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KAGO

KAGO

劇団美辞女

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

オモカジの回。時代劇をやると聞いたときは心配したが、(まあ、うるさ型は色々ケチをつけそうだけど)さほど気にならない作りになっていた。ただ、話の方向が見え始めるまでが長く感じ、そこがちょっともったいないという印象。個人的には、ワタナ・ベリヨ氏の出番がもっと欲しかったかも。

The Breath of Life

The Breath of Life

serial number(風琴工房改め)

OFF OFFシアター(東京都)

2025/09/10 (水) ~ 2025/09/17 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/26 (火) 14:00

座席1階

詩森ろばが今後3年間にわたって女性の2人芝居をやっていくという。今作はその第一弾。舞台には登場しない男性の元妻、元恋人の2人による会話劇だ。2時間を超える長丁場で迫真の会話をし続けた俳優二人にまずは拍手。第三弾は書下ろしを予定しているという。

イギリスの小さな島にある海が見える家に訪ねてくる女性。この家の住人がやや年上の元恋人、訪ねてくるのが元妻だ。最初はとてもつっけんどんな元恋人だが、話が進行していくと、やり手弁護士の男性は今、新たな若い恋人と新たな人生を歩もうとしていることが分かる。弾き飛ばされた形の二人の女性。それぞれの男性との生活、出会いの経緯や胸の内などが語られていく。元妻は小説家、元恋人は研究者というキャリアで、会話のスタイルがとても知的であるせいか、最後までとげとげしい印象が抜けきれない感じ。感情を抑え、理屈でそれぞれの生活や恋を語っているようにも感じる。

この戯曲の魅力は、女性俳優二人による会話が寄せたり引いたりする波のように、さまざまなトーンを織り交ぜた展開されるところだ。知的な会話で語られる物語は振り返ってみればとても分かりやすいのだが、会話劇にどっぷりつかっている劇中は、難解な香りが漂い、どう展開するのか読めなくなったりする。ここは、舞台上の二人のキャッチボールを素直に味わうのがベストなのだと思う。
女性しか持ち得ないであろうという感覚で書かれていると思いきや、原作者は男性。普段は味わうことがなかなかない、驚きの会話劇である。

カサブランカ

カサブランカ

株式会社スタイルオフィス

博品館劇場(東京都)

2025/09/06 (土) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

スタイリッシュなアクションリーディング、グッときましたね。

『REAL』

『REAL』

metro

インディペンデントシアターOji(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ネタバレ

ネタバレBOX

metroの『REAL』を観劇。

 長女は不在で、次女が質屋を営みながら、寝込んでいる三女の看病をしている三人姉妹の話。
前作から感じ取れた物語不在の展開は同様で、チェーホフの三人姉妹、ニーチェ、宮澤賢治と時代と場所に関わりがなく、物語に交差するはずがないと観客は確信するが、天願大介という劇作家にかかると全てが交わってしまい、「我々は芸術文学ショーを見せられているのか?」と疑念を抱きながらも、二時間近く付き合わなければならないのが今作なのだ。だからか睡眠薬を飲まされた様に眠りこける観客も多数出てくる(開演前の注意事項で、寝ている人がいたら起こしてください、というお願いがあった)
更にドイル君と垣乃花顕太郎という謎の人物が現れて混乱を極めるが、少しずつ隠れていた戯曲の核が見え始めてくると、俄然面白くなっていくのだ。
 全く関係性がない時代と人物を交わらせて、物語を作ってしまう野田秀樹は天才的だが、どうやらもう一人ここにいたようだ。
ただ物語をあえて作ろうとしない作劇は凶と出るか?吉と出るか?は分からないが、今作は吉と出た為か、ラストに向けて、かなりの破壊力があった。眠気が吹っ飛び、鳥肌が立ってしまったほどだ。
ナビゲーション

