最新の観てきた!クチコミ一覧

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東益平7丁目団地防衛隊

東益平7丁目団地防衛隊

キリンバズウカ

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2016/05/14 (土) ~ 2016/05/22 (日)公演終了

満足度★★★★

想像以上に重めで笑えて面白かったです
上演時間80分。
マチネでA組、ソワレでB組を観ました。
開場時間は開演の30分前。
セット券の片方などの、
チケットを先に持っている人から記載の整理番号順で入場。

一度上演された作品とのことですが、
チラシに書いてあるあらすじがふわっとしていて、
公式ツイッター等でもあまり内容にはふれられて無かったので、
特に下調べもせずに観劇。

思ってた以上にガッツリと心にクる作品でした。

ネタバレBOX


途中の「教育的指導」シーンの
ダイジェスト的な見せ方が面白かったです。
あと、マッキーの部屋での衝撃体験のくだりも
奥のワタワタ具合など楽しかったです。

Aチームは全体的に若めなキャスト、
Bチームは少しオトナなキャストで、
衣装替えで幅広い年代を演じる部分で面白さの種類が違っていて、両方楽しかったです。

同じ役者が違う役をやることについても、そうした理由が(特にヤスダ&ヤスオ)わかって納得しました。

あと、役者も変われば役の人生も変わるということでしょうか…
同じストーリー展開、同じ言葉でも、
違う表情や口調で言ったりしていてそこも楽しめました。


奇跡のシーンは、
彼が報われたのが嬉しかったという思いと、
その後の彼が悪い意味で変わらずにいる要因のひとつになってしまったなぁという
すこし苦い思いを感じました。
わりとビックリな展開でしたが、
「すこしだけファンタジックな奇跡」は好きなので、泣けました。


ラストのダンスは、
あの時できなかった事を今やっているんだろうなーという解釈をしましたが
同時に彼らの表情を見て、
今までの生き方も表しているんだろうなぁと思いました。

舞台美術も一見では団地の話には感じられなかったけど、
「ちゃぶ台に見えるけど、
 あえてデザインっぽい色を塗って
 別のシーンで色々なものに見せる」
という技で魅せているのだなと思いました。

上演時間は短めでしたが、
開演が両チームとも説明無くおしたのがすこし残念でした…
兄弟の都市

兄弟の都市

MICOSHI COMPLEX

OFF OFFシアター(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

そういや なんで”姉妹”都市なんでしょね(^^)
結構な雑味があるも
何とも言えない”パワー”で押し切った感のある
ヘビー(かな?)コメディでしたかな

結構好みだなぁ♪こ~ゆ~のはって思えた2時間15分の作品!
こんだけの長丁場ながら
飽きさせず眠気も全くおきなかったですよ(^。^)

朝劇 西新宿「恋の遠心力」

朝劇 西新宿「恋の遠心力」

朝劇 西新宿

GLASS DANCE 新宿店(東京都新宿区西新宿1-26-2 新宿野村ビルB1)(東京都)

2015/08/19 (水) ~ 2020/04/25 (土)公演終了

満足度★★★★

あさげき
朝早くから、重たくもなく、すんなりと観ることのできる内容でした。すがすがしい一日のスタートを切ることができました。

ネタバレBOX

朝食はおいしいです。食べながら、どんな劇が展開されるのか、わくわくしました。劇は間近で展開されるので、話に入り込みやすいです。朝早いのに、観ていても疲れないのはいいですよね。ただ、最後の終わり方は、え?終わり?、という感じがしたので、工夫が欲しかった気がしました。
NoiseGate

NoiseGate

CASSETTE

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★

音が耳触り
開演まで流し続けるBGMがうるさい。

um~潮龍伝~

um~潮龍伝~

super Actors team The funny face of a pirate ship 快賊船

ブディストホール(東京都)

2016/05/04 (水) ~ 2016/05/10 (火)公演終了

満足度★★★★★

面白かったです。
次回も楽しみです!

