プライマ・フェイシィ 公演情報 プライマ・フェイシィ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    映画「ドライブ・マイ・カー」以来、舞台では初めて目撃する「演じる三浦透子」を楽しみにしていたのだが、たまたま直前に舞台版「チ。」配信を観て、「あ、出てる」と。正統派な演技者(歌も歌える)との印象だ。それはスズナリでの芝居でも確認され、栗山演出のミザンス指定をこなしつつのリアリズム演技には胆力を感じさせる。地の文の発語で自身の思考、感覚、行動を描写し、身体は「描写されてる」場面に身を置いている。
    時間を積み重ねても前の人物像を裏切らず、深まり、物語上の決定的場面では脚本が紡ぐ的確な言葉で性交を強要される側の瞬間瞬間の反応を描写し、「何が起こったか」を如実に伝える。そして法廷というリングに上がった彼女の「闘い」を描く。試合では敗北を喫する。尊厳を踏みつける暴言、思いもしなかった嫌疑、まことしやかに持ち込み、仄めかす弁護側を陪審員は信じた。
    が・・タダでは起きない意志をボロボロの彼女は高らかに宣し、彼女(のような者たち)に我々がどう対するのかを問いかける。彼女の姿に、正義が踏みにじられ汚辱の中に放逐された、歴史上の闘士たちの姿が重なる。
    栗山が演出するスズナリ舞台は想像通り「初」だという。一人芝居では栗山演出的にスズナリが通常感覚なのかも。

  • 実演鑑賞

    鑑賞日2026/07/11 (土) 17:00

    2度目の観劇。110分。三浦本人が慣れてきたようで、前半は笑いを誘う演技をする余裕ができていたが、その分、後半の絶望が深く響く。エンディング、前方に出てくる演出は、我々にも問い掛けているという意味なんだろうなぁ。
    カーテンコール3回の価値があることは認めるが、あのタイトな作品を演じた後に3回も呼び出すのは、三浦に可哀相ではないかという気がした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    プライマ・フェイシィ -私の声を聞いて-

    あらすじ:
     優秀な成績でケンブリッジ大学を卒業し、法廷弁護士として活躍するテッサ。仕事も難なくこなし、同僚の彼との関係も良好で、田舎の両親も自慢の娘だ。
    だが彼から同意のないセックスを求められ訴えるが、法がいかに被害者を追い詰め、救済していないかを突きつきられてしまうのであった…。

    感想:
     テーマを明確に提示する直球型の戯曲だ。
    弁護士が弁護する側から被害者に移り変わっていく展開に、法というのは被害者の救済ではないという流れがテッサと同様に見えてくる。
    弁護士である経験から得た知識だろう、明らかに法を時代と共に見直さなければいけないという訴えが作家の叫びだ。
     法を学びながら、矛盾を理解することが出来るが、あまりにも余白のない戯曲なので、作家が観客に望んでいることを受け取るのみで、一方通行というのは否めない。もし戯曲に多少の隙間があれば、作家の言っていることは本当に正しいのか?と疑問を投げかけながら観劇が出来るが、そんな箇所はない。鑑賞後に作品そのものを議論するのではなく、テーマを作家と共有することが今作の正しい見方なのだ。日本の小劇場とは対局的だ。
     セリフ劇の一人芝居ながら、役をこなすのはかなりの困難なようだが、三浦透子の登場と共に、「すごい芝居が始まるぞ!」と瞬時に興奮し、最後まで切れることなく演じ、圧倒されてしまった。映画『ドライブ・マイ・カー』でしか見た事ないが、どえらい俳優がいたものだという驚きもあったのだ。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    作品が非常に良くできていて、その魅力を三浦氏の演技が最大限に表出させている、という印象。一人芝居の中で、所々で感情の有り様が異なる複数の役を素早く切り替えたり、感情が強く高ぶる台詞の後にト書きのような客観描写や説明の台詞が挿入されたりするので、感情の振幅や流れのコントロールが難しいのではと感じられるが、見事にこなしている。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    Prima facieはラテン語で法律用語、「一見して明らかな」こと。
    オーストラリアの劇作家、スージー・ミラーによる2019年の作品。彼女は弁護士として働きながら戯曲を発表して来た。今作を小説化したものが現在映画製作中。

    灰色の壁に囲まれたステージ背面、カーテンやドアの隙間のように縦に一条の光が差す。この演出が効果的。照明のおざわあつし氏にRESPECT。

    何の話か全く知らずに観ていて、役者は魅力的だが話は単調だなと思っていたら、「あの日」から一気に持って行かれた。観る方もキツイ描写、これを演る方も相当辛いだろう。トラウマとの対峙、凝視、恐怖と屈辱と惨めさで心が張り裂ける。

    三浦透子さんのことは全く知らず驚いた。このレヴェルの一人芝居を難なくこなせるとは。田畑智子さんっぽい演技派。前半のノリノリの遣り手弁護士振りは海外ドラマ調。

    今作を観れたことは運が良い。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    裁判をゲームであると描く前半。被害者の発言の些細な不一致を突いての印象操作、陪審員へのアピールがレースの決め手。そこに真実は要らない。着順しかない。毎日行われているゲームに過ぎない。

    今作の巧いのが加害者が法律事務所の同僚弁護士で恋愛感情さえ抱いていたところ。一度、オフィスでセックスもしている。そんな男をレイプで訴えることへの葛藤。自分が我慢すれば終わる話。主人公が突き付けられるのは正しさについて。自分が何度も拒絶した性行為を強行された時に感じた自らの不在。自分がいなくなってしまった。夜明けのタクシーでの老運転手との遣り取りが文学的。

    レイプされてから782日、到頭裁判に臨む。
    一人芝居だがワンシーン、録音された声との対話があった。

    性被害に遭った伊藤詩織が被害者である自身を曝け出して撮ったドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』と重なる作品。映画ではその裁判の過程が辛すぎて何度も自殺を考える姿も刻まれる。今作の主人公の目的は加害者の告発だけではない。もっと根源的な問題、今の司法制度では性被害者は泣き寝入りで終わる現実。男社会が作った法律では性被害は本質的に裁けない。女性が訴えるに値する信用に足る法律の改正へと。

    日本だと渡邊渚なんかがアフタートーク・ゲストだと盛り上がったろう。現実世界の司法制度さえ男社会の価値観であることを知らしめる良い機会になったと思う。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/07/04 (土) 17:00

    三浦透子渾身の一人芝居はシビアでタイトで緊張感ある舞台。凄い。110分。
     2019年にイギリスで書かれた作品が日本に初上陸、舞台・映像で活躍する三浦透子が初めて一人芝居に挑戦した。女性弁護士が被害者になり、立場が変わったことで…、の物語。個人の物語であると同時に、男性優位的な制度への問いかけという気がした。一人芝居なので、全てを一人で背負うので、シビアでタイトなセリフに心を削られるんじゃないかと心配するほどの熱演だった。トリプルコールも当然か。

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