チェーホフも鳥の名前 公演情報 チェーホフも鳥の名前」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-8件 / 8件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2022/01/29 (土) 18:00

     全体を通して、そして、明治時代にサハリン島/樺太に刑務所長とポチョムキンの娘ナターシャの結婚披露宴に招待されてやってきたチェーホフ、大正時代に塩川家にやってくる宮沢賢治など、小さな誇るべき事柄も加わりつつ、昭和初期から第二次世界大戦に日本が突入していく過程、そして戦後から昭和の後期までを、一つの家族とそれに関わる人たち、そこから派生した家族や子孫を中心に、サハリン島/樺太におけるロシアと日本の交流や歴史を描いていて面白く、且つ、最後には感動していた。
     日本とロシアのサハリン島/樺太における交流や、サハリン島/樺太の明治以降の全体的な歴史の流れはしっかりと描けていたし、時々スライドも使うことで、リアル味を補強もしていた。また、戦争の悲惨さも描ききっていて、共感や悲痛を感じれた。
     登場人物が異常なほど多いのは良かったが、それを何人かの俳優で何役も演じていて、何人かの俳優を除いて、ほとんどの俳優が何役やってもおんなじような縁起をして見えたので、それはどうかと思う。確かにこの劇は、サハリン島/樺太における、ロシア人と日本人との交流や歴史を伝えることがメインなのはわかる。しかし、登場人物一人ひとりの印象が薄い完全なドキュメンタリー劇なら、何も劇じゃなくても、映画やドキュメンタリーTVドラマ、または、新聞の特集記事や、雑誌の記事、もしくはノンフィクション本にでもすればよいのであって、劇という表現媒体にこだわる必要はないんじゃないかと思った。劇として面白くするためには、魅力的な登場人物や個性的な登場人物が今回の劇では少なかったので、そこらへんを演る役者も含めてもっと深く検討すべきだと思う。
     途中度中、コミカルな笑いや、ドタバタな笑いがあって、時々緊張を解きほぐせて良かった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    そこに暮らす居住者の気持ち、様々な人種が暮らす中での生活がわかるとてもいい作品で後世に残していきたい作品
    生演奏の演出、舞台上の演出も作品を盛り立ててよかった。

  • 実演鑑賞

    良い舞台だったと思います。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    素晴らしい。時間を置いてまた観たい傑作。これはまさしく映画で、舞台でこの感覚を表現するのは凄い。中南米の映画で同じ空気感を味わった記憶が多々ある。スペイン語圏の手触り。惜しむらくは、役者が何役も兼ね過ぎていて逆に勿体無い部分も。あの時代のあの時にしか存在しない人、と云う余韻が感じられない。あと人物説明が台詞頼りで下手。説明なんかなくても一族の子孫だと自然に感じ取れるようにしなくてはならない。ワジディ・ムワワドなんかはエンターテインメントを上手に取り入れて複雑な人物相関図を娯楽化してみせた。でも今作が大好きな映画ファンは多い筈。行ったこともない樺太に望郷の念を覚え、時間のたゆたう揺り籠に揺られ世界に酔いしれていく。タイトルはサハリン島を訪れては去って行く人々を渡り鳥に見立てたらしいが、センスが良い。村上春樹の短編みたい。

    樺太を舞台にした作品と云えば、映画『樺太1945年夏 氷雪の門』(舞台版もあり)や最近では吉永小百合主演の『北の桜守』。終戦したかと思いきや、5日後、突然ソ連に侵攻されて恐怖の中逃げ惑い、絶望の中青酸カリを飲んで自決する女性達。民間人の引揚船をソ連の潜水艦が襲った「三船殉難事件」では1700人余りが殺戮された。当時は人口40万人、王子製紙の工場が立ち並び、国内の需要を賄い栄えた地。

