苺と泡沫と二人のスーベニア 公演情報 苺と泡沫と二人のスーベニア」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.1
1-17件 / 17件中
  • 満足度★★

    「ものづくり計画」として上演していても、作者や演出の人によって全然別物になるのだなと。

  • 満足度★★★★

    東京近郊を舞台にした恋愛群像劇。ちょっとライトウエイトだけど、中々に興味深い。20代、30代の若者でしたらこんな感じなのでしょうかね。

  • 満足度★★★★

    東京の外れでの、女子会の雰囲気を思わせる、女子6人の友情が強く感じられた、
    広く浅くの群像劇の印象でした。
    全体的に軽快な感じで進むのもあってなのか、もうひとつ踏み込んだところも観たかったかな⁉︎

  • 満足度★★★

    あまり盛り上がりもなく、同調できることも少なかったです。
    20代の恋愛はこんな感じなんだぁ、と思いながら見ていました。
    女性の言葉遣いの悪さはとても気になりました。

  • 満足度★★★

    テンポ良く切り替わる場面の演出はキライじゃない。
    ただ登場人物全員のキャラをたたせようとして、ほとんどの人物のキャラが薄っぺらくなっているように感じた。
    次回に期待

  • 満足度★★★

    観やすい作品でしたが、物足りない作品でもありました。
    もう少し脚本にテーマ性があればと思いました。また、演出も無難過ぎたと思います。

  • 満足度★★★

    27歳の女性の、何とも言えないモヤモヤとか不安感や焦りが感じられる作品でした。共感できる部分と出来ない部分もありましたが、人により感じ方が違うので、それはそれで良いのかな・・と。全体的に何となく淡々としていて、盛り上がりに欠ける印象でしたが、女性陣が、皆可愛くて華やかでした。

  • 満足度★★★

    チケットプレゼントで拝見。約90分だけど、間延びした印象を受けるのは、シーンチェンジのタイム感がやや一本調子に思えるからか。あと回想シーンの処理も今一つ。前回の「夜を、徘徊。」は、暗転でテンポを切らずに照明の切り替えだけでシーンを変えていくオムニバス映画っぽい作りで、そこが面白いと思ったのだけれど、今回はみなみと研二郎の関係がメインっぽいのに、そこがうまく浮き出てこないなあと。

    ネタバレBOX

    しかし、チケットの価格帯も違うし、作・演出も(いつもと違う)映画監督の人ですよと明示してあるのに、それをいつものものづくりと違うから云々と言われても、劇団は困るだろうなあ。
  • 満足度★★★

    もの作り計画ということで、かなり期待して観劇。前作の瀬戸の花嫁やその前の天狗ラジオの感じで拝見したので、少し違うと思ってしまいました。本作は若手で元気よく演じられていて、よかったと思いますが、心に響く、共感できる部分は少し表現しきれなかったかなという感じでした。27歳もまだまだ若いので、若いうちはいろいろできる的な内容も少しだけ違和感かな。今後の皆さんの活躍に期待です。

  • 満足度★★★

    若手の役者さんを中心にしており,いつものメンバーのものづくり計画の芝居ではなかったからか?ストーリーにも感動や意思を伝えるものはなく,ただの観劇で終わってしまい,ちょっと残念な芝居であった。

  • 満足度★★★

    今を生きる27歳の女性達の姿を描いた公演。物語は屁理屈ではなく感情、それも恋愛感情を中心にして展開していく。構成は本筋と脇筋があるように思えるが、本筋と思える主人公-海沢みなみ と實方研二郎の恋愛模様が上手く表現出来ていないのが残念。逆に脇筋である みなみ の高校時代からの友人達の姿を通して27歳の女性の考えなり行動の一端が分かり易く描かれているが表面的だ。
    (上演時間1時間30分)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、上手側に居酒屋テーブル席、中央は一段高い段差を設けた深夜スナック?、下手側は壁際に椅子2脚のみ。柱のようなもので空間を区分しているが、居酒屋・スナックという場所を作り込んでいない。このセットはシーンに応じて居酒屋、スナックという空間を共有していることから、それぞれの空間を固定させない工夫。

