タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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こんな気持ちになるなんて

こんな気持ちになるなんて

劇団しようよ

調布市せんがわ劇場(東京都)

2015/07/11 (土) ~ 2015/07/11 (土)公演終了

満足度★★★

想像の世界感…
第6回せんがわ劇場演劇コンクール参加作品。

想像力を豊かにする、そうすると少し気味悪くなってしまうような物語である。
「存在」と「非存在」を描いたもので、ある物が人間の体の中に入り存在していた物が段々と無くなるような...。
その説明は、一人の無表情のキャストがフリップを掲げて...。

ネタバレBOX

口から入って、食道、胃、腸へ...。
その不思議感覚は初めてである。

さて、最後にスイカが舞台中央に据えられ、それをスイカ割りするその行為は、自分には意味不明であった。
しかし、観る人が見れば解るのだろうか。

次回公演を楽しみにしております。
月に吠えろ

月に吠えろ

オーストラ・マコンドー

調布市せんがわ劇場(東京都)

2015/07/11 (土) ~ 2015/07/11 (土)公演終了

満足度★★★

オーソドックスな…
第6回せんがわ劇場演劇コンクール参加作品。
その中で、一番わかりやすく、「せんがわ」という冠を付けたコンクールとしては共感が持てる内容だと思う。

確か、このコンクールの3~4回目ぐらいまでは、「せんがわ」という街をテーマないしイメージできるような内容が芝居に組み込まれていることが、応募条件だったと思う。その意味で、本作品は、このコンクールを通じて「その才能が調布市せんがわ劇場を中心に、仙川を文化の街としてますます発展させてくれることを期待」に合致したようだ。

それに応えるかのように、劇団の作品のみどころ・意気込みが、「地元の方々と共有できる演劇作品を作りたかった。」とあり、せんがわ商店街で取材を重ねたことを記している。

その芝居は...。

ネタバレBOX

昭和の雰囲気を醸し出すような、義理と人情が垣間見える内容である。
自転車屋の店主・萩原作太郎は、代々続くこの店を継いだが、時代の波に押され経営は悪化している。そしてお構いなしに変貌し続ける商店街 。今後どう対処していくのか、残された選択肢は二つ。

初めて芝居を観る人にもわかり易い展開で、また演技もしっかりしている。
この劇団、今年3月に映画監督・小津安二郎に捧ぐ「家族」を上演しているが、自分はそれを吉祥寺シアターで観ている。やはり、懐かしい感じのする芝居のスタイルは変わらないのだろう。このしっかり芯のある舞台姿勢を応援していきたい。

次回公演も期待しております。
尖ったものは、みんなそこに置いてください。

尖ったものは、みんなそこに置いてください。

集団たま。

調布市せんがわ劇場(東京都)

2015/07/11 (土) ~ 2015/07/11 (土)公演終了

満足度★★★

現代寓話…奇妙なこだわり
第6回せんがわ劇場演劇コンクール参加作品。
現実なのか想像の世界なのか曖昧な不思議な物語。

観念的でシュールなことは何となく分かるが、その訴えたかったテーマ性なりが見えてこなかった。舞台上にいる犬の目線(下から見上げる)での世界観であろうか...。

ネタバレBOX

語り部は”犬”であり、居る場所がコンビニ前の路上という設定である。そこに出入りまたは通りすがりの人物を通して描く世界観...現実とも非現実とも取れる内容に戸惑いもあった。
この劇団ならではの視点、描き方は初めて演劇を見る観客には奇妙であり、理解も難しいと思った。
もっとも演劇コンクールであるから、その本質はしっかり捉えられているかも...。

次回公演を楽しみにしております。
変身

変身

ttu【2017年5月末解散】

新宿眼科画廊(東京都)

2015/07/17 (金) ~ 2015/07/22 (水)公演終了

満足度★★★

視点の違いを理解しないと…
本公演「変身」と言うよりザムザ家は、難しいと思う。そこは、当日パンフの演出・山田真美 女史の説明を読んでいただこう。

さて芝居は公演中のため、内容の感想は「ネタばれ」へ。
制作サイドの課題だと思うが、梅雨時(観劇した日も小雨)であることを考慮した対応をお願いしたい。会場は、1階と地下の両方を借りていたようだが、1階会場の在時間は地下へ誘導する10分程度だった。それであれば、外(公道)で待たせず、受付順に1階会場へ入れたほうが良いと思う。
素材と場所をかけあわせて起こる化学反応を遊びながら、創作活動を行っている劇団(ttu)からすれば、新宿眼科画廊という「家」のなかにザムザ家が立ち上がる瞬間を楽しでもらう、という演出効果を狙ってのことは承知の上で…。
また、地下会場は冷房がきき過ぎだった。


さて「変身」刊行100年目を迎えて、描いたものは…。

ネタバレBOX

「変身」は、ある朝セールスマンのグレゴール・ザムザが、途方もない“虫”になっていた。本公演は、この男ではなく、その家族の視点で描いている。変身した主人公が『不在』であり、グレゴールが変身する前に借りてザムザ一家が住んでいたかつての『家』からの視点て『変身』を描く(山田真美 女史)。この劇団の真骨頂である「素材と場所の化学反応」である。

主人公が虫に変身して、自分の人間感情が段々と壊れていく狂気・恐怖の過程は伝わらない。逆に家族(一家)との関係が浮き上がるはずだが見えない。始めは家族の繋がりが見えるが、いつの間にか疎まれ邪魔扱い。主人公不在であるから家族による間接状況が上手く表現できるか。小説は「虫」が見えないが、自分で想像できる。芝居は可視可能だと思うと、その存在を無視出来ない。それだけに家族(周囲)状況が追い込まないと不思議感覚が立ち上がってこない。そう、画用紙の中心を淡色で描いた場合、その周りを色彩強くしないと暈けるような。自分の感性が乏しいのかも...。

