
亭主学校~ルイ14世に捧ぐ~
劇団 現代古典主義
劇団現代古典主義アトリエ(東京都)
2018/03/12 (月) ~ 2018/03/25 (日)公演終了
満足度★★★★
同時進響劇なるものを初めて観ました。オーケストラ劇とも言うらしいがステレオ放送なんじゃん・・・て喩が古い? マンションの小さな1室で化粧の濃い演者が近くて怖い・・・?
しかし作品は面白かったです。ストーリーも面白かったのですが演者の緩急のつけ方が良かったです。次回の作品も見たくなりました。

東京の街が夢見る【横浜公演】
劇団820製作所
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2018/03/09 (金) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
東京大空襲と東日本大震災の両日に恐怖と鎮魂を感じる舞台だった。我々が他人事だと思っている間に、いくら何でもそこまで酷い事にはならないだろうと手をこまねいている間にどうなってしまうのか。臨場感あふれる役者たちのせりふと動きがただならない世界へと誘っていく。この日本で、今の日本で何ができるのか、何をしなければならないのか自分自身に問いかけ続けた。

ツクリバナシ
hicopro
「劇」小劇場(東京都)
2018/03/13 (火) ~ 2018/03/18 (日)公演終了
満足度★★★★
はっきり言うと、たいしたことない内容。内容には期待しない方が良い。しかし、ミュージカルとしての出来は良い。唄のレベルは高く、演出も上手い。そのため十分楽しめる。ただ、下北の小劇場で一時間ちょっとにしては料金が高いと思う。

渇愛
名取事務所
小劇場B1(東京都)
2018/03/09 (金) ~ 2018/03/18 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/03/13 (火) 19:00
座席1階G列1番
名取事務所は、題材、脚本、演出、役者その他内容云々ではなく、とにかく観ようという劇団なので、今回も何の予備知識なく劇場に向かう。(せいぜい、知識は韓国の脚本だというくらいです)
上演時間を見ると、85分。案外短いな、という感想。
舞台が始まると、数分のペースでやたら暗転で舞台装置が変わり場面が変わる、車のブレーキ音のような甲高い雑音が発せられ、フラッシュバックのような照明が点けられる。次第にそれらの場面が、観客の意識の中で繋がっていき、ことの顛末を憶測するころには、舞台の展開も落ち着く。が、終始薄暗い舞台は、観客に沈鬱な気分を強いたままだ。血糊のついたシャツ、連綿と続く暴力、息子と少女の静謐な死の儀式。
実際の事件をモデルにした、という文言を読むと、確かにそちらに意識が流れていきがちだけれど、舞台と並行している時間枠では、狂気の隙間に嵌り行く人々を見ていると、消耗が激しくてそんなことに頓着する余裕さえない。
特に、養子ジンギがジェソプに対して何度も「本当に悪いのはあなただ!」と叫ぶ場面は、その真意がつかめぬ間に、ただただ不快だ。
観劇者を選ぶ舞台。

交響曲第九番〜天国と地獄〜
オパンポン創造社
in→dependent theatre 1st(大阪府)
2018/03/13 (火) ~ 2018/03/13 (火)公演終了
満足度★★★★★
観れば観るほど新しい感動。すごく笑っちゃうのに、最後は悲しく辛くなる。それでもまた観たくなる。野村さんの舞台は中毒になる。

地上10センチ
ガレキの太鼓
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/03/08 (木) ~ 2018/03/18 (日)公演終了
満足度★★★
テンポ良く、ダレることなく見せてくれるのだが、ゴールまでが一直線すぎたような印象。
「頭上10センチ」ぐらいのところを行ってほしかったような……。

目白三人の会
としま未来文化財団
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2018/03/13 (火) ~ 2018/03/13 (火)公演終了
満足度★★★
日本舞踊、現代舞踊、古典バレエの3本がそれぞれ半分発表会という公演。素人と玄人の見比べができて興味深い。日舞の子供たちがうまい。

JK OF THE UNDEAD
哀女
ザムザ阿佐谷(東京都)
2018/03/07 (水) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/03/07 (水) 19:30
価格2,500円
所謂ゾンビものに「もうひとつの要素」を附加したことによりメッセージ性を持たせることに成功、後半にキラリと光る台詞も2つ3つ。これが表情ワールド?いや一つの表情にすぎないのか?なんたって「表情豊」ってくらいで。

地上10センチ
ガレキの太鼓
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/03/08 (木) ~ 2018/03/18 (日)公演終了

