
我が家には「スニーカーの空箱を捨てない(で)」という暗黙のルールがある。子どもたちが頻繁に使用するトレーディングカードを収納するのにうってつけなのだ。カードは日に日に増え、今後もさらに増え続けるのだが、私にはそれをどう使うのか、各々にどんな差があるのかがわからない。しかしながら子どもたちはそれらをとても大切にしている。どのくらい大切にしているかというと、価値を心得ない母こと私にうっかり捨てられないよう、一時期は枕元に置いて寝ていたくらい。なかでも「キラ」や「レア」と呼ばれるタイプを引き当てたとき、子どもたちはとても興奮し、その瞳はカード紙質の如くキラキラと輝く。なんとなく調べたところ、約25億円で落札されたレアものもあるらしく、思わずナイキの箱に手を伸ばす。子どもたちにそのことを伝えると、せっせとバトルに興じていた二人が声を揃えて言う。
「ぜったい売らないで!」
5月1日より雑遊で開幕する、かまどキッチン『不安の街、横切る』は、そんなトレーディングカードを売買するカード専門店を舞台にした物語だ。秋葉原駅前店だが末広町駅前にあるそのカードショップの社員は三人。あとは複数人のバイトスタッフが出入りしている。一人、また一人と、お目当ての品を求め、あるいは換金を目的に、それぞれがさまざまな「理由」を抱え、その街を、その店を訪れる。
本作のあらすじや稽古の様子について触れる前に、まず、かまどキッチンというカンパニーについて紹介したい。

2017年に主宰で作・演出を手がける児⽟健吾の演劇作品を上演するソロプロジェクトとして設⽴。2019 年に劇団化され、プロデューサーやドラマトゥルクとして創作に伴走する共同主催の佃直哉、音響・照明・DJとしてテクニカル面を支える近藤海人、イラストと劇伴といったセクションからカンパニーのカラーや作品の世界観を立ち上げる坂田機械が加わり、4名での活動が始まった。同年12月に旗揚げ公演『ちいさめ借家怪獣アパートン』を上演。2023年には、クローゼットの洋服たちに巻き起こる出会いと別れをズームとアウトの両面から色彩豊かに描いた『燦燦SUN讃讃讃讃』を上演。季節の移行によってスタメンが交代されていく衣替え、洋服たちの抱える歓喜や哀切…俳優たちが立ち上げる鮮やかな擬人化によってポップな世界観ながらも、人と人の間に生じる悲喜交々や人間社会ともたしかに接続する余韻に満ちた劇作が話題となった。

「半径数ミリから数万キロまでを⽣活に再構築するフィクション」。前作『燦燦SUN讃讃讃讃』はカンパニーが標榜するそんなテーマを見事に体現した代表作であるが、3年ぶりの新作となる『不安の街、横切る』ではこれまでの作劇から一歩飛び出し、生活における実感に裏打ちされた新たなテーマに挑む。 これまで人間以外を登場人物に据えてきたかまどキッチンが描く人間社会、労働というサイクル、そしてそこからこぼれ落ちるものや語られにくいこと…訪れる者と去る者で構成される街、その集合である社会をかまどキッチンならではのモチーフを通じて活写する。

物語のはじまりは、店のはじまり。オーナーの和也(中村亮太)とスタッフの祈梨(立蔵葉子)の2名が開店を控えたカードジョイン秋葉原駅前店で準備に奔走している。子どもの頃から集めてきた大量のカードを大事に抱え、20年間プレイヤーとして大会にも出続けてきたという和也が満を持してオープンさせた城。まだ客も迎えぬうちから思わず感極まって泣き出してしまうほどの、念願の、悲願の城。しかし、そんな夢を実現した矢先、和也は忽然と姿を消してしまう。命ほど大切にし続けてきた、宝物の山を残して…。
とはいえ、オープンしたばかりの店を畳むわけにもいかない。和也の友人でオープニングスタッフである祈梨が代わりに店長を務め、大学生の妹である実里(山田遥野)や、和也の弟で海外の大会にも参加するほどの敏腕の競技者である数人(中村亮太)、在庫管理や通販業務などのバックオフィスを担う二宮(宝保里実)の力を借りながら店を切り盛りしていた。店の景気は良好であるが、事件はそれなりに起こるようで…。

稽古では、そんなゲームショップの日常の勤務風景を表出するバッグヤードと、外からその店へ訪れる客とのやりとりを描いたフロントの視点を往復しながら劇世界が構築されていた。つまるところ内側と外側、ハード面とソフト面。そして、そのあわいで起こる出来事、あるいは横断して生じる普遍的な人間模様によって、劇にもうねりが巻き起こっていく。
祈梨と実里の会話の応酬によって見えてくるのは、店の経営状況や内部事情。もっと言えば、カード専門店固有のルールやさまざまな特質である。誰もが知る普遍的な情報ではない分、説明的なシーンになりそうなところを、あくまで日常会話として自然にフラットにひらいていくことができるのは、現代口語演劇の魅力を心得た立蔵と山田の感度の高さあってのことだろう。会話と並行して行われる業務の身振り手振りといった細やかな仕草からもその日常の手触りがまざまざと浮かび上がってくる。ささやかながらもフィクションからリアルを立ち上げる俳優の技をたしかに堪能できるシーンである。

