latticeが投票した舞台芸術アワード!

2023年度 1-8位と総評
ブルーストッキングの女たち

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ブルーストッキングの女たち

新国立劇場演劇研修所

実演鑑賞

お話はほとんど伊藤野枝物語である。野枝が九州の婚家を飛び出して東京に来るところから甘粕大尉らによって殺害されるまでを概観する。登場人物が皆さん濃すぎるので表面をなぞっただけでもこの長さ(75分+休憩15分+90分)になってしまう。

新国立劇場演劇研修所第16期生の修了公演。10月の試演会「燃ゆる暗闇にて」は盲学校の話ということで表情も動作もかなり抑えられていて正に研修というものであった。研修生には個性を発揮しないことが求められたのではないかと想像する。しかるに今回の修了公演では打って変わってキャラの濃い人々ばかりが登場する。研修生の皆さんは生き生きとして個性を存分に振りまいていた。

・らいてう(越後静月)美しい物腰が印象的。そのまま舞台でも映画でもTVでも通用しそう。それに髪型も着物もピッタリ似合っている。後半の出番がほとんどないのが残念。
・市子(米山千陽)華やかな空気をまとった女優さん。日蔭茶屋事件で実際は大杉は瀕死の重傷を負ったので、あの場面をもっと膨らませればぴったりの見せ場になった気がするがこれは演出の問題。違う芝居になっちゃうし。
・紅吉(藤原弥生)場の空気を舞い上がらせるムードメイカー役がぴったり。もっと出番が欲しそうだった。
・保子(岸朱紗)体が弱く病気がちで進んだ考えについて行けない人そのままであった。本当にそういう人かと思ってしまうのだがそんな人が演劇研修所に来るはずもなくこれは完璧な演技なのだ。
・野枝(伊海実紗)終始元気で明るく大役を見事に演じ切った。最後に憲兵に抗議するときの真剣な表情もすこぶる良い。
・島村抱月(松尾諒)メイクが完璧そして演技も完璧だった。
・辻潤(都築亮介)優しすぎる情けない男の雰囲気が良く出ていた。ただし普段の会話調でなくもっと演技らしさを感じたかった。
・荒畑寒村(笹原翔太)堅実な演技ですでにベテラン脇役の味があった。
・奥村博、甘粕大尉(宮津侑生)らいてうの夫で画家の優男と鬼の憲兵って、後で配役表を見て驚く。ミスプリじゃないのかと半信半疑だ。
・大杉栄(安森尚)男女関係においてのクズ人間ぶりが清々しく感じられるほど的確に演じていた。
以上16期生のみ配役表順
冒頭、市子のセリフに「青鞜社なんかに出入りしていてはいけない、と梅子さんに叱られた」とあって、私の頭にまったく無関係に存在した津田梅子と平塚らいてうの対比に俄然興味が湧いてきた。

らいてうも野枝も結婚は二人の問題であって国家に承認してもらうものではないとして(当初は)届を出さないのだが100年後の今では同性の結婚をも国家が認めよという意見が優勢になっている。

大杉・野枝夫妻の長女の名前は野枝が「魔性の女」と呼ばれたのを逆手にとって魔子と名づけられ、その後に眞子と改名された。夫妻の子供は5人もいる。野枝は28歳で亡くなるまでに計7人の子供を産んだ。

以下、その後が印象的な二人をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用する。

甘粕 正彦(あまかす まさひこ、1891年〈明治24年〉1月26日 - 1945年〈昭和20年〉8月20日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代にアナキストの大杉栄らを殺害した甘粕事件で知られる。事件後、短期の服役を経て日本を離れて満洲に渡って関東軍の特務工作を行い、満洲国建設に一役買う。満洲映画協会理事長を務め、終戦の最中に現地で服毒自殺した。

神近 市子(かみちか いちこ、本名:神近 イチ、1888年6月6日 - 1981年8月1日)は、長崎県出身の日本のジャーナリスト、婦人運動家、作家、翻訳家、評論家。ペンネームは榊 纓(さかき おう/えい)。1916年の日蔭茶屋事件で一躍著名になり、大杉栄に対する殺人未遂罪で2年間服役した。戦後に政治家になり、左派社会党および再統一後の日本社会党から出馬して衆議院議員を5期務めた。

