住所まちがい 公演情報 住所まちがい」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.7
1-6件 / 6件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    コメディ、天国にゆく途中のホールでの出来事。コメディが真面目すぎる演技でそのギャップのおもしろさ。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    仲村トオルさんもでていると言うことで、楽しみな気持ちで観てきました。
    思ったものと少し違いましたが、なかなか難解な面白さがありました。
    役者の皆さんも体力がすごい!しゃべる、しゃべる、しゃべる、
    いやはや、流石の一言でした。

    ネタバレBOX

    お疲れさまでした。
    役者の皆さんも早く終わらないかなと思いながらやっていたというのをアフタートークで聞いて、笑いました。今回のような劇でしたら、確かに。
    名残惜しい、ではないんだな~(^.^)
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    一言でいうと「不条理コメディー」の範ちゅうに入る作品なのかなと思う。
    笑っちゃう部分もあるんだけど、議論の内容が錯綜しつつ、途中で結構難解になったりも
    するので、単調で眠気を感じるパートがあることは否めないかなと。

    塩野七生と宇野千代の箇所には笑った。小ネタがイチイチウケる(笑)

    ネタバレBOX

    登場人物は以下。本人の性格を反映しているのかは不明。

    ナカムラ(仲村トオル):小さな会社を経営している人物。作品舞台をゲストルームとし
    フミカなる女性と密会するために来たとする。非常に気が短く、かつ「神は信じてこなかった」と
    言いつつ、かなり迷信を信じる部分もある。

    ワタナベ(渡辺いっけい):元警部で現在は警察絡みのシークレットサービスに勤める男。作品舞台を
    練り歯磨きを取引する会社だとし、その担当者と待ち合わせしていると主張する。冗談と悪ノリが
    大好きで「失敬、失敬」が口ぐせ。

    タナカ(田中哲司):文学系の教授。作品舞台を最近引っ越したばかりの出版社だとし、自身の本のゲラを
    取りに来たのだと語る。不合理かつ超常的なことを信じておらず、何事にも合理的な説明を求めようとする。

    長椅子、雑多に物が置かれた机、小さな冷蔵庫がおかれた建物の7階にある1室を、それぞれが「ゲストルーム」
    「メーカーオフィス」「出版社」だと言い張り、全く違う住所を口にする。それだけでなく、冷蔵庫からは
    取り出す人に応じて、「コーラ」「オレンジジュース」「暖かいコーヒー」果てにはなぜか「洗剤」まで出てくる。

    いったいこの部屋は何なのか、どうしてそれぞれ違う住所を求めて来たのに同じ部屋に着いてしまったのかを喧々
    諤々で脱線込みの議論する中、この場所が「この世」と「あの世」の間にある、いわば「最後の審判のための
    待合室」なのではないかという話に発展し、ナカムラがいきなり部屋の四隅に塩を盛って柏手を打ち始める(笑)

    ここまでで分かるように、3人のそれぞれ環境が異なる中年男性がひょんなことからよく分からない1室で一夜を
    明かす羽目になる……という設定こそ単純なのですが、3人の意味があるのかないのか、議論なのか雑談なのかも
    あいまいなやり取りでほぼ2時間を消費するので、見ている側としてはさすがにしんどいかな。

    かなり工夫されて笑いどころも役者陣の演技込みで用意されてるんだけど、「神」とか「生死」という形而上学的な
    (かつ欧米の舞台ではしばしばみられる)ディスカッションを大々的にフィーチャーした演劇はやっぱ文化の違いを
    感じる。

    あと、部屋の不思議を延々時間を尽くして議論するわりには、いきなり部屋の床から出現退場する謎の女(朝海ひかる)に
    誰も疑問を抱かず、「彼女は我々を裁きに来た神なのか、否か」を話し合い始めるところには笑った。いや、そこじゃない(笑)。
    たぶんここはそのズレにツッコミ笑いするパートなんだろな。

    2時間弱ひたすら言葉を交わし続けて、翌朝を迎えたところでいわく「ムダな話」を辞めて3人家路に帰っていく……という
    結局何かを得るとかそういうことはない物語なんだけど、3人とも「家の扉に鍵がかかっていて入れない」ということで
    またワンルームに引き寄せられるように戻ってきてしまったのは、あれは何かの象徴?
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    珍しいタイプの翻訳劇の本邦初演である。
    社長(仲村トオル)、警部(渡辺いっけい)、教授(田中哲司)の三人の登場人物が、違う入り口から入っても、同じ部屋で鉢合わせしてしまう。設定だけでなく、会話のズレも普通の笑劇とは桁外れのナンセンスぶりで、それがほぼ1時間半、機関銃のように続く。思わぬ地下からの掃除婦(朝海ひかる)の登場で舞台の色合いは少し変わるが、2時間休憩なしの台詞ぶっ通しである。小理屈で、もっともらしい教訓に落としていないところもいい。
    イタリアのコメディアデラルテの原作と言うが、日本で上演されると、外国にも、ケラのような作風や、別役のような戯曲も健在なのだと教えられる。演出・白井晃、世田パブの芸術監督新任で、ずいぶん張り切った。しかし、こういう本は横を縦にすればいいというものではない。日本上演のジャパナイズも成功している。今回は俳優の頑張りも大きい。いろいろな出身背景の俳優たちが中年に及んで、積み重ねた舞台の実力をそれぞれに十分に発揮している。隙のないあまり見ない喜劇になった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    どういう芝居なのか、事前のあらすじ紹介ではわからない。実はウイットとユーモアとコントと、あらゆる笑いを満載したコメディだった。イタリアの中世以来の伝統喜劇(日本でいえば狂言?)を現代によみがえらせたミラノのピッコロ劇場の座付き作家の台本を、日本に合わせて、見事にローカライズしていた。「リオデジャネイロの電話帳」が思いもかけない駄洒落になったり、「宇野千代」を「おひとりさま」の作者と間違えたり、と言葉遊びもふんだんにある。

