幻想の方舟 公演情報 幻想の方舟」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★

    様式美的なものも漂う
    格調と言うと大袈裟だが、台詞回しや演技に様式美的なものがあり「あー、芝居だなぁ」感アリ。
    また、内容も方舟なり故郷なりが現さんとするものの幅が大きく観る側が経験・知識に応じて好きに(?)解釈できるのも好み。
    さらにコエキモなどの制作で馴染み深い北澤嬢による舞台美術もステキ♪

    ネタバレBOX

    ソコに行けば幸せになると聞いてやっと辿り着いたら、「救世主はアナタです、この舟を救って下さい」と言われるなんて、まるで受験戦争や就活をくぐり抜けて企業なり学校なりに入った人の甘えを打ち砕くよう…。
    いやむしろそういったケースに限らず、人生そのものがその連続かも?
  • 満足度★★★★★

    等身大のリアルさ
    いい感じにアナクロなアングラ感。
    熱気がある舞台。
    見終わって、「これいいんじゃない」と少し鼻息荒くなった。

    酒井一途は今後も注目に値する作家ではないか。

    たぶんこの物語はコレではないか、と思い当たったことを、失礼ながら、ちょこっと「ネタバレ」に書いてみた。…ちょこっと、と言いながらいつもの長文ではあるのだが…。

    この長文は、作家の想いとは相当のズレはあるとは思うが、深層心理にはこういうことがあったのではないか、と思うことだ。

    ネタバレBOX

    前作『ケージ』では、10代の作家が書いたとは思えない内容に驚いたのだが、それはギャップのようなバイアスで観ていたような気がする。
    もちろん過去を描くことで現代を映し出すようにはなっているのだとは思ったのだが。

    しかし、今回は、リアルな若者の姿がそこにあった。
    まさに等身大の、若者の姿だ。

    「滅びてしまった世界」とは、主人公(たち)が、幻滅してしまった世界(社会)そのもの。
    土地は沈んだりしてないし、もちろん人も生きて生活している。
    しかし、「滅びてしまった」のだ。
    そう断言してしまうほど、世界(社会)を憎み、断絶したいと願う心が「滅びてしまった」と告げるのだ。

    彼(ら)は、そこから「方舟」に逃避する。「救済」を求めてだ。
    この「方舟」は、彼(ら)の実家の2階にある自分の部屋でもいいわけなのだ。
    「救済」を求めるのが、「パソコンの中」だっておかしくはない。

    はっきり書いてしまうと、「彼ら」ではなく「彼」、つまり、シャンスラートの物語なのだこれは。

    シャンスラートは、自分を待っている人、自分が何者かであるということを言ってくれる人を欲している。誰だって、「待っていてくれる」のはうれしいものだから。

    シャンスラートにとっては、待っていてくれる人が方舟にはいる。
    道化とミナだ。道化はシャンスラートが重要な人であるということまで言ってくれる。
    そして、特にミナの存在は大きい。
    なんて言っても、シャンスラートがひと目で恋に落ちてしまうような少女が「待っていた」と言ってくれるのだから…。

    そんな都合のいい話は、そうないわけで、そもそもシャンスラートが乗り込んだ方舟は、友人とどちらが本当に乗ることができたのさえも微妙だ。

    こうなると、社会と世界に絶望した主人公が、逃げ込んで閉じこもった場所が「方舟」だったことがわかってくる。

    シャンスラートは、外に「救済」を求め、誰かが与えてくれると思っているがそんなことはない。
    道化は「案内はするが、道を示してくれるわけではない」のだから。

    同室の男=どうし=同士=導師という男がキーマンになるのかと思ったら、シャンスラートの友人を見ると単に洗脳されてしまっているようだし、そこに「救済」はない。

    この方舟の中の出来事は、シャンスラートの「セルフ・カウンセリング」の様相さえある。
    自問自答し、「解(救済)」探す。
    別の「方舟」という、とても気味の悪い「救いの手」も現れる。

    彼の心の旅が方舟の騒動のすべてだ。

    結局、シャンスラートはどうしたかと言うと、ミナと出会うことで、「方舟」から出ることができるようになる。
    すなわち、「自分の方舟(殻)」に閉じ籠もっていたのを、「滅んだ」はずの社会に出るという決意をするのだ。
    あの大きな音は「殻」が崩壊していく音ではないか。シャンスラートが(脳内もしくは自室で)作り上げた「方舟」が不要になってくるので、崩壊しつつある。

