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生活と革命 vol.2

生活と革命 vol.2

マチルダアパルトマン

イズモギャラリー(東京都)

2024/06/26 (水) ~ 2024/07/03 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何かぼんやりとしてしまう。毎日の生活を繰り返すだけの日々に底知れぬ不安と無力感、そして虚しさ。暗い穴をじっと覗き込んでいるようだ。

小久音さんはコリー・フェルドマン系の顔。

ネタバレBOX

①前説 池亀三太氏。我が市の紹介。郷土の偉人である文化人と彼の研究したオオアリクイにちなんだ公園について。

②「たらいまわしのウィンドウ」⑴坂本七秋氏。地底アイドルの推し活に人生を注ぎ込んだ男。いつも現場で一緒になるヲタ三人衆だったが、実は他の二人は父親と彼氏だった。披露宴に招待されることに。

③「なけなし3000」 ⑴早舩聖さん、樋口双葉さん。男に金を騙し取られた二人は殺害計画を練る。

④「あれはてたガーデン」坂本七秋氏、小久音さん、つぼみちゆきさん。突然福岡の実家に帰宅した兄。父親が死んでからというもの、誰も手入れしない為荒れ果てている庭。母親は韓流アイドルの追っ掛けとフラダンスに夢中。冷蔵庫に大根とペットボトルの烏龍茶を一緒に入れるのが気になった。

⑤「たらいまわしのウィンドウ」⑵久間健裕氏。カニコロッケでご飯を食べる女について。

⑥「なけなし3000」⑵トリカブトを買う為にバイトをすることに。

⑦「たらいまわしのウィンドウ」⑶早舩聖さん。鳥葬に憧れチベットに行こうとパスポートを申請する女。

⑧「いけずのハネムーン」久間健裕氏、樋口双葉さん。婚姻届を書いている二人と数年後離婚届を書いている二人を混在させて描く。

⑨「たらいまわしのウィンドウ」⑷樋口双葉さん。離婚届を出しに行く。

⑩「けしかけたドッグ」池亀三太氏、早舩聖さん。犬に噛まれて怪我をした男の家に飼い主の女がクッキーを持って謝罪に来る。池亀三太氏はバカリズムに見えた。

(11)「たらいまわしのウィンドウ」⑸小久音さん。家ではいつも裸族の女がカーテンを引きっ放し。近所の小学生の間で化物が住んでいると噂になりピンポンダッシュをされる。

(12)「なけなし3000」⑶早舩聖さんは殺害計画を「やめない?」と訊き、樋口双葉さんは「やめない!」と返す。

何か魔法がかかっていない気がした。「あれはてたガーデン」はこれじゃ勿体ない。「けしかけたドッグ」はキャスティングが違う。「いけずのハネムーン」は流石の出来だが、もっと胸を打つものになる筈。全体として何かパーツが嵌っていない。全く別の話だったのに一つの帰結に誘導していかないと。日常を革命する、ちょっとした視点の呈示に期待。
野球

野球

エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ・Office ENDLESS・DisGOONie

天王洲 銀河劇場(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/06/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

タイトルがズバリ「野球」とあるだけに丸々一試合描かれるプレイシーンの表現力が素晴らしい!
グラウンドとなる舞台はいわゆる八百屋舞台
その傾斜があるおかげで絶妙な遠近感(奥行)と臨場感が生まれ、しかも様々なアングルで見せてくれるものだからその都度目を見張ってしまう
キャスティングから鑑みても若い女性客が中心で、会場中にすすり泣きが拡がっていくのは必然というものだけれど、これって一番涙腺が崩壊してしまうのは思わず我が子を登場人物に重ねてしまう母親(父親)世代ではないかと

野球

野球

エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ・Office ENDLESS・DisGOONie

天王洲 銀河劇場(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/06/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

泣きました!もう途中から目頭がじんわりして、最後にはどっと溢れ出た!多分キャストの大半が2.5次元でカラコン、カラーウィッグ、キラキラ衣装で華やかにステージに立っていることが多いんじゃないかと思います。が、今回の作品、髪をきりっとまとめて、汗や砂ぼこりにまみれた地味なユニフォーム。実に地味です。だけど、その分、彼らの真っすぐで汚れのない、内側から溢れるキラキラした輝きがまぶしいほどの舞台でした。

新ハムレット

新ハムレット

早坂彩 トレモロ

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/03/22 (金) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