何しても不謹慎
箱庭円舞曲
駅前劇場(東京都)
2018/03/08 (木) ~ 2018/03/13 (火)公演終了
満足度★★★
東北の小さな村に伝わるお祭りの実施を検討する実行委員会の月々の会議を一年間にわたって見せる。既に形骸化している祭りをやめるにしても続けるにしても、責任を押し付けられる形になった委員会の右往左往であるが、いかにも現在の日本の各地で起きていそうな話の進行で、それが大きな政治への皮肉になっている面はあるとはいえ、話題も人間像も常識的な展開で、その結果もまた平凡である。それがリアルであればあるほど、芝居としては見どころがない。この作者、どこかでいい本を見た記憶があって、自分の劇団と言うこの小劇場を始めてみたが、最近の小劇場の習いでほとんど自前の劇団員はいなくてプロデュース公演とさして変りがない。劇団の色もはっきりしない。目立つ俳優もいない。正直、退屈した。観客席の中央を割って中央に置いた舞台の会議場を両方から見る趣向。1時間40分。

2月公演 『踊女』
狂夏の市場
尼崎三和市場内 イベントスペース 「とらのあな」(兵庫県)
2018/02/23 (金) ~ 2018/02/24 (土)公演終了
満足度★★★★★
初めての 三和市場 イベントスペース とらのあな 連続公演 商店街をこんな使い方 すごい。 諏訪さんのクラシックバレー 初めて見た、コンクリートの地面 路地裏のバレリーナがとても綺麗 皆さんも一緒に手を前に・・・。 π子さん 下ネタっぽい話 ヨガ 生け贄にされたけど 楽しい。 武田 操子さん 1人出演の弁士の無声映画 廃校での撮影らしい 手間がかかってます、 1人全役の中 憧れの男の子の彼女に希蓉美さんの出演が面白い。 空山さん 歌います 初めて一曲通して聴いた、いいですね。
全体を物語で繋ぐ。 この場所でとても面白い
初めての会場駅、偶然ハシグチさんと会い、案内をして頂いた、 方向音痴の私にはとても嬉しい。 ありがとう 御座いました。
終演後 乾杯 初めてお話できた役者さん。面白かった感想を伝えて、ちょっと 多めに飲んで酔って。 会場までの道、芝居、終演後の乾杯、通してとても楽しめた。

寝室百景
坂本企画
浄土宗應典院 本堂(大阪府)
2018/02/23 (金) ~ 2018/02/25 (日)公演終了
満足度★★★★★
あれこれ 考える時 条件を大きくします。
寝室百景は 老化 物忘れ 病気 看護の家族 限界の状態での選択 生き方。
今回観て自分に重ねて これからの生き方 毎日が違う自分の記憶 緩やかに誰もが睡眠で寝室百景だと思う。
人 高齢化 誰でも通る道を考えさせられる 名作 よく寝てみるか。

何しても不謹慎
箱庭円舞曲
駅前劇場(東京都)
2018/03/08 (木) ~ 2018/03/13 (火)公演終了
満足度★
corich にある【あらすじ】と【Introduction】は全くその通りで私も日々気にかけていることである。
しかし、劇場に行って観てみると「えっ?!これってただのイベントが面倒くさいかどうかの話ではないの。高く掲げた問題意識はどこへ行ったのよ!」と叫びたくなるくらい、看板倒れであった。
【あらすじ】と【Introduction】がなければ普通の会議劇でアガリスクがスピード感・爽快感を持ち味とするならこちらはゆるゆる感・後味の悪さを売りにしていて星3つである。
しかし、この【あらすじ】と【Introduction】がなければそもそも私は観に行くことはなかったのである。海苔巻き寿司を買ったはずがおにぎりであったようなものでおにぎりの味が普通であっても海苔巻き寿司としては星は1つがせいぜいである。

地上10センチ
ガレキの太鼓
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/03/08 (木) ~ 2018/03/18 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/03/13 (火) 14:00
常に名前が聞こえてくる有名劇団だという認識でしたが、3年以上のブランクを乗り越えての復帰作なのだとか。