昭和歌謡コメディ~築地 ソバ屋 笑福寺~Vol.5

昭和歌謡コメディ~築地 ソバ屋 笑福寺~Vol.5

昭和歌謡コメディ事務局

ブディストホール(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

楽しかったです
第1部のお芝居はゆる~い感じのサスペンス、とても面白かったです。
第2部のダンス、社交ダンスを生で見るのが初めて、感激しました。

同想会

同想会

劇団ヨロタミ

ウッディシアター中目黒(東京都)

2016/05/11 (水) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

観てきました
一番に感じた事は、詰め込みすぎ。二番めに感じた事は、ミステリー感がうすいこと。でも、十分に楽しめました。

女流の十八番

女流の十八番

サンハロンシアター

「劇」小劇場(東京都)

2016/05/11 (水) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

客席にゴルフボールが飛んでくる!?
って、恐怖(?)の前説からスタート(一瞬びっくりしました)。割りと淡々とした芝居なのですが、いろんなものを詰め込んでいながら、きっちりとまとまるのがいい。ゴルフ場の現状がいろいろ勉強になって、まったりと楽しめました。

渇いた蜃気楼

渇いた蜃気楼

下鴨車窓

こまばアゴラ劇場(東京都)

2016/05/13 (金) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★★

サスペンス風
最初は少しだるい感じでしたが、男が現れからのサスペンス風な展開は素敵でした。

ネタバレBOX

東京で偶然再開して最近結婚した同級生でアラフォーの、夫は退職金はもらえたものの失業中、妻は流産後の身体でパートをしているという先が見えない感じの夫婦の許に、これまた偶然にNHKの勧誘員をしている同級生の男が現れて、過去の関係、事故のことなどが明かされていく話。

高校時代の夏休み中に、川や山での妻と男の関係を目撃したことや男の転落事故に関わったことで、夫は男にあまり会いたくないという気持ちがあり、男が再びしつこく現れたのかと思わせるラストシーンにはドキドキさせられました。

ただ、妻は美人だしスタイルはいいし、外見から人の人生が決まるわけではないとはいえ彼女ならこんな感じのアラフォーにはなっていないのではないかと思いました。男も、サラリーマンをしていたときのことを思い出して愚痴をこぼしてのことなのでしょうが、NHKの勧誘員からゴルフの付き合いが大切だと言われても何か唐突な印象を受けました。

新しいエクササイズのDVDが届いたのにそれを使わなかったのは、間が開いてしまうとか様々な理由があるのかもしれませんが不思議でした。
錯覚、して、沈黙。

錯覚、して、沈黙。

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2016/05/10 (火) ~ 2016/05/13 (金)公演終了

満足度★★★★

楽しめました
カプグラ症候群という精神疾患を題材にしたユニークな舞台。ちょっとエキセントリックで、ライトSFのような感じもして、細かいところではわかんないこともありましたが、楽しむことができました。映像の使い方がよかったですね。心療内科医師役のセリフの反復が印象的。

皮肉にも雨は降る

皮肉にも雨は降る

劇団時間制作

劇場MOMO(東京都)

2016/05/11 (水) ~ 2016/05/22 (日)公演終了

満足度★★★★★

Aチームを観劇
動物は命か物か、そもそもペットという概念はなんなのかを考えさせられる舞台でした。
それぞれの立場での葛藤や苦悩が描かれていて、その一人ひとりに感情移入してしまい終始泣きっぱなしでした。しかし、シリアスだけでなく上手い具合に笑える場面もあり、充実した内容になっていたと思います。

役者さんの演技が素晴らしいのはもちろんでしたが、脚本・舞台セット・照明・音響・小道具・演出なども細かいところまで考えられていました。特に谷さんの脚本は本当にすごいとしか言いようがありません。テレビドラマなら、痛いところは目を背けてハッピーエンドで締めくくるところを 敢えて壊して現実を突きつけてくるスタイル 。ゾクゾクしながら観させて頂きました。
今回はAチームの舞台を観劇しましたが、Bチームはどう演じるのか気になります。

