
若手演出家コンクール2024 最終審査
一般社団法人 日本演出者協会
「劇」小劇場(東京都)
2025/02/25 (火) ~ 2025/03/02 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
コロナによって映像配信なるものが実現し、初めてこの企画を目にしたのが5年前。2019年度の3月だからコロナ急性期。2月後半あたりから大手が公演を取り止め、小劇場は3月に入ってもしぶとく打っていたが4月緊急事態宣言でゼロになった。第27班・深谷氏は2019年度の最優秀賞受賞で知ったのだった(忘れていた)。翌2020年度はぽこぽこクラブ・三上氏。
ユニークな演目が並んでいたが何しろ画像音声が粗いため見るのに難渋する、その印象もあって積極的に観には行かなかったが、今回は申大樹の名もあって覗いてみた。相変わらず定点撮影で録音もシンプルだが随分と見やすくなっていた。
1演目目から順に観た。まず申演出の「野ばら」。
深海洋燈はまだ一度も観れていないが流石、金守珍の薫陶を受けた才人に違いなく、原作の小編を劇中劇風にし、日本の戦争時代の少女たちの交流をベースに、そこに登場する不思議な少女が「野ばら」を読んでいる、という構成。音楽、歌・踊りに女性教師(佐藤梟)が縦横無尽に場を席巻する笑わせ場面あったりと盛り沢山。毎回の短いポストトークではコンクールでは珍しい作り込みの美術を一様に話題にされていたが、梁山泊仕込みのトリッキーな舞台処理もそれを感じさせないスムーズさであった。
ただ、演出を離れて作品という事で言えば(作も申大樹)、現代における戦争への認識に二つの戦争悲話が届いているのか、という部分では、「戦争」の語り口が定型的に思えた。いや元がそういう作品だから、という弁もありそうだが、主人公の二人の女友達の死が最後に来る日本の戦時下の話と、いつかの時代のどこかの外国の国境に立つ二人の兵士の物語が、「戦争悲話」で括られてしまうと、物語世界が狭くなる感じがある。演出等でありきたり感を大いに解放し、見事なのではあるが、テキストのレベルで言えば、「戦争はやめるべきだ」「世界から戦争をなくすべきだ」という、犠牲者の存在の裏返しとしての反戦の論理(大島渚が前にこれを「単純正義論」と言っていた記憶がある)が如何に弱いか・・その事を戦後の日本人は見て来たのだと私は考えている。少女たちは確かに犠牲者であったが、既に一個の考えを持つ彼女らは同じく人としての責任にもさらされ、友達を殺した者=「戦争?」への恨みを持つとするならば、その矛先は自分にも向くものだろう。「はだしのゲン」のゲンらが訴える相手も見出せず虚空に向かってピカドンのせいじゃ、と言う。せいぜいがあれを落とした人間への恨みつらみを言うがそれは戦争を起こした者(日本の上層部)にも向かうが、今や存在するかも分からぬ相手に、言っている。このお話の少女も誰に向けるべきかも分からず「戦争め」と言うしか、その時は術はなかったかも知れないが、今舞台を作るにおいては当時そうであった彼女たちを、今の私たちが評するなり掬い上げるなりして、何かを付け加える必要がある。劇においてそれが何なのかは作り手の問題だが、「戦争」が悪い、のは分かっている、その先を考えなきゃ何も変わらない・・そんな一抹の思いが見ていて過ったのは確かであった。
ラストを締めくくるまでの大がかりな道筋は金守珍ばりに考えられていたが、作品性もそれに相応しく深く周到なものであってほしい・・欲を言えばの話。
他の作品についてはまた、ネタバレにでも少しずつ書いてみる。

