
ディファイルド
T-PROJECT
「劇」小劇場(東京都)
2025/02/01 (土) ~ 2025/02/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
2020年にはコロナ禍のもとCATの制作で、10数組のリーディングの組合わせで上演された二人芝居である。2001年にはアメリカで9・11の時、便利優先で進むグローバリズムへの警鐘として初演された。原作はあまり知られていない米作家でテレビがメインのようだ。今までにで、見た作品では23年にハリウッドを舞台のバックステージ話を加藤健一事務所が公演している。ハリウッドライターはホントに鍛えられるらしくとにかく繋ぎ、つないで2時間二人だけで面白く持っていく腕はすごい、と言うしかないが、中身が深いかというと、やはり、よくできたエンタテイメントだなぁ、と言う印象だ。
現代社会が便利になって失ってしまったものは・・となれば、テーマもスジの終わりも見えているので後は本の技術を楽しむ、あるいは役者がどこまで出来るか、見るしかない。
主宰・演出・出演の田中正彦(刑事役)は今は声優としてベテラン、で相手役の佐々木望共に(書庫の移動を命じられて爆薬と共に図書館に籠城する司書)と殆ど2時間しゃべりっぱなし、籠城ものだから緊張が続くので役者も大変だ。こ三演目で7年ぶりというから、やっている方は一種の麻薬に溺れているのかも知れない。話はよく組まれているが、後半はこの話どう納めるか、と言うのが関心の軸になってしまう。そこも後で考えればそれしかないというあたりに持っていく。そういう万端出来ていて、俳優もガンバテイルのはご苦労様としか言いようがないところがアメリカの普通によく出来たのエンタティメントらしい、とはいえ、このクラスの本がゴロゴロ転がっているらしいのはスゴいことだ。いわずもながの注文で言えば、こういうシチュエーションの演技としては二人とも、声優だから仕方がないが、役を客観的に見ているところは見えすぎる。
作品のタイトルと、副題が飼い犬なのは解るがそれ以上にどういう意味を持たせたかったのかよくわからなかった。

藤戸
劇団演奏舞台
演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)
2025/02/01 (土) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
いつもながらとても素晴らしかったです。生演奏とお芝居見どころたくさんでした。内容も人の内面をとてもよく表現されていて、見ていてこちらも心が苦しくなるような真に迫ったお芝居だったと思います。演出もオープニングから良かったです。次回も楽しみにしています。

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
感想遅くなりました。湯呑みチーム拝見しました。とても面白かったです。ここ最近の作品は続けて拝見させていただいてますが、どれも笑いあり涙あり心が暖かくなるものばかりです。本作も、少し変わった家族のでも、心かよう家族のいいお話でした。お父さんがこの家族になった理由が知りたくなりましたね。優しい時間ありがとうございました。次回作品も楽しみにしています。

おばぁとラッパのサンマ裁判
トム・プロジェクト
紀伊國屋ホール(東京都)
2025/02/03 (月) ~ 2025/02/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
2月4日鑑賞。沖縄にこんな闘いがあったなんて、改めて沖縄のいたたまれない過去と、その中でも逞しく明るい沖縄の人達の姿に勇気づけられた感じがしました。この度、鶴屋南北戯曲賞を受賞した古川健氏と劇団チョコレートケーキの演出家日澤雄介氏の最強コンビで、個性あふれる俳優陣が活き活きと舞台を創り上げていました。柴田さん、太川さん、大和田さん、あまり舞台人としてはなじみがなかった人たちが自然体で演じているのが印象的でした。それに唐組に居た鳥山さん、若手の森川さんも上手くマッチして好感度を持てるキャスティングだったと思います。