ドラキュラの憂鬱

ドラキュラの憂鬱

タッタタ探検組合

ザ・ポケット(東京都)

2016/05/11 (水) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

ドタバタコメディ・・ちょいホロリ・・って感じでしょうか
ふ~む 特に吸血一族という話は無くともよかったんではなかろうか?
とか思えた1時間50分ほどの作品

でも肉体使うドタバタ系は観てて結構面白く(^^)
強調されたアクの強いキャラクターたちは嫌悪感・違和感なく楽しめた♪

NoiseGate

NoiseGate

CASSETTE

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★

糸絡み
物語自体にも糸が絡んでしまったのかなぁ。物語はSFにも喜劇にも思えませんでした。でも,ダメな芝居というものではないんですよ。趣旨が掴みづらく,途中退屈に思えた部分があっただけで,全体としては面白く,演技も悪くはなかったと思います。音響や照明は物語の雰囲気にマッチした効果的なものでした。

NoiseGate

NoiseGate

CASSETTE

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★

これ喜劇か...己劇のようにも思えるが
冒頭に書いておく。意欲的で好感は持てる。意識的に取り組んだ公演であり、その志向は良いと思っている。
しかし演劇は観(魅)せる、劇団と観客との関係が大切であろう。その意味で、少なくとも自分は物語の展開を追うだけで、そこで訴えたかったものが浮き上がってこない。確かに現代社会に対する問題提起は垣間見えるが、そのテーマなりを物語りの中に十分落とし込んでいるとは思えない、そこがもどかしく勿体無いと思う。

内容に寓話性を感じるが、寓話の教訓的な要素は記憶に残りそうであるが、色々な場面を張り合わせる内に話が複雑になり、観客(自分)が置いていかれるような感覚に陥る。寓話は後知恵ですり込まれるようなところがあるが、それでも神話や諺が長年、人々の経験の中に取り込まれ、身体的な記憶として強化して行く。だから多少の不自然・未消化は、その余白が余韻のように感じられるのではないか。この芝居には余韻が...

ネタバレBOX

舞台セットは、中央に不思議な形の天体望遠鏡をイメージさせるオブジェ、上手寄りに集積したガレ場。上手・下手には宙に浮いたドア...それは透けており、その向こうには煙のようなもの。台詞にある”海霧”であろうか。アンドロイドという人工・無機質イメージの割に、セットは自然・和テイスト...周りに竹、枯山水をイメージさせる絵画風オブジェ。そして真ん中に1脚。
舞台美術と音響・照明という技術は素晴らしく、物語をより印象付ける役割が話を上回ったようだ。

タイトル...NoiseGateは、インターネット先生によれば音楽の「音」に関する用語のようである。しかし自分は、ゲート(入り口)という訳から、サルトルの「出口なし」を想起した。捉える意味合いは別であるが、観る(読む)側には難しいという表層においては同じ。さて折角サルトルを引き合いに出したので、この物語を強引にも当てはめてみた。

プロローグは登場人物が会して不自然に歩く...そしてエピローグは同じようにまとまって冒頭のシーンへ回帰する。そうなる必然が用意されている。人間は、「意識」であれこれ判断する。この物語に登場するのはアンドロイドがその地域で(経済)活動している。そこには人間の働きとは違う対応がされている。そして経営者は反社会的な行為を...。そして恋愛、家族関係などがアンドロイドを交えて描かれる。人は閉ざされた部屋が鏡張りになっていると、自分の姿が様々な角度から見える。それは紛れもなく自分である。さて、「自分」を「真実」という言葉に置き換えると、様々な角度から真実が照らし出される。しかし、そこは意識=精神がないアンドロイドのこと、真偽は問わないという怖さが生じる。

