最新の観てきた!クチコミ一覧

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「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

面白かったです。

「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

地域の発展とは何かを問い質す舞台だと感じた

第2回本公演「Over in pain」AFTER TALK EVENT

第2回本公演「Over in pain」AFTER TALK EVENT

劇団サイエンスフィクション眼鏡

πTOKYO(東京都)

2026/03/20 (金) ~ 2026/03/20 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

5回観劇しても、まだ観ていたいと思うほどに素晴らしい作品とお芝居でした。

『BGM』

『BGM』

明治大学演劇研究部

アートスタジオ(明治大学猿楽町第2校舎1F) (東京都)

2026/03/19 (木) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2026/03/20 (金) 18:00

140分。休憩なし。

狂人教育

狂人教育

アートプロジェクト集団「鞦韆舘」

藝術工場◉カナリヤ条約(大阪府)

2026/02/15 (日) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

確かに実験的でしたね。寺山修司の元々少し難しいお話をポップに明るく作り上げていて、こういう風に見せてくれるのだと思いました。2部のスナックもよかったです。演者の皆さんがとにかく元気に明るくお芝居されていて楽しさが伝わってきました。楽しい時間をありがとうございました。

ルームメイト

ルームメイト

劇団未来

未来ワークスタジオ(大阪府)

2026/03/07 (土) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

感想遅くなりました。とても面白かったです。幽霊の出たり消えたりも工夫されていて良かったですね。皆さんのお芝居も素晴らしかったです。いい時間が過ごせました。

ちっぽけ

ちっぽけ

さとうゆうきの自主企画

下北沢 スターダスト(東京都)

2026/03/13 (金) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

汗一杯の熱演面白かったです

ガクヤ

ガクヤ

人形町劇場 rabbit(東京都)

2026/03/20 (金) ~ 2026/03/24 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

建(TATERU)バージョンを観劇。
女性4名の舞台で、ストーリーは楽屋での話だが何度も客席の方へ移動し動きのある舞台でした。女性ならではのピリッとした嫌な空気感やちょっとした仲間意識なんかも感じられとても面白かった。特に女優Aの林千浪さんが面白く売れない女優らしいビクついた演技が最高でした!

誰かひとり/回復する人間

誰かひとり/回復する人間

conSept

ザ・ポケット(東京都)

2026/03/05 (木) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

脚本も演出も俳優さんも良い。濃密な世界観に酔いしれた。言葉の編み物が目の前で紡がれていくのを見ているようだ。

STAND BY(スタンバイ)

STAND BY(スタンバイ)

ステージタイガー

松原市文化会館(大阪府)

2026/03/20 (金) ~ 2026/03/20 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ステタイの松原公演は「自殺予防」や「ゲートキーパー」がテーマなんでフッと忘れがちな「人と接する時の相手を敬う気持ち」を改めて思い直す良い公演だ🎵あのメールの主がラジオファンやったのを途中で見破った自分の洞察力が本日の激熱ポイントでした😉会場が徒歩で通える場所なのも良きポイントです☆

ワタクシ、そして韻・ザ・ワールド

ワタクシ、そして韻・ザ・ワールド

MAO WORKS

インディペンデントシアターOji(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

MAO WORKS初観劇。「私とは何か?」をテーマにしたちょっと不思議な舞台。ラップを取り入れた演出の舞台を過去にいくつか観たことがあるものの、それらはあまり成功してるとは思えなかったので、本作も正直なところ不安だったのだが、思いの外(と言っては失礼か)気にならずに観ていられた。

墓場、女子高生

墓場、女子高生

あるいはエナメルの目をもつ乙女

テアトルBONBON(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2026/03/20 (金) 14:00

140分。休憩なし。

言の葉サーカス#02

言の葉サーカス#02

Tokyo Artist Circus

北とぴあ ドームホール(東京都)

2026/03/19 (木) ~ 2026/03/19 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初めての朗読劇だったが、みなさん上手で世界に入り込めた。声にも個性があるのだなと改めて再認識した。会場も没入感が生まれる環境でよかったです。