淵に沈む
名取事務所
小劇場B1(東京都)
2025/03/07 (金) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
テーマを深く抉った上質な作品をこう飛ばしている名取事務所の観劇頻度が上がって来るのもむべなる哉。
内藤裕子は「灯に佇む」「カタブイ、1970」「カタブイ、1995」に続いての名取事務所への書下ろしで、今作も流石だなと感服した。
作者は今、法律の条文を人(日本人)の耳に鳴らせたいのだな、と思う。特に、理念法(憲法や、各法律の目的の項=立法目的としての理念が書き込まれている事が多い)、「カタブイ」続編の方ではその条文(確か日米地位協定等もあった)を読む場面が幾つもあり、些か固いテキストとなっていた。私たちの生活が「法律に規定されている」厳然たる事実は、とりわけ沖縄では(法そのものの是非も含めて)切実であるが、その事を本土人が軽視してはならない。それには法律が「私たちを取り囲んでいるもの」、日常と地続きにある感覚で捉えなければ・・と、勝手な推測ではあるが、作者は今その思いを強く持って居る、そう思った。
これを経ての今作「淵に沈む」でも開幕後、簡易ベッドに横たわった青年がうなされるように憲法の条文(前文)を音読(暗誦)しており、夜だったのだろう、周囲から「うるさい!」「静にしろ」と罵声を浴びる。場所は牢屋に見えたが、実は精神病棟の一室であった。
精神を病む彼のそれ(独語)は「症状」であった事が後に分かるが、冒頭のインパクトを狙ったかの出だしに私は構えてしまった。「本当は大事な条文なのに軽視されている」、だから今一度ここで(彼に語らせるという形で)読ませて頂く・・的な、直接的な関連はないけれど広く捉えれば全て憲法問題とも言える正当性でもって「条文のアナウンス」が敢行されている、と警戒したのである(別に警戒せんでよろし、との意見もあろうけれど)。
私たちが怖れをもって想像する「収容所」に等しい精神病棟は、あの恐ろしげな冒頭場面で象徴的に表現され、不可欠なシーンだったかも知れないが、結論的には、「法律を勉強していた」彼が独語で呟く(又は叫ぶ)のは憲法条文でなくても良く、であればメッセージ性の強い、かつ定型のそれでなく、少し捻りの効いたチョイスがあって良かったか、とは思った。
さて物語は温かみのある話であり、精神病棟の鋭利な刃のような酷薄な現実の中で、安全圏(ドラマを見る者にとっての、でもある)を確保しようとするものだった。その証拠に、体制に組み込まれ、正しい判断と行動が出来なかった事を悔いる者を含めた「良い人達」に対し、病院の体制側を代表する存在は院長一人である。この一人の「悪役」も倒しがたい状況に、精神疾患を20年の間に寛解させた青年のささやかな「施設外での」人生の再出発を支えようとする四名の姿がラストに揃い、危うい現実の中で人を支え、支えられる人と人の関係とコミュニティこそ、まずは答えなのである、と終幕のシーンが語るのを聴く(私の捉え方だが)。
精神病棟の現実を告発したルポは既に1970、80年代にあり、障害福祉のあり方も変遷を辿ったが、私もよくは知らないが、知的障害について言えば、強度の障害は家族との同居が難しく施設を頼るケースが少なくない。施設建設が趨勢だった1970年代を過ぎると、施設から地域へ、となったのは確かで(海外からそうした潮流が輸入された所もあり、厚労省のそういう部分での功績は認める所だ)、介護業界も保育業界もそうだが、今は人材育成もさる事ながら障害福祉でも平均年収より100万以上低いと言われる分野だ。医療の方も構造的な改革が進んでいるが厳しい状況に追い込まれている医療機関は多いと聞く。そんな中でこの劇のような精神病院(精神科のみの単科病院)が何十年間、ヘタをすれば死ぬまでの長期入院を病院側が進めようとする事が起きるとすれば、悲劇だ(通常の病院が3ヶ月で患者を退院させたがるのと精神科がどう異なるのか知らないが)。長期化により「諦め」が心に住み、生活習慣がそれに合わせて変わる。医師や病院の「やってる感」のための服薬や治療行為が行なわれてしまう。
古くは「カッコーの巣の上で」が描いた精神病院の無残な現実が思い出される。行きがかり上収容される羽目になったとある男(はみ出し者)が、図らずも病院内にもたらした自由と解放の日々(それは最も的確な治療でもあったと観客には見える)と、病院に都合の良い管理法とそれを裏付ける旧い知見への揺り戻し、挙げ句は男自身が電気ショック療法などで「精神病者にさせられて行く」様は強烈であった。
障害者という弱者は常に「軽視」されるのであり、軽視する正当性を健常者は手にしており、彼らを縛る大義名分があり、彼らの同意が医師らの得になる訳でもない(彼らの不同意は医師らの不都合にはならない)。非対称な関係が力の一方的な行使を許し、都合よく支配し・される関係が成り立つ。
院長役の田代隆秀は「灯に佇む」で良き医師を好演して記憶に残った俳優、以後内藤作品で見る事が多いが、今作も悪い医師役を好演。同じく常連の鬼頭典子女史も良き女医を変わらず好演、センシティブな患者役に西山聖了、MSD役の歌川貴賀志、他の役者たちもハマって半ば「地でやってる」かのように見えた。