さくら盗り
武人会
調布市せんがわ劇場(東京都)
2018/03/07 (水) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/03/08 (木) 14:00
扉を開けて劇場の中に入り、最前列のほぼ真ん中の席に座ると、目の前には坂道とそこから続く上に続く道があり、舞台が上下2段になった舞台装置があるだけ。
開演直前、ふーっと薄紅色を一滴垂らし込んだような靄のような煙が、春の陽射しのような淡い光を纏わせながら天に吸い込まれて行きゆらゆらと立ち昇ったその一瞬、桜の花の香りがふわっと薫った。本当に薫ったのか、自分が何かに瞬間誑かされて薫ったように錯覚したのかは定かでないが、確かに瞬間桜の花が薫った。
焦点が引き絞られるように暗くなり、滲むように明るくなった舞台の上には、なにかに怯え戦くような、不安げで切なげな一人の桜の精を彷彿とさせるような少女が頭を抱えて蹲っている。
やがて、少女は面を上げて、はらはらと何かに圧され、儚く戸惑、何かから逃れようとするかのように舞う。
少女の名は咲来(さくら)。
咲来をめぐる物語。
『ある町に、金持ちが持つ宝を狙う盗賊たちがいた。その宝とは、さくら。やがて騒動は町を巻き込みんでいく。“さくら”に込めたそれぞれの想いが舞い吹雪く。
「俺の大事なものだけは、盗まないでくれよな。」』
そう、さくらは咲来。咲来をめぐるふたつの想いとふたつの愛情。
それぞれがそれぞれの為の大事なものを護る為に起きた切なく哀しくも温かく美しい物語。
心を許し合った友であった麓(ろく)と勘助。
金持ちの勘助(藤田健彦さん)は、自分が町の者たちから取り立てた金を麓(佐藤正行さん)に盗ませ、町の者たちへと分け与えさせていた。
麓率いる盗賊は義賊のように町の者たちに慕われ、金持ちの勘助は、町の者たちから恐れ嫌われていた。
勘助が麓にひとつだけ願った事。それは、故あって勘助が育てる事になった、血の繋がらない一人の幼い乳飲み子、咲来(五十嵐愛さん)だけは盗まないでくれということ。その事を麓も約束したはずだった。
時が流れ、麓の娘雪霧(ゆき)の物心ついてからの願いを叶える為、麓は勘助の大切な宝である咲来を盗もうとする。
なぜ、麓は心許し合いった友の勘助のたった一つの願い、約束を反故にしてまで咲来を盗もとするのか?それは、雪霧(宮本京佳さん)もまた、麓の血の繋がった娘ではなかったから。
かつて、何処からともなく幼い雪霧を連れて咲来身篭った躰で村に流れ着き、いつしか町に居付き、咲来を産んで間もなくなくなった一人の女に想いを寄せた麓と勘助。
二人はそれぞれ、女に想いを寄せながら、どちらも女との間に何があるでもなく、それは、友情のような不思議な間柄のまま、女の死によって終わったかに見えた。
どちらか一方が姉妹を引き取っていれば、後の悲しい結末には結びつかなかったのだろうか?
そうしていれば、雪霧と咲来、麓と勘助には違う行末にたどりついたのだろうか?それは、解らない。麓は、雪霧を引き取り、勘助は咲来を引き取った。かつて愛した女の形見として、少なくとも勘助は咲来に想いを寄せた女の面影を重ねていたのではなかったか。だからこそ、咲来を盗まれることにあれ程恐れ、護ることに必死になったのではないのか。
友を倒し、その為に雪霧の命を奪う程に執着したのではなかったのか。咲来に対する父としての愛情にどこか、女への想いが重なり合ってしまったのだろう。
母であるその女と同じ、舞うと固く閉じた桜の花が咲き、桜吹雪が舞うという力を持つ、咲来への想いは女への想いと裏表。
雪霧は、亡くなった母が絵に描いたただ一つの願い、雪霧と咲来と母とみんなが一緒に笑って、共に暮らすというその事を叶える為に、麓たちと共に咲来を盗もうとした。
誰が悪いのでもない、それぞれが、それぞれの愛する者を守る為、自分の大事なものを護ろうとするあまり、掛け違い、雪霧の命という犠牲を払った後に、自分にとって大事なものは他人もそうだと思い込み、勘違いした事から起こる悲劇に思い至り、気づく。
こう書いていてふと思う、形を変えた『ロミオとジュリエット』のようだと。
尊い命、愛する者のかけがえのない生命が潰えてから、初めてその事に気づき、過ちに気づく。
勘助に言われ、捕えられた雪霧を斬る工藤(村上芳さん)にしても、己の正義から見れば、雪霧を斬るのは正しい事ではないと解っていながら、愛する妻の病を治す為の薬代を稼ぐ為に勘助の理不尽な命令を聞かざるを得なかった。それもまた、自分の愛する者、大事なものを護る為である。
雪霧は、咲来が自分たちと共に暮らすのが咲来の幸せであると思っていた。
一度は盗み、咲来と共に居られたのも束の間、捕えられ斬られ息絶える瞬間、勘助の息子で友の彌(あまね/清水廉さん)に請われ、事情を知らず勘助の用心棒になり、本人の意図ではなく後をつけられた結果、雪霧を捕らえるきっかけを与えてしまった水門(みなと/太田旭紀さん)が支える腕の中で命果てて行く最後の瞬間、物心ついた時から笑わなかった雪霧の最後に見せた儚い笑顔に救われた思いがした。
雪霧の死後、麓によって語られた咲来と雪霧と3人で笑って暮らす事が女の最後の願いであった事を知った勘助の『何故それを言わなかった。俺がお前が欲しいと言ったもので駄目だと言ったことはなかっただろう。与えて来ただろう。そうと言ってくれれば、拒みはしなかった』という言葉が悲痛に胸に刺さる。
なぜ、心許し合い、解り合っていたはずの二人が、盗み盗まれまいとする前に心を割って話し合わなかったのか?なぜ、麓はその事を勘助に伝えなかったのか?見終わってから今までずっと考え続けている。
伝えていたら、あの悲しい結末はなかったかも知れないし、それでも、結局変わらなかったかも知れない。それでも、何かは変わっていた筈。
正義も大事なものも人それぞれ違う。その事に気づき、認め合えていたなら、変わっていたかも知れない。
世間から隔離されて育ち、雪霧たちによって外の世界を知り、世間を知り、無垢な幼女のようだった咲来が、最後に自分の足で立ち、自らの意思で選び取ったのは、育ての父勘助と血の繋がらない兄に彌と共に暮らす事、二人と家族で居続けること。この時、三人は本当の家族になったのではないのか。
そしてまた、雪霧の死によって、麓と雪霧も本当の家族になり、麓率いる盗賊一味と雪霧もまた、かぞくになったのではないか。
雪霧と母が望んだのとは形を違えたが、みんなが笑顔で暮らす家族になったのではないだりうか。
その犠牲は余りにも大きく、悲しいけれど。
最後の咲来が舞い、桜が咲き、はらはらと舞い散る儚く、悲しくも凛として美しい場面が2年前観た『羅刹の色』の最後の場面と重なり、胸に深く染み入り、涙が溢れて止まらなかった。
最後に観た、あの切なくやさしい桜のラストシーンは、きっとずっと忘れない。
文:麻美 雪