太宰治の小説『新ハムレット』を舞台化した本作は、小劇場でありながら大掛かりで完成度の高い舞台美術と照明、そして俳優の演技に魅了される作品となっていた。

ネタバレBOX

『新ハムレット』は(小説の冒頭に太宰の言葉で説明されており、それは上演作品の冒頭でも読まれていたが)元々戯曲として描かれたのではなく、しかもシェイクスピアの『ハムレット』とは展開も結末もかなり違っている。したがって、戯曲としてというよりは太宰の小説として楽しむテキストであるが、トレモロはそのことについて明らかに自覚的であった。というのも、俳優は大振りな演技でもって太宰の書いたセリフを演じており、その文体を存分に聞かせるものとなっていたからである。太宰を連想させる人物が舞台上を徘徊していることからも、観客に太宰を常に意識させる造りになっていることは明白である。
特筆すべきは舞台美術と照明、衣装の美しさである。昭和モダンの雰囲気を醸しつつも完全な昭和時代のリアリズムにはせず、ファンタジーとの折衷的世界が展開されていた。こまばアゴラ劇場は決して広い空間ではないが、実際よりもかなり広いように感じられたことから空間演出の秀逸さが窺えた。
他方で、なぜ『新ハムレット』を取り上げたのか、という点についてはわからないままだったのが残念だった。すなわち、『ハムレット』でもなく太宰の他のテキストでもなく、なぜ太宰の『新ハムレット』だったのかを観客に納得させるだけのテーマが見えて来なかったのである。確かに太宰の文体は面白いのだが、それは読んでもわかることである。太宰自体が小説であるという点を強調している以上、この点についての演劇側の解釈や応答はそれなりのものでないと説得力がない。空間演出や俳優の演技が豪華であっただけに、もったいない上演だったと言わざるを得ない。
波間

波間

ブルーエゴナク

森下スタジオ(東京都)

2024/03/15 (金) ~ 2024/03/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

正直に告白すると、ブルーエゴナグ『波間』は扱っているテーマからやや警戒していた。自死を扱っていたからである。しかしそれは杞憂に終わり、本作は自死を直接的には描いていなかったし、それどころか、(よくある傾向に反して)自死へ向かうプロセスをドラマチックには描かず、したがって観客が登場人物に安易に同情したり共感したりしない構成になっていた点において、作者への信頼がおけた。

ネタバレBOX

自死は美化していなかったが、作品それ自体はとても美しいものだった。かなり特徴的な空間と言える森下スタジオを、その特徴を活かす形で用いていたのも評価できる。体育館のような空間で、登場人物たちの学校生活をテーマにした作品ということで相性も良かったのだろうが、演出はその場に合わせて変えているというからその臨機応変さが功を奏したのだろう。
「安易に同情したり共感したりしない構成」と前述したが、本作は登場人物の過去と夢の景色が混在しており、物語内容を把握することがやや難しくなっている。だがそれは観客の思考も茫洋としていくのを楽しめるような構成だった。別の言い方をすれば、見る人をやや選ぶ造りであろう。そのような作品を見慣れている人からすれば楽しめるのだが、ドラマ的な造りに慣れている人からすればややストレスに感じることもあるのではないだろうか。
演出や照明、音響は非常に美しかったのだが難点があったとすれば、機材が古いのか、スモークが焚かれた瞬間に喉と鼻がやられたことである。恐らく制作サイドもそれを把握しており、各座席にマスクと飴が置かれていたが、それらを用いても防ぎ切れない程だったのには閉口した。
雨降りのヌエ

雨降りのヌエ

コトリ会議

扇町ミュージアムキューブ・CUBE05(大阪府)

2024/03/09 (土) ~ 2024/03/30 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

コトリ会議は書類選考の段階で期待値が非常に高かった。作品単体もさることながら企画のコンセプトに惹かれたのも大きい。会場となる扇町ミュージアムキューブを終日開放し、観客は好きなだけいることができるというアイデアは、「劇場」という場の本来のあり方、すなわち広場的役割を果たそうとしている。結果としてその期待値を裏切らなかったと評価できる。

ネタバレBOX

『雨降りのヌエ』はオムニバス作品群であり、全5作品の中から2作品ずつの上演が、期間中の日に2回ある。対象となった作品は「第夜話:縫いの鼎」で、離婚届を出そうとする夫婦を、死んだはずの兄が、離婚届に「クマさんハンコ」を押すことで妨害する話である。話の内容から分かるように、深刻な雰囲気が笑いへと転換されるユーモアの技術は秀逸である。短編でありながら不条理劇さえ想起させる。そのユーモアは俳優3人に共通しているが、特に「死んだ兄」役の若旦那家康の存在感は抜きん出ている。直前まで前説を和やかに行っていた彼が、突然「死んだ兄」としてそこにおり、無表情なのに、いや無表情だからこそ、やっていることのくだらなさが際立つ。
感想を書いてボードに貼れる付箋が当日パンフレットと共に配られたり、壁にかけてあるコンセプトボード(絵画)が日ごと増えたりというアイデアは、劇場がただ上演作品を見るだけの場所ではないことを観客に思い出させる。私はどうしても時間が取れず、開演直前に着いて終演直後に東京に蜻蛉返りせざるを得なかったのだが、スケジュールをキャンセルしてもその場に残ろうかと思ったぐらい居心地が良かった。
小規模でありながら劇場本来のあり方を模索する、深刻な状況でも笑える…そのような二重性を感じさせるコトリ会議の構成力と制作力は、アイデア落ちではなく、どこまでも観客思いの温かいものだった。
この世界は、だれのもの