「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

古民家って言ったら失礼かしら。美術の民家がなかなかで。
方言なども心地よく聞こえた。
保坂萌(めぐみ)さんらしい、陰影の演出が吸い込まれるような感じあった。
暗転に行くときとか、特に影の使い方がうまいなあって。
都会に出た人が田舎に帰る時の、嬉しいだけじゃないところ。
家族の複雑で難しい心のやりとり。
この辺りが特に見入ったところかな

過去と現在が交互に来る時系列と複雑な人間関係をとらえるのがなかなか大変で。
公式で人物相関図のイラストを出してるの、軽く頭に入れておいたほうが見やすいと思う。

テーマ的にきっと一番中心にある部分、これが丁度現実にあった痛ましい出来事と重なる見え方になってしまって。
本来なら分けて観るほがいいんだろうけど、タイムリー過ぎて自分として考えるところあったなって。

ネタバレBOX

クライマックスの神楽のシーン良かった。
演劇は祈りであるって思えた。
墓場、女子高生

墓場、女子高生

あるいはエナメルの目をもつ乙女

テアトルBONBON(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

オカルト、幽霊、女子高生、そして合唱…墓場に似合わぬバカ騒ぎ!
ということで、笑って観ていたのでしたが・・・

ネタバレBOX

幕切れが胸糞悪いです。
なんであんな終わり方なのか、生き返ったと見えたけど妖怪やらやまびこやらが登場しているので、朝日が登ったら霧のようになって消えてしまったではいけないのでしょうか。
それともあそこまでがみんなで見た夢だったのか。
「みんなのせいで死ななきゃいけないほど、仲良くはなかったよ」と言いつつ、実は本人でも気づかないほどの恨みがあったのでしょうか。
女子高生たちに一生忘れられないようなトラウマを残して、彼女は今夜も墓場を彷徨っているのか・・・
「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

実話を元にした舞台です

独裁者モロン

独裁者モロン

劇団さいおうば

シアター711(東京都)

2026/03/13 (金) ~ 2026/03/16 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2026/03/15 (日) 18:00

価格3,000円

大東天公国では独裁政治のもと、ひとびとは思想統制下におかれている。
役人が書く小説でさえも、国家の意に沿った形でしか認められない。

そんな中、国家のあり方に違和感を感じたある若い役人が、
国の意に沿わない内容の創作を行っていたことが明らかになる。

反逆罪で告発を・・・
ところが、他の役人の中から同調者が現れる。
かれらは国の意を無視した、自由でのびのびとした作品を作り上げていく。

ここまでは、割とよくある話。
ところが、話は再び逆の方向へ。
結局、最後には独裁者によってみんな取り込まれていく・・・

ここが、この作品の凄いところです。
最後はみんな、取り込まれていく・・・・

時間を感じさせない圧倒的な演技力。
テンポ良い展開。
どれも素晴らしかったです。
ありがとうございました。

墓場、女子高生

墓場、女子高生

あるいはエナメルの目をもつ乙女

テアトルBONBON(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

学校の裏の墓場で繰り広げられる、女子高生たちのやかましくて、どこか空虚な時間。笑ってふざけているのに、誰も“死”にちゃんと触れられない空気が妙にリアルでした。
名作と言われているだけあって脚本はやっぱり良く、軽さと重さのバランスが絶妙。登場人物たちの躍動感と、その裏にある虚脱感のギャップが心に残りました。

セットも雰囲気があり、キャストの熱演も見応えがあって、会話のテンポや空気感も良かったです。
正直、中盤まではそこまでハマりきれなかったのですが、終盤の展開や台詞が印象的で、一気に引き込まれました。終わってからじわじわ考えてしまう、不思議な後味のある作品でした。

退屈忍者

退屈忍者

MONO

扇町ミュージアムキューブ・CUBE01(大阪府)

2026/03/19 (木) ~ 2026/03/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2026/03/19 (木) 19:00

MONOには珍らしく時代劇。奥村泰彦さんの凛々し侍姿、立川茜さんの若々しく元気なくノ一、高橋明日香さんのしっかりした静尼役、水沼健さん・金替康博さんの本当ぽい百姓、石丸奈菜美さんのいじらく見えて気の強い娘、土田英生さんのとぼけた代官、渡辺啓太さんの村の名主の人の良さ、それぞれの役がはまりみんな様になっている。戯曲の良さもあると思うがいつも以上にイキイキと役を演じていた。尾方宣久さんが退団した分、渡辺啓太さんの頑張りが目立った。関西の笑いのドタバタのなかにストーリーにシビアな面もあり、展開のテンポも良くあっという間の2時間だった。

