます。
以下ネタばれ↓
満足度★★
勉強不足
カレル・チャペックの「ロボット」をベースに組み立てられた今作は、4パートに分かれたオムニバス形式で上演されたが、無論、各パートは連携している。主題は、ヒトとバイオノイドの連携・共存可能性と心的交流の可非、労働に於ける人間とバイオノイドの関係、バイオノイドに労働を負担させることによるヒトの労役からの解放とヒト型バイオノイドへの罪障感や愛・愛着に絡む創造主及び被創造主の関係、更には寿命と生命体特性の一つ繁殖問題を扱っているハズであるが、シナリオライターも演出も現代日本でこの作品を演ずることの意味も難しさも深く考えていないことが明らかである。舞台の状況設定も下手だ。漫然と状況を設えている。また、科学的な知識、実験的な科学の知に関しても完全に勉強不足である。劇場のサイズを考えない声の出し方も課題だろう。
満足度★★★
吠える哲学
人間とロボットとの違いを問いかけ、そこから始まる主役の交代、
そのビフォー・アフターを4つのエピソードから成るオムニバスで見せる。
シリーズで取り組むテーマが時代を反映して魅力的だ。
饒舌な哲学を叫ぶ台詞量に圧倒されるが、あんまり吠えるとキャラが霞む。
冒頭のエピソードは、映画によくある”エイリアンはどいつだ?!”状態だが
もう少しサスペンスフルな展開で惹きつけて欲しかった。
主役交代の前夜を描くエピソードをラストに持って来たのは効果的。
このロボット役2人、抑制の効いた台詞でキャラが際立つのが面白い。
「SFの緊迫感と古典性」ー次世代への詞
四部作のオムニバスである。
「人とロボット」を主軸のテーマに描いた、SFドラマである。
時間の流れを確認すれば、一話、四話、二話、三話の順だろう。
「オムニバス」を謳っても、その順番で一つの大作を発表することが まず思い付く構成である。
しかし、ロボットが人の労働をこなす社会の到来した近未来を「立ち会う」にあたり、むしろ断片的だったのは 良 かった。
一シーンごとが、30分前の「ハイライト」なの かもしれない。
それは、個人にとっても、社会にとっても、人類にとっても、文明にとっても。
歴史の分岐点の、30分前を切り取るのである。
筋道を辿ってゆく大作より、「オムニバス」の方が良かったと考えるのは、そうしたシチュエーションの為だ。
緊迫した状況下、ギャラリー公演だから「客席」という逃げ場すら存在しない。
私たちは、「観る」のではなく、「いる」人々である。
目の前に現れたSFを漂う会話劇は、どこかチェーホフの それを匂わせた。
叙情的なのだ。
役者の演説調に叫ぶ姿も、古典的なモチーフを思わせる原因なのだろうか。