演出は、1階ザムザ家から地下ザムザ家へ誘導する。そして、舞台中央の四角いテーブルと四脚の木椅子に集中させるため、終始薄暗い中で蠢く人物。その人物の手には俯瞰するような四角い又は歪め額縁、虫眼鏡をイメージさせる小道具。そしてこの小説の象徴的なリンゴも。役者は役柄を変えながら巧みに演じる。この演出・演技は確実に家族の小さな(立場)変化、時間(社会的状況)の流れを現しているのだ。

稽古では、虫を演じないことからスタートしたと...。騙られることに気をとられていると、(小説)語られていることを見逃すかららしい。

やはり自分には、カフカの「変身」は過たるほど難しかったかも。

次回公演を期待しております。

ペテンの系譜

ペテンの系譜

ゲラニルゲラニルピロリンGGP

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2015/07/07 (火) ~ 2015/07/12 (日)公演終了

満足度★★★

もう少し深みがほしい
GGPがお贈りするスタイリッシュ・コメディー!という謳い文句であるが、同じような出来事の繰り返しである。イメージは空疎という感じである。

この公演は、シアターグリーンリニューアル10周年記念若手劇団応援企画(Sprout Support)である。劇場が力を入れていることは分かる。
それだけにその内容は...。

ネタバレBOX

ペテンという語感ではなく、単なる隠し事...嘘の上塗りで、何を描きたかったのかが分からない。スタイリッシュ・コメディーというが、嘘を隠すためのドタバタが繰り返されるだけのような上滑り。そのコミカル演技だけでは、真に笑えない(実質☆2だが、将来性にかけて☆3へ...期待しております)。

ペテン芝居として、観客を良い意味で騙すような仕掛けがほしい。物語としての面白さから、意外性への落差、そこに観客(自分)は魅力を感じるのだが。
役者(子役も含め)は熱演していたと思うが、それが生きていなかったのが残念である。

次回公演を期待しております。
紫陽花の夢

紫陽花の夢

劇団水中ランナー

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2015/07/15 (水) ~ 2015/07/20 (月)公演終了

満足度★★★★

心温まる...(Bキャスト)
四葩の別がある紫陽花、開花後は順に色彩が変化するため、「七変化」の別名もある。さて、障がい者を抱える二家庭の心情を中心に制作され、好感を持った公演である。
二家庭とも四人家族であって、紫陽花の別...四葩が寄り添うように生活し、一人ひとりの人生の色彩を変化させてきた。その変化の節目に見る夢こそ...。

さて芝居は、取材を重ね熟慮して作り上げたのではないか、と思うような丁寧な仕上げ方である。それを前提にしつつも、気になることが...。

ネタバレBOX

この公演は、先にも記したが取材をし、描く対象が難しいことから熟慮したのではないか。その描き方に誤解を与えないような話の進め方(脚本・構成)、そして観やすくするための舞台セットもしっかり作り込んでいる。上手は液晶TVが置かれている低台・フローリングスペース、中央は応接セット、下手は別空間をイメージさせるベットがある。
この障がい者を抱える二家庭(斉藤家・黒木家)が、以前あった障がい者交流会で知り合い、親交を深めてきた。この舞台(セット)となるのは、黒木家の親戚で、支援施設・双葉園を経営する家である。障がい者は、どちらの家族も末弟という設定であるが、斉藤家の障がい者は1年前に亡くなっている。一方、黒木家は母親が交通事故で亡くなり三回忌法要の時期を迎えている。両家とも長兄・長女・末弟(障がい者)という構成である。斉藤家の母は息子が死んだことを受け入れられず、双葉園に入所している。そんな家族が結婚や将来の生活、介助などに悩み・考える姿が感動的である。

あくまで芝居としての感想である。この整理されたような話が気になる。
丁寧であるが、障がい者がいる家族が抱える苦悩は、どこか模したようである。最後はハッピーエンド的に結ぶ予定調和...ありそうなエピソードが表層的のようで、泣ける芝居であるはずが感情移入できない。いわば定番の収め方。例えば、兄が、姉が障がい者だったらどうか。異性兄弟姉妹を家庭内で介助するには。弟だから守るということなのか。エピソードのはめ込みではなく、どう考えていくか、その問題提起をするような切り口があっても...。ちなみに、夢とは子供時に描いたものから変更(変化)した、“中間の夢”を持つことらしい。

また、演出面で、特に前半は暗転が多く、全体を通じても場面転換は薄暗、スポット照射等、照明技術に頼っていたように思う。

この作・演出の堀之内良太 氏はしっかり制作される方だと思えば、もう少し自分のカラーを出しては...更なる高みを目指してほしいと思う(偉そうなことを書いて失礼)。

最後に制作サイドになるのだろうか。自分が観させていただいた回は、終わった後、多くの役者とその知り合い(観客)が舞台前(通路)で談笑しており、下手側から帰る客の邪魔になっていた。
せっかく余韻のある芝居、味わい深さが興醒めしないような配慮をお願いしたい。

第4回公演にも期待しております(第3回公演ということに驚いている)。
チャイルドボイス

チャイルドボイス

『熱きロマンを胸に、生きる勇気と希望を与えるべく突っ走り続ける奴ら。』

シアターサンモール(東京都)