この世界は、だれのもの

ながめくらしつ

現代座会館(東京都)

2024/03/01 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ながめくらしつの作品を拝見するのは初めてであり、ジャグリングと音楽をメインとするパフォーマンス集団と聞き、また過去作品の映像も見ていたことから、元々期待値は高かった。作品における技術面でのクオリティは、その期待を決して裏切ることはなかった。

ネタバレBOX

「他者への関心」をテーマとする本作では、各人が他の出演者と、ダンスやジャグリングを通して距離を縮めたり広げたりする様が描かれた。それが時に暴力的になったり、慈しみを感じさせたりする表現力からは、技術力の高さだけではなく各パフォーマーの演技力と協調性の高さも窺えた。
特筆したいのは照明と音楽の美しさである。観客との距離が近い劇場でのパフォーマンスは、しばしば観客に閉塞感も感じさせがちであるが、照明は劇場を本来よりも広くかつ幻想的なものに感じさせており、そこに加わるイーガルによる音楽も、それだけでパフォーマンスとして成立する程に観客を惹き込むものであった。
総じて技術力の高い上演であったが、(むしろ各人の技術力の高さゆえか)全体としてまとまりがあったとは言い難い。テーマとなる「他者への関心」についても、深掘りできていたとは言えず、観客の方が寄り添ってようやくテーマが見えてくるものとなっていたと言わざるを得ない。コロナを経て他者という主題について観客もより敏感になっているため、その点についてはより深める必要があっただろう。
したがって、技術力の高さと比較して、作品としてのまとまりに欠ける散漫な印象を受ける公演となっていた。
エアスイミング

エアスイミング

カリンカ

小劇場 楽園(東京都)

2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

カリンカ『エアスイミング』は、女性が社会的に囚われている「規範」の窮屈さ、それによる抑圧を見事に具現化した作品になっていた。

ネタバレBOX

シャーロット・ジョーンズによる『エアスイミング』は、1920年代のイギリスを舞台に、「精神異常」という烙印を押された女性2人が、病棟で夢を見ながら生きていく話である。2人が互いをケアしながら、傍目から見れば絶望のどん底で夢を見る様は可憐である。小口ふみかと橘花梨による熱量の高い演技は、最初はお互いに警戒していたがやがて強い絆で結ばれていくシスターフッドを見事に表現していた。
堀越涼による演出は、2人が囚われている病院そしてそれが象徴する堅牢な社会的規範の狭さを観客にも感じさせるものだった。劇場となった小劇場楽園ともよく調和しており、殺風景な病院の浴室が幻想的な夢の世界へと変化する様は見事だった。
他方で、テキストに見られる解放感が今ひとつ感じられなかったのは残念だった。狭い空間でそれを描くのは至難の業であるが、本作品はそれがなくては片手落ちになってしまう。また、夢の世界を本当にただの妄想とするのか、それとも潜在的な未来の姿とするのか、解釈が分かれるところではあるが、そのいずれであるのかを観客にもっとわかりやすく伝えても良かったのではないだろうか。
男女格差や女性の抑圧が問題となっている現代日本社会において『エアスイミング』を取り上げたという点において、その問題意識の持ち方や社会に対する感度の高さが評価に値する。他方で、その問題やテキストの掘り下げはやや不満が残るものとなり、惜しい作品となっていたと言わざるを得ない。
波間

波間

ブルーエゴナク

森下スタジオ(東京都)

2024/03/15 (金) ~ 2024/03/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

上演される森下スタジオで創作されたことの効果を感じさせる、空間との丁寧な融合が印象的でした。とくに、横長の空間が、光により伸び縮みするさまは、夢とも記憶とも知れないあわいの空気を醸成しています。

ネタバレBOX

そこ(舞台上)に人がいるのにどこか現実感がなく、でも生々しさも顔を覗かせます。それこそ波間のように曖昧模糊としながらも、隙のない緻密さ。この空間の集中力をつくりあげた総合力と胆力が素晴らしかったです。

しかし使われているのは、イスやハンガー掛けなど、おそらく会場施設で手に入りやすいものばかり。その現実的な物体たちも、あわいに溶けていくような、物質としての違和感がなくむしろ曖昧な存在として成立していくのは、組み立てられた動線と、やはり照明を主とした空間の構築にあると思います。

