公演情報
「正義の人びと」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/07/04 (月) 13:00
同じ目的の下に集ったメンバーでも行動指針の違いがあることに「正義の反対はもう一つの正義」という言葉など思い出しつつ観る。
そして劇中人物は男性約も女性キャストが演じ、唯一の男性キャストは出ずっぱりながら常に後方にいて台詞を一言も発しないというまるで通奏低音のような存在という「謎」がいかにもメタ構造を得意とする再生らしく、しかもその男性が劇作家・演出家の長堀さん(楽園王主宰)なのがまた……。
実演鑑賞
満足度★★★★
ロシアとウクライナの現状を、ついつい連想してしまいますが、ひとそれぞれに正義があるので難しい問題ですよね!?
中央に階段のある会場を効果的に使っていて良かったです!
実演鑑賞
満足度★★★★★
日頃考えたりしないことをいきなり突きつけられるとすごく当惑します。
普段はギャラリーとして使われているという空間は、とても不思議で素敵な舞台になっていました。後ろで執筆しているカミュと思しき男性以外は、男性役も含めて全員女性が演じていましたが声の響きがとても良かったです。
椅子が小さくて、2時間近く座っているのがちょっと辛かったです。
実演鑑賞
満足度★★★★
「正義の人びと」6度目の上演という。Corichの過去公演ページの2公演を見ると役者数が少しずつ減り、今回は戯曲上の役は5名(他一名は作者の役)、上演時間も1時間45分で、大胆にテキレジを入れていると思しい(俳優座での上演と比較してもだいぶ削られている)。
演出が印象的だ。地下の一室の会場は、中央に地上階から階段がくの字に下り、奥側に大きく死角があるが、タイプ机が置かれ、作者カミュらしい男がタイプを打ったり佇んだりしている。役者も役人物として奥か上手ドアから出入りする以外は、ゆっくり移動したり佇んだりする。奥からの光が中央の「オブジェ」によって幻想的に動き、ドラマを胚胎す場所(あるいは歴史、あるいは人間の想念)であるかのように揺らめく。
物語は帝政ロシア時代の末期、大公暗殺に至るテログループの群像劇であるが、「正義」とその「実行」(暗殺)との乖離に揺らぐ人間心理が活写される。女優5名の内4名は男の役をやり、これが殆ど違和感も不足感もなく、非情な任務を自らに課する事となった緊迫感が、それぞれの個性において表現されていた。
ストレートな俳優座の上演より、戯曲の中心軸をとらえ、回した独楽の如く整然として切れ味がある。
ただ、暗殺を遂げ囚われの身となったカリャーエフの元に届いた大公夫人(未亡人)からの手紙が読まれるくだり、何処か冗長な感じがしたのだが、今言葉にしてみると・・
それまでの「内向き」の言葉の世界を表すに相応しい劇場環境と演出が、この時初めて、「外からの」声によって心がかき乱される、その瞬間として何等かの変化を見たかった所、「声」は相変わらず内なる心の問いのように響いている(演出的な工夫として、散在していた縦長の板(実は鏡だった)が彼を囲い込み、罪責感と向き合わせられるといった意味を付与していた)。
その声は、カリャーエフが元来持つ繊細で豊かな感性が、自らの良心から発する言葉とも思えるので、外界の、つまり実在の他者が物理的存在として現前した感じがしない、という憾みだ。
(そこが星5にはもう一歩、と思わせた要因のようである。)
しかし繰り返しになるが、愛を信じる故に悩むカリャーエフ(岩澤繭)、その恋人で爆弾製作を担うドーラ(あべあゆみ)、メンバーの扱いに長け理解力を示しつつグループの規律を重んじるアネンコフ(磯崎いなほ)、絶望と心中するかのように復讐の徒として暗殺計画を遂げようとしているステパン(加藤翠)、最初の計画で実行部隊となり、失敗によって心が折れた若いヴォワノフ(嶋木美羽)と、その演じ分け(役人物の内面化)には深く感じ入った。
最後は奥で作者を演じていた長堀博士氏(立ち姿を初めて見た)がつかつかと前に出、一人挨拶して終演を告げたのも、そぐわしかった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
劇場的には使いにくかろうな
中央部の階段とか
地下スペースの配置を
テロリストの隠れ家的に用いての
臨場感・緊張感を伴った芝居でした
普通に用いてたドアや扉なども劇中で
そのまま使用したりと使い方が巧かった
実演鑑賞
満足度★★★★★
とても迫力のある演技で、難しいテーマでしたが内容がとても伝わりました。今現在も世界ではいろいろ起きていますが、何が正義なのか、本当にものの見る方向で変わるのかもしれないですね。いろいろ考えるきっかけになったかも。
