おけい@広島の観てきた!クチコミ一覧

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日本人のへそ

日本人のへそ

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2021/03/06 (土) ~ 2021/03/28 (日)公演終了

映像鑑賞

満足度★★★★★

チケット代が1万円になりすっかりご無沙汰のこまつ座であるが、評判だという「日本人のへそ」。この舞台写真をみて、俄然、観たくなった。ミュージカル界のプリンスと言われている井上芳雄がチンピラやくざの役を演じるって? 見たいじゃん、やっぱり。

どもりの矯正のための芝居と称して、劇中劇中劇という入り組んだ構造、どんでん返しの連続で舞台は進行する。

井上芳雄が、どもりのサラリーマンから岩手の貧しい出稼ぎ百姓、やくざの若頭?アメリカの大学教授と、ふり幅の大きい何役もをこなすだけでなく、出演者全員がおなじようにふり幅の大きい何役もの役を早変わりで演じて見せてくれるのだ。

芸達者な役者たちで、お得意のお芝居だけでなく歌や踊りも巧みに見せてくれてる。役者の歌はプロの歌手より上手く、踊りはプロのダンサーより上手くないと舞台では通用しないと聞いたことがある。まさにこのエンターテイメントはプロの実力のある役者だからこそと思う。

演じられるのは、社交界の恋物語などというロマンティックな話ではない。農村の貧困・女性差別・ジェンダー・非正規労働の格差・政治の不正などをなんとも楽し気に歌って踊ってみせるのだ。嘘とペテンの浅草を人間世界はもとよりこんなものだというように生き生きと描いている。
圧巻は、職人の親方からやくざ、右翼の親玉、政治家と延々とつながる男のホモセクシャルな関係で世の中が動いている様子をこの和製ミュージカルは実に楽し気に演じ上げていく。
児童合唱団に扮した役者たちが、世の中の不正や残酷さをエロい歌詞ときれいな合唱で歌い上げていくシーンは舞台の毒がたっぷりと味わえた。笑いのめしてしまう痛快さの中にチクリと風刺。

セーラー服からストリップ嬢、政治家の東京夫人へのなりあがっていく役を演じた小池栄子の脱ぎっぷりの良さと着物姿の貫禄に、驚いた。

演劇の舞台で井上芳雄を初めて見たのは、2013/1/29 広島市文化交流会館での「組曲虐殺」の広島公演である。ミュージカル界のスターも芝居は今一つだなと思った印象がある。ところが、いまやもう堂々たる役者っぷりではないか!やっぱり生で観に行きたいよ~と思った私。

全国巡演はまだ公演中です。悩ましい限りだ。

帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】

帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】

劇団チョコレートケーキ

AI・HALL(兵庫県)

2021/03/13 (土) ~ 2021/03/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

昭和16年4月より各官庁・陸海軍・民間から選抜された若手エリートの研究生たちに総力戦体制に向けた教育と訓練が行われた。同年7月から8月にかけて、第一期生による模擬内閣演習(シュミレーション)が予測した結果は、日本必敗だったという。その年の12月8日、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発した。
事前にシュミレーションし結果も分かっていたのに、なぜ?と思う。

ネタバレBOX

その第一期生たちが戦後、メンバーの一人の死をきっかけに未亡人の飲み屋で追悼の集まりをすることになった。未亡人に聞かせるようにして、彼らは劇中劇で戦時中の実際の閣僚や軍人たちを演じて見せるという趣向で舞台は進行する。

歴史の授業では明治の富国強兵までしか習っておらず、その後の特になぜ太平洋戦争が起こったのかは、私にはずっと謎だった。
軍部の暴走だったとか、マスコミ(新聞)が国民を煽動したとか、石油を止められてやむを得なかったとか、・・。

今回の劇団チョコレートケーキの芝居は、文官の暴走を描いている。もちろん悪役は総理大臣近衛文麿と外務大臣松岡洋右である。
近衛は対米戦に大きく舵を切ることになる政策決断をした首相であるが、国民の熱狂的な支持と人気を誇っていた。
松岡外相は国際連盟脱退の時の写真が教科書にも載っていた。日独伊三国同盟の立役者である。

戦後数年、各界の若手エリートたちは結局さほど出世コースには乗らず職を辞した者もいた。その彼らが久しぶりに集まって開戦前の閣僚と軍人たちの野心と、思惑が外れて日米開戦に追い込まれていくまでを生々しく演じて見せる。
日米の軍事力の格差をよく知っていたのは軍人のほうで、文官である首相や外相が分不相応なユーラシア大陸の覇権を夢見ていたことに驚く。
フィクションとはいえ、教科書では教えない内容だ。
その小気味よさが歴史オタクの私には興味深く納得できることが多かった。

「お開き」の前に岡田(岡本篤)が死んだメンバーの一人は戦後の悲惨な状況の中で自分を悔いて病に倒れたことを告げる。そして岡田自身が偶然仕事で広島に出張しそこで原爆に遭った話をする。膨大な数の死人を見たと。自分たちは負けることを知っていた。日米開戦がなければ、この大勢の人たちは死ぬことはなかったと自分を悔いたと吐露する。

ほかのメンバーたちは、アメリカと戦えば必ず負けることを知っていたのは自分たちだけではなかったと文句を言った。それにあれ以上当時の内閣に対米戦に反対と主張することは省庁や軍に戻ってからの自分の立場が危うくなると口を噤んでしまったのである。