一方、「他人は地獄」は、様々な角度から映された真実に対し意識でもって否定していく。いつの間にかどれが本当か「真実」を失う。さて、持って回った言い方だが、この公演の印象である。アンドロイドは人間との対置にしている。終盤になるとアンドロイドであることが次々と明かされる。どれが本当の人間であり実在しているのか、そしてアンドロイドという存在は何を表すのか...まさか虚無という訳ではないだろう。これだけ人間社会にロボットが利用されているのだから。

芝居の雰囲気は幻・実の混在、視点が人間なのかアンドロイドなのか、視座が現在なのか過去なのか、そして未来を暗示しているのか。
この独特な感性は必要かもしれないが、その観せ方に工夫が必要だと思う。

次回公演を楽しみにしております。
音楽劇 消えた海賊

音楽劇 消えた海賊

東京演劇アンサンブル

ブレヒトの芝居小屋(東京都)

2016/05/09 (月) ~ 2016/05/10 (火)公演終了

楽しい舞台。
楽しい舞台でした。

クノセカイ

クノセカイ

劇団普通

Gallery & Space しあん(東京都)

2016/05/11 (水) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★

初、劇団普通。
日本のラジオ・屋代秀樹氏のweb公開戯曲を取り上げ、「劇団普通」流演出を試みたという事のようだ。御徒町駅から徒歩10分ほどの木の門扉と庭のある日本家屋の二間を使い、観客は奥の間から庭の見える居間をステージとして眺める形。木造建築の中で演じられるイタリアのマフィアの話は、天然照明、音響無しで二時間弱、静かに、地道に場を重ね、ラストへと辿り着いた。「日本のラジオ」を二度ばかり観て、言葉少なく行間を読ませる映画的なタッチと、適度な「暗さ」が好感触だったが、本戯曲は変わり種。何しろイタリア人の名前を呼び合う。ジーナ、サルバトーレ、その中にファウストとクラウディア(ドイツ名)が出て来て、これは内容に絡むが、入り組んだ人間関係が、主に二つの時代を行き来する場面の積み重ねの末に、見えてくる。
 ただ、興味深いものはあった一方、それ以上踏み込もうという気を殺がれたのは、この近距離で(外からの雑音もあったが)台詞が聞こえないこと。極端な場合は「口パク」に等しい。的確な演技が為されていれば、声が聞き取れなくても抑揚や表情等でどうにかニュアンスを汲み取れる事もあるし、逆に効果的な場合もあるだろうが、実力あっての話。役者の半数が「超・小声」を駆使していたが、これが効果につながっていた役者は一名、他は小声と大きな声を使い分けて緩急があったが、気になった2名は終始小声で、しかも耳をそばだてて聞けば演技が必ずしも正確でなく、台詞もろとも沼の中である。
 それはあたかも地声を聞かれて人物像が壊れてしまうより、台詞を犠牲にしても「雰囲気」を維持するのが得策だと、演出なのか本人かが判断して、やっちまったかのようで。
そういう立ち姿じたいが、役のイメージ以前に俳優の心構えが問われるような問題になりかねず(誤解だとしても)、「聞こえない台詞」だらけにした演出意図は全く理解ができなかった。
 短いコマを重ねて縺れたヒモをほどいて行く謎解き型の戯曲の、種明かしの面白さが、全体としては見えてきたので難を逃れたという事だろうと思うが、俳優の努力が「声量」一つで泡に帰しかねない(私の中ではもう帰してしまったが)事例は、中々ないと言えばない経験だ。貴重な・・という事で。
 客の動員に難点があるものの、日本家屋で打たれる芝居の趣きは代え難い。過去観劇した三公演が思い浮かぶが、どれも良かった。今回も何はともあれ「場所」が良い後味を残した。

渇いた蜃気楼

渇いた蜃気楼

下鴨車窓

こまばアゴラ劇場(東京都)