    全四幕、三時間、1890年から1980年代まで三世代に渡る激動の樺太(サハリン)に生きた人々の叙事詩。

    美貌のロシア人(時には京都弁)一族の山岡美穂さんが一本の幹、とにかく華がある。ギリヤーク人(ニヴフ人)の血筋、高原綾子さんは何処にも属せない異邦人を象徴。朝鮮人の一族、仲谷萌さんは幕間のシーンで圧倒的な見せ場(一番印象に残るシーン)。千田訓子(せんだとしこ)さんはチェーホフに宮沢賢治サハリン墓参団と、樺太を訪れる来訪者となる。

    下手では田辺響氏等のパーカッション、木琴、多種多様な民族楽器が効果音を奏でる。黒木夏海さんの透き通った唄声が美しく、ラストの歌はピタリと嵌った。

    ネタバレBOX

    幕間のソ連軍との交戦シーンは巨大な白い幕に影を投影して表現。そしてその白い幕が大地に敷かれると、その上を逃げ惑い走り続ける妊婦仲谷萌さん。爆撃が続く中、シーツの四隅が順番にウェーブされていき波立つその上を必死に走って行く。悪夢の表現として美しい。
    命懸けで守られたその赤子は内地から40年振りに顔も知らない母に会いに樺太に来るのだが、仲谷萌さんは結局姿を現さない。現さないことが伝える余白の大きさ。
    そしてラストに黒木夏海さんが歌うのは宮沢賢治の『星めぐりの歌』で、これしかない選曲。

    チェーホフの『三人姉妹』のヴェルシーニンの台詞が何度も何度も繰り返される。「やがて貴方達の声が時代の中で掻き消されてしまったとしても、それでも貴方達の存在は何の意味もなく虚しく消えてしまう訳ではない。世界に何一つ影響を残さず終わっていく訳ではない。必ず貴方達の生きた痕跡は素晴らしい未来への礎となっていくでしょう。」(意訳)。

    上演中、咳の止まらない観客が近くにいて、スタッフの方が「宜しければ席を移動されても構いませんよ」と声を掛けて下さった。どうも有難うございました。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    サハリンにたくさんの人が来て、去っていく様子は渡り鳥のようでしたね。

    ネタバレBOX

    サハリンに来た人が、厳しい環境に耐えながらも助け合い生きていく姿、そして心の中の想いがひしひしと伝わり、重い雰囲気で話が進行していきますが、ぐいぐいと引き込まれていきました。全体の構成に変化があり、3時間の長さを感じませんでした。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    観応え十分、お薦め。
    演劇としてのモキュメンタリーといった公演。登場する人物・家族等はフィクションであるが、サハリン(樺太)という 地の出来事、その歴史はドキュメンタリードラマとして構成されている。単にサハリンにある街と人々の暮らしを描いたクロニクルではなく、演劇的要素をしっかり取り込んでおり、上演時間3時間はそれほど苦にならなかった。

    約100(1890-1980+α)年のクロニクル、当日パンフに第1幕~第4幕と幕間における時期・場所そして登場人物を表した人物相関図が書かれており、物語の展開における系譜はそれほど混乱せず観ることが出来る。サハリンは「北海道の宗谷岬から約43㎞北にある島」だというが、行ったことはない。ほとんど知らない 地、その場所における激動の歴史ーー視点は、そこで暮らす人々の日常的で平板な営みの中で捉えている。またパンフには年表もあり、切り取った場面だけではなく、その前後の事件や背景を知ることで、物語で描こうとした意図が分かってくる。第1幕目には、以降の幕に繋げる系譜を表すため、すべての人物(全キャスト)を登場させ、なるほどと思わせる大胆な幕開け。(物語の展開:樺太→サハリン)土地の繋がり、人の血の繋がりといった、いわゆる地縁血縁を知ることで、自ずと「土地」や「人間」が主人公であることが分かってくる。物語は特定の主人公を定めることなく、市井の人々の営みと時の流れによって重層的に立ち上がってくる。そして記録写真やスナップ写真を適宜映し出し、その時々の光景を見せることで事実を突き付けるという巧さ。もちろんシーンに合わせた生演奏や生歌が叙情豊かにしている。
    (上演時間3時間 途中休憩10分)