ご町内デュエル
sitcomLab
ザ・ポケット(東京都)
2025/03/05 (水) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
佐野瑞樹が演出のLeftチームの方を選んだが、今日観た回に関していえば、なんだか空回りしていた印象。もっと笑いが起きてもいいホンなのに。

フロイス
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2025/03/08 (土) ~ 2025/03/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/12 (水) 13:00
座席1階
見応えのある舞台だった。井上ひさしがラジオドラマ用に執筆したという台本「わが友フロイス」を長田育恵が新たに戯曲化。織田信長の信任を得たというイエズス会の宣教師フロイスの半生を生き生きと描いた。フロイスを演じた風間俊介が秀逸だった。
説き起こしは、フロイスが子ども時代に体験したユダヤ人の処刑。これが最初にあることで、ラストシーンの問いかけが強烈に浮き上がってくる。現代の戦争、当時のいくさ。この残虐性に宗教がどう立ち向かっていけるのかを、長田の脚本は問いかけている。考え抜かれた秀作であると思う。
栗山民也の演出もシンプルかつ重厚で、宗教自体が持つ残虐性に十分な光を当てている。光と影をうまく使って脚本のポイントを浮き上がらせたのは見事だった。
こんなことを書いては失礼だが、どことなく優しげな雰囲気があると思っていた風間俊介がこれほど印象深く鋭い存在感を発揮するとは思わなかった。年齢を得てベテランの力が増していったのだろうと思う。長せりふにも臆することなく、堂々と舞台の中心に鎮座した。こまつ座は初出演とのことだが、次の登場が待たれる。

アナタがピンクの似合う子だから
怪奇月蝕キヲテラエ
新宿眼科画廊(東京都)
2025/02/14 (金) ~ 2025/02/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/15 (土) 13:00
17年前に人気を博したアニメ(←架空)の舞台(ミュージカル)化の「舞台裏」を描いた80分。
主演オファーに躊躇する主人公の様子から始まり、「舞台で役を生きる」とは?な演技論/演出論や「自己中心」という単語の掘り下げ(大いに納得)なども経てコロナ禍が始まった頃の演劇界の動揺をも描いて鮮やか。
このテの「内幕もの」は本当に巧い。

極道シアターカンパニー
スズキプロジェクトバージョンファイブ
ウッディシアター中目黒(東京都)
2025/03/01 (土) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
舞台慣れしていない自分でも非常に楽しめた。
テンポ感よく、笑いがあり落ち着くとこをはきちんと落ち着き、起承転結も綺麗で見終わったらあとは気持ちがスッキリとし笑い疲れてる。口角が暫く上がったままになるような作品。
面白い場面の反面落ち着くところの些細な演技。
目や眉の動きがとても際立ったように思えた。
日替わりネタも面白く次の公演を早く観たくなった。
スズプロさんの作品 と言うだけで観劇の理由が充分に立つような、これからもスズプロさんを応援したくなるような作品でした。
次作は11月らしいので観に行かせていただきます。
素敵な気持ちにさせて下さりありがとうございました。

昭和元禄落語心中
研音/梅田芸術劇場
東急シアターオーブ(東京都)
2025/02/28 (金) ~ 2025/03/22 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
シアターオーブは何回か行きましたが、3階席は初めてでした。いやー、こんなところにまでお席があるんですね。双眼鏡必須です。(追記予定)

Lovely wife
劇団青年座
本多劇場(東京都)
2025/03/06 (木) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白かったです。久しぶりに笑って見る事ができた舞台でした。
舞台美術も「へー、こんなのでいいんだ」と言う感じで面白かった。

クロスモーダル
名古屋市立大学演劇部劇団鈍-NORO-
七ツ寺共同スタジオ(愛知県)
2025/03/07 (金) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
鑑賞日2025/03/07 (金) 18:00
う~ん、市大祭の無茶ぶりがまた見れると
期待して行ったわりにはイマイチだったかな?
6つの小作品によるオムニバス形式だったけれど
それが繋がっているのかいないのか
話が飛び過ぎてよくわからず。
笑っている観客もいたにはいたんだけれど
自分は、ただその場の状況を理解しようとするだけで精一杯でした。

他者の国
タカハ劇団
本多劇場(東京都)
2025/02/20 (木) ~ 2025/02/23 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★★
配信で観劇
最初は11人いる!を想像して観てました
後半からはいつもの怖いタカハワールドでした
良かったです
映像が明るく役者の表情が見れて助かりました
ただやはりカット割りされる映像の限界
ずっと主人公の一挙手一投足は観てたかったです
板橋本町の昔の地名
板橋岩の坂の事知りませんでした