2016/05/13 (金) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

あ、蜃気楼。
タイトルが振りで、劇中符合する効果(観劇中は気づかなかったので効果になってないが・・)。冒頭の振りが最後に出てきて閉じられるパターンなど、戯曲とは振り(謎かけ)の回収(謎解き)である、とシェイクスピアなどを読むと思うけれど、また別の話(失礼)。
 昨年の公演は途中からの観劇で、リアル劇なのかどうなのか判別する材料を得なかった。今回拝見した結果、リアリズムである。が、どこか、その場面から浮遊してどこか異次元に飛ばなくもない雰囲気を醸す瞬間がある。微妙な、意図の判然としない、けれど鋭利な刃でサッと切れたような(流れる血にも気づかない)ドキリとする台詞があったり、不安定なシチュエーションが注視を促す。もっとも二人の男女にはどうやら信頼、そして愛がみえ、現在に影を落とす過去への言及を経て、ハッピーエンドである。過去の不幸な出産が台詞(のない反応)で仄めかされ、最後の景で影を払拭される訳だが、妻の心象風景を描いた芝居だったのか、とも思えたり、解釈を多様に許容する空白の多いテキストが、想像力をたくましくさせる。他の作品も観てみたいと思った。

「ダークマスター」

「ダークマスター」

庭劇団ペニノ

OVAL THEATER & GALLERY (旧・ロクソドンタブラック)(大阪府)

2016/05/05 (木) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★

イヤホンと生調理…、楽しかった!
劇場でイヤホンと生調理、初体験でした♪ 
ステーキを焼く緒方さん、香り付けのワインで炎が…、料理番組みたい! 
そして早々に屋根裏に上がった緒方さんが、イヤホン越しに笑わせてくれます…。 
上演時間140分、無邪気な好青年が辿る…、輪廻のようなダークサイド…! 
楽しかったです(かなりお尻が痛かったですが…)。
 
それにしても、舞台装置が凝ってました、本当のビストロのよう! 
そして舞台と客席が通常と逆配置になっていて、オーバルって客席の裏側はこんな風になってるんだ、屋根裏もあるんだ…、と、とっても新鮮でした!
 
いや待ってよ。
二階はレストランじゃ…、って、屋根裏って??
謎だ…。

そしてそして、演劇初心者ですが、結構、観劇公演数は多いはず…。
なのに…、今回、初見の女優さんばかり…、まだまだ関西の演劇人の層の厚さを感じました! 
そしてそしてそして、女優さん男優さん含め、今回の俳優陣の演技力、完成度、高かったです!
 
追伸、今、認識しました。
緒方さんは来週のStone Ageに出演されないのか…、そらそうだ!だけど、少し残念!でも来週のStone Ageも楽しみです♪

ネタバレBOX

両耳につけるイヤホン1つを、片耳でずつ、二人で分け合って聞くというシステムですが、私のイヤホンが二人で聞きにくい(枝分かれ後の長さが短い)感じの物で、どうしようかと思ってましたが…、イヤホンに余分があって、一人で聞くことが出来ました。
できれば一人一人セパレートしたようなイヤホンにして頂ければ、と思いました。
わが家の最終的解決

わが家の最終的解決

アガリスクエンターテイメント

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2016/05/04 (水) ~ 2016/05/15 (日)公演終了

満足度★★★★★

最高!
アガリスクエンターテイメントの新作且つ名作。
歴史的背景から、笑っては不謹慎なんじゃないかとの懸念があったが、人間ってどんな時でも笑えるのかもと感じさせてくれた。
ライフ イズ ビューティフルを思い出した。
是非再演を。

演劇

演劇

DULL-COLORED POP

インディペンデントシアターOji(東京都)