『余寒見舞い申し上げます。』
放課後ビアタイム
スタジオトルク(東京都)
2018/03/09 (金) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
はっちさん ヒゲもなくなるくらいの大活躍!
あってないような台本で、皆さんやりたい放題♪
それぞれのキャラがなかなかのねちっこさで良かったです。
あと、ゲームもガチ対決で、はっちさんの必死さ&哀れさが・・・

ジキル&ハイド
東宝/ホリプロ
東京国際フォーラム ホールC(東京都)
2018/03/03 (土) ~ 2018/03/18 (日)公演終了
満足度★★★★★
原作はスティーブンソンの1886年の小説「ジキル博士とハイド氏(の奇妙な事件)」で、これをもとにした1990年のブロードウェイミュージカルが「ジキル&ハイド」である。登場人物を含め内容がかなり異なっている。日本版は鹿賀丈史さん主演で2001,2003,2005,2007年に上演され、2012,2016そして今回2018年は石丸幹二さん主演となっている。
石丸さんはチラシ束を受け取ると必ず主演のものが入っていたり、TVでもミュージック・フェアなどミュージカル関連の番組では必ず引っ張り出されるミスター・ミュージカルである。半沢直樹での悪役支店長が2013年のことだったとは信じられないくらいだ。52歳のこの舞台も絶好調である。私的には最初にハイドになって登場するところが特に何があるというわけでもないのにツボにはまった。
笹本玲奈さんは2012,2016年には献身的で貞淑な婚約者エマ役を演じていたという。しかし今回は妖艶なルーシー役である。これが見事にフィットして、歌も踊りも演技もそして容姿も素晴らしく、10年も前から続けているようだ。
宮澤エマさんは名前も同じなエマ役で新規出演である。前回観た「ドッグファイト」では悪くはないがどうももうひとつという印象だったのだが、今回は実力、オーラ全開で笹本さんとも互角に渡り合っている。勝手に想像するに、宮澤さんはまだまだ発展途上で前回のように主役となると委縮し、今回のようにスーパースター達に囲まれるとめらめらと燃え上がってレベルアップをするという漫画の主人公のような方なのではないだろうか。
田代万里生さんはジキルの友人の弁護士アターソン役で新規出演である。歌声はいつものように素晴らしい。しっかり芯が通りながらも若さ、みずみずしさをたっぷりとたたえている。今回は重要な役柄で演技でも、というか演技の方でより強く、全体を引き締めている。
全体として、どこにも文句のつけようのない出来であって、ぜひ来年の公演では1階中央10列目以内で観ようと心に誓った。