納得をしない岡田に急かされるようにして、やがて彼らは本気で当時の内閣に対して対米戦を阻止するための計画を立て始めるところで・・舞台は終幕となる。

気候変動危機、政治の不正、格差の助長への動き・・・、それがよくない動きであることは、自分だって知っているのだ。
でも動かない。突然何かの行動を起こして、うまくいくとは思えないし周囲から浮き上がってしまうことも怖いのだ。

歴史オタクで戦争時の政治の動きの真相を知りたいと思って芝居を観に行ったのに、いつの間にか舞台は、そんな私自身に何かを静かに問うてくる芝居になっていた。舞台を見て流したのは、悔し涙だった。

観客として立ち会ってしまった以上、自分が考え何らかの行動を起こすことを舞台は求めているのだと思う。

*帰還不能点は、航空用語。
ニンゲン畜生奇譚

ニンゲン畜生奇譚

グンジョーブタイ

JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(広島県)

2020/11/13 (金) ~ 2020/11/15 (日)公演終了

満足度★★★★

名古屋の人気劇作家佃典彦の新作、劇団にアテ書きしてくれたらしい。この舞台だったら、よそからわざわざ観に来てもらっても地元のファンとして鼻が高い。
しっかり作りこまれた舞台セットにほぉ~っと思った。
奇抜な題名と洒落たフライヤーに驚くが、芝居は(おそらくコロナ禍以降に)山奥の過疎の村で自給自足の生活を始めた夫婦と村役場の担当者、毎年訪れるゼミの大学生、それを取材に来たテレビ局員、謎のJTT協会の人たち、その一晩を描いたリアルな近未来世界の舞台だ。
荒唐無稽にならない現実感がいい。ぶっきら棒な物言いの向こうにその人物の思いが見えた時、ジーンとくるプロセスが実に巧い。
誰か客演なの?と訝るくらい、こんなに上手い若い役者が地元にいたのかと目を瞠った。
ホントは、コンビニとネットとゲーム三昧の超便利な生活が大好きなのに行きがかり上、この自給自足の生活を始めることになったと言う、ららら村長のスズキの述懐がツーカイだ。
ゼミで訪れた3人の大学生の其々の思いがちっとも伝わらなず行き違いのままなのも、現実はこんなものよねと気持ちが楽になる。人間は思い通りに生きられなくっても、それなりにしあわせに生きられるものだ。
みんなが一緒に朝ごはんを食べ始めるラストシーンがいい。原始時代からニンゲンにとって、しあわせって結局このささやかな営みのことなのかもしれない。
中国劇王の独善的な辛口批評の佃さんの中には、こんな優しさが隠れている。佃典彦の他の作品舞台も観に行きたくなる。

白石加代子「百物語」

白石加代子「百物語」

メジャーリーグ

倉敷市芸文館 ホール(岡山県)

2020/11/17 (火) ~ 2020/11/17 (火)公演終了

満足度★★★★★

白石加代子の「百物語」はYouTubeでも一部見られるが、観客席の私だけのために目の前で演じてくれる生の白石加代子が観たかった。
一旦終了した「百物語」だが、大事に取ってあるという、びっしりと書き込みをした上演台本を観ているうちに再開したくなったという。

白石加代子の百物語アンコール公演は夢枕獏「ちょうちんが割れた話」筒井康隆「如菩薩団」半村良「箪笥」和田誠「おさる日記」の4本立て。少年から老婆まで見事に憑依する白石加代子を堪能した。

最後に舞台の中央で白石が、「このような状況の中で舞台にお越し下さった・・・」と述べた後に口ごもったように一瞬黙り込み、「ありがとうございました」と挨拶した。
舞台は一期一会だ。来てよかったと思う。

ネタバレBOX

「ちょうちんが割れた話」は、暗転の舞台の上を白石が動きながら語っていくのがわかる。姿が見えないのがもどかしい。
そして、圧巻はやはり「如菩薩団」、上品でインテリだがつましい生活を強いられる団地の主婦たちによる悪逆非道な強盗団のお話。役に合わせて、高価ではないだろうが橙黄色のカラフルなドレスを上品に纏った白石がうっとりするほど素敵だ。強盗に襲われても育ちのいい人間はあんなふうに覚悟して死ぬのだろうか。これはもう敵わないなと苦笑い。
幕間休憩20分をはさみ「箪笥」、行燈の明かりが設えられ、一段高く設けた席に座った白石が演目を読み上げた、ぺたんと体勢を崩すと次の瞬間に奇妙な老婆の話が始まる。聞きなれない方言のせいで話の筋が朧にしかわからないのだが、コミカルさの中にじわじわと怖さがくる風変わりな怪奇譚だ。
高座から降りて舞台中央にたった白石はそのままの姿で、たどたどしい少年の声で「おさる日記」を読み上げる。登場する母親と父親の見下すようにも感じる落ち着いた声音の意味は、ラストで分かる。
The last night recipe

The last night recipe

iaku

AI・HALL(兵庫県)