2016/05/12 (木) ~ 2016/05/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

「空気」は周到に作られ、演出される。その極意。
感動はしても行動にならない、ぐっと来て涙が流れても本当の勇気は湧かない・・・そんな「演劇」どもをなぎ倒し、ここに確かに「演劇」屹立せり、と見届けた。良い芝居を見た後は笑顔で談笑も可だが、ここは旧交を温める場面にそぐわない。その場所を鋼の刃先に喩えるなら、居心地よく佇む場所では勿論なく、何処かは知らねど何処かへと促されて立ち去る場所である。活動休止は消滅と同じでないが、「なくなること」の視野で「演劇」がその本来の使命を探り当てようとして探り当てた場所なのだとしたら・・。
 舞台上で起こったことが全てで、他は要らない、と潔く去らせてくれのは、この芝居が「良い芝居」であるための点数はきっちり稼ぎながら、その余韻にではなく「演劇」が既に明白に導き出しているある真実のほうに浸ることを促しているから、だと感じた。(うまく言えないがそんな感じだ。)
 多彩な趣向はあるが色目使いになる事なく、ただ一つの目的に全てを集約した「潔さ」「硬質さ」が直球のように腹に来た。
 ダルカラは実はまだ2作目(谷賢一作は4作目)、俳優の顔も初めて間近で見た。個人的思い入れのある燐光群『ブーツ・オン・ジ・アンダーグラウンド』で特徴ある役をやった東谷英人が今回も核になる役に。とにかく‘物凄かった’渡邊りょう(悪い芝居)、これも初めて間近に見た‘できる’小角マヤ(アマヤドリ)など、各俳優がこのお話の中心にある「出来事」の周辺で渦巻くそれぞれ感情を、精度と熱度をもって表出した。かく導いている脚本力もさりながら、人間の複雑な感情を的確に表現する俳優の姿にこそ「格好良さ」を感じる「演劇」、これぞ「演劇」の鑑。
 ところで「演劇」とは食ったタイトルだが、劇中で「これは演劇です」の意味では使われない。少なくとも、人を食ったタイトルでない、とまで。後は劇場で。

ネタバレBOX

 子ども同士の「絵本」のような世界と、汚濁した大人たちのシリアス世界が並行して進む。いずれ二つは結合するが、子ども=希望、大人=失望・諦めという対比的な両世界の結合は、「絶望的展望」か~ら~の~「希望」、とはならない(なぜなら子ども世界のMが成長した結果が、大人世界のMだから)。だが、時系列を超越する演劇の呪文で、この後先は逆転する。(というか、そう見ることも可能。)
 子ども世界は寓話的で、台詞は大人の気の利いた言葉だったり、子供らしかったり、身体的にも観念的にも自由に飛び回る。この「子ども世界」に登場してくる車イスの少女、すなわち少年Mが恋する相手が、ゲスト出演者に当てられる役だ。今回は堀川炎、クレヨンしんちゃん系の雰囲気を醸していたが、「子ども世界」の要であり、演者によって雰囲気が変わる面もありそうだ。眩しいほどに輝く子ども時代の、その中のヒロイン役は、黒と白の対照の一方の極点として神々しい存在(大人世界8人に対し、子ども世界は3人だし、負担も大)。劇団女優降板の穴埋めに有力な助っ人を招んだのも納得だ。
 さて、「大人世界」はリアルでシリアスな息詰まる半密室劇である。とある学校、問題はいじめが絡むらしいが、複雑な様相だ。
 似たような、念押しのような対話の繰り返しごとに、「出来事」の輪郭が立ち上がる。そしてその「問題」はどういう力学が働いてか、悲劇的に歪められており、この力学に抗おうとする教師Mが葛藤する、そういう話。その意味ではシンプルな話だが、最後の主役教師がとる行動に、刮目すべし(「カムイ伝」のラストに匹敵する・・とは行かないが、「まんまとしてやられる」意味では同じ)。
 観客は、どうやらこの教師Mが辿り着いた感覚が正当である事を見分けるが、この感覚からの行動は貫徹されない。なぜか・・これを示しながら、問うている。果たして敵は何なのか・・・