ナビゲーション

株式会社 Matsurica

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/09/12 (金) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ロードムービー的なヒューマンコメディ、なかなかに楽しめました。舞台にどんと登場する実車がイイですね。バックの映像と相まって臨場感あります。妙に違和感のある展開でしたが、終盤近くになって、ああそうだったのかと。

Voice Training 2025

Voice Training 2025

虚空旅団

北池袋 新生館シアター(東京都)

2025/09/05 (金) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

劇団初見。いや~期待以上の面白さ。きちんとした作品作りですね。色んなコミュニケーション不全のエピソードが出てきて、身につまされました。

『REAL』

『REAL』

metro

インディペンデントシアターOji(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

いや~なかなかに興味深い。アングラ風な舞台ですが、血湧き肉躍るという訳でなく、淡々と話が進んで行きます。これはこれでいいですね。梨とおでんを食べたくなりました。

桜の園、あるいは林檎の園

桜の園、あるいは林檎の園

劇団Q+

小劇場 楽園(東京都)

2025/09/13 (土) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

林檎の園を巡り、(チェーホフの)桜の園のようなはなしが展開される、それがこのお芝居の題名でした。最後にどんでん返しのhappyendとなり、日曜のお昼っぽくなった気がします。
きっとこれからもっとメリハリが出てさらにいいお芝居になっていくのかなという予感を感じました。20平米ほどの舞台での熱演だったとおもいます~

# coming soon ご帰宅準備中♡

# coming soon ご帰宅準備中♡

劇団てあとろ50’

早稲田大学学生会館B203(東京都)

2025/09/12 (金) ~ 2025/09/13 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

とても可愛らしい衣装、なんとなく懐かしい衣装って感じで良かったです。
一生懸命に演技する演技には感心させられました。
よく考えられた脚本ですね。
素早く場面転換されていてとても良かったです。

ネタバレBOX

最後に素敵な男性が登場するのもありかなと思いました。
関ケ原BOOGIE☆WOOGIE~小早川の場合~

関ケ原BOOGIE☆WOOGIE~小早川の場合~

山川プロダクション

萬劇場(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

小早川秀秋役の役者、とても大将とは思えない演技、微笑ましい限り。
動きやすいように考えられた衣装、ユーモアたっぷりの台詞に演技でとても楽しませていただきました。
脚本、演出、演技最高、あっという間の2時間でした。

『コラソンはデイドリームちう*(中)』

『コラソンはデイドリームちう*(中)』

コラソンのあんよ企画

APOCシアター(東京都)

2025/09/12 (金) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

落ち着くところに落ち着く幸せな気持ちになれるお話しでした。

『コラソンはデイドリームちう*(中)』

『コラソンはデイドリームちう*(中)』

コラソンのあんよ企画

APOCシアター(東京都)

2025/09/12 (金) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

現実と幻想の間で揺れ動く、そんな曖昧な世界観を描いた物語。その曖昧さが 人間らしいと言えるのかもしれない。前作「コラソンのおともらち」は3話オムニバスという説明だったが、実は連作のような構成。本作も基本は3話だが、それにプロローグや1話の中に幕間~その① ②を挿入し、2話・3話と続き、最後にエピローグという構成で、少し凝った劇作。

公演の見所は、日常のありそうな出来事を 敢えてリアルに描かず 白日夢のような幻想世界へ誘うところ。リアルに描かない--その舞台の虚構性を前面に出すことで、観客の想像力や思考力を刺激する。基本は家族の在り方を描いているが、そこに潜む表現し難い感情を それぞれのキャストが上手く演じている。その意味で確かな演技と調和している。
(上演時間2時間20分 途中2分程度のリラックスタイム) ㊟ネタバレ

ネタバレBOX

舞台装置は、3話および幕間~その① ②の場景に応じてテーブル、イスそしてベット等を搬入搬出する。場転換が多く 暗転も頻繁にあるが、集中力は削がれない。また 音響/音楽の印象はないが、照明は巧に諧調し 心情や光景を効果的に表していた。

