公演情報
「藤田嗣治〜白い暗闇〜」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★
藤田が27歳でパリに渡るところから猫と裸婦の画家として名を馳せたのち、日本で戦争画に手取り組む際の葛藤などを130分で描く。鈴木アツトさんの作・演出は初めて拝見するけれど、表現者の葛藤と自負を丁重に描いて面白かった。
映像鑑賞
満足度★★★★
「ケストナー」に続き歴史上の人物(芸術家)を戦争との関わりを焦点化して描いた秀作。前作が初見の劇団印象の過去作は見てはいないが「演出家」のユニットという認識は「劇作家」のそれに変った。
「戦争画」を巡ってのやり取りに後半長い時間が割かれている。
話は逸れるが・・今ハマってる朝ドラが「花子とアン」(時々思いついたように過去の朝ドラを見る事がある)なのだが、村岡花子の幼少からの人生をじっくり描いていてスパンが長い。「赤毛のアン」はいつ出て来るのかと思いながら見ていたら、殆ど最終段階に、ひそやかに、その英文の本が手渡される。今、それどころではない、戦争の渦中に。ドラマは花子(本名ははな)が甲府の貧しい農家から東京の女学校に上がり、社会人になった頃でもまだ大正時代、社会は徐々にきな臭さを帯びるが、描かれるのはあくまで花子の生活圏のドラマ。時折「社会」の風が姿を見せるのであったが、回も大詰めを迎えた第141回の今は日米戦争真っただ中の1943年。社会(国)は覆っていた布の下から露見した般若の形相でむき出しの暴力性をあらわしている。1930年代後半から強まっていた息苦しさが、息継ぎをする間も与えられず胸が抉られるように苦しい。あと2年もこの時を耐えねばならないのか、と。
・・芝居に戻れば、主人公・藤田嗣治が芸術家が食って行けない時代に「戦争画」を書いた、と言ってしまえば実も蓋も無いが、芝居ではこの藤田にそれを書かせるまでに様々な契機を与え、周囲に説得させている。つまり「何故」との問いに単純には答えられない「戦争期」というトンネルを潜った藤田の暗中模索の時間を思うのである。ポツダム宣言受諾後「戦争犯罪」の訴追を予想した、架空の弁明の台に芝居は藤田を立たせる。体制に協力したか否かは、確かに重要であろうが、この作品が描く藤田は果たして何に学べただろうか、とふと思ってしまう。
コロナの間、いとも簡単に「一色」になり、お上の制限を受け入れ、殆ど感染確率のない不要な「対策」を自らの判断で受け入れるだけならまだしも、他人を非難する行為が(TV出演の医師、専門家の一部さえも)横行した。
学ぶべき財産である先人の大きな失敗から、何も学んでいない日本の現実を見れば、それに比べて一人の画家の当局への協力が、戦争を「描く」という行為が、何ほどのものだろうというのが実感だ。
「アン」に戻れば・・(戻る必要もないが)
花子とは紆余曲折ありつつも常に腹心の友であった蓮子(白蓮、仲間由紀恵)は、愛を貫いて築いた家庭を守る思いばかりでなく、子どもたちのために戦争を終らせねばならないと昔とった杵柄、活動家として動き始める夫にも理解を示し、心の底で結ばれている。その蓮子は「一色に染まる」時代の変化にいち早く違和感を抱き、その事を言葉にする。それに対し、まだその時は「空気に逆らわない事が個人のため(時代がこんなだから)」と信じて周囲を気遣っていた花子は、同じように蓮子に「口にしない」ことを助言するが、既に夫が一度投獄され、現状に甘んじる事こそ子供たちへの裏切りと強く感じている蓮子にとって、「何も言わない・しない」事はあり得ない選択であり、花子に「あなたのような卑怯な生き方はしない」と言わしめる。
戦争を背景にした生活の細部での理不尽さ(大いなる滑稽さ)を、このドラマでは「静かに」描いている。
2014年放映というから、「まだ」7年だが、震災・原発事故の記憶がまだ生々しい中、このような真摯にテーマ性と向き合う場面が作れた時代だったのだな、と思う。この後、戦争法案可決、20万人デモが徒労に終わった揺り戻し、安倍政権のやりたい放題(森友、加計、文書偽造(役人忖度によるが圧力はあったのでは)、統計偽造や統計法変更(アベノミクス成功を印象づける)等々)と、個々の案件は個々のものだが「それを許す」面倒臭がりの市民を生み出した。中でも地味で大きな変化は報道に携わる人員の変化だろう。
蓮子と袂を分かつことになった花子も、譲れない一線を見てある決断をする。
