街【公演終了!ご来場誠にありがとうございました!】 公演情報 街【公演終了!ご来場誠にありがとうございました!】」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.1
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  • 満足度★★★★

    非現実的で現実的な街
    左右両サイドと後方も舞台として使用し街の空間をうまく作っている。ありそうでないような、なさそうであるような人物たちがストーリーを繰り広げる。関係性って何だろうかと考えさせられた。

  • 観ました。
    偉そうなことは言えないので…
    好みの問題はあるのだと思います。

  • 満足度★★

    街ではなかった
    おもしろい劇団と聞いていただけに、残念でした。 言葉と役者で魅せるようなものだと思うのですが。 照明音楽にどうも入り込ませてもらえなかった。

  • 気だるさ
    想像力のふり幅を広げやすい(観客にとっても作り手にとっても)題材。
    しかし、観念的(というか箇条書きのような?)科白と、俳優の生理(演劇っぽさ)が多分に入った語り口によって、どんどん現実離れ(飛躍という意味ではなく)していってしまう。
    なので、観ていてコネクトし辛い。
    ざっくばらんに言ってしまえば『街ってこんなドロンとしたモノ?』と思ってしまう。
    それくらい一辺倒な、単眼的な視点に思えてしまった。
    別に相対的な演劇が観たかったわけでもないのですが。
    あと世代差によるギャップなのかも知れませんが。
    そして、多分に自分の主観ですが。

    以前観た公演(第二回?)から、ほぼ同じメンバーで公演が継続されているようなので、今後の集団性の熟成に期待したい。



    ネタバレBOX

    ちょうど一年くらい前に、同じアリスで観た、別の団体の演劇でも、秋葉原の連続殺傷事件が劇中で使われてて、その時も思ったのですが、そして別に僕が思う筋合いもないことなのですが、なんか「キャッチーなトピック」的な事柄として、こういう事件を劇中に差し挟むのは、なんか浅薄な気がして好きではありません。極々私的な意見ですが。
  • 満足度★★★

    雑踏の中。
    様々な人たちがそれぞれ違った思いを抱き、違った人生を送りながらも、この雑踏の中ではみな一緒くたに溶け合って存在している。
    作者はその見知らぬ人同士の”わずかな袖の摺り合い”を通して、今の姿を描きたかったのかな。メッセージは確かに伝わってると思うけど、専ら役者たちの長セリフによって伝えようとしてたので、ちょっと小難しい印象を受けてしまった。
    セリフ(言葉)じゃなくてもっと感覚的に相手に訴えるほうがより心に残るし、作品としても面白くなったと思う。
    場所がアリスなだけに、帰る道すがらも新宿の雑踏が舞台の一部のように感じられた。、

  • 満足度★★★

    渇望する愛
    雑多な人々が無機質な街で生きてる様子をまんま、表現したような舞台。しかし、そこで息づく人々の関わりがあまりないから、ってか、ないのが現実のまんまの描写なのだろうけれど、個人的には、もっと飛躍した物語性が欲しかった。

    以下はネタばれBOXにて。。

    ネタバレBOX

    現実の街での雑事や雑踏のように、今日も豆腐屋に豆腐を買いに行く小僧。世の中を遠めで観るホームレス。幸せでないリッチマン。何か食わせろと男にせびり挙句、身を売る少女。別れる事になる恋人たち。それらを無関心に見つめる大衆。しかし、誰もが愛を渇望する。

    愛は永遠ではないが、永遠の愛を欲しがる女。「愛して」と口に出し、また自分の想いと同等の愛を男に要求する。そんな欲望うごめく個々の想いを飲み込むように街は存在する。街はワタクシ達が形成したものだが、幸せはそこにはない。「月並みだけど、私の幸せは家族です。」と言い切るホームレス。かたや、自殺を試みるリッチマン。距離を置いて見ている者だけに解る真実だ。