物語は 逃避と願望、憧憬と畏怖といった 相反するような描き。人間の心は複雑、その表現し難い内面をリアルとファンタジーといった観せ方で紡ぐ。全体としては、人の再生・自立へのキッカケと家族の絆が浮き彫りになる好公演。
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概要は次の通り。
0.プロローグ
青澤家の食卓、そこに長女 瑠璃、次女 藍子、そして父の玄太が穏やかに会話している。主な登場人物と 母は亡くなり父子家庭ということが分かる。

1.「A Wonderful Day ~ ワンダフルデイ~」
亡くなった母 青葉は生きているが 余命わずか。今は 草太という男と暮らしている。正面の壁に窓/カーテン影の照明。(黄昏時?)2人の穏やかな会話で和む。安楽死を求めて海外の病院へ来ているようだが、草太が夢落ちすると そこは日本の病院。事務的な男性医師 ブラウン医師/訪問医師(海外と日本)との会話が虚(空)しい。草太は家族 特に娘たちに思いを伝えるべきではないか と提案。遺書代わりに録音を勧める。
青葉は、子の愛し方、接し方が分からず育てられない。その苦悩を夫 玄太に話して 云十年前に離婚した。青葉は自分も母に愛されなかった。ネグレストというの負の連鎖。現実にある家庭(個人)の深刻な問題、それを海外と日本の医療(社会)問題--安楽死を絡めて幻想と現実の間で描く。

幕間~その① ②は、それぞれ或る住宅の街路。訪問医師と訪問看護師の車内での会話。一方的に医師が看護師を詰問し、立場の上下関係を知らしめている。台詞にもあるが、強い口調はパワハラ/セクハラではない旨 事前に言い訳する。幕間は、2話への場所と主役が変わることを意味する。

2.「Un homme et une femme~男と女」
訪問医師 紺田秀一郎は看護師が辞めて機嫌が悪い。場所は大久保公園の近くの某公園。そこに立っていた若い女に声をかけるが…。側壁に歌舞伎町のビル街を映し出した照明。そこへ見知らぬ女が紺田へ近づき、オレを忘れたかと問う。過去の苦い思い出が甦る。女は桜木百々江といい高校の同級生。同時に紺田の意識下に母親の幻影が立ち上がる。今の女性蔑視、弱い者いじめといった態度は 自分の内にある女性(マザー)コンプレックスの裏返し。現実と幻想が混濁した意識下、深層心理の情景。

3.「Too Hasty to Call This,”Fantasy"~ファンタジーと呼ぶには早計です~」
再び青澤家の食卓。プロローグの穏やかな会話から一転、激情が迸る。姉 瑠璃は精神的に不安定で引き籠り。妹 藍子は夜のバイトで昼夜逆転の生活。藍子は母 青葉の記憶はなく、瑠璃に向かって母の面影を聞く。少しでも母の愛情を受けたのでは という嫉妬心から今の生活状況を責める。一方 瑠璃は藍子が如何わしいバイトをしているのでは と詰問する。そこへ父 玄太が妹 橙子(叔母/辞めた訪問看護師)を連れて帰宅。2人の言い分を聞いているが、そもそも子に関心がない。そのうえ、瑠璃が家事や妹の面倒を見て母親代わりをしているにも関わらず、それが当たり前のよう。玄太の困惑した表情/態度が滑稽。

4.エピローグ
橙子は、不思議な女/ニルに頼まれ遺書代わりの録音を…、娘たちへ思いを伝える役目を果たした。不思議な女そしてチャコでありニルは青澤家で飼っている猫=精霊であろうか。そこは観客の感性に委ねているようだ。
次回公演も楽しみにしております。
クジラの歌

クジラの歌

劇団サイエンスフィクション眼鏡

πTOKYO(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

シージャックされたフェリーを舞台に、回想を交えつつ犯人たちの意外な目的が明らかになる休憩無し約1時間40分、工夫されたセットが興味深く、終盤迫真の長ゼリフに脚本の力を感じました。