ライフワーク
ながめくらしつ
シアタートラム(東京都)
2025/03/07 (金) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「内省と解放」
漆黒の舞台で目黒陽介がひとりパフォーマンスをする公演である。ピアノ伴奏は長年創作をともにしてきたイーガルが担当した千穐楽の回を鑑賞した。

三月大歌舞伎
松竹
歌舞伎座(東京都)
2025/03/04 (火) ~ 2025/03/27 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「当代と次代のエースによる『七段目』」
3月歌舞伎座は12年ぶりとなる忠臣蔵の通しである。夜の部Bプログラムでは、仁左衛門の由良之助に松也の平右衛門、七之助のお軽兄妹が顔を揃える新旧世代による豪華な七段目が出た。

R老人の終末の御予定
ポップンマッシュルームチキン野郎
すみだパークシアター倉(東京都)
2025/03/06 (木) ~ 2025/03/11 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
初演と同じく簡素な舞台構成ではあるし(でもあの足場結構お高いとも聞く)舞台上にはポットだのエレキだのしゃもじなど家電(一部除く)に扮した役者さんが並びゆるゆる面白芝居っぽさを全面に押し出し油断させるが内容はゴリッゴリのSFヒューマンドラマ。やはりいい台本。もちろんいい役者んも揃えて照明音響も派手さは抑えているが違和感なく過不足なくシーンに厚みを加えていてとても良い感じで。不満はなくもないがこの台本の公演をまた見られて良かった。

『BORDER〜罪の道〜』
五反田タイガー
六行会ホール(東京都)
2025/03/05 (水) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
コミカルな感じかと思いきや後半にかけて結構ハードな展開でどんどんのめり込んで観ていた。
役者としては秋田知里さんがひと際映えていた。歌も芝居もダンスも彼女の動きから目が離せなかった。
他の役者陣もそれぞれ良さが出ていて面白かった。

やなぎにツバメは
シス・カンパニー
紀伊國屋ホール(東京都)
2025/03/07 (金) ~ 2025/03/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/09 (日) 13:00
横山拓也が初のシス・カンパニー。達者な役者陣を得て、笑いの後味に切なさを残す巧みな舞台。(3分押し)103分。
とある元カラオケスナックのママが亡くなり、葬儀の後に集まるママの娘・美栄子(大竹しのぶ)と常連たち洋輝(段田安則)・佑美(木野花)と、美栄子の娘・花恋(松岡茉優)と洋輝の息子・修斗(林謙都)、そして美栄子の元夫・賢吾(浅野和之)。そこで起こる数々のエピソードと、過去の回想は、思わぬ方向に向かって…、という物語。笑いの多い舞台だが、横山らしく最後はどうしようもなく切ないエンディングに向かう。アラ古稀の4人も勿論見事だが、それに伍して若手の2人の活躍も目覚ましい。特に松岡のキャラが印象に残る。それにしても巧い話だ。

わたしの「銀河鉄道の夜」
劇団こふく劇場
山小屋シアター(広島県)
2025/03/08 (土) ~ 2025/03/09 (日)公演終了

女子と算数
NICE STALKER
ザ・スズナリ(東京都)
2024/12/25 (水) ~ 2024/12/29 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
配信を鑑賞。公演序盤の観劇予定がワヤになり結局行けなかったのだが、延期が重なり2日のみの公演だったとは。そして「段ボール彼氏」ver.とは欠員を補うための策から付いたネーミングだったのか..。Aniversary公演とは言っても通常営業、と思っていたが思いの強い過去作のリバイバルであったようで。確かに..その思いが迫って来る作品ではあった。不完全を補うべく奮闘する役者が前面にどっかと存在する中で物語が(というかそのスピリッツのようなものが)揺ら揺らと立ち上がって来る。一人の鈍感な(と一応されている)男を巡る恋愛譚で吐かれる恋心、打算、愛を滲ませる台詞に、突如数式が割り込み、板書されて授業モード、ギャグで落とすがその解にしっかりオチが仕込まれている。この数式という「非感情的なるもの」と恋愛に不可避な激情が絶妙に絡む。イキウメを持ち出すのも何だが、淡白な数字(世界の真理)が人間存在に冷徹な法則以上に有機的に関与していた発見の驚き、に通じる所の感動の要素である。これを総員挙げて具現しようとする熱がこの舞台を覆うのが映像からも認められ、思わず手が拍手をしていた。