    街に飲み込まれてその空間に鎮座していると解らないものも、誰にぶつけていいのか解らない憎悪やこれから先の自分自身の不安も街へ転化して、まるで街全体が悪いかのように誰もが幸福を前に敗北してしまう。

    それでも我々は街でしか生きられない。愛が欲しいなら努力しろ。それだけ。




  • 満足度★★

    残念ながら
    どこかで観たような話で、なんとなく表面的な感じがして、残念ながら入り込めませんでした。

  • 満足度★★★★

    街・・・♪
    活舌が悪く効きにくい台詞が多々あった♪
    人に質問を投げかけるが、それはあたかも自問自答の様・・・♪
    答えを出すには何人の人と出会わなければならないのか♪
    そんな事を感じた芝居でした♪

  • 新宿にて
    新宿にて、観劇後、眠っているホームレスを見て、
    印象深かったシーンや台詞が浮かんだのだから、
    私はこの話が印象に残り、面白いと思っています。

    好き嫌いはもちろんはっきり分かれるはずですが、
    見終わって「ああ、感動した」という一般的な感想はないのですが、
    作・演出の伝えたかったであろうことを

    みちゃった

    という感覚に襲われました。
    これからもぜひヲカシマシンの良い意味でなんとも言えない世界観を
    観に行かせてください。

  • 満足度★★★

    あれれ?
    100年ばかしの時間と可能世界を駆け抜ける疾走感を味わせてくれた前作にはとても想像力をかき立てられた。それだけに今回、肩すかし感が大きい。
    観劇態勢が万全でなかったせいもあってか、何人かの役者のセリフが、聞いていて全く意味として認識できないという珍現象が起こったので、内容まで踏み込んでの感想が思い浮かばない。
    内容よりも観え方の段階での違和感を感じた。
    前作よりも、(イタい的な意味で)ハラハラする言葉を演技力でバランスを取っていくような、演技で風景を埋めてゆく余地が大きかった舞台だったと思うのだが、多くの役者から風景が全く見えてこないかったのがキツかった。セリフが意味として認識できないというのもそれ故だと思う。
    作・演はやじろべえのような言葉を演技でいなしてただけに(彼のセリフはきちんと意味として把握できた)、そこから想像される、おそらく全体をこういう風にしたいんだろうという雰囲気との距離を余計に感じた。

    あと照明。前回は地明かりつけっぱ同然のルデコだったので気付かなかったが、今回はどうも悪い意味で大層気になる照明。カットインカットアウト&役者をスポットのように追いかけるようにすることで不格好に視線を引導するくらいなら、地明かりの方が断然スマートだと思うのだが。

  • 満足度★★★

    色々な人が行き交う街
    表現しようとしていることが、うまく言葉に反映されていないというか こちらの記憶に残る印象的なフレーズがなかったように思います。 無駄な動きも多くて・・・その中で、金をもっている男の野口さんの声は、はっきりとして聞きやすく非常に良かったです^^

  • 満足度★★

    やっぱり
    好き嫌いが分かれる作品でした。80年代に流行った舞台の再来とでもいうような・・・・。ただ、表現はわかりやすいので、そこは救われるけど。好みではなかったのが残念。

  • 満足度★★★★★

    徹底的にディストピア
    時空という抽象概念を介して人間の一生を切り取った前回の『背馳』に対し今回は、日々の暮らしのなかで直視する『街』を始点に、行き交い・立ち会い・そこ・に生きとし生ける人々の生き方・雑多な思考から時代/社会の闇と思わしき記号的・象徴的現象を半ば強引に徹底的につるし上げ投射・照合・弁証を行う。
    そうした上で、果たしてこれらは唯一無二の表現方法であったのだろうか。
    何かの模倣ではなかっただろうか。と問題提議を掲げた点が潔く、非常に頼もしい。
    『泣ける映画』に感動できない人、毎日の動労は辛いと感じる人、愛で地球は救えないとかおもう人、なんかはグッとくるポイントがきっとあるはず。今週末はアリスへゴーです。