    当然、「方舟」と「世界」は「初めから地続き」であって、それに「気づく」ことも、主人公の「救済」=「治癒」と言えるかもしれない。

    ミナは、二次元彼女かもしれないし、脳内彼女かもしれない。
    だが、これが「救済」の第一歩にはなる。

    つまり、この物語の主人公は「病んで」いた話ではないか。
    しかし、作者自身がそこまででなかったので、「救済」を求める時点ですでに「快方」に自ら向かっていたところから物語が始まっていた。
    本当に病んでいたのならば、自己否定などが伴いそうなものなのであるから。

    シャンスラートは、外に出ることができたのだが、外の「世界」はあいかわらずのままだ。脳内彼女とともに、その外海の荒波を乗り越えていけるかどうかは、まったく不明である。
    彼には、強い信念や信条があるわけではなく、そうした「甲冑」を身に纏わなければ、これからも辛いことが待っているような気がする。
    「出る」だけで、そこがこの戯曲の弱さではないかと思う。物分かりがよくて、簡単すぎるラストなのだ。

    今回は、思出横丁の岩渕幸弘さんが演出を担当した。
    たぶん、 酒井一途さんが自ら演出したとしたら、この熱さの感じにはならなかったように思う。もっと内側にこもる熱さになったと思うからだ。
    岩渕幸弘さんの演出は、華やかな熱さがあった。飽きさせず舞台に惹き付ける演出だったと思う。大昔の小劇場の舞台って、こんな感じに意味もなく熱かったな、なんて思い出したりした。
    アナクロな感じだけど、現代。いい意味でアングラ。

    ただし、舞台のサイズを考えると冒頭のつかみはOKなのだが、少々ガチャガチャしすぎであったし、ラストに盛り上がるところへの助走部分〜ミナが人質になったあたりから〜テンションがストレートに高すぎて、見ているほうが息切れしてしまった。(激しい中にも)もっと抑えたやり取りから、スピードを増していき、みんながもうひとつの方舟に手を振るところで頂点に達するというほうがよかったのではないだろうか。その波から、ラストのシーンにつながるほうが見せたと思うのだ。

    主人公のシャンスラートは、もっと常に舞台にいたほうが、彼の物語であることを印象付けられたと思う。
    また、彼が本気で「救済を求めている」ようには見えないのが残念。もっとヒリヒリ感が欲しい。というか、「追い詰めて」欲しかった。

    道化役の橋本さんは、その役柄のためか、印象に残るがのだが、彼女も含めて役者のこととか、いろいろと問題はあるのだが、酒井一途さんは、今後も注目していきたい作家だと思う。ミームの心臓も。

    あとは、受付等の印象も良い。「煙を使うので、気になる方にはマスクをお配りします」など、細かい心配りもよかった。難を言えば、非常の際の注意事項かな。

    彼の演出ももちろんいいのだが、今回の作品のように、戯曲ごとにマッチしそうな演出家をチョイスして演出させるのもいいと思う。
    そうすることで、役者たちも鍛えられると思うからだ。

    星は期待も込めて、の数にした。
    表示できるのならば、★★★★☆と、こんな感じかな。
  • 満足度★★★★

    役者陣の力がありました。
    ストーリーが自分には難しいながらも、役者陣の技量があったので、集中力が切れることなく最後まで観ることができました。舞台美術もとてもよかったです。

  • 満足度★★

    空中分解
     箱舟に乗り込めば救済されるとの情報で、我がちに人々が集まる。然し、乗り込めるのは、ごく一部の人間だけであるから、当然、競争は苛烈なものになり、多くの者は、残されたまま滅ぶと考えられている。然し、実際に船に乗り込んで見ると、乗船している人々が幸せだとは思われない。幸せでも不幸せでも無い状態は、極端な悪さにも陥らない為、これがベストなのだという発想が、主流を為しているのである。
     然し、新しく乗船したシャンスラードは、この船の救世主になる可能性があると、この船の歴史を総て知っている道化が、彼に告げる。
     乗船者達は、それぞれ個性を持っているはずであるのだが、毎日、同じ議論を繰り返していて、一向に結論は出せない。然し、革命を目指す者が一人、彼女は情況を打開する為に先を見越すことを提言する、が。
    演者たちの演技が空中分解していたように、この革命議論も幻想論の域を出ていないことが、一弾深みのある論理によって浮き上がってこない。このことに象徴される舞台であった。
    本来、役を振られた役者が、己の実態と役の間にある溝に悩む姿を形象化しなければならないはずのこの舞台で、演出がその点に気付かず、きちんと駄目出しもできていない。 
    ここで描かれているキャラクターは前に進もうとはしない、が、幻想を持つほどに進みたいとのアンビヴァレンツやアンチノミーを表現したかったはずの舞台で、脚本の意図を汲んでいないであろうからである。
     ハッキリ言って演出・役者の力量不足。道化を演じた役者に役者としての芽を感じた他は、見るべき所無し。それぞれのキャラが立つような演出になっていないのは、脚本の読みが浅いのと、脚本自体が頭でっかちなのであろう。
    脚本に直接あたっていないので定かでは無いが、恐らく脚本自体コンセプチュアルなものであったろうことは想像できる。演劇は身体性に根ざしていなければならないだろうが、その点についての考察の甘さも感じる。