    物語は、2人が付き合いだして6年が過ぎ、最近お互いの気持が解らなくなってきた。そろそろ”結婚”という言葉もちらつき始めたが、何となくチグハグした気持と行動。その結果、みなみ は別れることを決心し、新しい恋愛へ…。この本筋が、何故気持が解らなくなってきたのか、その描き方が弱い。一方、みなみ の高校時代の友人5人は27歳の等身大の女性を描く。と言っても早い段階で自己紹介(名前と職業など)をするだけで、それ以降も1人ひとりを掘り下げた描きがないため群像劇にもならない。2人の恋愛でも群像劇でもない中途半端な印象だ。ここに映画と演劇の観せ方の違いがある。フライヤーにある”私たちのたしかな賞味期限”という、20代半ばの焦燥のようなものが透けて見えるだけで、切実度は弱い。

    物語で印象的なのは、女性の27歳というのは恋愛や仕事にも微妙な年代であるということ。年齢をもって容姿や思考を云々する理屈よりも、優等生面の友人の不幸を面白がる、SNSで絡まなくなる(連絡なし)などリアルな感情表現が面白い。例えば高校時代から優等生で仲間内で唯一結婚している浅野京子、彼女は地方銀行に勤めたが、合併の影響でリストラされ再就職は難しいという状況。そして夫からは離婚を迫られるという悲哀、それを面白がる姿も…。また保育士の給料が13万という台詞から、経済的に生きづらい実態を語る。こちらの脇筋が27歳女性-賞味期限-が実にリアルに伝わる。その意味で本筋と脇筋が上手く絡まれば、もどかしく表現し難い感情がもう少し伝わると思う。

    物語の途中でダンスや歌(カラオケ)といった観(魅)せるサービス? 物語を分断しない工夫をしながら挿入する。舞台セットの色使い(白いテーブル・椅子、赤い敷物、段差ある上部はピンク)や外観、物語の展開の印象はポップ調。明るく元気な芝居は楽しめた。
    ちなみに、たびたび出てくる苺ケーキは、その昔言われたクリスマスケーキ(25日→女の25歳過ぎ)の売れ残りの比喩であろうか?
    次回公演も楽しみにしております。
  • 満足度★★

    「苺と泡沫と二人のスーベニア」のタイトルもフライヤーも魅力的なので観劇したのですが、違和感がありました。舞台美術は具体的な造りと抽象的なセットが考えられますが、もう少し工夫が欲しい。2件の酒場が概ねの展開。だったら、もう少し飲み屋らしくセットを作って欲しい。入れ替わり何人か女の子が酒を飲んで会話、時々踊ったりして盛り上げているつもりですが、芝居としては物足りないものがありました。

  • 満足度★★★★

    ものづくり計画初観劇。知人が過去作に出演していた事を知り親近感UP、また再演を重ねた前回公演の評判も記憶に。今回はレギュラー作演出でなく、勝又悠氏という映画畑の作・演出二度目の公演であるが、上野ストアハウスは冒険に相応しい劇場。
    演劇とは興味深いもの。不思議な感覚の中で興味深く舞台上の「現象」を目で追った。

    ネタバレBOX

    一定の年齢幅に収まる若手俳優(女性多し)の芝居。中心グループは20代後半の設定(他も下が20代前半、上は30過ぎといった所か)、だが恋バナの風景は高校生のそれに近い(片思い含む。友達でわいわい共有、等も)。もっとも中心グループ6人組は高校時代ダンスを文化祭で発表した「青春」を共有した仲で、酒が入れば往時に戻る、と見れなくもない。
    簡素な装置、照明変化で場面の移行、消え物なし、後部席からの遠目で容貌や表情がクリアに見えないことも助けて、全体の流れを鳥瞰的に見る格好になった。

    最小限の素材(カット・台詞)でドラマを成立させる技は、編集を旨とする映画の人ならではだろうか。
    まず居酒屋で騒ぐ6人グループ(主人公みなみが属する)の席に女店長が連れてきた新人バイト女子と一人ずつ自己紹介させるというリアリティすっ飛ばした導入から、観客のディテイルへの関心を削ぎながらも、舞台の方は馴染みやすいテンポで場面が変わり、「振り」を受けての次の場面という具合に巧く運んで行く。音楽、映画と同じくリズムが優先されている感がある。時間の芸術である音楽・映画は、極論すれば内容よりリズム(言葉の芸術では口調、文体に当たるか)を味わうもの。英語を知らずともLed Zeppelinに熱狂できる由。本舞台も人物の掘り下げが薄くともストーリーの展開に注視させるにはそれなりのテクニックが駆使されているのだろう、観る側(私)が勝手に人物の背景を与え、コマを動かし始める。中身にさほど執着なくとも。面白いものだ。
    もう一点は、殆ど居酒屋でしか喋らない仲良しグループのナチュラルな会話の発声とテンポが地味に場面の意味伝達に貢献し、高校演劇にしばしば見出だす彼ら固有の(と信じさせる)台詞及び超ナチュラル演技に通じるものが(これは監督の過去作=映画の題材にヒントが)。高校生ノリの恋愛話の続く冒頭しばらく中年層は置いてかれるが、やがて彼ら彼女らなりの苦悩が覗かれ、共感の対象に浮かんでくる。
    主役=みなみは彼氏と7年付き合って煮詰まっている状態。この二人の恋愛が最終的には中心線になるのだが、幸福なはずであるのは二人が仲良しグループ公認のカップルである事、ツツヌケである訳だが、要は「助っ人」は余る程いる。「甘い」と突っ込まれればその通り。