    ネタバレBOX

    舞台美術…第1幕(ポチョムキン邸)は、中央に大きな簀子状の平台があり、その上にテーブルと椅子が数脚。平台の所々に草が生えている。後ろには大きなスクリーン。下手に演奏ブースがあり多くの楽器とスタンドマイクがある。第2幕以降はテーブル等の配置を変え、描いている時々の場所の光景になる。セットを作り込まないのは、約100年という時の流れの中で情景・状況は常に変化し、舞台としての視覚で印象を固定化させない狙いがあろう。

    物語は1890年ロシア領時代、ポチョムキン邸で この家の娘・ナターシャと刑務所長デルビンの結婚式の場面から始まる。しかし第2幕(1923年)で、ナターシャは毛嫌いしていた塩川正十郎と結婚し、娘マーシャを産んでいる。ナターシャとマーシャは、母・娘とも山岡美穂さんが演じ、第3幕以降も血の繋がりが分かるような配役になっている。さて第1幕目に作家チェーホフが登場し、結婚式に招かれ祝福している。ちなみに第2幕では宮沢賢治として、両作家を千田訓子さんが同じ役割ー第三者目線で観察している。その存在は、強烈な作家性を描くというよりは、その地で暮らしている人々との交流が主。あくまで市井の人々が主役である。舞台(板)上がフィクションの物語だとすれば、スクリーンに映される映像はドキュメンタリー(時代背景・状況)で、特に戦時中のものは生々しい。演劇と映像、フィクションとドキュメンタリーといった異なる要素を上手く融合させた見事な公演。また舞台中央に大きな白幕を広げ、その裏で役者が激しく動き回り人影(絵)で臨場感ある戦闘表現。さらに系譜の流れに沿った(具体的)ドラマだけではなく、幕間(1945年 日本領時代)や第3幕(1945年12月)では、戦時・終戦を経て大きく変わった環境(状況)を、夫々の家族の変化に重ね合わせて切々と語る。薄暗い中へのスポット照明、その光の中で心境を吐露する。モノローグ、ダイアローグと形態は違うが、確かな心象風景が浮かび上がる。独白・対話者以外の全員が簀子状の縦・横の辺に並び眺めている。確かに眺めている様子であるが、本当は心中は同じとの意味合いか。この時にサハリンの風景や家族写真が映され事実ー歴史が刻まれる。

    この地には、ロシア人、日本人、朝鮮人、ニヴフやアイヌなどの北方民族、様々な人々が住んでいたという。しかも囚人まで説明するといった「人間描写」に驚く。しかし国家間の思惑や戦争によって人々は翻弄された。国ー領土という概念によって地名はもちろん統治方針等が変わる。しかし人々の意識や暮らしはどうなのか。統治者やそれに近い人間は立場等によって態度が急変するかも知れない。が、多くの人々はその地に愛着を持ち、願わくば多民族のまま暮らしを継続したいような・・・。台詞に長い年月の中で、結婚によって「日本人になった」「ロシア人になった」とあるが、民族・人種そして人間とは?を考えさせる。劇中、チェーホフの「三人姉妹」「桜の園」を読んで、「(夫)教訓がない」、「(息子)主人公は誰か?」といった字幕が映されるが、それこそが、この物語を暗示している。

    この物語を抒情性あるものにしているのが、多様な楽器の演奏と生歌であろう。黒木夏海さんの憂い、または潤いのある歌声、そして登場人物に関わりのある選曲(例えば「星めぐりの歌」(宮沢賢治 作詞/作曲)など気が利いている。
    演劇(物語)には終わりがあるが、サハリンーその地で暮らしている人々は今現在も続いている。スクリーンには、1980年代以降のことも字幕で伝えている。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