  • 満足度★★★★★

    骨太
    理想を掲げ沈んだ陸地から方舟に乗り込んだ、選ばれし者たちは、いつしか仲間同士で争うことになる。暴力で相手を制止しようとする者、あくまでも、議論で和解しようとする者。それぞれの思惑の中で対立するが、彼らの求めるものは何処にもなく、気がつけば、自分たちは陸の上に立っているだけで世の中は何も変わっていない。ただ、ただ、幻想の中で生きているだけの滑稽なノアの物語。
    現代を風刺したようなストーリー。斬新な切れ味に深く感銘を受けた怪作だと感じた。

  • 満足度★★★

    普通の人かぁ、普通の人に
    色々な逸話をごちゃまぜにしたようなファンタジー。

    ネタバレBOX

    導師、革命家、現実派、女好きの男、男好きの女、案内役の道化、異教徒などが方舟に乗って漂う様を描いたファンタジー。ノアの方舟、アダムとイブ、十字軍の話などをごちゃまぜにしたような感じ。

    導師も船がどこに向かっているか知らない中、色狂いというか、女のことしか考えていない男が避難ボートを探そうと船底を調査して、実は陸上にいたということを発見、方舟の真相に気がつくという皮肉な設定でした。

    いつの世もスケベ心がその積極性故に科学の発展に貢献するというか、結局は普通の男と女が地上を繁栄させていくということでしょうか。

    方舟ならぬセリフの助け舟がありました。方舟がさまようように同じような言い回しが繰り返されたところもありました。

    導師の持つ傘の柄にはビニールが付いたままでした。いかにもたった今コンビニで買って来ましたという感じは導師も消費社会にどっぷり浸かっているように思えてしまい、趣旨に反するばかりか、時代や場所を特定させないファンタジーには似つかわしくないと思いました。96の刺繍のある高級ジーンズや、底にイボのようなものが付いている目新しい靴も今日風でした。
  • 満足度★★★★

    若い世代にこそお勧めしたい剛速球演劇
    私は、前回公演「ケージ」で、すっかり酒井一途作品のファンになってしまった。

    で、今回も楽しみに観たが、いやー、期待通りの面白い戯曲だった。

    前作以上の、ストレートど真ん中の剛速球、という印象。

    「私たちはいま、どこにいるのか」「われわれはどこへ進もうとしているのか」「どう生きるべきか」等の根源的問いを、どうにか演劇というスタイルでやってみよう、という試みは、それだけで観る価値がある。

    最近は、若い劇団でも、ラブコメだ人情喜劇だ、やれ愛だ絆だ涙だ、などという陳腐な作品を作る事例が多い。そういうのに比べれば、この作品はずっと面白いし、貴重だ。


    この作品は、やはり20代、30代の人たちにこそ、観ていただきたい、と私は想う。


    登場者の演技が、みなさん一本調子なのが気になった。その中で、「道化」を演じた女の子がとても光った。この女の子(橋本)は、以前にも、何かの作品で観たことがあるが、素敵な演技をする。

    また、有吉宣人、佐々木美奈は、セリフを体現化している、という意味では素晴らしかったと思う。言っているセリフに、説得力があった。


    以下、ネタばれ。

    ネタバレBOX



    ◎ストーリー的にも、演出的にも、後半、ミナを助ける助けない、という「よくある話」になってしまったのがちょっと残念。

    ◎最後「同室の男」が本当に自殺なのか実は誰かに殺されたのか、少なくとも観客にはもっと明確に分からせるか、推察できる形にしたほうがいいのでは。


    ◎私には、「同室の男」と「革命の女」のディスカッションの部分が一番面白かった。

    これは一観客としての無責任な意見だが、最後まで「同室の男」と「革命の女」の対立を主軸において劇を進めた方が、よかったように思う。

    この二人の主張と存在感こそが、この芝居の新しさであり、面白さであると感じた。

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