2015/07/15 (水) ~ 2015/07/20 (月)公演終了

満足度★★★★★

しっかり観せる
前回公演「梅子と『ボクらの青春交響曲』」も観ているが、その時は小学生時代からの秘密基地という設定で、いい大人が小学生に扮し熱演していた。その公演はグリーンフェスタ2015参加作品で、見事フェスタの「BOXinBOX THEATER賞」を受賞した。その時の謝辞で「いい歳した大人が小学生を演じてと言われようが、子供(たぶん弱い立場)を演じて行きたい」そんな趣旨を述べていた。そして、今回はなんと保育園児へ更に幼くなっている。
この6歳未満の子供たちの世界観...そして自分たちも過ごしたであろうその時間を忘れて大人になっている。しかし、確かにその時間を過ごしたのであるが...。
芝居、ダンスパフォーマンスと、そのパワー溢れる内容は本当に素晴らしかった。

ネタバレBOX

さて、初日は満員御礼の挨拶があるほどで、受付対応に手間取り開演時間が遅れた。全席指定であるが、席がトラブルすることもあり、混乱があったようだ。ちなみに前回公演では、自分もその洗礼(ダブルブッキング)を受け困惑したことを思い出した。制作サイドは事前の確認メール等、親切な対応をしていることから、2日目以降は善処するだろう。

芝居の梗概は、「ひまわり保育園」園長である父親が病で入院し、その代理となった元ヤンキーの里中丈一郎(夢麻呂さん)。子供嫌いの彼だが、保育士の資格は持っているところが面白い。その彼だけに聞こえてくる園児達の「もうひとつの声」と彼だけに見える「もうひとつの姿」...それは幼児とは思えない言葉遣いと格好である。そして大人顔負けの陰惨で暴力的な行動に丈一郎は立ち向かう。そして、子供たちの抱えている心の闇に近づいて行く、といった物語である。

この笑い笑いの連続の後に、しっかり泣かせるシーンを用意する。芝居の基本のような展開であるが、その観せ方がユーモアかつシニカルという輻輳さが、観客(自分)を楽しませる。そして寓言で教訓のようになりがちな話を、ダンス等のパフォーマンスでカバーしエンターテインメント仕立てにする手腕は素晴らしい。やはり良い芝居には光る台詞「心の目で見て、心の耳で聞く」という当たり前だが、出来ないのが大人かもしれない。それが子供が大人に気を使い、いつもいい子で気に入られたい、子供心が痛いほど伝わる。親の都合も含め、虐待問題へ発展させるところも社会性がチラリ。
餓鬼(蛟?)...迫力あり「心」の擬態(人)化は上手いし、宙づりと幕影(法師)も印象に残る演出であった。

少し気になったのが、次のところ。
幼稚園と保育園の違いを説明する件、縦割り行政への批判であろうか。公演は子供の内心を中心にした話であり、公演時間(3時間超)を考えれば、必要だったのか。
もう一つは、離婚して妻が育てている自分の息子のこと。携帯電話での会話中「息子に言った事がない」は、どんな言葉だったのだろう。聞き逃したのかな~(ラスト、園児2人を抱きしめて言った言葉か?)。

次回公演も楽しみにしております。
もしかして、赤ん坊にまで...。


僕の中にある静けさに降る、騒がしくて眩しくて赤くて紅い雪

僕の中にある静けさに降る、騒がしくて眩しくて赤くて紅い雪

天幕旅団

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2015/07/09 (木) ~ 2015/07/13 (月)公演終了

満足度★★★★

独特の世界観[カラフル版]
第一印象は、エンプティ-タイムといったところだ。時間を感じさせない、その不思議感覚を堪能した。

ほぼ素舞台で、そこに色鮮やかなスカーフのよう布が一面に...。照明は薄暗く、その照度強弱によって、場面状況や感情表現を示す。物語は白雪姫をモチーフにしており、大まかな展開はわかる。この芝居は、その構成が3場面から成っているようだ。その観せ方は、文章で言う起承転結のような感じ、観てもらうということを意識したものだ。その現れが舞台を中央平台、少し高い位置に設営し、三方向にひな壇客席にしていた。どの角度から観ても楽しんでもらえる、そんな自負があったのだろう。雰囲気は夢幻・夢想の世界観を表現しており、先にも記したとおりインパクト・出来事などは明るい(強い)照射で効果を出す。時として動作は同じことの繰り返し、それは日常生活の淡々とした暮らし振りと変化の兆しの時に顕著になる。この照明と並び効果的だったのが小道具・小物の使用である。

ネタバレBOX

白雪姫の構成を見ると、第一は継母との美の競演、第二に小人との生活、第三に王子との出会いに大別できる。もちろん公演であるからよく知られた展開とは違う結末になる。それでも寓話性は健在で人が持っている優しさ、その反面(反動)に孤影の怖ろしさを現す寂しさ、自分を守るために主体(姫)の否定(死)という狂気に繋がる。

舞台背景を明確にしないで、曖昧、抽象的にすることで観客が自由に想像できる舞台空間は良かった。だから観終わった余韻が心地よい。

なお、気になったところ...

