苺と泡沫と二人のスーベニア 公演情報 ものづくり計画「苺と泡沫と二人のスーベニア」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

     余りに幼稚。中心になっているのは27歳の、それもリアリスト傾向の強い女性。この描き方では観客の期待する人間は見えてこない。

    ネタバレBOX

     今回の作・演はものづくり計画2度目の勝又 悠氏。普段映画を作っている人だが、前回(2018年ものづくり計画主催の「夜を徘徊」で舞台演出家としてもデビューした。こういった経歴の人なので未だ小劇場演劇の舞台の奥の院についての認識はないようである。今回の作品も中心になる27歳の女子たちの余りの子供っぽさに呆れてしまった。日本人の多くは現在世界各国の同年代と比較して極めて子供っぽいと感じる。分かり易い実例を挙げてみよう。大人と子供の法的な差は、定められた年齢に達して主権者となっているか否かという点で区分できよう。 
     無論歴史的経緯や国籍などの要件で日本国籍を認められなかったりする場合もあるが、分かり易くする為、ここでは取り敢えず一般的なことのみ論ずる。ところで海外で何年暮らそうとも、日本人の殆どは日本人とだけ群れたがる。これでは海外で暮らす意味がない。で、このような海外経験しかできない日本人も、言葉が出来ない訳ではなく、そもそも自分の考えを己の意見として言うことができない傾向がある。それは己が一個の人間として生きる時、少なくとも民主的な社会では権利と義務を負った社会的な存在であり、己の頭で考え他の人々と共存して行く為に必要であり、また人間として当然守るべき倫理や生活態度全般に対し、己の信じる正しいもの・ことに照らして己の思考・行動を審理し、間違っていれば原因を究明して改め社会的責任を果たす主体的自由市民として行動し、生きることであるハズである。然るに今作で描かれている若者のキャラは、そのように当然な人間としての意識も、自由の主体としての市民意識も、己の頭を用いて世相を観察し己の社会的存在を自覚しつつ選んだ結果にも責任を持たず、寧ろ異論・反論がある場合にはぶつかることを避けて通るような情けない生き方のみが猛威を揮って、主体たるべき個々人を内外から腐食してまさしくアパシー的状態に追い込まれた情けないというか、生きながら死んでいる、精神のゾンビそのものであるようだ。こんな状態が招き寄せる未来が暗いのは必然である。
     本来、小劇場演劇の持っていた可能性は、このように腐り切った社会を苛烈な批判的精神によってぶった斬るような精神を持っていたハズである。かつてブレヒトが実践したように。今作はそれとは真反対の作品であった。若い人にはもっと戦って欲しいものである。自由を惨殺するような連中と。

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    2020/02/06 22:17

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