丁寧に編み、計算された人とモノの動き。世界観を全員で作り上げ、こまやかに行き届いていた良さの反面、それゆえか俳優の動きにときに制限があるようにすこし見えてしまうところがあったのは残念に感じもしました。

物語に散りばめられた、自死に至る人物の、手触りのあるエピソード。その人の生活や小さなこだわりが見えることで、いつかのどこかの誰かの死や喪失ではなく、形をもった人間にとっての生と死となっていくようでした。

スモークがたかれているため、事前に飴とマスクが配られた配慮に助かりました。全員に配られているので、飴の袋をあけることにもそこまで罪悪感が強くなかったのもありがたかったです。
べつのほしにいくまえに

べつのほしにいくまえに

趣向

スタジオ「HIKARI」(神奈川県)

2024/05/23 (木) ~ 2024/05/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

自助グループのシーンと、シェイクスピア作品の、交差が鮮やかでした。丁寧で控えめでありながら、堅実に大胆に確実に。“ケア”への理解と知識とともに、演劇の知識や技術が折り重なって、安定感のある作品でした。

ネタバレBOX

丁寧な脚本もさることながら、俳優がいずれの方も良かったです。『夏の夜の夢』をはじめシェイクスピア作品の役柄を背負いつつ、そのぶんそれぞれの役割が明確だったのかもしれません。ひとつひとつの台詞を各立場からしっかりと置きつつ、各人の良い面も悪い面も描かれています。
とくに前半と後半で大きく役回りの変わるロビングッドフェロー役の和田華子さんは、軽やかさがありながら、要素の多い物語を安定して繋いでいました。自助会主催者のコーデリア役の梅村綾子さんは、緩急の効いた演技でロビングッドフェローとはまた違う作品の目となります。台詞を確実に置いていく技術の一方で、後半、その繊細な一言で「舞台上と客席を繋いだ」「観客を当事者にした」と思われる場面もありました。作品を跳ねさせ観客を沸かせていた小林春世さん(ティターニア役)の思いきり良い強さや、戸惑いのなかに芯の強さを少しずつ見え隠れさせていくKAKAZUさん(ヒポリタ)など、挙げればきりがないですが全員が個性と役割を持ち魅力的でした。
演技体は違う面々を、ひとつの舞台で入り見だせさせつつわかりやすく見せた演出も安定しています。趣向過去作のなかでも、オノマリコさんの脚本と、扇田拓也さんの演出が良いマッチングだったと思います。

生き方が違うだけで、どこにも悪い人がいない。それぞれにとってのより良いあり方がある。さまざまな立場の人へ行き渡る戯曲そのものが、ケアを丁寧に実践しています。
すでにある枠組み(夏の夜の夢)や、それほど具体的に推敲されるわけではない「互助・共助のための結婚制度」など、現実に対してファンタージに思える要素が大きいけれど、それはそれで良いのだと思います。
余談ですが、隣りの席の観客が、いつ舞台に上がるんじゃないかと思うほどのめり込んでいました。位置的にも仕込みの俳優かと思ったほどです。それほどまでに、客席を当事者として誘う作品だったと思います。特定のテーマによる自助グループという設定もあり、その親和性は観客によるだろうけれど、この舞台に救われ、人生を支えられる人はいるだろうなと心強く思いました。
さるヒト、いるヒト、くる

さるヒト、いるヒト、くる

ポケット企画

扇谷記念スタジオ・シアターZOO(北海道)

2024/05/03 (金) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

北海道をめぐる歴史や課題にかかわるワードやエピソードが散りばめられている本作。

ネタバレBOX

説明的ではないことに表現としての矜持や生活の手ざわりの重要性を感じる一方で、どこまで誰に伝わるのだろう?という疑問もありました。これは私が北海道で生活してきている人ではないからかもしれません。(ただ、東京でも上演する、ということだったので、ワードをふんわりと知っているけれどその地に実感を持たない観客がもしいるのなら、作品としてどう受け取られるのかの懸念もありました)

北海道やアイヌに関わる言葉や背景以外にも、台本を読んで初めて気づいたことが多くありました。気づかなくても成立していますし、作品を損なうものではありませんが、伝わっている方が面白がれたかも…と思うことも。

ツアー公演を踏まえてだと思いますが、風船などをつかった移動しやすい舞台美術は、明るさと暗さをあわせもち、自然の雰囲気もよく出ていて良かったです。音響も、音量や方向性など意図的に配されていました。全編をとおして、手をかけ頭を悩ませた創作の堅実さを感じました。