寂しさにまつわる宴会
上田久美子
蒲田温泉 2階 宴会場(東京都)
2025/01/24 (金) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
寂しいからなのかな、とふと思う。私がなんでも多めにしてしまうのは、寂しいからなのかなと思う。
買わなくていい量の日用品を買う時。
作らなくていい量の料理をつくる時。
どんな文章もつい長くなってしまう時。
演劇を観るのも、映画を観るのも、本を読むのも、音楽を聴くのも、お酒を飲むのも、銭湯に行くのも、セックスをするのも、結婚や妊娠や出産ですら、そして文章を書くのだって、私が好んでやっていることは全部全部、本当は寂しいからなんじゃないかな、と思うことが結構、というか、いつもあって。だけど、その生活や仕事や芸術や性交のどれをしたって結局全く寂しくない気持ちにはならなくて。
そのとき、私にとって「寂しさ」という穴は終わりのある窪みではなく、どこか果てしない場所に繋がっている四次元ポケットみたいなもののように思うのだけれど、この演劇によって一瞬そんな宇宙のような場所で何かに繋がった気がした。
projectumï『寂しさにまつわる宴会』
私はこれをわりと覚悟して、そして必ずという強い気持ちで観にいった。
この演劇を観ている間もやっぱり私は寂しかったのだけれど、少しだけ、わずか一瞬だったけど全く寂しくない瞬間があって、そのときに、そのときにこそ私の身体は涙を流した。それは果てしのない場所から届くサインみたいだった。お人形遊びをしている子どもとお人形のように、私という人間を上から見て、操っている何かがいて、その何かと目が合ったような、あるいはその何かと決別するみたいな。たとえるならそんな感覚で。
それは、理屈じゃどうこう説明できないもので、でもたまに日常生活でもある。
その人にしか言えない言葉を伝えたり、伝えられたとき。
その人にしか見せられない姿になったり、なられたりするとき。
そして、その人としか見られない景色を二人だけで見たような気がするとき。
それは手紙のような文章を書いているときや、自らの意思で熱望したセックスをしているとき、真夜中の散歩で朝や昼とは全く違う顔をした駅や店や公園に辿り着くときとも言えるのかもしれないけれど、解像度を上げるとそうじゃなくて「触れられたところのない場所に触れ、触れられる」ということなんだとなんとなく思う。
これまで宝塚という大きな舞台を手がける中で、いわゆる「推し活」についても、もっと言うならばこの国の産業としてのスターシステム、資本主義としての芸術、そしてそこに生じる諸問題を間近で見てきた上田久美子さんがその側面(それもどちらかというとネガティブな)を描く、という点において様々な感想が寄せられていることもなんとなく知っていたし、ストーリーにおいてなされるあらゆる視点からの議論についても理解はできた。
でも、正直なところ、私にとっては、そういったストーリーやその設えよりも、この演劇のそこかしこに隙間なく配合される「寂しさ」が胸に迫った。
(続きはネタバレBOXへ)

Under the North Stream
ターリーズ
OFF OFFシアター(東京都)
2025/01/24 (金) ~ 2025/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
10歳娘と観劇。
世田谷区北沢が下北沢と上北沢に分裂したのち、上北沢が"神北沢"に改称し東京全体を支配する...というめちゃくちゃくだらない物語(最高ですよね)なのですが、"シモキタ"という文化の喪失と戦う若者たちを等身大で力演する俳優陣の姿に思わずグッときてしまう。それはやはり≒演劇であるし、また、花まる、北とぴあ、そして重要な場面で叫ばれる「インディペンデントシアター!(※from大阪)」と多出するワードに通底する王子への愛着も演劇を愛する者には殊更グッと響く。
演劇やライブなどのパフォーマンス活動がエネルギーの無駄遣いとして規制され、破った者には厳罰が下る、という設定も一見破茶滅茶なコメディ展開に見えるけど、震災時などには実際に挙がった声でもあるので、その実切実なテーマであったりもする。
表現や創作などの文化活動が国や世界、そして人々やその暮らしにとってどういうものであるのかというクエスチョンは普遍的かつ表現を生業にする以上必要不可欠な問いかけであるし、それが若手カンパニーによってめいいっぱいくだらなくパッケージされた喜劇世界の中で叫ばれる、というのはやはり胸を打つものがありました。
そして、観終わって初めて気づいたのだけど、タイトルもUnder=下 North=北!!!
(以下ネタバレBOXへ)

トップ・ガールズ
犬猫会
SOOO dramatic!(東京都)
2025/01/23 (木) ~ 2025/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
キャリル・チャーチル代表作を新訳(常田景子)にて上演。
一人のキャリアウーマン・マーリーンの役員昇進を祝うべく集ったのは家族でも友人でも同僚でもなく、歴史や芸術の中に姿や名を残した女性たち。時空を越えた女たちが語る「わたしたちはどう生きたかトーク」はまさに弾丸の如し。誰もが誰の話も聞いておらず、「あるある」と思わず笑ってしまうのだけど、その混沌が生き方の異なる姉妹の物語に接続し、二人を隔てる「分かり合えなさ」に着地した時、本作の鋭利な核心をぐさりと突きつけられた。
(以下ネタバレBOXへ)