2020/11/05 (木) ~ 2020/11/08 (日)公演終了

満足度★★★★

題名の『The last night recipe』は最後の晩餐という意味だという。舞台は、結婚して1年後に、妻のヨリが夕食を食べた晩に急死するところから始まる。その日、彼女はコロナのワクチンを受けていた。接種体験込みの体当たり取材を担当していたのだ。
周囲の達者な役者たちのせいで、ずいぶんとリアルな近未来劇(2021年)になっていた。相変わらず役者の出捌けが巧みで舞台転換が上手い。
コロナ禍のせいで常連客が減り店を閉めたラーメン屋の店主(緒方晋)はリョウヘイの父、会社を早期退職したヨリの父親(福本伸一)は娘が可愛いばかりでちょっと頼りない。リモートワークで経理の仕事をしながら大黒柱になるヨリの母親(竹内都子)の本音トークが小気味よい。ヨリの相談に乗ってくれている先輩ライターの綾(伊藤えりこ)、ヨリが猛アタックして恋人になった得意先のハヤタさん(小松勇司)。
中卒でずっとラーメン屋の下働きをさせられていたリョウヘイに興味を持ち、この取材対象と突如結婚してしまったヨリ。彼女は30歳を前にフリーライターの正念場で少し焦っていた。
何を考えているのか解らないこの二人の、突拍子もない行動、あるいは何も行動しない、そのことに観ている方はまるで感情移入できず、困った。
コロナワクチンの薬害か、取材のために結婚させられた夫による殺人か、舞台はサスペンスタッチで進むかに見えたが、ユリの急死の前の出来事とその後が行きつ戻りつしながら物語は新たな様相を見せ始める。
ヨリは結婚生活での二人の夕食を last night recipeとしてブログにアップしていた。この同じメニューをもう一度食べてみて、リョウヘイはラーメン屋の父の許に帰る決意をする。
もう以前のように、人と会い、喋り、食事を共にしても、コロナ禍の後では、そのことの意味は全然変わってしまっているんだと、私は感じた。
人気劇団の新作舞台、観て戸惑った観客が多かったようだ。

『だけど涙が出ちゃう』

『だけど涙が出ちゃう』

渡辺源四郎商店

四国学院大学ノトススタジオ(香川県)

2020/02/08 (土) ~ 2020/02/09 (日)公演終了

満足度★★★★

鑑賞日2020/02/09 (日) 12:00

こちらは「どんとゆけ」の前日譚として書かれた工藤千夏の新作。題名はスポ根アニメの「アタックNo.1」から取ったもの。ほぼ同じ舞台装置、被害者家族に死刑を執行させるという設定も同じである。どんとゆけに登場する青木しの、彼女の生い立ちと思春期に遭遇したある事件が描かれる。畑澤によると「どんとゆけ」のエピソードワンだそうだ。

アフタートークで、作者の千夏さんは、「とんとゆけ」と真逆の殺人犯を描きたかったと話した。果たして神原医師は、青木しのの実の父親であろうかと聞かれ、どうぞ、その謎は観劇後までお持ち帰り下さいと答えた。

ネタバレBOX

死刑囚は余命いくばくもない患者4人を鎮静剤を使って安楽死させた神原医師。3人の被害者家族が執行を辞退したために、4人目の被害者の家族、姉の百田正美宅のある青森に連れてこられた。
正美は妹の乳がんを知り、有名な専門医である神原医師を青森に呼び寄せた。彼は、看護師をしていた正美を捨てたかつての恋人で、いつの間にか又妹にかつての恋人を奪われた経緯がある。
未練がある彼女は、どうしても神原を救いたい。
残された娘(青木しの)を男で一つで育てている妹の夫。たくさんの患者を救ったであろう乳がんの名医である彼を一旦は許しかけたものの、その後の週刊誌の記事で、「愛していたから苦しむ姿を見られなかった」という神原の告白に逆上、妻を奪った男への憎しみが消えないでいた。
前日までの正美の必死の説得で、翻意しかけていた。

ところがこの日、事件当初から家族同然に可愛がっていたペットの犬(名前は妻の愛称と同じ「カズチャン」)が死んだ。治療の施しようがなくかかりつけ医により安楽死させられたのだ。家族同然に可愛がっていた愛犬の安楽死が、15年前、愛する妻を理不尽に殺された事件への怒りを思い起こさせたに違いない。

刑務官と高校生の青木しのと3人になった時に、神原が娘に学校はどうかと聞く、クラブ活動はと。医者になりたかったけど成績が悪いから諦めたというしのに、大丈夫だよ僕だってなれたんだからと話す場面、まるで久しぶりに再会した娘のように。

何としても元の恋人を救いたい正美は、事件の前日に妹から託された手紙を嫉妬に駆られて焼き捨ててしまったと告白する。きっと手紙には安楽死の願いを書かれていたに違いない。患者の意向ならば、神原医師の行為は罪を減ぜられるのではないかと、刑務官に願い出る。

焼き捨てられた手紙がもしあったとしても、死刑の罪が減ぜられることはないでしょうと言われ泣き崩れる。正美は絞首刑ではなく、鎮静剤による薬物死への変更を願い出る。

神原は二階の刑場に向かう前に、手紙の内容は、「ごめんなさい、しのは、あなたの娘じゃないの」と書かれていたと明かす。しのに向い、きみの身体には殺人者の血は混じってないんだよと言い残して。

執行される死刑囚は最後に讃美歌で送られる規則だ。しのの澄んだ歌声の讃美歌の中、まるで教会の階段を登るように、2階に設えられた死刑場に向かう神原医師。(上演時間75分)
『どんとゆけ』

『どんとゆけ』

渡辺源四郎商店

四国学院大学ノトススタジオ(香川県)

2020/02/08 (土) ~ 2020/02/09 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2020/02/09 (日) 15:00