二人と同じく社員の二宮を演じるのは宝保里実。店長やグランドスタッフとして店の表側で業務を行う祈梨と実里とちがって、二宮はバックオフィスを専門としている。それだけに店内では口数が少ないのだが、その静かな佇まいの中にも、店やその場を巡る人間関係に対して複雑な感情が渦巻いていることがじわじわと伝わってくる。ぽつりと口にする一言一言が、この店で起きている状況、ひいてはスタッフ個々が抱える人生の課題や葛藤をクリティカルに貫く。そんな二宮は、ともすれば、観客と最も近い存在になり得るかもしれない。

海外の大会にも参加し、界隈では有名人でもある数人(中村亮太)はその知識と経験の深さから周囲からは一目置かれる存在。中村は、失踪した兄とその弟の2役を兼ねる。カウンター前を陣取る、店きっての常連客でありながらお金はあまり使わない立野(長井健一)と、金払いがいいが、一体何の仕事をしているのかその素性が見えにくい宮田(丙次)とともに、カード玄人のあるあるを痛快に繰り広げていく。専門店ならではの、個人の趣味が全面的に露出する白熱トークは本作の見どころの一つだろう。

一癖も二癖もある常連客の愛嬌と面倒さを、持ち前のコメディセンスと絶妙な調色によってあぶり出す長井と丙次は、店内のムードやカラー、界隈のマナーやルールを伝える重要人物でもある。対照的なキャラクターでありながら、それぞれのユーモアに裏打ちされた繊細な表現力は観客をたしかに“その世界”に引きずり込む。そんな二人と一見楽しげにやりとりしつつも、戦略的な視線も絶やさないその道のプロ。接客で見せる顔と隠された素顔を緩急豊かに往来する中村演じる数人は、まさに店内のグランドとバッグを繋ぐ、そして、時に断ち切るスイッチ的役割も果たしている。会話劇とコントの双方で培われた絶妙な間合いやリアクション。3人の登場シーンには、本作における笑いと皮肉が凝縮されている。

そんなある日、「今すぐ5分で査定してほしい」と早急な買取を求めて一人の客がやって来る。青野(波多野伶奈)というその女性は帽子を目深にかぶり、どこかよそよそしい様子だ。時間がいることを丁重に説明する実里と押し問答を繰り返していたところ、数人は一目見てそのカードが「怪しいもの」であることに気づく。世界に数枚しか存在しないレアカードを巡って起きるひと騒動。その背後には、予想をしない人間関係が糸を引いていた…。
問題を抱えている人間が無意識的に出してしまう本質的な姿。焦りと戸惑いを急ピッチで行ったり来たりしながら、毎秒刻一刻とオロオロと狼狽える波多野は、見ている側に「怪しさ」という感触だけでなく、「この怪しさの向こうにある事情を知りたい」という欲求を見事に駆り立てる。

稽古をひとしきり見学して、改めて本作のあらすじを目で追う。
「秋葉原駅前店だが末広町駅前にあるカードショップ カードジョイン秋葉原駅前店。社員は三人で、あとバイト。それと、いつの間にかいなくなってしまった人たち。俺たちはハタチそこらで扱うにはデカ過ぎる金額を手に、ゲームみたいな毎日を過ごす。金。幽霊。不安の街。」
稽古を通じて感じた、そこに登場人物が生きていることの強烈な存在感と、人の出入りによって変化していく店や街。そして、そこはかとなく横たわる不安と不在の感触。その全貌は、劇場に訪れてはじめて知ることができるだろう。
また、今日の稽古ではもう一人の出演者である藤家矢麻刀が自身のホームであるウンゲツィーファの公演中で稽古場におらず、その配役やシーンを知ることは叶わなかったが、図らずもそのことも劇場での観劇を待望する一つの理由となっていた。さまざまな作品で、そこにいる人間の温度を瑞々しく体現する藤家が本作でどんな役を演じるのか。おそらくその人物もまた物語の深部をあぶり出すキーパーソンであることに期待を寄せる。

「これ世界に8枚しかないんです」
劇中のセリフは奇しくも、唯一無二の8名の俳優たちと挑む新作への意気込みを伝えるようでもあった。トレーディングカードにおけるバトルでは、各々がそれぞれ「最強」と思うデッキで挑む。この演劇における最強のデッキは、言うまでもなく最強の俳優。そして、最強のスタッフだろう。また、本作では、メンバーの坂田機械が1枚1枚デザインを手掛けたかまどキッチンオリジナルのトレーディングカードを販売する。近藤海人がデザインするこだわりの音響や佃直哉の作品と創作全体を見渡すプロデュースも含め、メンバーが一丸となったクリエーションもまた本作の魅力である。