とても面白かったです。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/07/02 (土) 19:00
1905年にロシア第一革命が各地で労働者による暴動が勃発したことにより起きた。同年2月17日に馬車で外出中の大公を爆弾で殺害したエスエルのテロリストで、詩人でもあったイヴァン·カリャーエフに焦点を当てた、アルベール·カミュの言葉を巧みに取り入れた戯曲『正義の人びと』を観ました。
詩人で理想主義者で、甘言が上手いカリャーエフを中心に、おそらくテロ兼社会主義革命を目論む組織のリーダーアネンコフ、カリャーエフと激しく対立する現実主義者で抑圧された人々を自由にする為なら手段を選ばない冷酷感であり、正義感が人一倍強すぎるステパン、必要以上に喋らず、あまり感情を見せない爆弾作りのエキスパートドーラ、カリャーエフと同じく爆弾を実際に投げる役目と同時に、情報収集をする、極度に臆病で神経質だが、追い詰められると何をやらかすか分からない、非常に情緒が不安定で危なっかしく、危険なヴォワノフら個性豊かで、ひと癖もふた癖もありそうな面々による主にアジトの中でドラマが進行し、カリャーエフの自問自答やカミュとの対話場面、緻密で極度に緊迫したカリャーエフとステパンがそれぞれの正義感の違いによる激論を戦わす場面、信念が揺らぎ、不安に怯え苛まれ苦悩するヴォワノフとアネンコフとの対話などを通して、それぞれの正義感の違いや感覚のズレを通して、何を持って正義と言えるのか、そもそもこの世に明確な正義と言い切れる理由が浮かぶ正義など存在しうるのか、明確に何を根拠に間違っていると言い切れるのか、不正をして人々を抑圧している側の人間はテロ行為という手段を使って殺したら、それは正義の名のもとのことであるから許されるのかなど、人それぞれ、千差万別に、それぞれに正義と言う感覚があって、それにはハッキリとした答えはすぐには出せないということも分かってきたが、正義と言う問題について深く考えれば考えるほど謎が深まり、奥が深く非常に重たく、それでいて最近のウクライナ問題や香港問題、ミャンマー問題を考える上でも、切っても切り離せない重大問題だと感じた。
劇中、最後の方で、ドーラがカリャーエフが首吊り刑になる詳細をしつこく狂ったようになって、ステパンやヴォワノフに聞き、今度は自分が爆弾投げをやるんだと言うようなことを言い始めるくだりを観て、何処か他人事でなく、身体が凍りつき、すーと寒くなった。
カミュ役の俳優以外、男役も含めて全員女性だったが緊迫し、戦慄し、激しく罵り合い、激論を飛ばしか一抹の不安などの表現も含めて、自然に見え、声質も含め、宝塚の男役なんかではなく、役に入り込んでからしばらくすると普通に男に見えてきて、非常に素晴らしかった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/07/04 (月) 13:00
非常に重たい内容の作品で、見終わった後、どっと疲れが(褒め言葉です)。おそらく、普段は画廊として使用していると思われるスペースで、普通だったら邪魔な階段をうまく利用し、照明も必要最低限。しかも、男の革命分子役を女優が演じるという気を衒ったことをやりながらも、スムーズにストーリーに引き込まれるほどの表現力あり。これぞ小劇場の醍醐味といった作品。
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
物語は、二十世紀初頭(1905年)のロシアで起きた事件がモデルになっている。原作はアルベール・カミュ、それをオフィス再生が独自の演劇的な観せ方によって 重い内容を抒情的とも思えるような公演にしている。
事件は、圧政に苦しむ何万人の人々を救うために一人の人間を殺す。その人を殺せば何万人もの人が助かる。その「正義」とは、を問うもの。同じ年、ドイツのマーネスが著書「保険論」において「一人は万人のために、万人は一人のために」という名文句を書いている。書かれた背景や状況は違うが、「一人」と「多数」を並(比)べて考察している点が興味深い。
オフィス再生の公演は、深い内容を緊密に紡ぎ、照明や音響といった舞台技術で効果的に観せるという印象を持っていた。本公演も例外ではなく、さらに六本木ストライプスペース(初めて行った)という会場の構造的な空間を上手く利用し、より印象深く観(魅)せてくれた。勿論、心地良い緊張感を持ってである。
登場人物は、カミュ以外は女性キャスト、だからこそ「僕」という表現によって立場、考え方が鮮明になってくる。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)