はるばる観に来たのは、2009年の広島公演以来。覚えていたのはオムライスのくだりだけ、初めてみるような衝撃だった。

社会がどんなに変わって行っても、このような短絡的な凶悪犯罪を犯す人間を一掃することは出来ないであろう。であれば、何の罪もなく殺されてしまう側の家族の恨みも続く。
深い、深い、取り返しのつかない恨みを、どうしていけばよいのだろう。

裁判員制度の発足を契機に創作されたこの芝居、昨今の凶悪犯罪の加害者のニュースを見るたびに考えるもやもやを、改めて考え直させられる。
日本には死刑制度はあるが終身刑というのはないという。

ネタバレBOX

刑務官につれてこられた犯人青木和也の死刑囚オーラがハンパない。恐れと絶望が彼の周りの空気を凍らせるよう。
息子と二人の孫を殺された父親、夫と二人の幼い息子を殺された妻の前で、刑務官が死刑囚の人権を守るための規則を申し渡していく。

侮辱してはならない、死刑に際して苦しみを与えてはならない。そして最後に食べたいもの・・オムライス。オムライスは殺された夫と息子たちの大好物だったと反対する妻。
義父になだめられ、死刑囚の青木は舞台上で本物のオムライスを貪るように食べる。ケチャップの匂いが客席まで漂う。

最後にやりたいこと・・トランプゲームの「ゴニンカン」。(コメント欄参照)これは青森地方だけでよく遊ばれるゲームだという。このゲームから先に思いついたんじゃないかと思うくらい巧い設定だ。
オムライスが好きで、家族でゲームをした時に姉ちゃんに助けてもらったという青木。子どもを含めて3人を強盗殺人で殺したというこの若い男がなんだか可哀そうになってくる。

それに反して、徐々にいらだちを募らせるのが被害者の妻。家族のその後を知らないという青木に、彼の起こした事件のために、なかよくゲームをした家族は急死や自殺に追い込まれ、可愛がってくれた姉は、結納まで交わした結婚が破談になり、市役所勤めもできなくなって、いまは川崎のソープで働いていると。犯罪者家族の悲劇は近隣では知らないものが無いと吐き捨てるように告げる。

「そんなに偉いんですかね、被害者さまというものは」という青木しの台詞に衝撃をうける。家族を殺された者には、絶対の正義があるのだろうかなどと、考えてみたことも無かったからである。

しのと二人きりになった時に「逃がしてくれ、一緒に暮らそう」とすがる青木和也(二人は獄中結婚している)。
大丈夫だから安心してと、死刑執行をうけるように諭す彼女。しのは、青木を優しく抱き寄せる。(上演時間78分)
ACDC公演「Jealousy Days(ジェラシー デイズ)」

ACDC公演「Jealousy Days(ジェラシー デイズ)」

公益財団法人広島市文化財団 アステールプラザ

JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(広島県)

2019/03/16 (土) ~ 2019/03/17 (日)公演終了

満足度★★★★

去年だと一生懸命さの中にお稽古たいへんだったろうなって感じがほの見えたのだけれど、今年はひたすら楽しげで、観ている私もワクワクと楽しい。
微妙にずらして踊るダンスシーンがひとり一人を際立たせたし、動きが一斉になったときの迫力は壮観だった。今回男性ダンサーが5人も参加していて、男性のダイナミックさと女性の凛としたしなやかさの対比が面白かった。
台詞はほとんどないが、人間の身体というのは、なんと饒舌なものかと呆れてしまう。お話しするとき表情だけでなくボディランゲージも心掛けたい。
凛とした動きの中西あいさん、意外と器用なんだな井塚昭次郎くん、小柄なのに華麗な恋塚祐子さん、ぽっちゃり体形なのに意外と俊敏、オギエくん。私も禿げみになります、加藤よしたかさん。そしてゆりさん。等々、お芝居で見知った人もお初の人も、今後のご活躍を楽しみにしています。

毎年一回は、コンテンポラリーダンスを観に行こうと決めている。訳が分からないダンスは脳にはとってもいい刺激になるそうで、認知症防止にもなるらしい。
ACDC以外のステージも観に行ってみたのだけれど、興味深い印象はあったものの、「楽しい」かというと微妙だった。
結局、年一回の見物はACDCに定まったわけだ。公演の取り組みは、今年で10年目になるという。来年も楽しみ!

三島由紀夫「近代能楽集」より4作まとめて上演!『葵上』『班女』『熊野』『綾の鼓』

三島由紀夫「近代能楽集」より4作まとめて上演!『葵上』『班女』『熊野』『綾の鼓』

鳥の劇場

鳥の劇場(鳥取県)

2019/02/22 (金) ~ 2019/03/03 (日)公演終了

満足度★★★★★

三島由紀夫「近代能楽集」より『葵上』
もし私だったら「捨てないで」の一言だけは、惚れた年下の男には最後まで言えないだろうな。恋しい男を奪った若い女から、最後の最後に男を奪い返すラストシーン。心の中で密かに乾杯!これだから女はやめられないと思う。
舞台に流れる歌謡曲とその違和感の無さ、男優が演じる康子(生霊)に女の愛おしさと怖さが凝縮され、中島諒人の演出に喝采。三島由紀夫連続4作品上演の中で、最高に面白かった舞台である。(上演50分)