上演では、広い道内の同世代の作品との同時上演を企画したり(しかも新作)、トークテーマを「北海道の演劇についてトーク!北海道での生活、アートとの関わり方が作品創作にどんな影響を与えているのかを考えてみます」としたりと、自分達のいる場所、自分達の立つ足元を踏みしめようと感じられる、地に足のついた創作と上演に真摯さと力強さを感じました。
北海道の演劇の未来がとても楽しみです。
天の秤

天の秤

風雷紡

小劇場 楽園(東京都)

2024/03/29 (金) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

実際の事件をもとにしているため展開は想像がつくものの、人物の描き方によって、正義とはなにかや、後進を育てる立場のあり方など、ある程度の年齢や立場となった大人の迷いや覚悟が浮き彫りになっていきます。ハイジャックという特異なシチュエーションだからこそ、おそらくだれしもがいつか社会のなかでぶちあたる、育てられるものから、育てるものへの移行の困難が感じられたようでした。

ネタバレBOX

会場となる楽園は、二面舞台でその間に柱があります。今回、アクティングエリアを柱をまたいで奥まで設けたことで、視界の悪さがハイジャックされた機内と重なり、良いストレスとなりました。
緊迫感や人間ドラマなど基本はずっとシリアス。とくに機内は、たった1人でハイジャック犯役として健闘していた杉浦直さんは、なかなかの荷を背負ってのことだったと思いますが、(現実の事件でも)考え方が甘いと言わざるを得ない若者なりの信念には芯が通っていました。地上も右往左往していましたが、日本航空専務役の高橋亮次さんなど、緊迫したままにその頼りなさに頼りなさを感じさせ、かつ客席を沸かせることも何度かあり、私自身もその緩急のおかげで集中し続けられました。

余談ですが、終演後が誘導により1列ずつの退席だったため、待ち時間のあいだに隣席の年配の男性から「よど号って知ってる?」と聞かれました。その、どこかのめり込んだような口調から、リアルタイムでニュースを見聞きしていた方の感想は、また違うのだろうなと、思いました。
(あたらしい)ジュラシックパーク

(あたらしい)ジュラシックパーク

南極

インディペンデントシアターOji(東京都)

2024/03/28 (木) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

段ボールなどで作った小道具は「お、南極ゴジラ!」という感覚にもなり、またそれが良く機能していました。

ネタバレBOX

舞台では、アラの見える小道具はそれが少量であろうとあえてであろうと劇世界を壊すにはじゅうぶんなので、そうならないために、映像やダンスを用いたり、マイムや語りで説明したりという表現はよくあることです。
けれども今作で、いかにも段ボールなどで作ったものたちが成立していたのは、まず物量が多かったという点にあるかなと思います。空間に対して要素が多く視点を散らす美術や、キャラクターを立たせテンポよく展開させる俳優たち、全1,324話のうちの1~4話である設定など、100人キャパの王子小劇場に空間も時間も詰め込んだ、詰め合わせボックスのような世界観のスジが通っており、それが熱量と魅力になっていました。

また、小道具などの手作り感に反して、たとえばシャークウィーク役の瀬安勇志さんが後半姿が変わってからの躍動感ある動きは、世界観への大きな説得力となっていました。

全編とおして、湾田ほんとの成長譚です。それを描き切った胆力と、その一貫性が、要素とキャラクターが多い作品のなかで観客の視点を引っ張っていました。一方で、湾田を主観的に描いていくため、変化やその後がわかりにくいキャラクターがいたり、彼らを振り返らず自分の人生に邁進していく湾田に「その生き方でいいのだろうか」と応援しきれないところもありながら、カタルシスを感じさせる勢いがありました。
更地

更地

ルサンチカ

戸山公園(東京都)

2024/03/22 (金) ~ 2024/03/25 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

雨の中での観劇。ときどき人が通りがかり、鳩が横切るなかで、とある夫婦がかつて自宅があった更地にやってきて……。柱だけが立つその場所は、更地というよりも廃墟というきらいもあるけれど、「かつてここに生活があったのだ」という感覚が夫婦の会話とともに立体的になっていきます。

ネタバレBOX

設定は星空の下なので、日中だとやや空々しく感じられてしまうシーンもありましたが、しかし、散らばった舞台美術や小道具の運搬、すべてを覆う白布などによって、空間を広げたり縮めたりし、360度の空間を変える光景は、なにもない空間だからこそダイナミックでした。
布の下からさまざま聞こえる音の仕込みも、空間を立体にしていました。ただ、説明していた部屋の間取りを横切ったりなどして、間取りが崩れるような時には多少混乱する場面も。