ミッキーアイランド

ミッキーアイランド

滋企画

アトリエ春風舎(東京都)

2026/03/09 (月) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

観てきました。

面白かった。

これ、演劇なのかな、とも思った。

いい意味で。手紙のような舞台だったから。

ネタバレBOX

舞台のセットは海。あの世のよう。

そのうえに石の舞台。ベッドのよう。

ラスト、石のベッド…墓石のようなものの両脇に、車椅子とギター。

これは、ボブ・ディランだろ…と思った。

そして物語について考えてみる。思い浮かぶのはFukaiproduceの休止。今でも調べれば簡単な休止の経緯の記事が載っているのが読めると思う。

そして舞台。真面目で悲しい話なのに、笑いで絞らせない。なんか関西の舞台みたい。

思えば昔のFukaiproduceの舞台というのは、ゼロ年代の演劇のようだった気がする。

ゼロ年代とそこからの激しい断絶をうまく視覚化してるな、と思ったのはパフュームの衣装の変遷を見たときだった。うまく言えないんだが、パフュームのゼロ年代の衣装とそれ以降の衣装ははっきり違う気がする。みんなパフュームの音楽性が、とか言うが、違うと思う。ブラックピンクはパフュームより世界で知られているが、美術関係者はパフュームよりブラックピンクを注目していないと思う。パフュームがはっきりほかのアーティストと違うのは、日本…というか正確にはゼロ年代からコロナ近辺までの東京のアイコンとして時代の空気を全域で体現したアーティスト集団の記号であるからだと思う。

僕の思うFukaiproduce羽衣とは、パフュームのゼロ年代の衣装のイメージをそのまま芝居にしたようだった。少なくとも何回か見た感じでは。まぁ全く同じというよりかは、そういうイメージを持ってますよといったところで、僕が思うゼロ年代の音楽、というか芸術とは、変遷はありつつも『①憂い②遊び③少しのゴージャスさ』みたいなのが音符のなかに浮かんで体現されているのが特徴としてある気がし、Fukaiproduce羽衣は、僕の当時感じた雰囲気としては、まさにゼロ年代的なオーラを纏う舞台集団であったと言っても良い気がする。

今回の佐藤滋プロデュースの舞台は、まるでボブ・ディラン✕羽衣的ゼロ年代へのオマージュ✕関西演劇的な感じというのか。直感的に書いたので、たぶんエーアイよりきれいにまとまっていないと思いますが、すみません(苦笑

僕にはそれが手紙にも見えた。

散開?と、それに対する『年取りまくったジジイになっても風に吹かれて車椅子でステージに登場する、ギターを持ったノーベル文学賞受賞者』との対比というのか。もちろん散開?は全然悪いことではない。表現者は全員がボブ・ディランのようにお金があろうと何かを伝えるために車椅子でもステージに出続ける続けることをするべきであるとも言わない。

僕はボブ・ディランを苗場で見た。彼は車椅子だった。車椅子であるから弱い。ここは強者の楽園であるという人間はそこには誰もいなかったと思うが。今では車椅子は彼のトレードマークでもある気がする。彼が連れてきた空気、そしてその空気に包まれた彼の存在そのものが音楽だと思った。この舞台に出てくるムチムチプリンに歌を贈ろうとするジジイ(かろうじて着拒はされていないようだが…)は、自他ともに認める街の変わり者のようだが、存在そのものが音楽であり、うらまちの語り部であり、物語であり、哀しさであり、転がる石ころだった。

クリエイターが年取ってまだ、作り続けられるのか?ステージには立って格好良く入場しなければならないのか?