ネタバレBOX

舞台の上手半分に葵の入院先の病室。出張先から駆けつけた光は、看護婦から、夜ごとに訪れる謎の見舞客の話とそのときに葵が酷くうなされることを告げられる。
下手は六条康子のマンション。康子が眠りにつくと、背後に豪奢な重ね袿に衣の被り物をした康子の生霊が登場する。傍らに伴った黒子が中空に捧げ持つカゴを揺すると紙吹雪の雪が深々と舞い落ちる。背後に流れるのは都はるみの「北の宿から」。
舞台の背後をゆっくりと回り込み、葵の病室に向かう康子。
被り物をとると男の顔のままの阿部一徳が演じる康子(生霊)が現れる。まるでオカマバーのママのようだが、光に「捨てないで」と告白する台詞は年上の女の思いが溢れる。
あなたから別れを告げたのではないかとなじる光を、愛し合っていた頃の彼らの思い出に誘い込もうとする康子。
背後にブルーの紗幕が降りてくると葵のいる病室はすっかり隠れてしまう。
ヨットで湖畔の彼女の別荘に向かう二人。松田聖子の「赤いスイートピー」の曲が流れ、風を受けて帆柱の傍らに光と寄り添う康子。光の優しい言葉に、思わずくらっとよろめく康子。若々しい野望としなやかな好奇心は年若い男の魅力だ。背後で幽かに聞こえる葵のうめき声、帆柱の軋む音だと誤魔化そうとする康子だが、我に返った光は葵の許に戻ってしまう。
諦めて帰ろうとする康子が、自分が片方ぬぎ捨てた長手袋を取ってくれと光に頼む。これが最後だと言うばかりに、黒レースの手袋を康子に手渡しに行く光。ところが彼女の手は光の手を離さない。やがて憑かれたように康子に手を導かれて、舞台の奥に消えていく光。
激しく悶え苦しみながら、絶命する葵。そして幕。
ドキュメンタリー

ドキュメンタリー

劇団チョコレートケーキ

ぽんプラザホール(福岡県)

2019/02/15 (金) ~ 2019/02/17 (日)公演終了

満足度★★★★

「キビるフェス2019」(福岡きびる舞台芸術祭)のチラシで劇団チョコレートケーキの公演が来るのを知り、すでに観た『遺産』に続いて観に行くことにした。

-その感染経路の一つは『薬』。-

1985年、後天性免疫不全症候群いわゆるAIDSの脅威が
日本の水面下に拡大しつつあった。とある製薬会社の社員の一人がジャーナリストに内部告発を行う。そしてジャーナリストと社員は日本医学界の深い闇を知る・・・(パンフより)

たった3人の役者で、歴史の中に埋もれた社会悪を描く力技とも思える手法だが、次第に解明される謎に、どきどきしながら食い入るように観た。フリージャーナリストの彼が聞き取り取材のために、調べておいた経緯をテープに吹き込む設定が、説明台詞を感じさせず、状況を上手く観客に伝えてくれる。
内部告発を決心した社員の動機に当事者にならないと、人の気持ちは揺れ動かないのだと気づかされる。
いかにも人の良さそうな小児科医を岡本篤が演じる。元製薬会社役員であり、戦時に人体実験を繰り返した医師である。
「人は医者の言うことは、信じますからね。」という台詞に愕然とした。信じなければ治療のために自分の体を委ねることができないではないか。真理の究明のためには人間は材料だ、なんて思われいるとしたら・・・。
怖くて医者にはかかれない。
3000人もの人体実験をした人間の手に、私たちの身体は委ねられてきたのだろうか。

ゼブラ

ゼブラ

ONEOR8

一心寺シアター倶楽(大阪府)

2018/12/22 (土) ~ 2018/12/23 (日)公演終了

満足度★★★

旗揚げ20周年の劇団が、東京シアターイーストでチケット代2000円の大感謝祭をするというニュースを見た。大阪公演もあると知り、急きょ出かけることにした。
ていねいに作りこまれた舞台セットを観ただけで、来て正解だったと予感する。

役者それぞれの個性的な人物造形はひねりが効いて、その癖、舞台から受ける普遍性を損なわない。結末も予定調和にはならず、不条理ながら心にストンと落ちるような結末だった。ファンが次回作を観たくなるような舞台だ。
いろいろの思いがあったのか舞台挨拶で思わず涙声になっていた座長。たくさんの人に観て貰いたくて試行錯誤をしている間にあっという間に20年が経ってしまったのだという。
シアーターイーストで6日間9ステージのあと、水戸芸術館で2日、北海道各地で4日、岩手で1日、そして大阪一心寺シアター倶楽の2日間で千秋楽だった。
舞台を楽しんで見ながら、自分の理不尽なこころや行動に対しほっとできるような安心できるような後味が残る。

ネタバレBOX

子どもの頃、両親が離婚し女手一つで4人姉妹を育ててくれた母が認知症で亡くなる。夫が浮気した若い娘を通夜の場に呼び出す長女、結婚前にマリッジブルーで結婚を渋る次女、家族を捨て女の所に出て行ったという父を許さない独身の三女、夫に車を買うことと交換にパチンコ浸りの夫に変わって欲しいと自分に片思いの幼馴染を騙して金を巻き上げる四女。その4人姉妹それぞれの母の死に向かい合う思いを深刻にならないユーモラスな舞台で。
誰もいない国

誰もいない国

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2018/11/08 (木) ~ 2018/11/25 (日)公演終了

満足度★★

ハロルド・ピンター作。東京乾電池以来の柄本明をちゃんと観ておきたくて出かけてみた。
この難解で訳の分からない作品を、取りあえず退屈させずに最後まで見せてしまうのは、役者が上手かったからなのか、そもそもの作品が面白く出来ていたのか判然としない。