    渡辺いっけいの演じる、遠い外国から帰国したゴローじいさんの話は一場の寸劇。結構長いが、スーツケースを忘れていたと、大真面目にまた最初からやろうとするので、さらに笑わせられる。

    いつもはアフタートークは見ないでさっさと帰る劇友が、今回は迷わずアフタートークに残った。それくらい面白かった。休憩なし2時間10分。あっという間だった

    ネタバレBOX

    お互いに別々の場所のつもりで、ここにきてしまった3人。実は自分たちは死んでいるのでは?というあたりから、シチュエイション・コメディーのようになる。そこに掃除のおばさん(朝海ひかる)が来て、社長(仲村トオル)が「マリア様?」と思い込むからおもしろい。「息子は死んでしまって(十字架で)」「夫は大工ですよ」とおばさんのいうことが、イエスの人生と重なるから、みんなだんだん怖くなる。その勘違い(?)ぶりがまた笑える。

    白一色のセットを見て、ここに無関係の3人がやってきてという内容を重ねた時、サルトル「出口なし」のようだと思った。その予想は見事に当たったことになる。作者、演出家がサルトルを意識したかは不明。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「暁精密機械製造工業(?)」が気になった。
    客席通路を駆け回る仲村トオル氏は脚が長く細くてカッコイイ。でも舞台向きじゃないような。田中哲司氏のキャラ作りは矢鱈凄かった。渡辺いっけい氏の脇汗が凄まじい。服が見る見るうちに染みていく程の凄い熱演。

    ネタバレBOX

    別々の住所に着いた筈が皆ビルの7階の同じ部屋(第七天国?)に辿り着く。しかもエレベーターもない。間違えたと思い、引き返して住所を確認しても矢張りここで間違いない。社長(仲村トオル氏)、公安〈警部?〉(渡辺いっけい氏)、教授(田中哲司氏)の3人。不思議なことに自分の入ってきたドア以外開かない。他のルートでは帰れない。冷蔵庫を開ければ自分の望んだものが何でも出てくる。一度出て行った教授は土砂降りの雨に打たれて戻って来る。そこに大気汚染(?)の警報が鳴り、街は戒厳令が敷かれて電気の使用すら制限されることに。

    イタリア戯曲を日本に無理矢理置き換え、これが上手くいっていない。原作の大尉を警察から出向して秘密裏の職務に就いている公安に改変。社長が密会する女と面識がないのも不可解。出会い系か?警報で外出禁止令の世情も腑に落ちない。
    死生観がテーマなのだが日本人の感覚に合致していないのでまるで絵空事。無理に盛り塩を入れたりもおかしい。

    自分的にはかなりつまらなかった。前の方だったが前半結構寝ている人がいた。朝海ひかるさんの登場から皆集中して観る感じ。待ちかねた朝海ひかるさんは志村けんのコントの研ナオコまんまの掃除婦、床からセリで登場。観客愕然。このおばちゃんの正体は一体何なのか、聖母マリアなのか、皆ハラハラ見守る。何気ない一言一言にもこじつけのような深い考察を入れて。
    死の前の休憩所みたいな設定で、解釈は色々可能。ラストの朝海ひかるさんの神々しい美しさに救われた。

    3人は渡辺「仲村」、仲村「田中」、田中「渡辺」と名乗る。電話帳(死者リスト?)にも名前は載っているがラストで皆本人の名に戻っている。偽名を使っていたというギャグだったのかもよく判らない。最後の審判を免れて、それぞれの扉で帰って行くも外の扉の鍵が閉まっていて戻って来る。一度助かったと安堵してからの絶望。

    中盤、田中哲司氏が渡辺いっけい氏のドアを開けてみることに成功する。この部屋のルールは心の思い込み次第という解釈をしたのだが、それも判然としない。

    多分スッキリとした解答などなく、モヤモヤした感覚で手探りで生きるのが人生ということなのだろう。劇中の3人の会話もずっとモヤモヤしているだけ。何もハッキリしたものはない不条理な世界。

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