ものかくものども
夢幻舞台
アートスタジオ(明治大学猿楽町第2校舎1F) (東京都)
2018/03/09 (金) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★
お芝居の内容はとてもよく考えられていてよかったです。
ひとつ山だけでも書類の山にしてほしかったです。
主役の小説家の演技はさすがですね。周りを固める役者さんの演技が、、、、。どうしても主役と比較していまします。

eyes plus「鳥公園のアタマの中」展
鳥公園
東京芸術劇場アトリエイースト(東京都)
2018/02/27 (火) ~ 2018/03/04 (日)公演終了
満足度★★★
超短編『蒸発』2バージョン。鳥公園の観劇は過去3回程度か。三鷹、STスポット、アゴラ・・。最近のは逃している。「蒸発」は以前買った戯曲集に収録され、短いのでざっと読んだのだろう、何か思い出す部分があった。
今企画は各出し物1度切りの陳列展、のみならず、「作る」過程を見せるのだという。・・例えば「蒸発」の場合、なんと当日の朝に初めて顔合せて製作の作業をする。
色々と矛盾は感じる。上のような仕業は20分程度の演目だからやれるのであって、他の60分以上の作品でも同様なのか? 過程を見せる事じたいは良いとして、その意味は何だろう・・。というより面白さは? work in progressは「面白い」からお金を取って見せるのだが、どんな面白さを放つかは様々だろう。演劇は時間をかけただけ、面白さ、深さが増す、という事で言えば当日の朝集まって決めたものを「出し物」にするのは安上がりだが内容もその程度のものだろう、と思う。少なくともこの日の出し物は、そうだったと私は思う(言わば、ハズレ)。ただし私はトークまで見られなかったので、(出したものの後付け解説にとどまらない)面白い内容があったとすれば、大事な所を見逃したことになるが。
振付師・ダンサーの手塚夏子バージョンが、朝から行なった作業は、身体パフォーマンスではなく、戯曲の改稿。そしてそれは中途で終わってしまったのだが、改稿された部分と、残りの原文を「読む」というパフォーマンスになった。だが朗読ではなく、単に読む、淡々と文章を観客に紹介するにとどまる。しかも改稿の中身は、ト書きに当る部分がほとんどで、つまり人物がどのように佇み、動くかという、振付の言語解説のようなものだ。それをもって身体動作に変換する、という事を観客は脳内で行なうことで初めて、これはパフォーマンスとして成立する訳なのだが、読みがあまりに淡々と、それも小さな声量でなされるため、像が実を結ばない。その後西尾演出バージョン(2人登場)をやり、再度手塚バージョンをやって「出し物」部門は終わったが、2度とも同じ深さで私は眠ってしまった(残念)。「淡々と【改稿した戯曲】を読む」のではなく、どんな舞台上の風景を手塚氏は思い描いたのかを「客に想像させる」(少なくともその意図だけは伝える)パフォーマンス、であるべきだった。(もっとも手塚氏は喋りのプロではなく、読む出し物に決めた時点で限界抱えてるわけなのだけれど。)
一方の西尾演出バージョンは、二人で台本を持って読む。身体性も意識されていると感じたが、「意識してるヨ」という、まァ稽古の取っ掛かり程度にみえた。このバージョンは目的を「完成」に据えた上演の方向が見えた。しかし・・プロセスを見せるという「目的」が与えられた二人は、これをどういうモードで行なったのだろう。何を求められているのか、は明確だったのか。結局解説を聞いてみなければ分からない、「見せる」部分では自立できない出し物だったと言う事だ。
ただしこの作品じたいが難物なので、どうやろうが何だかよく分からないもの、にはなってしまったろう。
そう考えると、プロセスならば稽古風景を見せのが一つの正解ではないか。実際本番を目指した公演ではない以上、それも矛盾を抱える事になるのだろうが、「想定」して進める事がやれない演劇人ではないだろう。そこで上演にまつわるあれこれを役者とやり取りすれば、それはそれでかなりネタばらしを強いられる事になるだろうが、価値(値段)は高まるだろう。
その場合であっても、やはり時間を積んだだけ面白い議論に繋がるだろう事は確かに思う。

物の所有を学ぶ庭
The end of company ジエン社
北千住BUoY(東京都)
2018/02/28 (水) ~ 2018/03/11 (日)公演終了
満足度★★★★
「目にみえるもの」と「目にみえないもの」、「教え」と「学び」、「自己」と「他者」の境界、
「記憶」などについて思いを巡らせた。