そして、タイトルに付けられた「横切る」という言葉は、この劇において、その登場人物たちにとって、大きな意味を持つことだろう。作・演出を手がける児玉自身の経験をもとに描かれた本作からは、今この時代を生きるうえで、この社会に身を置くうえで感じるさまざまな実感が忍ばされているはずだ。「立ち止まる」でも「過ぎ去る」でもなく、「横切る」。その実感を劇場でたしかめてみたい。そんな感触になる、短いながらも濃密な稽古であった。

カードショップ店固有の空気感、そこで発生するコミュニティルールや人間模様。アドリブも入れつつ繰り広げられる、笑いに満ちた和やかな稽古風景。しかし、そこには、コロナで爆ハネしたカード業界と、コロナで大打撃を受けた演劇界、クリティカルな談笑とポップな風刺…そんなネガティヴな感情や状況のかけらもを、創作としてポジティヴに昇華する挑戦があるのではないだろうか。「ポップな⽣活の中でモチーフと⼈間社会の関わりを描くことで⾵景と想像、 記号と⾝体、 ⾃然と社会といった⼈間とモチーフが持つ関係を軽やかに往復する」本作の観劇を通じて、かまどキッチンが創作の指針に据える、そんなテーマに私たちは急接近することができるはずだ。

稽古から帰宅して、おもちゃ箱の横に積まれた「スニーカーの空箱」を開いてみる。慣れない手つきで1枚ずつめくりながら、まじまじとそのカードを見つめても、私にはまだそれらのカードが持つ本当の価値はわからない。しかし、「捨てないで」、「売らないで」と言われるだけのものであることは、今日稽古見学に出向く前よりも分かった気がした。カードでなくとも、誰しもに「キラ」や「レア」と呼びたい大切なものや時間がある。本作は、そうした人によって異なる「価値」への想像力に手を伸ばすものであるとも思う。

「やめなきゃいけない理由ってなんなんですか」
「好きじゃなくなったからじゃないですか」
買取と販売、需要と供給、労働と創作、生活と表現、交換されるものと代替のきかぬもの…。わたしにとって不要なものがあなたにとっては必要で、またその逆も然り。そう、これは、前代未聞の「紙束札束行き交うカードゲーム演劇」。
そして、それでもなお手放すことのできぬ、紙束札束では図れないさまざまなものの価値を巡る物語なのかもしれない。
取材・文/丘田ミイ子

かまどキッチン『不安の街、横切る』
日時:5/1(金) 〜5/5(火)
5/1(金) 19:00
5/2(土) 13:00 / 18:00
5/3(日) 13:00 / 交流会*
5/4(月) 13:00 / 18:00
5/5(火) 12:00 / 17:00
会場:雑遊
チケット:https://reserve.tolpa.jp/reserve/2808400/ticket
一般チケット3,500円
応援チケット(プロモカードセット全4枚付き)5,000円
《早期割》3,000円
※5月1日(金)19:00・5月2日(土)13:00、18:00の回が対象
《U-25割》3,000円
※25歳以下の方対象。当日受付で証明証をご提示ください。枚数限定。
《TCG割(トレーディングカードゲームわり)》3,000円
※ご自身がお持ちのトレーディングカードを1枚ご持参いただき、そのトレーディングカードのお写真と「#かまどキッチン」をつけてsnsの投稿をお願いします。トレーディングカードとsnsの投稿画面を受付にてご提示ください。
《障がい者割》3,000円
※障がい者手帳をお持ちの方が対象です。受付で手帳をご提示ください。
介助者1名様無料でご観劇いただけます。介助者がいらっしゃる場合、車椅子やお手伝いが必要な場合は備考欄にその旨お書きください。
《セルフ託児ありがと割》2,000円
※ご自身でお子さん(未就学児)を預けてご来場いただく方に向けた割引です。受付でお子さんとの最近の思い出の写真をご提示ください。見せるだけでOK!
出演:⽴蔵葉⼦(梨茄⼦/⻘年団)、⻑井健⼀(宝宝/すごい⽣命⼒)、中村亮太(転転飯店)、波多野伶奈、丙次(ゆうめい)、藤家⽮⿇⼑、宝保⾥実、⼭⽥遥野(⻘年団)
作・演出:児⽟健吾(かまどキッチン)
プロデュース:佃直哉(かまどキッチン)
ドラマトゥルク:佃直哉(かまどキッチン)
イラスト・⾳楽:坂⽥機械(かまどキッチン)
⾳響:近藤海⼈(かまどキッチン)
照明:黒太剛亮(黒猿)
舞台監督:三津⽥なつみ
舞台美術:⻤⽊美佳
演出補佐:ひろなかたけと(ネムノキ)
宣伝美術:古⼾森陽乃(かるがも団地)
当⽇運営:宮野⾵紗⾳(かるがも団地)
制作協⼒:加藤じゅんこ(ジエン社/スヌーヌー)、瀧⼝さくら(宝宝/aveni’re)
スチール撮影:小池舞
配信映像:ニュービデオシステム
助成:アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
主催:かまどキッチン