 言えるのは、こうしてドラマ化されなければ(Mが葛藤しなければ)、「空気」というものは普段は見えない。我々の生活と同じく。
 空気を読み、空気に流され、無難に立ち居振るまい、必ずしも無難な選択でなかった事に、後で気づけば良いほうだろう。
 「空気」というものがその時、生まれ、流される光景を明瞭に示したこのドラマの最終局面は、ありがちなシーンではあるが、「空気は意志によって生まれる」、という事が重要だ。
 学校で自殺未遂をして救急搬送され、全身麻痺状態にある娘を、卒業式に出してほしいと、父親が土下座をして頼んでいるのに、否定されてしまう異常事態を、観客も受け入れてしまっている。
 この「演劇」には、この異常さを正しく認識し、行動する人物が登場しない。せいぜい、父親をまじえた会合をシナリオ通りに進めようと「打合せ」を厳しく取り仕切る上司に、「指示通りに動くのはごめんだ、自分の感じた事を言う」と、抗うのが精一杯。
 代わりに、その父親が行なった「いじめ」告発の過激な行動のお陰で、いかに児童が萎縮し、また「自殺」という行為によって児童たちが心理的悪影響を被っているか・・・学校や父兄側の見解が、まことしやかに語られるのだ。父兄代表のある男が「子どもたちの安全安心」のためと称して登場し、その「正論」の欺瞞が見え隠れする場面も描いてあるが、芝居の中では尻尾を掴まれない。
 その一方で、娘の父親がひとり、大声で謝罪し、何度も土下座をし、娘の思い(卒業式に出たい)を遂げたいと言い募っている。確かに血の気の多そうな父だが、周囲の冷めた、理解を示さない態度の中で、ただただ「お願い」を続けている。彼の存在によって、学校側の「不当さ」は際立たず、学校側の「対処」への真剣さが際立つ。
 ・・彼は娘の容態についても語り、辛うじて上下に動く腕で意思疎通ができるようになった、今彼女は質問に答える事ができる、食事のこと、そして卒業式のことも・・と、腕を動かしたその瞬間のことを話す。周囲は聞き入っている、が、「空気」そのものは動かない。彼の言う事は大勢に影響しないのだ、という「空気」がある。客席からこの「空気」の正体を読むに、その父親への「レッテル」だ。「この人はこういう人だからな。。」そんな空気。観客をも味方につけられない構造が「演劇」では作られている。

 さてこの「空気」なるもの。 ここでは、少女を学校に来させないように立ち働く上司の、使命感を語る口調や態度に影響されて作られているとも見える。彼の「意志」が、空気を作り出している。
 この娘の卒業式出席をめぐる問題は、対話によって解きほぐせば結論は変わるはずなのだが、そうならないようなうまい「立ち回り方」によって、空気が作られている(維持されている)訳である。
 ・・空気とは即ち、「対話や議論を省略して結論をたぐり寄せる」方法、であり、「空気」には、その結論へ導こうとする強い意志が含まれている。そして、その意志を感知した者によってさらに再生産される共有物である。
 安倍首相がテレビ番組に出たり報道にイチャモンを付けるのは「意志」をマーキングする行為で、逆に野党の露出を抑制するのは、「意志」を伝える回路を奪う事で、影響力を遮断しているのにひとしい。