ー果たして会話の内容が真実なのか一種のゲームを演じているのか、虚実のわからなさを楽しむピンターの世界

とチラシにあるように、いかに真剣に子細に台詞を追っても誰に何が起こっていたのかが、さっぱり解らないのである。
しかも、舞台の上方からぴっちょん、ぴっちょんと大きな水滴が降ってくるのだ。やがて水は舞台の後方全面で湖のようになる。転んだ柄本が衣装がずぶ濡れのまま台詞を喋り続ける。なぜ水なのか、意味は全く分からない。
休憩時間に、ロビーに掲示された演出家や出演者のインタビュー記事(写真参照)に観客の人だかりが出来ていた。
みんな訳が解らないんだなあとホッとする。

前日に末広亭の高座で聴いた柳家権太楼のマクラを思い出した。「こうして毎日落語を演じられることは、幸せだとおもうんですよ。お客さんがどう思うかは別としてね。」と。
役者というものも、時にこのような(難解な)芝居を演じてみたくなるのであろう。
画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、屋外

移動

移動

(公財)可児市文化芸術振興財団

吉祥寺シアター(東京都)

2018/11/07 (水) ~ 2018/11/14 (水)公演終了

満足度

第一線で活躍する俳優・スタッフが可児市に滞在しながら制作し、全国に発信することを目的にしているという。
別役実作品にお馴染みの文学座の役者さんもたくさん出ていて、舞台初見の竹下景子も楽しみだった。
ところがこれがヒドイ舞台だった。
役者はそれぞれ雰囲気のある役作りで悪くなかったのだけれど、今どき珍しい暗転ばかりある舞台だったのだ。明るい照明の入り、高さのある舞台のせいか、大きな舞台道具の移動(別役作品でおなじみの電信柱、なぜこれを移動させるのか意味不明)があり、暗転のたびに幕が閉まるのである。
「暗転の多い舞台はツマラナイ」と以前に誰かが言っていた。まさにその通りだ。
幕を開けたまま進行させてもそれほど問題は無いように思えた。演出は別役劇初演出の西川信廣。
ご当地の可児市民はこの芝居をどう観たのであろうか?

遺産

遺産

劇団チョコレートケーキ

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2018/11/07 (水) ~ 2018/11/15 (木)公演終了

満足度★★★★

七三一部隊で人体実験を行なった医師と、被験者(マルタ)に接して働いていた特別班の隊員の現在と過去が交錯しながら舞台は進む。
いかにも人の好さげな今井医師(岡本篤)は他の医師が口実を付けて断ったマルタの人体実験も引き受けてしまう気弱なところがある。同時にその今井が平然と白衣を血に染めて人体実験を行なう。
マルタは「丸太」からではなく、素材という意味のマテリアルからつけたものらしい。まさに実験素材だったわけだ。
生きた人間をも解剖したという七三一部隊の人体実験の被害者は3000人にも上り一般市民の中国人も多かったという。
いっそ、医師の彼らが人間の皮をかぶった悪魔であったなら、私たちはどれほど心を撫で下ろしたであろうか。

時代の流れと大きな組織の動きの中で、私たちはどれだけ自分の良心と自分の行動を律することができるだろうか。同じ過ちを犯さないとは言えるだろうか。

ネタバレBOX

今井は、大学で教鞭をとることを退き、七三一部隊関係者が多くかかわったグリーン製薬に転職する。高給が保証されていたことに変わりはないが。グリーン製薬は非加熱製剤でエイズを蔓延させ社会的に責任を問われた会社である。
今井は晩年、自分のしたことの罪を激しく悔やみ、それでも自由に自分のやりたい人体実験ができたあの頃を充実していたと告白する。
実験動物たちの墓に手を合わせていた今井を慕っている後輩の中村医師(西尾友樹)は、死の床にある彼を見舞う。今井が処分をせず密かに持ち帰った人体実験のカルテの秘密とその処遇の顛末が、当時と現在が前後して描かれていく。
当時17歳の少年隊員川口(足立英)は日常的にマルタに接し言葉を交わし逆に慰められたりしていた。天皇陛下のためと教えられていても、目の前で被験者に行われる様々の人体実験を見て腰を抜かす十代の彼が痛々しい。だが、先輩隊員の陸軍傭人西田(佐藤弘幸)が慣れた様子でマルタを引き立て殺害し焼却していく。
現代の場面で、隊員一人である木下(原口健太郎)が登場。戦後帰国した彼らが、互いに連絡を取らないこと、部隊で見たことの守秘義務、公職につかないことを約束させられ、世の中から隠れて生活してきたことが明かされる。
人体実験の結果資料をアメリカ軍に引き渡すことを条件に、罪に問われることもなく医学界の要職に就いた医師たちと、助手となって証拠隠滅活動までした隊員たちとの明暗。同時にその医師たちに命を救われた患者も多いに違いない。
『ソウル市民』『ソウル市民1919』

『ソウル市民』『ソウル市民1919』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2018/10/14 (日) ~ 2018/11/11 (日)公演終了

満足度★★★★

久々に本拠地アゴラでの青年団本公演である。一番前のベンチ席で観劇。篠崎家の客間(居間?)が目の前にあり臨場感たっぷりだ。
以前観たときは、最初から舞台に登場する叔父役だった山内健司が凄く印象に残っていたので、今回は太田宏だったのでオッと感じる。その山内健司が主人の宗一郎役で登場した時には感慨ひとしおだった。観客の私も少し齢を取ったわけである。
まるで篠崎家の一員のような気分で家族の会話や訪れる訪問者との会話に興味津々だ。
さり気なく無邪気に交わされる朝鮮人たちへの差別意識。