継母との関係、美競演の場面は冗長に感じた。王子が現れるところと二分されるようで、物語としては分割してしまった。あくまで小人(スカーフの色で性格わけ)が持っている色々な側面を描いており、それは人間観察といったところ。この場面がしっかり描かれているからラストシーンが生きてくる。

心残りは、「極彩色の絵」であるカラフル版と、別バージョンのモノクロ版、イメージとしては「白描絵」も観たかった。この公演…「額縁の中の濃密な芝居」を比較したかった。

次回公演も楽しみにしております。
「月暈とメスシリンダ」(公演終了 ご来場ありがとうございました)

「月暈とメスシリンダ」(公演終了 ご来場ありがとうございました)

Sky Theater PROJECT

小劇場B1(東京都)

2015/07/07 (火) ~ 2015/07/14 (火)公演終了

満足度★★★★

梅雨時の五風十雨…
世の中平穏無事の様子…家族が1日を無事に過ごせる、そんな普通の毎日が幸せであることを改めて教えくれる。
芝居は、善人ばかりで心温かくなる内容である。観終わった後で優しい気持ちになれる。
しかし、気になるところも...。

また、理解不能であったのがタイトルである。

ネタバレBOX

月暈は、月の周囲に見える光の輪…とチラシに書いあったが、それをイメージする場面があったのだろうか。確かに月見のシーンがあり霞んでいたらしい。また、メスシリンダ(「ン」が逆)は、水等を量るシーンが多々あったが、予知能力なのだろうか。言葉遊びのようであるが、“暈”は、水を量る”嵩“に掛かっているのだろうか。遊び=子供…舞台の設定が駄菓子屋なのだから。

日常生活の多くは、平凡で坦々としており、その繰り返しであろう。しかし、芝居は観せるために起伏に富んだ、もしくは心情溢れる物語を紡いでほしい。その意味で、この芝居印象が弱い。
また、場面転換に暗転を多く使用しシーンが細切れのように感じた。
公演全体として優しさは伝わるが、その反面、淡色のようでインパクトが今ひとつ。
また、この劇場(小劇場B1)は、入り口左右に客席がある。今回はその入り口コーナーに横並びにソファーを、その奥にスチール製の事務机4つと椅子を向かい合わせに置いてある。芝居はソファーに寝るシーンがあり、左手奥の座席からは観えないと思う。舞台セット・配置にも工夫が必要だった。

物語として、都合の良い男...自分側の孝養、女性を待たせる勝手さが、なぜか緩い描き方。そこはやはり家族、または家族同様の人間関係の大らかさでしょうか。

次回公演を楽しみにしております。




つじたくvol.1

つじたくvol.1

タクフェス

Zeppブルーシアター六本木(東京都)

2015/07/07 (火) ~ 2015/07/08 (水)公演終了

満足度★★★★

すばらしかった!
オムニバス4珠玉作とその幕間のダンスパフォーマンス...観応え十分な内容であった。
自分が観た7月9日(マチネ)は、会場のZEPP六本木の客席が前・後に二分(中間列が疎ら)されていたようで、場内全体で盛り上がっていたか、少し心配である。これだけのパフォーマンス、会場全体で楽しみたいと思った。

ネタバレBOX

開演までの時間を、ゲストの「ハレルヤシスターズ」がお笑いで盛り上げる。そのままの流れを維持し、つじたく(辻本茂雄、宅間孝行)の珠玉4作が上演される。その幕間にダンスパフォーマンスが披露される。先にダンス...ジャンルは、ソングリーディング JAZZといったところ。

さて、短編は15~20分程度であるが、そのどれもが真に面白く(シュールさも含め)、”最高最強の笑いの満載”は本当であった。
演目1「新幹線B席!」
一人の寝不足の男が新幹線3人掛の真ん中(B席)に座り、その後サラリーマン上司部下の2人が。手違いでA・C席に座り、何やら騒がしく話し、飲みだす...迷惑な話。

演目2「初恋レストラン」
地方レストランのテーブルに美人の女性...アイドル女優が座っている。そこに汚い身なりのダンプ運転手が来店する。偶然にも元恋人同士。女性が売れなくなりAV出演を打診されている。さて、この元恋人同士の顛末は...。

演目3「誘拐犯の憂鬱」
男2人が女性を目隠して誘拐してくる。実は身代金目当で誘拐したのは、男1人の彼女。彼女の実家が富豪と知っていての犯行。実は彼女は虚飾の人物で、すべては嘘ばかり。目隠し外した彼女は逆ギレして...。

演目4「DUET」
死んだ男の妻と後輩が一周忌(?)の墓参りに来ている。後輩は先輩の妻(未亡人)が好きである。それを見守る死んだ男(完全に成仏していない)を迎えに駄天使がきた。黄泉への旅立ちまであと少し。その男がとった行動...。

本当に素晴らしい笑い、泣ける作品であった。
次回、「つじたくvol. 2」を早く開催してほしい。
残夏-1945-(ざんげ)

残夏-1945-(ざんげ)

サイン アート プロジェクト.アジアン

座・高円寺2(東京都)

2015/07/09 (木) ~ 2015/07/12 (日)公演終了

満足度★★★★

泣かせない秀作
聴覚障がい者、戦争、長崎原爆...これらの説明から、重苦しい人生が描かれるのだろうと勝手に想像していた。しかし、悲惨さは伝わるが、それ以上に生きてきた、そして今も力強く生きている、そしてこれからも逞しく生きていく、そんなメッセージを発信している秀作である。単なるお涙頂戴のような観せ方ではなく、もっと前向きな母娘...というより家族の物語である。

上演後の大橋ひろえ さん(江原アイ子役)挨拶で泣いてしまいそうであった。「子育て中でも障がいがあっても高齢であっても、サポートによって『同じ空間で同じものを見て一緒に楽しむ』ことが当たり前となるような社会を創っていければ...そんな趣旨内容である。