演出構成の意欲的な堅実さで、更地の再生と解体がおこなわれていく。物質はいつか形を失っても、人間は再構築していけるという甘やかな希望であったり、それでも自らの意志とは異なり更地にされて/なってしまう現実とに、思いを馳せるのは場所の力もあったでしょうか。
戯曲の設定は初老の夫婦ですが、演じているのはまだ若いふたり。ふたりの作る雰囲気の深さからときどき年老いた夫婦に見える瞬間もありましたが、静かな野外という場所の静謐さもあり、もうすこし夫婦としての関係性や生々しさが観たくもありました。

余談ですが、翌日風邪を引いて熱を出してしまった。この季節の野外公園には念には念を入れて臨むべし…(野外観劇の醍醐味でした)
新ハムレット

新ハムレット

早坂彩 トレモロ

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/03/22 (金) ~ 2024/03/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

原作を読んだときの苦悩とバカバカしさが、演じることによって厚みを持った人間としてより深く面白みを感じました。

ネタバレBOX

冒頭の転換。薄い膜のむこうに俳優たちの身体が見えている。その生々しさののち、デフォルメしたコミカルな演技・振る舞いが、人々のフィクション性を高めていきます。とくにポローニヤスを演じるたむらみずほさん、クローヂヤスを演じる太田宏さんの、緩急幅の広さが、シェイクスピア『ハムレット』を下敷きにした太宰治のレーゼドラマ『新ハムレット』の舞台上演という幾層もの構造を演劇的な立体にし、ガーツルード(川田小百合さん)やハムレット(松井壮大さん)の抑えた熱も生々しい。オフィリヤ(瀬戸ゆりかさん)とレヤチーズ(清水いつ鹿さん)のシーンはストレートでありながら言外のやりとりも楽しかったです。
また、語りの男(黒澤多生さん)が登場することでメタフィクションとして成立し、かつ、男以外の個々の役柄に太宰が投影されているように見えてくる…軽やかながらひとつひとつ積み上げていく確実性を見ました。

抽象的な舞台美術と演出により、演者の目線が変化していく様子により、広くはないアゴラ劇場の空間が伸び縮みしていく。

後半の展開は太宰独自のもので、おそらく当時の世相も反映されているでしょう。戯曲を丁寧に読み込み立体的かつ躍動感を持って上演する力強い安定感を感じました。
雨降りのヌエ

雨降りのヌエ

コトリ会議

扇町ミュージアムキューブ・CUBE05(大阪府)

2024/03/09 (土) ~ 2024/03/30 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

1か月ロングラン短編集公演。公演、トーク、展示、仕込み……行けば人がいて、なにかしら手づくりの催しがやっている。仕事終わりや休日にちょっと覗ける時間割。熱量と労力満載の、大人の文化祭のようでした。

ネタバレBOX

ひとつひとつの短編には、死んだ人がそこにいる不穏さがあります。けれども、軽やかな台詞による可笑しみと、心地よさも感じるのです。そうしているうちに、他の回に上演している別の短編ももっと見たくなる。そう思えるのは、個々の上演の精度の高さゆえでしょう。全編観ると書き下ろしの関連戯曲がもらえるというのも、作品世界が拡張していくようで楽しい試みでした。

共通する家族の物語ではありますが、それぞれが独立した短編です。上演以外の周辺の企画もふくめ、すべてを網羅することが大変なのが良いなと思いました。どの上演回を見るかで短編の組み合わせが変わったり、全部見た人だけが書き下ろし戯曲をもらえるほか、1ヶ月の公演期間中に毎日更新されていく廊下のイラストなど、足を運んだタイミングによって目にうつるものが変わる。それこそ文化祭だな、と。

どこかで紡がれている誰かの物語に、その期間だけ、扇町に行けば会える。その1か月だけ、とある家族と繋がる扉があく。ゆるやかでSFチックな時空の出現が、作風とも劇団とも合っていて、コトリ会議ならではの世界観を上演を超えて楽しみました。
この世界は、だれのもの

この世界は、だれのもの

ながめくらしつ

現代座会館(東京都)

2024/03/01 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

パフォーマーそれぞれの持つ経験や技術が、ときに机や椅子やボールなどを媒介としながら、互いに行きつ戻りつしていく。それぞれの異なる技術の高さ、有機物と無機物が、同じ板の上で融合していく。……舞台上に在るものの異なる経験と個性がバラバラにならず、相互の関係性の揺れを感じられる時間でした。そこには、音や光の役割が大きくあります。

ネタバレBOX

ピアノの生音は、空間を包むように震えています。音と身体、音と空間の共鳴を感じる瞬間。客席もふくめ、そこに在るものを結んでいく柔らかな網目のような存在となっていました。
光は、空間を深く遠く広げます。薄暗いなか、身体を柔らかく照らしたり、ぎゅっと集約させたり。どこまでも奥行きが続いていそうで、ぽんと体ひとつで闇のなかに投げ出された気持ちになりました。そうなると、自分という個の孤独を意識してしまう瞬間があります。テーマとして事前に書かれている「他者への関心」について思いを馳せました。

