チェーホフも鳥の名前 公演情報 ニットキャップシアター「チェーホフも鳥の名前」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    素晴らしい。時間を置いてまた観たい傑作。これはまさしく映画で、舞台でこの感覚を表現するのは凄い。中南米の映画で同じ空気感を味わった記憶が多々ある。スペイン語圏の手触り。惜しむらくは、役者が何役も兼ね過ぎていて逆に勿体無い部分も。あの時代のあの時にしか存在しない人、と云う余韻が感じられない。あと人物説明が台詞頼りで下手。説明なんかなくても一族の子孫だと自然に感じ取れるようにしなくてはならない。ワジディ・ムワワドなんかはエンターテインメントを上手に取り入れて複雑な人物相関図を娯楽化してみせた。でも今作が大好きな映画ファンは多い筈。行ったこともない樺太に望郷の念を覚え、時間のたゆたう揺り籠に揺られ世界に酔いしれていく。タイトルはサハリン島を訪れては去って行く人々を渡り鳥に見立てたらしいが、センスが良い。村上春樹の短編みたい。

    樺太を舞台にした作品と云えば、映画『樺太1945年夏 氷雪の門』(舞台版もあり)や最近では吉永小百合主演の『北の桜守』。終戦したかと思いきや、5日後、突然ソ連に侵攻されて恐怖の中逃げ惑い、絶望の中青酸カリを飲んで自決する女性達。民間人の引揚船をソ連の潜水艦が襲った「三船殉難事件」では1700人余りが殺戮された。当時は人口40万人、王子製紙の工場が立ち並び、国内の需要を賄い栄えた地。

    全四幕、三時間、1890年から1980年代まで三世代に渡る激動の樺太(サハリン)に生きた人々の叙事詩。

    美貌のロシア人(時には京都弁)一族の山岡美穂さんが一本の幹、とにかく華がある。ギリヤーク人(ニヴフ人)の血筋、高原綾子さんは何処にも属せない異邦人を象徴。朝鮮人の一族、仲谷萌さんは幕間のシーンで圧倒的な見せ場(一番印象に残るシーン)。千田訓子(せんだとしこ)さんはチェーホフに宮沢賢治サハリン墓参団と、樺太を訪れる来訪者となる。

    下手では田辺響氏等のパーカッション、木琴、多種多様な民族楽器が効果音を奏でる。黒木夏海さんの透き通った唄声が美しく、ラストの歌はピタリと嵌った。

    ネタバレBOX

    幕間のソ連軍との交戦シーンは巨大な白い幕に影を投影して表現。そしてその白い幕が大地に敷かれると、その上を逃げ惑い走り続ける妊婦仲谷萌さん。爆撃が続く中、シーツの四隅が順番にウェーブされていき波立つその上を必死に走って行く。悪夢の表現として美しい。
    命懸けで守られたその赤子は内地から40年振りに顔も知らない母に会いに樺太に来るのだが、仲谷萌さんは結局姿を現さない。現さないことが伝える余白の大きさ。
    そしてラストに黒木夏海さんが歌うのは宮沢賢治の『星めぐりの歌』で、これしかない選曲。

    チェーホフの『三人姉妹』のヴェルシーニンの台詞が何度も何度も繰り返される。「やがて貴方達の声が時代の中で掻き消されてしまったとしても、それでも貴方達の存在は何の意味もなく虚しく消えてしまう訳ではない。世界に何一つ影響を残さず終わっていく訳ではない。必ず貴方達の生きた痕跡は素晴らしい未来への礎となっていくでしょう。」(意訳)。

    上演中、咳の止まらない観客が近くにいて、スタッフの方が「宜しければ席を移動されても構いませんよ」と声を掛けて下さった。どうも有難うございました。

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    2022/01/30 08:46

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