この芝居、タイトルや説明から明らかなように、戦争への鋭い批判であることは間違いないであろうが、その描き方が実に良い。

ネタバレBOX

この芝居で素晴らしいと思ったのが、この母・逢沢康子役(五十嵐由美子さん)が、ろう者で終戦間際(1944年)の長崎で生まれ、被爆しているという設定である。この直接ではなく、自分の母・江原アイ子からの伝聞形式で語るという観せ方が良かった。直接だとその生々しさが強調され、お涙頂戴のようになり平面的な描き方になったと思う。伝聞という少しクッションをおく事で、戦争の悲惨さと、障がい者との関係もうまく観客(自分)に伝わった。お仕着せではなく、実に自然体で語られる...その暑い「残夏」は、新たな命「産夏」でもあった。そう人間讃歌という感じである。
さて、もう一方の現在を生きる母娘(逢沢夏美役・日野原希美さん、逢沢結役・貴田みどり さん)の確執である。こちらは障がい者としての思いが伝わる。障がいがあっても自由に表現したい、感じたいという強い思いは、母親の娘を守るという意識の違いがぶつかる。優しい思いのすれ違いがもどかしい。少し、ギリシャ悲劇「エレクトラ-コンプレックス」のような気がしたが、それは母親に対する反動...それが父親への思慕に繋がっている。

この戦争(被爆体験)と障がい者としての思いという多重構成を上手く魅せてくれた。実に泣かせない秀作であった。

次回公演も楽しみにしております
25528+

25528+

はちみつシアター

テアトルBONBON(東京都)

2015/07/08 (水) ~ 2015/07/12 (日)公演終了

満足度★★★★

観せて...魅せて...決める!
アイドルライブのようでもあったが、その描く内容は”現代”にマッチ、というか今真剣に考えておくべきもの。演出はポップ調で観せるし、その体現はキャスト(女性+)が魅せており、楽しい芝居になっている。

この芝居、7月10日に観ているが、この日は四万六千日(7月10日に行われる観世音の縁日...この日お参りすると46,000日お参りしたのと同じ効き目がある)というとてもラッキーな日でした。
そして、このタイトルにも当然意味が...

ネタバレBOX

今年は戦後70年。この芝居の初日がこの日数に当たるという。公演は日を経ていくから”+”が付いている。
芝居の内容は、「同じ部品を作り、つなぎ合わせる仕事をしている、工場ではたらく女子。 通称『工場女子』 何のための部品なのかも分からず、毎日は平和でありながらも、平凡。」という説明からは想像できない、キチンとした主張を見せる。この軽妙なノリの演出と脚本テーマ性のギャップに驚いてしまう。
この工場で作っていたのはミサイル...その平和を脅かす武器へNOを突きつける。彼女たちの命懸けの情熱と信念は、実に痛快だが、同時に、この先の日本の有り様が若い世代にも危惧されている。

芝居として見た時、未来で守ろうとしていた一方の勢力(現権力の体制)は何だったのか。そして守ろう(鍵の死守)としていたものは何か。さらに猫が人間へ...その物語の脈絡に混乱したのは自分だけだろうか。

次回公演も楽しみにしております。
自由を我らに

自由を我らに

カプセル兵団

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2015/07/07 (火) ~ 2015/07/12 (日)公演終了

満足度★★★★

現代向けの内容
丁々発止の会話劇のようであるが、その内容は極めて現代に向けて発信しているもの。「憲法」を文語体から口語体へという依頼であるが、その舞台配置から法廷劇のようにも感じた。そして法廷といえば、「怒れる12人の男」を想起し日本ではそのパロディ「12人の優しい日本人」という映画もあった。

さて、芝居で少し気になったことが...

ネタバレBOX

この1幕物で、キャストは常時舞台上にいる。そして、舞台配置は客席に向かって八字型に長テーブルとパイプ椅子が人数分、中央奥に少し高く演台がある。その配置は法廷そのものに感じた。さしずめ観客が傍聴者といったところであろう。
さて、物語は憲法公布までの2時間(上演時間の2時間と重ね臨場感を出す)の様子である。憲法公布が昭和21年11月3日であるから、この物語の設定はその前日の2時間という(憲法施行日は昭和22年5月3日・憲法記念日)。いろいろな笑いを得るような仕掛けがあるが、その中心は「憲法条文」の捉え方、解釈の仕方を「言葉」の曖昧さに求めている。憲法という規範が曖昧...というキツイ、そして鋭い問題提起を婉曲に描いた力量に感心する。

しかし、それは今・現在から見ているので、当時と意識のギャップが埋められない。それが残念であった。

自分の好みであるが、当時(戦後)と現在を交錯するようにし、曖昧にした功罪を論議してほしかった。登場人数が13名で、最高裁判所は長官を含め15名であることを鑑みると憲法を論じるに十分であろう。最高裁判所こそ憲法判断の役割を担っているのだから。
また、今回は憲法のうち、人権部分の条文だけであったが、統治部分の条文についても議論を観せてほしい。今、憲法改悪へ…。

次回公演を期待しております。
リ:ライト

リ:ライト

トツゲキ倶楽部

「劇」小劇場(東京都)

2015/07/01 (水) ~ 2015/07/06 (月)公演終了

満足度★★★★

忘れないほど…面白いかも...
説明にあるアルツハイマー治療薬をめぐる人間関係。その研究の「与件」と「予見」するような夢 物語である。
それは、コメディタッチでとても温かいハートフルな話である。同時に少し怖いと感じる二面性のある芝居であった。
そして、2014年(制作)の話題映画「アリスのままで」(ジュリアン・ムーア主演)を思い出した。