     時代の画期をもっと明確に示さないとインパクトが弱い。内容的には四幕ものなのだが、演出でも脚本でも上記の点が弱い。

    ネタバレBOX

     原因は、チェーホフの捉え方、賢治の捉え方に天才たちの抱える地獄を見て居ない点だと考えるが、この傾向は、休憩前の2幕分に特にハッキリ出た。上っ面をなでているような印象を持ったのだ。休憩後、多少実存的に集約されたが、戦争が身近に迫っている状況との関わりの為だ。
     ホリゾントにスクリーン。オープン時には板上中央に簀子式の平台を据えその中央部に横長のテーブル、テーブル左右と奥に椅子が据えてあり、テーブル上には酒瓶。食器等が各椅子の前にセットされている(場転で平台の上のレイアウトは変わる)何せサハリン(樺太)の19世紀後半から20世紀後半に跨る100年以上の歴史物語なのだ。
     板下手には生演奏用の大きさ、形の異なる多くのタムタム、木琴のような楽器、貝殻を繋いだガラガラのような民族楽器等と横笛(篠笛かも知れぬ)他名前の分からぬ楽器多数、楽器の置かれているのは絨毯の上、少し離れてギター、3名のミュージシャンが生演奏をしてくれるが、女性はボーカルも担当、宮澤賢治作曲・作詞の歌等を披露。こんなに美しい声で賢治の作曲・作詞の歌を聴けるとは思わなかった。賢治は大好きな詩人なので今迄それなりに生の歌唱は聴いてきたが今迄聴いた賢治曲の歌唱では最高のできであった。
     歴史的な激動に翻弄されたサハリン(樺太)は、元々樺太アイヌ、ギリヤーク、オロッコ等の北方民族が住む一種のゾミアであったから倭国(日本)や大陸(ロシア等)と交易をしていて国家という概念には当て嵌まらない島であった。だが欧州の影響を受けロシアも日本も近代国家としての体を為してくると南下するロシアと間宮海峡を発見・命名した日本の対峙する最前線となった。この島の悲劇の始まりである。以降帝政ロシア・ソ連VS江戸幕府・大日本帝国・日本との争奪戦の最前線となったからである。何れにせよこの島が近代の影響を受けるようになって以降は、先住民以外に日本人、ロシアの島流しにされた囚人{主として移住囚(汚職等凶暴な犯罪を犯した訳では無い者)と懲役囚(重犯罪人で更生の見込みが無いと判断された者達)に分けられ、懲役囚は鎖で両手を拘束され炭鉱労働に従事させられた。}、大日本帝国に植民地とされ、日本国籍や創氏改名を強制された朝鮮人等様々な人種が住んで居た。当然、言語も多様なら肌の色、目の光彩の差、髪の色も多様であり、婚姻に関しても他民族との結婚が多かったと思われるのは、作品化されても不自然な感じは全くないことから想像できる。無論社会的ヒエラルキーの差から身分差、教育程度の差、貧富の差等は出て来るし、差別・被差別問題もある。然し現代日本で起きるような陰湿性は無い。また極めて興味深い点が、チェーホフや宮沢賢治がこの島を訪れた史的事実が在ったことである。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    ニットキャップシアターの『チェーホフも鳥の名前』を観劇。

    初見の劇団で、2020年の岸田戯曲賞ノミネート作品。

    舞台はサハリン(樺太)。
    1890年から1980年までのサハリンで生きつづけた市井の人々の話。
    日本、ロシア、韓国の人々が、近代以前はどこにも属していなかったサハリンで、国家間の争いに翻弄されながら生き永らえる。
    ただ描かれる人達から悲壮感は感じられず、時代に身を任せながら、波に溺れる事もなく、多民族国家を行き来しながら時が進んでいく。
    歴史的背景は決して明るくなく、生き続ける事には厳しいものがあったにも関わらず、作家の登場人物たちへの眼差しは優しい。
    国家同士の分断が現代社会の最大の問題ではあるが、このサハリンでの多民族間の生き方こそが今の世界に必要ではないか?と劇作家とチェーホフは叫んでいる。
    そして誰も取り上げた事のないサハリンという島と人々の歴史を取り上げた事が目玉だろう。
    今作を演劇作品としてはお薦めはしないが、劇作家の静かな声を我々は聴かなければいけないだろう。

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