令和5年の廃刀令

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令和5年の廃刀令

Aga-risk Entertainment

実演鑑賞

アガリスクらしさが満喫できる一作。文句があるとすればもう少し長くて変化があればなあということくらい。まあでも建前はタウンミーティングなのだからこんなものか。

私が参加した回の投票は廃刀令賛成が6割、反対が4割くらいだった。アメリカの銃社会の置き換えなので日本人が真面目に考えればほとんどが賛成だろう。しかし、それでは投票後の舞台がつまらなくなるので敢えて反対をした人(あるいはただのひねくれ者)が4割いたということだと思う。私ももちろん条例案には賛成だが投票は反対に入れた。

やさぐれた江益凛ちゃんが最高だった。
作家って便利だなと思ったのは登場人物に毒を吐かせることができることだ。「(被害者の)関係者の意見を重視するのは間違いだ」とか「規制のために特定の産業が無くなっても仕方がない」とか言わせる。私なんかは聞いただけでドキドキするのだが、ナチスもお笑いにしてしまうこの作者にとっては塩を一振り二振りする程度のことなのだろう。

恥ずかしくない人生

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恥ずかしくない人生

艶∞ポリス

実演鑑賞

いきなり、千円割引を受けるためにラブホテルを早くチェックアウトしようというケチで嫌味な男に思いっきり笑わされる。板垣雄亮さん最高だ、大好きだ。
その後もしばらく口が開きっぱなしだったが最後は少し教訓というかお説教というかお笑いだけじゃないぞ的な流れになって尻切れ気味に終了。最後まで最初の調子で笑わせてくれたら星10個なのだが演劇にはならないかもしれないなあ。
急遽主役を務めた関絵里子さん、おそるべき完成度だ。役者さんって本当に凄すぎる。

対話

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対話

劇団俳優座

実演鑑賞

加害者側の発言はあまり聞くことがないのでフィクションではあるけれど膨大な取材に基づいているのだろうと期待してでかけてみた。冒頭の加害者の母の願いに被害者の父母が最後にどう応えるかを予想し、どのように2時間後にそこに着地させるか作者のお手並み拝見である(最近はどうもこういう嫌味なスタンスになりがちだ。そういう年頃なのだろう)。各人の建前、本音、自分も気づいていなかった内心が的確に披露され、大いに引き込まれた。役者さん、皆さん上手すぎだ。
ただ沢山の事柄を全部盛りにしたところに作り物的なにおいをじわじわと感じてしまった。
最後の「全部政治が悪いのだ」的な発言はそれまで一部出しては引っ込めを繰り返していたことをとうとう出し切ったという流れなので、それが作者が強く言いたいことなのだろう。ちょっと肩透かしを食らった気持ちだ。

ペリクリーズ

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ペリクリーズ

演劇集団円

実演鑑賞

CoRichにもあるあらすじを読むと「そんなアホな!」という感想の連続でシェイクスピアの金看板が頼りの作品という気がしてしまう。しかし、舞台が始まってみると物語の振れ幅と同じくらい躍動的な振付けと斬新な舞台演出に圧倒されてしまう。とくに嵐に翻弄される船を椅子と机で表す手法は舞台上に甲板を見事に現出させる。感情をすべて舞台に持って行かれた結果、終盤のあまりにあからさまな父と娘の再開シーンでは不覚にも場内の湿度の調整に貢献してしまった。振り返ってみて、荒唐無稽なストーリーを円熟期に入った天才が周到に配置してこの演劇を構成したのだと納得した。

売春宿の古顔を演じる杉浦慶子さんのぶっとんだメイクと演技にぶっとばされた。

古典+斬新な演出+確かな演技で言うことなしの星5つ。…と勢いで書いたけど、冷静になってみると演技のレベルには結構ばらつきがあった。

おやすみ、お母さん

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おやすみ、お母さん

風姿花伝プロデュース

実演鑑賞

娘が突然2時間後に自殺すると言い出す、という現実ではありえない話である。冷めて観ているとアホらしくもなってくる。しかしこの舞台が進むにつれ、そういうわざとらしさ、白々しさこそが演劇におけるリアリティなのではないかと心持が変化して行った。そういう意味では非常に勉強になった舞台である。

ある程度の年齢の大人が冷静に判断して自死を選ぶのは個人の権利だと言ってしまうとこの劇は始まった瞬間に終わってしまう。そこを一旦踏みとどまって、作者のお手並み拝見と切り替えると、2時間近くの会話を芝居として成立させる技を楽しむことができる。もちろん那須さん母娘の緊張感を一瞬たりとも切らさない演技にもぞくぞくしてしまう。

最後のシーンを反芻している内にこれって「かもめ」のラストなのでは?もしコースチャが多弁で母親思いだったら?というお話を作者は書いたのでは?という妄想が湧いてきた。