パフォーマーたちは、他人のように見えることも、恋人のようにも見えることもあるし、全員が無表情なこともあり無機物と無機物の交錯に見えることもある。ただ、振りによっては意味のあるカタにはまっていて、見る人の生活や価値観によって受け取り方が変わりそうに感じることもありました。
けれども総じて、モノと身体、身体と身体、音と身体の共鳴を、肌で感じる充実した作品でした。
エアスイミング

エアスイミング

カリンカ

小劇場 楽園(東京都)

2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

数か月経ってもなお、俳優の細やかな仕草を思い出します。
強く左右に引かれた口もと。遠くの宙を見つめる目じり。バスタブに置かれた指先の緊張。
役者が今そこにいる熱気を思い出します。
今作の感想に、熱演、という言葉をいくつも目にしました。熱演、を辞書で引くと「熱意をもって演じること」というように書いてあります。けれどその言葉以上に「心身ともに熱気を浴びた!」と感じる客席でした。それはもちろん出演者ふたりの俳優としての熱量、どんなシーンも保ち続けられた演じるテンションの高さがあります。なにより俳優ふたりの相互の影響。片方が発し、片方が受け止め、また発する。互いに打ち響き合い、大きなうねりを作っていく。ふたり芝居の醍醐味を感じました。
また、二面舞台でほかの観客や角度を意識してしまう空間の影響や、演出のリズム感もあったように思います。演出の堀越涼さん(あやめ十八番)ならではの音やリズムが、俳優の熱量を促進しているように感じました。

これらの融合により、この座組でのみうまれた『エアスイミング』の舞台空間でした。

ネタバレBOX

もともと戯曲としては複数の解釈があります。入り乱れる2つの世界。それらがいったい何を意味するのか。台詞のスピードとリズム感により、すべてが虚構のように聞こえてくることもあれば、場面やふたりの関係性の変化がわかりにくい部分もありました。
また、本作は1920年代イギリスが舞台であり、設定は実話に基づいています。当時の規範を逸脱したとされ「異常者」と呼ばれ収監されたふたりの女性。変化し続け議論され続けるジェンダーや社会規範の在り方、その表現について、現代の視点で読み解くのは難しいため、当時の背景がなにかしらの方法で示されていたなら、より作品と観客の距離が縮まったのではないかとも思います。
地の塩、海の根

地の塩、海の根

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2024/06/21 (金) ~ 2024/07/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 今作、基本的にリーディング公演の形式を採る。