差別意識は、こんなふうに意識することもなく、ごくごく普通の人の中に染み込んでしまっている。そのことに私は気づくことが出来ているだろうか。

ネタバレBOX

娘と女中が話す「朝鮮語では文学は育たない」という暴言を平然と話題にすること。朝鮮人同士の時は日本語じゃなくて母国語で話したらいいと言われ、女中(韓国人俳優が演じている)たちが「私たちの勝手じゃない」と平気な顔で受け流し、心の中で軽蔑し呆れているような場面。
目の前で見せられると醜悪さが際立ち、いい気なもんだな日本人!って印象を持った。
宗一郎の三人の子どもたちと今の妻が義理の関係であることやいつも問題を起こし気にかけすぎる息子と合わないこと。その息子が朝鮮人の女中と駆け落ちしたことが分かる終幕場面のあとに、唐突にストップモーションで終わるラストシーン。
三谷文楽『其礼成心中』

三谷文楽『其礼成心中』

パルコ・プロデュース

博多座(福岡県)

2018/08/17 (金) ~ 2018/08/19 (日)公演終了

満足度★★★

2012年東京・パルコ劇場での初演された三谷幸喜作の新作人形浄瑠璃は評判で再々演され、このたび博多座で上演されることになった。(ちなみに今回もA席は9500円、通常の古典文楽の公演は5000円~7000円だと思う)
公演に比べてチケット代が高いという評判も聞いていた。3000円のB席₍2階席)が取れたので観に行くことにする。

休憩なしの2時間公演。文楽の人形を操りながら作者の三谷の前説がある。東京出身の三谷だが、博多もふるさとだという。
義太夫節の中に「クライマックス」や「タイミング」「パトロール」というカタカナ言葉が入っても、さすがに我が朝の古典芸能!難なく自然に謡いこなすのはお見事。
噂の水中シーン(主人公夫婦が淀川に飛び込み心中をする)では、半兵衛は泳ぎが上手く、抜き手を切って女房のおかつを岸に助け上げてしまう。水中を泳ぎ回る文楽人形は初めて見たが、3人遣いなのでこんなことも可能なのだ。
文楽人形では表情は動かないけれど、細やかな動きが見どころ。やはりオペラクラスを持って来るのだったと悔やんだ。
古典の文楽に比べるとかなりスピーディに進展していたが、人形の動きと台詞と地の文を義太夫節で語るので、やはり人間の芝居よりはだいぶまだろっこしい。
義太夫節の心地よさに、ついついうとうとした瞬間もあり、シチュエーションコメディがお得意の三谷芝居では、聞き逃しは致命的だったかも。あらすじを知っている古典作品であれば、要所要所の見どころだけを味わうこともできたろうが。
終幕シーンの「情けは人の為ならずじゃなあ」という半兵衛の台詞は不思議とグッと心に沁みた。

昨今のボランティアばやりの中で、体力も健康にも自信がない私は指を咥えて忸怩たる思いをしていた。私にもできる人助けがきっとあるに違いないと気づかせてくれたせいかもしれない。昔から言われる「情けは人の為ならず」。よい心がけだと思う。
広島には大きなホールはあるが、演劇専用のいわゆる「劇場」はない。博多座の華やかさが私は大好きである。

その頬、熱線に焼かれ

その頬、熱線に焼かれ

On7

JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(広島県)

2018/08/15 (水) ~ 2018/08/16 (木)公演終了

満足度★★★★

原爆乙女のエピソードは聞き知っていたが、実際に渡米した彼女たちの複雑な心境は、舞台を観て初めて思い至った気がする。それにしても、弱いものが、他の人のささやかな幸運を妬み、足を引っ張り合うのは日本人だけなのだろうか。
出迎えたアメリカ人に抱きしめられケロイドにキスをしてくれたという経験を話す女性が、「こちらでは挨拶なのかもしれないけれど、いつも俯いて暗い顔していた自分が、そうされたことで、自分の中で何かが変わったの」という台詞がことに印象に残った。
移植手術で亡くなってしまった彼女が、残された仲間たちに問いかけながら必死で励ます姿に希望を感じた。見送った後に泣き崩れた彼女の悲しみを私たちは忘れずにいたいと思う。

オイル

オイル

天辺塔

JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(広島県)

2018/07/27 (金) ~ 2018/07/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2018/07/27 (金)

初日を観た。客席のオジサン率が高い、観客席でお疲れさまコールを交わす若い観客の多い地元劇団の公演とは、さすがに雰囲気が違う。前回の天辺塔の公演の「オイル」は文字を組み合わせるシーンと大国教授役の恵南牧さんくらいしか記憶にない。今回の舞台は、広島人による広島のための『オイル』だった。

大地に噴き上がるオイルに古代出雲と戦後の島根との二つの世界を交差する気の遠くなるような膨大な台詞が飛び交う。追いかけるだけで精一杯で頭の中が大混乱。野田秀樹の芝居はいつもそうなのだ。負けを認めようとしない腹切りをする古代人が怖かった。
ところが、その内に私の脳ミソは台詞を必死に解釈しようとするのを止め、特定の台詞だけ、貪るように吸い込み始める。
広島に原爆が落ちた時、電話線からのヤマトの声が、ふっと途切れる。投下の瞬間である。
劇の進行につれて、舞台の背景に白い描線で描かれるのは地獄絵か、あの世にあるという天国なのか。
こんな舞台が観られれば、よそにわざわざ野田の芝居を観に行く必要性を感じない、そんな舞台だった。