境目
ギムレットには早すぎる
パピオビールーム・大練習室(福岡県)
2025/03/08 (土) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
鑑賞日2025/03/09 (日) 16:00
座席1階1列2番
価格2,500円
キビるフェス、二本目。
「ギムレットには早すぎる」は福岡の劇団。創設されてまだ間がなく、よく言えば「若さ」、悪く言えば「青臭さ」が目立つが、芝居自体の印象は決して悪いものではない。
芝居そのものには概ね満足はしているのに、どうしても「青臭さ」を感じてしまうのは、やはり劇団名と芝居内容との間にギャップが生じているせいだろう。ハードボイルドを気取るのはちょっと背伸びし過ぎてる感じなんだよねえ(説明は不要かもしれないが、「ギムレットには早すぎる」というのはレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』中の有名な台詞だ)。
とは言え、劇団の名前に気恥ずかしさを感じるのは、こちらがすっかり歳を取ってしまっているからだ。旗揚げしたばかりの劇団名なんてどこも似たりよったりの痛々しさを持っているもので、まあ背伸びしてみせるのも若者の特権だからなあと、生暖かい目で見守ってあげることもできなくはない。
とは言え、貶すのも可哀想だと批評に“手加減”を加えたり、過剰に甘やかして称賛したりすることは、かえって若い劇団のせっかくの伸びしろを摘んでしまうことになる。いわゆる「褒め殺し」ってやつだ。「概ね満足」とは書いたが、細部において幾分の物足りなさを覚えたことも事実。そこは客観的に指摘しなければならないことだろう。
「境目」というタイトルに象徴された視点は極めて興味深い。演劇的かつ、世界を俯瞰する視点だと言える。
彼我の間、私と貴方、自己と他者、個人と世界、日常と非日常、現実と虚構、生と死と、全ての「関係性」の間に「境目」は存在する。「境界論」を語ることは「宇宙論」にもなり得る。
我々がどこから来て、どこへ行くのか、人間の実存の根源論にも「境目」が存在しているのだ。
『境目』の脚本家がどこまで境界論を敷衍させて戯曲を構成したのかは分からない。しかし少なくともそこにある「境目」を何らかの方法によって突破することができなければ、世界の「関係性」を構築することは不可能であるとは認識していたように思える。
別役実が指摘していた通り、演劇が「中景の芸術」であるのならば、当然、演劇空間にも「境目」は存在する。例えば、舞台と客席の間の「境目」は、いわゆる「第三の壁」と呼ばれる「見えない壁」だ。そのことに自覚的な近代演劇においては、「第三の壁」が破られることは珍しいことでも何でもない。
今回の舞台でも、冒頭から登場人物たちが観客に関わって、最初から第三の壁を破ることから物語が始められている。ああ、タイトルの「境目」って、そういうことなのね、と観客に分かりやすく示してくれる。説明的でなく、具体的な演技で観客に感得させてくれるのは、いかにも「演劇的」だ。
しかし、演劇が突破すべき壁は「第三の壁」のみではない。先述した通り、この世界の全てにおいて「境目」は存在している。何かの「境界」をモチーフにして演劇を構築するなら、その想定し得るあらゆる「境目」にコミットするようなドラマを設定しなければ、舞台空間は成立し得ないのではないか。
安部公房『壁』では、作者は「壁」を具体的に現出させながら、その「概念」は読者の想像の自由に委ねられていた。それゆえに壁は千変万化し、森羅万象を象徴する存在として、我々の内と外の双方に立ち現れることになった。
抽象的な物言いになって申し訳ないが、今回の舞台での一番の不満は、我々を取り巻いているであろう無限の「境目」が、私たちにとってどんな意味を持つのか、快楽か幸福か、はたまた不安や恐怖か、想像の翼を広げるには至らなかった点にあるのである。
惜しいところまでは辿り着いてたんだけどね。

七人の墓友
diamond-Z
荏原文化センター(東京都)
2025/02/27 (木) ~ 2025/03/02 (日)公演終了

『BORDER〜罪の道〜』
五反田タイガー
六行会ホール(東京都)
2025/03/05 (水) ~ 2025/03/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
軽犯罪者が多い女子刑務所に重罪凶悪犯たちが移送されてきて起こる事件とその顛末を描く休憩無し2時間10分、罪とそれに対する罰あるいは赦しがテーマゆえ基本は深刻な内容ながら歌ありダンスありそしてコメディ色もあっていろいろな楽しみ方ができます。主役が可愛いかったです。