ネタバレBOX

本公演は、大学の神経科学研究室。そこに勤務する若手研究者が若年性アルツハイマーに...そこで見る「予知夢」が周りの人々を右往左往させるドタバタ劇である。ここに登場する人物は皆優しい人達ばかりである。それは人間性という視点から捉えている。一方、アルツハイマー(一般的には高齢者に多いそうだが、この芝居のように若い人でも発症)の対応は、喫緊の課題である。その社会的な課題は、本人だけではなく家族をはじめとして周りの人への影響が大である。その視点も垣間見えると良かった。

さて、少し怖いと感じたのは、すべての記憶がなくなっても、自分が生きた証は消せない、と思う。この芝居では記憶(予知夢)が微妙に違って現れるという。この件、記憶が少しずつ刷り替わり、もしくは刷り換えられる(良いことも悪いことも)。自分の記憶が曖昧なゆえに起こる怖い一面をイメージさせる。

この芝居ではもちろんハートフルであるから、本人が記憶がなくなることの悲しさと、一方、周りの人々は自分達が忘れられる寂しさの双方向の思い遣りが明るく描かれる。
この芝居は若年性アルツハイマーという、現実問題としては重く厳しいテーマであるが、あくまで前向きに”今を生きている”という消しゴムのない感動話である。

ちなみに、プロローグ...浮気はどう関係していたのだろうか。
昨日観た芝居なのにもう忘れかけている? これってもしかして...。

次回公演を楽しみにしております。

アンソロジー

アンソロジー

ACRAFT

笹塚ファクトリー(東京都)

2015/07/01 (水) ~ 2015/07/05 (日)公演終了

満足度★★★★

豊かな創作力...
芝居は、脚本・演出・演技・舞台美術・音響・照明など、総合的に楽しむものであろう。そしてフィクションであり、それをどう面白く描き、観せるか。そこにテーマ性などが見えれば最高である。
その意味で、この芝居...壬申の乱は日本史の中でも教科書に記されるほど有名でありながら、よく知らなかった話を魅力ある物語にして観せてくれた。
その創作力、イマジネーションの豊かさ...同じことを並べて書いたが、文字も言葉と同じくらいに大切である。それはこの公演が教えてくれたこと。

ネタバレBOX

この物語の構成・展開は解りやすいが、それでもこの時代背景を理解しておいたほうが、より楽しめる。そのストーリーを牽引するのがストーリーテラーとなる、柿本人麻呂と稗田阿礼である。この二人の回想と俯瞰を通して「壬申の乱」前後が描き出される。その展開は時代を遡るが、そこからは時系列に進み、トピックも都度説明が加えられる。

この公演の良かったのは、有名であるがあまり知られていない事件について、発想力豊かに描いたこと。その中心は、人間の愛憎の視点であったが、当時の社会経済(財政逼迫)・政治(皇位継承)・国際情勢(唐、新羅および百済との関係)もしっかり織り込んである。この物語を貫いているキーワード「言霊」であるが、それを表す力強いセリフもちりばめられ、心地よく響く。その後、記される「古事記」「万葉集」などは、まさしく「心に(言葉)の種を植える」が実を結んだ証であろう。

だたし、この「言葉の力」の描き方が、歌を詠むシーンだけでは弱い感じがした。選歌が、個人的心情・情愛のものであるため、この内乱阻止に役立たないのかもしれない。しかしそこは芝居の世界...言葉の力が戦渦を防ぐ一端が観えればと思った。あくまで史実の流れという感じであったのが、個人的には残念であった。

最後に芝居の演出について、際立った戦闘シーン(殺陣)がないので、宮殿の業火シーンは上部幕の揺れと紅蓮照明が相まって陥落の雰囲気があった。逆にいえば、それ以外の演出の妙が感じられなかったのが残念である。

次回公演も楽しみにしております。





THE☆幕の内銀河団

THE☆幕の内銀河団

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ・九段下GEKIBA(東京都)

2015/07/03 (金) ~ 2015/07/05 (日)公演終了

満足度★★★

四畳半に広がる宇宙空間
台本…原稿用紙に広がる宇宙。ます目という枠があるが、あくまで形式である。そこに書き込まれる文字は、発想という無限の宇宙を作る。

「劇団演奏舞台がパワー全開で、新ジャンルに挑戦します!」の触れ込み通り、面白かった。

ネタバレBOX

勘違い、人違いから、某劇団の台本を書くことになった男。
四畳半の部屋に次から次に役者が集まってくる。それが何やらそれぞれ事情がありそうで…。

劇団がその台本を仕上げ、稽古していくというシチュエーションは、得意分野でしょう。まさに手馴れた感じで90分を面白楽しく観せてくれた。
その最大の要因は、登場する人物が魅力あるキャラクターになっていること。登場したときは、何の特徴もない人物が、一人ひとりの性格、境遇を披瀝してくるところから立ち上るクセ(噛むほど味の出るスルメイカのよう)が印象に残る。

台本は完成するのか...予定調和にならないが、固定観念に捉われない発想が新たな場面(宇宙)へ飛ぶようである。
この机上の原稿用紙(400字)から、広大な宇宙空間が見えるような芝居であった。

次回公演を楽しみにしております。
『太平洋食堂』

『太平洋食堂』

メメントC+『太平洋食堂』を上演する会

座・高円寺1(東京都)