    場面は居酒屋(酔笑苑)とその近所のバー(カラオケがある)のほぼ2箇所。
    登場人物は大きく分けて6組。
    酔笑苑のおかみとバイト娘2人、バーのマスターと女性従業員、主人公の高校時代の仲良しグループ(6人)、主人公の職場の先輩2人、いかがわしい店(スーパーガールズ)の店長(男)と女性従業員、デブ専男とイケメン男とそれぞれの彼女の4人。で、どの組にも属さないのは主人公の彼氏、主人公の親友となる女の子(居酒屋新人バイトがそれ)の二人。
    「事件」は、イケメン男が年上のみなみに目をつけて誘い、みなみは疲弊のさなか、新たな恋の到来と浮かれ、やがて付き合う決断をし前の彼と別れるが、相手はクズ男であった。男はいずれ制裁を受けるが、その他のエピソードとして仲良しグループのリーダー的存在(エリート)が職場の銀行を辞めたが隠している事、スーパーガールズのマスターと恋仲の女性従業員とで何か画策しているらしい事、居酒屋のバイト2人があっさり辞め報酬の良いスーパーガールズの面接を受けた事、などなどが挟まれる。
    銀行を辞めた女性のエピソードは丁寧に描かれ(少々センチメンタルに寄ってるが)、離反と友情物語の常道を辿り、他の逸話は味付け程度。ここで少々問題ありと思うのは「いかがわしい店」エピソードの顛末。
    ドラマの都合なのだろうが、マスターと女性従業員の「謎」がラスト、ミュージシャンとしての夢を叶えるためにやばい店?を頑張ってお金を100万貯める目標を達成した事が判明。彼らは「いかがわしい」目的ではなく、音楽を目指すという「健全な」夢を持っていた、という種明かしを晴れがましくやってしまっている。職業に貴賎は無い、という事を踏まえているにしても、そこで働くしかない人間を、差し置いて脱して行く人間の「成功」にスポットが当てられる。しかも彼らは元々音楽活動をやっていて、地元では知られているのよ、と聞かされる。だったら音楽で勝負しろよ、という話だが、彼らはお金をテコに成功を手にしようとし、カネを貯めるために期間限定で「いかがわしい」仕事に手を染め、しめしめ金が貯まったら「抜け出せない人達」を店で買っておきながらそつなく抜け出して行く訳である。ケツに蹴りを入れたくなるエピソードだ。ほんの脇筋に過ぎないが、これを美談に収めている事はかなりのモヤモヤ。
    例の、どの組に属さない女の子(=みなみの親友、暫く会わなかった)は一方のヒロイン然と存在し、身の振り方が注目される所、じつはスーパーガールズで働いており、才能を認められ、また彼女自身も「新しい夢をみつけ」、音楽グループとしてのスーパーガールズ(いかがわしい店としての、でなく)に加入する事になったと発表。汚い仕事としての「スーパーガールズ」から、抜け出した者だけで、この物語の登場人物たちが占められるが、彼らはどういう徳目によってその立場を得たのだろう。対照的なのは酔笑苑をやめてスーパーガールズに走った女子が身が持たないからと断念した事、つまり苦労を耐え忍んだ者が成功を手にするのだ、とどうやら「説明」を施している。
    演劇というもの、容姿がその大部分をなす「存在感」が、配役にも反映する所あり、中心的な役が「成功」を得るのに根拠が薄ければ、意図せずして「容姿が良かったから」という因果関係が不可避に残る。・・この種の陥穽は、今のオリンピック、スポーツ界でのメダルへの固執に通じる気がするのは私だけ?