後日追記:当日パンフレットがグレー地に白抜き文字のため薄暗い客席では読めなかった、ということを棚を整理していて出てきたパンフを見て思い出した。
自死は個人の権利と書いたがその行使には義務も生じる。人生における最大の悲しみは別れの喪失感である。その衝撃を和らげるために人間にはいくつもの仕掛けが組み込まれている。年をとるとボケて来るのはその最たるものだ。このお話で娘は一度家を出てから戻って来ている。その時点で共同生活をする契約を結んだのであり、これを破棄するにはそれなりの義務を果たさねばならない。母が亡くなるまで待つか、家を出て疎遠になるかである。母にはそう求める権利がある、というのが現在の私の考えであり、本舞台はそういう目で観ても大きな矛盾はなく非常にしっくり来る。

ブレイキング・ザ・コード

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ブレイキング・ザ・コード

ゴーチ・ブラザーズ

実演鑑賞

劇団四季の1988年の公演では「暗号と道徳を破った天才の物語」という副題が付いていた。「道徳を破った」というのが適切かは微妙だが、この the code にはそういう二重の意味がある。そして資源の多くは後者の同性愛に費やされる。前者も暗号というよりはコンピュータあるいは人工知能についての展望である。エニグマ暗号については何だか難しそうだねという印象のみ、まあ当然。

主となるのは空き巣とそのときの男性の恋人の話でそれは段階的に進む。そこに研究所長とのやりとりや若い頃の母との会話、また破局した女性の恋人や別の男性の恋人とのエピソードなどが入ってくるのだが、テンポが良く適切に時代が前後し、時々のチューリングと人々の応対が面白く興味が途切れない。ところでチューリングは観光で行ったギリシャで言葉が通じなくても相手を見つけるのだが何かそういう場所があるのだろうか、見た目で同志だと分かるのだろうか……と考えていたら昔スポーツジムで見ず知らずのお兄さんに話しかけられたことを思い出した。気さくな人だなと思いながらも違和感があったのだが、もしかしたら仲間チェックをされていたのかな??

堀部圭亮さんの落ち着いたしかし重すぎない演技が印象深い。加藤敬二さんの飄々とした上司も味わいがある。もちろん亀田佳明さんのアスペルガー的な演技は真に迫っていて素晴らしい。

しかし面白かったという確かな感触はあるのだが振り返ってみてそのポイントを特定するのは難しい。ストーリー的なものではなく演劇としての魅力だったような気がしている。

R.P.G. ロール・プレーイング・ゲーム

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R.P.G. ロール・プレーイング・ゲーム

ワンツーワークス

実演鑑賞

一人の男が二つの家庭のお父さんを交代交代せわしなく演じる。そんなカオスなオープニングでつかみは十分。理想の家庭とほころびのある家庭、お父さんもなかなか大変だ。そして突然お父さんは殺されてしまう。

犯人は誰かとあまり考えずに舞台に集中しよう。テンポの良い展開でそれは容易だ。そうすれば大きなカタルシスを得ることができるだろう。まあしかし、いつものことではあるけれど、犯人の動機は1ミリも私の心に入ってこない。

初日だったせいか登場人物が多いせいか、俳優さんたちの演技が融合していなかった。同じく恒例のmoveダンスも劇団員抜きで行われたため似て非なる何かになっていた。どちらもしばらく寝かせておけば自然と熟成して行くものと期待している。

劇団の看板俳優が演じる二人の刑事は宮部みゆきの別の作品の主人公であって宮部ファンには嬉しいものらしい。しかし他作品の設定をここで語られてもこの作品には何の関係もなく余計な思考を強いられるだけだ。そういうセリフはカットしても良かったと思うが作者が認めなかったのだろうか。

総評

色々事情があって観劇回数が激減してしまった。とくに小中劇場にはすっかりご無沙汰だったのだがその中で選ぶと上記の通り。

大手の順位は以下の通り。
1位 夜叉が池 パルコ・プロデュース
2位 尺には尺を 新国立劇場
3位 赤と黒 梅田芸術劇場
4位 二次会のひとたち エイベックス・エンターテインメント
5位 SHINE SHOW! 東宝
6位 三人姉妹 アイオーン
3位の「赤と黒」は事前の期待を大きく上回ったことと観たばかりなのがこの順位の理由かも。2位は「尺には尺を」であって「終わりよければ…」ではない。そちらも観たのだが良さが分からずもう一度行って確認しようとしている間に終わってしまった。1位「夜叉が池」はCoRichの民には全く無視されているが私の好みにぴったりはまったのだ。

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