解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話
1999会
スタジオ「HIKARI」(神奈川県)
2025/01/23 (木) ~ 2025/01/25 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
近く解体されることが決まっている建築物で行われる150年展のチケットを不手際でロスしてたことに気づいた翌日、奇しくも私はこの演劇に出会いました。
1999会『『解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話』。
私もかつて女子大に通う大学生だった。あの頃の私にも見せたかった。とってもとっても丁寧に直向きに物語に、演劇に、そして「今この作品を自分たちが上演すること」に全員が自身の生きた時間や生きる時代を以て応答するような上演。同じ年に生まれた縁で繋がれた1999会というカンパニーだからこそ成し遂げられる公演だったと感じ、見届けられて本当によかったです。
「形あるものの喪失」に思いを馳せるとき、人はそこに息づいた「形なきものの喪失」に恐れを抱く。
だけど、その場に生まれる人と人との出会いや営みを''息吹"と呼ぶならば、それは一度吹き込まれたなら失われることはい"永遠"と言ってよいのかもしれなくて、いくつもの運動ののち訪れる"平穏"が、それらをずっと見つめているのだと思う。それが再び揺らいでしまうことを心配しながら、子守歌などを歌って辛抱強く見つめているのだと思う。
"敬虔"であることに潜む孤独、不自由の裏返しである"奔放"、"哲学"に辿り着くまでの葛藤、寂しさの境地である"癇癪"、"沈黙"する時ほど騒がしい心、そして"飴玉"の様な日々が溶けるまでの時間。
いのちの息吹と同時に「名付けられる」という宿命を背負った複雑で素直なわたしやあなたの成長をこの場は全部覚えているだろう。たしかにみえた旧体育館を前にそんなことを思った。
俳優はもちろんその心身にぴたりと添った衣裳や音や光にも時が滲んでいた。

カンテン「The Foundations」Final.
カンテン事務局(Antikame?)
座・高円寺1(東京都)
2025/01/22 (水) ~ 2025/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
カンテン The Foundatinos 【select B】を観劇。
(※催し内の全ての作品を観劇しているわけでないため、満足度については空きとさせていただきます)
劇団だるめしあん
『バイトの面接に遅刻しそうだったが、どうやら遅刻していたのは世界の方だったらしい』
女性がSEXを語ると、ましてや「セックスしたい」だなんて言うと、男性がそう言う何倍もの特異な意味付けをされ、あろうことか"肉食系"なんて言われる事。あるいはそれ全部がタブーかのように透明化される事。に私はずっと抗いたいと思っていて。だからこの演劇に出会えて本当に嬉しかった。
タイトル通り「世界の遅れ」を複数の異世界を貫きながら描くSF社会(喜)劇。ポップに、えっちに、そして、世界が反転しても対等に扱われるトピックの数々に現代とその課題を見た。
だって好きな人とセックスしたいだなんてことお日様が登って沈むくらいとても自然なことじゃないか。だけど、そういう女性はホモソーシャルの中で「エロい女」「ヤレる女」と蔑称で矮小化される。それとは逆に、いや同じ問題として、エロな話題にのれない男性にもまた”草食系”などとコミュニティ内で嘲笑の対象になったりする。
もうそんなのはどっちもやめませんか!全部やめませんか!新しい世界をやりませんか!
そういうことをポップに、しかし切実に伝える作品でした。
坂本さんの前作『ラブイデオロギーは突然に』はケータイ小説に生きるヒロインと現代を生きる女性の時空を越えたシスターフッドの物語で"女性とはそういうもの"と思わされてきた数々を編み直す様に呪いとの対峙と決別を描いていた。あの頃の自分に言ってあげたいこと、今の自分が言われたいことがギュッと詰まっていたけれど、今回はその言葉がもつ射程がもっと広がっていたように思う。
「人間が社会で傷つき立ち向かう様を、明るく、えっちに、ポップに描く」
まさにそんなだるめしあんの信条を示すような作品でした。俳優の心的負荷を考えての、それでいてカンパニーらしさをも追求した性描写の工夫も素晴らしかったです。
セックスにおける疑いと喜びがともに表現されているところも好きでした。
架空畳
『Φ(ファイ)をこころに、一、二と数えよ』
数学の世界では空集合(=要素を一切もたない集合)を意味するらしいΦ。
この世界で起きていることそのもののようだけれど、まさに人が集合することによって発生する同化と異化が忍ばされていたように思う。時空を越えたパラレルワールドに誘われる感覚はしっかりあるのだけど、デパ地下や娘のお部屋など手触りある風景が浮かび上がってくる不思議。
Φが鍵穴を意味するのだとしたら、全てがどこかに、世界の何かへと影響し、繋がっているのかもしれない。
直近の小野寺さんによる高木珠里さんのひとり芝居『伝説の女』が好きだったけど、それも始まりは居酒屋のトイレだった。多数が出入りし集まる場所。何てことない場所から物語がうねりを見せていく様が、何もない空間から演劇が生まれていく様と手をつなぐ時、私はどこでもない場所に行ける気がする。
そして多分そこにもΦが、鍵穴がきっとある気がする。独特の世界に誘う導入も効いていました。