    さて、みなみとその彼氏が主役とすれば準主役が仲良しグループになるが、それは、勤務先の銀行を退職していた事実を隠していたメンバーやみなみに対して、終盤ようやくにして彼女らの真顔の台詞が吐かれる事でその内実を表わす。悪口も言い合う仲という所が、この芝居が見せた一つの成果。彼女らの現在の会話がいつしか高校時代へと遷移し、文化祭で発表したダンスのシーンになるなどは中々ぐっと来るものがあった。思い出は美しくて良く、芝居の上でも(だからこそ)存分に美化することが許される。時間の経過とともに「変化」していく哀しみ、無常観、切なさが大きくはテーマに流れている、と勝手に解釈してそれなりに哀感を受け取ったが、やはり終局での個々の展開に工夫が欲しかった。どうにもならないもの、解決できないものの方に着目し、だからこそ仲間であろうとする・・そんな構図が浮かび上がって来たかった。
  • 満足度★★★★

    歌あり、ダンスありで楽しかった。みなみちゃんの心の変化の波が大きくて、女の子の気持ちって複雑だな、って思った。
    二股かけていた、もとみちさん格好良かった。ファンが多そうですね。
    全体的に明るく、観ているほうも明るく気分になりました。

  • 満足度★★★

     余りに幼稚。中心になっているのは27歳の、それもリアリスト傾向の強い女性。この描き方では観客の期待する人間は見えてこない。

    ネタバレBOX

     今回の作・演はものづくり計画2度目の勝又 悠氏。普段映画を作っている人だが、前回(2018年ものづくり計画主催の「夜を徘徊」で舞台演出家としてもデビューした。こういった経歴の人なので未だ小劇場演劇の舞台の奥の院についての認識はないようである。今回の作品も中心になる27歳の女子たちの余りの子供っぽさに呆れてしまった。日本人の多くは現在世界各国の同年代と比較して極めて子供っぽいと感じる。分かり易い実例を挙げてみよう。大人と子供の法的な差は、定められた年齢に達して主権者となっているか否かという点で区分できよう。 
     無論歴史的経緯や国籍などの要件で日本国籍を認められなかったりする場合もあるが、分かり易くする為、ここでは取り敢えず一般的なことのみ論ずる。ところで海外で何年暮らそうとも、日本人の殆どは日本人とだけ群れたがる。これでは海外で暮らす意味がない。で、このような海外経験しかできない日本人も、言葉が出来ない訳ではなく、そもそも自分の考えを己の意見として言うことができない傾向がある。それは己が一個の人間として生きる時、少なくとも民主的な社会では権利と義務を負った社会的な存在であり、己の頭で考え他の人々と共存して行く為に必要であり、また人間として当然守るべき倫理や生活態度全般に対し、己の信じる正しいもの・ことに照らして己の思考・行動を審理し、間違っていれば原因を究明して改め社会的責任を果たす主体的自由市民として行動し、生きることであるハズである。然るに今作で描かれている若者のキャラは、そのように当然な人間としての意識も、自由の主体としての市民意識も、己の頭を用いて世相を観察し己の社会的存在を自覚しつつ選んだ結果にも責任を持たず、寧ろ異論・反論がある場合にはぶつかることを避けて通るような情けない生き方のみが猛威を揮って、主体たるべき個々人を内外から腐食してまさしくアパシー的状態に追い込まれた情けないというか、生きながら死んでいる、精神のゾンビそのものであるようだ。こんな状態が招き寄せる未来が暗いのは必然である。
     本来、小劇場演劇の持っていた可能性は、このように腐り切った社会を苛烈な批判的精神によってぶった斬るような精神を持っていたハズである。かつてブレヒトが実践したように。今作はそれとは真反対の作品であった。若い人にはもっと戦って欲しいものである。自由を惨殺するような連中と。
  • 満足度★★★

    とても楽しみにして出かけたのですが、少しがっかり。面白さを見つけることができませんでした。大丈夫?という感じでした。

  • 満足度★★

    出来立ての若い劇団の舞台のようだった。ストーリーに特に魅力を感じられず、いらない演出にはあ?となり・・・。一番強く感じたのは出演者の人生経験値の乏しさ。上手い下手より先に、理解力と感情の引き出しが足りないように思えた。また、こちらの舞台としては、今までのような温かみも感じられず。

    次回作、出演者の成長、共に期待します。

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