 閑話休題、しかし観客は次第に「事実」を知っていく。どうやらあの親父の言ってるのは本心だ、何か復讐心や見返りを求めてこの申し出をしているのではない・・・そう十分に「認識」をする。その認識に応じるように、東谷演じる教師Mが自分の意思を表出しようとする。
 ところが、観客は「事実」として父親の証言を聞きながら、彼に全的には同調して行かない。十分に彼の証言が事実であり、彼の心境が自殺をはかった当初とは違った所にあり、「いじめ」犯人を告発すると騒いでいた頃とは異なる事が知れても、いやその頃とは異なる彼だからこそ・・つまり「いじめ告発」という武器を捨てた丸腰の相手だからこそ・・、その要求を拒んでも手前の利害には影響ない、従ってこれは拒否して正解だ、といった算盤を、私も頭のどこかで弾いていたりするのだ。 さもしいこの性は何だ。忌々しい日本人の血だろうか。
 だが、最後の最後に、父親の言葉はやっと届いて来る(まあ脚本上の工夫でもあるだろうけど)。そして、見事に覆されてしまう。
 会合において、上司の仕切りのきつい中でも、「自分の意見を言う」意思を貫いていた女性教師がいたのだが、その父親が娘をしばしば「叩いていた」という事実を本人から聞いて、態度を豹変させる。「自殺の原因を作った本人かも知れない父」の頼みは聞けない、という判断になってしまう。
 本来、その娘や児童にとって何が良いか、それが問題であって、父親がどういう人間か(尊敬に値する人間かそうでないか)など、関係のない事である。が、この豹変をきっかけに、校長と上司ら「体制側」は攻勢に転じ、「そんな重要な事実をなぜ今まで話さなかったのか」という問題設定が上位に来てしまう。
 皆「知らなかった」と答える中、Mだけは正直に「噂として聞いていたが本当だとは・・」と答えると、「そんな重要な事をなぜ今まで・・」と非難され、この指摘がその「空気」ではテキメンに効く。一方父親は既に認めていた事実を新事実のように訴追され戸惑いながらも、そのことを謝り、良かれと思ってやったが悔いていると語り、しかも自殺の原因がそこにあった可能性も否定しない、私の命に換えてもいい、娘の願いだけは聞いてほしいと、ボロボロになりながら叫び、泣き、土下座をするのだ。 が、「空気」は硬直する。
 さて、女性教師の「豹変」は、彼が「自分の思い」をぶちまけようとした直前の事であった。もし彼が本音を「ぶちまける」のと、女性の豹変に始まる「暴力」問題のくだりと、順序が逆だったら・・。
 異常さの密閉空間に、正常さの風が流れれば、問題はその重さに相応しい重さで語られたことになった事だろう。いや、そんな理想的な空気など訪れなかったかも知れないが、「マシ」であった事は確かだ。
 が、実際には逆になったのであり、おそらくこれも、女性教師の「空気」に対する反応であった、という意味では自然な結末であった。

 この結末の後では、いかな「演劇」とて、打つ手はない。「こうならないようにしよう」と、ただ思うだけである。時間を逆戻しにして、オルタナティブな結末へ導く、そんな演劇的手法も有りと言えば有りには違いないが、これほど的を射た「結末」は後からどう覆そうと、きっと虚しいだけである。
 虚しい呪文を唱えて、舞台上で実行する「演劇」と、ここで言う「演劇」は、違う。
 ・・過去の(覆せない)悲劇的な事実を、舞台上で覆してみせる、そんな演劇がある(戦争を題材したものはそれにあたる)。そういうドラマになぜ涙が流れるかと言えば、まず「悲劇」が前提となっており、これをハッピーエンドに置き換えることで悲劇性が際立ち、「それをわれわれは悲劇と感じている(望んでなど居なかった、という悔悟)」証左と確信する、そんな甘い共有空間が出来るからだ。要は「悲劇を思い起こす」時間である。戦争はそれに相応しい、皆が共有できる素材であり、それはそれとして、意味のある事ではあるだろう。
 だが、事を「未来」に移してみる。未来を作るのは、他ならぬ私たち自身だが、「これから作って行く場面であり風景」である意味での「未来」と、「演劇」は相似・同義・同質ではないのか。
 その問いかけがこの芝居の最後に叫ばれるスローガンにはある。ただし、願えば未来は変えられる、といった一般論・励ましだけ抽出するのでは殆ど意味がない。
 「空気」というものに克てたためしがなく、ほぼ負け続けの私たちが、この芝居でのリアルな(あの)結末を直視せずに、その未来を語ることは虚しい、という事なのである。
 残念ながら、「空気」に抗わず、「空気」と対峙する場面を回避しながら、より良い未来を手にすることは「自己暗示」以外には無理である。残念ながら。
 自立した「個人」の総和としての、相対的に正しい「全体」を作ることが出来るか・・それがこの華々しい終演の背後に、もたげている問いだ、と受け取った訳であった。
  ひどく主観的かも知れないが、私なりの解釈だ。

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