カンテン「The Foundations」Final.
カンテン事務局(Antikame?)
座・高円寺1(東京都)
2025/01/22 (水) ~ 2025/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/01/23 (木) 14:00
【<Select C:閉>いたる】
Select A がファンタジー、Select B が SF系だったのに対してこちらは「人生を描いた」二編?
singing dog「9人の佐藤」、冒頭、生まれた年を言いながら大きさの異なるボールを手にして次々に登場した「佐藤さん」が語る来し方……という抽象的な作品。今までに観た singing dog 作品は具象的な装置で演じられる実録系のものだったのでそれらとは真逆と言える作風にビックリ。
Sky Theater PROJECT「名前のない空」、主人公が30年の時を隔てて20分間だけ過去と現在の「中身」だけ入れ替わるという良い意味での「スケールの小さい時間ものSF」で、こういうの大好き。
そして、まず現在を見せてそこで消息不明となっているかつての友人と過去で「再会」し……という展開が巧いんだなぁ。また、現在と過去の演者がまさに30年の時を経た同一人物に見えるのも作品にリアリティと言うか説得力と言うかを与えていて見事。いやぁ、面白かった♪
なお、ラストシーンに既視感的なものを抱いていたが10日ほど経ってようやく気付いた。惑星ピスタチオ「破壊ランナー(最終版?)」(1999年)の「ボーナストラックだ。「あの人の消息は……?」と案ずる観客を安堵させて終わるのがまたイイ。

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
「家族とは」という普遍的だが 当たり前すぎるテーマ、そこに「何か違和感」という興味を惹かせる。もっともこの違和感は、例えば 宮部みゆきの小説「理由」の設定でも用いられており、(ミステリー)小説ほどの牽引力はない。ただ 家族の強い結び付き といった先入観から一歩引いて俯瞰することで見え、考えさせるところが上手い。
家族の物語は、その家族の数だけ物語があると言える。公演は、その一形態を描いており、むしろ優しく心温まる、そして居心地の良い場所なのかも知れない。古くて新しい家族をテーマにした公演、何となく小津安二郎の古き良き時代の映画を彷彿とさせる。その小津映画は映画館で再上映しており、時代が変わっても色褪せることなく楽しませている。本公演も同じような味わいが続くかもしれない。
舞台美術は劇団員が作ったらしいが、神は細部に宿る というが本当に住めそうな造作。そこで巻き起こる騒動、典型的なスラップスティック・コメディとして描いており、分かり易く楽しめる。前半の小笑い・大笑い・失笑など笑劇といった観せ方から、中盤以降は この家族一人ひとりの事情や問題を点描していく。この家族に凝縮した諸課題は、多くの問題提起をしているよう。緩い雰囲気の中で強かな物語を構築している。そして説明にある、何故 結が直人の家族に会いたいといったのか、その理由と激白によって物語が引き締まる。「笑劇」から刺激ならぬ「刺劇」になっていく変化、その印象付けが巧い。
(上演時間1時間35分 休憩なし)【湯のみチーム】

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
すばらしかったです。『万引き家族』や『そして父になる』と本作の『ご飯が炊けるまで(仮)』で家族作品3部作ですね^^ 途中からかなり引き込まれました。あと、アフタートークがすごくよかったです。「ああ、そうやってキャスティングするんだ…」と思いました。それとオーディションのやり方も知れてすごく勉強になりました。