クジラの歌

クジラの歌

劇団サイエンスフィクション眼鏡

πTOKYO(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白かったです。
謎めいたストーリーで、どんな展開になるのか、どんどん惹き込まれました。
役者さん達は熱演で迫力満点、セットも作り込まれていて、その世界を堪能しました。
予想外の内容で、ラストは涙腺が緩みました。
素敵な舞台でした。

チャランポラン・トランポリン

チャランポラン・トランポリン

東京演劇アンサンブル

吉祥寺シアター(東京都)

2025/09/03 (水) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

8年は経っているか..東京演劇アンサンブルが在パレスチナのイエス・シアターという劇団の主宰と俳優の二人を招いてディヴァイジングで作った舞台があった。今知る所であるがパレスチナ、特にヨルダン川西岸地区では2000年代以降「分離壁」の建設と検問(移動の自由の制限)、入植者と軍の圧力による恐怖に晒される子どもの日常をケアする一方法として文化運動が生まれたと言う。
思い出せばその舞台はアイデア満載の摩訶不思議な時間で、「芝居」は遊具無しに遊べる道具、また「遊び」が芝居になり得る、との発見をその時したように思う。
現実を捉える視点を「物語」の形で提示する「劇」(ざっくり新劇、あるいはリアリズム演劇)と一線を画したそれは、左脳の検問を無検閲パスして情操に働きかける刺激を孕み(観る側以上に、作り手たちにとって、との印象は大きかったが)、(左脳では)評しがたいものがあった。

今回のパフォーマンスは正にその地平にあるもので、出演陣が身体性の高い若手(選ばれし)5人、ノンバーバル(音韻を制限した発語を含む)表現、そしてトランポリンの活用、といった特徴を別にすれば、上記公演と共通する感覚のものである。
ただし空間を演出する照明・音響(音楽)やストーリー構成などは当然ながら全く別物。本作はサイバー・ゲーム空間のような設えであった。
聞けば、韓国人演出家ジャッキー・チャン氏は脳神経学、発達心理学に通じた学者でもあり、理論に裏付けられた実践を続けている人だという。子供を対象とした上演計画を劇団も考えているらしい。
さて黒が基調の風変わりな衣裳の5人は、(後でパンフを読んだ所では)彼らの主人に対する「影」として登場し、時々主人が表れたりもする。影とは本体とは対照的な人格・性質であり、「無い」ゆえに憧れる対象でもある。その彼らはジャンケンという勝負にこだわり、強くなるための訓練をしていたりするのだが、「影」が主人の足を引っ張らないように(?なのかイマイチよく判っていないが)という理由で訓練に勤しむ。存在の最初からある一つの使命を帯びている条件も、ゲームに似ている。
これは間違いなく何かのメタファーなのであるが「左脳」では理解に到達しない。
そうした彼らの「動き」と、珍妙な「発語」による人物同士のコミュニケーション、ダンスやパフォーマンスで場面が構成されていた。

大きな特徴として、フラットな会場が4エリアに分割され(正方形に×を書いた図形の線の部分が俳優たちの通り道)、そこに置かれた座布団が席である。即ち観客は靴を脱いで地べたに座る。
出入口から見た反対側に、大きなトランポリン+両側にラックが組まれ、一人乗り用の低いトランポリンも客席エリアの周囲に4つ5つ置かれる。観客はパフォーマーたちを見るため360度体や首を動かす羽目になる。
冒頭はダンスそしてマジック、芝居の流れの中でのトランポリンの技披露もあるが、一連のストーリーの流れはどことなく「ある」時間の流れにはなっている。