ネタバレBOX

 さもありなん、兎に角複雑で輻輳的なウクライナの歴史をオーストリア・ハンガリー帝国に支配された時代から紐解いてゆくのだから、その歴史的経緯を既に学んでいなければ理解するだけでも大変なのである。当然通常の公演のように演じていたのでは舞台美術だけでも予算的にも空間的にも完全に破綻してしまうであろうから、今公演がリーディング形式を採ったのは極めてまっとうな判断だ。それにしてもこれだけの内容を150分強の時間を掛けて演じ、途中休憩無しというのは体力的にも可成りキツイ。
 板上は奥にスロープを設え、手前はフラット。客席側に台を設けてあるがこれが遠近を示す際とても上手に用いられて印象的である。
今作のタイトル中に在る『地の塩』は、ポーランドのノーベル文学賞候補作家でもあったユゼフ・ヴィトリンが1935年に発表した未完小説のタイトルであるが、ウクライナで出版された翻訳書はロシア語版のみであった。因みに『海の根』は『地の塩』をポーランド語原書からウクライナ語に翻訳しようとし実際翻訳中の男が黒海に面するクリミヤの地からロシアによって拉致され養子縁組などの候補とされ、ロシア人になるよう洗脳教育を受けていると懸念される息子を思い、ウクライナ独自のアイデンティティーと主体性を確立し独立独歩で歩んで行く根拠となるような内容の小説を書く決意をし、実際に準備を整え書き始めている小説のタイトルである。因みに『地の塩』の翻訳には途中から妻も関わってくる。そして、ほぼ2年ぶりに息子と会う機会が訪れた際会えたのは父のみであった。母は息子を気遣う余り精神を病んでしまったからである。
 ところでウクライナは世界の穀倉地帯として知られその収穫量、品質の高さから現在まで世界各国に輸出されてきた。プーチンが新たな侵略を大々的に始める迄は。ざっと歴史を振り返るだけでもオーストリア・ハンガリー帝国の時代、クリミヤを帝政ロシアがオスマン帝国から分捕り自国領と主張した時代、ソ連の支配下に置かれた時代、フルシチョフの特命によりウクライナ領となった時代等の歴史を踏まえ、例え大本(政治支配の)がウクライナ以外に在ろうともウクライナ在のものはウクライナ独自の生に根付き、生きるとの発想でアイデンティファイしようとする。こういった思考をベースに拉致された子の父が書こうとしている小説のタイトルとして選ばれた名称が『海の根』であり、それは本体が離れた場所に根を張り育っていても離れた場所にもその根を伸ばしそこでも息づいている植物の根を、また民族としてのルーツをも意味していると捉えることができる発想から掴み取られた。
 さて、今作では直接触れられていないものの、農業に携わる農民の特性とは何だろうという問いを立ててみた。天候に左右されるのが農業の基本的条件であるから、観測技術が発達し天気予報の的中率が高くなり信じられるようになるまでは基本的に農業従事者による観天望気が基本になっていたハズである。また農地は農業生産物総ての母体ともいうべきものであるからその土壌は農業生産物にとって地味豊かな物でなければならない。また、受粉や病害虫関連の知識と栽培植物との多様な関係についても深く正しい知識が必要不可欠である。更に種まきや収穫に際しては機械化されるまでは多くの人手を必要としたから農民同士の人的関係は共同作業が能う限りスムースに実行できるようでなければならない。こういった様々な手間暇が懸かる生き方をする以上、軍事等に専門的に関わる時間は乏しいというのが現実であろう。そしてこのような生活実態が農民のアイデンティティーを基礎づけているとするならば、海の根の発想は立派にこのアイデンティティーの上に成立すると考えて良い。実際、ウクライナの穀倉地帯の土の色は黒色であるという。日本でも山陰地方の一部にクロボクと言われる土が堆積している一帯があり、高級農作物の一大産地である。
 実際に演じられる物語の舞台は、『地の塩』では、片腕に障害のある主人公ピョートル・ニェヴァドムスキが鉄道駅舎での雑務要員から応召されて兵士となり従軍してからの話、歳の離れた孤児の娘との内縁関係等が演じられる。因みに『地の塩』初演となった2022年大阪城野音公演では、稽古場がK大S講堂であったこと。この講堂は1937年皇太子誕生(現上皇)を記念して帝大構内に建てられたが1960年代若者造反の時代から反体制イベントのメッカともなり、現在迄K大学生による自主運営が為されている。何はともあれ今作日本上演に関わっていた役者たちがウクライナを旅した際に『地の塩』をウクライナ語に翻訳しようとしていた男と妻に出会い同じ表現する者同士として様々な話をするようになった訳だ。
 クリミヤが中心になるのは、『海の根』を書こうとしている男がクリミヤ在住で、日本から訪れている人物たちと交友し現在のロシアとの関係の中で話が進むという今作の二つの柱のうちの一つを為しているからである。凄い作品であるのだが、観るのに体力、気力のみならず健康を要する。出来れば事前にウクライナの歴史書を読んでおいた方が良かろう。
地の塩、海の根

地の塩、海の根

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2024/06/21 (金) ~ 2024/07/07 (日)公演終了

実演鑑賞

身近な社会問題を早速取り上げて、芝居で現実を考える、あるいは現実が芝居を変える、と言う作品を発表してきた坂手洋二の新作は、湯気の出るホットナ戦争がテーマである。
舞台は地政学的には遠い南ロシアのウクライナ。日本人には日常、実感がない国が舞台だが、相手のロシアは、明治以降さまざまな国際関係がある。劇中、ロスケと言っても年齢が上の我々には、その蔑称の意味も、感じも、今の流行りの言葉でいえば共有できるところがあるが、ウクライナの方は、ふつうは、どこ?である。さらに、ウクライナとロシアの中世以来のくんずほずれつの関係となると、劇中、随分かみ砕いて説明されるがニュアンスまではベテランの名手・坂手の手を借りてもほとんど伝わらない。作者は、地の塩という現地作家のロシア語の本を翻訳するという話を軸に、本に書かれた鉄道の踏切警手の庶民の生涯と、現地の演劇祭に招かれた日本の劇団員が話を聞くというメタシアターのかたちをとっているが、その複雑さは想像できても実感のとっかかりがない。一番は国境の国土の争いが、長年の民族、宗教と絡んでいることで、日本ではせいぜい韓国・漢民族との海という明確な国境があっての上での軋轢があるくらいだが、中東に近いスラブ民族圏では争いの基の要因についてもよくわからない。
今上演するには時節をえた狙いとはと言えるが、日本的に解釈しても仕方のない話なので、難しい素材だったなぁ、という感じしか残らない。
そこで結構つまずくので、芝居の中身を味あう余裕がなかった。2時間半。



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