「No Woman, No Cry」
ROCKSTAR有限会社
こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)
2025/01/31 (金) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
前回公演で好評だった「DJスタイル」を取り入れたコンドルズの新作公演。会場も同じスペース・ゼロで、空間の作り方もほぼ同じ。勝手な想像ですが、カンパニー自体がこのフォーマットに手応えを感じており、その土台作りや発展型を意図しているような気がします。ラジオDJとして実績もあり、しかも声質もとても良い(←これは個人の感想ですが)勝山さんがDJ役を担い、ダンス、パフォーマンス、映像などの合間にDJとして進行したり喋ったりするスタイル。

逆VUCAより愛をこめて
劇団スポーツ
駅前劇場(東京都)
2025/01/31 (金) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
ステージ上を主に三分割し、現在、未来、そして未来視?のような、未来の要所要所が見える状態を行き来しながら展開する時間軸コメディ。みたいな印象を受けました。満員状態の会場を、劇の序盤からしっかり掴み、笑いが起こるポイントでドン!と笑いを起こす様子は、この劇団の成長と実績の証のように感じられ、頼もしく思いました。

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
コロナ禍を経て ますます無関心・不寛容になったように思うが、本公演はそんな世態を逆手に取ったような家族の物語を描いている。説明にもあるが、「その家族には何か違和感が…」という、一般的な家族とは違うことを示唆している。この家族、そこにいる人々には何か事情があるようだが、その背景を深堀しない。その緩い繋がりこそが物語の核心であり現実の世態とリアルに結びつく。人とは関わっていたい、しかし深い付き合いはしたくない、といった心情が透けて見える。オーソドックスのような物語だが、そこに演劇らしい奇知を仕込んで観(魅)せる。観劇歴が浅い人でも楽しめる、まさに演劇らしいお手本のような公演である。
家族の一人ひとりが抱えている問題なり悩み、その多様な提起の一つ一つが観客の共感・反感や違和感を誘う。小説における中間小説的な印象だ。勿論 小説のそれとは違い、いわゆる現実でもないが非現実とも言い切れない。そういう意味では、従来型の物語ではなく、かと言って突拍子もない物語でもない。演劇の醍醐味は、虚構の世界へ誘い込まれ堪能出来るかどうか。この公演は、「家族とは」という普遍的な問いを少し違った観点から切り取っている。家族という現実を描いているが、疑似家族という非現実=虚構の世界を紡いでいる。
(上演時間1時間35分 休憩なし)【茶わんチーム】

ごはんが炊けるまで(仮)
演劇企画アクタージュ
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/01/30 (木) ~ 2025/02/03 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
茶わんチームを拝見。茶碗とも茶椀とも書かず開いた表記にしているのもグー。ちゃわんは、無論茶をいれたり飯を盛ったりする器だが、材料が陶磁器か木かを分けずに両方を含む表現になっているからだ。このような細部にも気を配った脚本である、見事という他あるまい。流石に10年を迎えたアクタージュの記念すべき作品と謂えよう。キャスティング、演出、演技何れも素晴らしい。断固ベシミル、華5つ☆

『パラレルワールドより愛をこめて』 『パラレルワールドでも恋におちて』
ザ・プレイボーイズ
シアター711(東京都)
2025/02/02 (日) ~ 2025/02/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/02 (日) 15:30
『…恋…』を観劇。初見のユニットだが、帯金ゆかり出演というので観に行った。とんでもなく面白い!(1分押し)55分。
ミチル(まちだまちこ)がカレにふられて呆然としていると、突然、未知瑠(帯金)が現われ、カレにふられていないパラレルワールドを探そう、と誘われ、ミシェル(砂田桃子)のいる世界に行くが、…の物語。3人の「みちる」はそれほど似ているとも思わないけど、とにかく笑わせてくれる。設定の妙。伏線もしっかり張って回収するし、ただただ笑っていればよい舞台だった。12月のナイスストーカーに続き破壊力爆発で大活躍の帯金だが、おなか☆すいたろうがいい仕事をしている。