シアターコクーンの舞台では巨大なゼロ戦が舞い降りたが、天辺塔はハシゴ状の小道具で舞い上がる双発機をイメージした。シンプルさが魅力。動き易そうな古代人の衣装もチャーミングだった。
ヤマト役(恋塚祐子)とヤミイチ役(恵南牧)がカッコいい、富士の母ノンキダネ役(中原榮子)のお袋像も目を惹いた。

私は広島生まれでもなく、ここに越してくるまではヒロシマはイメージの地名だった。広島の苦しみは想像するしかない。さらに「平和への願い」を強いられる悲痛さも・・。

「ムイカ」再び

「ムイカ」再び

コンブリ団

広島市東区民文化センター・ホール(広島県)

2018/07/28 (土) ~ 2018/07/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2018/07/28 (土) 19:30

作・演出のはしぐちしんは青春時代をここ広島で過ごしたのだそうだ。広島に対する思い入れも強い。
車椅子で登場したはしぐちが前説から路面電車の駅を伝って広島の街を紹介しながらいつの間にか舞台が始まる。

終演後のアフタートークのゲストはライターの大場久美子さん。東京の観客はいやですねえ、こう、ちょっと反り身になって、どんな芝居をみせてくれるんだいと、斜に構えた感じでと言うと、はしぐちさんは同意するでもなく、大人の反応。地方の観客はもっと純朴に見てくれるということらしい。
だが、私には7月8月と目ぼしい芝居は大概が原爆がらみのお芝居で、まるで広島の観客はリトマス紙かと気が滅入るのであった。
コンブリ団、ぜひまた広島に公演に来てほしいな。次は別の作品で。

ネタバレBOX

登場した役者たちが同じセリフを会社や電車の中という設定でエチュードのように演じ、外から眺めていた観客はスルリと芝居の中に 誘われる。(導入部の独創性)
原爆で生き残ったおばあちゃんのベットの傍らに集まる家族たち、原爆の投下時に赤ん坊だった彼女の当時の家族たち。二役を同じ役者が演じる戦前と戦後の家族のやりとり。エチュードの台詞が実際の芝居の中にさり気なく挟みこまれる。(洒落た演出)
時計の針のように動く扇形の舞台は、役者が手で押すとぐるりと回転する。ベットになったり、家族が佇む廊下になったり。時の流れと場所の移動を簡素な舞台で表現。(シンプルで効果的な舞台装置)
戦前の広島には家族がそろって朝焼けの美しさに見とれるような静かな朝の風景があったのだろうか。そのせいで寝ていた赤ん坊以外の家族全員が原爆投下で亡くなってしまったのだが。(状況設定の巧みさと叙情性)
その瞬間からも、時は一瞬も止まることなく現代へと続いている。舞台を観ている観客は、嫌でもその現実に向き合うことになるのだ。
【東京公演】劇団壱劇屋「独鬼〜hitorioni〜」

【東京公演】劇団壱劇屋「独鬼〜hitorioni〜」

壱劇屋

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2018/07/12 (木) ~ 2018/07/17 (火)公演終了

満足度★★★

劇団壱劇屋は、舞台芸術口コミサイトのこりっちの年間の「舞台芸術ベストテン」で2016年と2017年に1位を獲得した人気劇団、野次馬根性で観に行ってみた。関西が本拠地の劇団だが、東京には毎年公演に来ていて今年は5年目とのこと。
作・演出・殺陣が竹村晋太朗の『独鬼』は、主演も竹村だ。
台詞は無く、眩い照明と大音響の中で、初めから終わりまで激しい殺陣の応酬が続くという新感線も真っ青な派手派手芝居であった。
ずっと一人で生きて来た殺されても死なない鬼、彼は普通に生きることに憧れている。ふとしたことで託された赤ん坊の女の子と生きることになった50年の間に彼は何を思ったのだろうか。虐げられたものを守ろうと身を挺する女を救うため、鬼は止めどない争いの中に身をおくことになるのだが。
前売り券で最前列の席だった私は、派手な立ち回りで舞台を駆け抜ける役者の起こす風を身体で感じる。最初は台詞の無い中で何とか意味を探そうとしたが、人が殺し合う立ち回りのカッコよさについ見とれてしまった。残虐さや残酷な印象はなく、ハラハラどきどきの連続だった。
最終場面で鬼がもたれていた大木に、女と一緒に育ち後に鬼を狙う男が、女の簪で何かを彫りつけている。鬼の姿を彫って、最後に鬼は死ぬのかなと想像したが、彫りあがったのは、合掌する女の姿だった。
老いて女が死んでしまった後も鬼は生き続ける。派手なチャンバラ劇ではなく、なんか深いものを感じさせる。

アフタートークのゲストは、下北沢の本多劇場グループの本多愼一郎さん。台詞がなくても分かるので、海外公演もいけるかも等と言われていた。鬼役の竹村晋太郎が喋るとコテコテの大阪弁である。いつか下北沢の全劇場制覇を目指したいとのこと。
壱劇屋は2008年に活動開始なので、劇団創設10年である。その意気軒昂なところが何とも羨ましい。

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