これだけ文字を並べてもうまく説明が出来ていないのがもどかしいが、更にもう一つ大きな特徴が、凡そ1時間の上演を終えた休憩の後、フォーラムシアターをやるというもの。
フォーラムシアターとはある短い劇の上演の後で、再度その劇を通す時には観客が劇に介入したり、別の設定や行動を指定して俳優にやってもらうという形式を言う。今回はそれなりに長かったパフォーマンスに対し、観客からリクエストされた事に俳優が応えて行く。休憩前に配られた紙に観客が書いて提出したリクエストを俳優が拾い、読み上げながらこれを進めて行く。ここではファシリテーターである三木氏(+ご意見番の太田氏)主導の場となり、俳優は俎板の鯉。それを楽しむ時間でもある。
ストーリーとしては判りづらい内容に対して注文をするのは難しくもあるが、結構な量とバリエーションの富んだリクエストがあり、時間の許す限り次々と挑戦して行く。
ある意味「ぶっ飛んだ」パフォーマンスだが劇団公演として成立していた。このあり方はどのような展開の可能性をも擁しており、今後も楽しみである。

ネタバレBOX

1970年代にブラジルの演劇運動家がフォーラムシアターを考案した目的は、人々のエンパワーメントであった。社会の構造悪や圧政に対し、人々が対抗し得るため、自分達の状況を客観的に把握するツールとして演劇=ドラマを用いられる、という所までは近代以降に期待された面もあった演劇の「効用」と言えるが、フォーラムシアターはワークショップの一形態で観客参加の仕組みがある。
「うまく行かない」例えば家族のストーリーに対し、その登場人物の誰かが「こう行動すれば」どう変るか・・という発想を投入していく「変り得る劇」=受け皿である。言わば演劇Playを通じてのストーリーの実験。
被虐に終る主人公が、あるいはそれに関わる人物の誰かが、元の劇とは異なるどのような行動を選ぶ事で事態は変化していくのかを、(俳優たちは精一杯本域で=そう簡単に事態が好転するとは行かないリアルな行動を演じ)見せて行く。それを参加者皆が共有する。
識字率の低い社会ではドラマを用いた啓発教育が効果を持つと言われるが、自分たちを取り巻く何が問題の根源であり、何を変えて行かねばならないか、についての共通認識を多くの人々が持つことが「人々の力」の根源だとすれば・・、今日本は途方も無く分断され、エンパワーされ損なった状態が(もう何時の時代からか判らぬ程に)続いている、とも言える。
演劇を通じて子どもたちの精神が開かれて行く運動が広まって行くとしたら・・と考えると、暗き世に光を見る思いである。
ラルスコット・ギグの動物園

ラルスコット・ギグの動物園

おぼんろ

Mixalive TOKYO・Theater Mixa(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/20 (土)公演終了

実演鑑賞

初日といったい何が違ったのだろう。舞台は何も違っていなくて、私の心持ちが違ったのか?確かに初日は1階で、今日は2階から見たという違いはあるけれど。カラスも日替わりなので違うわけだが、怖がらないでと言われても(言ってないけど)鸚鵡返しのカラスは怖いかも。

さまよえるオランダ人

さまよえるオランダ人

東京二期会

東京文化会館 大ホール(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

9/13(土)を鑑賞。音楽的には高水準だったと思う。ゼンタ鈴木氏の声・歌唱ともにすばらしいし、エリック、ダーランドもその役に絶妙なふさわしさ。マイクの助けもあるのだろうが、大規模なホールでの上演である以上、やむを得ない面がある。上岡指揮のオーケストラもきびきびした緊張感ある音楽を奏でる。
オペラでは非常にしばしば読み替えの演出が鑑賞の妨げとなるのだが、これはそういう変なのではない。しかし、いろいろ意図がわからない点はある。舞台後景は険しい岩場のような場所で、通常あるような海や船が見えなかった。これほど船や海を強調しない演出は初めて見た。オランダ人はこれまで見た中でもっとも不気味な風体というか、まるで幽霊船の怨霊のよう。ホラーであり、あんなのに惚れ込み救済しようとするゼンタはやはり頭がぶっ飛んでいると確信した(エリック助かった)。糸車のシーンでは、舞台上には糸車はなく女たちは舞台袖から延びたロープを引っ張るのだが、あれではオランダの風車のような巨大な糸車の化け物があることになる。オランダ人の船の乗組員とおぼしきカラフルなハイカーたちはあまりにも場違い。いったいなんでこんな恰好をさせたのだろう。終幕のシーンは、オランダ人とゼンタがめでたく結ばれ救済が成就した、とでも暗示しているのだろうか。