    ネタバレBOX

    客席の通路側には舞台に向かって黒いテープが張られていて、その線からはみ出さないように開演前に諸注意がある。線の外側を観客が行ったり来たりするのだ。

    舞台の中心部は小さな横断歩道である。その周りに一段高い台がいくつか。
    上手側の斜め後ろには有刺鉄線のような黒い柵がひとつ。というだけの抽象美術。

    場所はどこかの『街』であるらしい。それは、あらすじ書きにある『新宿や渋谷』などの都会の雑踏。そこを行き交う人々の事象から生活、雑念などを時にモノローグ形式で淡々とつづっていく。

    冒頭、不特定多数の人々が行き交う雑踏を『模倣する』場面で通り魔事件が起きる。ナンバーガールのTATTOOあり(←だったとおもう)にあわせてそこら辺を歩いている人々が包丁でブスブスと無差別に刺されていく。これは言うまでもなく、秋葉原で起きた連続殺人事件の模倣であるとおもわれる。

    その事件の起きたすぐ近くの高層ホテルの屋上からは、
    人生に疲れたサラリーマンが間もなく自殺をする所だ。

    そんなことには無関心なまま、若者は街を闊歩する。
    愛がほしくて街をさ迷う女もいる。
    ホームレスは死んだフリして生きている。
    そうすることが彼の小さなテロリズムであるんだろうか。

    関係性を持たない彼らは時々、交差する。
    それは、よろよろと歩く薄汚いホームレスを颯爽と街を歩くビジネスマンがよける瞬間だったり、愛がほしい女と不思議な少女がだれかに『愛して』(←アイスと言葉仕掛けをするこ洒落たセンスあり。)ほしい気持ちに感応する瞬間だったり、冒頭の連続殺人事件だったり。

    やがて、彼らの交差は舞台というフィールドを越えて、舞台を傍観している私たちの背後にまで感染し、他人であるのに、彼らとすれ違う瞬間だけ他人ではないと錯覚させられる。観客席まで都会の雑踏の一部としてかき混ぜるこの演出方法には、心がざわついた。

    そして、実はこれらはすべて街という名の映画でワンシーンでした。』
    と劇中ネタばれする場面。これには騙されたとおもった。そういえば、この場面に至るまで、モノローグをする登場人物らがムード歌謡を歌うスターのように大げさなピンスポットライトがあたっていたのはなるほど、そうした理由があったのか。そして更に「あぁこれね。つまらんね。」と吐き捨てるとは恐れ入った。これまで紡いできた光景をあっさり否定してしまったのだ。そして何ごともなかったかのようにしれっと続きを再開させる。

    後半は、前半の雑然とした光景が目的意識を持った行動と他者との関係性を通じて、より具体的な主張として提出されていたとおもう。
    たとえば、自殺直前のリッチマンは、滞在するホテルの給士に与えたチップを
    与えた当人に破らせることで、『神のつくりものである金はヤワではない』という主張を給士に吐きかける。給士に限らず弱者いじめをしてきた彼は知の『巨人』アリストテレスを迫害した罪により、死刑宣告された。アリストテレスはホームレスの化身だったのか。と錯覚させる配役も絶妙だった。

    一方、愛を欲する女は広範囲に渡り、ふと目にとまったひとりの男性にわたしを愛してください・・・そう真剣なまなざしで語りかける。あんなまっすぐな目でみられたら誰でも動揺するんじゃないかとおもう。(こういうトラップの張り方もうまいとおもった。)

    また、人と繋がりたいと願ってはいるけれど繋がれないことも知っている少女は、『何が楽しくて生きている』のかわからないままどこかへ行ってしまった。

    カミュの異邦人に感化された青年はふたつめの太陽を見つけられるだろうか・・・?

    最後の『街』=システムが人を同質・均質化し、個を剥奪しているのではないだろうか、という推測。そして『私たちは幸福を前にして敗北してきた』というモノローグには胸がつまる想いだった。

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