墓石の上で車椅子とギターで空気と会話し表現して、風に吹かれて生と死を歌い、やがて生み出されたリリックは屍肉のように森の動物たちに分かち合えられて、やがて海に還る。

自分も思ったけど、クリエイターの人がこの作品を見て、真似できそう…とは思わないはず。

この作品は切実なメッセージとしての文脈があり、それをステージから読み解こうという森の動物たち(=観客)がいるから成立するもので、一見語りの舞台だが、かなり構造が複雑で読めない。

批評は構造的にある程度出来る気もするが、この作品は手紙的だから、分析し過ぎると余韻を削る。

例えば自分の親が死んだ時、その感情を分析して満足する人がいるだろうか?

死んで土に還る。ミュージシャンはエコ。アーティストもそうあるべきだと思う。世の中のたいていの職業よりエコ寄りというのか…。エコでインディアンのような彼らは、たいていは生前は街の変わり者で、死んでから表現者の手で神話になる、あるいは表現のツールとなることで生き返る例が多い気がする。神話になる変わり者が裏町にいなかった町は薄い。

なんかそんな感じの実は深刻な話を笑いながら酒場の冗談のように語るから、こちらも少し戸惑ってしまう。

ドイツ語で言うところのシェーンハイトでまちの表が覆われていると、裏は死体ばかりになる。イェリネクの作品がまさにそうした危惧を表現した作品たちだった。岸田國士も長生きしていたらそんな作品を残したのかもしれないと思うような。

この舞台を軽く構造的に見ると、戯曲としては岸田國士戯曲賞を目指していない香りを感じた。絶対ではないが。

物語としてはゼロ年代的な演劇空気を、女の子に歌を贈るボブ・ディラン的というのか…インディアンとかロックとかみたいな輪廻転生的エコ空気感も含めて男の物語として再生し、悲しすぎないように関西演劇的な笑いのフォーマットでくるむ。

観客(=森の動物たち)の笑いの空気で祝祭的に海の上に浮かぶ墓石のステージで起こる神話を眺める。メキシコに行ったことはないが、架空のメキシコのまちの、その街で愛された聖なる酔っ払いの葬式をみんなで出したらこんな感じになるのではないかと思った。酔っ払いでムチムチプリンに空気読めずに歌を贈ろうとして着拒される聖者…着拒はされてなかったんだっけ?イェリネクの提示した恐れに対するヨーゼフ・ロートのシェーンハイトとは真逆の聖なる酔っ払いの神話というのか…。

例えば町一番の権力者や、権力者の愛好したナショナリズム的シェーンハイトを追悼しても恐怖しか伝えられないかもしれないが、裏町で愛された転がる石ころ、聖なる酔っ払いを追悼すると愛を伝えられる。

この差は大きい。

海の上のピアニストというのがあったが、そんなイメージのような。海の上を航海する墓石の上には、やがて旅人が風に還って消えたあと、車椅子とギターが遺される。

まさに立体的で、平面的な戯曲の上で台詞が迷路のように縦走する岸田國士的というのとは真逆な気がする。

でも、本当にそうなんだろうか?岸田國士は戦争が長く続いた歪んだ空気だからこそ、そのような表現手段をとった。

縦走に巡らされた台詞の上から、登場人物の人となりが浮かんでくる。

当たり前だが彼の戯曲の主役は空気ではない。空気から浮かんでくる人間そのものなのだと思う。

ついつい戯曲の完成度が目を見張ると空気に目がいきがちだが、そのさなかから浮かんでくるどうしようもない人間を冷徹に表現したのが岸田國士とも言える。

そういう意味では、本質的なところで岸田國士と全く同じであるとも言える気がする。

戯曲も車椅子も似たもので、墓石の上に連れてってはくれるが、やがて屍肉を食べられて風になったときに遺るその人物の存在感というか、輪郭、それが芸術の全てだと僕は思う。

なんか分析してしまうとすぐに消費されてしまうから、批評は芸術の敵みたいにならないように退散してみる。

分析は、自分なりには何でもたいてい出来る気がするが、分析しすぎないほうがいい場合も多い。正確に言うなら下手に批評するのが良い。あまり完成しすぎるのは良くない気がする。未完成のサグラダ・ファミリアのように。完成するとそれで終わった感じがして、批評が観客の心を覆い始める場合がある。もちろんそうではない。批評は付録であり、海の上の風見鶏程度のものでしかないから。見るも見ないも自由。

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