『REAL』

『REAL』

metro

インディペンデントシアターOji(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

語弊があるかもしれませんが面白かったです(以下、追記予定)

nitehi:kedo

nitehi:kedo

こわっぱちゃん家

Route Theater/ルートシアター(東京都)

2025/09/10 (水) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初演も見てますが、やはり良い作品です。

ネタバレBOX

失った関係性をどうするかは人それぞれ(だからこそ群像劇として、表現する意味があるのだと思う)。
生成AIが急速に進歩している今の社会にも沿ったテーマでもあります。
CONSTELLATIONS

CONSTELLATIONS

劇団スポーツ

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2025/09/10 (水) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

近年注目の劇団を初観劇。久々の早稲田どらま館にて。
serial numberが今後3箇年に亘り2名の女優と組んでのシリーズを始めたと知ったと同時に、こちらの劇団での「シリーズ」立ち上げ、しかも二人芝居、まずは海外戯曲を手掛ける点も共通で甲乙付け難し。双方に食指が動くも一方を選ばざるを得ず厳選なる選考の末こちらを選んだ。
若い俳優の煌めきにハッとする瞬間は芝居の醍醐味。ユニークな作りの本作の「見方」に最初戸惑うが、次第に「多元世界」を芝居に転化した趣向に目と頭が見慣れて来た頃には、「今この生」の多元的な振れ幅(当事者にとっては天と地の差があるに違いないが)に対するある種の達観と、同時にあらゆる可能性への胸騒ぎに見舞われる自分がいる。
舞台では同シチュエーションの様々な可能性が通り過ぎて行くが、入れ替わり立ち替わる場面の中に2つ程、他者(観客)が祝福するに相応しい場面がある。それは「うまく行ったケース」という事になるが、何故かその事で我々が報われている事実があり、何やら示唆深い。
ドラマを体験するとは二度生きる(生き直す)事に他ならず、男女の物語を觀終えた今、それがどの経過、どの結末であろうとそこには「別の可能性」が孕まれている事に変わりはなく、二人の物語の小波、大波が様々な仕方で観客を揺さぶるという事では満たされ度は高いと言えるかも知れない。と同時に、一組の男女の人生を味わった気になっている。時系列的に進む「次の場面」(またその次の場面・・)が二人が辿った凡その経路を示している所はあるので、ざっくり「一つのストーリー」と捉えられなくもない。が、主眼はその展開の仕方の多様さにある。
ただし・・もしかすると異なる展開に見舞われる二人の中に流れる精神というか、魂の交流自体は、表面上の差異にも関わらず「同じ」、即ち、この二人の物語であったと、考えて全く間違いでないと作者は示唆しようとしているのかも知れない。

この男女、ローランとマリアンを三組の男女の俳優が演じるが(組合せも多様)、二人の関係のタイプはその組合せの振り幅も多少あるものの、知的に突出して性格が飛んでる女性の存在に、男性の方が当てられるパターンと見える。男の素朴さ(養蜂家というのもミソ=出来すぎという話も?)に女が惚れ込む面もあるが、頭脳が彼女の仕事の原資であった所へ襲ってくる脳腫瘍という病、人生の起伏の面ではマリアンの感情表現が、それを受けるそれぞれのローランによっても、と言うべきだろうが、三者三様の演者のリアリティがある。「こんなに若い俳優なのに」とは不適切な前提かも知れないが、素朴に、その演技に感服した。

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