藤戸
劇団演奏舞台
演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)
2025/02/01 (土) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/01 (土) 18:00
能の「藤戸」。藤戸の戦で平氏に勝利をおさめた佐々木三郎盛綱が、児島の国(現在の岡山県倉敷市)の領主に着任した場面から始まる物語というCoRichに書かれたあらすじを読んだ感じだと、どんな感じか全容が分からなかった。
なので観始めた時はどんな感じか分からない不安の方が大きかったが、観ているうちに現代音楽や映像、不気味な程に薄暗く、時々俳優に絶妙に当てられる照明の向けかた、多少の能の所作が組み合わさって、夢幻能的な幻想怪奇な独自な世界観の現代劇で、思わず現実世界を忘れその世界観に引き込まれていた。
源平合戦の中で海上合戦が得意で児島周辺を支配していた平家と藤戸海峡を挟んで舟を持たない源氏軍が対峙する状況。
そのなかで、源氏の武者「佐々木三郎盛綱」が先陣切って藤戸海峡を馬にて一気に児島に向かってかけ渡り源氏の状況を打破する。
だがその為に、藤戸海峡から児島までの距離を測る為に児島の村人を水先案内人に児島の浜辺まで案内させ殺害するという衝撃的な残虐ピカレスク劇で、劇の前半から中盤に掛けての殺害再現場面や村人の母親の老婆の責められる場面、自分が殺害したことをいつまでも後悔と今を生きようとする心の狭間での葛藤でもがき苦しむ人間臭い佐々木三郎盛綱が、児島の国の領主となった際眼を失ったことからもギリシア悲劇『オイディプス王』における父殺しで実母と分からず結婚して犯し、眼を失うという同じではないが似通っており、日本版『オイディプス王』と言っても過言ではないと感じた。
しかし劇の中盤から終盤にかけて、眼を失った上で水先案内人の村人の母親が佐々木三郎盛綱を刺殺しに来るというような安易な復讐ではなく、水先案内人の村人の亡霊によってか、佐々木三郎盛綱自身の懺悔の念が呼び起こすものかは知らねど、悪夢のように村人を殺害した後の島に上陸直後の同じ日を気付いて起きると何度も繰り返し、不死身の身体となり、無限にループし続ける、これこそが悪戯に殺された村人の怨霊によるある意味どんな呪いや復讐よりも、佐々木三郎盛綱を精神的にも肉体的にも窮極に追い詰める手段としての最大限の復讐だと考えると、スーと背筋が凍り付き、恐怖に慄いた。何より、いつの時代でも永遠の時間というものに対する恐怖と憧れは変わらぬものだと感じた。
どんな恐怖映画やお化け屋敷にも匹敵するものを感じ、『藤戸』という能がもはや古典と化しているものの、全然忙しい現代でも通じるものを感じた。

イッセー尾形の右往沙翁劇場 2025 in 福岡
イッセー尾形事務所
西鉄ホール(福岡県)
2025/01/31 (金) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/02 (日) 15:00
座席1階e列8番
価格5,500円
タイトルには「2025」とあって、実際、公演は2025年の1月31日(金)〜2月2日(日)なのだが、全国巡業は昨2024年から行われており、そのシリーズとしては福岡公演が最終公演、千秋楽である。
イッセーさんは、毎年必ず、八本の新作を制作、八人の全く別のキャラクターに扮して、全国九都市を巡回する。北は北海道から南は福岡、たまに九州各県に。昨年の「妄ソー劇場」も終演は福岡だった。そうして一年が終わると、次の新作に取り組む。イッセーさんは殆ど再演を行わないので、その年の舞台を見逃すと、もう一生、その年のキャラクターに出会うことはない。まさしく「一期一会」の舞台なのである。チケットが完売するのも宜なるかな。
毎年、通しでテーマが決められるのも十年前の独立後のイッセー舞台の特徴。今年はタイトルにも「沙翁」とある通り「シェークスピア」であったが、実際に舞台を観てみると、どこにシェークスピア要素があるのか全然分からない。老人教師やバスガイド、神主さんや紙(お面)芝居屋や流しのギター弾きなど、イッセーさんの演じるキャラクターは多彩だが、シェークスピアの戯曲に登場しそうな人物はただの一人もいない。
イッセーさん曰く、「予習は一切必要ありません」とのことだから、多分、最初からシェークスピア云々の話は釣りのフェイクだったのかもしれない。
実は各編ともにイッセーさんの深遠な意図があるのに私が気が付かなかっただけならまことに申し訳ない。