恐らくドラマは戦争の経過をなぞり、降伏。花子は翻訳を完遂し、広く読まれる事になった「赤毛のアン」の初版本の装幀のアップで終わるのだろう。
戦争を生きた者にとっては、忘れたい時代であるかも知れない。だが、そこから何かを見つけなければ、踏み締めがいのある足がかりがなければ、望みの持てる未来への期待など湧いてこないのではないか。苦痛を避けたい弱い存在であるが、苦痛の中に希望を見ようとするのも悪くないと思ってみる今日である。
実演鑑賞
満足度★★★★★
表現する者が第1に為すべきこと。それは問題提起である。演劇に於いてもアーティストとして演劇に向き合う者なら、この点を疎そかにすべきではない。今作は、そのような立場から書かれ上演された作品と観て良かろう。この勇気ある上演に拍手を送る。
実演鑑賞
満足度★★★★
ゲルニカを越える物を描きたい藤田は、軍の策略に乗ってしまい戦争画を描く事に・・・♪
残念な事は画家の生活観が感じられ無かった事か・・・♪
実演鑑賞
満足度★★★★
印象的な見た目な主人公=レオナール藤田は
再現しやすかったかなーと
なかなか画家というものを丁寧に描いてみせていた感のある
2時間10分の作品 自由席
コロナ下でもあり座席間隔は開いておるも
場内は満席状態であって関心度は高い舞台だったとも感想
アンケートは用紙でミニペン付き
50kgぐらいの上質紙みたいでしたわ
・・・今月はBUNKAMURで超有名画家の作品見たりと
絵画に関するコトに今作含めて縁があるかしらん(^-^)
なんか油絵描きたくなってきますね~♪
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2021/10/28 (木)
価格4,000円
28日19時開演回(130分)を拝見。
1幕10場の舞台、自分には忙しなく感じられたが、ヒトによっては”テンポ良く”と取る向きもあろう。
なお、2回ほど、場転の最中、出演者が唄を口ずさみながら作業に当たっていたのは、単調さを避ける、という意味合いで好感。
まだ公演中なので詳細は伏せるが、主人公の藤田嗣治は当然として、藤田を戦争画に導いた朝日新聞記者・住喜代志に強く心惹かれた。
生死の境にいる兵士たちの魂を、キャンバスの上に永遠に刻み込もうとした画家
貧富の差なく、全ての国民が平等にお国のために働けると、ある種の理想郷を戦争に見出した新聞記者
しかし、それぞれの初志とは裏腹に、いつしか時代の狂乱に飲み込まれていった、この2人の(実在の)登場人物。
もし今も存命だったら、是非、話を伺ってみたい!と願わずにはいられなかった。
実演鑑賞
満足度★★★★
藤田嗣治(間瀬英正)の、世に出たい野心と自己宣伝、画力、茶目っ気と憎めない可愛げがいい。フランス語もできない不遇の渡仏当初から、パリ画壇で認められ、帰国して戦争画で国民の喝采を浴びるまで。「北斎のような大波に飲み込まれる」様を現前する興味深い2時間10分だった。トレードマークのおかっぱ頭が、50代になると白髪交じりに、日米開戦後は刈り上げの73分けに、と髪型の変化で年齢と時代を描いていた。
パリ時代は娼婦でモデルで恋人のナタリア(廣田明代)との出会いと別れを軸に、「乳白色の肌」誕生秘話(多分フィクション)も描く。
パリの後輩日本人画家村中青次(泉正太郎)が、ニセ藤田を語っていい思いをするという展開は面白い。
朝日新聞の記者住喜代志(二条正士)が「大衆は戦争を見たいんだ」と、藤田が「裸婦と猫の画家の自分には合わない」としぶるのに「ノモンハン事件」の絵を聖戦美術展に出品させる。藤田は時々現れる村中との対話で、戦争画で得る名声への期待と、自分が自分でなくなるような不安を示す。
脇役たちも的確に選ばれた人物配置で、物語を膨らませていた。短期のパリ滞在で、控えめな和服女性からわがままな女優のように変わってしまう4度目の妻君代(山村芙梨乃)、絵が下手で下男のようにこき使われる「一番弟子」の山田秋平(片山仁彦)、戦争体制に批判的な、敗戦後は藤田の戦争協力の責任も「あったことをなかったコトにはできない」と指摘する多聞土郎=つちろう(小柄で活発な女優の杉林志保)。藤田の父嗣章(井上一馬)が軍医で、軍医総監にまでなったと走らなかった。
人物相関図はこちら
https://twitter.com/inzou/status/1452959920727355393/photo/2