2015/07/01 (水) ~ 2015/07/05 (日)公演終了

満足度★★★★★

秀作
定刻通りに始まり、2時間55分(途中休憩10分)は、丁寧な制作と鋭い問題提起を含んだ秀作だと思う。まず、制作は、芝居に馴染みのない客が観ても分かり易いストーリーとそれを支える演出や舞台美術・技術が素晴らしいこと。問題提起は、一人ひとりが観て感じ、考えてほしいところである。
自分の拙文は後記するが、この公演を再演するにあたって演出家・藤井ごう 氏が当日パンフに「いつか『あの時』に変換されてしまいそうな時代を、自覚ないまま生きる僕らに、この物語は人物たちは『今』を鋭く突きつけてくる。」と記載している。自分が漫然と思っていたことが的確に書かれていたので引用させていただいた。

ネタバレBOX

舞台は、タイトル通りに「太平洋食堂」が中央に作られ、その看板が見えれば入り口玄関、その看板が外されれば食堂内という分かり易い転換である。もちろん食堂内になれば、テーブルと椅子が搬入されるが、それほど違和感がない。舞台転換は暗転・薄暗など工夫を凝らし、集中力を失わせない。

この公演、直截に描いて観客を誘導しないところが良い。制作側の意図は観取れるので、後は観客(自分)として考えてみたい。

時は明治37年、日露戦争開戦の年に遡る。舞台の場所になるのが和歌山県N市に洋食「太平洋食堂」、そして主人公はその食堂のオーナー・シェフであり、医師の大星誠之助(間宮啓行)である。「太平なる海に平和の灯を浮かべ万民が共に囲む食卓」を標榜し、その開店時には各界代表を招待する。そこには貧しき庶民の姿も...。料理の隠し味は、自由・平等・博愛という時代を超えて今なお愛される”味”である。
この味わい深い公演は、東京・杉並区、大阪・難波、和歌山県・新宮でも相次いで開店されるという。

さて、芝居後半は、地元有力者(権力像)と貧・庶民等(労働者層や主義者)の「傲然」と「浩然」の対立が先鋭に表され、その先に確たる証拠もなく処刑された「大逆事件」が描かれる。このクライマックスまでに、登場人物の性格や立場、知らず知らずのうちに大きな渦に巻き込まれ、その状況に抗うことが出来ないところまで追い込まれる。その恐怖のさまを的確に描き出していた。いつの時代でも自分を見失うことなく、「見ず・知らず・言わずの三途の川」を渡ってはいけないことを肝に銘じた。

なお、大逆事件直前に描かれる誠之助...自分を段々見失う、または虚無的な場面は冗漫に感じた(必要であるとは感じつつも)。

公演全体は軽妙な場面もあり、そう重苦しい雰囲気ではないが、そこで発せられるセリフは鋭く奥深いものがある。人生の深淵を覗かせる言葉と随所に織り込まれた状況(遊里問題、労働争議など)説明が相まって見事であった。

次回公演も楽しみにしております。
「DOJOJI -道成寺-」

「DOJOJI -道成寺-」

劇団アニマル王子

ひつじ座(東京都)

2015/07/01 (水) ~ 2015/07/05 (日)公演終了

満足度★★★★

紅版初日...楽しめた
能「道成寺」をモチーフに、現代の「道成学園釣鐘講堂焼殺事件」を交錯させて同時進行する。それは時空を超えてという手法ではなく、物語は独立しているようだ。

この公演の良かったところは、能「道成寺」は有名な話であるが、それを知らない人もいるだろうという前提で、最初の数分間で粗筋を一人芝居で演じる。これによって、物語の概略を知ると同時に現代劇への繋がりがわかり易くなる。

さて、初日の紅版を拝見し、初日乾杯にも参加させていただき楽しいひと時を過ごさせていただいた。

ネタバレBOX

舞台は中央に広いスペースを確保し、劇場入り口側と奥壁の対面席(パイプ椅子が数脚)になっている。素舞台で演じるその表現(振付)はダイナミックで観応えがあった。前説でも「客席近くでの演技もあり、衣装の裾が触れるかも...」との注意もあった(自分は最前列に座っていたが、そのようなことはなかった)。

さて雰囲気は、ロマネスク、デカダンスという感じであった。そのイメージを作っているのが、衣装とメイクであろう。衣装は華和装、メイクは耽美・妖艶というところ。そしてそのイメージは原作「道成寺」なのか現代「道成学園釣鐘講堂焼殺事件」を意識したのか判然としない。この劇団は、初見のため劇団の特徴なのか?この雰囲気は、物語を固定観念として誘導しないという目論みであれば有効だと思う。一方、現代版について言えば、感情移入するには違和感を覚えるかもしれない。観客の趣向の分かれるところかもしれない。
また、半(片)鬼面…その本質は人間が持っている心の闇に巣くっていることをしっかり伝えている。

原作「道成寺」を表層的に観れば、想いを寄せる女性(清姫)と、その想いに嫌気を感じる男性(安珍)の男女間の想いの違いに潜む狂気。
現代版の殺人事件は、男女というよりは、人の心底にある人間性が垣間見える。

公演は面白かったが、個人的には更なる高みを目指してほしい。
例えば、殺人事件を担当する検事...一般的に”鬼”検事と言われるほど厳しいイメージである。しかし、今回の安藤検事(河合憂さん)は人間味がある描写であった。一方、検察官同一体の原則があっても、そこは上下関係があるようで、捜査方針の命令に抗しがたく自由度の狭さを感じさせる。そういう個人(安藤)と国家(検察組織)の狭間を捉えたところを、人間ドラマとして観られたら...。検察バッチ(秋霜烈日の象徴)を外し、弁護士へ転職したようであるが、その件がもう少し人間ドラマとして解りやすく観えたら、と思った。
この劇団、小物(鬼面、バッチなど)の意味合いを丁寧に回収していくところは好感を持った。

次回公演も楽しみにしております。
「不条理な世界たち」

「不条理な世界たち」

シナリオクラブ

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2015/06/28 (日) ~ 2015/06/28 (日)公演終了

満足度★★★

楽しめたが、疑問も...
シナリオクラブの2015年発表会のテーマは「不条理」に挑戦。構成はリーディング4作品、ドラマメイキング3作品(連作にすると6作品)の計7作品であった。2時間15分(途中休憩10分)。全体としては面白いと思うが...。

ネタバレBOX

まず出演者は、舞台に上がるまで全員白衣を着て受付・会場案内をしていた。また受付(マチネ11時00分)から上演開始(11時30分)までの30分のうち、約15分を前説「携帯電話電源オフ」、「非常口の確認」等の注意案内をしている。たぶん出演者全員だと思うが、場内を歩きながら発声練習(?)を兼ねて輪唱(話)している。その光景は気味が悪い。

さて公演であるが、「不条理」という言葉(定義)からして難しいと思ってしまう。国語辞書では「物事の筋道が立たないこと」らしい。さて、そのことを念頭に反芻してみると、不条理劇としては少し物足りない。不条理の筋道が見えてこない。何か倫理、道徳観の欠如を面白おかしく描いているようだが、そこにはアイロニーも感じられない。純粋に不思議な時間が来ないのだ。
例えば、リーディング演目「暴走族」は、台詞の一部がプリントとして配布された。先輩・後輩が暴走しているが、その先輩が交通ルールを遵守し、過去違反歴がない...これが不条理か?(自分の観方が表層的か)。確かに、一般的には暴走族=交通ルール無視、爆音で周囲に迷惑等の反道徳的行為というイメージであり、社会的にみれば元々が不合理・不適切なこと。暴走族側から見れば不条理なのか。逆説的で非論理的なことだけ観れば面白い。

不条理とは、多数を占める側の価値判断からするのだろうか。確かに多数決が民主主義という論理もあるが、多数がいつも正義なのか(戦前の例しかり、声をあげなければ平和が脅かされる)。その筋道をしっかり見据えないと、何が不条理なのか理解出来ない。

テーマ不条理を扱ったことについて、チラシに俳優・清家栄一 氏のあとがき...「人生を楽しむことに長けているシナリオクラブメンバーたちは、瞳を輝かせながら、この難題をあっさりクリアして」とあるが、そうなのかな~と疑問に思いつつ会場を後にした。
『リア王』他一編、…公演は無事終了いたしました。お越しの皆様、ありがとうございました。

『リア王』他一編、…公演は無事終了いたしました。お越しの皆様、ありがとうございました。

楽園王

pit北/区域(東京都)

2015/06/26 (金) ~ 2015/06/28 (日)公演終了

満足度★★★★

熱演だった
「リア王」は、2014年名古屋七ツ寺共同スタジオ(「板橋ビューネ」参加作品)にて好評だった上演作の凱旋公演だそうである。その演目だけでは短い(1時間)と思い、併演したのが三島由紀夫作「火宅」であるという。さて上演「火宅」「リア王」は、両作品に共通した枠組みは”家族”であった。家族、その近しい関係でありながら、他方で疎ましいと思えるときがある。この厄介に思える煩労劇...秀逸だと思う。

ネタバレBOX

公演から逸れるかもしれないが、劇団名は芝居で登場したキャンデーズ→後”楽園”+リア”王”=「楽園王」を意識しているのだろうか。なぜなら、この公演「言葉」をずいぶん意識したと当日パンフに書いてあるから。

さて、「火宅」は読んだことも、芝居を観たこともない。初めての作品でとても興味を惹いた。タイトルから檀一雄「火宅の人」、内容から太宰治「斜陽」、ラストシーンから「道成寺」を連想した。その芝居は寂寞感が漂い、耽美的な雰囲気を醸し出していた。没富豪の家(華)族が、夫婦、母娘、父娘の夫々の関係を通して描かれる。その静寂に響く心底探りあいの濃密な会話劇。ラストは火焔に巻かれ悲鳴が...。
舞台にはいくつかの椅子、ソファがあるだけ。役者はその周りを回るだけの動作。その単調な中にも苛立ち、嫌悪が滲み出ており観応えがあった。

「リア王」は家庭内の不和から逃避しているのだろうか、妻/リアが文庫本「リア王」(?)を読みながら、その妄想世界に浸りという、こちらも劇中劇で観応えがあった。現実での夫/仮面との会話、戯曲内の妄想(妻が「リア王」という設定)で、娘3人との緊張感ある芝居。ちなみにこの3姉妹が登場する時、キャンデーズ(後楽園のサヨナラコンサートを彷彿)の曲を歌いながら登場する(巫女姿)。登場のさせ方としては、それまでの雰囲気から異質であった。多少の違和感があるが、一度に登場させるには有効な手法として肯定したい。リア王として、娘の思いやりの真偽が見抜けず慟哭するが、一方の現実の世界では娘の自殺を止めることもできず、その幻影を...。
こちらの芝居は、妻/リアの身体表現もあり、動的な場面も多い。そして心魂震えるぐらいの熱演であった。

最後に演出について、pit北/区域…劇場は2方向から観る造り(L字型)で、今回は縦線側が正面になっていた。そして、上階バルコニーでも演技をする場面があったが、たぶん前2列(自分は2列目にいたが、前屈して見上げた)までしか観れないと思う。案内係の人の「早く来たお客様だけ...」という説明が虚しい。演出に一考の余地があろう。

次回公演も楽しみにしております。

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